【完結】艦隊これくしょん ~北上さんなんて、大っ嫌いなんだから! ~ 作:T・G・ヤセンスキー
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
戦闘から2日後。
鎮守府に帰投した阿武隈達を出迎えた提督は、大喜びだった。
「初の旗艦任務、ご苦労だった! 勝利ももちろんだが、全員無傷で帰還できたというのが何より素晴らしい!」
「い、いえ、あたしだけじゃなく、皆さんの力あっての事ですし……」
「うんうん、功を誇らず、勝ちに驕らずとは実に奥ゆかしい、いい心掛けだ!」
「あ、いえ、ほんとあたしの力じゃなくて……っていうか、ちょ、提督! 前髪崩れちゃうから! もぉ、あんま撫でないで下さいってばぁ!」
……やっとのことで解放されて提督の執務室を出た阿武隈は、ふう、と息をついた。
その頬がだんだんと緩んでいき、にんまりとした笑みが浮かぶ。
「うふっ、うふふっ♪」
ダメだ。笑顔が押さえきれない。
初めての旗艦拝命でまさかの大戦果。提督も喜んでくれたし、みんなも褒めてくれた。ちゃんと期待に応える事ができた。
何より、誰にも怪我ひとつ負わせず、無事に連れて帰って来ることが出来た。
そう、あの時と同じように。
……これであの人が認めてくれてたら、少しでも褒めてくれてたら……今日は間違いなく、艦娘としての人生最良の日だったのに。
阿武隈の笑みが少しだけ
「……北上さんの、ばーか」
「誰が馬鹿だって?」
「きゃうんっ!?」
比喩でも何でもなく、文字通り阿武隈は飛び上がった。振り返ると、そこには憮然とした表情を浮かべた北上が立っていた。わたわたと阿武隈は慌てる。
「いや、北上さん、えっと……」
「報告終わったんでしょ? なら、ちょっと顔貸しなよ。……少し話もあるしさ」
返事を待たずに、北上は歩き出した。
(……なんだろ。今日はもう、訓練とかないはずだよね?)
遠征や出撃に参加した艦隊メンバーは、帰投当日の訓練や雑役が免除されている。しかも今回は勝利のご褒美にと、出撃メンバー全員に、明日以降二日間の休日が与えられていた。
(……みんなで打ち上げでもするのかなぁ?)
隼鷹の酒好き・宴会好きは有名だ。他のメンバーも、隼鷹ほど底なしではないものの、ビールくらいなら全員いける口である。
(けど、隼鷹さん入ると、だいたい朝までコースだもんねぇ……)
だが、北上は建物を出ると鎮守府の裏手に向かって歩き出した。
「あの、北上さん、どこに行くんですか?」
「……ただの散歩みたいなもんだよ」
背を向けている北上の表情は、阿武隈からは窺えない。
今日の鎮守府の空には、今にも雨が降りそうなどんよりとした雲が立ちこめている。
(うう、気まずいなぁ……けど、ちゃんと言わなきゃ。そう決めたんだし)
阿武隈は意を決して、後ろから話しかけた。
「あっ、あの! 今回はお疲れ様……っていうか、ありがとうございました!」
なぜか緊張して、敬語口調になる阿武隈である。北上は、んー、と気のない声を返してくる。
「……あの、隼鷹さんから聞きました! 今回、北上さんが、あたしを旗艦に推薦してくれたんだって……」
余計なことを、とでも言いたげに北上が軽く眉の付け根に皺を寄せ、鼻を鳴らした。
「その……北上さんの目から見て、今回の、旗艦としてのあたしってどうでした?」
「……あんた自身は、どう思ってんのさ?」
振り返らないまま北上が問い返す。その口調が思ったよりも優しげで、阿武隈は少しだけほっとした。
「あっ、あたし的にはオッケーってゆーか、自分なりには良く頑張れたかなって……」
「へーえ」
「……あっ、もちろんその、なんか出来すぎって言うか、やっぱりみんなの力があってこその大勝利だったんですけど……」
「優等生的な返事だねぇ」
北上は歩みを止めぬまま、振り返らずに、のんびりとした口調で呟く。
「……その、あたしなんかが立てた作戦にみんなが従ってくれて、頑張ってくれて、おかげで誰も傷つかずに、無事帰って来れて……」
「うんうん、それで?」
北上は振り返らない。
「……そりゃ、ちょっとは危なっかしいとこも、あったとは思うけど……」
最後の方は、ごにょごにょと小声になってしまい、阿武隈は歯がゆい気持ちになる。勢いをつけるために、わざとはしゃいだような声を出す事にした。
「でも、作戦自体は一生懸命考えたの! あたし、結構頑張ってたでしょ!?」
「……そっか」
北上は足を止めない。
(……何よ、ちょっとくらい、こっち向いて喋ってくれたっていいじゃない)
「やっぱあれよね! キスカの時もそうだったけど、強く信じて諦めなければ、願いは叶う、っていうか」
(……ちょっとくらい、褒めてくれたっていいじゃない)
「みんなの力が合わされば、何だって出来るって改めて思ったの!」
(……ちょっとくらい、認めてくれたって……いいじゃない)
「次も、その次も、その先も、今回みたいに、みんなで頑張れたらいいなって……」
「……今回みたいに、か」
北上がぽつりと呟く。
「それと、あの、その……」
北上が足を止めた。
鎮守府の裏手、工廠裏の、焼却炉やガラクタ置き場のあるちょっとした空き地。滅多に人が訪れる事もない場所のため、訓練や任務の辛さに耐えかねた艦娘がこっそり泣きたい時や、人知れず秘密の相談をしたい時、さらには駆逐艦同士が拳で語り合う時などによく利用されている場所だ。
今日はこの場を訪れている者は誰もおらず、居るのは北上と阿武隈の二人きりである。
散歩、というにはおかしな場所だが、阿武隈にとってはむしろ好都合といえた。
(言わなきゃ、ちゃんと伝えなきゃ……)
服の裾を握りしめ、浅く何度か呼吸をする。
すぅっと息を吸い込み、北上の背中に向かって、ありったけの勇気をこめて言葉を吐き出した。
「北上さん! 今回はその……ごめんなさい!」
ツインテールを跳ねさせながら、ぶんっ、と頭を下げる。
「……あの、心配かけちゃってごめんなさい! 相手の旗艦が突っ込んできた時……あれって、やっぱり危なかったと思うし」
「……危なかったって、何がさ」
小さな声で北上が尋ねる。
「その……あたし的には、充分引き付けてから一撃で仕留めてやろうって……でも、考えてみれば、あそこは無理せず相手に合わせて距離を取って、隼鷹さんの艦載機が来るのを待つべきだったかな、って……」
北上が振り返る。
俯いて自分の足元を見ている阿武隈には、その表情が見えていない。
北上の顔から――感情の色が抜け落ちていく。
「その、北上さんが魚雷を撃ってくれてなかったら、相手の反撃食らってた場合も有り得た訳だし……そのお礼も、あたし、言え、て……なく、て……」
俯いていた顔をあげた阿武隈の言葉が、止まった。
――なんだ。
――北上のこの表情は、なんだ。
「……あんた、何言ってんの?」
――こんな表情は、知らない。
――北上の、こんな声は知らない。
「何……って、その、お詫びとか、お礼……とか……」
「……あんた、やっぱり何も解ってないわ」
向けられたのは――鋭く冷たい、棘のある視線。
「――あんた、旗艦失格。……あんたなんか、推薦するんじゃなかったよ」
※シリアスさんがアップをはじめました