デビルサマナー 須賀京太郎   作:マグナなんてなかったんや

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情報まとめ回のようなものだけど、こういった話は苦手です。
多分次話から本章の本番が始まるかなと。


『情報共有』

 見知らぬ他人とはいえ、他者をいとも容易くスライムと合体させたゲオルクに対して殺意を抱く京太郎。

 霧島神鏡の姫と生きた天児ではなく、神代小蒔と石戸霞という個人の思いで妹分を心配している霞。

 他者を思う意味では同じだが相手に対して抱いている感情は全く別のものだ。

 

 京太郎から溢れる殺意に気づいたのは目の前に居た霞ではなく、その後ろにたたずむ学生服と黒の外套を纏った学生だった。

 

「……落ち着いてくれ」

「そうだ。須賀京太郎、うぬもだが、石戸霞も落ち着け。神代小蒔が心配なのは分かるが彼は細かな事情を知らないだろう」

 

 その言葉で我を取り戻した二人は、心を落ち着けるために深く深呼吸をしてから霞は事情も伝えずに押しかけたこと、京太郎はその話を全く聞こうとしなかったことについてお互い謝った。

 

 主に京太郎が落ち着いたことを確認し、内心ホッとした『彼』は霞に対して言った。

 

「彼が力を貸してくれると仮定するが、それでも今日何かを頼むつもりはない」

「っ、なぜですか!」

 

 納得がいかないと霞が抗議するが『彼』の言う言葉に納得せざるを得なくなった。

 

「須賀京太郎は午前中に異界を破壊し、午後にも多くの人を護衛しながら同様に異界を破壊している様だ。ここで彼を動かしても疲れから大した力は発揮できないだろう」

「それは! それは、そうですが……」

 

 少しだけ声をあげたが、次第にしぼんでいく。

 石戸霞は元来温厚で優しい女性である。確かに神代小蒔のことは大事で、彼女を助けるために犠牲になるのが自分自身なら霞は喜んで行動する。けれどそれを他人に強制するなんて考えはない。

 それでも大切なものが酷い目に合っているかもしれない現状を考えて、巫女服がしわになるのも構わず彼女は服をギュッと力強く握っている。

 

 たいしてお人よしな京太郎はこう言った。

 

「何があったか知らないですけど俺なら大丈夫ですよ」

 

 何が起きているのかは理解できていないが、それでも目の前の女性にとって大切な人が大変なことになっているのは理解できた。

 決してこの女性が京太郎のタイプだからとかそんな理由ではなく、純粋に手助けをしたいと考えた結果の言葉だ。

 

 しかし学生服の少年は首を振り拒否すると、手を伸ばして軽く京太郎を押した。

 

「うわっ」

「君は君が思う以上に疲れている。護衛もしてきたのなら体力だけではなく精神的にも疲れはある。今の君では足手まといだ」

 

 実際少し押された程度で体勢を崩してしまった京太郎は彼の言葉にぐうの音も出すことは出来ず「はい」と小さく頷いた。

 現状落ち着いたことで満足した『彼』は小さく頷くと、とある提案をした。

 

「須賀京太郎。まず情報交換を行いたい。それに依頼を受けるならお互いの名前も知っておいた方が良いだろう」

 

 そういえばと京太郎は思った。

 今この場に居るメンバーは京太郎を含めて3人だ。

 京太郎、石戸霞、学生服の少年。しかし会話をしているのは4人である。

 そのことに気づき、首をかしげていると少年の近くに居た猫が京太郎の脛を猫パンチしていた。

 

「もう一人は我だ」

 

 喋る黒猫に今更驚くことはなく、京太郎はしゃがみこむと「すみませんでした」と頭を下げた。

 見た目はともかく話し方が年上っぽいため、彼を敬う態度を取ることにした。

 天江衣と今日挨拶をした鹿倉胡桃に対する処世術と同じだ。

 

 そんなことはつゆ知らず、黒猫は満足そうに頷いた。

 

 *** ***

 

 少年たちに連れられ京太郎がやってきたのは都内にある料亭だ。

 話す内容が話す内容なうえ、黒猫まで居るのだから普通の場所で話すことは難しい。

 結果選ばれたのは黒猫がずっと昔から知っているというこの料亭だった。

 

 和室に腰を下ろして居るのは4人と1匹。

 須賀京太郎、学生服の少年、石戸霞、そして熊倉トシと黒猫だ。

 トシがこの場に居るのは、途中から合流した京太郎だけでなく始めから事情を知っているトシからも話を聞きたいと黒猫が主張したためだ。

 

 軽食が全て運ばれてきてから、まず最初に声をあげたのは黒猫だった。

 

「まずは挨拶からさせてもらいたい。我は業斗童子……ゴウトでいい。我の隣に居るのが今代のライドウ、十六代目葛葉ライドウだ」

 

 ライドウは礼儀正しく京太郎に頭を下げた。

 『葛葉ライドウ』とは勿論本名ではない。彼の本名はライドウになった時からこの世から消えている。

 帝都の守護者葛葉一族のライドウが彼の全てなのである。

 

「どうにも無口な男でな。気を悪くしないでほしい」

「いえ」

「そして彼女が石戸霞だ。何の因果かうぬと接触しようとした者たちが勢ぞろいしたわけだ」

「そういえばそうですね」

 

 異界の破壊に救助にと色々とありすぎてすっかり京太郎の頭から彼らと会うことが抜け落ちていた。

 

「それは追々として。その、何があったか聞かせてもらってもいいですか?」

「石戸霞よ、我らに聞かせた話を彼らにも聞かせてくれるか?」

「はい」

 

 とても綺麗な佇まいなのは、彼女の家の躾が良く行き届いている結果だろう。

 少しだけ眼の下に隈があるのと、顔色が青ざめているのは神代小蒔を心配しているせいか。

 

「四天王がおわします、4つの要に異界が発生したことはご存知ですか?」

「はい。俺も一つ担当しましたから」

「担当した、ですか?」

「東京国際フォーラムで少し話しただろう。午前中に破壊した異界がそれだ」

 

 驚いている霞にゴウトが追加で説明をした。

 京太郎が知る由もない話だが、ライドウとゴウトは京太郎が受けてきた依頼の内容を把握している。つまり京太郎のレベルをある程度把握できる立場にあり、だから瀧黒寺の異界を京太郎に任せると判断できたのである。

 対して石戸霞だが、京太郎に関する情報はあまり仕入れていない。インターハイで忙しかったのもあるが、京太郎が組織に属する動きがあるか否かが重要であり、彼の依頼内容などは手に入れていなかったせいである。

 

 この情報量の差が霞とライドウたちの違いだ。

 

「そうだったのですか。実は私たちにもヤタガラスから依頼が来まして、4つの内2つを担当したんです」

「もう一つは我らが担当したが、付け加えるのなら彼女たちに依頼すると判断したのは我らではなくヤタガラスだ」

 

 霞が今朝の出来事を思い出しながら言った。

 

「ヤタガラスの使者の男曰く、異界に居る悪魔のレベルが高く今帝都に居る異能者では私たちぐらいしか担当できないと判断したとのことです」

「そうだったんですね」

 

 確かに異界に居た悪魔のレベルは50近くかなり危険な異界だったなと京太郎は振り返った。

 ヤタガラスがそう判断するのも無理はないかと思うと同時に、その異界を踏破できるほど目の前の少女は強いのだと認識を改めた。

 

「それで私と姫様……えっと神代小蒔ですね。と、狩宿巴の3人で異界に潜っていたのです。それで……」

 

 彼女たちが担当していたのは、教青院の異界だ。

 この異界にはジコクテンがおり、彼女たちも京太郎がビシャモンテンと会話した時と同様に会話をして本堂の裏手にドリーカドモンがあると判明した。

 その後3人で本堂の裏手に回りドリーカドモンを破壊したことで異界の破壊は問題なく完了した。

 

「3人と2人で別れたのは問題ないと判断したからですよね?」

「えぇ。姫様が居るグループを3人にするのは前提でしたし、いただいた情報通りの悪魔しか居ませんでしたから」

「彼女たちは神道系の力に優れているのは勿論だが、神代小蒔と石戸霞は神降ろしを行い自分の力とすることも出来る」

「仲魔から神降ろしについては少し話を聞いてます。能力や耐性に、使えるスキルも変わるんですよね」

 

 前準備こそ必要だがあらゆる依頼に対して対応することが出来る力だとプロメテウスは言っていた。

 付け加えるのならば、神を降ろし『悪魔変身』さえも可能とするなら、神の力を借りるのではなく行使することさえ可能だと言う。

 

 神降ろしではないが大正の時代にその身を神に捧げたとある少女はその力でもって、サマナーと共に戦った話もある。

 

 人の身で神の力を行使するなんておこがましいと人は言うかもしれないが、では神を僕とするデビルサマナーはなんであろうか。

 

「そして神降ろしの力自体は珍しい物ではない。シャーマンにイタコの名ぐらいは知っているだろう。神代小蒔が才に秀でているのは確かだ」

「姫様っていうのは霧島神社での呼び名ってことですかね? でもそれならなぜライドウが神代さんを探してるんですか?」

 

 ヤタガラスにとって重要な存在であるならば分かる。

 だがそうでもないのに、ライドウが神代小蒔を探している理由が分からなかった。

 暇なのであればともかく、今は四天王の要に発生した異界など調べるべきことは多くあるはずだ。

 

「異界の形成にはドリーカドモンが関わっていた」

 

 ライドウは京太郎を見ている。

 

「その意味をこの中で最も一番知っているのは君のはずだ」

「……自然にできた訳じゃなく、人の手が加わってるってことですよね」

 

 長野の商店街、鶴賀学園、龍門渕で出現した異界にはどれもドリーカドモンが関わっていた。

 前者二つはともかく、龍門渕の異界を構築したのはメシア教であり、実際にドリーカドモンを作った存在は明らかになっていない。

 最初はメシア教が主体となって作ったのではないかと言われていた。

 メシアプロジェクトと呼ばれる計画があったのは有名な話で、一度死んだ子供を蘇生させ聖者に見立てるぐらいはすると思われたからだ。

 それを当然メシア教は否定した。外部からも調査員を送りメシア教を調べたのだが、メシアプロジェクトの形跡こそあるが確証に至る証拠は見つからなかったという。

 京太郎はその旨をライドウに伝えると、彼は頷いた。

 

「我らの持っている情報も同じようなものだ。そして今回起きた神代小蒔拉致事件……無関係と思うか?」

「思い込みは良くないですけど。それでも関係あると思います」

「そう考え我らは彼女たちに協力することを決めた。そして、調査中に一つの情報を得た。それはダークサマナーが学生を拉致しようとしたというものだった」

「なるほどねぇ。それであの場にライドウたちが居た訳だね」

 

 トシと京太郎は二人で納得した。

 小蒔の拉致と宮守、阿知賀の拉致未遂事件を繋げたのだろう。そこで彼らは情報を得るために集合したと言う国際フォーラムに姿を現した。

 そしてそこに京太郎がおり、石戸霞は猫の手を借りる思いで京太郎に声をかけた訳である。

 

「我らが話せるのはここまでだな。次に二人の話を聞かせてもらえるか?」

 

 ゴウトの要請にトシと京太郎も少しずつ語り始めた。

 京太郎がビシャモンテンが担当する要の異界を破壊したこと。

 トシたち宮守が阿知賀と合流した後に異界に落とされてしまい、京太郎に連絡を取り助けを求めたこと。

 異界での戦いにより阿知賀の一人が覚醒したこと。

 異界を脱出し現れた男女二人の目的が宮守、阿知賀の面々を拉致することだったということ。

 男女の正体は暴力団幹部の女とゲオルクと名乗る男だと言うこと。

 そして、京太郎に人殺しを体験させるためにとある母子をスライムと合体させた事を語った。

 

 ここまで話してライドウと霞が強く反応したのは『ゲオルク』という名前だった。

 

「ゲオルク……ライドウさん」

 

 問いかけるように霞がライドウを見た。

 

「間違いないだろう。フィネガンの名を出していたのも証拠の一つだ。しかし、狂戦士ゲオルクか……」

「知ってるんですか?」

 

 京太郎の問いかけにライドウたちは頷いた。

 

「ゲオルクはファントムソサエティに属するダークサマナーの一人だが、組織の思想に共感している訳ではない。あいつはただ闘争を楽しんでいるだけらしい」

「彼はどちらかと言うとガイア教の思想に近い男だな。実際ガイア教の幹部と懇意にしているそうだ」

「私も元ダークサマナーの方から話を聞いたことがありますけど、全くチームプレーが出来ず単独で動くことが多いとか……」

「宗教と裏組織のコラボレーションっすか……」

 

 考えうる限り最悪の組み合わせである。

 どっちも狂った思想を持てば厄介な人間であるという共通点を持ち京太郎は頭を抱えた。

 組織の思想に共感していない狂戦士の現ターゲットは自分だと自覚していた。

 

 頭を抱えもだえる京太郎を放置してトシが話を進めている。

 

「暴力団もガイアと繋がってると見るべきかね?」

「そう考えていいだろう。阿知賀と宮守の学生についてだが、多くはオカルト使いと聞いたが事実か?」

「阿知賀の新子憧以外はオカルト使いだね。新子神社の二人娘の下の子だけどこちら関連の才はなかったようだ」

「あぁ、だから……」

 

 その話を聞いて京太郎は納得した。

 魔石の単語を知っていたりやけに冷静だったりしたのは、前もって情報を知っていたからだろう。

 

「それじゃ松実宥さんの監視役は新子さんになるんですかね?」

「ヤタガラスの一員ではないからそうはならないが、それでも相談役としては動いてくれるだろうさ」

「……良かったっす。でもオカルト使いが狙われる理由って何か思い当たる点でもあるんですか?」

「オカルト能力を持つ者は覚醒こそしていないが、それでも一般人と比べマグネタイト保有量が多い。中には神話やそれに関連した力を持つ者が多いのも知っているな?」

「はい」

 

 京太郎が思い浮かべたのは天江衣だ。

 彼女は大蛇の力を持っており、それを模した力を振るっていた。

 

「当然もとになった存在が巨大であればあるほど強くなる傾向にあるが特に宮守の面々は特殊で力が強い」

「特殊っすか?」

「近代に作られた怪異が彼女たちの元になっていると聞いている。これが中々に厄介でな、これ以上は話が逸れるため省略するが要するに阿知賀はおまけ扱いだった可能性が高い」

「私が須賀くんに依頼しようとしていたのも、あの子たちの能力に関連するんだが、今はその話をしている場合ではありませんし、すぐにどうこうなる話でもないですから」

「そうだな。オカルト使いの拉致と暴力団にダークサマナーか。良い情報を得たな、ヤタガラスに報告しまず山縣組を調べてみることにしよう」

 

 ゴウトに視線を向けられたライドウが懐から管の様なものを取り出すと彼のマグネタイトが管に吸収されるのが眼に見えた。

 そして開かれた管の中からは組織と同じ名前を持つ悪魔、八咫烏が姿を現した。

 

 ライドウは取り出した一枚の紙に何かを記載すると八咫烏の足に括り付け飛ばした。

 あの八咫烏が文字通りの伝書鳩ならぬ伝書烏の役割を果たすのだろう。

 

「さて、話せるのはこれぐらいか。改めて京太郎、今回の依頼を受けてもらえるか?」

「それはどの依頼になるんですか?」

 

 苦笑い気味に問いかける京太郎に「愚問」だとゴウトは言い。

 

「神代小蒔拉致事件を含んだ今この帝都にはびこる影を払う……だ」

 

 なんともあやふやな依頼だが仕方がないと京太郎は思う。

 なにせ、事件の全貌が全く見えてない。依頼の難易度も不明だ。

 

「報酬は勿論たんまりと、ですかね?」

「歩合性になるが調査費用と最低限のマッカが渡されることになるだろう。もちろん鹿児島からも、な」

 

 視線を向けられた霞は強く頷いた。

 彼女の立場からすればマッカで小蒔を救うことが出来るなら安い物なのだろう。

 それは、彼女自身も彼女の立場から見てもだ。

 

「調査内容については逐一連携させてもらう。連絡先の交換をお願いしたい」

 

 ライドウが取り出したのは見た目にあわないがスマホである。

 彼曰く、自身が悪魔召喚プログラムを使うことはないが、電子機器での連絡は力を使うことなく行うことが出来るため便利、とのこと。

 古い召喚術を使用しているのはそれが葛葉ライドウで、受け継ぐべき伝統なのだろう。それ以外は柔軟に取り入れる姿勢がうかがえる。

 京太郎はライドウと霞の二人と連絡先を交換すると料亭から出て行くのだった。

 

 京太郎、トシ、霞が姿を消した路地裏に一人と一匹でたたずむライドウとゴウトは言う。

 

「しかしこれほどまでに情報を得られないとはヤタガラスの質も落ちたということか?」

 

 ヤタガラスを今と昔で比べると大きく違う点がある。

 それは人員の質だ。

 本来悪魔召喚を始めとした技術は研鑽しなければ得ることが出来ない。

 マグネタイトもCOMPに収集するのではなく、自前のマグネタイトを用いて悪魔を召喚し使役していた。

 つまり、現代のサマナーと異なり多量の悪魔を同時召喚することが出来ないのだ。

 逆に言えば、悪魔の力だけでなく自身の力で戦わねばならないため命の危機がとても多いが、一人一人のサマナー……いや、退魔士の実力は比較的高い。

 

 しかし、今から約20年前に誕生した悪魔召喚プログラムによりそれは一変した。

 対して鍛えずとも悪魔召喚を用い、戦う現代のサマナーはリスクケアを重視し収集したマグネタイトでもって悪魔を使役し数で戦う。

 

 昔のサマナーで比べると、危険度こそ減ったが質が低下してしまっている。

 もう一つ付け加えるのならば時代の流れというのも存在する。

 

「タカ派の動きが活発になっているのは確認しているな?」

 

 ライドウは頷いた。

 

「悪魔の力を国防ではなく外部の人に向けるか……。そう考えた者たちの末路は知っているだろうに、自分は大丈夫だと特別視するとは情けない」

「先の事件でメシア教の勢いが削がれたのも大きいな」

 

 悪魔の力を人に向けるとなれば、黙ってはいないのがメシア教である。

 外面は良い彼らのことだ。悪魔の力を人に向けると知ればそれを口実に聖戦を掲げ日本に攻めてきたと思われる。

 ライドウたちも認めたくはない話だが、実際のところメシア教はヤタガラスに蔓延るタカ派の様な者たちに対する抑止力となっていた。

 

「そんな愚かな真似をこの帝都で許すわけにはいかん」

「分かっている。行こう、ゴウト」

 

 

 *** ***

 

「なるほど、そういう事情でしたのね」

 

 京太郎から事情を聴いた透華が納得したように頷いていた。

 ここは代々木公園近くにある清澄麻雀部の面々が宿泊している青少年総合センターだ。

 ライドウたちとの会合から少し時間が経ち、午後の18時になった。

 8月の18時というとまだ陽も明るく、京太郎は当初の予定通りケーキを購入してからこの場に来ており、清澄だけでなく、衣たちに桃子たちの姿も見かけた。

 

 インターハイ出場者同士は同校でない場合麻雀を打ってはならない。

 そんなルールがありはするが、衣たちは出場校ではないため清澄の練習に付き合うと言う名目で麻雀を打っていた。

 

 確かに清澄が勝ちはしたが実力自体は拮抗しておりこうして麻雀を打つだけでも勉強になるそうだが京太郎には分からない。

 今は衣と透華が休憩をしており、今日起こった出来事を話していた。

 

「龍門渕に何か話が来てたりはしないんですか?」

 

 この問いかけに透華は首を振った。

 

「ヤタガラスと関係があると言っても、私たちはスポンサーという立場ですし先の事件で信用も失っていますから」

 

 「ただ」と彼女は言葉を付け加えた。

 

「先ほどヤタガラスから物資の援助を依頼されたようですから、今回の件と関係があるのかもしれませんわね」

「援助の依頼……」

 

 ファントムソサエティとの戦いに備えているのだろうか。

 

「ちなみになんですけどヤタガラスが調べることが出来ない場所とかあります?」

 

 この問いかけに対して透華は少し考え込んでからいくつかの候補を出した。

 

「メシア教、ガイア教が当てはまりますわ。結局彼らとは思想から相容れませんし。あとは……政治と象徴、ですわね」

「政治と象徴?」

「政治はそのままで政治家ですね。国会議事堂など彼らと関連のある施設の調査はしにくいでしょう」

「よく分からないんですけど、ヤタガラスも権力には勝てないと?」

「昔であれば天皇陛下のお膝元の名目で動けたため、そうではないのですが今は国の元でヤタガラスは動いていますから。要するに多くの人に許可をいただけないと動きにくい状況になっているんです」

 

 ハギヨシ曰く、この構造にしたのは戦後の時代。アメリカ政府が主導で行ったという。

 アメリカ政府からしてみればメシア教に従わぬ日本のヤタガラスに枷を付けたかったのだろう。

 

「結果彼らの目論見通りヤタガラスは徐々にですが弱体化をして、組織としても複雑になっています。昔はヤタガラスの重鎮が幹部を締めていましたが、今では政治家や少ないですがスポンサーの方も名を連ねています」

「色々な人がそれぞれの思惑でヤタガラスを利用したいと考えているのですから、足の引っ張り合いとなってしまっている訳ですわ」

「なーんか悲しい状況っすね」

 

 京太郎のヤタガラスに対するイメージが崩れ始めていた。

 よく分からないオカルト染みた組織から俗世のしがらみで弱まった組織と印象が変わっている。

 

「国を動かす者たちも知ってはいるのですよ。いかに科学の時代とはいえ神魔の力は必要だと」

「須賀さんもお会いしたヤタガラスの使者がやけに上から目線なのも、下には見られないようにと涙ぐましい努力みたいなものですから、もう少し信頼を得れば態度も柔らかくなりますわよ?」

「そんなものですかね? あと象徴はやっぱり天皇陛下ですか?」

「はい。ヤタガラスの最重要防衛対象ですね。先ほども言いましたが元々は天皇家の下にあった組織ですから」

「……なるほど。それじゃ結局ヤタガラスが入れない所は俺も入れないですね」

 

 サマナーとはいえ京太郎は一般人であり何かしらの権限があるわけではない。

 霞たちは猫の手も借りたい心情だろうが、こうなれば本当に猫の手ぐらいにしか力になれない可能性が高い。

 

「とはいえ、異界に隠している可能性がありますからその時は須賀くんの出番という訳ですね。ゲオルクが居るなら高位悪魔の蔓延る異界に隠している可能性もあります」

「そうですね。アナライズする暇がなかったけど、あいつは今の俺よりも強い……」

 

 仲魔たちと連携を取れば話は別かもしれないが、それはゲオルクとて同じである。

 ファントムソサエティに属しているなら彼も間違いなくサマナーで悪魔召喚を行うことが出来る。

 そうなれば、例え仲魔たちが居ても今の実力では負けてしまう可能性の方が高い。

 

「衣さんたちも気を付けてください。どうもオカルト使いが狙われてる感じもあるので」

「大丈夫だ。ハギヨシも京太郎だっているからな」

「確かにハギヨシさんが居るなら大丈夫かな……」

 

 まだまだハギヨシの方がレベルが高いことを京太郎は知っている。

 彼がどうしてこれほどまでにレベルが高いのか気になるところだと思っていると、テレビでビデオ映像を見ていた久の声が届いた。

 

「やっぱり天照大神の神代小蒔さんが一つ目の壁ね」

 

 小蒔の名前が出たが、永水女子の出場試合は第二試合である8月10日。今日から5日後がある種のタイムリミットだ。

 永水女子は四つあるシードの一つであるため第一試合がない。そのため多少余裕はあるが早く見つけることにこしたことはない。

 

「天照大神ってなんです? なんで女神の名前が?」

 

 その疑問に答えたのは透華だ。

 

「インターネットで有名なスラングと言いますか、面白がってつけた名前が有名になりましたのよ」

「スラング?」

「今年の初めから一気に有名になったのですが、天江衣、宮永照、大星淡、神代小蒔。それぞれの名前から一文字ずつ取るとそうなるでしょう?」

「あーあー……。確かに」

「チャンプである宮永さんは勿論、去年大暴れした衣と神代さんは前から有名でしたが。今年に入って宮永さんの後継者と言われる大星さんが現れましたの。全く持って羨ましいったらありゃしないですわ!」

 

 時々ある透華の目立ちたがり症候群が発症していた。

 この1カ月に度々起きているのを見ているので京太郎も慣れてしまった。

 

「まーた、とーかの悪い癖が出たな……。実際白糸台と永水女子の試合で天照大神の誰々とアナウンスされたらしいぞ」

「公式みたいなもんですか。いや、何が公式なんだとは思うけどネットだけじゃなく、現実でも呼ばれたなら事実と誤認する人も多そうっすね」

 

 ここで京太郎はそんなことはどうでもいいかと結論付けた。

 ネットの話が現実での呼び名になったところで何の意味もないからだ。

 

「須賀くんは明日から神代さんを捜しに帝都を探すのですか?」

「はい。ただ7日は清澄の試合があるので……本当は探したいけどここで姿を消す方が怪しまれちゃいますし」

 

 1か月前にも咲に詰問されて困った覚えがある。

 京太郎としてはあの時の再現は避けたいのだ。

 もし再現されてしまえば宿泊施設は別とはいえ咲は常に自分の傍に京太郎が居ることを求めることになるだろうと考えるほど、切羽詰まった様子を見せていた。

 もしそうなっても咲の言葉を聞かず外に出るのは簡単だが、厄介な事態となるのは間違いない。

 そのため、それを避けるためにもリスクケアを行う選択を行うことにしたのである。

 

「気になることがあればパフォーマンスも落ちてしまうでしょうからその方が良いでしょうね」

「できれば早く見つかってほしいですけど……」

「そうだな」

 

 しかし京太郎たちのそんな思いは叶うことはなく時は過ぎる。

 

 8月9日。

 

 東京の全域を調査したにもかかわらず神代小蒔の影さえつかむことが出来ないでいた。

 山縣組とそれに関連する暴力団の事務所は全てもぬけの殻であり、人から情報を得ることも出来ない。

 

 停滞した状況が動き出したのは8月9日の午後の時間。

 だが次に語る物語はその同日、午後のとある路地裏で見かけたどこかで見たような白い装束を着た者たちを京太郎が見かけたところから始まる。




ライドウについて
色々と悩んだ。大沼の爺ちゃんを十五代目にするとか考えたけど爺ちゃん枠もういるし、かといって咲キャラをライドウにするとそのキャラの名前は出せないし、ていうかなんで大会にライドウが出てんだよ! ってなるから止めました。
だから十四代目ベースのオリキャラで行きます。

『ヤタガラス』について
組織のヤタガラスはカタカナで悪魔の方は漢字の八咫烏にします。
まぁ悪魔の方は今後出るか不明ですけど

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