【完結】艦隊これくしょん ~北上さんなんて、大っ嫌いなんだから! ~   作:T・G・ヤセンスキー

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4 その左手は力強く温かく

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 甲標的、という名の装備がある。

 

 本来の――【あちらの世界】でのそれは、魚雷発射機構を備えた小型の有人潜航艇を指す名であった。

 だが、艦娘の一部が使うその名の装備は、【あの世界】のもののように誰かが乗り込んで操縦するものでは、勿論ない。

 水上機母艦や潜水艦、重雷装巡洋艦のみが搭載できる、特殊な形状のその兵器は、通常の魚雷と同じように発射され、最初はゆるゆると直進する。

 そして、その航続距離が限界に達したその瞬間、後部の推進機構を切り離し、前部に内蔵された第二の推進機構を作動させて再加速することができるのだ。

 無理に喩えようとするならば、それはむしろ、多段式の打ち上げロケットに近い。

 

 

 大和と武蔵は知らなかった。

 実戦からも演習からも遠ざけられていたが故に、その威力を。

 

 大和と武蔵は知らなかった。

 二段階に渡る加速が生み出す、その射程を。

 

 大和と武蔵は知らなかった。

 その牙の届く距離が――自分たちの46cm主砲をも、さらに超えるものであることを。

 

 

 

「……水観の目に頼り過ぎたな」

 

 提督が呟く。

 

 北上と大井が甲標的をひそかに「発射」――というよりも「発進」させたのは、大和型の水観が彼女たちを補足するよりずっと前。

 具体的には、演習開始のサイレンが鳴った、その直後だった。

 

 本来ならば勢いよく発進するはずの甲標的の第一段階の航行速度を、航跡すらも目立たぬようにわざと落として、ゆるゆると進ませる。

 大和と武蔵がその進行方向、射線上に到着したのを見計らったかのように、二段階目の加速が発動。

 大和型二人の主砲が標的――大井と北上の姿を捉え、全ての注意がそちらに向いたまさにその瞬間、足下から大和と武蔵を襲ったのであった。

 

「自分たちの姿が水観に捕捉されることは、最初から折り込み済み……ううん、むしろ、自分たち自身を囮にして、相手の思考と進路を誘導した……?」

 

 阿武隈は呆然とする。

 理屈の上では解る。だが、考えるのと実行するのとは雲泥の差、全くの別物だ。

 

「そうね……【アウトレンジから一方的に十字砲火を加えることができる有利な位置】を鼻先にちらつかせて相手を誘い込む。……そこまではまだいいわ」

 

 五十鈴が、呆れたように口にする。

 

「……問題は、その位置とタイミングを完璧に読み切る勘と、あれだけの距離を進ませながら狙い通りの位置に甲標的を到達させるその職人技よね」

 

(……ううん、それだけじゃない)

 

 阿武隈はぞくりとした戦慄を覚える。

 

(……凄いのは「読みを的中させたこと」じゃない。その読みを全面的に信じて、全てを賭けられること)

 

 大和と武蔵が予測と全く違う動きをしていたら?

 甲標的の到達が少しでも早かったり遅かったり、進路がズレていたとしたら?

 自分たちの読みや狙いが外れることなど微塵も考えず、己の判断と技術に全てを委ねられるだけの絶対の自信。

 

「……ああ、それはただの慢心。あいつらのことだからたぶん、初撃が外れたら外れたで、相手の砲撃全部よければいいやとか考えてんのよきっと」

 

 五十鈴の言葉に提督がうんうんと頷く。

 

「そうそう、実際、それでしょっちゅう大破撤退食らって帰って来るんだよなぁ」

「えええー……」

 

 毒気を抜かれたような顔をする阿武隈に、五十鈴が視線を向ける。

 

「……それよりもあんた、大事なことを見逃してるわよ。あいつらが誘導したのは、相手の思考と進路だけじゃないわ。もっと基本的なこと……視線よ」

「視線?」

「より正確に言うなら、視界、だな」

 

 水上機を索敵や着弾観測に使うのは、確かに有効な手段だ。

 だが、水上機を「目」として使っている間、どうしても視界と意識はそこに向けて限定され、自分自身の周囲への警戒がおろそかになる。

 潜水艦をはじめとする伏兵の待ち伏せ雷撃に、大型艦が不覚を取る例の多くは、この瞬間を狙われたためだ。

 双眼鏡を使って遠くを見ている時に、こっそり近づいてきた暴漢にいきなり横面を張りとばされるようなもの、とイメージすれば解りやすいだろうか。

 

 このため、水上機を「目」として使う時は、随伴艦を周囲の警戒に当たらせるか、こまめに水上機とのリンクを切って周辺警戒も並行して行うのが鉄則である。

『訓練は実戦の如く、実戦は訓練の如く』を地で行くベテランならば、たとえ伏兵が存在しないことが明らかな演習であっても、随伴艦無しで水上機とのリンクを繋ぎっぱなしにしたりなど決してしない。

 

 だが、練度がほぼゼロの大和型二人にとっては――敵が二人と決まっていて、しかもその両方の動きが水観で把握出来ている以上――わざわざ周辺警戒のために水観とのリンクを切るよりも、そのまま水観の「目」で北上と大井を監視し続けた方が効率的に思えてしまったのだろう。

 

「練度不足がもろに出たな。水観を素直に飛ばし過ぎた。北上と大井に対空兵装が無いのを見越しての事だったんだろうが……二人からすれば逆に、あれで大和と武蔵のいる方向が丸わかりだ」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 その頃、演習水域では。

 

「こ、こんなところで……! 傾斜復元しないと……!」

「そんな攻撃、蚊に刺されたような物だ! まだだ……まだこの程度で、この武蔵は……沈まんぞ!」

 

 大和と武蔵が必死に反撃を試みる。

 バランスを崩しながらも、辛うじて無事だった副砲を大和が斉射し、武蔵が右の主砲を放つ。

 

 だが――当たらない。

 

 至近弾による水面のうねりを足場にし、主砲による水柱をかいくぐり。

 合流を果たした北上と大井は、単縦陣でジグザグに航跡を描きながら二人の大和型に襲いかかっていく。

 艦娘の航行はよく水上スケートに喩えられるが、北上と大井の動きは、まるでスキーのモーグル競技。

 荒れ狂う水面の反動を膝のクッションで吸収し、跳ね上がろうとする主機の動きを強引にねじ伏せ肉薄していく。

 それはまるで、傷ついた二頭の(くじら)に襲いかかるつがいの(しゃち)

 圧倒的だったはずの射程の差を一気に食らい尽くし、相互の距離を詰めていく。

 

「うふふ、私、砲雷撃戦て聞くと、燃えちゃいます!」

 

 大井が両手に装備した主砲を交互に放つ。

 装備しているのは20.3cm・2号連装砲。通常ならば重巡以上が使うべき装備。並の軽巡ならば、両手で扱うのも苦労する代物だ。

 それを片手に一基ずつ、両手で四門の砲口から火を吐きながら大和に向かって猛撃を浴びせる。

 

「……海の藻屑となりなさいな!」

 

 何本もの火線が大和の上半身に突き刺さり、赤い染料の花が幾つも弾ける。大和の残る無傷の半身が衝撃と共に朱に染まり、主機と砲塔が完全に動きを止めた。

 

「……大井っちー、それじゃ完全に悪役だよー。これ演習演習」

 

 北上が苦笑しながら大井と分かれて旋回し、武蔵に向かって主機を駆った。

 大きく態勢を崩しながらも、武蔵の目は戦意を失ってはいない。

 

「くっ、いいぞ、当ててこい! 私はここだ!」

 

 吠える武蔵。

 

「……上等」

 

 北上の頬に笑みが浮かぶ。

 

「けどさ、武蔵っち。こうされたら……撃てるかな?」

 

 ジグザグに航行しながらも真っ直ぐ武蔵に向かっていた北上の姿が、急激に右に流れる。

 それを狙おうと身体をひねり砲塔を旋回させようとした武蔵の眼が、大きく見開かれた。

 

 主砲の狙う北上のさらに後方。

 そこには、完全に動きの止まった僚艦、大和の姿。

 狙いを外せば――大和に当たる。

 

「くっ……!」

 

 武蔵は一瞬歯を食いしばり……観念したように目を閉じて、身体の力を抜いた。

 

「……甘いよ、武蔵っち」

 

 北上がどこか優しげな笑みを浮かべる。

 

「だけどその甘さ……嫌いじゃあないね」

 

 その両腕両脚に装着された魚雷発射管の発射口が、ガシャガシャと一斉に開く。

 

「まー、あたしはやっぱ、基本雷撃よねぇ」

 

 片舷二十門、両舷四十門の魚雷を全て発射し全力で叩き込んだのは、北上なりの礼儀だったのか。

 

 巨大な朱色の水柱が轟音と共に何本も連鎖して吹き上がり、その全てがおさまった時。

 大和型二隻の轟沈判定と演習終了を告げるサイレンが鳴り響き、模擬戦演習の終わりを告げた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 先程までの激しい戦いが嘘のように静けさを取り戻した演習水域。

 オレンジ色の太陽が、水平線をきらめかせながらゆっくりと沈もうとしている。

 

「……負けましたね」

 

 夕陽に照らされた武蔵の足元からは、水面に長い影が伸びている。その影に向かって、大和が背後から声をかけた。

 

「……ああ、負けたな」

 

 振り返らずに武蔵が応じる。

 二人の全身は、頭から足の先、主艤装から太い砲身の先までくまなく朱色の染料で染まっている。知らない者が見たら、ちょっとしたホラーな光景だ。

 

 ――挑発に乗せられ、主導権を握られ、しかも最後の最後までそれに気づくことが出来なかった。

 相手には毛筋ほどの損害も与えられず、自分たちは轟沈判定。

 夜戦までもつれ込むような事さえなければ不覚は取らぬ、圧倒的な力で圧し潰せるなどと……どの頭で考えたか。夜戦まで保たずに力で圧し潰されたのは、結局、自分たちの方だった。

 

 チームワークの差――などという生易しい話ではない。終わってみれば、北上は武蔵、大井は大和。最初から彼女たちは、一対一でしか戦っていなかった。

 その上での完膚無きまでの敗北――完全なる力負けである。

 

 武蔵の視線の先では、先程まで戦っていた二人の艦娘が、ハイタッチしたり手を取り合ってくるくる回転したりと、はしゃぎ声をあげながらじゃれあっている。

 ふと、武蔵たちの視線に気づいたように黒髪のお下げの艦娘が振り返り、

 

「お~い、武蔵っちー、大和っちー!!」

 

 手を振りながら波を蹴って近づいて来た。

 その後ろには、茶色の髪の艦娘。

 二人は大和と武蔵の目の前まで来ると、二人並んでせーの、とばかりに

 

「ごめんなさいっ!!」

 

 頭を下げた。

 

「……何の真似ですか?」

 

 呆気に取られる大和と武蔵。

 

「いや~、その、ほら……あたし達、開始前に、ひどい事言っちゃったじゃん。その……ホテルとか、旅館とか」

「お二人の冷静さを奪うためとはいえ……同じ艦娘として心苦しくて」

 

 先程までの獰猛さはどこへやら、二人の重雷装艦は、まるで悪戯を見つかった子供のようにばつの悪そうな表情を浮かべている。

 

「それは気にしておりません。兵を攻める前に心を攻めるは兵法の常道。心を乱した私たちが未熟だっただけのことです」

「わざわざそれを謝りに? ……これはまた、律儀なことだ」

 

 北上と大井は気まずそうに顔を見合わせる。

 

「いや~、あたし達も、前の世界ではいろいろあったからさ、戦いたくても戦わせてもらえない、その辛さは解るってゆーか……」

「悪く思わないで下さいね」

「……そうか、そう言えばそうだったな」

 

 艦隊決戦の切り札として構想された重雷装巡洋艦だが、前の世界の史実的にはろくに活躍の場を与えられず、輸送任務や練習艦としての軍務に従事するのがほとんどだったはずの北上と大井。

 その過去に思いを馳せて、改めて、大和と武蔵は目の前の二人の艦娘の姿を見つめた。

 よく手入れされ、磨きこまれてはいるが、その主艤装にも魚雷発射管にも至る所に細かい傷が付き、歴戦の艦歴を物語っている。

 戦艦や空母に比べれば貧弱とさえ言えるその身にこれほどの力を蓄えるために、彼女たちはどれほどの鍛錬と戦歴を重ねて来たのだろう。

 どれだけの傷を刻んできたのだろう。

 

「……謝罪は謹んで受け入れよう。そのかわり、と言ってはなんだが、ひとつ頼みがある」

 

 武蔵は、北上の目を真っ直ぐに見据えた。

 

「またいつか……戦って貰えるだろうか? 今度は、我々が挑戦者として」

 

 大和もまた、大井に正面から向き合う。

 

「私からも是非お願いします。次こそは、今日のような不甲斐ない姿は見せないとお約束します。……大和型戦艦の誇りにかけて」

 

 北上は大井と目線を交わし……にかっ、と笑った。

 

「もっちろん! 何度だって付き合うよ~! ま、大井っちとあたしが組めば無敵だけどね~!」

 

 大井も大和に微笑みかける。

 

「こちらこそよろしくお願いします。……けど、負けませんからね。うふふ」

「……ならば、左手での握手だな」

 

 朱色に染まった二つの手と、それより小さな二つの手。

 二組の艦娘たちは、夕陽の中で、がっちりと握手を交わしたのだった。

 

 

 




※球磨(川禊)型雷巡とかいう化け物がいるらしい……
※甲標的による先制雷撃は、原作ゲーム「艦これ~艦隊これくしょん~」における雷巡の真骨頂その1。まともに当たれば戦艦すら開幕ワンパンで撃破する高威力。
※ちなみに真骨頂その2は夜戦連撃および夜戦魚雷カットイン。北上さまと大井っちの火力はさらに跳ね上がり、戦艦や重巡等も含めた全艦娘中、最強のボスキラーと化す。

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