デビルサマナー 須賀京太郎   作:マグナなんてなかったんや

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書けましたので更新します。
次話を午前中にあげて(これは多分すぐに更新する)エピローグを午後に更新予定です。


『死と』

 京太郎たちが最深部にたどり着いた時異界の浅層で戦っているハギヨシたちの状況もまた変化していた。

 二体の天使ドミニオンを召喚したフリンがハギヨシと接敵していたのである。

 

「神の威光に従わぬ不浄なる者よ滅するがいい」

 

 二体のドミニオンが発したメギドをメギドラで潰しつつハギヨシは言う。

 

「ようやく前に出てきてもらえましたか。そちらに行く手間が省けて何よりです」

「はっ! 分かってるんだろ? お前がここに居る限りどうしようもないってのはさ!」

「それはどうでしょうかね」

 

 『ミカエルの槍』と呼ばれるテンプルナイトの中でも優秀なものに与えられる聖槍を構え挑発するフリンに、ハギヨシは気にもせずただ微笑むだけだ。

 彼らの傍に誰も居ないのはこの戦いについていける者が居ないことの証明だ。

 ハギヨシ側もフリン側の人間もこの二人の戦いに関われば命がないことを理解しているのだ。

 しかしハギヨシはフリンと二体の天使相手に、隙あらば龍門渕陣営に向かうメシア教信者及び冬獅郎に従うサマナーに向かってメギドラを放っている。このことからもハギヨシがフリンたちよりも実力が上なのは明白だ。

 それを理解してイラつくフリンだがそれで良いと割り切っている。彼の最も大切な役割はハギヨシが最奥へ向かい衣を救出することを阻止することであり、目的は果たせているからだ。

 

「しかし変わったものですね。昔の貴方はもう少し手段を選んでいたと思いますが」

「テンプルナイトですらないただのガキを覚えてたか。もう3年も前になるがなお互い変わるもんだろ」

「ですが……いえ、そうですね。最後までその意志を曲げずにいられるならそれもまた本物でしょう」

「曲げると思うか? 俺の行動は神の御名における神罰よ! ウッドロウ枢機卿もそうおっしゃっていた」

「ウッドロウ、ですか」

 

 表情が曇ったハギヨシだが、それを振り払いドミニオンの首をねじ切りアギダインで肉体を燃やした。

 死亡扱いになったドミニオンに対しもう一体のドミニオンがサマリカームを行使する。これがフリンとハギヨシの戦いで延々とループしていた。なおドミニオンが同時に倒れてもフリンがアイテムで蘇生させるためやはりループは途切れない。

 フリンを狙えば天使が、もしくはメシア教の信者が庇おうとする。ハギヨシ一人では戦況が硬直するのもやむを得なかった。

 

「ただ、一つだけ訂正させてもらいますね」

「あ?」

「確かに貴方は私を足止めできています。ですが既に衣様の元へはもうある方が向かっています。貴方は時間を稼げば良いとおっしゃいましたね? それはこちらも同じですよ。後は貴方と私たち、どちらに運命が微笑むかでしょう」

「お前らに我らが主が微笑むとでも? しかしだれだ? お前の弟子たちじゃそんなことは不可能だろ? あれじゃ実力が足りない……いや、まさか」

 

 フリンが気づいた時、ハギヨシが微笑んだ。

 

「須賀京太郎か!」

「えぇ。テコ入れもさせていただきましたし、ギリギリ戦いにはなるでしょう」

「てめぇ……!」

「おや。そこまで気に入られていましたか。でもそうでしょうね。彼と昔の貴方はよく似ていました。まっすぐ進もうとするその意志は特に」

 

 不器用ながらも前に進み他者を救おうとするフリンをハギヨシは知っていた。

 

「そうだ! だからあいつはいずれテンプルナイトになるほどの器がある。だから」

「ですがそうはならないでしょう。貴方と彼ではもはや違いますからね。貴方が彼を眩しく思うのはそれだけ貴方が深淵に近い者だからですよ」

「……主に選ばれたテンプルナイトである俺を不浄というか!」

 

 ハギヨシの言葉はフリンにとって十分すぎるほどの挑発になった。正しき者を『自認』するフリンである、自分が不浄な者であると言われて許すことは出来なかった。

 

 状況が動いた。そのことにほくそ笑みながらハギヨシは小屋近くに新しく感じる存在に意思を向ける。

 今回の戦いはメシア教とハギヨシにとっては遺憾だが、龍門渕が起こした事件であり、つまりは龍門渕の弱みが現在進行系で作られている。それに気づいた者たちが集い始めたのだ。

 だがそれに気づいてもハギヨシには何も出来ないし対処する立場でもない。彼に出来るのは透華たちと京太郎を信じることだけだ。

 

 *** ***

 

「お久しぶりですよ―、龍門渕さん」

 

 日焼けが原因の褐色肌に小さな体、それとツインテールと着崩した巫女服が特徴の少女が異界に現れ、透華にむかって挨拶をしていた。

 現れたのは彼女一人ではなく、彼女に付き従うかのようにもう一人無表情で黒糖を食べる少女が居る。

 日焼けをしている少女の名前は薄墨初美。もう一人の少女が滝見春である。

 初美の着崩し方は一見すると痴女のように見えるが、透華たちが一切怯まないのは似たようなファッションセンスを持つ少女が傍に居て慣れているからだ。

 ただ周りの人間が慣れているかといえば別で、報告に現れたこちら側についている職員は初美をちらちらと見ている。

 派手好きで目立ちたがり屋な透華だが痴女方面に目立ちたいわけではないので、特に何も思わないが巫女がそれで良いのかと疑問には思っている。

 

「えぇ、お久しぶりですわね。それでなんの御用かしら?」

「いえいえー。龍門渕さんが大変だと聞きまして是非ともお助けしたいと思って参上した次第なのですよ―。萩原さんはどうもテンプルナイトと戦っていて手が離せないみたいですし人手が欲しくはありませんかー?」

 

 人手はほしい。だがこの誘いに簡単に乗るわけにはいかないのが現状だ。

 なにせ彼女たちの目的は龍門渕に恩を売り新たなスポンサーとなってもらうことだ。

 このご時世寺や神社の経営はかなり苦しく、後ろについてくれる存在を求めているのはどこも一緒だ。しかしそれに飛びつく訳にはいかない。ヤタガラスに高い金を払っているし寺や神社に金を別途出しても龍門渕に得することは少なくただ財布に痛いだけだ。大体この事件が落ち着けば後始末のせいで否が応でも財布が寒くなるし、京太郎がまだ依頼を失敗していないのでまだ頼るときではない。

 と、言うわけで透華は巫女たちの申し出を快く断ることにした。

 

「人手は不測の事態に備えてできうるだけ欲しいところではありますが、問題ありませんわ。お心遣いだけ頂きますわね」

「そうなのですかー?」

「えぇ、こちらにも不足を補充する手はありますので」

「了解しましたですよ―。ただ『何が起きるか分かりませんし』念の為私たちも待機してますよー」

「ありがとうございます。それではお茶をお出ししますのでゆっくりとなさってくださいな……。紅茶よりお茶のほうがよろしいですわよね」

 

 透華は春を見て断言した。

 見られていた本人も初美が何かを言う前に深く頷いた。春は黒糖がとても好きだが喉がよく乾く、それに黒糖に紅茶は合わない。

 後輩のその姿に頭を抱える初美だったが内心ではほくそ笑んでいた。

 深奥に潜む存在の力は増大することなく停滞しているが、透華が頼りにしているであろう人間の生体マグネタイトが薄くなっていくのを感じる。どう考えても劣勢でいずれ自分たちの力を必要とすると判断したからだ。

 今のままならどう足掻いても自分たちの思い通りになり、龍門渕は出血を強いる。ただそれだけのことと初美は割り切った。

 

 *** ***

 

 戦いの狼煙が水撃によってあげられたが、両雄激突とはならなかった。

 

「ラクカジャ!」

「タルンダ」

「マカカジャってね」

 

 三体の悪魔による補助魔法がこの場に居るすべての者たちに掛けられた。

 迫りくる水撃に対して京太郎が放ったジオンガは水撃系中級魔法アクエスにより押し切られる。

 

「くそっ」

 

 レベルがいくら高くても補助魔法を掛けたのなら相殺できると考えていた京太郎の目論見は崩れ去り、急いでサイドステップをするも左足がアクエスに直撃した。

 水流の力もさることながら、真に恐ろしいのは恐ろしいほどの水圧だ。アクエスの水に囚われた京太郎の足は一瞬でプレス機に潰されたかように潰れてしまうも、なんとか足を水から引き抜いた。

 

「大丈夫? メディラマ!」

 

 攻撃に当たらないようにハイピクシーは上空におりその位置から回復魔法をかけた。これが単体回復魔法にはない範囲回復の特徴だ。単体回復魔法は対象に近寄らなければ効果を十分に発揮しないが範囲回復は別である。

 回復魔法の光が京太郎の肉体を癒し、潰れた足はなんとか蘇った。

 

 痛みにより少しだけ涙目になりながらも京太郎は仲魔たちに指示を出した。

 

「あの水撃に直撃だけはしないでくれ! まずは補助と防御に徹するんだ。それとあの衣さんに攻撃しても大丈夫なのか?」

 

 普段指示はトウビョウに任せがちの京太郎の指示に驚きながらも皆従った。

 咄嗟に指示を出さなければいけないと京太郎が判断するほどに『アマエコロモ』の力を身を持って知ったのだ。

 

「問題はあるまい。あれは確かに嬢ちゃんの姿をしとるが、異能の力が形作った代物でしかない。むしろ攻撃するんじゃ! 今も少しずつじゃがマグネタイトが集っておる。チカラが不安定な今なら攻撃を仕掛けることでマグネタイトを霧散することもできる。そうせねばいずれ追い込まれるのはワシらの方じゃ!」

 

 だが指示を出している間にも戦況は変化していた。近づいてきた『アマエコロモ』が物理攻撃を仕掛けてきたのである。

 一匹の蛇が大きく口を開きジャックフロストの体を半分食い破った。

 ジャックフロストを『丸かじり』した『アマエコロモ』はそのまま他の仲魔たちも食い散らかそうとするが、それを止めたのはコカクチョウの火炎の壁である。威力は低くマハラギだが『アマエコロモ』は炎を突っ切ることなくその場で『アクエス』を唱えた。

 炎の壁は一瞬にして霧散するも、魔法を放った隙を突き京太郎の短剣による攻撃が蛇の頭を切り落とし、空いたもう片方の腕でジャックフロストを回収した。

 

「ヒホー……。ディアラマだホー」

 

 半分になった体でどうやって声を出しているのか不思議だが、自身にディアラマを使用したジャックフロストは体を再生した。

 そしてその隙に。

 

「ラクカジャ」

「タルンダ」

 

 ハイピクシーとトウビョウによる補助魔法が更に重ね掛けされる。

 

「ジオンガ」

「アギラオ」

 

 京太郎のジオンガとコカクチョウのアギラオが『アマエコロモ』本体ではなく、纏わりつく蛇たちを掻き消した。

 蛇を消すことで物理攻撃の脅威を消そうと画策したのだ。

 だが。

 

「再生……? マジか」

 

 京太郎が先ほど短剣で斬った蛇も合わせて蛇たちが再生していた。

 絶望が頭をよぎりながらも、京太郎は『アマエコロモ』に仲魔たち共に立ち向かう。

 

 

 『京太郎たちは一生懸命戦っている!』

 

 

 だが頑張れば状況が好転するわけではない。

 時が経ち、限界まで補助魔法を掛けたことにより『アマエコロモ』のアクエスをジオンガで相殺できるようになった。

 

『アクエス』

「ジオンガ!」

 

 『アマエコロモ』の口から言葉が発せられた。少しだけノイズがかかったように聞こえるのは衣本人ではないためか。

 だが先ほどまで声を出すことが出来なかった『アマエコロモ』が声を発せられるようになったということは、戦い始めた当初よりも力を得て成長していていることの証明だ。

 

「どうする……?」

 

 全滅も視野に入るほどの状況に焦りながらも考えることと体を動かすことはやめない。

 そのとき苦々しいと言った感じにトウビョウが状況打破の作戦を打ち出した。

 

「サマナーよ、あの嬢ちゃんを起こすんじゃ。恐らく嬢ちゃんが起きればあっちの嬢ちゃんが消えるはずじゃ」

「どういうこと?」

「本来覚醒しとらん嬢ちゃんがあの様に力を引き出されておるのは、あの嬢ちゃんが眠りについて無防備でおるからじゃ。なら起こしてやれば異能の力は霧散し嬢ちゃんに還る。じゃが」

 

 電撃が、火炎が、氷結が、水撃が飛び交うこの戦場が静かなわけがない。

 数多の魔法で壁や床には大きな穴さえ開いている箇所がある。それなのに衣は起きない。

 

「でもでもそれあぶなくなーい? ふつう起きるわよ?」

 

 こそっと近づいてきたコカクチョウの言う通りで、そのことにトウビョウが気づかない筈がない。

 

「じゃが再生までしてくるこの状況じゃ。分が悪くとも一手打ち出さなければならん」

「そっか……」

 

 眠っている衣を京太郎は見た。

 戦いの中で京太郎たちは衣の方へ行くこともないし、攻撃がいかないように注意もしていた。『アマエコロモ』も同じなのだろう、衣の居る祭壇付近だけは破壊されることなく綺麗なままだ。

 だが逆に言えばそれは『アマエコロモ』に衣を傷つける意思がないことを現しており、近づこうとより一層は激しい攻撃が行われる可能性も示唆していた。

 

「それでも、それでもやるしかない。皆、ごめん力を貸してくれ!」

 

 京太郎は懐から『グレイトチャクラ』を取り出し自身を含めた仲魔たちの魔力を回復させた。

 これから無茶をする以上万全な状態にしなければならない。

 

「いくぞ――!」

 

 駈け出した京太郎は真っ直ぐ衣の元へ向かう。

 そんな彼を止めようとするのは勿論『アマエコロモ』。彼女は京太郎の足止めをするために範囲の狭いアクエスではなく、より範囲の広いマハアクエスを使用することを選択した。

 マハアクエスはこれまで使ってこなかったのは本体である『衣』を案じてのものだが、本体の危機と判断し使用を解禁したのだ。

 京太郎は大津波に向かってジオンガを放った。

 タルンダとマカカジャの効果でジオンガはレベル差をひっくり返しモーゼの奇跡と同様に水の中に道を作り出した。

 

「アギラオ!」

 

 アクエスでは止められないと判断した『アマエコロモ』が京太郎に向かう。

 だがそれを遮るのは進路上に発生した火炎の壁だ。

 マカカジャで強化された中級火炎魔法を危険と判断し迂回『アマエコロモ』が京太郎の元へ向かう時間を少し稼いだ。

 京太郎たちは気づいていないがこれが数少ない『アマエコロモ』の弱点の一つである経験不足だ。

 本来『アマエコロモ』には火炎耐性があるため炎は大した脅威にはならないが、それでも回避を選択したのは自身が少しでも傷つくことを恐れたためだ。

 

「ブフーラだホー!」

 

 ジャックフロストの氷の槍が『アマエコロモ』に向けられ放たれた。

 横から迫るそれに気づくのが遅れた『アマエコロモ』は少しだけ反応が遅れ氷の槍が足を消し飛ばした。

 

 その衣の前に雷が放たれた。

 トウビョウのジオンガが行く手をふさぎ、それに業を煮やした『アマエコロモ』はここでようやく邪魔者から消す選択を行った。

 先ほど京太郎に向けられたマハアクエスが仲魔たちに襲い掛かる。

 

「みんな!」

 

 COMPを見て激減する仲魔たちの体力を見て叫ぶ京太郎だが足は止めない。

 例え仲魔たちが倒れてもサマナーが生きてさえいればサマナーの勝利なのだから。

 

 なんとか衣の元へたどり着いた京太郎は衣を揺さぶってなんとか起こそうとするも衣が起きる気配はない。

 それでもただ一つだけ分かったのは、衣の過去を見せた者の思惑だ。

 

「とーさま、かーさま……」

 

 小さくも確かに衣の口から紡がれた言葉と、彼女の目から流れる涙が彼女の見ている夢を京太郎に理解させた。

 それはここに来る前に何者かが見せた光景のお蔭だ。

 

「衣さん、衣さん!」

 

 少女の名前を叫ぶ、揺するも反応はない。

 時間がないと焦る京太郎は衣が抱きしめている物に気づいた。それは『親子ウサギ』のぬいぐるみで。

 

「はっ」

 

 仲魔たちを蹴散らし京太郎の眼の前に現れた『アマエコロモ』は静かに魔法を唱えた。

 

『アクアダイン』

 

 京太郎たちもまだ使えない上級魔法による水撃が京太郎だけを攫い壁に彼を叩きつけた。

 

「ぐ、が、ぎっ……」

 

 足をぺしゃんこにするほどの水圧が京太郎の体に襲い掛かる。

 

「がぽっ!」

 

 肺に残った空気が無理やり押し出されたが出たのは酸素だけではない。赤い血が混じっていた。

 水圧が京太郎の内臓を押しつぶしたと考えるのは容易ですべての肉が、骨が、内臓が押しつぶされていくのを感じながら。

 

「サマナー!」

 

 ハイピクシーの声を聴きながら須賀京太郎の意識は消えた。

 

 *** ***

 

 静かな流れる水の流れと無数の足跡が京太郎の耳に届いた。

 ゆっくりと眼を開けた京太郎の眼に映ったのは大きな川と数多の人の流れだ。

 その誰もが生気を感じさせないまるで死者たちのようで。その光景を見て京太郎は気づいた。

 

「あぁ、ここは」

 

 声を上げた京太郎に一人の色白な肌と髪を持った男が近づいて声をかけた。

 

「死した者よ。ここは終わりを迎えた者たちがまつところ。あの川へ向かい常世の国へ赴くのがお前の最後の役目。さあ行くのだ」

 

 自分は死んだのだと。


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