【完結】艦隊これくしょん ~北上さんなんて、大っ嫌いなんだから! ~   作:T・G・ヤセンスキー

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7 目指せ、ちょうちょ結び

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 (──鬼怒ちゃん、お姉ちゃんたち、ごめんなさい……あたし……今日こそ、沈んじゃうかも知れない……)

 

 脚ががくがく震えそうになるのを必死でこらえながら、阿武隈は心の中で姉たちの顔を思い浮かべていた。

 

 (北上さん……ほんとはもっと、色々ちゃんと伝えたかった……)

 

 ついさっき別れたばかりの、黒髪のお下げの艦娘の笑顔が脳裏に浮かぶ。

 

 ――ああ、それにしても。

 ――目の前にいるこれはいったい何だ。

 ――どう倒すとか、どう戦うとかいうレベルではない。子供と大人どころか、兎と怪獣くらいの戦力差。

 ――目の前に立っているだけで足がすくみ、呼吸をするのも苦しくなるような圧倒的な存在感。

 

 (もしも……もしも今日を生きのびる事ができたなら……)

 

 怪獣が口を開き、割れ鐘のような声で砲哮をあげた。

 

 

 

「……お前が阿武隈か!! 北上からは、『あたしと再戦したかったらまず、一番弟子の阿武隈を倒してからにしろ』と言われたのでな!! 大和型二番艦・武蔵のこの力、存分にふるわせてもらうぞ、覚悟するがいい!!」

 

(生き延びられたら北上さん……! 絶対あの人に、今までのこと全部含めて、思いっきり文句言ってやるんだから~~~~~っっ!!!!)

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 ……結論だけを端的に言うならば。阿武隈は善戦したと言えるだろう。

 

 自分の身体の何倍もあるような砲撃の水柱を半泣きになりながらくぐり抜け、武蔵に肉薄して5発の有効弾を叩き込んだのだから。

 結局、大したダメージは与えられず小破判定をもぎ取るのがやっとであり、最終的には武蔵の副砲の直撃で足が止まったところに主砲の一撃を受けて盛大に吹き飛ばされはしたものの。

 

 よく頑張ったと言えるだろう。

 

 

「……いや、流石は北上の一番弟子だ、感服したぞ!」

 

 阿武隈を三mも真上に吹き飛ばした当の本人は、やたら感じ入った様子である。

 

「たまたまいい一撃が入ったから良かったようなものの、お前の主砲がもう少し口径の大きなものだったなら、勝負はどう転んでいたか判らなかっただろう! この武蔵、まだまだ未熟ということだな! 拾った勝ちでは、北上に挑むに到底足りん! よりいっそうの研鑽を重ね、さらなる力を蓄えてからまた来よう! 阿武隈よ、お前との再戦もまた楽しみにしているぞ!!」

 

 二度と御免ですいやほんとマジで勘弁して下さいやるなら北上さんの方に直接行って下さいなんだったら喜んで手を貸します、とは流石に口にできず。

 阿武隈は全身朱色に染まった身体ごと、がくがく揺さぶられながら武蔵の左手の握手に応じることしかできなかった。

 

 いい好敵手に巡り会えた、とやたら上機嫌で武蔵が帰っていった後。

 見学していた他の艦娘たちが恐る恐る阿武隈に近付いてくる。

 

「あ、阿武隈ちゃん、大丈夫なのです……?」

「ま、まあ、大和型にあそこまで食い下がれたってだけでも、立派だったと思うわよ……?」

「と、とりあえず身体洗い流しに行った方がいいんじゃないかな……?」

「そ、それとも医務室行く? 私、ついて行ってあげようか……?」

 

「……要らない」

 

 ゆらあっ、と向き直った阿武隈の表情を前にして、駆逐艦娘たちの顔がひっ、と固まる。

 

「北上さん……どこ?」

 

 蒼白になりながら一人の駆逐艦娘が喫茶・間宮のある方向を指さす。

 

「……そう。……あっちにいるのね」

 

 うふ。

 

 うふふふふ。

 

 鬼気迫る含み笑いの声に、周りの駆逐艦娘たちが、ざっ、と道を空ける。

 

 ……洗い流す? 冗談じゃない。

 ……この朱色に染まった拳を、このままあの雷巡のにやけた顔面に叩き込んでやらなきゃ気が済まない。

 ……そんでもって、あのお下げ髪を鼻の下でちょうちょ結びにしてやる。

 

 うふ。

 

 うふふふふふふ。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

(……見つけた! だけど……!)

 

 ――阿武隈が発見した時、北上は喫茶・間宮の中庭のテーブル席でのんびりとパフェをつついていた。

 

(……なんで、提督や大井さんも一緒なのよぉ!!)

 

 三人は、同じテーブルを囲んでなにやら和やかに談笑している。

 いくら頭にきたとはいえ、さすがに提督の目の前でいきなり北上に殴りかかるわけにもいかない。

 何より、北上と大井、二人が揃っている時に襲撃を仕掛けるなど、愚策を通り越してただの手の込んだ自殺にしかならないのは目に見えている。

 

(……ああ、もぉ! 早く一人になりなさいよぉ!!)

 

 建物の陰から様子を伺いながら、阿武隈は歯噛みした。

 三人の話し声が、阿武隈のところまでかすかに聞こえてくる。

 

「……あんまり酷いことしたらだめですよ、北上さん?」

「いや~、大和型戦艦がタイマンで演習に付き合ってくれるなんて、またとない貴重な経験じゃん?」

「貴重っていうか、鬼畜だろそれ……」

「人聞き悪いな~。これはあくまでも、あいつを鍛えてやりたいがための、あたしの親心だよ、お・や・ご・こ・ろ」

 

(……よーし、親心って言うなら、後でとびっきりの反抗期をくれてやるんだから! 覚悟してなさい!)

 

「……けど、実際どうなんです? わざわざ武蔵さんを煽ってけしかけるくらいだから、あの子も相当腕を上げてるんじゃないですか? 意外といい勝負するとか期待してたり……」

「あ~、無理無理」

 

 北上がぱたぱたと目の前で手を振る。

 

「さすがに相手になんないよ。いいとこ3~4発入れたところで武蔵っちのワンパンで終わりじゃない? 今のあいつじゃ、夜戦まで保たせるのはまぁ無理だろしね~」

 

(……5発当てたもん!)

 

 ほぼ正確に読まれているのが余計に腹立たしい。

 

「そこまで読めてるならなんでまた? 正直、スペック的には酷な話だろう。もっとじっくり育ててやってもいいんじゃないか?」

「あたしってばほら、叩いて伸ばすタイプだから」

 

(……あたしは褒められて伸びるタイプなんですけど!?)

 

 阿武隈は大声で主張したい気持ちをぐっとこらえる。

 

「……けど北上さん。そろそろあの子に構うの控えたらどうですか? 正直、本人も迷惑がってるみたいですし……」

 

(そうそう大井さん! もっと言ってやって!)

 

 建物の壁に隠れながら阿武隈は拳を握りしめ、こくこくと頷く。

 

「ん~、なんてゆーかさぁ……あいつがどこまで行けるのか、どんな艦娘になるのか、見てみたいんだよねぇ」

 

 頷く首の動きが止まった。

 

「なんだかんだ言ってあいつ、こっちがどんだけ厳しくしても、歯を食いしばって最後までついてくるしさぁ。根性と負けん気あるのは、大井っちだって認めるっしょ?」

「それは、まあ……でも、あの子、ちょっと失礼というか……北上さんに気安すぎやしません?」

「なーに、大井っち? ひょっとして、妬いてんの~?」

「……もう。北上さんったら、意地悪です」

 

 恨めしそうな上目づかいになる大井に、北上がけらけらと笑う。

 

「確かにあいつ、くっそ生意気だし、口は悪いよね~。……けどさぁ、大井っち。気づいてた?」

 

 背もたれに預けていた体重を戻し、北上はテーブルに身を乗り出す。

 

「どれだけこっちがキツく当たっても、どんだけ自分が腹立てても、さ。……あいつ、『死んじゃえ』とか『沈んじゃえばいいのに』とかは、ただの一度だって言ったことないんだよ? これって、凄くない?」

 

 ……そんなこと。

 ……そんなことには。

 ……自分でも、気づいていなかったのに。

 

「……なんてゆーのかな、さすがキスカ撤退作戦の英雄艦、ってゆーの?」

 

 ……なんで、そんな風にあたしを語るんだろう。

 

「……一人の敵も殺さずに、一人の味方も死なせずに、あの奇跡の作戦をやり遂げただけのことはある、ってゆーかさ……」

 

 ……なんで、そんなキラキラした顔であたしのことを話すんだろう。

 

「前にも言ったけどさぁ、あいつ絶対、いい艦になると思うんだよね~。スペックとか戦果とか、そんなの関係なく、みんなを助けて、みんなを守れる――そんな艦にさ」

 

 ――気がつけば、握りしめていたはずの拳からは、いつしかすっかり力が抜けていて。

 阿武隈は、足音をたてないようにそっと踵を返して、その場から離れていた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

(……なんか、気が削がれちゃった)

 

 入渠施設の方に向かってゆっくりと歩き出す。

 

(……ふんだ。……今日のところは提督もいるし、ちょうちょ結びは勘弁してあげるわよ)

 

 道すがら、すれ違う艦娘たちが阿武隈に近付くと一様にぎょっとした顔をして、それからこわごわとした表情で次々に道を空ける。

 身体中、頭のてっぺんから足の先まで染料まみれなんだから無理もないかな、とぼんやり思う。

 しばらく歩いて入渠施設に辿り着いた。

 施設の脇には、演習用の染料や出撃後の艤装の汚れを簡単に洗い流すためのシャワーがある。そこに回ろうとした時に、ちょうど施設から出てきた鬼怒と鉢合わせした。

 

「うわっ!? あ、阿武隈ちゃん! どーしたの!?」

「……演習でちょっとね。染料かぶっただけだから、大丈夫だよ」

「あ、うん、それなら……」

 

 阿武隈の顔を見て鬼怒が言葉を止める。心配そうに、

 

「……阿武隈ちゃん、ほんとに大丈夫? 頭とか打ってない? 医務室とか行った方が良くない?」

「……大丈夫だってば。怪我したわけじゃないし。それより鬼怒ちゃん、道あけてくれない? あたし、髪とか身体とか早く洗いたくって……」

「あ、うん、ごめん……」

 

 互いに身体を斜めにしてすれ違う。

 今度大井さんに、20・3cm砲の撃ち方教えてもらおうかなぁ、などとぶつぶつ呟いている阿武隈の背中を見送って、鬼怒は首をかしげた。

 

「頭は打ってない、って言ってたけど……」

 

 心配そうに呟く。

 

 

「……だったら阿武隈ちゃん……なんであんなボロボロなのに、嬉しそうにニヤニヤ笑ってたんだろ?」

 

 

 




※史実解説:
 話中に出てきたキスカ島撤退作戦は、1943年に行われた日本軍の北部太平洋アリューシャン列島にあるキスカ島からの守備隊撤収作戦のこと。正式名称はケ号作戦。
 阿武隈が旗艦をつとめる救出艦隊は、濃霧に紛れ、キスカ島を包囲していた連合軍に全く気づかれることなく無傷で守備隊全員の撤収に成功し、これは戦史上に残る「奇跡の作戦」と呼ばれています。
 ちなみに連合軍はキスカ島に対し水も漏らさぬ包囲網を敷いていたのですが、兵員の交代のため一日だけ包囲を解いたその日が、まさに阿武隈たちが突入した日であったという、まさに奇跡の所業。
「あたしだって、やればできるんだから!」

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