新緑はやがて輝き出す   作:靴下をはかない猫

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リハビリを兼ねているので初投稿です(文章量僅少)



芽吹

 

 べんべんべんべん。

 

「……お姉ちゃん?」

 

「んー」

 

 べべんべんべん。

 

「お姉ちゃーん?」

 

「んー」

 

 べーっべっべべぼん。

 

「はぁ……」

 

「ぐぬぬ」

 

 

 

「……朝食はパンでいい?」

 

(ハン)!!!」

 

「盛っとくから、早く顔洗ってきてよお姉ちゃん!」

 

 平日朝の七時四十五分。牛込家の朝は、とてもマイペースな姉のベースサウンドから始まった。

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

「あのね、お姉ちゃん」

 

「はい」

 

「好きなことを沢山したい気持ちは分かるよ。すごくわかる」

 

「はい」

 

「でもね……」

 

「はい」

 

「平日の登校ギリギリの時間にベースをずっとべんべん引き続けるのはやめよう?」

 

「仰る通りです」

 

 授業を終え、帰宅後。私は姉に正座を命じ、説教していた。

 この姉、あまりに自由奔放がすぎる。もし私がいなかったら、登校も忘れてずっとベースを弾いているのではないだろうか。

 

「……ベース、楽しい?」

 

「楽しい」

 

「ならよかった。趣味に熱心なのはいいことだし……でも、ほどほどにね」

 

 そう言って、正座を解くように促す。

 ベースを買ってから、姉は熱心にその練習を続けている。いつの間にか購入していたベースの教則本とにらめっこしながら、基礎練習みたいなことを日々繰り返していた。

 今朝も早くに起きて、朝支度を早々に済ませた後にずっとベースを弾いていたらしい。夢中になるあまり遅刻しそうになったが。

 

 私が思っていた以上に、姉はそれにのめり込んでいた。ベース以外を疎かにしそうなのがちょっと怖いが、それでも何かに打ち込めるというのは良い事なのだろう。

 私には趣味といった趣味がないので、少し羨ましい気持ちもあった。

 

「ゆりも」

 

「ん?」

 

「ゆりも、楽器やらない?」

 

 私の目をじっと見つめて、姉はそう言った。

 

「えー」

 

「先っちょだけ、先っちょだけだから!」

 

「どこで覚えたのそんな言葉……まぁ、考えとく。ほら、そろそろ宿題やらないとダメでしょ」

 

「むむっ、然らば御免」

 

 にんにんと言いながら、彼女はカバンの中に入っているであろう宿題を取りに行った。

 私も夕飯の献立を考えるために、冷蔵庫の方へと足を進める。

 

「……楽器を始める、ねぇ」

 

 ()()()()()から言われたその言葉が、頭に残っていた。

 

 

 

 

 

 

 夕飯を終え、食器を洗いながら考えていたのは姉から言われた楽器についての事だった。

 

「始めるとして……何にしようかな」

 

 ガールズバンドが一昔前に比べて存在感を増してきた昨今。女の子がゴリゴリのロックを弾くというのも、さほど珍しいものではなくなっていた。

 

 ギター、ベース、ドラム、キーボード。ロックで使われるのはこの辺りだろうか。キーボードはないことも少なくないが、それ以外は大半のロックバンドが採用しているように思える。

 

「お姉ちゃんもやってるし、ベースとか……?」

 

 その場合、姉に教えて貰いながらできるというメリットがある……と考えたが、姉が人に何かを教える姿が想像できなかった。そもそも、彼女がベースを始めてそれほど時間は経っていない。

 

「それでも、姉妹でお揃いとか……」

 

 無難だろうか、と考えてしまう。安直な思考だと苦笑した。

 ……そんな折にふと目についたのは、先程食事をしていた机に置かれた一枚のCD。

 『なんでこんな所に?』と思ったが、多分(というより確実に)姉が忘れていったのだろう。

 

「まったく……」

 

 皿洗いを中断して、そのCDを手に取ってみる

 見る限り、どうやら洋楽バンドのもののようだ。名前を聞いたことがあるような、ないような、そんなバンド。

 表紙を見た事があるなと過去の記憶を辿ったところ、父親がもっていたCDの一つだったことを思い出した。

 姉が聴いているバンド。何故か気になって仕方がなかった。

 

「……」

 

 そっと机の上に戻し、急いで残りの家事も済ませる。

 家事が終わった時に時計を見ると、いつもの時間より圧倒的に早く終わっていた。自分でもびっくりする速さだった。

 再びCDを手に取り、姉のもとへと向かう。

 

「お姉ちゃん」

 

「む、どうした?」

 

 姉の部屋へ入ると、彼女はいつも通りベースを弾いていた。教則本が初めて我が家に現れたのは少し前だった気がするが、既にかなり読み進めたようだ。

 ちなみに、開かれているページには『スラップ奏法について』の文字が見えた。

 

 私が訪れたことで練習を中断したらしい。少し申し訳なさを感じたので、一言謝っておく。

 

「練習中にごめんね。これ、借りてもいい? あとCDレコーダーも」

 

「よいぞ。……ふむ、じゃあレンタル料として――」

 

「ありがと」

 

 彼女がなにか言い切る前に部屋へと戻る。なにかよからぬ単語が聞こえた気がするが気のせいだろう。

 

 

 

 

 

 

 姉妹で使っているこのCDレコーダーは、もとは父のものだった。我が家は父と姉がロック好きで、父の部屋には洋楽バンドから邦楽バンドまで沢山のCDが置いてあった記憶がある。

 

 進学の為に上京する際、父はCD数枚とともにこのCDレコーダーを私達に譲った。CDのセレクションは姉によるものだ。

 

「さて、と」

 

 コンセントを挿し、電源をつけると共にCDをセットした。

 再生ボタンを押した後にCDの回る音が聞こえ始めて数秒、私は衝撃を受けることになる。

 

「……!」

 

 ――かっこいい。まず浮かんだのはこの単語だ。

 

 次にどこがかっこいいのか、というのがうっすらと頭に浮かぶ。

 叫ぶようなボーカルに、ギュイーンと歪んだギター。力強くビートを刻むドラム。そして、それらを支えるベース。

 

 一つの音楽という形だけでなく、その中にある個々の演奏を認識できるようになっていた。

 

 ここ最近は姉のベースをずっと聴いていたからか、以前父の影響で他のロックを聴いた時以上にかっこよさを理解できている気がした。

 

「前まではちゃんと聴けていなかったけど……ベースって、かっこいいな」

 

 姉がベースを好きである理由の一端が、少しわかった気がした。

 『縁の下の力持ち』という言葉が似合うパート。だけど、ただ影に隠れて支えるだけじゃない。そこにはドスン、とした重みを含んだ主張があった。

 

「そして、これが活きるのは……」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そんな結論に至った時点で、一つ分かったことがある。

 

「私がやりたいのは、ベースじゃない」

 

 その言葉が、自然と口からこぼれていた。

 『お姉ちゃんとお揃いのものをやる』ということ以上に、お姉ちゃんと一緒に演奏したいという気持ちが強くなっていた。そのことを、後から脳が理解する。

 

「……楽器、ね。特に趣味もなかったし、丁度いいかな」

 

 CDレコーダーからは、今も演奏が流れている。ボーカルがサビを歌い終えて、曲は間奏へと突入した。

 ベース以外の楽器となると、ギターかドラムかキーボードになる。どれもかっこいいが故に、すぐに決められなかった。

 

「……あ、ギターソロ」

 

 ――知識がないから、この演奏にどんな技術が用いられているのかわからない。

 そもそもこの演奏も、私は音以外についてはわかっていない。

 

 弾き手はどんな顔で、どんな動きで、どんな演奏をしているのか。どんな思いでこの曲が作られたのかとか、メンバーはどんな人なのかとか。そういったこともわからない。

 

 

 ただ漠然と、『これだ』という思いだけがそこにあって。

 

 

 ジャーン、とギターソロが終わった時には、既に心は決まっていた。

 

「……ギター、始めてみようかな」

 

 ベッドの上に置いていたスマートフォンを手に取って、ブラウザアプリを開く。

 CDは次のトラックに移っていた。先程までとは違って歌詞カードを見ていないから、上手く歌詞は聴き取れない。

 

 検索結果は凄い量だ。どこを見ればいいかも分からない。だけど、それすらも楽しいのだろう。実際、私は現在進行形でワクワクしていた。

 

 『趣味という趣味がない』と考えたのはつい数時間前なのに、それが『趣味という趣味が()()()()』に変わりそうな勢いだ。

 

「案外、こうなることがわかっていたのかな」

 

 ないな、と姉の顔を思い出してかぶりを振る。

 

 ――CDの音が止まる。静かになったと思ったのに、部屋の外から聴こえてくる低い音。

 そんな日常に、ふと頬が緩んだ気がした。

 




シューレス・ニンジャ・ガールの『良さ』を十全に描写できる日を夢見る日々。

続きは書けたら書きます(保身)
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