ダンジョンにユグドラシルの極悪PKがいるのは間違っているだろうか?   作:龍華樹

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第9話

その日も、ソーマ・ファミリア主神、ソーマはいつも通り自らの酒蔵で酒造りに没頭していた。

 

ソーマは酒造りにしか興味がない。正確には自らの作った酒の出来にしか興味がない、というべきか。酒造りは好きだし、何より酒神としての自らの存在意義のようなものだ。

 

最近では下界の材料を使い、神としての力を振るわぬまま、それなりに満足できるものを仕込むことが出来るようになった。

だが、不出来な失敗作もまだまだ多い。満足のいく物でさえ下界の子達ならばともかく、未だ神を完全に酔わせる域には達していない。

 

ソーマはそれなりに眷属が多い。最近では明らかに子供のような者達まで恩恵を受けに来る始末だ。それだけ神酒に魅せられたのだろう。

元々ファミリアも酒造りの資金のために設立したものなので、加入者が増えるのは何も問題はない。

だが眷属達は、神酒に酔いしれ、それに溺れてしまっている有様だ。ソーマはあきれ果て、ファミリアの運営を投げ出し、ひたすら酒造りに没頭していた。

 

それ以外の全ての雑事は団長のザニス・ルストラに任せている。

ザニスはザニスで事実上の派閥の支配者として振舞っていて、ソーマの前ではあたかも崇拝している風に装っているが、内心では見下されているのはソーマ自身にも分かっていた。

ソーマはソーマで、ただ面倒ごとを代わりに片付けてくれる小間使い、という程度の認識しか持っていない。

酒造りを邪魔されず、材料を揃えるための金を貢いでくれるなら、誰でも良かった。

 

だからその日、ザニスが珍しく切羽詰まった顔で、ファミリアの運営で相談があるとか、新たな眷属候補に会って欲しいだとか、理由をまくし立ててソーマに懇願し、外出を控えてほしいと言われても、多少奇妙だと思ったが反論することなく了承した。

そもそもソーマは酒の材料や道具の仕入れに同行して品質を見るぐらいしか、滅多に外出しない。

だから、いつも通り、自らの酒蔵へと引きこもっていた。

 

そろそろこの間仕込んだ酒が、ほどよい具合に醸造されている頃合いである。

 

「ふむ……ふむ……」

 

ソーマは匂いを嗅ぎ、味を見て顔をしかめた。また失敗だ。

壺の蓋を閉め直し、失敗作が纏めてある辺りに動かした。思わずため息が漏れる。

 

さて次のものは、と別の酒壺の蓋を手にかけた瞬間、不意に何か大音響が聞こえてきた。

人間の悲鳴と、大型の動物がほえているかのような凄まじい咆哮。

流石に驚き、酒蔵から出ようとした、その時だった。

 

はて、とソーマが違和感を覚えて自らの胸元に視線を移せば、墨汁の塊で出来たかのような漆黒のナニカが、せり出している。

何の痛痒もなく、何かに触れた感覚すらない。だが、闇の塊のようなそれは、いつの間にか胸を貫いていた。

 

「……は?」

 

それがソーマの最後の言葉になった。

 

「私の名はキル子。ギルド、アインズ・ウール・ゴウンの末席にしてゴミ処理係。お初にしておさらば」

 

背後から耳朶を打つ言葉の意味を理解する前に、ソーマは塵と化した。

一瞬にして全身が白く染まり、次の瞬間には粉々に砕ける。骸は非常にキメ細かい霞か何かのように崩れ、空中で四散して消えていった。後には何も残らない。

 

「存外にあっけない。が、それならそれで、まことに結構」

 

突如として現れた乱入者、キル子はソーマが消えた辺りに目をやって、ため息をついた。

今はアンデッドとしての本来の姿とステータスを取り戻し、装備も所謂ガチ装備に換装している。

 

その手にはソーマを文字通りの意味で終わらせた武器、小太刀が握られている。つい先ほどまで漆黒に染まっていた刀身は、今は本来の銀一色を取り戻していた。

キル子は小太刀を白木の鞘に戻すと、慎重にインベントリへとしまい直した。何より大事な虎の子の神器武装だ。

 

「色々考えましたがね。監督責任というか、結局のところ、ケジメ案件でしょう、これ?」

 

ケジメは大事である。

ブラック企業の蔓延るリアルでは、些細なミスでサラリマンは落とし前として、指や鼻をそぎ落としたり、切腹したりとか日常茶飯事(チャメシインシデント)だった。

 

「しかし、それは後付けの理由でして。ぶっちゃけた話、これは私の八つ当たりだ。どうせ天界とやらに強制送還なんだろ?あっちで後悔しろ、クソが」

 

 

 

Deathscythe(死神の一撃)】……42時間に1度のみ使用可能。対象の1体に対して、あらゆる耐性を無視して即死させる。それは蘇生できない。

 

 

 

対人戦闘に有利なスキルを数多く取得し、レベルを一つ上げるごとに対プレイヤー与ダメージを20%増加できる暗殺者(アサシン)隠し(エクストラ)職業、『グリムリーパー』。その最大レベル5で取得できる制限スキル。

 

『グリムリーパー』は隠し職業ではあるが、wikiに取得条件が晒されているため、それなりに有名である。

特定のアサシン系職業を複数取得し、レベル90以上にした上で、非常に大量のプレイヤーをキルすると転職イベントが解放される。

この職業を極めた者はPVPイベント等で上位陣に残るのも珍しくはなく、その際にはこのスキルをいかに温存するかが勝負の分かれ目だった。あらゆる近接攻撃が即死につながりかねないため、すべてを回避するという選択を相手に強要できるからだ。

 

アインズ・ウール・ゴウンのギルド長、モモンガの有する切り札【The goal of all life is death(あらゆる生ある者の目指すところは死である) 】の劣化版と言えなくもない。

あちらは他のスキルや魔法と併用して範囲攻撃可能な初見殺しの即死攻撃だ。発動までに12秒のタイムラグがあるとはいえ、範囲に巻き込まれてしまえば、あらゆる耐性を無視して即死させられる。リキャストタイムの100時間も納得の性能である。

かつて1500人からなるプレイヤーがナザリックを襲撃した際に、たった41人の寡兵で返り討ちにできた要因の一つは、このスキルに依るところも大きかった。 何せ、ロール重視のビルドでしか出現しない隠し職業のスキルなんて、当時は誰も知らなかった。

結果として超広域化された即死魔法に対して、おそらく対策として即死無効アイテムを装備していただろう連中は、油断しきっていて何も対応しようとはせず、一網打尽になった。

あらかじめ12秒の猶予時間内に復活系能力を仕込んでおけば、多少のデスペナルティと共にその場で復活できるのだが、そんなもの初見で見破れるはずがない。

アレは本当に胸がすくような思いだった。

 

対して、こちらは1体しか対象にとれず、しかも近接攻撃成功時にしか効果が発揮されない。ほとんどの防御は貫通するが、回避されたり空間遮断等の攻撃を届かせないタイプの防御能力とも相性は悪い。

何より、一体キルするだけにしてはリキャストタイムが長すぎる。

蘇生不可なんてオマケのようなもので、ユグドラシルでは復活系の魔法やアイテムを無効化して、デスペナルティによる5レベルダウンを100%受けさせるための、嫌がらせでしかなかった。

 

しいて長所を挙げれば、出だしの速さと、あまり効果対象を選ばないことだろうか。

ワールドエネミーのような一部のボス以外なら、何でも一撃で殺せる。タフなエネミーを一撃でキルするのは中々爽快だ。

スキル説明欄に「生きてるのなら神様だって殺せる」等という妙なフレーバーがあるためか、神系のモンスターはほぼ全てが効果対象だった。

 

故に、オラリオの神という未知のMOBをキルするには、キル子の有するどの能力より確実性が高い、と判断していた。

問題は本当に死んだのかの確認だが、ことオラリオの神に関しては手軽な判別法が存在する。

 

キル子は手をパンパンと叩いた。

すぐに酒蔵の入り口の戸が開かれ、よたよたと現れたのはザニス・ルストラ。髪はボサボサ、皮膚は引き連れ、一晩で十歳も年を取ったかのように焦燥している。

背後にはかつての彼の仲間達が、ゾンビと化して付き従っていた。キル子が付けた見張りである。

ザニスはキル子の足元に這いつくばると、頭を地面に擦り付けるようにして土下座した。

 

「で、恩恵とかどうよ?」

 

「はっ、はぃい!!ふぁ、恩恵(ファルナ)は停止してますぅ!!!」

 

ふむ、と頷くとキル子はザニスのHP量を眺めた。確かに激減している。レベル10台前半程だったのが、いまやレベル1相当。信用してもいいだろう。

 

「ふんふん。例のものは?」

 

「ど、どうぞ!お受け取りくださいぃぃ!!」

 

ドサドサとキル子の前に積まれたのは、いくつもの無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァサック)。中身はソーマ・ファミリアの全財産である。

これをすすんで差し出すくらいには、ザニスの心は折れていた。

 

「はい、お疲れ様でした。じゃあ、もう用済みなんで、どっか行ってどうぞ」

 

「ヤ、ヤッター!!自由だー!!ばんじゃ~い!!」

 

キル子が顎をしゃくって、失せろと示すと、ザニスは涙と鼻水を垂らしてフラフラと歩きだした。

リトマス試験紙代わりとして、彼の最後のお仕事は、これで終わりである。

 

ザニスはなかなか役に立った。

この場にキル子を案内し、溜め込んでいたお宝を残らず吐き出し、さらに神ソーマが逃げ出さないように手を尽くしてくれた。

一応、転移を妨害する魔法を酒蔵全体に仕掛けておいたが、杞憂だった。

 

後は速攻でカタをつけるために素早さ上昇のバフや必中効果のあるバフを自らに重ね掛けし、《完全不可知化》で姿を消した上でのアンブッシュ。

相手の情報をとにかく収集し、奇襲でもって早々に勝負を付ける。これが『誰でも楽々PK術』による基本戦術だ。

 

キル子は無限の背負い袋を残らずインベントリに放り込むと、代わりに煙管を取り出して一服つけだした。

 

「しかし、神様キルしたんだから、もっとこう、派手なエフェクトがあるかと、わりと期待してたんだけどね」

 

ユグドラシルではボスやレイドモンスターを倒したときは、派手なエフェクトと共に消え去った。それはボスからのドロップを巡るPK合戦の開幕の狼煙でもあったのだが。

 

本来、オラリオでは地上に降りた神が天に強制送還される場合、かなり目立つ光の柱がそそり立つ光景が見られるのだが、そのことをキル子は知らなかった。

また、その日、一柱の神が天に送還されることもなく、文字通りの意味で殺されたことも、キル子は知らなかった。

 

「んで、これが噂の神酒と?」

 

首尾良く標的を仕留めた後は、お楽しみタイムである。

キル子は壺の封を勝手に切ると、中身の匂いを嗅いだ。近くに置いてあった長柄杓を手に取ると、中身をすくって、舌先になめとる。

 

「おおう、これはなかなか。いけますな」

 

期待通り、味は素晴らしかった。なんとも蠱惑的な香りが後を引く。

 

「しかし、アンデッドの耐性も貫通してくるか……解除は……可能だね。他人にかけられたら無理そうだけど。私はかけるの専門で、解除はそもそもバッファーやらヒーラーの領分だしなぁ……」

 

この時点で、既に神酒中毒になってしまったものへの対処をキル子は諦めた。

 

自らに掛かった【神酒依存(極小)】なるバッドステータスを確認すると、デバフ解除のスキルを使って無効化し、ケタケタと笑う。

 

「まあ、レアアイテムっぽいから残らず頂きます。これもPKの醍醐味よね」

 

薄気味悪い笑みを浮かべると、この場の酒壺を片っ端からインベントリに放り込む。他人のレアなお宝を奪う瞬間は、何より楽しいひと時である。

 

ひょいひょいと手際よく片づけてしまうと、そろそろ後始末の時間だ。

数珠型の腕時計を確認すれば、あまり時間に猶予はない。

そろそろキルトに戻って、最後の一芝居である。

 

「こんな大人しめの演出なら、証人の皆様の前で派手にやれば良かったかな?いやいや……それなら……おい、お前。こちらに来なさい」

 

キル子が命じると、その場に佇んでいたゾンビの一体がヨタヨタとキル子の前に出る。

背格好は神・ソーマとさほど変わらない。

 

「確か、こんな顔だったかしら……【変身(メタモルフォーゼ)】」

 

スキルを使うと、キル子にしか見えない特殊画面が視界に表示され、対象に適応するための『目』や『鼻』、『唇』、『髪型』等の選択肢が現れた。 それを適当に入れ替え、モンタージュ写真のように手早く作り込みを行っていく。

課金ソフトと違って、自由度は大きくない。見る物が見れば一発でバレるだろうが、その前に処分してしまえばいいだけだ。

一瞬だけチラリと見せて、誤認させることが肝要。あくまでソーマはモンスターにやられた、その事実が必要なのである。

 

「…っと、こんなもんかね?後は服装をちょちょいといじってやれば」

 

変装(マスカレード)】のスキルを使い、男の服装をソーマが着ていたのに近い白いローブに変えれば、準備は万端である。

 

「出来た。残りのゾンビどもは、適当に火を放ってその場で待機。こんがり焼けてどうぞ」

 

モンスターが突入した時点で醸造施設に引火でもしたのか、所々煙を吹いている。今更、焼死体が追加されたところで怪しまれはしないだろう。

 

「さて、もちっとばかし、ベルきゅんに良いとこ見せちゃるかのう。確か、都市系ギルドとのPVPで嫌がらせに配置するアレが、未だ残ってたような……お、あった」

 

キル子はインベントリから一本の巻物(スクロール)を取り出した。

自分の使えない魔法の込められた巻物は、今や補充のできない消耗品であり、本来、無駄遣いをするべきではないが、ここぞという時にケチっても仕方がない。

 

「《第10位階怪物召喚(サモン・モンスター・10th)》」

 

羊皮紙が燃え上がるのと、魔法陣が浮かびあがるのはほぼ同時だった。

燃え尽きた灰の欠片が掻き消えていく中、先ほどまで無かったものが狭い室内を占拠するように出現する。

 

小山のような巨体と、爛々と燃え上がるような三対の眼光を持った獣の姿。

地獄の番犬、ケルベロス。レベルにして80になる、ユグドラシルの召喚モンスターだ。

 

ユグドラシルでは召喚魔法を使うと、位階によってそれに見合ったレベルのモンスターが召喚される。

1位階なら10レベルまで、2位階なら20レベルまで、という風に。だが、第10位階を使えばレベル100までの怪物を召喚できる、というわけではない。この位階と召喚モンスターのレベルの相関関係は、高位階になればなるほど緩やかなカーブを描く。

最高位の超位魔法による召喚でようやくレベルにして85から90。さらに上の世界級アイテムによる召喚や、多大な維持コストのかかるギルド拠点に設置可能なNPC等でようやく100レベルを使役可能となる。

あるいはサモナー系の職業や、配下のモンスターを強化できる能力を持った指揮者系、さもなければ特定のモンスターに限って強化可能な職業を修めていればその限りではないのだが、そういった能力が皆無なキル子が巻物で呼び出したのでは、精々このレベルが限度だ。

 

キル子はケルベロスを見上げると、あっけらかんと命じた。

 

「じゃ、これ咥えて。お外に出て、なるべく人が多いところでゴックンしてね」

 

命令されたケルベロスは嫌そうに「くぅ~ん」と唸った。

さすがに臭いで腐乱死体だと分かったらしい。エンガチョである。

 

「好き嫌いしないの!ああ、それと今しがた表に出てったのは用済みだから、食べてどうぞ。ついでに用済みのダンジョン産モンスターも片してね」

 

ケルベロスは三つの頭で思考した。

新鮮なお肉と腐ったお肉、両方食べればプラマイゼロである。

大人しくソーマの身代わりに仕立て上げられたゾンビを、嫌そうに口に咥えるのだった。

 

「表に出たら、変装して本気で殴りに行くんで、なるべく鮮やかに負けてね。お供に‪ゾンビーズ‬も呼び出してあげるから寂しくないわよ。後、白い髪の男の子に手を出したらぶち殺す」

 

踏んだり蹴ったりとはまさにこのことであろう。

 

尻尾を垂らして出ていく畜生の心中など知ったことではないので、キル子はどうやってベルにいいところを見せようかとウキウキしながら、キルトとしての外装を纏い直すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……とまあ、その結果として現在に至る。

 

「おい、トマト野郎。お前も後ろに下がってろ。雑魚がいきがるんじゃねぇ!」

 

「嫌です!」

 

ベートは苛つくようにベルを詰ったが、ベルも大人しく引き下がるつもりはないらしい。

 

二人とも男の子だなあ、などと思いながらも、頰が歪むのを抑えきれない。

 

「そこの金髪の女、お前は雑魚じゃなさそうだが、足引っ張るんじゃねーぞ!」

 

ベートはケルベロスから目をそらさずに、キル子に指図した。

この場にロキ・ファミリアの団員がいたら驚いただろう。ベートが、初見の相手に背中を預けたのだから。

 

「はい!お任せくださいまし、ベート様!」

 

いきなり出てきて上から物を言うベートの言い草に、周囲の冒険者達は眉をひそめて不満顔になったが、もちろんキル子に不満などあろう筈がない。

 

「様ぁ?気色く悪い呼び方すんな!」

 

「で、ではベートさん、と。わたくしはキルトとお呼び下さい」

 

ベートは頬を染めるキル子を胡散臭そうに見ると、クンクンと鼻をひくつかせ、目を細める。

 

「……?フン、まあいい。今はあの化け物を何とかする方が先だ!」

 

「ええ、二人の初めての共同作業ですわね!」

 

キル子は大鎌を振りかぶった。

予想外にかかった獲物(ベート)を逃す気は、キル子にあるはずがない。

 

「ベルくん!貴方は吐息(ブレス)が飛びそうになったら、みんなを守ってあげてね。今の貴方なら風と雷の吐息は問題ないはずよ」

 

ジェラシーに燃える目で(……と、キル子は解釈した。顔がニヤけるのを抑えるのに必死である。)ベートを見ているベルに対し、フォローすることも忘れてはならない。

キル子がウィンクしてみせると、ベルはパァッと笑顔になった。

 

「は、はい!わかりました!」

 

両手に花。花より男子。

 

「もう何も怖くない!」

 

キル子は今、確実に人生の絶頂にいた。

 

グルルゥ…?

 

そんな腐れた召喚主はさておき、ケルベロスは思案していた。

最終的に送喚されるのは仕方ないにしろ、彼だって少しくらいお零れが欲しい。

具体的には肉食いたし。先ほど腐った肉を食わせられた感触を忘れるため、さらなる新鮮な肉に飢えている。

 

そこで、ケルベロスは標的を、目の前の獣人の男に定めた。

この相手に関しては、召喚者から事前に何も指示を受けていない。思い切り食い殺していいはずだ。

相手は筋肉質な男で、食べごたえがある。潰されてしまった頭を除いて、二つの頭で仲良く半分こできる計算である。

左右の首は競って大咢を開け、本気のスピードでオヤツに飛びついた。

 

「こいつ、速ぇ!!」

 

その凄まじい突進を前に、ベートは目を見張った。

 

これまでケルベロスがとった行動と言えば吐息(ブレス)を吐くか、手を抜いてキル子とじゃれたくらいのもの。

そのトップスピードを初めて目の当たりにして、一瞬にして跳びのいたのは、ロキ・ファミリア一の敏捷性を誇る、ベート・ローガの真骨頂。

ステイタス差は歴然ながら、優れた動体視力と蓄積された戦闘経験から、右の首が噛み付いてくるのを読んで避け、ついで左の前足の爪を見切る。さらに流れるように迫った左の噛み付きすら紙一重で凌ぐ。

 

仮に、この場にいたのが他のロキ・ファミリアの幹部だったなら、最初のひと噛みで終わっていてもおかしくはない。素早さに特化した第1等級冒険者、ベートだからこその荒技だった。

 

紙一重で命を繋いだベートだが、余裕などカケラもありはしない。

カウンターとして蹴りや拳を叩きつけるも、まるで手応えがないのだ。

 

かつて倒したダンジョン深層の怪物の中には、驚異的なタフネスを誇るものもいれば、圧倒的な攻撃力を持つもの、ベートに迫るほどの素早さをもつものもいる。あるいは見上げるような体躯の持ち主も珍しくはない。

だが、それら全てをレベル差をつけて併せ持ち、さらに知恵すら兼ね備えた怪物と対峙するのは、これが初めてだった。

 

「チィ…!速いだけじゃない!硬いし、強ぇ!!」

 

正面からの猛攻をいなすのに精一杯のベートだが、ケルベロスにとっては全てがフェイク。

本命は、長く硬い鱗を纏った蛇の尾。

 

シャァアアア!!

 

猛毒を滴らせ、牙を突き立てようとする蛇の頭が、ベートの首筋に迫った。

 

「このケダモノ!」

 

それを防いだのは、もちろんキル子である。

 

大鎌の刃でガードし、全身の筋力を動員して威力を殺す。

擬態化してステータスが下がっている上に、曲がりなりにも相手はユグドラシルでも高位の怪物。長い体をしならせ、硬い鱗に守られた蛇体は鋼鉄の鞭にも等しい。

受け止めたキル子にもそれなりに負荷がかかり、体が軋んだ。

普段は回避専門なので、受け止めたり、防御するスキルは皆無なのだ。

 

邪魔をされたケルベロスは非常に不満げに睨んだが、大人しく引き下がった。召喚者には抗えない。

 

「乙女心の分からない馬鹿犬ですわ!とっとと屠殺しましょう!」

 

理不尽な怒りを抱きながら、キル子は大鎌を振り払った。

 

ケルベロスほどの巨体が相手だと、首狩り攻撃の成功率はグッと下がる。

そうなると大鎌の重量を活かした薙ぎ払いで地道に切り刻むしかないのだが、問題は攻撃力の不足である。

相手が人間種でもプレイヤーでもない以上、キル子の頼みの綱である特攻能力が発揮されない。人間種に擬態している今は尚更だ。

 

カンストプレイヤーの中でも、キル子の素の物理攻撃力は精々中の上。

先ほど通常攻撃の三倍まで威力をチャージできるスキルを使用し、且つ不意打ち状態から放つことで更に倍、計6倍の威力の攻撃を叩き込んだにもかかわらず、ケルベロスのHPは3割も減っていない。

斬撃に特化した大鎌という重武装を使ってこれである。一般的なユグドラシルのカンストプレイヤーなら、5割は削れているだろう。

 

グルルゥ?!!!

 

一方でいくら相手が召喚主だって、無闇に切り刻まれたくないケルベロスも必死である。

召喚主を傷つけないように、されど癇にも障らないように、爪を振り回して必死の抵抗を試みる。その心は「こっちくんな!」だ。

 

しばらくキル子が押し、ケルベロスが防ぐという一進一退が繰り広げられたが、やがて痺れを切らしたキル子は叫んだ。

 

「跪きなさい!お手!」

 

思わず右前足が伸ばされると、そこに向かって勢いよく鎌が振り下ろされる。

ケルベロスは慌てて引っ込めようとするも、爪の生え際をザックリと斬り飛ばされ、悲鳴をあげた。

肉球を破損したわけではないので動きに支障はないが、爪による攻撃はもう出来ないだろう。

 

「姉御がやったぞ!」

 

「いいぞ!ブッ殺しちまえ!!」

 

「…っていうか、今更だけどあの人、何処のファミリアだにゃ?!」

 

周囲で動物の動死体と戦っていた下級冒険者達から歓声が上がった。

傍目には爪による攻撃を鮮やかに迎撃したようにしか見えなかっただろう。

 

「誰かこの悪魔を何とかして!」とケルベロスは内心で盛大に罵ったが、それは唸り声として発露し、手を出すなと言明された白髪の人間を怯えさせるに留まる。

それを見て彼の召喚者はますます機嫌を悪くしたようだった。

ビキビキと額に青筋を浮かべ、乙女が浮かべてはいけない表情でケルベロスを睨んでいる。

 

「オーッホッホッホ!もはや、情け無用ですわよオラァアアア!!」

 

往生際の悪いケルベロスに業を煮やしたキル子は、大鎌を手放すと、魔法を詠唱した。

 

キル子は直接攻撃力のある魔法は一切覚えていない。

ほとんどは自らに掛けて能力を向上させたり、逆に敵に掛けて能力を押し下げたりする補助系、あるいはそのいずれにも収まらない特殊魔法だ。

 

「《束縛する地獄の鎖(バインド・オブ・ヘルズチェーン)》!!」

 

キル子の両腕から、赤色に輝く鎖が群れを成して現れ、ケルベロスの全身を雁字搦めに縛り上げて拘束した。

 

カルマ値がマイナスであればあるほど強い拘束効果を発揮する第八位階魔法。

代償として両手を鎖に塞がれ、その場を動けなくなるので、パーティプレイが前提の魔法である。

 

「今ですわ、皆さま!このケダモノをフルボッコにしておしまいなさい!!」

 

キル子がまさに悪役令嬢といった冷酷な笑顔を浮かべて宣言すると、既に動物の動死体(アンデット・ビースト)を粗方始末していた冒険者達は、これまたチャンスとばかりに、舌舐めずりしながら各々の武器を構えた。

 

「おうおう!よくも好き勝手やってくれたな犬コロ!」

 

「動けねーのか、そーかそーか!」

 

「経験値うまいにゃ!」

 

「ウヘヘヘ!大人しく俺の経験値になれぇ!!」

 

「汚物は焼却よぉ!!」

 

ケルベロスが動けないのをいいことに剣を叩きつけ、槍を突き刺し、鈍器で殴り、魔法の炎で焼く。やりたい放題のタコ殴りである。

 

「ヤァーッ!!!」

 

ベルも愛剣を振りかざし、金属か何かのように強固な毛皮の隙間に、刃を滑り込ませて刺し貫いた。

皮膚を貫通する感触はあれど、雷撃に焼かれる様子はない。ケルベロスは風と雷と火属性に対しては強固な耐性を持っているためだが、ベルにはそこまでのことは分からなかった。

 

「そのまま、縛り上げとけ!!」

 

逆に、後方に全力ダッシュし、距離を取ったのはベートだ。

彼は先に一当てした感触から、生半可な攻撃は通用しないと判断していた。

 

十分な助走距離を稼ぐやいなや、すぐさま反転して突貫。

走行速度が強化されるスキル、孤狼疾駆(フェンリスヴォルフ)。そして、加速時に力と敏捷のアビリティが強化されるスキル、双狼追駆(ソルマーニ)

ベートをしてロキ・ファミリア最速足らしめた二つの能力を存分に駆使し、一撃の威力を最大に高めた状態から繰り出される、シンプルな飛び蹴り。

その脚部を覆うミスリル製のブーツの強度をも加味された一撃は、狙い違わずケルベロスの首の一つを貫いた。

 

グギャァアアアアアア!!!

 

ケルベロスが堪らず苦痛に喘ぐのを見て、キル子は「ほう!」と感嘆した。

 

良いところに入ったのか、蹴りを食らったケルベロスの首が口から泡を吹いている。HPも数パーセントは削れていた。

しかも、今のスピードは支援魔法(バフ)やパッシブスキルを抜きにした、キル子の通常攻撃のそれとさほど差がない。あくまで擬態化してステータスが人間種相当に下がった状態と比較して、だが。

 

オラリオの冒険者を少し舐めすぎていたかもしれない、とキル子をして認識を改めさせる一撃を放った本人は、不満そうに吐き捨てた。

 

「やっぱ硬ぇ、クソが!」

 

ベートに言わせれば、モンスターからの反撃を気にしなくてもよく、しかも止まっている相手に攻撃を繰り出せる状況など実戦では滅多にない。

そんな機会に恵まれながら、攻撃の起点となった足先に伝わってきたのは、あまりにも硬い感触。

脚部を覆う愛用の第2等級武装、ミスリル製のそれが、見事にひしゃげてしまっている。

 

それを見て、ベートは血が滲み出る程に、唇を噛み締め激情を抑えた。

未だ弱い、我が身に悶えて。

だが、腐ることもない。

そんな暇があれば更に「牙」を磨く。

それがベートの信念なのだから。

 

グルァアアアア!!!

 

そして、身動き一つ取れぬまま、全ての攻撃を受け止めたケルベロスは、忸怩たる思いで自身に群がる雑魚どもを睨んだ。

 

レベルにして80にもなるケルベロスの毛皮は、先の獣人から貰った一撃以外はチクチクするだけでむず痒いだけである。なお、一番堪えたのは、召喚者から受けた不意打ちであり、おかげで体力はもう半分も残っていない。

 

何より、ケルベロスは邪悪な笑顔を浮かべて群がり攻撃してくる冒険者達に、生理的嫌悪感を感じていた。黒くて小さくてゴソゴソ動くアレに集られている気分である。

言葉を話せるなら、「それが人間のやることか!」と一喝していただろう。

あまりに鬱陶しいので、吐息(ブレス)で薙ぎ払いたかったが、口を鎖で雁字搦めに塞がれているので、それも出来ない。

彼にできたのは、恨みがましく、召喚者を睨むことだけだった。

 

「そーれ、がんばれがんばれ♪」

 

当の召喚者であるキル子は、ベートやベルの勇姿を眺めてご満悦である。

 

(ベート様とベル君の見せ場を作って華を譲る!これぞ男をたてる日本のデントウ、ヤマトナデシコ!)

 

その顔は、もはや悪役令嬢だとか姫騎士だとか、俄かムーブでは誤魔化せないほどにニヤけていた。

 

「(ケケケケ!最後にトドメを決めて出来る女アッピールでイチコロじゃあ!!)……ああ、もうげんかい、くさりがひきちぎられそうですわ〜」

 

この地獄の鎖は時間経過で解除される以外にも、耐久値が決まっていて、破壊されるまでは拘束可能なタイプの魔法である。物理ステータスの高いレベル100プレイヤーなら、5秒ほどで抜け出せるだろう。

 

ケルベロスは文字通り借りてきた犬のように大人しく、鎖に拘束されるがままになっているので、耐久値はピクリとも減っていない……

 

「あ〜れ〜!皆さま、お逃げになって〜!」

 

……のだが、もちろん使用者が魔法を解除してしまえば、その限りではない。

 

鎖がくだけ散ると、蜘蛛の子を散らすように、ケルベロスの周りから冒険者達は一斉に逃げ去った。

 

そして、いい笑顔を浮かべながら、キル子は改めて大鎌を構える。

 

「さあ、フィナーレよ!!」

 

キル子も単に拘束魔法を維持していたわけではない。

 

「チャージカウント5!マックスで行きますわ!!」

 

次の攻撃の威力を増幅するスキル、【蓄積(チャージ)】。

謂わば、魔法使い系の必須とされる魔法二重化(ツインマジック)魔法三重化(トリプレットマジック)等の威力強化系スキルの物理版だ。瞬間火力が重要視される対人戦闘では特に重宝される。

不可視化状態から不意打ち上等を旨とするアサシンビルドのキル子は、特によく使う定番スキルである。

 

ただし、便利なスキルなのだが、チャージ数に比例して事前待機時間と、事後の硬直時間が等比級数的に増大するため、手軽に使えるのはチャージ(トリプル)くらいまで。それ以上になると、普通に連続攻撃を放った方が効率がいい。

 

今回は少なくともチャージの時間はたっぷりあったし、何より反撃は気にしなくて良い。所詮は召喚モンスター、召喚者様には逆らえない。

 

「オーッホッホッホ!用が済んだらチャッチャとおっ死ねですわ!!」

 

円舞を舞うように大鎌を 振り回し、息もつかせぬ連続攻撃。

もはや、チマチマした小技は無用とばかりに、分厚い毛皮をザクザクと切り刻んでいく。

 

チャージの威力が乗るのは最初の一撃だけなので、後の攻撃は単に大鎌を振り回しているだけであり、さほどのダメージは入っていない。

だが、血飛沫をブチまけてモンスターを切り刻む姿は、とにかく派手で見栄えが良かった。

 

ケルベロスはたまらず、飼い主に虐待される子犬のような悲鳴をあげた。

 

「あら、数ドットほどHPが残ったかしら?じゃあ、最後は実用性皆無だけど見栄えのいいスキルでも……!」

 

キル子がスキル使用後の硬直時間を待ちながら、さて何を使おうかと思案した、その時だった。

 

黄金の風がその横を駆け抜け、瀕死のケルベロスへと迫る。

 

「"目覚めよ(テンペスト)"!!」

 

吹きすさぶ風が少女剣士の金髪をなびかせ、突き出された手に持つサーベルに収束された。

攻防一体の風属性魔法を身に纏い、一直線に駆ける姿に、響めきが上がる。

 

「剣姫だ!!」

 

誰かが叫んだ。

 

ロキ・ファミリアが誇る第一級冒険者、アイズ・ヴァレンシュタイン。

 

姿勢を低く、地を滑るかのように風を纏って駆け抜け、アイズは最高のタイミングで突撃からの刺突技を放った。

 

"リル・ラファーガ!!!"

 

それは見事にラストアタックを決め、ケルベロスの最後の数ドットを削り切った。

 

アウォーーーン!!!

 

断末魔を叫びながら、ケルベロスの巨体は崩れ落ちた。

次は優しい召喚者様に呼び出されたい、と切なる願いを抱きながら。

 

「美味しいところもってかれた〜?!」

 

それを見て、キル子は思わず素で叫んだ。

 

アイズの狙ったかのように華麗な登場。見せ場を奪われて、思わず取り乱す。

ベルやベート、その他の有象無象の冒険者達の視線も、突如として現れた金髪美少女剣士に釘付けだ。

白い煙に包まれ、消えていくケルベロスを他所に、束の間、キル子はアイズに目を奪われていた。

 

次の瞬間、一斉に歓声が上がる。

 

「剣姫が決めやがった!!」

 

「やった!やってやったぜ!!」

 

「うしゃあああああ!!」

 

「生きてる……ハハッ、俺は生きてるぞ!」

 

「二度とやらねーからな!!冒険者は冒険しねーんだよ!!」

 

冒険者達は歓喜に沸いた。

 

通りに連なる二階屋の窓という窓が開いて戦闘の様子をおっかなびっくり伺っていた市民達も顔を覗かせ、一斉に拍手を送り、口笛を吹く。

それを受ける冒険者達もまんざらではない様子で頭をかき、帽子や兜を放り投げた。

 

「ヤッホーイ!!やりましたよ、神様!!」

 

ベルも誇らしげに自慢の剣を鞘に収め、隣り合った者達と肩を組んで喜ぶ。

その様子を、アイズが何やら言いたそうに見つめている。

 

そこで、ようやくキル子は我に返った。

 

(……しまった!辻褄を合わせておかないと!!)

 

背筋に薄ら寒いものを覚えて、慌ててやるべき事を思い出す。

 

その場の全員の視線が、あの金髪美少女に注がれたのは気に食わないが、ある意味では好都合。キル子はその隙をついてスキルを行使した。

 

「【刹那の極み】 …!!」

 

世界がぶれ、次の瞬間には何事もなかったかのように、全てが元通り。

ただ一つ、先頃までケルベロスがいた地点に無造作に転がっている、やや大ぶりのいくつかの魔石を別にすれば。

砕けてしまったかのように、乱雑に転がるそれをみても、誰も違和感は覚えなかった。モンスターを倒せば、魔石が残るのは当然だからだ。

骸が消えたのも、最後の一撃がモンスターの弱点である魔石を直撃したのだろうと、都合よく解釈された。

 

その事に、違和感を覚えたのはただ一人。

 

「この感覚?!前に、味わったような……?」

 

ベートは何やら目を見開き、しばらく唸っていたのだが、やがて頭を振るとキル子へと視線を移した。

 

「……危ない、危ない。ギリギリだわ」

 

ベートの視線にはまるで気付かず、キル子はギリギリのタイミングで誤魔化せたと、冷や汗を拭っている。

 

そして、一仕事終えた気安さから、気を抜いたところ。

 

「あ、アイズさん!!」

 

突如として現れた金髪の泥棒猫に、ベルが目を奪われているのに気付いた。

 

思わず、ビキっと額に青筋を浮かぶ。

 

「アイズ!お前もこっちに回されたのか?」

 

「怪物祭から逃げ出したモンスターを追ってきた。ロキもガネーシャに借しを作りたいから、って」

 

「そういうことか」

 

ベートまでがこの金髪小娘に親しそうに接している。ジェラシー!!

 

「貴女、いきなり美味しいとこだけ掻っ攫うなんて、マナー知らずではございませんこと!」

 

「……?」

 

悪役令嬢のお約束、ヒロインに難癖をつけてみるものの、当のアイズは不思議そうにキル子を見返すのみ。

ムキーっと小物臭を漂わせながら歯噛みし、さらなる悪役令嬢ムーブで、アイズをイビリ倒そうとした時、伏兵が現れる。

 

「ベルくん!!かっこよかったよ~~!!!」

 

「か、神様?!来ていたんですか?!」

 

執念でこの場に駆けつけた乳神様が、ベルに飛びついた。

小柄なくせにやたらと豊満な体を密着させ、頬ずりしながら、顔を赤くしたベルに見えないよう、キル子に舌を出す。

 

(へーすーてぃーあー!!!己は一体どこから湧いた!!!っていうか、この小娘も!私のベート様に馴れ馴れしいんじゃゴルァ!!)

 

いきなり現れてキル子の見せ場をかっさらった金髪の小娘に、置き去りにした筈の(ヘスティア)までもが参戦した状況。

散々仕込みをして、後はうまく刈り取るだけというのに、鳶に油揚げを掻っ攫われた気分である。

 

どうしてくれようか、と暗い笑みを浮かべながら悩んでいたキル子の前に、更なるお邪魔虫が現れた。

 

「すみません!ちょっと通して下さい!」

 

人波を掻き分けて、ハーフエルフの女性がキル子の前に進み出てくる。

 

「私はギルド職員のエイナ・チュールです。失礼ですが、お名前を窺ってもよろしいですか?」

 

「え!…ギルドがなんでここに……!」

 

ギルドの制服を目の当たりにして、キル子は慌てて意識を切り替えた。

 

これはキル子の想定外の事態だ。ソーマ・ファミリアの不正に関してギルドが動くのはわかっていたが、いくら何でも動きが早すぎる。

 

「あ、あら、ご機嫌よう!わたくしの担当は別の方ですが、時折、遠目に拝見していましたわ、チュールさん」

 

笑顔で手を差し出したキル子に、エイナは軽く目を見張ったが、すぐに握手を返してくる。

その手が離れた時、エイナの掌の内側に、髑髏のマークが一瞬だけ闇色に光った。

 

「キルト、と申します。モモンガ・ファミリアに所属していますわ」

 

「モモンガ?失礼ですが、私どもの担当職員の名前を伺ってもよろしいですか?」

 

エイナは聞いたことのないファミリアだと首を傾げた。

さらに、キル子がしどろもどろに担当職員の名前を告げると、途端に顔が強張る。

 

ソーマ・ファミリアの仕出かした幼児誘拐、そして恩恵を刻んで無理矢理ダンジョンに放り込むという前代未聞の虐待の不祥事を告発し、後の面倒事を投げ出すかのように、ギルドから夜逃げ同然に退職して去った人物の名前であるので、ある意味当然の反応だ。

ソーマ・ファミリアの所行を咎めることなく放置していたことといい、他にも故意の書類改ざん、リベートの受け取りなどの不正が明るみに出たため、今現在、ギルドは血眼で行方を追っている。

キル子はそこまで知らなかったが、担当していた冒険者も、ヘルメス・ファミリアやタナトス・ファミリア、イケロス・ファミリア等々、どれもこれもソーマ・ファミリアと同じかそれ以上に胡散臭く、良い噂を聞かないファミリアばかりなのだ。

 

エイナのキル子を見る目が、何かを探るようなものに変わった。

 

「……そう、ですか……お疲れのところを申し訳ありませんが、少々お時間を頂けませんでしょうか?ギルドとしても、今回の件について詳細を知りたいのです。お手間は取らせません」

 

なお、キル子は件の職員を魔法で操り『モモンガ・ファミリア』を書類上は登録させているのだが、あまり突かれるとボロが出かねない。

本来なら、こうなる前に颯爽と現場を去るはずだったのだが……

 

「い、田舎から出てきたばかりの零細ファミリアでしてよ!眷属もわたくししか居ませんし!肝心要の主神様も放浪癖がありまして!どこをほっつき歩いているのやら、見当もつきませんわ!!」

 

何とか取繕わねばならないと、四苦八苦するキル子だったが、間の悪いことに、今度は小柄な赤毛の神物(じんぶつ)が現れた。

 

「ももんがぁ…?いや〜、ウチも聞いたことないで、そんな神」

 

そう言いながら、人の悪い笑みを浮かべて会話に割り込んできたのは、ロキ・ファミリア主神、ロキ。

 

「まあ、神なんぞ腐るほどおるから、ウチかて全員覚えとるわけやないけどなぁ……」

 

細い目を薄っすら開けて、意味ありげにこちらを見てくる。 正直、嫌な予感しかしない。

 

今まで適当に誤魔化してきたことのツケが巡り巡って来たかのような状況に、キル子は盛大に冷や汗を流すと、テンパって高笑いを上げた。

 

「オーッホッホッホ!み、皆様、残念ですが、そ、そろそろ、わたくしは門限の時間です!こ、こ、これで失礼しますわぁ!!」

 

慌ててその場を後にしようとしたキル子であるが、その手をロキがむんずと掴む。

 

「まあ、待ちや、ジブン。ギルドなんぞはほっといてええから、ウチとちょ〜っとお話しよか。タダとは言わんで、タダとは。豊穣の女主人て、ええ店があるんや。一杯奢ったるで〜」

 

店の選択からして悪意がにじみ出ていると思うのは、気のせいだろうか?

 

「ロキ、確か出入り禁止にされたんじゃない?」

 

「そういや、俺も出禁だったな」

 

「かまへん、かまへん!ウチとミア母さんの仲やで!なんとでもしたるわ!」

 

アイズとベートが冷静に突っ込んだが、ロキは聞く耳を持っていないらしい。

 

右には探るような目つきのギルド職員、左には薄気味悪い笑顔の神、ロキ。

前方ではベートがアイズと何やら親しそうにしており、後方ではベルがヘスティアにモーションをかけられてあたふたしている。

まさに四面楚歌だった。

 

「ううう!お、覚えてなさい!あいるびーばっくですわ〜!!」

 

結局、キル子は涙目で捨て台詞を吐くと、動物の像・戦闘馬(スタチュー・オブ・アニマル・ウォーホース)を呼び寄せ、その場から逃げ出すように駆け出すのだった。

 

「逃げたで、追え〜〜!!」

 

何故か楽しそうなロキの掛け声に触発され、無数の冒険者が後に従う。

 

「あ、姐御!待ってくれ〜!俺はあんたに付いてきやす!」

 

「私も改宗します!」

 

「置いてかないでください、お姉様!」

 

……後に、この騒動に参加した下級冒険者は全員がLv.2に昇格したことが判明するのだが、それはまた別の話である。

 

「ちょっと待てコラ!さっきの奇妙な感じ、まさかお前、あの女と何か関わりがあんのか?!」

 

「き、キルトさん!待ってください!」

 

「ベルくん!ボクというものがありながら〜!!」

 

「あの魔法は興味深い」

 

「そ〜ら、捕まえや〜!」

 

 

どうしてこうなった?!!!

 

 

結局、その鬼ごっこは、キル子が《完全不可知化》を使えばいいと気がつくまで、続けられたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の深夜。

 

「さて、まずは一献」

 

「頂きます」

 

グリーンシークレットハウスの中で、キル子とリリルカはひっそりと祝杯をあげていた。

 

キル子が差し出したお銚子を、リリルカが恐縮しながらお猪口で受ける。

中身はソーマ手製の神酒、それも依存性のない失敗作の方だ。

 

子供らはリリルカが無事引率し、ソーマ・ファミリアの仕出かした前代未聞の犯罪行為の重要参考人として、今はギルドが保護している。

カリン達はギャン泣きしたようだが、明日、キルトが必ず迎えに行くと約束したら不承不承、納得してくれたらしい。

ギルド職員とて、あの子らには敵にしか見えないのだろう。無理もないが。

 

そんなわけで今夜は久々に子供達はいない。

明日には迎えに行って『キルト』として寄付と支援を約束したダイダロス通りの孤児院に、保護された他の子供達共々、預けに行かねばならない。

妙に懐かれてしまったので、また泣かれるかもしれないが、少なくともこんなヒトデナシと一緒にいるよりマシだろう。

 

そんなわけで今はリリルカと二人だけ。大人同士の生臭い話を済ませておく必要があった。

 

「さて、だいぶ当初の計画からは外れたけど、悪くはない結末じゃないかしら?」

 

「ええ、リリはファミリアから抜けられれば、なんでもいいです」

 

「恩恵はいいの?封印されてしまったのでしょう?」

 

主神の強制退場と時を同じくして、ソーマ・ファミリアの全団員は恩恵を封印された。新たな神に帰依すれば元どおりに復活するらしいが、それまでは一般人とほぼ同じ状態になっているそうだ。

ただし、運悪くその時ダンジョンに潜っていたファミリアの団員は、かなりの数が犠牲になったという。祭に見向きもせずに金策に走っていたのが災いした。

 

「どのみち、レベル1止まりでしたから」

 

リリルカはなんとも言えない顔で、お猪口を空にした。

 

キル子が彼女に聞かせていた表向きの計画は、こうだ。

 

まず怪物祭からモンスターを数匹逃し、ソーマ・ファミリアの酒蔵に突っ込ませる。酒蔵にはあらかじめリリルカがモンスターを引きつけるための、トラップアイテムを仕掛けてあった。

ダンジョン内部ならともかく、街中で使っていたとしても、何の意味もないアイテムである。それも酒蔵が焼け落ちたせいで、証拠隠滅は確認済み。これで非難の矛先は、真っ先にガネーシャ・ファミリアに向くだろう。

後はドサクサ紛れに工房をぶっ壊して酒の生産を不可能にしつつ、騒ぎを大きくして周囲の注目を集めさせ、隠しきれない規模でソーマ・ファミリアの悪行の証拠を洗いざらい表沙汰にする。そうやって、ギルドが重い腰を上げざるを得ない状況に追い込む。

ここまでやらかせば神会で問題になるのは明らかで、最悪ソーマの強制退去から、最低でもオラリオ追放は疑いない。

その場合は、過去の例からして眷属には改宗が認められるだろう、と踏んでいた。

 

「まあ、ソーマ様が亡くなられたのは、大誤算でしたわ。何せ、アレだけの騒ぎを起こせばてっきりすぐに避難されると思いましたもの」

 

キル子はいけしゃあしゃあと、とぼけてみせた。

 

「それは、確かに……その為に色々騒ぎを起こしましたからね」

 

などと、キル子はリリルカを丸め込んでいたが、実際には最初から最も確実な手段を取る気満々だった。

 

どうにもオラリオの人間の倫理観というのは、神を手にかけるのを忌避しているように思える。

アレだけソーマ・ファミリアに酷い目にあわされたリリルカでさえ、計画を相談した際に言の葉に乗せただけでも、かなりの拒否反応を示していた。

だから、キル子は一番重要な部分を秘密裏に進めた。

 

神、ソーマ暗殺計画を。

 

「………」

 

「?どうされました、キルト様」

 

「いえ、結構いけるわね、このお酒」

 

「失敗作とはいえ、ソーマ様手製の仕込みですから」

 

正直、波乱万丈なロクでもない人生を歩んできて、揉まれ続け、ある意味で鍛えられているリリルカが、そんなご都合満載の表向きの計画をどこまで信じていたかは疑問だ。

 

あるいはキル子がこうすることまで見透かした上で、したり顔で手を貸したのかも知れないし、全てがどうでも良かったのかもしれない。どう転ぼうが彼女に損はないのだから。

 

「で、あの大量の神酒はどうされるんですか?」

 

リリルカはジト目で奥座敷に山と積まれた神酒の壺を眺めた。

 

ソーマ・ファミリアの酒蔵を襲撃した際に、彼らが集めていた上納金と共に、あらかた奪ってきた戦利品である。

 

「機を見て市場に流しますわ。少しずつ、ささやかな量でね」

 

ソーマが消え、再入手が絶望的になった以上、これからプレミアがついて値が暴騰するのは目に見えている。

一度に売り払えば足がつくだろうから、キル子としては値が吊り上がるまでしばらく塩漬けするつもりだ。

たまに流すだけでも、しばらく金には困らないだろう。

なんならオラリオの外に流しても良い。

 

「というわけで、管理と販売は任せましたわ、リリルカさん」

 

「え?!リリがですか!」

 

「貴女以外に誰がいるのよ。わたくしは商人じゃないし、伝手もないわ。それに、元ソーマ・ファミリアの人間なら多少神酒を溜め込んでいたって、不思議はないでしょう?」

 

「たしかに。でも、リリは単なるサポーターなんですがね」

 

「あら、抜け目ない性格の貴女は、商人向きだと思うのだけどね。恩恵も封印されて、カタギに戻ったのでしょう。商売を始めるのも悪くはないのではなくて?」

 

「はあ、まあ……」

 

「それとも、また何処かのファミリアに入って、冒険者なりサポーターなりを始めるのかしら?」

 

リリルカに貸し出していたアイテムのいくつかは、もう使うこともないだろうと、報酬の一部として下げ渡した。

上手く使えば今後は冒険者としても、レンジャーやスカウトなどで何処のファミリアでも十分やっていけるだろう。もちろん、彼女が望めばサポーターとしても。

 

そう言うと、リリルカはしばらく考えるように目を閉じた。

 

「正直、これからの事は、まだわかりません。今までファミリアを抜けることだけで、頭がいっぱいでしたから」

 

そう言ってから、はにかむように笑う。

同性のキル子からみても、とても魅力的な笑顔だった。

 

「でも、商人ですか。……花屋さん、なんてのも良いかもしれませんね」

 

選択肢が無数にある。それだけのことが、彼女にとって何よりの報酬のようだ。

 

「まあ、ゆっくり考えなさいな。人生はまだこれから。でも、いのち短し恋せよ少女よ」

 

「キルト様はちょっと気が多過ぎる気がしますがね」

 

「あら、何のことかしら」

 

指摘されて、キル子は誤魔化すように高笑いをあげた。

 

「一度聞いてみたかったのですが、キルト様って良いものなんですか、それとも悪ものなんですか?」

 

リリルカは小悪党のような顔をして、からかうように聞いてくる。

 

「そんなの悪党に決まってますでしょう。何せ、わたくしは悪役令嬢ですもの」

 

「それ、自分で言っちゃうんですね」

 

リリルカも苦笑した。

そして、真顔に戻って頭を下げる。

 

「キルト様、この度は、ありがとうございました」

 

「……礼は不要よ。貴女と私は共犯者、うまくいってもいかなくても、秘密は墓まで持っていく。そういう約束だったでしょう?」

 

リリルカは頭を振った。

 

「それでも、です。リリ一人では、何もできませんでしたから」

 

キル子は穏やかな笑みを見せた。

 

今この瞬間も、各地に放った使い魔ゾンビからは胃が痛くなるような情報が送られて来ている。

特に問題なのは、ロキ・ファミリアで『キルコ』に続いて『キルト』までマークされてしまったらしいことで。

頭の痛いことである。そろそろ本気で話をつけた方がいいかもしれない。

 

それ以外にも冒険者『キルト』の名は祭に訪れていた商人や旅行者を通じて口コミで広まりつつあるらしい。

噂はどれも好意的なものばかりで、ユグドラシルでは鬼畜PKとして悪名高かったキル子には、それがなかなか新鮮だった。

 

まあ、いずれにしろマッチポンプがバレた形跡はないので、まだなんとかなる範疇だろう。

いざとなったら【眷属召来】で疫病悪鬼(シックネス・スピッター)あたりを呼び寄せて流行病を感染させれば、強制的に沈静化させられるだろう。その場合はオラリオも酷いことになるだろうが。

 

今日だけは、何もかも忘れて自棄酒を飲んでもかまうまい。

 

「さ、神酒はまだまだ腐るほどありますから、好きなだけ飲みましょう」

 

「はいっ!」

 

 

 

そうして、夜はふけていった。




気管支やられたので、入院してきまふ
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