【完結】艦隊これくしょん ~北上さんなんて、大っ嫌いなんだから! ~   作:T・G・ヤセンスキー

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3 荒ぶる大和型

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 大和と武蔵は、内心の猛りを抑え切ることができなかった。

 

『大和ホテル』に『武蔵旅館』。

 

【前の世界】での大戦末期。

 戦時窮乏の折にもかかわらず、豪華な内装、冷房の効いた艦内、軍楽隊つきの料理……そうしたものに満たされていた戦艦・大和と戦艦・武蔵は、他の艦の乗組員達からそう揶揄されていた。

 感情も意志も持たなかった軍艦時代の事とはいえ、あの頃を思い出すと忸怩(じくじ)たる思いを禁じ得ない。

 

 しかも大和達は、艦娘として生を受けた今回もまた、言わば飼い殺し同然の扱いを受けている。

 【提督】の身の回りの世話を主とした後方での業務のみを命じられ、他のことは己の艤装の手入れ以外、何も許されない。

 出撃はもちろん、演習にさえ出させてもらえない無為な日々。

 

 ──ああ、お前たちは美しいな。

 ──お前たちは他の艦とは違う。特別な存在なのだ。

 ──出撃?  まだ必要ないな。そのうち、今の戦力で問題が出てきたら、お前たちの力を借りることにしよう。それまでは私のために後方で尽くしていてくれれば良い。

 ──今回もまた勝利だ。お前たちが見守ってくれていたおかげだな。

 ──演習?  わざわざ他の鎮守府に出向く必要などないだろう。受け手側でならまあ、好きにするがいい。

 ──また今日も潜水艦部隊からの申し込みだけか。残りは全部辞退してきた。全く、情けない連中ばかりだな。

 ──お前たちは象徴だ。ただ存在しているだけで相手を圧倒し、味方を鼓舞してくれる。存在してくれているだけで充分に意味のある存在なのだ。

 

 大和と武蔵にとってある意味不運だったのは、彼女たちの【提督】が、彼女たちを使わずとも現状の担当海域を維持できる程度には、それなりに有能だったことだろう。

【提督】は彼女たちを軽んじていたわけでも疎んじていた訳でもない。

 だが、彼の愛情の注ぎ方は、言うなれば、

 

 綺麗に作り上げた艦船模型を池やプールに浮かべようとは絶対にせず、最初から最後までガラスケースの中で愛でるような。

 

 新車のシートにかけられたビニールを延々破こうとしなかったり、新しいスニーカーを雨の日に使うことを嫌がるような。

 

 日本刀の真剣を、護身用でも鍛練用でもなく観賞用として所有するような。

 

 ……美しさを愛でるという点だけ見れば決して間違ってはいない──しかし、だとしてもやはりどこか歪な、そういう愛し方であった。

 

 

 北上と大井がカメラの前で最後に見せたからかうような笑みを思い浮かべ、大和と武蔵は奥歯を噛み締める。

 

 

 ……お前たちに何が解る。

 

 ……戦えない身のもどかしさの何が解る。

 

 ……自分たちよりか弱い者に(いくさ)の負担を押し付けて、ただ日々を過ごすしかないその辛さの、何が解るというのだ。

 

 

 それが──【提督】の方針が、決して悪意から来る結果ではないだけに、強くは逆らえないこの苛立ちを。

 

 

 ……今の自分たちが練度において劣っているのは百も承知。

 

 だが……『大和ホテル』に『武蔵旅館』──その呼び方だけは許せない。

 

 

 その侮辱のツケ──存分に払ってもらおうか。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 東西南北に四辺を配した正方形に区切られた、演習用の指定水域。

 今回の模擬戦では、北西の隅から北上と大井が、南東の隅から大和型二隻が入場し、お互いに索敵しながら戦う形になる。

 

 演習開始のサイレンが鳴り響くと同時。

 大和と武蔵は零式水上観測機を発艦させた。

 それに少し遅れて、北上と大井は猛然と主機の回転数を上げ、二手に分かれて走り出す。

 北上は東方向、大井は南方向に。ちょうど演習水域の外周をなぞるような形だ。

 

「夜戦まで、せめてどちらか一人は生き残れるように二手に分かれた……?  けど」

 

 観戦用の巨大モニターを見ながら、阿武隈は呟く。

 相手が予期していないところへの奇襲ならばともかく、これは戦闘を前提とした演習だ。

 ましてや、大和型には、水上観測機が初期装備として支給されている。

 

「……ああっ、見つかっちゃった!」

 

 北上、大井の動きが相手の水観にそれぞれ捕捉されるまでには、開始からたいした時間はかからなかった。

 

「何考えてんの!? ただでさえ火力的にも耐久的にも分が悪いってのに、動きが相手に丸見えの状態で、わざわざ戦力を分散するなんて!? ……これじゃ、各個撃破のいい的じゃない!」

 

 イライラともどかしげな声をあげる阿武隈。

 ほう、と感心したように提督が声をあげた。

 

「戦術の基本は押さえているようだな。さすが、かつての一水戦旗艦」

 

 軍帽をかぶった巨体の男はやや垂れ気味の目を優しげに細めた。

 ぶ厚い手のひらを阿武隈の頭にぽんと載せ、わしゃわしゃと撫でようとする。

 

「わぁ! あんまり触らないでくださいよぉ! あたしの前髪崩れやすいんだから! ……提督、ちょっと北上さんみたいです」

「……おお、すまんすまん。つい癖でな」

 

 気まずそうに提督が手を引っ込める。

 手のひらの温もりが離れていく事に少し残念な気持ちも起こるが、それを振り払うかのように、阿武隈は首を振ってモニターに目を向ける。

 水観で相手の位置を捕捉した大和と武蔵は、それぞれが大井と北上の進行予測位置に向けて、西方向と北方向の二手に別れたところのようだ。

 

「火力で勝るぶん、一対一でも押し勝てると思ったか……いや、これはさっきの挑発が効いてるな」

 

 提督の呟きが耳に入る。

 

 北上たち二人が、敢えて相手を怒らせて一対一の状況に持ち込んだ、ということだろうか。

 だが、それに何の意味がある?

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 北上と大井、大和と武蔵は、演習開始以来、それぞれ演習水域の外周をなぞるように移動している。

 全員がこのまま完全に外周沿いに航行し続けたとすれば、北東の隅を先に通過した北上が東辺上で武蔵と、南西の隅を通過した大井が南辺上で大和と、それぞれ会敵することになるだろう。

 だが、北上と大井はそれぞれ北辺・西辺の半分程を移動したところでそれぞれ九〇度転進した。演習水域の中心で合流を図るつもりのようだ。

 

「一対一の戦いを挑むと見せかけて相手を分断。そこから速力を活かして相手より先に合流。分進合撃で二対一に持ちこむつもり……?」

 

 モニターを見ながら阿武隈は息を呑む。

 

 

 一方、演習水域では。

 

「……無線で連絡を取り合った様子もないのに、ほぼ同時に転進か。この連携の取れたタイミング、転進の旋回半径の小ささ……流石に見事な練度だ。だが」

 

 武蔵が獰猛な笑みを浮かべ、演習海域の中心に向かって進路を取る。

 

「その動きはこちらから全て丸見えです。それに……」

 

 大和もまた、演習海域中心を目指すように転進する。

 

 俯瞰して見れば、大井と北上はそれぞれ北と西から演習水域の中心点で合流を図り、それに遅れる形で大和が南南東から、武蔵が東南東から中心点に向かうように見えただろう。

 だが、大和と武蔵は、中心点を視界におさめる遙か手前で、足を止めた。

 二人の艤装が唸りをあげ、砲塔が旋回する。

 

「私たちの射程……お忘れではないかしら?」

 

 大和が、武蔵のものとは違う、しかし見ようによってはさらに獰猛な、婉然たる笑みを浮かべた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 ──およそ軍艦に積まれた砲の中で、名実ともに最大の威力と射程を誇る、史上最強の砲。

 戦艦だろうと、空母だろうと、水平線の彼方から、成層圏の高みから、相手を一方的に粉砕するその砲の名は──46cm三連装砲。

 

 北上と大井が合流するであろう、演習水域の中心点。

 大和型二人の巨大な主砲は、水観の目を通して、ほぼ同時にその位置に狙いを定めていた。

 こちらの攻撃は届き、相手の射程からは外れる、格好のアウトレンジ十字砲火の態勢。

 相手の合流位置までの距離と速度と着弾までの時間を概算し、タイミングを計る。

 

 ──あと十秒……。

 

 ──五秒……三……二……一……

 

「敵艦補足! 全主砲、薙ぎ払え!」

「遠慮はしない、撃てぇ!」

 

 凄まじい轟音が鳴り響いた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

「きゃあああっ!?」

「がっ……!?」

 

 鳴り響いた轟音と共に、膝を折ったのは。

 北上と大井ではなく、大和と武蔵の方だった。

 

「雷撃……馬鹿なっ?」

 

 衝撃と共に、大和型二人の足元から吹き上がった、巨大な水柱。それらは、色鮮やかな朱色をしていた。

 武蔵の左脚と左の主砲、大和の右半身ほとんどが、水柱に呑まれて朱色に染まる。

 と同時に、二人の大和型の駆る主機の回転が急速に勢いを失い、砲塔がギギギギ、と、きしむような音を立てた。

 

「ぐっ……!?」

 

 模擬弾自体、当たれば当然それなりの衝撃はあるが、その程度では、もちろん艦娘の艤装や身体を傷つけるには至らない。

 この動作不良は、模擬戦演習用の砲弾や魚雷に内包された、朱色の染料によるものだ。

 ただのペイント弾では、血の気の多い年少の艦娘たちや興奮した艦娘が、受けたはずの損傷を無視して砲や主機を普段通りに動かし演習を続行しようとすることも多い。

 そのため、この染料には、艦娘の艤装の作動を阻害する特殊な成分が含まれていた。これにより、演習における中破や大破の判定を、より精密に行うことが可能となっている。

 ……一説によれば、艦娘たちが反乱を起こそうとした時のために開発されたのではないかとも言われるが。

 

「くそっ、どういうことだ!?」

 

 作動不良の度合いから見て、武蔵は中破相当、大和はほぼ大破相当の被害。

 だが、大和と武蔵の頭を占めていたのは、自らの損傷具合よりも、あまりに不可解な出来事に対する疑問だった。

 

 いったい今……自分たちはどこから撃たれた?

 いや、それ以前に奴らはいつ、魚雷を撃った?

 

 奴らの姿は水観がずっと捉えていた。

 奴らは一発の魚雷も発射していない。

 

 奴らはいったい、何をした?

 自分たちは……何をされたのだ?

 

 

 




※艦これ提督経験者なら大抵分かるアレ。種明かしは次話で。

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