デビルサマナー 須賀京太郎   作:マグナなんてなかったんや

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今回は誤字無いはず……。無いと良いな。


第二部:『帝都編』
『いざ帝都へ』


 

 金属が擦れる音が鳴り響く中で、京太郎は一人立っていた。

 辺りは闇で、なぜか体がふわふわすると思ったとき、ここが夢の世界だと京太郎は気づいた。

 

 左手にはいつも身に着けているガントレットを装着し、右手に持つのは少し形状が変わっているがハギヨシから受け取った刀。着てる服は京太郎の知らないベストとズボンだ。

 

 左手に着けているCOMPを操作するが反応はない。

 無理もない。ここは夢の世界なのだから。

 

 夢のはずなのに自分の意志で動けることに違和感を感じることなく、京太郎は前に向かって歩く。

 

 そして。

 

「おや。君と会うことになるとはね。これも運命かな」

「ここはいつか君がたどり着く場所だ。力があるものは時としてこの様な事が起きる」

「けれどまだその時じゃない」

「忘れないでほしい。これから起きる事件には君一人では対処できないだろう」

「君と、これから出会う人々の力が必要だ」

「願うならば、君が今のまま歩み、この子が悲しまない結末となることを祈らせてもらうよ」

 

 語るのは赤い服に白髪と眼鏡を付けた車椅子の男。

 隣に居るのはなぜだか親しみを感じる女性で、とても儚い印象を受ける。

 

 女性は京太郎の元まで歩くと頭を下げて言った。

 

「あの子をお願いします」

 

 *** ***

 

「……たろ。きょーたろー!」

 

 目を開けた京太郎の眼の前に居たのはウサギ耳を模した赤いカチューシャがトレードマークの天江衣だ。

 京太郎の隣の席に座っている彼女は、京太郎をゆすりながら声をかけていた。

 

「ふわぁ……どうしたんですか?」

 

 寝違えたのか首に痛みを感じさすりながら問いかけた。

 

「東京に着く時には起こしてくれと衣に言ったぞ?」

「そういえばそうでしたね。……東京かぁ」

 

 京太郎たちが乗っているのは龍門渕が貸し切ったバスの中だ。

 バスには京太郎を含めた清澄麻雀部の五人に、龍門渕の五人とハギヨシ。それと鶴賀学園から桃子とゆみが来ていた。

 ワハハこと蒲原たちも東京に来たがったのだが、滞在費の折り合いがつかなかったため辞退した。

 龍門渕透華が「それぐらい出しますわ」と進言したのだが「友達にお金の貸し借りはしたくないぞー」と至極真っ当な意見を言い、透華も納得し引き下がった。

 

「先輩先輩! 東京っすよ、東京!」

「ん? そうだな。久々に来た……いや、夢の国は千葉だったか」

「私は初めてっすよ。中学校の修学旅行は北海道だったっす」

「それはそれでありじゃないか? あの時は新幹線で30分ぐらいで着くと知って驚いたな」

 

 京太郎の席の後ろに居る鶴賀の二人の会話が京太郎の耳に入った。

 なおゆみは受験生のため東京に来て大丈夫なのか? との話も出たが今の成績を維持すれば志望する大学には問題なく受かるらしい。

 これと、麻雀合宿での話を親に話したとき友人の応援にいくならばと交通費と滞在費を出してくれたのが大きい。

 桃子は京太郎と同じ一年生であり、ステルス体質改善のお祝いとして両親からお金を出してもらっている。

 

 なおインターハイの期間だがえらく長い。

 団体戦だけで一週間以上かかり、個人戦を入れれば2週間以上かかる。ホテルにもよるが交通費と滞在費合わせて十万近くかかるのは恐ろしい。

 このことから桃子の両親がどれほど喜んだか分かるだろう。

 

 桃子が後ろからぐいっと顔を出して、京太郎に問いかけた。

 

「京太郎くんは中学校の修学旅行はどこ行ったんすか?」

「んー。どこだっけ、東京じゃなかったけど」

「私たちも北海道だよ、京ちゃん。ほら、例年だと沖縄だけど同じ費用で別のところ行きたいって話が出て」

 

 悩む京太郎に声をかけたのは咲だ。

 彼女と京太郎は同じ中学校出身なのだから知ってて当然だ。

 

「あぁ! あったなぁ。ハンドに集中してたからあんま覚えてないんだよなぁ」

「ふふ。修学旅行中もボールをずっと持ってたもんね」

「先生が言ってたんだよなぁ。『旅行中もボールには触ってろ! 感覚を忘れちゃたまらんからな』って」

「京太郎はハンドボールをやってたのか?」

「これでも県大会準優勝っすよ。そのあと燃え尽きちゃってやめちゃったんですけどね」

 

 なつかしいなーと語る京太郎を見る咲の目はとても楽しげだ。

 一ヶ月前に見た咲の様子は、京太郎から見てもかなりおかしかった。

 その荒れ具合は少し普通じゃなく、今でも思い出せるほどだ。

 

 その話は語るには今から一か月ほど前まで遡る必要がある。

 

 *** ***

 

 龍門渕での戦いを終えた京太郎が倒れたように眠ったのは以前語った通りだ。

 異界鶴賀学園での戦いの時と同じように疲労が原因で次の日も安静にしていたが、鶴賀での事件とは違い日曜日だったのが幸いし学校を休むことはなかった。

 日曜日には透華から衣が目覚めたこと、事件の後始末で報酬を渡す暇がなく時間がほしいとの連絡を受けた。

 京太郎としても今日来てくれと言われても、疲れから体がだるく動きたくないため、彼女の話はむしろありがたい。

 

 しかし京太郎は忘れていた。

 龍門渕の目の前で咲たちとバッタリ会って、桃子と親しげに話をして、ガントレットつけた状態でメイド服の国広一に連行された姿を見られたことを。

 

 咲から見れば訳のわからない行動を取っている京太郎だが、そんなことすっかり忘れて、衣を助けれたことに満足して学校に登校していた。

 基本的に楽天的な性格な京太郎だからこそ一度死んだことも「生きてるから問題ないな」と流すことが出来るのだが、今回は少年の持つ性格の欠点が浮き彫り出た瞬間でもある。

 

 ガラッと教室の扉を開けていつも通り自分の席に着いた京太郎は、COMPを用いて仲魔たちとコミュニケーションを取っていた。

 内容は合体とハイレベルアップの話だ。

 

「結論から言うとアークエンジェルはハイレベルアップしていくって感じか」

「天使の良い特徴じゃな。呪殺が怖いがそこは別の奴がフォローすればいいじゃろ」

「私も出来うるならば天使以外にはなりたくない。経過は妥協しよう。最終的な結果は天使としてほしい」

 

 アークエンジェルが天使のままでいたいと申し出ることは想定済みであり、もともと京太郎は仲魔の意思に従う方針のため了承した。

 

「おいらはキングフロストになりたいホ―。主さんがもう少し強くなれば合体できるようになるはずだホー」

「特殊合体だっけ? 準備はしておくか」

 

 と、ここまでは順調だった。

 この二体に関してはある程度方向性が決まっている。

 天使のまま成長するアークエンジェルと、神とやらを目指すジャックフロスト。後者については強くなりたいと言う意味だと京太郎は受け取っている。

 

 問題はハイピクシーとトウビョウだ。

 

「とりあえずトウビョウはお茶飲める悪魔だな……。どれだよ」

「加えるなら、魔王、邪神あたりが良いぞ。今の邪龍も悪くないが蛇がな……」

「魔王だとキングフロストと被るから別のだな! ……パラケルススと相談しとく」

 

 元々バカンスに来たトウビョウだ。天使にはなりたくない様だが、合体結果に関してはかなり寛容だ。

 続いてハイピクシーだが。

 

「最終的な結果が女の子の見た目の悪魔ならいーよ。あ、でも女王様やローレライやヴィヴィアンにはなりたいかも」

 

 と、これまた範囲が広いため頭を悩ませることになる。

 先ほどハイピクシーがあげた悪魔たちは今の京太郎の倍近いレベルのためまだまだ先だが、指標にはなるだろうか。

 

 彼らの意見を取りまとめ、ノートに記載した京太郎をじっと見つめるのは咲だ。

 何か言いたそうな顔をしているが、勇気が出ないのか切り出せない。そんな感じだ。

 

 時は過ぎ放課後となった。

 いつも通りとなった二つのカバンを持って教室から出て帰宅しようとする京太郎に声をかけたのは、3年の教室から急いでやってきた久だった。

 

「ごめんなさい須賀くん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど大丈夫かしら?」

「いいっすよ」

「ありがと。麻雀部まで来てもらえるかしら?」

「はい。咲も一緒に行くだろ?」

「あ、うん!」

 

 駆け寄ってくる咲と共に、何の用だろうと首をかしげる京太郎は旧校舎の麻雀部へと向かった。

 

 旧校舎の麻雀部には既にまこが来ており、京太郎は彼女に挨拶をするとその辺りにあった椅子に座った。

 

「それで話ってなんです?」

「土曜日にほら、何があったのか聞きたかったのよ。結局土曜日は忙しいって話で打ち合わせ出来なかったの」

「……あ。あぁ! おお! そういえば部長と咲が居ましたね! すっかり忘れてました!」

 

 戦って、死んで、生き返ってと忙しかった京太郎はついに当日の詳細な記憶を思い出した。

 それと同時に今の状況のやばさに気づいた。

 

 嘘をつくのが日常になっている人間ならともかく、準備をしなければ普通の人はへたくそな嘘しか言えない。

 ちょっとつついたら破れるコーティングのようなものだ。

 

 それでも『一に連れられて、衣を助けようと思ったら一度死んじゃいました! でもまだ戻れる状況だったからカロンに手伝ってもらって生き返ったよ! 三途の川で衣の両親と会って親の想いが通じて悪夢に堕ちた衣を救って事件は解決したんだ!』なんて言えるわけもない。

 一般人にこれを素面で言ったなら、病院行けと言われるのが関の山だろう。

 

「あーその……」

 

 言いよどむ京太郎を見て、爆発したのは咲だった。

 

「京ちゃん。本当は何をやってるの?」

「さ、咲?」

 

 『大蛇の化身 アマエコロモ』との戦いでもひくことはしなかった京太郎が、咲の迫力に負けて一歩下がった。

 

「だってそうでしょ? 麻雀が強くなったと思ったらいきなり部活に来なくなって、私が知らない内に誰かと仲良くなってるなんておかしいよ!」

「いや別に俺が誰と仲良くしても問題ないと思うんだが」

「黙ってて! それに変なの腕に着けて」

「へ、変なの……」

「封鎖された道に行くなんてやっぱりおかしいよ!」

 

 仲良くなって云々はともかく、他はぐうの音も出なかった。

 咲の威圧感に圧されている内に、京太郎は冷静になった……なってしまった。

 

「んー……」

 

 咲の怒りを受けた京太郎が冷静になったのには理由がある。

 追い詰められたことで『デビルサマナー京太郎』の意識にスイッチしたのだ。

 咲の怒りさえも受け流しながら、どうするか考えている京太郎に対して、違和感を感じ始めたのは咲だ。

 

 衣からも感じたことのない冷たい気配が京太郎から漂っていた。

 それはこれまでずっと一緒に居た咲ですら見たことのない彼の側面だ。

 

「あのさ――」

 

 京太郎が何かを言おうとしたその時だ。

 部室の扉が大きな音を立てて開けられた。

 

 てっきり優希が来たのだろうと思ったのだが、入ってきたのは予想外の二人。

 

「衣ちゃん!?」

「衣さんに、龍門渕さん?」

 

 どちらが上かは言及しないが姉妹と言われてもおかしくはない、龍門渕透華と天江衣が一とハギヨシを伴って現れた。

 彼女たちの後ろには少し困惑した表情を浮かべる優希たちもいる。

 

「ど、どうして衣ちゃんが?」

「ん? お礼と元気になった姿を見せに来たんだ。感恩報謝、京太郎が居なければ今ここに衣は居ない。困ったことがあったら衣に言ってほしい。報恩謝徳の精神で応えるぞ」

「えーと……」

 

 毒気が抜かれた京太郎の意識が日常状態に変化した。

 咲の知るいつもの京太郎に戻ったのが分かり、人知れず彼女はホッとしていた。

 だがここで新たな疑問が生まれた。

 

「おい犬! お前が居なければってどういうことだじぇ?」

「そ、そうだよ! もしかして土曜日の時のこと?」

「それについては私がお答えしましょう」

 

 京太郎に食って掛かる二人を止めたのはハギヨシだ。

 彼は二人を京太郎からそっと引きはがすと説明を始めた。

 

「実は須賀くんは私どものところでアルバイトをしていたのです」

「え?」

「マジか!?」

 

 初めて聞く情報に京太郎も困惑している。

 龍門渕は一時的な雇い主のような立場になることもあるので間違っていないが。

 

「その繋がりで国広さんと須賀くんは知り合いだったのです。これで一つ疑問は氷解したでしょうか?」

「あ、はい。でも土曜日何があったんですか?」

「そのことについてなのですが、申し訳ありません。あまり詳しいことをお話できないのです」

「そう、なんですか?」

 

 あまりに綺麗なお辞儀に咲も強く出れない。

 

「はい。ただ、人手が必要で約3週間の短い期間ですが、一生懸命働いてくれた須賀くんに無理を言ってお手伝いをしてもらったんです。そこで衣様が大怪我を負いそうになりまして……」

「え!?」

「ご心配には及びません。須賀くんがその前に衣様を救出しました。だから衣様が須賀くんが居なければここに居ないと仰ったのです」

「そっか。京ちゃんが居なかったら怪我してたから……」

「えぇ。今も病院にいらっしゃったでしょう」

「そうだったんだ……」

 

 ハギヨシの説明に納得した咲は何度もうなずくと、笑顔になって京太郎に言った。

 

「お手柄だったんだね、京ちゃん!」

「でも須賀くんも怪我がなくて良かったですね」

「ははは。まぁ衣さんを助けて俺が怪我したら、ほら気に病んじゃうだろ? そのあたりは気を付けてたって」

 

 一度死んだ男のセリフがこれである。

 余裕がなかったとはいえ実際は大惨事だった。

 

「でも鶴賀のステルスさんとはどうして知り合いだったの?」

「……それは」

 

 少し考え込んだハギヨシを止めたのは京太郎だ。

 話の途中で思いついたことがあった。

 

「龍門渕で仕事するようになった帰りにバッタリ会っちゃってさ。なぜか俺は桃子のことを見失わずに見れたから相談に乗ったんだよ。で、そこから仲良くなったんだ」

「そうだったんだ……」

 

 あえてイヤリングのことは話さなかった。知られれば話が大きくなると京太郎でも分かったからである。

 

「それじゃあの小手みたいなのは……」

「趣味です!」

「え?」

「趣味です! 男の子だからな! かっこいいだろ!?」

 

 テンションの高さで押し切ることにした。

 そんな京太郎を見て咲は笑いながら「そういうのは中学校で卒業してよー」と言い「うっせー、いいだろ!」と京太郎が答えた。

 

「でもどうしてアルバイトを急に始めたの?」

「えっと、それはな」

「皆様方の応援のためですよ」

「え?」

 

 初耳の情報がまた飛び出した。

 部活は休みがちだが応援には行こうとしていたため、ここで言われてもあまり問題はないのだが。

 

「インターハイは個人戦も含めればかなり長い時間かかります。そのため滞在費がかなりかかるんですよ」

「……そういえば須賀くんの分の滞在費、部費で落ちるか確認してないわ」

「久ぁ! おんしゃぁ……!」

「あわわわわ。落ち着きなさいよ、まこ。たぶんきっと大丈夫よ。でも全額は出ないかも……」

 

 久を責めるまこを必死に押しとどめてからハギヨシは続ける。

 

「須賀くんも竹井さんと同じ考えでして。インターハイまで一か月以上あるから頑張れば貯めることができると」

「京ちゃん……」

「犬、すまんかったじぇ……」

 

 何やら美談になり胃が痛いのは京太郎だ。

 仲魔からマッカを用いれば格安でホテルに泊まれることはリサーチ済みである。円とマッカでは金の価値が違うため、宿泊費に差が生じる。

 つまり京太郎は軽く応援に行こうと考えていたぐらいで、ここまで感謝の念を向けられるのは精神衛生上かなりきつかった。

 

 こうして京太郎の危機は去り、折角だからと咲、和、衣、透華で麻雀を打つことになった。

 京太郎、ハギヨシ、一の3人以外は実力者たちの対局を後ろから観戦し京太郎たちは少し離れた位置で会話をしていた。

 

「ありがとうございます。おかげで助かりました」

「いえいえ。国広さんから須賀くんを連れてきたときの詳しい話を聞いたので、もしかしたらと。間に合ってよかったです」

「ごめんね、須賀くん」

「良いですって。俺なんかさっぱり忘れちゃってましたし。皆さんが来てくれなきゃどうなってたか……」

 

 言い訳するのにグダグダになってこの場から逃げようとする自分の姿を幻視し京太郎は項垂れた。

 何とも情けない姿で、助けになってよかったと一は思う一方で、本当に目の前の少年が衣を助けたのかと少しだけ疑問に感じるほどだ。

 

 それから今後の依頼について二人から話を聞いていると。

 

「きょーたろー」

 

 とてとてと三人に近づいてきたのは衣だ。

 流石に満月ではないため本領発揮とは言わないが流石の実力でトップをもぎ取っていた。

 

「一、タッチだ」

「え? あ、交代ってことだね」

 

 と言って今度は代わりに一が打ちに入った。

 透華と和はそのまま連続で打つらしく、咲は久と交代し「やるわよー」と気合を入れる彼女を後ろから応援している。

 

「お疲れ様です。楽しかったですか?」

「うん! 咲もののかも全力だったが本気じゃなかったしとーかも冷えてなかったが、それでも面白かったぞ」

「それは良かった」

 

 衣にとって麻雀は親との絆であることを京太郎は知っている。

 悲しいこともつらいこともあったが、こうして楽しく麻雀を打てるならとてもいいことだと思えた。

 

「……ふむ」

「どうしました?」

 

 京太郎の胸に手を置いた衣は「とーさまを感じる」と言った。

 それを聞いて思いつくのは一つ。彼女の父から受け取った大蛇の祝福/呪いの力だろう。

 あの時『アマエコロモ』のアクアダインを耐え、魔反鏡を使用できたのは彼から受け継いだ力のおかげで水撃耐性の加護を得ていたからだ。

 おかげで、水圧で身体が全て潰されるほどの威力から体が軋んで大分痛いが耐えられるレベルまで威力が減衰した。

 

「それなら闇の世界で見聞きしたことは決して夢ではないのだな」

「夢みたいな話ですけど、そうですね」

「とーかが驚いてたぞ? ずっと握ってたこれが気づいたらなくなってたーって」

 

 衣が指さしたのは自分の頭につけたカチューシャだ。

 確かに持っていたものが突然消えたら驚きもする。

 

「あはは。確かにいきなりなくなったら驚きますね」

 

 慌てて騒ぐ透華を想起して二人は笑いあった。

 ある程度笑った後、衣は真っ直ぐ京太郎を見て言った。

 

「京太郎はこれからも戦い続けると思う。でも死んだり消えたりしたら絶対許さないからな」

「大丈夫っすよ。そんなつもりは全然ないですから」

 

 別れるつもりがなくても理不尽な出来事が襲い掛かり、離れることがあることを衣は知っている。だから衣は京太郎には戦ってほしくないと思っている。

 けれど自分の気持ちを押し付けてはいけないことも分かっていた。

 

 だから衣が京太郎に出来ることはただ一つ。

 

「うん。信じてるぞ、きょーたろ」

 

 どこかに行ってしまいそうな少年を繋ぎとめて、笑顔で見送ることだけである。

 けれど、どこかに消えてしまっても絶対に見つけてやると誓っていた。

 

 それはまるで蛇のような執着心だが――。

 

 確かな強い想いであるのも確かだった。

 

 *** ***

 

 一月前のことを振り返っていた京太郎は楽しげに話す咲を見た。

 ハギヨシたちが現れて結局言わなかった言葉がある。そのことは覚えているのだが、結局何を言おうとしたのか具体的な内容を忘れてしまった。

 

「着きましたわ!」

 

 と、いきなり声を上げたのは透華である。

 龍門渕は去年大会に参加しており場所を知っている。そのため目立ちたがり屋の透華が目立つために声を上げたのだ。

 実際は目的地であるインターハイ会場である『東京国際フォーラム』に目が行っており、目立っていないが。

 

 その中でただ一人京太郎だけが手元にある手紙に目を落としていた。

 差出人は3名で、ヤタガラスの葛葉と霧島神宮、そして最後は個人の名前で熊倉トシという人物から一度会いたいという旨の手紙が届いていた。

 

「ん? それはなんだ?」

 

 隣に座ってた衣は会場から京太郎へと視線を移した。

 衣も会場を知っているため興味があるわけではない。

 興味を持つのはここで大会が行われることへのわくわくや緊張感を抱く清澄と、叶わなかった夢に思いを馳せる鶴賀の二人だ。

 

「……くずの、は? とーかー! きょーたろーがぁ!」

 

 衣から京太郎が葛葉などから手紙を貰ったことを知った透華はとてもいい笑顔を浮かべた。

 同性である女性陣さえも思わず振り向くような素敵な笑みだったが、京太郎にとっては肉食動物の怒りに見えた。

 

 笑顔とは本来威嚇行為である。それを一人実感するのだった。

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