「人間五十年、妖怪何年?」
あたしは切り株に腰掛けて酒とつまみを楽しみながら目の前の妖怪の娘に問いかけた。
「また随分と変なことを悩んでいますのね」
どこか呆れた様に私に言うスキマ妖怪の彼女、名を八雲紫。美しい金髪と豊満な身体、薫製にしたら美味しそうな素晴らしい娘だ。いや肉じゃがでも良いかもしれん。
「だが賞味期限とは大切なものだろう」
「そういう意味じゃありませんわよ、それ」
「なにを馬鹿なことを」
相変わらず少しばかり間の抜けた娘だと思う、どこからどう聞いても賞味期限のことではないか。彼女との会話はこういう所が面白い、何と言えば良いのか、少し抜けているのだ彼女は。しかし、それでも妖怪の賢者の名は伊達ではない、私の料理に使う調味料も彼女の能力がなければここまで増えなかったと思う。
「それにしても……、柿酒でしたか、これ? とても美味しい」
「何年か前に、タンコロリンと言ったかな? 柿の精と仲良くなってね、見逃す代わりに身を幾つか貰ったんだ。風邪にも効くから、ひいたらおいで」
「このサラミは?」
「天狗と人間の合い挽きだよ」
「……相変わらずの同族食いですね」
「天狗が天狗を食べたっていいだろう、だいたい妖怪がそういうのを気にしてどうするというんだね。あたしゃ食いたい物を食うためにこそ自分は妖怪に成ったんだと信じているよ」
そういえば、とこの前思いついたことを紫君に話す。
「実は今度ね、全国食い歩きの旅でもしてみようと思っているんだけれど」
「また随分と恐ろしいことを考えましたのね」
紫君が死ぬ程つまらない冗談を聞いた、とでも言うような引きつった笑顔を浮かべた。
「その時は一緒に来ないかね」
「それは非常食として?」
「何を馬鹿な」
その日の昼弁だ。
「ベーコンは好きかい?」
「なるのは嫌いです」
「それは残念だ」
ため息を吐く紫君。紫君は「それはさておき」と言ってから居住まいを正してこちらを真剣な眼差しで見つめて来た。
「今日はお願いがあって来ました」
「ほう珍しい」
「近々、私は幻想郷という場所を作ろうと考えていますわ」
「おお、確か紫君の夢だったね、人と妖怪の理想郷だったか」
あたしはそこまで口にしてからはたと気が付いた、私はこれでもそこそこ名の知れた大妖怪だ。あたしがふらりとどこかへ寄るだけで、その辺り一帯の妖怪が夜逃げをするくらいには恐れられている。ということは、これはアレだ、手伝って欲しいとかそういう類いの頼みに違いない。いやぁ水臭い、そんな居住まいを正さなくとも、あたしと紫君の中だ、人間妖怪牧場、いや違った幻想郷の創設の手伝いくらいは任せて欲しいという物である。
「分かったよ紫君、それで僕は何時頃その幻想郷に行けば良いのだね?」
「いえ来ないでください」
違った。
「未だ弱い
ううむ、酷い物言いである。いや、確かに山一つの天狗を食いつぶしてしまった前科があるだけに反論は難しいのだけれど。あの頃はあたしも若かったのだ、溢れ出る食欲を抑えるのがどうも難しくて、気が付いた時には山猫どころか鼠の一匹ですら寄り付かない山になってしまっていた。目につく生き物は
「しかしね紫君、人間や妖怪というのはそこまで弱いものでも無いだろう、些か過保護なんじゃないかな。少しは敵が居ないと張り合いもないだろう」
「あら、貴方という方を正しく理解した結果ですわ」
「ううむ」
折角の閉じた場所なのだから品種改良とかもやりたかったんだが。
「そういえば、君の所で狐を飼い始めたそうだね」
「藍ですね。ええ、よく働いてくれていますわ」
「はいこれ」
「これは?」
「狐の調理の仕方を書いといた」
「食べないわよ!」
「何? 食べない狐を何故飼っているんだね?」
「藍は式神です!」
「こき使ってから食べるとは君も惨いことをするなぁ」
「……はぁ、頭が痛い」
「頭痛か、頭痛には何が良いんだったかな」
「もう結構です」
暫くはお互いに無言で酒とつまみに景色を楽しむ。
「そういえば先の話しの続きだがね」
「賞味期限の話しですか?」
「うん、人間が五十なら妖怪はとりあえず十倍の五百でどうかと思うんだが」
「ではまた」
「あっ」
せっかくあたしが紫君の妖怪変化して五百年のお祝いをしようとしていたのに、せっかちな娘である。
しかしなるほど、五百年か。ならばその時を楽しみにするとしよう。本当に楽しみだ。
これは、私が幻想郷に行くまでの話しを綴った、ちょっとした食紀行である。どうか皆様にお楽しみいただければ幸いだ。
序章なので短め。お楽しみいただけたでしょうか、文章文法へのご指摘は大歓迎でございます。