『ダメですよ? 幼馴染の手綱はしっかり握ってないと』
たった今聞かされた微妙に理不尽な言葉が、脳内でリフレインしている。
なんでどうして、飛行部の私が管制部の生徒を探さなければならないのだろうか。
しかも、その管制部の生徒が私の幼馴染だから、という理由だけで。
私がそう尋ねると、依頼人はあっけらかんとして言った。
『そこはほら、大人の事情ですよ♪』
……些細なことで日に何度も、子供みたいにピーピー泣いている三十路女性が『大人の事情』だなんて言わないで欲しい。
まぁ、引き受けてしまった分際で偉そうなことは言えない。愚痴はここまで。
深呼吸をひとつ。肺の中の空気と一緒に心のわだかまりを吐き出すと、私は校舎の中央階段を上り詰めたところにある鉄の扉を開けた。
そこは屋上。高所特有の少し強い風が心地よい。
「護、いる?」
一歩足を踏み出し彼の名前を呼んだ。返事はない。そもそも人影が皆無だ。
「護、優しく呼んでるうちに出てきたほうが、身のためだよ?」
努めて穏やかな口調で脅し文句を投げかける。耳に聞こえるのは風の音だけ。
ふと見上げると、空は混じりけなしの青一色で文字通り快晴。
「こんな好い天気なら、必ずいると思ったんだけどなぁ……」
聞こえよがしに独り言を呟いてみる。反応はなし。
ここ、秋津島高等学校航空科の校舎屋上は、私、新千歳(あたらし・ちとせ)の幼馴染である、羽田護(はた・まもる)のお気に入りの場所である。――はずなのだが、今日ばかりは当てが外れたようだ。
「ま、『柳の下に泥鰌は二匹いない』って言うしね」
ひとりごちると、私は他を探すべく踵を返した。
その時、微かなノイズとともに人の声が風に乗って流れてきた。
<JL○○○,Tokyo Control.……>
<Tokyo Control,NH×××.……>
護が暇さえあれば聞いているエアバンド(航空無線)の交信音だ。慌てて振り返ると、足元に伸びる高置水槽の影が一部分だけ、不自然な形を描いていることに気付いた。
私はスカートの裾を軽く払い、腰まで伸ばした自慢の黒髪を手櫛で整えると、高置水槽にかけられた梯子をのぼった。途中、脚や少し短めのスカートに悪戯な風がまとわりつくが、そんなの気にしない。いや、ホントは少し気になる。誰も校舎の屋上を見ないよう祈ろう。
梯子の終端まで来ると、寝転がる護の姿が眼に入った。制服が汚れないようにしっかりレジャーシートを敷いている。用意周到なのは結構なんだけど、シートの絵柄が『とびたて!エアプレインズ』の登場人物、アナさんというあたりが気に入らない。なんでスタたんじゃないんだ。
少し説明しよう。『とびたて!エアプレインズ』とは、航空ファンを唸らせる緻密な描写と個性豊かな女性キャラクター達が評判の、某民放テレビ局で放送中の深夜アニメである。現在3期目。今どき珍しいちゃんとした1クールものだ。
女性キャラクターは全員、航空機の魂がヒトの姿を擬しており、揃いも揃って美人もしくは美少女。護がお気に入りのアナさんは特に人気が高い。青白ツートンカラーのメイド風コスチュームに黒髪ロング。身長は高くしかも巨乳。落ち着いた雰囲気の(実は結構腹黒い)お姉さんキャラである。
私のお気に入りキャラは先に出てきたスタたん。遅寝早起きの貧乳ゴスロリ少女だ。基本的には無口だが、焼きうどん・かしわうどん・屋台のおはぎの話題になると、一変して饒舌になる。拳を握り方言丸出しで熱く語る姿と、我に返って咳払いで誤魔化す姿とのギャップが実に良い。このためにわざわざ北九州市出身の女性声優を起用したという逸話もある。
なおこのアニメは、日本で国内線を運航する全航空会社の広報担当部署が、製作委員会に名を連ねている。そのためかどうか、お盆と年末年始のそれぞれ7日間(具体的に言えば東京・有明の同人誌即売会開催日3日間とその前後2日)限定で、各社の羽田空港発着便に特別塗装機(通称・痛飛行機)が設定・運航される。機内では限定グッズが販売されるので、『とびたて!~』ファンの私としては是非とも乗りたいところなのだが、機内が異様に汗臭いような気がして、いまだにチャレンジ出来ずにいる。
閑話休題。私が傍に歩み寄ると、護は目を閉じたまま口を開いた。
「千歳か? おはよう」
決して大きくはない、けれどハッキリとした声が春の空へ抜けていく。
「おはよ。くつろいでるところを悪いんだけど、下地教官が『転校生を紹介するからホームルームに必ず出席すること!』だって」
「涙目になりながら『クラス委員がいないのでは示しがつきませんよぉ』って?」
「うん」
護がおどけた様子で教官の口癖を真似た。声色は似ていないが、雰囲気は十分に伝わってくる。教官に悪いとは思いつつ、私はついつい吹出してしまった。護も目を開けてニンマリと笑った。
下地教官。フルネームは下地志麻(しもじ・しま)という。護が所属する管制部の責任教官(いわば担任)で性別は女性。年齢は30代の前半。性格は温厚で鷹揚、悪く言えばのんびり屋。涙もろくて、1日3回は涙腺を決壊させる。そんなどこか頼りない外見とは裏腹に、実は優秀な元航空管制官であり、また優秀な教官でもある。
「『泣き虫シマちゃん』を困らせるのは本意じゃないし、行きますか」
身を起こす護。けれどすぐにその動きが止まった。大きく見開いた目でじっと私を見ている。なんだろう、すごく恥ずかしい。
「あの、どうかした?」
胸の鼓動が激しくなりそうなのを、無理やり抑え込みながら私は尋ねた。すると護は、大昔の総理大臣みたいに「あー、うー」と唸り、渋面を作った。やがてこめかみをポリポリと掻きながら、ふにゃっと笑った。困ったときに見せる彼の癖だ。
「その、目の上およそ3フィート、白とトリトンブルーの――ひいっ!?」
鏡がないので分からないがその瞬間、私の顔色は真っ赤に変わっていたことだろう(混合比で言えば、怒り49%恥ずかしさ51%)。
そんな私の顔を見て、護の顔色が真っ青に変わった。途中で口を閉ざした(私が赤い顔して黙らせた、とも言う)けど、何を言おうとしていたのか見当はつく。
普通に『青白の縞々パンツ』と言えばいいのに、なんでわざわざ某航空会社の機体色風に言おうとするのだろう。まぁ、元来控えめな性格の護だから婉曲的表現もあり、ということにしておく。本当はそういう問題ではないのだが、こっそり護に惚れている弱みだ。
ただ何れにせよ、見てしまったことに対するペナルティは課しておかないと。
私はうっすらと微笑みながら、両手をそっと護の頬に差し伸べた。
相も変わらずよく伸びる頬だった。
はじめまして、広田尚樹と申します。よろしくお願いします。
中途半端な長さで、というかハッキリ短くて申し訳ありません。
これは本来、連続もののプロローグの予定だったのですが、新参者がいきなりオリジナルの話を連続で投稿するのもアレだし、まずは単発で様子を見てみようと思い、このような形での投稿といたしました。
一応ご参考までに。登場するキャラクターの名前(主に苗字)は、空港や飛行場の名称が元になっています。
【10/15追記】本文の加筆ならびに修正実施
【10/16追記】属性(?)変更に伴いサブタイトルを追加