【完結】艦隊これくしょん ~北上さんなんて、大っ嫌いなんだから! ~ 作:T・G・ヤセンスキー
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……北上さんのバカああぁっ! もぉ、大っ嫌いっ!」
「あはは、そんな怒んなくていいじゃん
ここは、とある港湾都市に築かれた、【海軍鎮守府】。
十数年前に海より突如現れた謎の敵性勢力、【深海棲艦】と戦う人類守護の最前線──のはずだ。
だが、この日、広い敷地に響き渡っていたのは、厳めしい軍靴の音などではなく、およそ軍事施設には似つかわしくない二人の少女の声であった。
きゃんきゃんと小型犬のように甲高い声で吠えたてて、もう一人の少女に掴みかかろうとしているのは、お団子金髪ツインテールを腰まで伸ばした小柄な少女。
その手をいなすように払いのけつつ踊るようなステップで身を躱すのは、黒いおさげ髪の少女。口元にはからかうような笑みが浮かんでいる。
それぞれタイプの違うセーラー服に身を包んでいる二人は、どちらも一見可憐な少女だったが、彼女たちはどちらも、見た目通りの平凡な女学生という訳ではない。
異なる時代、もしくは異なる世界から喚び出されたとされる彼女たちは、通称【
いにしえの艦船の魂をその身に宿した、美しい戦乙女たち。通常兵器の通じぬ深海棲艦に対抗できる、唯一の存在。
だが、戦闘力は別として、その精神は見かけ通りの少女のものに近いようで……
「……んもぉ、知らないっ! 北上さんなんか、北上さんなんかっ……! 左足の親指から小指まで、全部突き指しちゃえ~~っ!」
「あっははは、まった明日ね~、阿武隈~」
言い争っていた二人のうち、金髪お団子ツインテールの艦娘が、ひとしきり地団駄を踏んだ後、半べそをかきながら走り去っていった。
ひらひらと手を振ってその背中を見送りながら、黒髪お下げの艦娘が楽しそうな笑い声をあげている。
「おぉう、何と言うか……えらく個性的な捨て台詞だったな」
「もう、北上さんったら……毎日毎日、あの子にちょっかいかけすぎですよ」
笑っている黒髪の艦娘――重雷装巡洋艦「北上」に対し、呆れ顔で声をかけたのは、海軍上級将校の白い軍服に身を包んだ髭面の大男と、北上と同じデザインの制服を纏った、茶髪の艦娘であった。
大男は、この鎮守府の最高責任者であり、艦娘たちを統率する指揮官である「提督」。
茶髪の艦娘は、北上の相棒である重雷装巡洋艦「大井」である。
「あははは、いや、まあ、からかい過ぎは良くないって、わかっちゃいるんだけどね~。ただ、阿武隈ってさぁ、な~んか、いじめたくなるっていうか、ちょっかいかけたくなるっていうか、そういう雰囲気してない?」
「……正直、解らんでもない」
「もう、提督まで……」
北上と提督のやり取りに、複雑そうな表情を浮かべる大井。
「まあ、艦娘同士の個人的ないざこざにまで口をはさむ気はないが……くれぐれも、笑い話で済むくらいにしといてくれよ? 本気で仲違いして、任務にまで支障をきたすようになったら、冗談で済まんからな」
「そうですよ。必要以上に仲良くなる必要はありませんけど、つまらないことで北上さんの評判に傷が付くのは、私イヤですからね?」
「わーかってますって。あたしだって、提督や大井っちに迷惑かけたかないしね~」
ぱたぱたと顔の前で手を振って、金髪ツインテールの走り去った方向を見やった後。
北上はくすりと笑い、少し遠くを見るような眼差しを浮かべた。
「阿武隈、かぁ……」
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「あー、もうっ! もうっ! ほんっと何なのよあの人! 布団干すたんびに雨に降られちゃえばいいのに! ついでに、毎回傘忘れちゃえばいいのに! ほんと嫌い、キライ、大っ嫌い!」
「機雷機雷って、うるっさいな~。な―に? ま~た北上さん?」
ところ変わって、こちらは、軽巡洋艦や練習巡洋艦と呼ばれる艦種に属する艦娘たちが起居する、通称【軽巡寮】と呼ばれる建物。
その一室、三段ベッドの下段にあぐらをかき、ぼふんぼふんと枕にパンチを食らわせているのは、金髪お団子ツインテールの艦娘――軽巡洋艦「
一人で騒いでいる彼女に、同室の姉妹艦である赤髪の艦娘、軽巡洋艦「
「そうよ! いっつもいっつも、前髪わしゃわしゃ崩してきたり、からかってきたり、イタズラしてきたり! 出撃しても早く帰りたいとかめんどくさいとか、やる気のないことばっかり言うし! そのくせ、MVPだけはちゃっかり持ってくし! 駆逐艦の子たちのこと、ウザいとか平気で言っちゃうわりに、なんか皆に懐かれてて、言うこともちゃんと聞かれてて悔しいし!」
「……ああ、羨ましいのか」
「羨ましくなんかないもん! 悔しいだけだもん!」
「……どーでもいいけど、あんた達うっさい。特に阿武隈」
最上段のベッドからごそごそと不機嫌そうに顔を出してきたのは、もう一人の同室の姉、軽巡洋艦「
「あ……ごめん、五十鈴お姉ちゃん。起こしちゃった?」
「そりゃ起きるわよ、あんだけ騒いでたらさ……あ―、今から寝直してたら、夕方からの出撃間に合わないな―……いいやもう、シャワー浴びちゃお。なんか、飲み物とか残ってたっけ?」
あくびをしながら降りてくる五十鈴に対して、鬼怒が冷蔵庫を指差す。
「さっき見たとき、牛乳2本あったよー」
「ちょっとぉ、鬼怒ちゃん? それって、あたしのなんですけど!?」
阿武隈がむくれ顔になる。
「いいじゃん、別にー。言っとくけど、阿武隈ちゃんさー。牛乳飲んだからって、胸部装甲はいきなりぶ厚くなったりしないんだからね?」
「……べっ、別に、そんなので飲んでる訳じゃないもん! 好きだからだもん!」
「あーはいはい、わかったわかった。ムキになんじゃないの。あと、鬼怒も余計なこと言わない。とりあえず一本もらうね」
阿武隈の頭をぽんぽんとはたいて五十鈴が通り過ぎる。ついでに鬼怒の頭にはぺしっと軽くチョップを喰らわす。
横暴だー、差別だー、えこひいきだー、などと鬼怒が騒いでいるが、五十鈴はそれには取り合わず、冷蔵庫から牛乳瓶を1本取り出した。
キャップを外して瓶に口をつけると、腰に手を当てて胸を反らし、ぐびっ、ぐびっと飲み干していく。牛乳を嚥下していくごとに細い喉がかすかに動くのが、妙に艶かしい。
さらに、ただでさえ豊満な五十鈴の胸部装甲が、胸を反らして牛乳を飲み干すたびに、なんというかこう、さらに強調されるように揺れている。
たゆん、たゆんっ。
思わず自分たちの胸に手を当てて見下ろす阿武隈と鬼怒。
……すっとーん。
「あたしたちも、改二になったら、ちょっとは違ってきたりするのかなぁ……」
「いやどーだろ、
「……さらっと失礼な台詞吐いてんじゃないわよ」
ぶはぁ、と息をついて口のまわりの白いヒゲを拭いながら五十鈴が顔をしかめる。
「とりあえず阿武隈、あんまり度が過ぎるようだったら、あたしから北上に言おうか?」
「……ううん、いい」
この程度のことで、いちいち姉に頼る訳にはいかない。それこそ北上に、にやにやしながら馬鹿にされるのがオチだ。
いや、案外すんなりと「あっそぉ? ふーん、解ったよ。気をつけるねー」の一言とかで、以後関わってこなくなる可能性も大いにある。
あるのだが。
それはそれで、なんか腹が立つ。
「……けど、あたしは北上さん、結構好きだけどなー。大井さんとかに比べたらあんま怖くないし、意外とお茶目で面白いし。あと、なんと言っても強いしねー!」
鬼怒の言葉がちくりと胸に刺さる。
そうなのだ。
元は自分たちと同じ軽巡の出でありながら、重雷装巡洋艦、それも【
数々の戦役で敵の旗艦や主力を沈めたことは数知れず。
鎮守府内でも最高の練度を誇り、提督からの信頼も厚い。
主席および次席秘書艦にして、鎮守府内で最初かつ同時に性能の限界突破──通称【ケッコンカッコカリ】を果たした二人の重雷装艦コンビ。
彼女たち、北上と大井については、駆逐艦娘や軽巡娘たちの中でも密かに憧れや目標にしている者が多かった。
(……あっ、あたしは別に、憧れてなんかいないけどっ!)
「……だいたい、阿武隈ちゃんって、北上さんのこと嫌い嫌いって言ってるけどさー。北上さんの方は、むしろ阿武隈ちゃんのことお気に入りだよね?」
頬杖をついたまま、器用に首をかしげる鬼怒。
「そっ、そんなことない! ……もん!」
馴れ馴れしくて、意地悪で。
いつもへらへらしてて、適当で。
何考えてるんだか、よく解んないとこあるし。
――そう、思えば、初対面の時からそうだったのだ。
※作者の嫁艦は北上さまと大井っちです