遊矢はデュエルの高揚感だけが残っていた。
「遊矢、大丈夫?」
心配そうにのぞき込んでくる幼なじみに生返事を返して、遊矢はあたりを見渡す。見慣れない天井。間仕切りのカーテン。そして遊矢が寝ているあんまり寝心地がよくないベッド。どうやら学校の保健室のようだ。起きあがろうとすると、柚子が無理しちゃだめよとあわてて立ち上がる。
「柚子、オレ、なんでここに?」
「覚えてないの?」
驚いたように聞き返す柚子に、気まずくて苦笑いしたまま遊矢はうなずいた。思いだそうとするのだが、かすみがかった記憶の彼方はぼんやりとした高揚感に満たされているだけでなにも浮かんでこない。あの高揚感を遊矢は知っている。ずっとわすれていた感覚だった。まだ遊矢の世界がちっぽけだったころ、お父さんが舞網市のヒーローだったころ、みんなでわいわいデュエルをしたときいつも感じていた高揚感。デュエルが楽しくて楽しくてたまらなかったころの気持ち。遊矢がお父さんみたいなデュエリストになりたいという夢を抱くにいたった、原点とも言うべき大切な記憶。突然失踪したことでその夢は具体的な形を帯びる前に、なりたい、から、ならなければ、になってしまった。具体像が描けないまま時間が過ぎて、焦燥感だけが先にあり、意固地になってしまっていると自覚しながらなにもできないでいる。模索するにもどうやって?が先立ち、立ち止まってしまっている。そんな遊矢にとって、目が覚めるような鮮烈な感情だけが強烈に残っている状態だった。きっと楽しいデュエルをしたんだ、そんな気持ちだけが今のふわふわとした遊矢の頭の中でうかんではきえていた。
がらがら、と保健室の扉が開かれる。権現坂の声に遊矢はどーぞと促した。
「大丈夫か、遊矢は・・・って起きたのか」
「ありがと、権現坂。遊矢は今起きたところなの。無理しちゃだめよ、遊矢」
「あーうん、ありがと?」
「その様子だと覚えてないのか?」
「そうみたい。なんか記憶が飛んじゃってるのかな?」
「そうか」
「なあなあ、ふたりだけでしゃべってないで教えてよ。オレ、なんでここで寝てるんだ?学校に帰る途中じゃなかったっけ」
柚子と権現坂は顔を見合わせる。遊矢は不安げに二人を見比べる。交通事故にあった?いや怪我はない。病院で目が覚めるだろうしお母さんもきているはずだ。事件に巻き込まれた?それなら警察がいるはずだ。お父さんが失踪した前後の警察の動向をつぶさにみてきた遊矢は経験上、ある程度は知っているつもりだ。さっぱり思い出せない遊矢は疑問符が飛んでいる。柚子は言葉を探しながら言った。
「ねえ、遊矢。城前克己さんって知ってる?」
遊矢は瞬きした。
「城前克己って、あの城前克己?決闘者の?」
「うん、そう」
「知ってるもなにも、今の舞網市で知らない決闘者っている?こないだの実況みんなでみたばっかじゃないか」
なんで今世間を騒がせている有名人の名前が出てくるのか、遊矢はてんでわからない。遊矢の反応を見て、柚子は権現坂に視線をとばす。なにがどう関係あるのかわからず遊矢は眉を寄せた。
城前克己は、1年ほど前から舞網市を中心に活躍しているアマチュアデュエリストである。今年行われるプロデュエリストの登竜門ともいうべき、世界大会の予選に参加するためにやってきたと噂されており、その実力は折り紙付きだ。アクションデュエルのプロを目指すなら、レオコーポレーションのお膝元であるこの町に拠点を構えるのが通例なのだ。年齢は17だから遊矢たちより3つ上。出身は地方都市である。大きな大会になるとデュエルの専門チャンネルは連日連夜実況を行っており、遊矢たちもテレビにかじりついている。エクシーズ召喚を駆使して戦う彼は、アクションデュエルに挑戦しはじめてまだ日が浅いにも関わらず、すさまじい速度で上達しているのだ。もともとスタンダードデュエル専門だったというのだから、プレイングはお墨付きである。遊矢は城前克己というデュエリストが結構お気に入りなのだ。純粋にみていて楽しいデュエルをするから。お父さんとはまた違うあこがれ、有名人に向けるあこがれを遊矢はもっている。
「遊矢ね、倒れたのよ」
「え、いつ?」
「今日、学校の帰り。ほんとに覚えてない?」
遊矢は首を振る。
校舎のチャイムが鳴り響き、下校時刻を告げる放送が流れる夕焼けの通学路を柚子と権現坂と歩いていたのはぼんやりと覚えている。今夜行われる世界大会の予選の第二回戦に城前克己がでるのだ。舞網市から未成年のプロデュエリストがでれば、赤馬零児につづいて2人目となる。そういった期待もあり、報道は結構過熱気味であり、遊矢たちもそれを一生懸命応援しているところだった。次の対戦相手について予想しながら歩いていたはずである。柚子はためいきをついた。
「気づいたらいないんだもん、びっくりしたのはこっちよ」
「え?」
「一緒に歩いてたはずなのに、いきなり消えたからな。探したぞ」
「え、え、怖いこというなよ、ふたりとも」
「遊矢が覚えてないんじゃ、どうしようもないけど・・・・ほんとに覚えてないのよね?」
遊矢は大きくうなずくほかない。
「そーよね、覚えてたらのんきに城前さんのこというわけないもんね」
「そうだな。ほんとうに記憶が飛んでる」
「さっきからなんなんだよ、ふたりとも」
「あのね、遊矢。落ち着いてきいて?遊矢はね、河川敷で倒れてたらしいのよ。ほら、あの赤い橋の下のとこの」
「はあっ!?おれが!?あっちって通学路の反対じゃん!」
「だから驚いたといっただろ、遊矢。城前さんがいなければ、行方不明扱いで大騒ぎになってたところだ」
「え、も、もしかして、オレを見つけてくれたのって城前とかいう?」
「そのまさかだ」
「えええっ!?」
「××先生がいうには、遊矢はふらふらしてて、心配だからってついてきてくれたみたいよ。制服からここの生徒だろってことしかわからないから、あとはお願いしますってかえったらしいけど」
「城前さんが言うには、家に連絡するのは嫌がるし、警察は拒否されるし、ほっといてくれって言われたけど、足取りがおぼつかないから気になったらしい。今は大丈夫なのか、遊矢?」
遊矢はうなずくしかなかった。まるで夢遊病である。たしかに今日は眠かった。授業中もあくびをかみ殺すのに必死だった。昨日買ったパックに生まれて初めてエクストラデッキに入るエクシーズモンスターが手には入ったのだ。テンションがあがりきってすっかり夜遅くまでデッキ調整したことは反省しなくてはいけない。それでも一番眠かった時間を乗り越えればわりと頭はすっきりしていた。まさか起きたまま寝てしまったのだろうか。それを口にしたものの、柚子たちは明らかにそれは違うと口をそろえる。現に、もう6時を回っている。2時間も寝ていたのだ、遊矢は。それはもうぐっすりと。いくらゆすっても起きない。突然の急変である。柚子たちが心配するのも無理はない。城前が目撃した遊矢は、お父さんが失踪して絶望のただ中にいたころの幼少期の遊矢そのものだったからである。今でも影を落としている最愛の父親の失踪は、遊矢の精神的な成長を著しく妨げていることを幼なじみたちはよく知っている。表面を取り繕うことを覚えてしまった遊矢が心配でたまらないのだろう、それはよくわかっている遊矢である。今回ばかりはてんで記憶にないが、どうした?と聞かれたら、さあ?としかいえない。
「ぜんぜん覚えてないなあ・・・・・・なんで思い出せないんだろ。あの城前だろ?城前克己だろ!?あー、もう、なんでサインもらわなかったんだろ、オレ!デュエルしてもらったのに覚えてないとかーっ!!」
遊矢の絶叫に柚子たちは目を丸くする。
「デュエルしてもらったって、それほんと?」
「思い出したのか?」
「ぜんぜん?だからいやなんだよ!なんかこうさ、すっごく楽しかったって感覚は残ってるんだ。すっごく白熱したデュエルみたあとみたいな、一進一退のどきどきするデュエルしたあとみたいな、そんな感覚は残ってるんだ。でも、ぜんぜん思い出せない!」
笑いながら説明する遊矢に、ふたりは少しだけ肩をなで下ろしたのだった。
「あれ、オレのエクシーズ、こんなカードだったっけ」
《オッドアイズ・アブソリュート・ドラゴン》を手に、遊矢は首を傾げた。
新たなるデュエルの幕があがる、数ヶ月前の話である。
十六夜アキは、ずっと溺れる魚の夢を見ていた。苦しかった。突き落された水の中で生まれた哺乳類、もしくは乾いた大地に投げ出された魚のように息苦しい毎日を過ごしていた。呼吸するたびに耐えがたい苦痛を感じた。ここにいることに対する違和感がすべてだった。それはいつしか、ひとつの感情を抱かせた。はじめはおぼろげながら、しだいにはっきりと。思うだけでも恐怖だったのに、次第にそれを思うだけで呼吸が楽になるとんかると落ちるのは早かった。そして、誰にもいえないひとつの夢となり、それを叶えてくれる人が現れたことで、ようやくアキは楽になった。アキの夢それは。す
「大丈夫か?」
覗き込む少年にアキはあたりを見渡した。簡素な部屋に寝かされていた。
「あなた、誰なの?」
「俺はユートだ」
「ユート、ね。どうして私はここに?」
「覚えていないのか?」
驚いたようにユートはアキを見る。そして、くだけた仮面を差し出した。
「これに見覚えは?」
ずきりと頭が痛むのか、くらりとしたアキはベッドに沈む。大丈夫か、と心配そうに覗き込むユートに、ええ、と言葉短くアキは答える。見覚えがあるもなにも、その仮面こそがアキの存在理由だった。砕け散った仮面を見ていることで、おぼろげだった記憶がゆっくりと蘇ってくる。
アキが敗北したのは、ユートではない。もっと長身で茶色いウルフカットの青年だった。シンクロ召喚が普及しているこの次元で、エクシーズ召喚、しかもナンバーズなんて特殊なカードを使う人間が自分たち以外にいるのは初めてだったから、強烈に覚えている。アキを制御できない超能力の苦しみから救ってくれた人から、危険人物だから排除しろと言われたのだ。双子の兄妹が攫われたから奪還しろと言われて。託されたカードを元にデュエルを挑んだ。そしたら、彼はそのカードが魂というのなら、魂ごと狩らせてもらうと宣言したのだ。敵対するしか道は無かった。
彼はエクシーズ主体のデッキの使い手だった。自由にランクが変えられるかわいらしい学園もののモンスターたち、そこから繰り出されるのは、希望皇ホープというナンバーズ。多彩なRUMによって繰り出されるナンバーズを専用で釣り上げる蘇生効果を持ったホープドラグーン。一度は葬ったはずの銀河眼の時空竜を蘇生され、FAと名のついた時空竜にランクアップ。そのドラゴンの効果でアキの融合モンスターが破壊され、ダークマターという名がついた時空竜によってデッキから特殊召喚できたはずのモンスターを3体除外。フィールドががら空きな中、2回攻撃されて敗北を喫した。後攻ワンキルだった。あの時の宣言が正しければ、アキのデッキにあったはずのブラックコーン号はもうエキストラから抜かれているはずだ。
「無理をしない方がいい。カードに乗っ取られた人間は、しばらく本調子に戻るまで時間がかかるそうだ」
「いえ、覚えているわ」
「そうか。やはり、城前の言ったとおりか。この次元出身であるはずの君がどうしてナンバーズを持っていたのか。何があったか、聞かせてくれないか」
「どうして?」
「俺達はそのカードをばらまいた人間を捜している。そのカードはこの世界にはあってはならないものだからだ。人間の心にある感情を増大させ、それを巣食って形を成す。やがて持ち主を乗っ取って破壊行為を繰り返す。ナンバーズと呼ばれているカードだ。トップスの君がなぜこんなものを」
「これがないと生きていけなかったからよ」
「なんだって?」
「見たんでしょう、私のおぞましい力を」
アキは顔を覆った。
「パパもママも離れていったわ。受け入れてくれたのはディヴァインだけだった。あの人のためなら私は何だってするわ。たとえそれがトップスに対するクーデターだとしても」
「ディヴァイン……それが君のところの親玉の名前か」
「あなた、一体何者なの?」
「俺も詳しいことまではわからない。ただ言えるのは、もうすぐこの世界は別の次元によってクーデターが起こされるだろうということだ。誰もかれもカードにされて連れて行かれる。君も。俺達はそれを止めるためにここにいる。ランサーズ、それが今俺達が所属している組織の名だ」
「ランサーズ」
アキは顔を上げた。
「ディヴァインが言ってた反逆の芽ってあなた達のこと?」
「……そのディヴァインは本当にこの世界の人間なのか、調べる必要がありそうだな」
「待って。私とデュエルしたのは、貴方じゃなかったはずだわ。彼は今どこに?」
ユートは背を向けた。
「今は止めた方がいい。君はまだ体にダメージが残っているはずだ。それでも知りたいのなら父親にお願いして、あのデュエル大会に連れてきてもらうといい。それが条件だ」
待って、と言いかけたアキの言葉を無視して、ユートは足早に部屋を去る。ユートにとって、ナンバーズの回収が最優先事項である城前の動向こそが最優先だったからだ。もともとユート達と共にスタンダード次元にやってくることに城前は乗り気ではなかった。エクシーズ次元でも、スタンダード次元でも、この次元でも、ましてや融合次元でもない、精神体ばかりが存在するアストラル世界という高次元に居場所を彼は求めている。彼が帰りたい次元は、ユート達が使用している次元跳躍の装置が捕捉できないところにあるため、どうしてもアストラル次元に力を貸してもらう必要があるという。その条件として、ナンバーズを回収し続けているのだ。スタンダード次元やこの次元にまでナンバーズをばら撒いている存在が発覚するまでは、隙あらば城前は戦線離脱しようとしたため、いつしかユートと黒咲のどちらかが傍にいることになっていた。城前は強かった。それにスタンダード次元に近い世界から来たためか、知識が凄まじく豊富だった。エクシーズしか馴染みがないユート達がある程度LDSに立ち回れたのは、城前が提供してくれた知識があったからでもある。ナンバーズをばら撒く存在を感知した時、城前はユート達の目を盗んで姿をくらまそうとするのを辞めた。ただし、今度はナンバーズを感知すると、すぐにそちらに行ってしまうようになった。城前はなんでおれに構うんだよ、と日々ユート達に愚痴っている。なにをいまさらという話だ。それだけユートたちの付き合いは長く、そして思い出を語り合うくらいには親交が出来ている。異邦の世界での立ち回りをよく知っている城前がいるのだ。頼らざるを得ない部分は多岐にわたる。城前が思っている以上に、ユートも黒咲もその存在をあたりまえのように思い始めているのだ。
しかし、城前にとっては、想定外もいいところのようだ。ユートが城前と話す時、注意深く様子を窺うとちゃんとユートの目を見て話していない。あるいは意識がそこにはない。あきらかになにか別のものを見ている。ユートの向こう側に誰かがいる。それに向かって話しているように思う。城前は何度も黒咲から指摘されているが、そーかあ?と疑問符を飛ばしているので、完全に無意識のようだ。余計にたちが悪い。その違和感に酷く胸がざわつく。目を見て話せと黒咲が低い声でいうのはそのためだ。城前はお互い様だろ、と笑う。たしかに置いてきてしまったレジスタンスの仲間に重ねることはあったかもしれないが、それはもう何カ月も前の話だ。ユートは城前はエクシーズ次元のデュエリストではないかもしれないが、仲間だと思っている。直接確認したことはないが、おそらくは黒咲も。
でも、城前はなぜか仲間だと黒咲やユートから言われるたびに、ひどく動揺する。目の奥がゆらぐのは何度も見てきた。城前を気にかけたり、仲間だと意識するような発言や態度をとったりするたびに、酷く動揺し、ぐらつくのが目についてしまう。すぐに煙に巻いてしまおうとする舌先三寸に黒咲が喧嘩を吹っ掛け、言い合いになるのは何度目になるか分からない。
ひどくもどかしい、はがゆいものを抱えながら、ユートはドアをノックした。
「城前、入るぞ」
ユートが真っ暗な部屋に入ると、モニタの光源の前で寝落ちしている後姿がうつった。いつかのように上着だけ放置されていないか、一瞬ヒヤリとしたが杞憂で終わった。城前、と呼びかけ、明かりをつけるが微動だにしない。何を調べていたのかと覗き込めば、この次元で過去に起きた事件が履歴に並んでいる。この次元がまだトップスとコモンズにわかれるきっかけとなった、爆発事故が重点的に調べられていた。ユーゴのデュエルディスクや次元を超える動力源となったユートの知らない技術の結晶、モーメント、その研究所がこの街を一瞬にして瓦礫にかえた陰惨な過去の残痕。その再開発による様々な歪みの結果、今のシンクロ次元は生まれている。一瞬にして街を崩壊させたゼロリバースによって亡くなった技術者をリストアップしているようだ。黒咲から知っている顔を思い出せなくなるから辛い、と怒鳴っていたと聞いたユートである。この次元でもよく似た人間を見つけてしまったのかもしれない。クロウの世話になった孤児院に匿ってもらった双子の兄妹、彼らを連れ戻しに来たアキ。アルカディアムーブメントに所属する彼らを見て影がおちたのをユートは目撃しているのだ。唇をかむのは城前の悪癖だ。なにかたいせつなことを思い出してしまって、暗い気分になる時はたいてい唇が白んでいる。
本来行くはずだったアストラル世界、あるいはもとの世界へ想いをはせているのは時々目撃する。そのたびに城前が遠くにいるような気がして、つい話しかけてしまう。黒咲は気に入らないようで舌打ちをしたのち不機嫌になるのをたしなめるのはユートの役割だった。でも、正直気持ちは同じだった。LDS狩りをしたい黒咲やユートに背を向け、城前はすぐ行方をくらましてしまう。ナンバーズを使って大会に入賞し、マスメディアやネットに情報を拡散させる、というエクシーズ次元でやっていた手段はスタンダード次元でもシンクロ次元でも有効だったのはいうまでもなかった。謎のエクシーズ使いの噂はすぐに広まり、ナンバーズの使い手となったデュエリストと戦っていた。城前はナンバーズを集める使命がある。それは何よりも優先されることであり、それはユート達も承知していた。その結果、赤馬零児との接触が早まったのは皮肉ではあったが。
未だにユートはチャンピオンシップで戦った相手がバリアンだった時、城前が堪えるような表情だったのが忘れられない。城前は自分のことを語らないデュエリストだ。頼りになるが寂しくはあった。
「おい、城前、起きろ。こんなところで寝ていたら風邪をひく」
「……おー、ユート、おはよう。やべえ、寝ちったか、おれ。寝落ちかよ、うあー、ねみい」
くあ、と欠伸をした城前は大きく伸びをした。こういうところは普通の青年にしか見えない。ユートは苦笑いした。
「城前、何を調べていたんだ?」
「んー?ああ、歴史のお勉強をちょっとね。こっちもなんかやらかしてないか、気になっちまってさ」
「どうなんだ?」
「ちらほらきな臭い奴らが見え隠れしてるけど、まーびみょー。んで?そっちは?わざわざ聞いたってことは、なんか手に入ったんだろ?」
「ああ。十六夜アキが目を覚ました。城前の見立て通り、彼女はサイコデュエリストのようだ。アルカディアムーブメントがビンゴだ。ディヴァイン、というそうだが」
「ディヴァインねえ」
「この次元の人間ではない、あるいは別次元の人間と接触している可能性がある。ナンバーズを渡したのはその男で間違いないようだ。気を付けた方がいいだろう」
「だよな、黒咲たちには頑張ってもらうとして、おれ達はやるべきことをしようぜ」
「ああ」
始めこそ、サイコデュエリストという言葉を初めて聞いたユートだったが、城前はさして驚く様子を見せず、教えてくれた。ユートたちのデュエルディスクが、レオコーポレーションの技術もなしで、カードを実体化させることができる。ひとえにサイコデュエリストであるあの研究者の弟の協力あってこそらしい。もともと弟はそういった素質があり、バリアンやアストラル次元の影響を受けるため苦労していると聞いてなるほどと思ったものだ。それを救うために研究者を志した青年に、城前がナンバーズ回収の協力要請をするわけがない。しかし、サイコデュエリスト、なんてオカルトまがいな単語がすぐ言葉が出てくるあたり、城前の世界でも一定数認知されていたのかもしれない。
「城前、あまり無理はするなよ」
「え?なんだよ、突然」
「まえから思っていたが、ナンバーズに操られている人間はナンバーズが浮き出るらしいな。城前もそのエキストラのナンバーズを使うたびに刻印がでるだろう。影響はないのか?」
「ユートのそういうとこ嫌いだよ」
「すまない」
「そういう謝るとこもな。おれが悪いみたいじゃねーか。大丈夫じゃなかったらやってねえよ、大丈夫だからおれはナンバーズ回収すんのにうってつけなんだから。それにこれがあるから大丈夫」
城前が掲げるのは、ずっと持っている黄金色のカギ。高次元体から預かったというそれは、記憶の断片であるナンバーズを返す時に接触するのに使っているそうだ。城前はずいぶんとその持ち主を信頼しているようだ。おれがいなくても大丈夫だ、と断言されるくらいにはユートたちも信頼されているらしいが、黒咲の言葉を借りるなら気に入らないというやつである。城前はすぐにどこかにいってしまう。ともに歩く人間の存在に配慮すらない。文句を言えばいたのかと驚かれるのはどういうことか。一方的な好感をもって接触してくるくせに、返そうとしたらひかれてしまう。そんな感覚がある。ユートは未だに城前がよくわからないでいた。
「ディヴァイン、ディヴァイン、っと。やっぱあったぜ、ユート。こいつだ」
どっかで聞いたことがあんだよな、と城前が開いたページには、ジャック・アトラスとデュエルをした挑戦者たちの特集記事だ。そのなかに、ディヴァインという男がいた。
「サイキック?超能力を使うモンスターのテーマなのか?」
「アキちゃんが言ってたことを考えると、そういうことだよな。サイコデュエリストの総師っぽいデッキじゃねーか」
切り札であるメンタル・スフィア・デーモンがジャックのクリムゾン・ブレーダーに破壊されているところが見えた。
「問題は、なんでおれたちが双子を匿ってくれってお願いしたその日に、お迎えが来ちまったかってことだよ。いくらなんでも早すぎだろ、サイコデュエリストってテレパスでも使えんのかよ」
「見た限りでは、そうは見えなかったが」
「だよなあ。ルアもルカもそんなそぶり見せてなかったし。そもそも、アルカディアムーブメントはトップスの組織だろ、コモンズのが絶対数多いのに、支部がねえのはおかしい。アキちゃんはトップスだろ、どうやってくるんだよ」
「……内通者か」
「やっぱそうなるよなあ。リンちゃんが連れてかれた時も、コモンズからどうやって探し出したんだよって話だし。ま、手っ取り早いのは、仲介者がいるってことだよな。そいつをあぶりだそうぜ、ユート。話はそれからだ」
城前はにいと笑う。おそらくテレビを付ければ、コモンズとトップス、そしてランサーズで行われるデュエル大会の実況生中継が流れているだろう。あいつらが心配ならアキちゃん連れて行ってこいよ、と言われるが、ユートは首を振った。城前はじぶんのやり方でナンバーズを狩ると抜かしているが、トーナメントでトップス枠で登場した青年を見て、硬直していたのを忘れたとはいわせない。ナンバーズはまだ確認できないが、エクシーズ使いがいる時点であの青年はおそらく、敵である。ナンバーズを回収したところで、影響を受けずに管理できる城前が来なければ意味はないのだ。
城前が内通者からディヴァインに近付こうとしているのなら、それに付き合うまでだ。アルカディアムーブメントにバリアン次元の勢力、融合次元の刺客、両者とも見え隠れする時点で、ユートの答えはひとつだった。
「さあ、いこうぜ、ユート。お楽しみはこれからだ」
城前が今まで愛用していたデッキは、九十九一馬から預かった、本来ならば九十九家の長男が使用するはずだったデッキである。アストラル世界からこちらの世界に来るときに、半分だけが人間界に落ちて、それが人の形となり九十九家にやってくる。そのときを前に、ナンバーズを使用することを前提としてエクストラデッキがないにも関わらずエクシーズ召喚を前提としたギミックが搭載された奇妙なメインデッキが生まれた。そのデッキの意味を知らないまま、両親の形見だと大事に持っていればそれなりに苦労はしただろうが、この世界にアストラルからの使者はこなかった。そして城前がきた。城前がナンバーズを扱える人間だったことが、一馬にデッキを託すきっかけだったようなものだ。次元を越える旅路を終えた城前は、一馬にデッキを返すことにしたのである。OCG次元に帰る前提だったから、いつか返すつもりではいた。
「ほんとうにいいのかい?君はエクシーズを使いこなしていたように見えるが」
「そりゃ、もちろん愛着がわいてるし、寂しくないかって言われればそうですけどね。でもこれはおれのデッキじゃない。それは一馬さんもわかってるでしょう?違いますか?」
「それを言われたら、オレは強くでれないな。はは」
一馬は困ったように笑った。そして、受け取る。
「ひとつだけ。いいかい、城前君」
「はい?」
「アストラルの使者と友好を深めたようだが、彼、いや彼女?はどうだった?いい子だったかい?」
「はい、そりゃもう。めっちゃいいやつでしたよ」
城前は笑った。
「そうか」
一馬はどこか寂しそうにうなずいた。結局城前は一馬にアストラルの使者について詳しく説明することができなかった。我慢していたものがあふれ出しそうだったからだ。
もしかしたら、一馬は本来遊馬とアストラルに分かれるはずだった、アストラル世界の使者と会ったことがあるのかもしれない。アストラルのような性質と遊馬のような性質を混ぜ合わせた不思議な雰囲気の精神体だった。城前と交流をはかることで少しずつ人間を学び、遊馬でもない、アストラルでもない、第3の人格を獲得したその精神体は、ゼアルほどハートランドの人々と交流をもつことはかなわなかった。次元戦争とバリアンとアストラル世界の戦争が複雑に絡み合い、交流を持つ機会に最後まで恵まれなかったことが悔やまれる。一緒にいてくれといいたかった、と精神体はいった。アストラル世界とバリアン世界は双方が疲弊し、結局冷戦は一時的な停戦という形でつかの間の平和となったにすぎない。人間に近づくことはカオスになることを意味する。城前やランサーズたちと近くなりすぎた彼、もしくは彼女がアストラル世界に残ることを選択した時点で、城前はその行く末を察してしまう。一緒にいこうとさしのべられた手は拒まれた。君の中で死なせてくれ、とアストラル世界の使者は笑い、崩壊する扉を閉ざした。
「ずいぶんと都合がいいことを言うな、城前」
崩落する後ろを振り返ろうとするたび、その手を無理矢理ひきずるのは黒咲である。やがて断絶する亀裂が隆起していくにしたがい、城前はアストラル世界に戻ることを諦めた。
「俺たちには黙って消えるつもりだった癖に、あいつには甘いことばかりいっていたな」
冷たいまなざしに、だってあいつは、と言い掛けて城前はやめた。城前とアストラルの使者の会話はいつだって鍵の中にある遊覧船の中で行われた。誰も知らない。城前が教えたことだけが真実となる。
アストラル世界に続く道が閉ざされた。OCG次元は黒咲たちが使っている次元転移装置ですら捕捉できない時間軸に存在している。技術の進歩を待つか、この世界にあるはずのアストラル世界とつながる別の扉を探して世界をさまよい歩くか、方法は思いつくものの、どのみち城前はこの世界で生きることを意味している。なぜならアストラル世界とバリアン世界の戦争に身を投じなくてよくなったと同時に、ヌメロン・フォースの力をあてにすることはできない。融合次元の干渉により意図的に、生まれるはずだった英雄たちが排除された世界で、城前はこれからをいきることになるのだ。改変されなかったその先になにがあるのか。それを思うと口にすることはアストラルの使者も黒咲たちも侮辱している気がしたのだ。
「だってあいつは?なんだ」
先を促す黒咲に、城前はいう。
「だってまだこんくらいの子供だぜ?下手したら遊矢より下の。お前らと同じ扱いなんてできるかよ」
その言葉の真意を探ろうとする金の目から逃れるように、先をいく。
「さあ帰ろうぜ、黒咲。お前らの世界にさ。これでいつ帰れるかわかんなくなっちまった。しばらくはカイトんちか、一馬さんちに居候だな」
目を見開いた黒咲だが、すぐにその口元はつり上がる。
「いいご身分だな」
「仕方ねえだろ。改変すらできなかったんだ。おれなんて存在してねえはずのやつをどうやってハートランドが受け入れるんだよ。戸籍とかしっかりしてそうじゃん?」
「方法くらいいくらでもあるだろう」
「へえ、たとえば?」
「そうだな。たとえば・・・・・・」
「なにをしているんだ、城前?」
「よお、黒咲」
初日の洗礼を終えた城前は机に突っ伏している。疲れたあ、と大げさにぼやくのはきっと××年ぶりの学校生活が思いの外ハードスケジュールだったからに違いない。記念すべき1日目が終わった感想を聞けば、こんなにきつかったっけ、ときた。このあとで部活に繰り出していたことが信じられない、とグラウンドにばらつき始めた生徒たちをみて城前はいう。
「部活に入るのか?」
「いんや、当面はバイト探しだな。お金貯めて早いとこ一人暮らししてえ。っつーわけで、これからよろしくな黒咲先輩?」
黒咲が提示したのは、黒咲の所属するプロデュエリスト養成所に進むことだった。その条件を満たすために、本来学ぶべきことを学びなおし、修了証書を手にするのに1年と少しかかってしまった。社会人になってすっかり忘れていたことを学び直すいい機会になったと死んだ目になりながら城前はいったのを黒咲は記憶している。優秀な成績を収めれば学費はある程度免除がきく上に、寮も存在している。黒咲は崩壊する前のハートランドにおいて、城前が大会で優秀な成績を収めた記録が残っていると知っている。これを提示し、ハートランド側が後見人になれば、その一枠をもぎ取ることは可能だと考えていた。そして城前は実際にやってのけた。
『プロのデュエリストにはならねえよ、いやなれないんだ』
かつて口にした言葉がある。今はプロもいいかもしれない、と笑う城前がいる。城前にとっては痛みを残しながらではあるけれども、前に少しずつ進んでいる。黒咲にとっては、ほかならぬ城前から否定された未来が近づいてきている手応えが確かにあった。
「ところで城前」
「ん?なんだよ、黒咲先輩?」
先輩よびの違和感に眉をひそめる黒咲がおもしろいらしく、今の城前のマイブームは先輩扱いである。ユートや瑠璃にまで先輩と付け始めたずいぶんと大きな後輩は、不思議そうに瞬きをした。
「お前がナンバーズハンターの時に使っていたデッキはもうないんだろう?どうするつもりだ?」
「お、情報はやいね。そーだよ。ここに通うことになったから、デッキは一馬さんに返してきたぜ。もともとあの人の息子さんのデッキだしな」
「息子?あそこにはあの記者しかいないんじゃないのか?」
「ただしくは生まれるはずだった、がつくけどよ」
城前の発言に九十九家のプライバシーを深読みした黒咲は、そうか、と納得する。黒咲のあたまの中では近からずも遠からずなストーリーが展開されている気配がするが、それを訂正する気はない。
「久しぶりに使おうかと思ってんだ、このデッキ」
差し出されたのは、ずいぶんと使い込まれたスリーブとデッキケースである。みる?と言われて、いいのか、と黒咲は思わずいう。決闘者にとってデッキは命ともいえるものだ。それを躊躇なく渡されることは信頼のあかしなのか、たんなる考え無しなのか、どちらも予想できるからわからない。
「いやだって入ってるカードがカードだからさ、プロ志望ならどんなカードがOKかわかるだろ?査定してくれよ」
そういうことなら、と黒咲はメインデッキとエクストラデッキを受け取る。1枚1枚確認した黒咲はため息をついた。お前、と言いたげな眼差しに気づいたらしい城前は、あはは、と頬を掻く。
「あ、やっぱだめ?」
「当たり前だ」
「ですよね」
「お前のいた次元はどういう次元なんだ」
「どうってそりゃ、遊矢たちの世界が一番近いよ。前もいっただろ?」
「《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》、《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》、しかも遊矢が使ってないオッドアイズが平然と入ってるデッキのどこが近いだ。そのものだろう」
「おれの世界ではこれが普通だったの!環境入りはしてなかったけど、まだまだこれからって感じのテーマだったから、おれは好きだったの!好きなんだよ!好きなテーマ回してなにが悪い!」
「落ち着け、城前。俺は別に使うなとはいってない」
「でもそれっぽいこといったじゃねーか」
「違う。俺がいいたいのは・・・。いや、いいか。城前はもうただの人間だ、今更蒸し返すこともないか」
「は?」
「とにかく、この世界にペンデュラム召喚は早すぎる。俺やユートと決闘するときは使えばいいが、それ以外はやめておけ。デュエルディスクにそもそもペンデュラムゾーンがない」
「あ、そっか。こっちの世界だとレオコーポレーションのやつじゃないんだっけ。すっかり忘れてた。さんきゅー、黒咲。そっかあ、それは盲点だった。やっぱ1から組み直すかな」
「ああ、そうしろ」
「へへっ、そうと決まればやることはひとつだよな!せっかくの放課後なんだし、黒咲、いつもカード買ってるショップ教えてくれよ!今日はどっか食べにいこうぜ!」
「なんだいきなり」
「えっ、だめか?」
「いや、特に用はないが」
「ならいーじゃん。せっかくの学生生活なんだし、それっぽいことさせてくれよ。寮だから8時30分までには帰らねえといけないんだ」
黒咲は仕方ないなと肩をすくめる。
「やりい、そうじゃなくちゃ」
「もちろんお前のおごりだろうな、城前?」
「え゛」
「まさか先輩におごらせる気か?」
「いや、そこは優しい黒咲先輩がかわいいかわいい後輩のために人肌脱ぐところだろ」
「RR組むなら考えてやるが」
「ぜってえやだ」
「なら俺にとってはかわいい後輩じゃないな」
「このやろう、こういうときだけ先輩面しやがって」
「男2人もなんだ。ユートと瑠璃もよぶか」
「え、まじで?いいけど、え、もしかして3人分おごる流れ?!」
「違うのか?」
「勘弁してくれよ、軍資金がなくなる!」
「そのカードを売ったらどうだ」
「いやいやいや、おれまだ帰るの諦めたわけじゃねーからな!?」
「そうか」
「いやなんでそこで残念そうにため息つくんだよ、黒咲!?」
城前は大げさに驚いてみせる。いらっとした黒咲はユートたちに電話をかける。よろこべ、今日は城前のおごりだ。やめろぉ!必死な声が聞こえてくる。携帯越しのユートは苦笑いの気配がした。
『黒咲、うれしそうだな』
「否定はしない」
カードショップにて。
「やっぱライトロード組もうかな、おれが一番最初に組んだデッキだし」
「いいんじゃないか、城前。ホープは光属性だったからな」
「だろだろ!?今回はコピーカード(ということになっているOCG次元のカード)のホープもライトニングもちゃんと入ってるぜ!」
「ライトニングか・・・・・・」
「露骨にイヤな顔すんじゃねえよ、俺の考えてるデッキだとお前のエースに対する回答はライトニングしかねえんだよ。出せなきゃ死ぬんだ。そもそもお前のエースは出しやすさと強さが釣り合ってねえ」
「俺がフィールドに呼ぶ前にチェーンで容赦なくつぶしてくる癖によくいうな」
「ふざけんな!通常魔法だからまだチェーンでつぶせるけど速攻魔法だったら終わってんだよ割とマジで!頼むから先行でアルティメット・ファルコンぶったてるのはやめようぜ?な?」
「オネストで無理矢理突破してくる奴がなにを」
「今度は次元の彼方にラスト・ストリクスをとばしてやろうか?それともシラユキで邪魔?あ、そういやシラユキとスキルドレインって相性いいと思うんだけどさ、おれ今からスキドレに魂うってこようかな」
「「それだけはやめろ」」