【完結】艦隊これくしょん ~北上さんなんて、大っ嫌いなんだから! ~   作:T・G・ヤセンスキー

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2 二人の出会いと合同演習

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 着任初日。

 小さな背中に大きな荷物を背負い、提督の執務室のドアの前に立った阿武隈は、手鏡を取り出して念入りに前髪を整えては、何度も深呼吸を繰り返していた。

 

「そんな緊張しなくても大丈夫だってば。うちの提督、見た目はいかついけど、割と大らかっていうか、フレンドリーな性格だからさ」

 

 五十鈴が呆れたように阿武隈を見下ろす。

 

「だってぇ、初対面の印象でだらしない子だって思われたらやだもん! ねえ五十鈴お姉ちゃん、あたし大丈夫かなぁ? 前髪おかしくない?」

 

「だいじょぶだいじょぶ。あんたはちゃんと可愛い。……ほら、行くわよ」

 

 ノックした後、「失礼します」と五十鈴が扉を開ける。

 

「こ、こんにちはっ!! 軽巡、阿武隈です!!」

 

 ぶんっと勢いよく金髪お団子ツインテールの頭を下げた後、かぁっと頬が熱くなった。

 

 ……しまった、ここは「こんにちは」じゃなくて、「はじめまして」って言うべきだった。

 それにどうせなら、抱負とか自己アピールとか、もっと気の効いた言葉を付け加えれば良かったのに。

 ああ、ドアを入るところからもっぺんやり直したい。

 

 ……だが、いつまで経っても返事は返ってこなかった。

 

「……ちょっと北上、提督は? あたし、この時間に着任の挨拶に来るってあんたに伝えてなかったっけ?」

「あー! ごめんごめん、提督に言うの、うっかり忘れてたわ。今は大井っちと一緒に工廠(こうしょう)に行ってるけど、じきに帰ってくると思うよー」

「もう! せっかくあたしの妹が着任したってのに! あんた、一応主席秘書艦でしょ? 適当なのもいい加減にしなさいよね……っていうか阿武隈、あんたいつまで頭下げてんの」

「ふえっ!?」

 

 顔をあげると、まず正面の壁にかかった「夜戦主義」という大きな掛け軸が目に入った。

 その下には提督の席だろうか、立派な机と椅子が鎮座しており、椅子ではなく机に一人の少女が腰かけて、脚をぶらぶらさせていた。

 この人が秘書艦……なのだろうか?

 

 見たことのない、クリーム色の、丈の短いセーラー服。長い三つ編みおさげの黒髪。ほっそりとした腕にも脚にも、これでもかと言わんばかりに、魚雷発射管が装着されている。

 その艦娘は、阿武隈たちに向かってひらひらと手を振ると、よっ、と声をあげて、机から飛び降りた。

 

「あー……はじめまして、ってゆーか、久し振り、ってゆーか……やっぱ、はじめまして、かな? あたしは北上。球磨型の重雷装巡洋艦、ハイパー北上さまだよー」

 

 にへら、と緊張感に欠ける笑顔を浮かべると、弾むような足取りで近づいて来て、いきなりがしっ、と、阿武隈の頭を上から片手で掴んできた。

 そのままわしゃわしゃと、前髪をかき回してくる。

 

「なーにさ、阿武隈ー? ずいぶんとまあ、可愛らしくなっちゃってー?」

「……ちょ! ちょっと、やめてよぉ! さっき前髪直したばかりなのにぃ!」

「前髪なんか、別に気にすることないじゃーん。どーせ海に出れば、すぐに海水や潮風でばさばさになっちゃうんだしさー」

「それでもやなの!」

「おおー、新人のくせに、生意気だなー」

 

 小馬鹿にするようなへらへらとした態度に、思わずむかっときて言い返す。

 

「馬鹿にしないでよね! あたしだって、やれば出来るんだから!」

「ほっほ~う。その負けん気……いいねぇ、しびれるねぇ。……よーし、決めた。やれば出来る子だ、って言うんならさ、見せてもらおうじゃんか」

「えっ?」

「あんたの教導、あたしがやることにするから。……いいよね、五十鈴?」

「えぇっ!?」

 

 五十鈴が額に手のひらを押し当てて、処置無し、とばかりにため息をついた。

 

「まぁ、あんたが言うなら任せてもいいけどさ……北上、あんた、あたしの妹、あんまいじめないでよね?」

「ふえぇっ!? そんなぁ!? やだぁ、助けてよぉ、五十鈴お姉ちゃ~ん!」

 

 

 ──それが、艦娘・阿武隈と艦娘・北上との、初対面での会話だった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

「……そりゃさ、あたしだって、あの人たちが、凄い艦だってのはわかってるけど……」

 

 初対面での馴れ馴れしさや、その後のあれこれで、すっかり「変な人」とのイメージが自分の中で定着してしまった北上だが、その実力は、出撃や演習などで、嫌というほどに見せつけられている。

 うんうんと、大きく首を振って鬼怒が頷いた。

 

「凄かったよねー、特にこの前の合同演習! まじパナイって思ったもん!」

 

 

 

 ──この時代、各地にある鎮守府は基本的にそれぞれ完全に独立した運営方式をとっており、大本営直々の命令を受けた大規模合同作戦でもない限り、お互いに関わることはほとんどない。

 唯一の例外と言えるのが合同模擬戦演習で、これは大本営から指定を受けて「攻撃側」と「防御側」に割り振りされた数ヶ所の鎮守府の艦娘同士がそれぞれ艦隊を組んで模擬戦闘を行うというものである。

 

 基本的に艦娘の戦いは、深海棲艦に支配された海域を奪還するための出撃が主になるため、演習のシステムも、【防御側】より【攻撃側】の提督や艦娘たちに経験を積ませることが主眼になっている。

 例えば、攻撃側の鎮守府には、防御側の編成があらかじめ知らされているため、ある程度相手に合わせた編成や装備などの対策を練ることができる。

 実際に演習を申し込むかどうかの選択権も与えられるので、攻撃側の演習については「数百戦無敗」の鎮守府もざらにあったりする訳だ。

 

 一方、防御側を割り当てられた鎮守府には、挑まれた場合の拒否権がない。

 そのかわり、使用した弾薬や燃料は大本営に補填してもらうことができるので、デメリットもほとんどない形になっている。

 

 もちろん、編成はそれぞれの鎮守府に任されているが、一般的に、防御側が練度の高い艦娘を演習に出してくれればこの上なく実戦的な訓練になるため、攻撃側には歓迎される。

 ごくまれにではあるが、防御側・単艦編成でありながら空母の艦載機攻撃や戦艦の砲撃を全てかいくぐり、戦術的勝利をもぎ取るような剛の者もいたりして。

 そうした艦娘は、防御側のみならず攻撃側の鎮守府でもちょっとした英雄扱いされるのが常だった。

 

 ただし、防御側を受け持つ鎮守府の提督達の中には、わざと着任したてで練度の極端に低い艦娘を演習に出すような者もいたりするわけで。

 そうなると、単なる棒立ちの相手を撃つためにわざわざ貴重な弾や燃料を消費するも同然、ということになり「動かない標的相手に訓練してた方がマシだった」というレベルのろくでもない経験にしかならなかったりもする。

 

 そうした、通称「嫌がらせ編成」を、阿武隈や北上の所属しているこの鎮守府の提督は、ことのほか毛嫌いしていた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

「……遠慮は要らん。お前たち二人で叩き潰して来い」

 

 提督の言葉を聞いたとき、阿武隈は思わず自分の耳を疑った。

 

「りょーかーい。んじゃ、ギッタギッタにしてやりましょうかね~。大井っち、行っくよ~」

「はい、北上さん!」

 

 ……まさか、さらに耳を疑うような台詞を吐いて、二人が平然と歩き出すとは。

 

「ちょっ……提督! あれ、いいんですか?」

「ん? ああ。あそこの提督は、この3ヶ月、ずっとあの編成だ。大和型の建造に成功したことをやたらと自慢するくせに、出撃にも攻め手側の演習にも参加させず、改修ゼロ、練度ゼロのまま放置してる。しかも、潜水艦隊で挑む相手に対しては臆病者呼ばわりだ。ここらでひとつ、痛い目を見せてやらないとな」

「……は?」

 

 ──何を言ってるのだこの人は。

 

「そのくせ、トラックでの大規模作戦の時は、戦力不足を言い訳に楽な丙ルートを担当しやがって……。あそこの提督が大和型をちゃんと鍛えて戦力に仕上げていれば、あの時ももう少し楽に戦えていたはずなんだ。まったく、これだから、妙な美意識とプライドばかり高いお坊っちゃま提督は……」

「……えーっと」

 

 ──どうしよう。話が通じない。

 

 今回の模擬戦演習の相手鎮守府が出してきたのは、戦艦が二隻。

 それも、ただの戦艦ではない。

 史上最強との呼び声も高い、「大和」と「武蔵」──大和型の揃い踏みだ。二隻編成とはいえ、撃沈判定まで追い込むには、こちらに戦艦や空母が複数いたとしても骨が折れる相手である。

 いくら練度が高いとはいっても、軽巡あがりの艦娘二名のみで挑ませるなど正気の沙汰とは思えなかった。

 阿武隈はぱくぱくと口を開け閉めするが言葉が出て来ない。その肩に、ぽんと五十鈴の手が置かれた。

 

「あの二人なら大丈夫。余計な心配するより、しっかり見て勉強しなさい」

「べっ……別に! 心配とかしてるわけじゃないもん! 特に北上さんの事なんか!」

 

 

 

 そうこうする間にも、演習開始のための準備は着々と進められていく。

 合同演習は一般にも公開されているため、演習水域には報道のヘリも入り、観客席のモニターからも観戦できるようになっている。

 突然、その巨大なモニターが点灯し、観客達が何事かとざわめいた。そこに映ったのは、誰あろう北上と大井である。

 モニターに映る北上たちは、演習開始までの暇つぶしにと、自分たちと大和型、それぞれからのマイクパフォーマンスを提案した。

 

 観客達がどよめく。血の気、もしくは茶目っ気の多い艦娘達の中で、合同演習でのこうした光景はこれまで全くなかったというわけではない。

 だが、そのほとんどは年少の駆逐隊の間などでのことで、軽巡以上、特に戦艦までもが混じる模擬戦演習においては異例中の異例の出来事といえた。

 

 しばしの後、大和型の二人もその申し出を受け入れたとのアナウンスが流された。

 期待に満ちた観客達が固唾を飲んで見守る中でマイクを持った北上は、

 

『あーあー、テステス』

 

と発声練習した後、いきなり

 

『元気ですかー!!!』

 

 と、有名な元プロレスラーのモノマネから入り、観客席をわぁっと沸かせた。

 

 無駄に似ている。しかもご丁寧なことに顔真似付きだ。

 

『……あー良かった、ウケなかったらどうしようかと思ったよ』

 

 観客席から笑い声が起きる。

 

『いやー、実を言うとこれがやりたかっただけ……っていうのはもちろん冗談だけどね~。せっかく有名な大和型のお二人と会えたもんだからさ。この機会に、艦娘としての心掛けとか、演習に向けての意気込みとかを聞いてみたいと思ってさ~』

 

 へらへらと笑いながら北上が相手方に発言を促す。観客席からも、期待するような拍手が沸き起こった。

 それを受けて、大和はややはにかみながら、武蔵は傲然としてマイクを受け取る。

 

『大和型戦艦一番艦、大和です。なんだか少し晴れがましいですね……。まだまだ未熟な身ですが、本日は胸を借りるつもりで頑張らせていただきます』

『大和型戦艦二番艦、武蔵! この主砲、伊達ではないぜ! 下らない茶番で開始を随分と待たせてくれるようだが……フッ、遊んで欲しいのかい?』

 

 控えめな大和に対して好戦的な武蔵。対照的なコメントに、会場から拍手が起きる。

 

『大井っち~、どーしよ? 胸を貸せとか言われてるよ~。けどさぁ、残念なことに、あたしゃ貸すほど胸あるわけじゃないんだよね~』

『北上さん、その発言はちょっと……』

 

 北上と大井がマイクを通したままで緊張感のない会話を交わし、会場が笑いに包まれる。

 

 だが。

 

『んー、けどさー、大和っちに武蔵っちー? 未熟っていったって、着任からもう三ヶ月以上も経ってんでしょ? 練度はどれくらいなのかとか、どんだけ戦果をあげたのかとか、ちょっと聞きたいなー』

 

 北上の言葉に大和と武蔵の顔がわずかにこわばった。

 

『駄目ですよ北上さん。正確な練度や戦果の数字はれっきとした機密情報ですから。……ああ、でも、少なくとも、大和さんの料理の腕は名人級だそうですよ? ……うふふ、それこそ「大和ホテル」と言われるくらいにはね』

 

 大和の眉がぴくりと動いた。

 

『へ~、凄いね~。あたしも食べたいなー。じゃあ、ひょっとしたら、武蔵っちも料理とか上手なのかなー?』

『さあ、そこまでは……どうなんでしょうね?』

『きっと上手だよ~! なんかさぁ、魚とかさ! 豪快にさばいてくれそうじゃん! さしずめ「武蔵旅館」の自慢の料理、ってとこだね!』

 

 武蔵の拳がぎりっ、と握り締められる。

 

 大井も北上も、表情はあっけらかんとしたものである。観客のほとんどは、ただのマイクパフォーマンス、もしくはフリートークとして気楽に笑いながら聞き流しているだけだった。

 

 だが、当の大和・武蔵や艦娘たちの一部は『大和ホテル』『武蔵旅館』という大井や北上の発言に平静ではいられなかった。

 二人の大和型のトラウマ……というよりコンプレックスを、強烈に刺激するそれらの単語。

 

 ちょうどその時場内アナウンスが演習開始準備が整ったことを報せ、マイクが回収された。

 画面が消える最後の瞬間、モニターカメラに向かって大井と北上が浮かべたのは……意味ありげな、にやりとした表情。

 

 ──先ほどの発言、偶然ではない。意識的な挑発。

 

 確信した大和と武蔵の頭に、かっと血が昇った。

 

 ──奴らは喧嘩を売ってきている。

 ──ならばその喧嘩……大和型の名にかけて、高値で買わずにおくものか。

 

「……潰すぞ、大和」

 

 武蔵が呟き、大和が頷いた。

 

 




※史実ネタ知らない方への基礎知識:史実における軽巡「阿武隈」は、1930年の大演習で「北上」への追突事故を起こしてます。艦これの阿武隈が、北上を苦手っぽく感じてるらしい台詞があるのはそのせいでは、というのがもっぱらの噂。
※作者は大和型も大好きです。ただし嫌がらせ編成は潰すべし、慈悲はない。
※やや挑発的なハイパーズの台詞には一応理由あり。

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