【完結】艦隊これくしょん ~北上さんなんて、大っ嫌いなんだから! ~   作:T・G・ヤセンスキー

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11 雨と決裂・幕間その4

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

「…………え」

 

 空気が凍りついたような気がした。

 色の消え失せた世界の中で、北上の声だけが冷たく響く。

 

「……次も、その次も、その先も? ……はっ。冗談じゃない。あたしがあんたの部下だったら、あんたの下で戦うなんて真っ平ごめんだよ。たまたま今回、運良く結果が出たからって、勘違いしてんじゃない? ……今回の作戦、『あたし的にはオッケー』だって? ……笑わせるね。あたしに言わせりゃ、最低の指揮だったよ」

 

 血の温度がどんどん下がっていく気がした。

 

「なん……で……っ」

 

 手足の先が冷たい。自分の身体がかすかに震えているのがわかる。

 

「強く信じれば願いは叶う、って……何それ? 神頼み?」

 

 ――なんでそんなこと言うの。

 ――なんでそんな目であたしを見るの。

 

「……キスカがどーたらって、えらく自慢にしてるみたいだけどさぁ……いったいいつまで昔の栄光にすがってんのさ」

 

 ――やめて。それ以上言わないで。

 ――そんな言葉、あなたの口から聞きたくない。

 ――あなたが言ってくれた言葉を支えにしてたのに。

 ――それをあなたが否定しないで。

 

「……今回の指揮っぷりを見る限りじゃ、よっぽど部下に恵まれてたか、よっぽど相手が間抜けだったんだね」

 

 ――褒めてもらえると思ったのに。

 ――たとえ褒めてもらえなくても、少しは認めてもらえると思ってたのに。

 

「なん……で……なんで、そこまで言われなきゃいけないのよ……」

 

 喉から出る声が震えている。

 

 ――いつもへらへらしてて適当で。

 ――上から目線がムカついて。

 ――でも、好きにはなれなくても、目標だった。

 

「……はぁ? なんでかって? いつも言ってるじゃんか、自分で考えろって。わかんないなら、あんた、やっぱり見込みないよ」

 

 ――馴れ馴れしくって、意地悪で。

 ――構ってくるのが、鬱陶しくて。

 ――でも、腹が立つことはあっても、憧れだった。

 

「みんな……褒めてくれたもん……よく頑張ったって、言ってくれたもん……」

「なにあんた、褒められるために戦争やってんの?お子さまにも程があるでしょ」

 

 ――それなのに。

 ――こんな理不尽な責められ方をするなんて。

 ――こんな納得できない言われ方をするなんて。

 ――もっと……ちゃんと見てくれてると思ってたのに。

 

 

 感情が爆発する。

 

「……何がいけなかったって言うのよ! 何が間違ってたって言うのよ! あたし……あたし……頑張ったのに!!」

 

 抑えきれない感情が、叫びになって溢れ出す。

 

「……みんなで敵をやっつけて! みんなで無事に帰ってきて! ……無茶もしたけど、ちゃんと反省したじゃない!! ちゃんと謝ったじゃない!!」

 

 ぽつぽつと降り出した雨が、地面に幾つもの丸い染みをつける。阿武隈の頬を濡らしていく。

 

「……これ以上、何をどうすればいいってのよ!!」

 

 頬を濡らしながら血を吐くように訴える、阿武隈の叫びが聞こえているのかいないのか、北上は無言でただ阿武隈を見つめる。激しさを増す雨が二人の髪を、艤装を、身体を濡らし、視界を滲ませ歪ませる。

 

「……何か言ってよ! 答えてよ! 教えてくんなきゃ、わかんないよ!」

 

 北上の唇が、僅かに開いた。

 懇願にも似たかすかな期待をこめて、阿武隈の瞳がその唇を見つめる。

 その唇からこぼれた言葉は――

 

 

「――自分で考えな」

 

 

 ぴしりと、何かが壊れる音がした。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 阿武隈の脚から力が抜け、濡れた地面にへたり込んだ。そのすぐ横を北上が通り過ぎる。言葉もかけず、目も合わせず。

 

「……馬鹿ぁっ! 分からず屋っ! なんで何も言わないのよっ!! なんで何も答えてくれないのよっ!!」

 

 目の前の濡れた地面にばしゃりと両手をついて阿武隈が叫ぶ。早くも地面に出来はじめた水溜まりに幾つもの雫がこぼれ落ちて、波紋を作る。

 

 ――いやだ。イヤだ。

 ――このまま立ち去らせるなんて我慢できない。

 ――あたしの目標を、憧れを、こんなにも踏みにじっておいて、そのまま行ってしまうなんて許せない。

 

 ――あたしが傷ついたのと同じくらい、この人を傷つけてやりたい。

 

 

 阿武隈は立ち上がる。

 

 ……ああ、それはいけない。

 

 心のどこかで声がする。

 

 ……それは、駄目だ。()()()()は、駄目だ。

 

 振り返る。口を開く。息を吸い込む。

 

 ……()()()()は……言っちゃいけない。

 

 

 ――――阿武隈は、止まらなかった。

 

 

 

「……()()()()()!! ()()()()()!! 北上さんなんか……あんたなんか、大っ嫌い!!!!」

 

 

 

 肩がびくりと震えたが――――北上は、一度も振り返らなかった。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

《~幕間~その4》

 

 

 

 ――嗚呼。

 ――燃えている。

 

 赤い炎の舌が天を焦がし、黒煙が水上を渦巻く。

 燃えていく。崩れ落ちていく。沈んでいく。

 

 ――やめて。やめて。

 

 ――助けたいのに身体が動かない。

 ――叫びたいのに声が出ない。

 ――泣きたいのに涙が流れない。

 

 ――こんなのは違う。こんなのは間違いだ。

 ――こんな事を望んだんじゃない。

 ――こんな事を願った訳じゃない。

 

 ……いいや、と誰かの声がする。

 ――お前が望んだからだ。

 ――お前が願ったからだ。

 ――これは……お前の罪だ。お前への罰なのだ。

 

 ――やめて。やめて。

 

 ――沈むべきは……他の誰でもなく、自分だったのに。自分だけだったのに。

 

 

 

 《~幕間~その4・了》

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 




※ここからしばらくシリアスさん無双
※北上さまの態度には、幾つかの理由、もしくは原因があります
※理由の一部については、今回の深海棲艦との戦闘と、その後起こった出来事の中にヒントがあります
※真相が明らかになるまで、ちょっと考えてみるのも楽しいかも

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