デビルサマナー 須賀京太郎   作:マグナなんてなかったんや

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とりあえずこれで第一部は終了。


第一部:『エピローグ』

 突如として崩れ去った異界を見て戦いのさなかだと言うのに呆けながら見ていたフリンは我に返ると怒鳴り声をあげた。

 

「どうなってやがる! 計画は、大蛇は!?」

 

 非常事態に荒れるフリンとは対照的に微笑むのはハギヨシだ。

 

「失敗した。と、いうことでしょう?」

 

 荒れるとはつまり隙を晒すことだ。その隙を当然ハギヨシは見逃さない。

 楯となろうとするドミニオンごと貫いたハギヨシの拳はフリンの腹部をも貫いた。

 隙は大きいが当たりさえすればかなりの威力を誇るモータルジハードが決まった。

 

「カハ……」

 

 血反吐を吐き倒れたフリンをハギヨシはただ哀れなものを見るかのように見下ろしている。

 

「に、にげろー!」

 

 フリンの敗北と鬼神の如き強さを見せたハギヨシを見たメシア教徒たちが恐れ戦き逃げ出した。

 その中には冬獅郎側についた龍門渕のサマナーも混じっている。

 

「さて、あとは掃除をして終わりですね」

 

 もはやメギドラすら使う意味はない。

 メギドで一部の蛇を残して殲滅しつつ、敵対したサマナーたちは残らず捕えられるか、COMPを投げ捨て投降するのだった。

 

 こうして透華たちの勝利で終わった抗争を見て、驚きのあまり突っ立っているのは初美たちだ。

 

「マジですか―……」

「役目、なくなった」

 

 春は変わらずぽりぽりと黒糖を口にしているが、彼女に親しい者が見れば驚いていると分かる。

 もはや優勢が決まった戦場を見て初美は肩を落とした。自分たちが出る幕はもうないと悟ったからである。

 

 平時であればここで透華が一言彼女たちに言う所だが、彼女は大切な友達を探しに一たちをボディガードとしてつけて探し回っていた。

 

「衣は……衣はどこですの?」

 

 京太郎と衣の姿は彼女から見えない。だがその代りにある人物を見つけた。

 

「失敗したのか……」

 

 もはや立ち上がることも出来ず虚空を見つめているのは龍門渕冬獅郎だ。

 一たちは彼を縛り上げると、一旦本拠地へと戻った。

 

「わしは、わしは悪くない。すべてはあのガキが……」

「父さん……現実から逃避するのはもう止めていただきたい。あなたの夢想はもう絶対に叶わない。叶えさせない」

「ぐっ。お前は父をなんだと思っているんだ! あの化け物さえ居なくなればいい……それだけだと言うのに」

 

 同情できる事情はあるのだろう。じわじわと首を絞められるかのように死の恐怖を味わうなんて誰であっても嫌なはずだ。

 だからその原因を、根源を断つというのは彼の正義なのだろう。

 しかし、その正義に全ての人が理解できるわけではない。それを悪だと断ずるのは彼の家族であり、もはや冬獅郎を庇う理由は家族としても企業としてもなくなった。

 

「限度がありますわ。お爺様……ハギヨシ連れて行ってくださいまし。顔も見たくありませんもの」

 

 最愛の孫娘にそこまで言われた心境はどうであったか、それを知るのは冬獅郎のみだがハギヨシに無理やり歩かされる弱弱しい背中が言葉以上に物語っているのかもしれない。

 冬獅郎がハギヨシと共に姿を消して数分後、初美たちが帰りの支度を完了した。

 彼女たちがこの場から去ろうとした時、姿を現したのは衣を背負った京太郎だ。で登場するタイミングを計った。

 

「衣!」

 

 京太郎に駆け寄る透華に「大丈夫、眠っているだけです」と京太郎は語った。

 透華は背負われている衣を見ると幸せそうな寝顔を見ることが出来た。

 

「異界で眠りながら異能の力を無理やり引き出されていました。戦いの途中で目覚めましたがそれでも疲れは残っていたんだと思います。異界の核だったドリーカドモンをどけたら眠っちゃいました」

「そうですの……良かった」

 

 安堵に胸をなでおろしたのは透華たちだけではない。

 透や結華、一たちは勿論のことこの場に居ればハギヨシもそうだろう。

 

 京太郎は衣を医療班に預けるとふらつきながらもなんとか椅子に座った。

 激しい戦いの中一度死んで、それでも勝利をつかみ取った彼の肉体と精神は悲鳴を上げていた。

 それでもここまでしっかりと歩けていたのは背中に衣が居たからだ。

 

「依頼、完遂っすね」

「……えぇ。ありがとうございました。須賀さん」

「ははは。良かったです。あ、報酬は楽しみにしてますよ」

「えぇ! 龍門渕の名において相応以上の報酬をご用意しますわ」

 

 そのまま眠りにつきそうな京太郎だったが、戻ってきたハギヨシの言葉でもう少し頑張らなければならなくなった。

 

「須賀くん、申し訳ありませんがもう少しだけおつきあいをお願いしてもいいですか?」

「ハギヨシ。それは今じゃなければ駄目ですの?」

 

 透華からすれば衣救出の立役者を休ませてやりたい心境だ。

 事実、京太郎の頭は疲れからくる眠気で少し揺れている。

 

「申し訳ありません。ですがフリンと会話できるのはこれが最後の機会となりますから」

「会話する必要ありますの?」

「それは彼次第ですね。どうしますか? 須賀くん」

 

 眠気を吹き飛ばすために顔をパンと叩いた京太郎は答えた。

 

「行きます。行かなきゃいけないって気がするんです」

「……ありがとうございます。では行きましょう」

 

 ハギヨシの後に連れられた先には治療もされず瀕死状態のフリンの姿があった。

 治療をすれば助かるだろうが、する必要がないと龍門渕は判断した。たとえ死んで魂だけになっても情報は取得できるからだ。

 

 新たな複数の足音を聞き、フリンが京太郎たちを見た。

 無表情だったのが少しだけ崩れたが、何を思ったのかは分からない。ただ弱弱しいその姿は京太郎にとってとても印象的だった。

 

「何しに来た? 敗北者を嘲笑いに来たか?」

「いえ。最後ですし少しの温情をと。知らない仲ではないですし貴方も被害者と言えば被害者ですから。須賀くん」

「……はい」

 

 温情と聞き京太郎が思いついたのはたった一つだ。

 COMPを操作し悪魔召喚を行う。対象は、天使アークエンジェルだ。

 召喚された天使はフリンの元まで歩くと、彼の前で跪いた。

 

「……失敗しちまったよ」

「見れば分かる」

「そっか……そっか」

 

 短い言葉だが、そこには長年つき添った彼らにしか分からない何かがあるのだろう。

 しばらく彼らを見ていたハギヨシは問いかけた。

 

「今回の件。企んだのはウッドロウで間違いありませんね?」

「それ答える必要あるか? どうせ俺の魂から情報を引き出すんだろ? それで一発だ」

「……そうかもしれませんね。では一つだけ。知っていますか? ウッドロウ・ウィルソンの年齢は150を過ぎているのですよ」

「意外な話でもないだろ。ヤタガラスだって魑魅魍魎の集まりだろうが」

「否定はしません。ですがウッドロウに関しては一つ問題がありまして」

「問題ですか?」

 

 150と言う年齢に驚いている京太郎の問いかけに、ハギヨシは頷いた。

 

「彼らの行っている反魂の法が問題なのです。ウッドロウ一人を蘇らせるために多くの人を犠牲にしている」

「その犠牲も所詮は主を信じぬ不浄な輩を使ってんだろ? なら問題ないさ」

 

 変わらぬフリンの態度に、ハギヨシはメモ帳を取り出すとその内容を読み上げ始めた。

 

「そうですか。ではこれ以降は独り言ですが、ウッドロウが直近で蘇ったのは10年ほど前、とある村を犠牲にして蘇生しました」

「村ですか?」

「えぇ。ただその時一人だけ運よく助かった子供が居たのです。彼はメシア教の穏健派の元ですくすくと生まれ育ち今ではテンプルナイトにまで至りました」

「……は?」

 

 その時初めてフリンの表情が驚愕の色に染まった。

 それに気づきながらもハギヨシは表情一つ変えずに続きを読み上げる。

 

「その子供の名前は『フ』ランク『リン』・ルー……」

「うそだっ!」

 

 血反吐を吐きながら立ち上ったフリンをアークエンジェルが支える。

 フリンの表情には余裕は一切なく、残りの体力さえ無視して言葉を振り絞る。

 

「それじゃ、あれか? 俺は、俺はずっと仇の命令で動いて、いろんな人たちの命を奪って、でも、それは神の意思で、俺は、そんなの」

「……嘘ではない。真実ですよ、貴方を助けたメシア教徒はなんでもないただの人間ですが貴方のことをずっと覚えていたようです」

「うそだうそだうそだうそだうそだ。だってウッドロウ様は、あの方は主のためにと。でもそのために俺の家族は死んだそんなのゆるせないでもおれは」

 

 視点がおかしい。頭を押さえて子供の様に認めたくないと否定し続ける彼にハギヨシは追い打ちをかける。

 

「『アムリタ』壊れることは許しません。あなたは折れないのでしょう? なら、あなたは自分がしたことを抱えて逝くべきです」

「ぐ、あ、あ、あぁぁぁぁぁ!!」

 

 壊れかけた精神さえもアムリタで回復されたフリンは、そのまま苦悶の表情を浮かべて逝った。

 フリンが逝ったのを皮切りに複数人の顔を隠した者たちが何か光るものを確保し去って行った。

 

 困惑する京太郎に補足するようにハギヨシは言う。

 

「フリンは神のためという免罪符の下非道なこともしてきたのでしょう。私が知る彼はそんなことをする人間ではありませんでした。少なくともアークエンジェル、貴方を連れたフリンはとても真っ直ぐでした」

「……フリンが変わったのはお前と会った少しあとからだ。ウッドロウに呼ばれたフリンの様子はおかしく、問いかけても何も話してはくれなかった」

「話したくなかったのでしょう。あなたとの思い出こそが曇りのない光の日々で、彼が命令を受けてしてきたことはその真逆。あとはもう免罪符を心の依り代にして生きていくしかなくなったんでしょう」

「それがフリンの変貌か……」

 

 その場を沈黙が支配し、打ち破ったのはハギヨシだ。

 

「覚えておいてください須賀くん。今回私はフリンを責めましたが、フリンの行動によって助かった者も居るのは確かです」

「それはそうでしょうけど」

「たとえそれが万人に認められなくても、自分が信じたことを貫くことが出来る者は強いのです。フリンも龍門渕冬獅郎もそれができなかった。でも、今後あなたが生きていく中でそういった人間が現れるかもしれません。覚えておいてください」

 

 忠告ともいえる言葉に京太郎は素直にうなずいた。

 京太郎の様子に満足したのかハギヨシは一言断ってからこの場を去って行った。

 残されたのは京太郎とアークエンジェルで、京太郎は気まずい思いをしながらも天使に問いかける。

 

「あのさ、お前はこの後どうするんだ?」

「……一つ、頼みがある」

「ん?」「私と契約を結び正式な仲魔としてほしい」

 

 京太郎は驚かなかった。なんとなくだけどアークエンジェルが仲魔にしろと言うと思ったのだ。

 

「俺はフリンが死んだ原因の片棒を担いだんだぞ? それでも?」

「私がフリンと契約をしこれまで共に居たのは」

 

 アークエンジェルはかつての出来事を夢想するように空を見た。

 

「彼の理想に惹かれたからだ。どんなことがあっても人を助け自分の様な人間が現れるのを少しでも防ぎ、現れたらその人を助けることが出来るそんな人になりたいと」

「フリンが……」

 

 京太郎の中にあるフリン像は胡散臭い宗教家で現実に負けた者である。

 けれどかつてのフリンには確かに理想があり実現しようとしていた。それは事実だ。

 

「だから、かつてのフリンに似た須賀京太郎の先を見たいと思う。フリンと同じ道を辿るかそれとも……」

「俺と一緒に行くってことはメシア教と戦う可能性があるぞ?」

「フリンを止めることが出来なかった私が言うことではないが、今回のような事件を起こす者たちとは戦える。問題はない……それに」

「それに」

「神の敵となるやもしれんサマナーを知るのも神を護ることにつながるだろう?」

「敵を知り己を知れば百戦危うからず。って?」

「そういうことだ。それにサマナーの近くに居ることは私にとって確かな意義があるのは事実だ」

「そっか。それじゃ止めないよ、よろしくアークエンジェル」

「こういう時はこういうべきか。コンゴトモヨロシク、サマナー」

 

 *** ***

 

 こうして龍門渕異変は終わりを告げた。

 衣の命と日本列島の危機こそあったが、客観的に見れば事件そのものよりもその後の後始末の方が大変だったとここに記しておこう。

 

 まずメシア教についてだが、死亡したフリンの魂から情報が引き出され事件の全貌が暴かれた。

 どこからかもたらされたドリーカドモンによる異界化と、メシア教の個人的なスポンサーとなっていた龍門渕冬獅郎の意向により事件は起きた。

 このことからアークエンジェルの言うとおり、日本で発生しているドリーカドモンを核とした異界発生事件は龍門渕以外で行われていないのは確かである。

 なおフリンを始め、彼の上司でもあるウッドロウと親しい者たちは更迭もしくは処刑され、冬獅郎も含む計画の中心人物たちの魂は転生さえ許されず消滅させられた。

 メシア教が日本からの要請に従ったのは、日本のみならず世界と戦う力はないと判断したためだ。

 

 続いて龍門渕だがフリンの情報から冬獅郎単独の暴走ということもあり、それほど痛手は負わなかった。

 それでもヤタガラス及び関係各所に対して罰金などのペナルティこそあったが、想定していたよりもダメージは少なかった。当然今後の発言力は下がるがそれも時が解決するだろう。

 これには龍門渕を下手に弱体化させてはスポンサーとしての価値が下がる。と考えたヤタガラスの上層部の思惑がある。

 だが今回の事件で冬獅郎側に回った者たちには重い罰が与えられた。

 龍門渕にそのまま属する場合、龍門渕透を始めとした人物たちを二度と裏切れないように従属契約を交わされ、龍門渕から離れると表明した人物たちはヤタガラスが処罰した。

 

 さて、問題は須賀京太郎についてだ。

 サマナーとして生きると表明し事件解決の功労者となった彼だが、運が良いのか悪いのか。名前こそ有名になったがそれほど注目はされなかった。

 それはひとえに龍門渕の情報統制の結果でもあるが、実際のところは『須賀京太郎は確かに事件を解決したがそれはハギヨシが力を貸したからだろう』と勝手に結論付けたからだ。

 たとえばハギヨシが契約している強力な悪魔を京太郎が使役した。と考えたのだ。

 京太郎自身はあっさりとしたこの状況にホッとしていたが、ハギヨシから『全員が全員この結論に至ったわけではない』との忠告も受けていた。

 

 

 

 ここまでの情報を龍門渕の屋敷で聞いた京太郎は、ハギヨシに連れられてフリンが泊まっていたという部屋まで案内されていた。

 ちなみに透華や衣、一たちが姿を現していないのは彼女たちが麻雀合宿に参加しこの場から離れているためだ。

 

「結構片付いてますね」

「滞在していたのは数日ですから汚くなっても困りものですけどね」

「違いないです」

 

 軽口を叩きあいながらハギヨシが手に取ったのは数枚の紙だ。それを京太郎に手渡した。

 

「これは?」

「フリンの持っていたレポートです。ただ、記載していたのは彼ではなく誰かのようですが。ただ須賀くんのためになるのではないかと」

「はぁ?」

 

 京太郎はレポートに眼を通した。

 

【レポート1】

『この世は停滞している』

『そのことに気づいたのはどれほど昔のことだろうか』

『この数百年で人の持つ科学技術は飛躍的なまでの成長を遂げた』

『火を操り、武器を作り、文化を作った。これは畜生にはできず人に許された行為である』

『神が人を創ったのか、人が神魔を創ったのか。それを知るのは大いなる意思のみだろう』

『そして、星をも破壊することが出来るほどの力を得て、仮想世界を構築するまでに至った』

『だがそれだけだ。人が今以上に発展し進化するにはまだ足りないのだ』

 

【レポート2】

『造魔が自分の意思を持ち感情を得たと聞いたとき乾いた笑いが出たのを覚えている。だがそれは呆れではない。歓喜である』

『造魔。人の作りしヒトと魔の混合存在。悪魔の体を構成するマグネタイトから情報を引き出し力を得る者』

『意思を持ち、人の様に選択することが出来る存在になるとは誰も思っていなかっただろう』

『それは新たなる可能性だ。だから私はそれに眼をつけた』

『造魔の核たるドリーカドモン。あれこそが私の理想を、夢を叶えるために必要なもの』

『しかし私の理想を実現するためには通常のドリーカドモンでは核にはなり得ない』

『ならば造ろう、今はまだない何かを作り出す。それは人にのみ許された能力なのだから』

 

 それには何者かの狂気が記されていた。

 顔を上げた京太郎はハギヨシに問いかける。

 

「黒幕だと思いますか?」

 

 言葉の足りない曖昧な問いかけだったがハギヨシには理解できた。

 

「情報が少ないですが、恐らくは『造ったドリーカドモン』こそ今までの事件で使用されてきた物でしょう。そして、これを記したものが黒幕かは不明ですがドリーカドモンを作成した存在なのでしょう」

「なんていうか想像以上にその、大きな事件に巻き込まれてた?」

「かもしれません。何を作り出そうとしているのか分かりませんが、もしかしたら今回の事件さえ凌駕する何かが起きる可能性もあります」

「なら、強くならなきゃですね。今回の事件を解決できたのは運が良かったからだ」

 

 本当なら『アマエコロモ』のアクアダインで死んでいた京太郎だ。その声にはとても強い実感がこもっていた。

 まだ上を見ている京太郎を見て満足そうに頷いたハギヨシは一振りの刀を京太郎に手渡した。

 

「これは?」

「フリンが持っていたミカエルの槍を用いて作成した刀になります。名はないですが、貴方が持っている短刀よりは攻撃力も高いでしょう」

「刀かぁ。使いこなせるかな?」

 

 短刀を使っていたのは京太郎の力量の問題でもある。

 刃が短いため取り回しは容易で駆けだしのサマナーにはぴったりの武器だ。

 

「なら使いこなせるようにならなければいけませんね」

「ですね!」

 

 京太郎は新しく手に入れたカバンに刀を収納した。

 龍門渕からの報酬で手に入れた高級なカバンで小さな異界を作り出し倉庫とする機能が備えられている。

 当然異界を作るだけだと悪魔が湧いてしまう可能性があるが、広さはかなり狭く異界内に結界が張られているためその心配はない。

 

 無邪気に喜ぶ京太郎を見てハギヨシは言う。

 

「須賀くん。覚えておいてください」

「……はい?」

「時々あることです。裏の世界とは全く関係なかった一般人がサマナーとなり世界を揺るがす戦いの中心核となる。このような事件が時として起こるのです」

「世界……」

「私も直接会ったわけではありませんが運命に選ばれた二人のサマナーを知っています。もしかしたら須賀くんも同じかもしれません。くれぐれもお気を付け下さい」

「はは、大げさな気がするけど分かりました!」

 

 そのあと帰ろうとする京太郎にハギヨシが一つ問いかけた。

 

「今日も異界ですか?」

「いえ、少しの間休憩ですね。流石に疲れました。今日はパラケルススのところへ行ってあいつに話を聞かせる日なんです」

「あいつ……」

 

 覚えがないと、珍しく考え込むハギヨシだが答えに行きついたようだ。

 

「あぁ! あの車椅子の。私は良く存じていませんがどのようなご様子ですか?」

「事件の日から少しずつ色んな反応を見せるようになりまして。もしかしたら近いうちに会話できるかもって感じですね」

「それは良かった」

「あと、あの子って元々死んだ子供で、ようやく元の戸籍が見つかったんです。それで名前がやっと分かったので名前で呼べるようになりました」

「そうなのですか? それでお名前はなんと?」

 

 

 

 

「『光』って言うんですよ」

 

 

 *** ***

 

「と、言う訳ですよー」

 

 ロウソクの火が灯った和室の一室で今回龍門渕で起きた事件のあらましを初美が語った。

 この場に居るのは五人で、まず初美に春。そして、霧島神境の姫である神代小薪と石戸霞、狩宿巴だ。

 

「ということは『須賀京太郎』さんが事件を解決したって言うのは本当なんですか?」

 

 初美に質問をしたのは石戸霞である。初美とは同い年なはずだが、いろんなところが同級生である事実を否定する。

 

「ですよー。一応COMPでアナライズしましたがレベルは26でした。こういう時COMPは便利ですねー」

 

 彼女たちは基本的に神道に乗っ取った技能を所持しているが、ただ小薪と彼女に近い血をもつ霞に関しては神降ろしというシャーマン技能も持っており、それで神魔に対処する。

 そんな彼女たちはサマナーではないためCOMPは必要ないのだが、COMPがあれば感覚ではなく数値で実力を判断できるわけだ。

 

「最初感知したときより異界から帰還した時の方が強くなってたので、前線で戦うタイプのサマナーですね。信じられないけどサマナーになってまだ一か月ぐらいですねー」

「一か月! でも前線で戦うサマナーですか。珍しいですね」

「わぁ、すごいですね」

 

 少しぽわぽわした印象を受ける少女こそが『本家の娘』神代小蒔だ。

 見た目と性格では石戸霞がこのメンバーのトップと言えるが実際は小薪の方が立場としては上だ。

 と言っても仕事以外ではあまり意識していないだろうが。

 

「そのことに気づいているのはどれぐらいいますか?」

「龍門渕が力を入れて工作をしてたからそんなにいない」

「春の言うとおりですよー。今回の事件で少なからず名が広がったので龍門渕透華はかなり熱心に勧誘してましたよ」

「その口ぶりだとフリーなんですか?」

「はいですよー」

 

 巴の問いかけに初美は頷いた。

 彼女の言うとおり京太郎はまだフリーのサマナーである。そのため、どこかの組織に獲られないかと透華はかなりひやひやしている。

 

「『まだどこかの組織に属するほどの力はない』らしいです。レベル30もあれば一人前なんですけどねー。見た目は軽薄そうでしたが意外と完璧主義者なんですかね?」

「はっちゃんたちは須賀さんと会話しなかったんですか?」

「そこで龍門渕ですねー。接触しようとしたらやんわりと妨害されちゃいましたよ」

 

 初美が思い出すのは透華たちのガードっぷりである。必死過ぎて春が珍しく笑ってしまうほどだった。

 なお京太郎はアークエンジェルと契約後、倒れるように眠ったので話す機会はどっちにしろなかったのだが、初美たちは帰る前に京太郎について集められるだけ情報を集めてから帰っていた。

 

「あらら」

「龍門渕がそれだけ必死ってことですよ。萩原が居るとはいえ今回封殺されたからこその須賀さんなのですよ」

「もう一枚手札はほしい所よね」

「なのですよー……それでなんですけど」

「どうしたの?」「どうも今回の事件ですがライドウも気づいていたらしくてですね。葛葉も彼のことを知っている様なのですよ」

 

 葛葉はヤタガラスの中でも最も力のある一族だ。

 神を降ろし力を『借りる』のが小薪たちだとすれば、ライドウは『力づくで言うことを聞かせる』存在だ。

 借りるのと力づくで使役するのとどちらが力が上かと言えば、簡単に比較はできないが少なくとも神魔を力で下すライドウは彼女たちからしても頭がおかしい。

 

「陰から少しだけ見てた。すぐにいなくなったけど」

 

 と春が補足するがそれでも面倒なことこの上なかった。

 

「……勧誘するなら少し急がなければなりませんね」

 

「一か月後には帝都で麻雀大会がありますからそのときはどうでしょう? 清澄高校も出場校ですよね? 衣さんが負けたって話題になりましたし」

「ならその時にお会いすることにしましょう」

 

 *** ***

 

 帝都にあるとある古びた屋敷の一室に学生服を纏った一人の男が居た。

 『十四代目葛葉ライドウ』に似ていると言われた彼は、十四代目に習うかのように弓月の君高等師範学校に通い、その衣服を身にまとっている。

 

「我々の出る幕はなかったな、ライドウ。だがあのような少年が居るとはこの日の本の先も多少は明るいな」

 

 この言葉を綴ったのはライドウではなく、彼の前に居る黒猫である。

 業斗童子という名称だが普段はゴウトと呼ばれており歴代の葛葉ライドウと行動を共にしている存在でもある。

 

「……ん? そうだな。運が良かったのだろう。だが運さえつかめない者に先はない。そうだな、一度会話をする必要があると我も思うが……ふむ」

 

 ゴウトが目を通しているのは京太郎に関する情報が記載された資料である。

 そこに書かれている中でゴウトが注目したのは麻雀大会での敗北と部員たちは全国大会に進出したとの情報だ。

 

「ちょうどいい。今から一か月後の大会に応援で来るかもしれん。あぁ、手紙を出しておこう」

 

 ゴウトの言葉にライドウは頷き、最後にもう一つだけ彼に問いかけた。

 

「彼を確実に認識しているのは霧島の巫女、熊倉に、あとは何と言ったか、アレクサンドラと言ったか。そう、あのしつこかった人材マニアだ」

 

 いやなことでも思い出したのか、ライドウは首を振りその時のことを振り切るように立てかけられた刀を手に取り扉を開いた

 

「行こう『十六代目葛葉ライドウ』」

 

 今日も帝都の闇を祓う二つの影が行く。




色んな人の名前が出たけど全員がメイン格になるわけじゃないのでご了承ください。キャラ多すぎると捌けないから仕方ないね。

本作におけるライドウは十六代目です。
十四代目がかなり長生きし、十五代目はCOMPに関する対応などで戦いに関する経験をあまり得られず死亡、そんで十六代目となっております。

にしても巫女組は参戦作品間違えてる。全く違和感ないや。なんか彼女たち原作でも霧島の秘境にワープできるんですっけ?

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