【完結】艦隊これくしょん ~北上さんなんて、大っ嫌いなんだから! ~ 作:T・G・ヤセンスキー
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……は~、疲れた~。早く帰りた―い」
「はい、どうぞ北上さん。そこの売店で買っておきましたよ、冷たい飲み物」
「おぉ、さっすが大井っち、気が効くね~♪」
合同演習会場のモニタールーム。演習を終えた艦娘達が各鎮守府ごとに集まっている。
そこに戻ってきた北上たちを見つけた同鎮守府の艦娘たちが、わっと歓声をあげた。
「お帰りなさい、凄かったのです!」
「なかなかやるじゃない! 一人前のレディーとして扱ってあげるわ!」
「……ハラショー」
「輸送任務より、やっぱ戦闘よね!」
全五戦あった模擬戦演習に参加した者、見学に来た者。
さすがに大型艦達は自重しているが、特に年少の駆逐艦たちなどは興奮して大騒ぎである。
飛び付いてきた駆逐艦たちに、肩を叩かれたり袖を引っ張られたり。中には無理に腕を伸ばして頭を撫でようとする者などもいたりして。北上も大井も、もみくちゃにされている。
「……あーもー、駆逐艦うっざーい! 寄るな触るな懐くな~! ……あっ、ちょ、こらぁっ! しがみついて来んじゃないっての!」
「ちょっと! あなた達! 北上さんは疲れてるのよ! ……あいたた、誰よ髪引っ張ったの!」
その中で、阿武隈は騒ぎの輪に加わらず、提督や五十鈴の傍で立ち尽くしていた。
「……ほら、あんたの教導の凱旋よ? 行かなくていいの?」
五十鈴がちらりと横目で見るが阿武隈は動かない。
「……ま、好きにしなさい」
五十鈴はため息をつき、意地っ張りなんだから、と声を出さずに唇の動きだけで呟いた。
阿武隈の頭の中では、先程まで目にしていた模擬戦の光景が、早回しでぐるぐると流れている。
(凄い、凄かった……!)
艦娘とは……鍛えれば、磨き上げれば、あそこまでの高みに辿り着けるものなのか――。
(……とてもかなわない、今はまだ)
ぎゅっ、と服の裾を握りしめる。
(……けど、あたしだって……!)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「だーっ! いいっ加減に、しろ~っ!!」
「……あ、キレた」
「予想より長く
五十鈴と提督が呟く。
うがーっと両手をあげて群がる駆逐艦たちを振り飛ばし、ほうほうの体で北上と大井が提督の前に辿り着く。
「あ~も~、やれやれ、ひどい目にあったよ~。駆逐艦、まじウザい……」
「大丈夫ですか、北上さん?」
「……ご苦労だったな、見事な戦いだった」
提督が声をかけると、北上と大井はぴしりと姿勢を正して敬礼した。表情に疲れの色は見えず、その瞳は誇らしげにきらきらと輝いている。
「雷巡北上に雷巡大井、ただ今帰投しましたよっ、と」
「相手戦艦二隻、全隻撃沈。当方の損害は北上、大井ともに皆無。完全勝利です、提督!」
「……うむ」
真面目くさった表情で答礼した提督が、手を下ろすと同時に破顔し、がばっと両腕を広げる。
「よくやった! やっぱりお前たちは最高だ!」
「きゃっ!」
「あたた、痛い、痛いってば提督」
いきなり二人を抱き寄せたかと思うと、分厚い手のひらで北上と大井の髪をわしゃわしゃとかき回す。
「……あれに毎回やられちゃうのよねぇ」
五十鈴がやれやれといった表情になる。
彼女たちの提督は、決して切れ者という印象の人物ではない。
その外見は、人並み外れた巨体に、揉み上げから顎までを髭に覆われた大きな顔。短い髪はぼさぼさで、一見いかつい見た目なのだが、太い眉毛の下のやや垂れ目気味の目と丸っこい鼻が、ふと笑った顔を見たくなるような、奇妙な愛嬌を与えている。
そして、実際よく笑い、そしてよく泣く。
これまで艦娘の轟沈者を一人も出さずに深海棲艦の侵攻を食い止め続け、それどころか敵に支配されていた海域をじりじりと奪い返してきている男なのだ。当然無能ということは有り得ない。
だが、完全無欠の軍人などでは全くなく、しょっちゅう書類の書き間違いはするし、作戦ミスを指摘されればその度に激しく落ち込む。
艦娘のイタズラにムキになって反応し、鎮守府中を巻き込んだ追っかけっこにまで発展したこともある。
下世話な冗談も口にするし、セクハラめいた言動で艦娘たちから
だが、傷ついた艦娘のことを大げさなくらいに心配し、戦果をあげた艦娘を恥ずかしくなるくらいに賞賛するこの提督を、配下の艦娘たちは嫌いにはなれなかった。
「あ、あの、提督、もうそのくらいで……! みんな見てますし……!」
「もー提督、触るのやーめーてーよー! 撫でられ過ぎてハゲたらどーすんのさ~!」
顔を赤らめ、眉をしかめ。
けれども、大井と北上はその手のひらを振り払おうとはせず、笑顔でされるがままになっている。
(……いつもいつも、何考えてんだか解んないような、へらへらした顔ばっかしてるくせに)
阿武隈はその光景をぼんやりと見つめる。
(……あんな顔でも笑うんだ、あの人)
そう思った瞬間、ようやく提督の手のひらから解放された北上が振り返り、阿武隈と目が合った。
なぜか阿武隈はどきりとする。
「ふふ~ん、これが重雷装艦の実力ってやつよ。……どーよ阿武隈~。あたしらの戦いっぷり、ちゃんと見てた~?」
「……ドヤ顔うざいです」
近づいてきた北上の顔から、阿武隈はぷいっと視線をそらす。
「なっまいきだなー」
むう、とむくれ顔になる北上。
阿武隈は視線をそらしたまま、
「……ま、まあ……」
ん? と眉を上げる北上。
「ちょっとは……凄かった……ですけど」
ぼそぼそと、呟くような小声の阿武隈。
だが、数秒たっても返事はなく、沈黙のままで。
(……何よぉ! ……なんで……なんで黙ってるわけ? 沈黙が痛いんですけど!)
ついに耐えかねて、そろそろと視線を戻す阿武隈の目の前に。
それはそれはもう、
「~~~~!!!!!」
「ごっめ~ん、聞こえなかったよ~。……ねえ何て? ねえねえ今何て言ったの?」
「なっ! 何も言ってないしっ!」
「え~、言ってたじゃ~ん♪ ほらほら照れなくていいから~。え? 「す」……何だって?」
「すっごく! ムカつくんですけど!!」
「あれれ~? おかしいぞ~? 何かさっきと違うよね~?」
「……あれは……確かにイラッとくるわね」
「なんか、ほんと、すまん……うちの主席秘書艦があんなんで……」
「ちょっと! 阿武隈さん! あなた、北上さんに何て口の利き方してるのよ!」
呆れ顔で言葉を交わす五十鈴と提督。その横で柳眉を逆立てる大井。
視線の向こうでは、北上と阿武隈がぎゃいぎゃいと騒ぎ続けている。
「ん~、阿武隈ってば、ほんと可愛いよね~。ほらほら、撫でたげるよ~」
「もぉ、前髪触んないでってば! ……って、ひゃぁん!? なんか、なんか垂れて来たぁ!」
「へっ?」
「きゃ―! ち……ちちち血……!?」
「あっ……ごめん。さっき武蔵っちと握手したまま、手洗ってなかったわ」
「きゃあああ! 嘘でしょぉぉっ!?」
北上から飛び離れた阿武隈が部屋の窓に駆け寄り、自分の顔を窓ガラスに映す。
「きゃー!! イヤあぁっ!? なんか付いてるぅぅっ!?」
ぐしゃぐしゃになった阿武隈の金髪の前髪とおでこに、朱色の染料がべったりとへばりついている。
「……なんて事すんのよこのクズ型雷巡っ! 北上さんの意地悪! バカ、大バカ、大北上ぃっ!!」
窓から駆け戻った阿武隈がそのままの勢いで北上に突進する。
「あ、いやごめん、これホントわざとじゃなくて」
「嘘、ウソ、大嘘つき! 信じらんないこの人! きらい、キライ、大っ嫌い!! もぉ許さないんだからっ!! こんのぉっ!!」
「……おお、ドロップキック」
「……意外とやるわねあの子も」
「言ってる場合ですか! あぁ北上さん、早く止めないと……」
提督と五十鈴の傍でおろおろする大井。
「……ほんっと北上さんなんか、大っ嫌い! 階段昇るたびにすねぶつけちゃえばいいのに! 左手の人差し指、同時にさか剥けと深爪と突き指になっちゃえばいいのに!」
「阿武隈ちゃんおさえて! 洗面所行って顔洗って来よ? ね? ね?」
周りになだめられながらも、阿武隈は北上を睨みつけ、はぁはぁと荒い息をはいている。
「……にしても、実に多彩というか独創的だな、あの悪口のセンスは」
「……言っとくけど、あたしが仕込んだ訳じゃないからね?」
しみじみと呟く提督をじろりと横目で睨みながら五十鈴が釘を刺す。
ぷるぷると涙目で震えていた阿武隈は、ふんっ、と鼻息を荒くして身を翻すと、憤然と部屋の出口に向かい、そこで振り返って、
「北上さんなんか……北上さんなんか…………」
すうぅっ、と息を吸い込み。
「鼻毛伸びろ~~~~~~~~~~~~~っ!!!!!!!!」
部屋中に響き渡る大声で叫び、泣きべそをかきながら扉の外に駆け出して行った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……さすがに、『鼻毛伸びろ』ってのは、あたしも初めて聞いたわ」
「……北上のやつも呆然としてるな」
マジかよ……と言いたげな表情で座り込んで、なにやら地味に凹んでいる様子の北上を、大井が必死で慰めている。
何度目かのため息をついて背後から北上のもとに近づくと、提督は北上の頭にごつんと拳骨をくらわした。続いて五十鈴も、ぺしんと北上の頭をはたく。
「あう、ひどいよ提督~。五十鈴っちまで~」
「今のはお前が悪い」
「自業自得よ。あたしの妹いじめんなって言ったでしょ」
なだめようとする大井を手を挙げて制し、提督は北上を見ながらにやりと笑った。
「……お前が言い出した事だ。ちゃんと責任持って、面倒見るんだろうな?」
「むー……」
少しすねたような表情で提督を見上げた後、北上は、よっ、と声をあげて立ち上がった。
「……任せといてよ。ガンガン鍛えるからさ」
提督、五十鈴、大井の顔を順々に見渡し、最後に阿武隈の駈け出して行った出口に目を向けて、にかっと笑う。
「どんどん強化してやってよね。……あいつ絶対、いい艦娘(ふね)になるからさ♪」
そう言った北上の言葉を、想いを、阿武隈が知ることになるのは――これから随分先の話である。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
《~幕間~その1》
「……全く、騒がしい連中だな。美しさのかけらもない」
そう呟いたのは、縁なしの眼鏡をかけた細身の軍人だった。海軍上級将校の軍服は皺ひとつなく整えられている。
眼鏡の奥の、隙の無さ過ぎる鋭い目つきがやや険のある印象を与えるが、貴族的な顔立ちは秀麗で、道を歩けば女性たちの視線を集めるだろうことは間違いない。
「……ですが、私たちは完敗しました」
傍らに立つ二人の大和型の艦娘が、彼女たちの【提督】に向かって意を決したように言葉を発する。
演習で付けられた染料は全て洗い流され、その身体と艤装は、もとの傷一つない輝きを取り戻している。
「奴らの艤装……私たちのものに比べれば、確かに貧弱だった。傷だらけに見えた」
「ですが……私たちのものより何倍も、何十倍も美しく思えました」
【提督】は応えない。
「……提督。私たちはお前の部下ではあるが、その前に艦娘だ。戦艦だ。戦う
「どうか、私たちに、戦う機会を与えて下さい。傷ついた大和型戦艦の誇りを取り戻す機会を与えてください」
「……言ったはずだ。お前たちは存在するだけで充分な価値があるのだと。お前たちは負けてなどいない。何の傷をも負っていない。気にすることなど何もない」
「「……提督!!」」
詰め寄ろうとする二人の艦娘には視線を向けず、彼女たちの【提督】は踵を返す。
「……鎮守府に戻るぞ、長居は無用だ」
「そんな……!!」
絶望的な気持ちで立ち尽くす二人の大和型に、【提督】は背を向けたまま言葉を続けた。
「……今日のことは、お前たちの落ち度ではない。私の失態だ。傷ついたのはお前たちの誇りではない。私のプライドだ。勘違いするな」
大和型の二人が息を呑む。
「……お客さま扱いはここまでだ。明日からは、他の者と同様に……いや、それ以上に練成と出撃に励んでもらう。いやだ苦しいなどと泣き言を吐こうが、一切容赦はしない。覚悟しておけ」
「「……はっ!」」
大和型の二人は、彼女たちの【提督】に敬礼し、その背中に従って足を踏み出す。
その瞳には覇気がみなぎり、その歩みには誇りが満ちている。
彼女たちの活躍が近隣の海に轟き渡るのは――そう遠い日の事ではなさそうである。
《~幕間~その1・了》
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《~幕間~その2》
――嗚呼。
――なんて……なんて凄い艦(ふね)なんだろう。
――なんて凄いことをやってのけるのだろう。
――あまりにも眩しくて。
――あまりにも輝かしくて。
――あんな風になりたかった。
――あんな風で在りたかった。
――今からでも、間に合うだろうか。
――これからでも、辿り着けるだろうか。
――あの高みに。あの輝きに。
――自分の手は――――届くのだろうか。
《~幕間~その2・了》
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