【完結】艦隊これくしょん ~北上さんなんて、大っ嫌いなんだから! ~   作:T・G・ヤセンスキー

15 / 18
15 最後に頼りにするものは

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 大井が去り、五十鈴も部屋を出て行った後。

 阿武隈は部屋の中で片膝を抱えて座り込んでいた。

 窓の外からは、(ひさし)に当たる雨の音がかすかに届いてくる。

 

 大井から話を聞き、北上の不可解な態度の理由について、納得はできないまでも理解はできた。

 だが、それをどう受け止めればいいのか、頭の中がぐちゃぐちゃで考えがまとまらない。

 

 ――あたしは……どうすればいいんだろう。

 ――どうするべきなんだろう。

 ――何が出来るんだろう。

 

 ……答えは簡単だ。

 ……どうしようもない。すべきことも、できることも、何もない。

 

 北上が抱えたものは、他人が気安く触れようとするにはあまりに大き過ぎる。重すぎる。

『前世』から抱え続けた心の傷。その深さを、その重みを、その痛みを、本人以外に理解出来ようはずがない。

 

 恐らくは北上自身、ただの代償行為と自覚した上で――それでもなお、阿武隈を育て上げる事で何か答が出せるのでは、何かに決着を付ける事が出来るのではと、一縷の望みに縋ったのだろう。

 それが正しいかどうかは問題ではない。正誤で言うのなら――最初から間違っているのだから。

 

(だけど…………)

 

 だからといって、大井の言ったように、そっとしておく事が最善なのか。

 今よりましな自分に成長するまで、距離を置くのが正解なのか。

 何度も何度も自問して。

 

(……それじゃ駄目だ)

 

 阿武隈は唇をかみしめる。

 

(……だって、それじゃあ、あの人は……)

 

 

 ――それでは北上は、阿武隈と出会う前の日々に逆戻りすることになる。

 

 ――また独りで、抱えた傷から血を流しながら生きていくことになる。

 

 ……あの、へらへらした笑いを、ずっと顔に貼り付けて。

 

 

(……そんなのは駄目だ)

 

 阿武隈は首を振る。ツインテールがばさりと揺れた。

 

(……あたしは、たった一晩)

 

(……たった一晩だけでも、あんなにつらかったのに)

 

 

 だが、ならばどうする。いったい自分に何が出来る。あの人に対して、何が言える。

 

 阿武隈は、自分の膝を抱える腕にぎゅっと力を籠めた。堂々巡りを繰り返しながら、考えて、考えて、考えて考えて、考え抜いて――――。

 

 

 ――――そして阿武隈は、考えるのをやめた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

「……本気か?」

「はい! お願いします!」

 

 雨の中、傘も差さずに走って来たのだろう。

 提督の執務室にいきなり飛び込んできた阿武隈はずぶ濡れで、自慢の髪や制服からぽたぽたと水滴を滴らせていた。

 だがその両の瞳には、絶対に引き下がるものかという強い意志が宿っている。

 

「……阿武隈。大井から聞いたと思うが、北上はお前の教導を……」

「まだです!」

 

 提督の言葉を遮って阿武隈は言い返す。

 

「大井さんはさっき、五十鈴お姉ちゃんに言ってました! 『明後日から』教導を引き継げって! 今日と明日、北上さんはまだあたしの教導です!」

「……確かにその通りですね」

 

 視線を向けた提督に対し、神妙な顔つきで大井が答える。その口元が……ほんの少しほころんでいるように見えるのは気のせいだろうか?

 

「ふむ……。だが目的はなんだ? 個人的にけじめを付けたい、というだけか?」

「……それもあります」

 

 ふむ、と提督は、髭に覆われた顎を撫でる。

 

「……だけど、それだけじゃありません。これは……救出作戦なんです」

「……どういう意味だ?」

 

 阿武隈は、一瞬目を閉じて息を吸い込むと――目を見開いて、まっすぐ提督と視線を合わせた。

 

「……馬鹿な雷巡が一人、迷子になっています」

 

 提督の眉がぴくりと動く。

 

「……過去に閉じこめられて動けずにいるその馬鹿を、あたしは助けたい」

「…………」

 

 提督は無言のまま、阿武隈の目を見つめる。

 阿武隈がしっかりとその視線を受け止める。

 

「……成功させる自信はあるのか?」

「自信じゃありません。そんなもの持てたことは、一度だってありません。――ここにあるのは、単なる覚悟、それだけです」

 

 制服の左胸をぎゅっと握りしめて阿武隈が言い切り、部屋の中に沈黙が満ちた。

 その沈黙が続いたのは、数秒か、数十秒か、数分か――

 ――そして提督は、断を下した。

 

 

「いいだろう、軽巡・阿武隈! 作戦を許可する! ……馬鹿を救い出して、必ず連れ帰って来い!」

 

「ありがとうございます、提督! 阿武隈……ご期待に応えます!!」

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 夜の工廠裏。

 

 建物の外に据え付けられた飲み物の自販機が傍らの空き地に光を投げかけている。

 一日降り続いた雨は夜になってようやく勢いを弱めていたが、今もなお空からぱらつく小雨の粒が、空き地に生い茂る雑草の葉をそれとわからぬほどに揺らしている。

 傘を持たずに来たのは失敗だったかも、と思いながら北上は人待ち顔で立ち尽くしていた。

 

「おっそいなー、大井っち……」

 

 しっとりと湿り気を帯び始めた制服のスカーフを指先で弄びながら、小雨に煙る遠くの景色にぼんやりと視線を向ける。こうして独りで待っている時間はやけに苦痛で、早く終わって欲しかった。

 

(詳しいとこまでは大井っちから聞けなかったけど……。あいつは、ちゃんと独りで正解に辿り着いたっていうのに)

 

(あたしはずっと変わらず……こうしておんなじところに立ち止まったまんまだ)

 

 ――早く大井っちに来て欲しい。早くこの時間を終わらせて欲しい。

 ――独りでいると、余計な事ばかり考えてしまう。

 ――自分のした決断は正しかったはずなのに。

 ――後悔はしないと、そう決めたはずなのに。

 

(……いや、後悔じゃないね。これは…………未練だ)

 

 と、その時。濡れた地面を踏む革靴の音が背後から耳に届いた。

 やっと来たか、と北上はほっとしたように振り返り……僅かにその表情を固くする。

 

「…………阿武隈」

「大井さんは来ません。……あたしがお願いして、北上さんをここに呼び出してもらったんです」

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 自販機の光が互いの半身とまばらに降り注ぐ小雨の粒だけを照らす中、夜の空き地で2人の艦娘が対峙する。

 

「……なかなか手の込んだ真似してくれるじゃん」

 

 沈黙に耐えかねたように、視線を逸らしつつも先に口を開いたのは、北上の方だった。

 

「奇襲としては、割と効果的だったよ。……うん、偉い偉い。で……何の用さ? 聞いたと思うけど、あたしはもう……」

「大井さんから聞きました……北上さんの、記憶のこと。前世でのこと」

「っ……!」

 

 自分の声を遮って言われたその言葉に、へらへらと薄笑いを浮かべようとしていた北上の表情が一瞬こわばる。

 そのこわばりが解けていくのに従い代わりに浮かぶのは……力ない笑み。

 

「あ~……。そっか。話したんだ、大井っち。……うん。ま、しゃーないか。知らないままってのも、フェアじゃないだろし。……うん、しょうがないよね」

 

 居心地悪げに左手でスカーフを弄びながら、北上は足元の地面に視線を落とす。

 

「……まあ、何ていうかさ……悪かったよ。……あたしの、くっだらない、個人的な感傷に巻き込んじゃってさ。……あんたにしてみりゃ、たまったもんじゃないよね。自分の知らないところで勝手に期待を積み上げられて。挙げ句の果てには勝手に失望されて、責められてさ。……はは、旗艦失格だなんて……どの口で言えたんだか、って話だよね」

 

 阿武隈は応えず、ゆっくりと北上に向かって歩みを進める。

 

「……今回の件で、あたしもとことん骨身にしみたよ。反省した。あたしの方こそ、教導失格だった。……うん。だから、もうおしまい。あたしはあんたの教導を降りる。二度とあんたに関わらない。……それで、万事解決」

 

 近づいてくる阿武隈は、無言のまま。

 

「ほんっと、ごめん。悪かったよ……阿武隈」

 

 阿武隈の顔から視線を逸らすように、目の前でぱん、と両手を打ち合わせて、北上は頭を下げる。

 その北上の前に、阿武隈が立つ。

 

「……大井さんからいろいろ聞いて……あたし、考えました」

 

 北上の言葉を聞いていなかったかのように、固い口調で阿武隈が口を開く。

 

「……あたしはいったい、どうすればいいんだろうって。……何ができるんだろうって。……いっぱいいっぱい考えました」

 

 北上は、目の前で合わせていた両手を下ろし……しかし阿武隈と視線を合わせることは出来ずに、足元の水溜まりに目を向ける。

 

 ……ああ、そうだ。

 ……こいつはこういう奴だった。

 ……力が足りなくてもいつだって。

 ……他人のために、その足りない自分のありったけを尽くそうとする。

 

「考えて、考えて、考えて、考えて……何にも考えつかなかった」

 

 ――当然だ。

 ――いくら頭を絞ろうと、いくら気持ちを尽くそうと。

 ――他人がどうこうできるような問題ではない。

 

 ――だから、もう充分だ。その気持ちだけで充分だ。

 ――これは自分の問題。自分だけの問題。それを阿武隈が背負うことなんてない。出来るはずがない。許されるはずがない。

 

「……だから決めたの。するべき事も、出来る事も無いんなら、やりたい事をやってやるって」

 

 阿武隈の言葉に違和感を覚え、北上は顔を上げた。

 

「北上さん。……あそこにあるものが何か、北上さんに見える?」

 

 阿武隈は、左手の人差し指で北上の右後方を真っ直ぐ差している。

 つられて北上もそちらの方向に振り返り、じっと目を凝らすが、変わったものは何も見当たらない。自販機の光が明るく輝いているだけだ。

 

「……? 別に何も……」

 

 阿武隈の方に顔を向け直そうとした北上の懐に。

 バシャリと水溜まりを踏み散らして飛び込んでくる気配。

 

「……っ!」

 

 それまで自販機の光に目を向けていたため、明から暗への急激な光量の変化に目が追いつかず、視界が効かない。とっさに後ろに下がろうとするが、阿武隈の全力での踏み込みがそれを許さなかった。

 

「だあっ!」

「ごふっ……!?」

 

 黒くぼやけた視界の隅から阿武隈の拳が飛んできて、北上の腹に突き刺さる。

 小柄とはいえ艦娘の全力で放たれた、体重の乗った強烈な一撃。北上の肺から、かはっ、と空気が絞り出される。

 

「な……っ、あんた、なに……!」

 

 身体を曲げて脇腹を押さえ、よろよろと後ずさる北上を、阿武隈が傲然と見下ろしている。

 

「……言ったでしょ、やりたいことをやってやる、って」

 

 顔の前に垂れたツインテールの片割れをばさりと右手で跳ね上げ、左手の人差し指を北上に向かって正面から突きつける。

 

「とりあえず……ムカついたから北上さん! 今からあんたをぶっとばす! 言っとくけど! あたし、怒ってるんだから! 覚悟してかかって来なさい!」

 

 

 




※阿武隈ちゃんは実は脳筋……というか長良型は全員脳筋気質
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。