デビルサマナー 須賀京太郎   作:マグナなんてなかったんや

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『生の狭間を超えて』

 カロンに連れられ三途の川を歩く京太郎は少し拍子抜けしていた。

 両親よりも先に死んだ子供は賽の河原へ連れられ石を積むという話を聞いたことがあるからだ。

 特に何をしろとも言われないことを疑問に思った京太郎はカロンに問いかけた。

 

「お前は異能者だろう? 下手に鬼をけしかけても逆に殺してしまうだろ」

「迷惑ですね異能者って」

 

 

 

「言うても昔からじゃから慣れたわ。ここの説明をするとな、罪の重さによってわたる河の場所が変わる……見てみぃ」

 

 カロンが指差した方には三つの光景が広がっていた。

 一つは金銀で作られた橋を悠々自適に渡るもの。二つ目は足首ほどの浸かってもふくらはぎぐらいの浅瀬を渡り、最後の三つ目は水の流れが急で大岩さえも流れてくる場所で死者の肉体さえ砕いている。だがそれでも死者が前に進めるのは破壊された先から肉体が回復しているためだ。

 

「橋を渡る人は少ないですね」

「あれは善人が渡る橋じゃからな。残る二つは罪人向けのもんじゃが……異能者はそんなの関係なく渡るだろ?」

「あの岩ぐらいなら殴って壊せますからね」

「全く意味がなくてな。異能者はこうして別の場所で待機させるんじゃよ。まぁ一際重い罪人が来た場合は心を折るために一緒に渡らせたりするが」

「あぁ……自分は酷い目にあってるのに目の前には楽々岩を壊す奴が居るのはきついっすよね」

 

 不思議と、不思議と京太郎の心は爽やかだった。

 衣を救えず仲魔たちを置いて死んだのに不思議な達成感はある。

 よくやったと思う。一般人だった自分があれだけの存在に立ち向かえたと胸を張れると言い切れる。

 

 でも。諦めきれないと思う強い気持ちはまだ残っている。

 

「諦めよ。死は全ての終わりだ」

 

 その意思を打ち砕くようにカロンが告げる。

 自嘲気味に京太郎は笑いその事実を認めようとする。

 

「……そう、で」

 

 けれど、それを否定する声がある。

 

「変わらぬ黄壌という世界に居て耄碌しましたか? カロン」

「ぬ? まーだのこっとるんか。お前ら何十年ここで残るつもりだ」

「もちろん私たちの想いが成就するその時まで。ですが時は来たれりというもの」

 

 その二人の男性と女性を京太郎は見たことがある気がした。

 少しだけ子供っぽい女性は嬉しそうにぬいぐるみを抱きしめる衣に、男性の方はテレビで見た不遜な態度を取る衣にどこか似ていた。

 

「もしかしてお二人は……」

「はい。初めまして、衣に良くしてくれてありがとう京太郎くん」

 

 衣が幼いころに亡くなったはずの天江夫妻が京太郎の前に現れた。

 死後の世界のためおかしくはないが本来この二人は既に川を渡っているべき者たちのはずである。

 困惑する京太郎を無視してカロンが女性に問いかけた。

 

「おいわしが耄碌とはどういうことだ?」

「きちんと見なさい。彼はまだ完全に死んではいないわ。アクアダインの衝撃で肉体はまだ生きているのに、魂だけが飛びぬけてしまったのです。まだ帰れるでしょう?」

「むむむむ……。確かに……」

 

 カロンをからかう女性たちを尻目に京太郎は眼を見開いてポツリと呟いた。

 

「俺、まだ終わってないのか?」

「見てみなさい」

 

 男が水面に手をかざすと映し出されたのは龍門渕の異界、その深奥である。

 アクアダインの直撃を受けた京太郎をハイピクシーが必死に癒していた。

 『アマエコロモ』は京太郎に確実にとどめを刺すためにアクアダインを放ち続けている。おかげでハイピクシーしか戦線に立てていない現状でも戦線の維持が出来ている。

 

「……俺は」

 

 まだ仲魔たちが戦っているというのに諦めそうになった京太郎は自分を恥じ、同時に無力感に打ちひしがれていた。

 仲魔たちが傷つきながらも戦っているのに手助けをすることさえできない。

 そんな京太郎を見た男はカロンに声をかけた。

 

「カロンよ。彼を現世に戻すならば私たちは川を渡って良いと思っている。だが、少しだけ時間は頂きたい。我が子を救うために」

「ぬぬぬ……ほ? ほんとか? ええぞ、ええぞ! 10年近く残り続け取るんだ。素直に渡ってくれるなら少しの時間ぐらいくれてやるわ!」

 

 と喜んでいたカロンだったが、水面に映る京太郎の様子を見てあることに気づいた。

 

「しかしな、このまま送り返してもまた帰ってきやせんか?」

 

 メディラマでなんとか回復はしているが、それでも京太郎の体は定期的にぼろぼろになっている。

 そんな状況で魂を戻しても、再び魂がここに戻ることになる可能性は確かにある。

 

「それなら考えがあります。アクアダインに少しでも耐えきれれば、という条件付きですけど」

 

 虎の子と言えるアイテムを京太郎は所持していた。

 それを先ほど使わなかったのは使う暇がなかったためだが、言い訳に過ぎない。

 

「耐える方も問題ない。愛する我が子を救おうとしてくれる君にこれを託す。君なら受け入れられるだろう」

 

 男は自身の胸に触れると一匹の光る蛇が出現した。

 ちろちろと舌を出す姿は見方を変えればかわいらしく感じ蛇を飼う人たちの気持ちが少し分かるほどだ。

 

「これは天江家に伝わる呪いであり祝福だ。君が使えば覚醒していない衣と違い確かな力として使えるだろう」

「それ、俺が呪いを受け継ぐことになりません?」

「大蛇が執着しているのは天江家だからその点は問題ないよ。……大蛇が君を気に入ったら天江家のみならず君の血筋も子々孫々執着されるけど」

「やめてくれません!? 結婚できるかはともかくその時は最悪除霊しますよ、うん」

 

 サマナーになるのも、悪魔と共に居るのも問題ないが流石に呪いは勘弁だった。

 拒絶する姿勢を見せつつも、蛇を迷いなく受け取りその身に宿す京太郎に男は少し笑ってしまった。

 

「ふふ。だが君の力になってくれるのは確かだ」

「本来あなたにお願いするのは間違っていると思います。親である私たちが衣を縛る鎖になってしまった……本当はずっとあの子と一緒に居なきゃいけなかったのに」

 

 親が当然抱く想いを。

 

「それは少し違うと思います」

 

 京太郎が否定した。

 

「確かに子供にとって親はそういう存在です。でもいつまでもそうはいられない。いつか離れなきゃいけない。自分の道を選んだその時に」

「君がサマナーの道を選んだように?」

「多分ですけど。はは、子供の戯言ですかね?」

「それが戯言ならそれを言う子に託すことになった大人はなんなのでしょうね」

 

 はははと三人は笑いあい。

 

「それに衣さんの鎖を外すことができるのもお二人だけで、その後もきっと大丈夫です。透華さんやハギヨシさんたちが居ますし!」

「須賀くんも居るからな。……ここは親として娘はやらんと言うべきなのか?」

「いやいや別にもらう訳じゃないです」

「分かっているさ。だがそんな言葉が言える日を夢見ていたんだ。少しぐらい言わせてくれ」

 

 悲しい思いを受けて京太郎は口をつぐんだ。そんな少年の姿を見て男はバツが悪そうに頭を掻いた後にカロンに言った。

 

「さてカロン。約束通り少しだけ時間を貰うぞ」

「おうおう行ってこい! そんでそこの坊主は来るならもっと遅く来い。わしらはこれから忙しくなるでな」

「はい!」

 

 もう死ぬなというカロンの励ましを受けて京太郎は微笑んだ。

 

「須賀くん。手のひらを上に向けて手を出してくれるか?」

 

 京太郎は男の言うとおりに手を前に出した。

 二人の男女は京太郎の手に重ねるように手を出すと光を纏って消えていく。

 

「衣を、大事なあの子をお願いします」

「準備は良いな! さぁ、行くぞ!」

 

 慈愛にも満ちた二人の声に背中を押されて、京太郎は光に包まれた。

 その手には、温かな光が二つ宿った赤い布が確かに握られていた――。

 

 *** ***

 

「サマナー!」

 

 ハイピクシーの必死な声で京太郎は目覚めた。

 今もまだアクアダインによる水圧は京太郎を肉体を責めている。

 

 だが『それだけ』である。

 

 先ほどまで京太郎の体を潰さんとしていた力は霧散するかのように散り、京太郎に有効なダメージを与えられない。

 京太郎は受け取った赤い布を落とさないように懐から取り出したのは一枚の鏡と石だ。

 それを水中で天高く掲げながら力を込めると鏡が割れると同時に力を発揮した。

 

 京太郎と仲魔たちの身を護るように薄い膜が発生し、京太郎に対して使用されているアクアダインに対してすぐさま力を見せた。

 水撃が弾かれ京太郎ではなく『アマエコロモ』に向かって進んでいく。

 だがそれを『アマエコロモ』は腕を振るって難なく防いだ。

 当然の話だ。水撃系魔法に完全耐性を持つ『アマエコロモ』には通じない。

 

「……皮肉なもんだな」

 

 握られていたもう一つの石を『宝玉輪』を京太郎が砕いた。

 

「この事件を起こした奴が渡した道具が窮地を脱するカギになるなんてさ」

 

 それは、初めてフリンと会ったあの日に受け取った宝石だ。使用者と使用者の認めた仲魔の傷や体力を回復させる力を秘めている。

 粉々になった宝玉綸が力を発揮し、ハイピクシー以外の倒れ、動けずにいた仲魔たちの傷を癒やし再起させた。

 

「皆――! 最後だなんて言わないっ! みんなの命をもらう!」

 

 サマナーとして生きると誓った京太郎の言葉は。

 

「ジオンガ」

「ブフーラだホー!」

 

 仲魔たちに確かに届き、再び彼の行く道を作るために立ち上がる。

 

「まったく、情けない。この程度で気を失うとは……」

「おいらは王になり、いずれは神になるんだホー! そのためにも主さんにはずっと生きてもらうホー!」

 

 二体の仲魔たちが壁となるため迷うことなく前に進み。

 

「かんべーん。だけど、サマナーが死んじゃったらここで終わりだからなー」

 

 迷いつつも、自分が生き残るために一体が行き。

 

「むー。まっいっか。支援は任せてー!」

 

 仲魔の一体に不満を持ちつつも妖精が後ろから支援をする。

 そして『ウサギ耳のカチューシャ』を握りしめた『デビルサマナー 須賀京太郎』は迷いなく再び走り出した。

 天江衣を起こすために、ではない。

 一人の少女を繋ぎ続ける鎖を解き放つために――。

 

「ここが切り札の切りどきじゃな……!」

 

 トウビョウが取り出したのは魔力が込められた宝石であり、それを『アマエコロモ』に投げつける。

 それに宿る強大な力に『アマエコロモ』は気づくも時すでに遅しで力が解放される。

 

 ハギヨシも使用する万能魔法『メギドラ』が『アマエコロモ』に襲い掛かる。

 メギドラストーンと呼ばれる魔法の名を冠する石はハギヨシが使用するメギドラ程の威力があるわけではない。なぜなら通常の魔法は使い手の魔力が反映されるが魔法の石にはそれがないからだ。

 それでも万能属性魔法メギドラの威力はいかに『アマエコロモ』でも無視することが出来る力ではない。

 

 すべてを飲み込まんとする神の炎をマハアクエスで包み出来うる限り被害を抑えようとする。

 当然そのためには動きを止める必要があり、その隙をジャックフロストが見逃さない。

 

「ヒー、ホー!」

 

 『アマエコロモ』の足もとから氷柱が出現し化身の動きを止めようと足から胴体に向かって氷が覆っていく。

 マハアクエスを行使しつつ、八匹の蛇でジャックフロストを迎撃するがコカクチョウが楯となり邪魔をする。

 

「うー! 火炎魔法しか使えないからこんなんばっかー!」

 

 行使できる魔法がアギラオ・マハラギ・マカカジャしかない彼女には楯になる以外に役目がなかった。だがそれが重要な役割なのは考えるまでもない。

 

「やるじゃん、メディラマだよー! ガンガン楯になってね!」

「かんべんしてー!」

 

 なんだかんだ役目を果たすコカクチョウにご機嫌なハイピクシーが彼女の体を癒す。

 そして、京太郎が衣の元へ辿り着いた時ついに抑えきれなくなったメギドラが解放された。

 

「伏せて―!」

 

 後ろから聞こえるハイピクシーの言葉を聞いた京太郎は、眠る衣とぬいぐるみのためにその身で楯になった。

 メギドラの爆風が京太郎を攻めるがそれでもなんとか衣の頭に、持っていたカチューシャを取り付けた。

 その瞬間カチューシャから光が溢れ出した。

 

 *** ***

 

『お前が親を殺した』

『お前が居なければ二人は死ななかった』

『お前は誰からも愛されていない』

『お前は……』

 

 暗闇の中、衣を責め立てるのは龍門渕冬獅郎だけではない。

 何も言わないが、彼女を責めるような眼で見ているのは彼女の両親だ。

 助けを求めるように、必死に二人に手を伸ばすも衣の手を取ろうとしない。

 

「たすけて」

 

 そう声を出そうとしても声は出ない。

 ここに居るのは自分を責める冬獅郎と親しかいない漆黒の世界。

 ここは天江衣自身が自分の心を責めるための処刑部屋だ。

 

 冬獅郎の言葉が、衣を責める両親の眼が衣の心と体を糸が絡みとっていく。

 

「あはは! いいわねぇ。この子の悲しみ、恐怖、絶望、とってもおいしいわぁ。メシア教なんてクソみたいなやつらだと思っていたけど、認識を変えなきゃいけないかしら?」

 

 衣の衣に絡みつく糸にぶら下がりながら、妖虫アルケニーが衣からでる負の感情を元にした生体マグネタイトを食していた。

 アルケニーがマグネタイトを奪うことで『アマエコロモ』の覚醒が遅くなっていたのは皮肉な話であった。

 

「あら……?」

 

 暗闇の世界に一陣の光が差し込んだ。

 光の中から姿を現したのは京太郎と衣の両親の3人だ。

 

「あの悪魔は……? 衣さん!」

 

 京太郎は糸に絡みとられ泣き続ける衣の姿を見た。

 

「あら。邪魔者が来ちゃったわけ?」

「あれはアルケニーか! あれが衣の目覚めを妨げていたのか。不味いぞ、あれは今の須賀くんよりもレベルが高い……」

「だからと言って黙ってるわけにはいけないでしょう!?」

 

 ジオンガを放った京太郎だがにやりと笑うアルケニーには全く効いていない。

 

「電撃無効耐性か」

「あはは、万事休すかしら?」

「動きを止めるだけならこれでもできるぞ」

 

 氷結弾をハンドガンにセットすると撃ちだした。

 これでも効かなければ特攻するしかないが、氷結弾を浴びたアルケニーは情けない叫び声をあげた。

 

「ぎぃぃぃッッ!!」

「効いた。お二人は衣さんの元へ」

「ありがとう、京太郎くん」

 

 『須賀京太郎が一生懸命戦っている』中、二人は衣の元へ走った。

 衣の元へ辿り着いた二人は糸を無理やり引きちぎると、衣の両手を握りしめた。

 

「衣、衣……」

「起きて、起きなさい、衣……!」

 

 ゆさゆさと揺さぶる二人の声にようやく反応した衣が目を開き、そして見開いた。

 

「とーさま、かーさま……!」

「あぁ、衣……!」

「よかった。無事で……」

 

 愛する娘の無事を喜び自身を抱きしめる二人にくすぐったそうに眼を細めながら衣は問いかけた。

 

「でもどうして? さっきまで手を伸ばしても何もしてくれなかったのに……」

 

 親と再会できたからかいつもよりも幼い言葉使いをする衣に対して二人は答えた。

 

「一言で言えば奇跡だよ。いろんな人たちが頑張ってくれたからこうして会えたんだ」

「そうなの?」

 

 その問いかけには応えず一度衣から離れた男は頭を下げた。

 

「ごめんな、衣」

「どうして謝るの?」

「勝手にいなくなってしまって、一人にさせてしまった。本当はずっと居たかった」

「……衣が悪いんだ。衣が居たから二人とも死んじゃった」

 

 眼を伏せて言う衣に二人の親が力強く「違う」と叫んだ。

 

「それは違う。違うぞ衣。お前のせいじゃない」

「確かにあの事件はあなたが居たから起きた。でも悪いのはあの事件を起こした人間よ。ねぇ、衣。覚えてるかしら? あの日あなたはなんで私たちと一緒に居なかったの?」

「それは、衣が風邪をひいたから隣の人に預かってもらってたから……」

 

 それが天江衣が助かった理由だ。

 もし衣が風邪をひかず両親と共に出かけていたら同じく命を落としていた。

 

「うん。風邪をひいた衣を連れて飛行機には乗れなかったもの。でもそのことをあいつは、龍門渕冬獅郎は知らなかったの」

「……え?」

「龍門渕冬獅郎はメシア教に多額の寄付をすることで、貴方を殺す手段を取った。でもあの日あなただけは居なかった」

「元々精神的に追い込まれていた冬獅郎は、目的を果たせなかったどころか私たちを殺したことで引き下がれなくなったのよ。だからあなたにでたらめなことを言って信じさせた」

「……それならとーさまとかーさまは」

 

 何かを期待するような、そんな目で衣は二人を見つめる。

 こんな目をさせた冬獅郎とメシア教に対する怒りは出来るだけ抑えて優しい声で断言した。

 

「私たちは何があっても衣を愛している」

「たとえ死んだとしてもね……さぁ、これを付けた姿を見せて」

 

 二人は衣に『ウサギ耳のカチューシャ』を付けた。

 

「お誕生日おめでとう。ずっとあなたに送りたかった言葉よ」

「……あ、あ、あぁ!!」

 

 溢れ出す涙と共に衣に絡み付いていた糸と衣を非難する冬獅郎と両親の幻影が消え去った。

 

「さぁ、衣。目覚めの時だ」

 

 暗闇の世界ではなく、波さえ立たない水の世界に変化した世界で姿が消えていく二人に向かって衣が必死に手を伸ばす。

 

「待って! 衣はいやだ。もう一人になりたくない!」

「大丈夫。衣は一人じゃないわ。あそこに居る男の子を始めとして透華ちゃんや皆がずっと貴方を待っているわ」

「あ……」

 

 その時初めて気づいたのだろう。

 母親が指差す先には圧倒的なレベル差がありつつも必死に戦っている少年の姿がそこに居た。

 

「あの子だけじゃない。透華ちゃんたちもあなたを助けようと必死に戦っている」

「父さんは許さんぞ。と言いたいところだが、分かったろう? 衣は一人じゃない」

「でも!」

 

 それでも離れたくないという衣を諭すように女性が言う。

 

「私たちもあなたとずっと居たいと思う。でもそれは出来ないの」

「……うう」

「許してなんて言えない。それでも私たちはあなたに生きて幸せになってほしい」

「……うん」

「ごめんね、衣……」

 

 涙を流し自分を抱きしめる両親を見て衣は悟った。

 だから、本心を押し殺して衣は言う。

 

「衣は大丈夫。私はひとりじゃないから、だから……」

 

 涙を流しながら、それでも今できる笑顔を精一杯浮かべて衣は心からの言葉を伝える。

 

「とーさまと、かーさまの子供に生まれてよかった。悲しいこともいっぱいあったけど、私はきっと幸せだったんだ。躓くこともいっぱいあると思うけど、きっと大丈夫。だからありがとう。さようなら……」

 

 感謝と別れの言葉を衣が紡ぎ、男女が笑顔と涙を流した時、世界が壊れた。

 

 *** ***

 

 光が収まった瞬間新たに現れた悪魔の存在をハイピクシーたちは見た。

 

「あああああぁぁぁぁぁ!!!! もう少し、もう少しだったのにぃ!!」

 

 ヒステリックに叫ぶ女悪魔はアルケニーだ。

 衣の中から無理やり追い出されたことで、体を構成するマグネタイトがぼろぼろになっている。

 

「サマナー!」

 

 アルケニーが登場した瞬間『アマエコロモ』の動きが止まった。それを見たハイピクシーが京太郎と衣のもとへ駆けつける。

 京太郎たちの周囲を心配するようにくるくる回るハイピクシーに京太郎は手を伸ばしながら声を掛ける。

 

「俺は大丈夫。それに……」

 

 腕の中に居る衣が目を開いた。

 衣の眼に映ったのは京太郎だけでなく、天へと消える二つの光だ。その正体に気づいた衣は目を閉じ祈りを捧げた後に京太郎に声をかけた。

 

「京太郎……衣は」

 

 京太郎がボロボロになってまで自分を救おうとしてくれたことを衣は知っている。実際に今の京太郎も回復魔法で癒やされてはいるが細かい傷が顔についている。

 自分のせいで傷ついたことに罪悪感を感じている衣にただ一言だけ言葉を送った。

 

「おはようございます。衣さん」

「……うん! おはよう、京太郎」

 

 笑顔になった衣を見てホッとしたのもつかの間『アマエコロモ』が京太郎たちの前に降り立った。

 戦闘態勢を取る京太郎を制した衣が自分と同じ顔をした化身に声を掛ける。

 

「分かるぞ。お前は衣の忌むべき力だ。お前が居たからとーさまもかーさまも死んだんだ」

 

 衣の責める言葉を受けても化身の表情は変わらない。

 

「衣はお前が嫌いだった。とーさまたちを殺した自分が嫌いだった。でも……衣は愛されていたんだ。だから」

 

 衣は化身に手を差し伸べた。

 化身はその手を見ると、何かを待つように衣の顔を見た。

 

「お前は衣だ。都合のいいことを言ってるのは分かる。でも少しだけ力を貸してほしい。倒すべきものは、まだ残っている」

 

 化身は迷いなく頷くとその手を取った。

 

『力を貸すじゃない。私はお前の力だ。今の力を維持できるのは少しだけだが残った力を使わせてもらう。それと』

 

 化身は京太郎を見た。

 

『ごめんなさい。お前をすごく傷つけた』

「良いって! それじゃ行こう。これでこの戦いを終わらせるんだ。コカクチョウ、衣さんを頼んだ」

 

 声をかけられたコカクチョウが衣を連れて離れた。

 衣をかばうように抱きしめるコカクチョウを見て京太郎たちは臨戦態勢を取った。

 

「あんたさえ居なければぁ!」

 

 ヒステリックに暴れるアルケニーが京太郎たちに向かってくる。

 勝負は一瞬だった。

 『アマエコロモ』のアクアダインがアルケニーに直撃し京太郎の氷結弾がアルケニーを射抜いた。

 意識もなく体が分解されていくアルケニーを眺める京太郎の横に居た『アマエコロモ』も衣が目覚めたことで体が崩れていく。

 淡く輝く体が半分ほど崩れ去った時。

 

『ありがとう』

 

 化身の伝えた最後の言葉が京太郎の耳に届き戦いは終わりを告げた。




あとはエピローグ。
鶴賀異変あたりの話であと10話ぐらいと書きましたけどほぼほぼ正解だったな。

アルケニー全く出すつもりなかったけど、書いてたら勝手に出てきたっていうか、真1オマージュっていうか。

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