【完結】艦隊これくしょん ~北上さんなんて、大っ嫌いなんだから! ~ 作:T・G・ヤセンスキー
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…………え」
空気が凍りついたような気がした。
色の消え失せた世界の中で、北上の声だけが冷たく響く。
「……次も、その次も、その先も? ……はっ。冗談じゃない。あたしがあんたの部下だったら、あんたの下で戦うなんて真っ平ごめんだよ。たまたま今回、運良く結果が出たからって、勘違いしてんじゃない? ……今回の作戦、『あたし的にはオッケー』だって? ……笑わせるね。あたしに言わせりゃ、最低の指揮だったよ」
血の温度がどんどん下がっていく気がした。
「なん……で……っ」
手足の先が冷たい。自分の身体がかすかに震えているのがわかる。
「強く信じれば願いは叶う、って……何それ? 神頼み?」
――なんでそんなこと言うの。
――なんでそんな目であたしを見るの。
「……キスカがどーたらって、えらく自慢にしてるみたいだけどさぁ……いったいいつまで昔の栄光にすがってんのさ」
――やめて。それ以上言わないで。
――そんな言葉、あなたの口から聞きたくない。
――あなたが言ってくれた言葉を支えにしてたのに。
――それをあなたが否定しないで。
「……今回の指揮っぷりを見る限りじゃ、よっぽど部下に恵まれてたか、よっぽど相手が間抜けだったんだね」
――褒めてもらえると思ったのに。
――たとえ褒めてもらえなくても、少しは認めてもらえると思ってたのに。
「なん……で……なんで、そこまで言われなきゃいけないのよ……」
喉から出る声が震えている。
――いつもへらへらしてて適当で。
――上から目線がムカついて。
――でも、好きにはなれなくても、目標だった。
「……はぁ? なんでかって? いつも言ってるじゃんか、自分で考えろって。わかんないなら、あんた、やっぱり見込みないよ」
――馴れ馴れしくって、意地悪で。
――構ってくるのが、鬱陶しくて。
――でも、腹が立つことはあっても、憧れだった。
「みんな……褒めてくれたもん……よく頑張ったって、言ってくれたもん……」
「なにあんた、褒められるために戦争やってんの?お子さまにも程があるでしょ」
――それなのに。
――こんな理不尽な責められ方をするなんて。
――こんな納得できない言われ方をするなんて。
――もっと……ちゃんと見てくれてると思ってたのに。
感情が爆発する。
「……何がいけなかったって言うのよ! 何が間違ってたって言うのよ! あたし……あたし……頑張ったのに!!」
抑えきれない感情が、叫びになって溢れ出す。
「……みんなで敵をやっつけて! みんなで無事に帰ってきて! ……無茶もしたけど、ちゃんと反省したじゃない!! ちゃんと謝ったじゃない!!」
ぽつぽつと降り出した雨が、地面に幾つもの丸い染みをつける。阿武隈の頬を濡らしていく。
「……これ以上、何をどうすればいいってのよ!!」
頬を濡らしながら血を吐くように訴える、阿武隈の叫びが聞こえているのかいないのか、北上は無言でただ阿武隈を見つめる。激しさを増す雨が二人の髪を、艤装を、身体を濡らし、視界を滲ませ歪ませる。
「……何か言ってよ! 答えてよ! 教えてくんなきゃ、わかんないよ!」
北上の唇が、僅かに開いた。
懇願にも似たかすかな期待をこめて、阿武隈の瞳がその唇を見つめる。
その唇からこぼれた言葉は――
「――自分で考えな」
ぴしりと、何かが壊れる音がした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
阿武隈の脚から力が抜け、濡れた地面にへたり込んだ。そのすぐ横を北上が通り過ぎる。言葉もかけず、目も合わせず。
「……馬鹿ぁっ! 分からず屋っ! なんで何も言わないのよっ!! なんで何も答えてくれないのよっ!!」
目の前の濡れた地面にばしゃりと両手をついて阿武隈が叫ぶ。早くも地面に出来はじめた水溜まりに幾つもの雫がこぼれ落ちて、波紋を作る。
――いやだ。イヤだ。
――このまま立ち去らせるなんて我慢できない。
――あたしの目標を、憧れを、こんなにも踏みにじっておいて、そのまま行ってしまうなんて許せない。
――あたしが傷ついたのと同じくらい、この人を傷つけてやりたい。
阿武隈は立ち上がる。
……ああ、それはいけない。
心のどこかで声がする。
……それは、駄目だ。
振り返る。口を開く。息を吸い込む。
……
――――阿武隈は、止まらなかった。
「……
肩がびくりと震えたが――――北上は、一度も振り返らなかった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
《~幕間~その4》
――嗚呼。
――燃えている。
赤い炎の舌が天を焦がし、黒煙が水上を渦巻く。
燃えていく。崩れ落ちていく。沈んでいく。
――やめて。やめて。
――助けたいのに身体が動かない。
――叫びたいのに声が出ない。
――泣きたいのに涙が流れない。
――こんなのは違う。こんなのは間違いだ。
――こんな事を望んだんじゃない。
――こんな事を願った訳じゃない。
……いいや、と誰かの声がする。
――お前が望んだからだ。
――お前が願ったからだ。
――これは……お前の罪だ。お前への罰なのだ。
――やめて。やめて。
――沈むべきは……他の誰でもなく、自分だったのに。自分だけだったのに。
《~幕間~その4・了》
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※ここからしばらくシリアスさん無双
※北上さまの態度には、幾つかの理由、もしくは原因があります
※理由の一部については、今回の深海棲艦との戦闘と、その後起こった出来事の中にヒントがあります
※真相が明らかになるまで、ちょっと考えてみるのも楽しいかも