【完結】艦隊これくしょん ~北上さんなんて、大っ嫌いなんだから! ~   作:T・G・ヤセンスキー

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17 北上さんなんて、大っ嫌いなんだから!

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 そこからはもう、酷いものだった。

 二人してさんざんに殴り合い、蹴り合い、掴み合い、転げ回って。最後の方には、お互い髪は引っ張り合うわ爪は立て合うわ泥は投げつけ合うわ訳の分からないことを喚きながら罵り合うわで……何というかもう、完全に子供の喧嘩状態だった。

 

 今は、二人とも息も絶え絶えといった体で地面に並んで横たわり、大の字の状態で寝転んでいる。

 雨はとっくにやんでおり、雲の切れ間からは、夏の星空が久しぶりに顔を覗かせていた。

 熱を持った身体に、吹き抜ける風と冷たい濡れた地面がむしろ心地いい。

 

「くっそぉぉ、引き分けかあぁっ……! 結局、勝てなかったぁっ……!」

「まあっ……あたしが、ちょっと本気出せばっ……こんなもんよっ……」

 

 悔しそうな阿武隈に、荒い息をつきながらも北上がどうにか強がりを返す。

 

「っていうか、あんた、見た目の割に喧嘩慣れし過ぎでしょ……」

「あのお姉ちゃんたち相手に、反抗してきた……末っ子の底力、舐めないでよね……」

「あ―、なる程……」

 

 そーいやあたし、大井っちとはもちろん、球磨姉や多摩姉、木曾っちとも、まともに喧嘩したことなかったっけ……と、これまでの自分を振り返りこっそり反省する北上である。

 

「けど、まあ、あれだ……その」

 

 あちこち痛む身体を起こして地面に座り直し、改めて北上は阿武隈と向かい合う。

 

「とりあえず……あたしはあんたを、もう舐めない。だから、まあ、その、さ……また、追いかけて来なよ」

 

 不意を突かれたようにきょとんとした阿武隈が、一拍おいて、にやりと笑った。

 

「それじゃ……左手での握手だね」

 

 左手を出し合い、軽く握り合って、すぐ離す。

 仲直りではない。これは――ライバル宣言だ。

 

「……しっかし、こりゃ、明日は酷いことになりそうだよねぇ……」

「覚悟はしてる……」

 

 二人して、照れ隠しのように話題を変える。

 普通の人間に比べれば回復力も遥かに高い艦娘とはいえ、これだけやらかせば、おそらく一日やそこらは痛みに呻くことになるだろう。

 

「大っぴらにする訳にもいかないだろうし……こーなりゃ、秘書艦権限でこっそり資材置き場からバケツちょろまかして……」

 

 何やら悪だくみをはじめた北上の背後から。

 非常に聞き覚えのある声がかけられた。

 

「ほう……興味深い話だな?」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

「げっ! 提督っ!? ……って、あだだだだ」

 

 大井や五十鈴ほか数名の艦娘をぞろぞろと連れ立って現れた提督の姿に、慌てて立ち上がろうとした北上が、全身の痛みに呻きながら悶絶する。

 その姿を見て吹き出しそうになった阿武隈が同じく悲鳴をあげて悶えてたりもするのだが、そんな事を気にしている場合ではない。

 

『艦娘同士ノ私ノ闘争ヲ禁ズ』

 

 ――あくまでも建前上のこととは言え、これは軍規にも明記されているルールだ。場合によっては営倉入りや外出止めの処分も有り得る。この状況は、あまりにもまずい。

 だが、必死で言い訳を考えようとしていた北上をよそに阿武隈は、

 

「あ、提督、お疲れさまですぅー」

 

 と、座り込んだまま緊張感のない様子でへろへろと手を振った。

 さらには、それに対する提督の方までもが、

 

「おう、派手にやったみたいだな。……あ、北上。立たなくていいぞ。座っとけ座っとけ」

 

 とあっけらかんとした態度で声をかける。理解が及ばないでいる北上に傍らから進み出た大井が、

 

「北上さん、夜間演習、遅くまでお疲れさまでした」

 

 と澄まし顔で濡れタオルを手渡してきた。

 

「え……なに、どゆこと」

「なにって……阿武隈から申請のあった、白兵戦技の演習だったんだろ? いや~、与えられた休暇を潰してまで自主的に訓練に励むとは、感心感心」

「ええ、さすがは北上さんです」

 

 白々しい会話と、その向こうで妙に自慢げなドヤ顔をかましている阿武隈に、そういうことか、と察して北上も苦笑する。

 

 ――どうやら、自分の知らないところで、いろいろと根回し済みだったらしい。

 

「意外と周到……っていうか、腹黒……っていうか……。うん、前言撤回するわ。……あんた、やっぱ旗艦向きかもね」

「でしょでしょ! 北上さんを遠慮なくぶん殴るためだもん! あたし、頑張った!」

「こ、こいつっ……!」

 

 ひょっとしてこいつ、本当にただ口実つけてあたしをぶん殴りたかっただけなんじゃあ……と北上が複雑な表情を見せる。

 

「……それで北上さん。北上さんが出してた教導艦の交代申請の件ですが……」

「あ~、そっちも撤回。ポイしちゃって、ポイ」

 

 北上は大井にひらひらと手を振って溜め息をつくと、空を見上げ……そして、そのまま動きを止めた。

 

「うわ……」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

「何これ、すご―い!」

「流星雨? そういえばニュースで……」

「綺麗……」

 

 周りの艦娘たちも次々に空を見上げ、指差しては歓声をあげている。

 ここ何日か空を覆っていた分厚い雲が晴れ渡り、広く開けた夏の夜空。そこには無数の流星が尾を引いて流れていた。

 煌めく星々が夜空ごと天からこぼれ落ちてくるような、一大スペクタクル。

 それは夢の景色のように、ただひたすらに、美しい眺めだった。

 

 声もなく見とれる北上の隣に阿武隈が立った。

 目の前で空を見上げて両手を合わせると、すうっと大きく息を吸い込む。

 

「絶対、絶対! 北上さんが予想もできないような! 凄い艦娘になれますようにっ!」

 

 いつ聞いても変わらない、甘ったるくて甲高い……しかしどこまでも遠くに響いていくような、大きくて力強くて、迷いのない声だった。

 

 ちらりと横目で北上を見て、ど―よ? と言わんばかりに、花が開くような満面の笑みを見せる。

 それに応えて北上も苦笑し、頭を振りながら、やれやれとばかりに立ち上がった。

 阿武隈と同じく空を見上げ、両手を合わせ。やはり大きく、力強く、迷いのない声をあげる。

 

「改二になっても! 阿武隈の胸が! あたしより小さいままでありますよ―にっ!!」

 

「んなあああああっ!?」

 

 満面の笑顔を凍りつかせ。

 夜の鎮守府に阿武隈の絶叫が響き渡った。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

「嘘でしょおぉっ!? なんて事お願いすんのよっ! 信じらんない、この人! 馬鹿! 意地悪! 根性悪! この大北上っ!」

「へっへ―ん、もうお願いしちゃったもんね―。取り消しは効かないよ―、だ」

「北上さんなんか、大っ嫌い! 1ヶ月くらいずっと口内炎になればいいのに! みんなから『最近なんか太った?』って訊かれるようになっちゃえばいいのに!」

「あ、ちょ、こらぁっ! 地味にダメージでかい呪い、今かけてくんじゃないよ!」

「先にやったのはそっちでしょぉ!?」

 

 ぎゃいぎゃいと騒ぎ立てる二人を眺めて、提督と大井、五十鈴が溜め息をつく。

 

「なんと言うか……うん、平和だな」

「現実逃避してんじゃないわよ」

 

 五十鈴のツッコミに、提督がははは、と乾いた笑い声をあげる。五十鈴は再び溜め息をついて、傍らに立つ大井に目を向けた。

 

「……にしても、正直、あんたが阿武隈の味方してくれるとは思わなかったわ」

「……あら、何の話? 私はいつだって北上さんの味方よ?」

 

 大井の言葉に首を傾げる五十鈴。それに向かって大井が笑みを返す。

 

「……私は北上さんの味方。何があっても、それは変わらない。北上さんを傷つける者は、誰であろうと私の敵。たとえそれが――北上さん自身であったとしてもね」

「……あんたのそういうとこ、いっそ尊敬するわ」

「あら、ありがと」

 

 肩をすくめる五十鈴に、澄まし顔で微笑む大井。その視線の先には、未だに怒鳴り合っている北上と阿武隈。

 

 

「……もお怒った! 絶対許さないっ! 第3ラウンドよっ!」

「ああ、やったろうじゃん! ギッタギッタにしてあげるよっ!」

 

 

「……明日からも、賑やかな毎日が続くことになりそうね」

 

 微笑みながらそう呟いて。

 

 大井と五十鈴は提督とともに、騒がしい二人の艦娘の争いを止めるため歩き出すのだった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 ――そして、月日は流れ。季節が巡る。

 

「いや~……お星さまへのお願いが、まさかここまで効果あるとはねえ……」

 

 北上が、感心したようにしみじみと呟く。

 

「うっさい馬鹿ぁっ! これ、絶対北上さんの呪いのせいだからねっ! 絶対に許さないからっ!」

 

 その前で顔を赤くしながら涙目できゃんきゃん吠えているのは、見事改二への改装を果たしその姿をお披露目したばかりの阿武隈である。

 短い袖のジャケットとプリーツスカート、黒スパッツから伸びた手足はすらりと長く、以前と比べてほんの少しだけ大人びた姿になっている。

 鈴を転がすような甘く高い声と、体型の一部……胸部装甲だけは、まるで変わった様子を見せていなかったが。

 

「……あんたたち、ま―たやってんの?」

「毎日飽きないよね―。装備も北上さんの真似っこで、甲標的使えるようになったみたいだしさー。ほ―んと、仲良いよね―」

「真似じゃないっ! 仲良くもないっ!」

 

 呆れたように声をかける五十鈴と鬼怒に、阿武隈がむが―っと眉を逆立てる。

 

「そんな事より、時間は大丈夫なの? 武蔵さんたちが出稽古……じゃなくて演習に来るのって、今日なんでしょ?」

「えっ? そんな話聞いてないよ?」

 

 五十鈴に対してきょとんとする阿武隈。

 

「え―。でもさあ、さっき演習場行った時、武蔵さん、か―な―り、こめかみピクピクさせてたよ―? 『ここまで私を待たせるとは、小次郎を待たせた武蔵の戦法にちなんだあてつけか……?』とかなんとか言って」

「……あっ、そ―いや今日だったっけ。ごめん、すっかり忘れてたわ」

 

 鬼怒の言葉と、めんごめんご、と両手を合わせる北上に、阿武隈の顔がさあっと青ざめる。

 

「きゃあああっ! 嘘でしょおぉっ!?」

 

 泡を食って飛び上がる阿武隈と対照的に、北上はのんびりしたものだ。

 

「ま―ま―、ここまで遅れちゃったら、少しくらい変わんないって」

 

「そういう問題じゃないっ! 北上さん急いで支度して! ほら早く制服の裾直して! ……んうぅ、も―っ! あたしの指示に、従ってくださぁ―いっ!」

 

 ばたばた騒ぐ二人を前に、鬼怒と五十鈴が顔を見合わせる。

 

「……やっぱり、仲良しだよねえ?」

「……よねえ」

「違うもんっ! 全然仲良しなんかじゃないもんっ!」

 

 ぐいぐいと北上を部屋から押し出そうとしていた阿武隈が振り返り、噛みつくようにいきり立つ。

 

「あたしはっ! あたしはねえっ! 何があろうと、絶対にっ!」

「なにやってんの阿武隈―。先行くよ―」

「ああっ! ズルいっ! 待ってよ北上さんっ!」

 

 にやにや笑う五十鈴と鬼怒を後にして。

 

 さっさと走り出した北上の後を追いながら。

 

 

 今日もまた阿武隈の叫び声が、抜けるような青空の下、鎮守府に響き渡る。

 

 

 

「……北上さんなんて、大っ嫌いなんだから!」

 

 

 

 

 

 

 ~FIN.~

 

 




※以上、完結です。
 ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
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※新作開始に伴い次話に短編小ネタ追加してます。そちらもお楽しみ下さい。

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