デビルサマナー 須賀京太郎   作:マグナなんてなかったんや

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ようやくここまで来たかという感じです。


『堕ちた太陽』

「やっぱ見つからないな」

 

 まだ午前中とはいえ8月の真夏日。

 気温と日照りもそうだが太陽に熱されたコンクリートの反射熱もあり、歩いている人間の体力をじわじわどころかガッツリ削っていく。

 悪魔の用いる火炎魔法アギよりもえげつないと感じつつ、京太郎は日陰になっている路地裏に入ってゴミ箱を椅子代わりにして座り込んだ。

 

 神代小蒔が拉致されてから4日が経過したが彼女の足取りは一向に掴めていない。

 これが京太郎だけであればおかしい話ではない。京太郎はサマナーであるが何かしら権力があるわけでもなく、人間社会においてはただの高校生で東京に関しても詳しくは知らない。鹿児島の巫女たちも似たようなもので、東京の地理には疎いだろう。

 しかしライドウとヤタガラスであれば話は別だ。

 ライドウは帝都を守護する退魔士であり、ヤタガラスは日本と言う国を裏から支えてきた組織である。そんな彼らが足取りを掴むことさえ出来ないのは異常だ。

 そのことに気づかない訳ではないが、だからといって京太郎が何かできるわけでもなくライドウたちも手は打っているだろう。

 

 けれどもし、今回の件にヤタガラスが関わっているのなら……。

 

 そう考えて京太郎は首を振った。

 確証があるわけでもなし、疑ってかかるのは良くないと薬局で購入したマッスルドリンコを一気に飲み干した。

 ちなみにこのマッスルドリンコだが市販されている同名の栄養ドリンクとは少し違う。

 一部の薬局店ではCOMPを見せることでサマナー用の道具を購入できるが、このマッスルドリンコもその一つだ。

 神経や肉体の新陳代謝を活性化させるのは勿論のこと、それにより傷さえも癒す優れものだが市販品はそこまでの効果はない。

 というより傷まで癒す飲み物とかそんなもの発売したら話題になって一瞬で規制されるだろう。どう考えても体に悪い。

 

 とはいえ京太郎たちサマナーにとっては活力剤である。

 夏の日差しで削られた体力さえも癒し、残った瓶はアクアで圧縮し潰して塵となった。

 顔を手で軽く叩いて気合を入れ、小蒔の捜索を続けようと路地裏から出ようとしたその時だ。

 

「待てっておまえたち!」

 

 少女の必死な声が路地裏にまで響き渡った。

 何事かと路地裏から顔を出した京太郎の眼に飛び込んできたのは怪しいとしか言えない4人組だ。

 

 その4人組はどこかで見たことのある白い装束を着ており、4人から感じられる神聖な空気を感じた時に思い出した。

 

「あれはメシア教の……」

 

 カバンからハンドガンだけ取り出して身に着けその集団に少しだけ近づく。

 その間にも4人に声をかけていたのは赤い髪を片方だけ結んだ髪型をした少女だ。

 彼女はそのうちの一人の腕をつかみ必死に訴えていた。

 

「なんかへんだぞ? というかなんだよその格好。ほら、ユキも可愛い服の方が良いだろ? 揺杏も長袖の見てるだけで暑そうな服の方が似合ってるって!」 

 

 赤髪の少女の訴えに一人がくるりと振り向いた。

 その少女の眼に光は感じられず、正気には見えない。

 

「変なのは爽先輩じゃないですか? 天使さまたちを先輩も見ましたよね? 私たちの主から使わされた天使様たちは私たちに道を示してくださったのです」

 

 電波である。

 一瞬やべぇこと言ってると違う意味で身構えた京太郎だが、赤髪の少女も似た気持ちなのか京太郎には見えないが若干引いている。

 しかし我に返った少女は諭すように言う。

 

「いやいやいや、見てない見てない。今までも少し怪しかったけどさここで中二病爆発させなくてもいいだろ? インターハイどうするんだよ」

「インターハイよりももっと大切なことがあるんです。行きましょう、ユキちゃん。あんな素敵な光景を見ていないなんて爽さんはおかしいんです」

「おい、おい!」

 

 爽と呼ばれた少女の腕を振り払い4人組はどこかへと歩いていく。

 

「うわっ」

「あぶない!」

 

 腕を振り払われた爽は体勢を崩し後ろに倒れそうになっており、京太郎はそれを支えた。

 

「大丈夫っすか?」

 

 京太郎は支えていた腕に力を少しだけ込めて爽を立たせた。

 両足でしっかりとたった爽は少しだけ恥ずかしそうに「ありがとな」と礼を言った。

 

「いえいえ。あれってなんなんですか? 色々と怪しく感じましたけど」

 

 メシア教を知らないふりをして問いかけた。

 爽は苦笑しつつ答えた。

 

「私たちからすればそう珍しい物でもないんだけどな」

「え?」

 

 メシア教の人間なのかと少しだけ身構えた京太郎を見て、慌てたように弁解する。

 

「勘違いしないでくれよ? 通ってた学校がメシア教って宗教と馴染み深いだけで真剣に信仰してたわけじゃないよ」

「宗教系の……。授業中で着たりすることがあるから珍しくない?」

「シスターとかも居たからさ。でもあれは異常だよ……」

 

 肩を落とし落ち込む爽を慰めるように幾つかの影が肩を叩いたり元気づけようとするのが見えた。

 なにごとかと警戒する京太郎だが、影は爽は勿論京太郎にも危害を加える様子を見せない。

 

「あれを着てたって言っても、コスプレみたいな感じだぞ? 皆もそうだった」

「冷静に考えるとひっどい話ですけど、そんなもんですよね」

 

 メシアンからすれば正装だが一般人からすればコスプレに見えるのは仕方ないが、生徒からそう思われているのはなんだかかわいそうだった。

 

「一部はガチで居たけどそんなの1割も居ないって。なのに今朝会ったらあんなことになっててさ。正直大分きつい」

 

 昨日まで普通に話していたのにいきなり友だちが宗教かぶれに……日本人にはかなりきつい状況だろう。

 依頼の件もあり、彼女と話している場合ではないと考える京太郎だがメシア教が関わっている可能性があるならば話は別だ。

 彼女たちの心境の変化に切っ掛けのようなものがなかったか問いかけた。

 

「んー……。あぁ、みんな天使の夢を見たとか言ってたな」

「道を示してくださったとか言ってましたね」

「超常の存在が居るのは知ってるけどさ、でもインターハイに出るために頑張ってきたんだ。いきなりこうはならないだろ……」

 

 頭を押さえて壁にもたれかかった少女を見て、京太郎は近くにある自販機から冷たいお茶を買って手渡した。

 「ありがとな」と言って受け取った少女はペットボトルの蓋を開けると、現実の悪夢をすべて飲み干さんとする勢いでお茶を飲み始めた。

 

 それでも気分は晴れていない爽から少し離れて京太郎はトシと連絡を取った。

 龍門渕にメシア教関連のことを聞くのは気が引けたためである。

 

『……須賀くんかい? どうしたんだい』

 

 何回目かのコールの後に出たトシに事情を説明すると、トシは少し考え込んでから言った。

 

『何かしらのスイッチを脳に刻んでいた……かもしれないね』

「スイッチですか?」

『神のための兵士にする……メシアンのやりそうなことだね。ちょいと学校生活で宗教にかかわることを何かしたか聞いてくれるかい? 通話は切らないで良いよ』

「分かりました」

 

 京太郎は耳からスマホを話すと学校で宗教関連のことは何をしていたのか問いかけた。

 

「んー……。聖書の音読に、聖歌の歌唱、それに朝起きたときと寝る前に祈りを捧げるぐらいかな。祈りの方は寮でやるからサボりにくいんだ」

「一番日課なのは祈りですか?」

「いや? そういう意味だと聖書の音読だな。聖歌は日によってやるやらないはあるし、祈りはサボりにくいだけでこう、祈ってればいいからな。でも聖書の音読はマジでやらないと怒られてさぁ」

「……ありがとうございます」

「これぐらいなら気にするなって。お茶のお礼だよ」

 

 京太郎は爽に断ってから通話に戻った。

 

『聖書がスイッチっぽいね。既にONになった以上OFFにするのはなかなか難しいかもしれない。とにかく話が聞きたいからその子を……そうだね、東京国際フォーラムに1時間後に来てくれるよう伝えてくれるかい? 力になれるかもしれない。許可を得れたら私の電話番号も伝えておいてね』

「分かりました」

 

 京太郎はスマホのスイッチを切ると爽にトシの話をするが、やはり初対面のしかも男の言葉だあまり信用は出来ない様子だ。

 京太郎を威嚇する動きを見せる影をペチンと払いながら京太郎は言った。

 

「信じれないのは無理ないですけど、だまされてみませんか? 待ち合わせ場所も人が多い所にするので」

 

 ぽかんと口を開けた爽は我慢しきれなくなったのか大きな笑い声をあげた。

 その様子に困惑しつつも笑いが収まるのを待っていると、不意に爽は言った。

 

「信じるよ。というかカムイが見えてるのならもっと早く言ってくれよ。見えない人にオカルトの話をされても胡散臭いけど見えてるなら別だって」

「……あ」

 

 言われてようやく気付いた京太郎は間抜けな声を出した。

 それを見た爽は少しだけ笑ってから言った。

 

「結構抜けてるな! で、どこに行けばいい?」

 

 京太郎は1時間後に東京国際フォーラムまで来てくれと言っていたことを伝え、トシの電話番号を爽に伝えた。

 

「1時間後なら余裕だな。ありがとう、えっと……」

「京太郎です。母校がインターハイに出場しているので応援に来てるんです」

「そうなのか。私は有珠山高校の獅子原爽だ。話を聞いてくれてありがとな」

 

 そして爽は駆け足で去って行った。

 仲間たちを早く助けたいと思う気持ちが彼女を動かしているのだろう。

 京太郎は彼女を見送ると小蒔の捜索を再開した。

 

 *** ***

 

 千代田区にある日比谷公園に京太郎は姿を現していた。

 何か用事があるわけではなく、ここを通り過ぎて国会議事堂のある永田町へ向かう予定だ。

 実際に内部に侵入して調査を行うことは不可能だが、それでも近辺の調査ぐらいはしておこうと思い立ったためだ。

 国会議事堂までは各省の建物もあるし、ついでに見て回ろうという訳だ。

 

 噴水広場と野外音楽堂を傍目に見ている時だ。

 

「やっぱ、楽勝だったねー!」

 

 お気楽な女子の大きな声が聞こえ、京太郎はそちらを見た。

 ゆらゆら蠢く金髪をはためかせながら、表情のあまり変わらない少女に抱き着いている。

 

「やっぱり私たちはさいきょーってことだね、テルー!」

「油断するのは良くない」

 

 言葉では戒めながらも金髪の少女になすがままだ。これが彼女たちの日常の風景なのだろう。

 調子に乗る少女の頭を軽く叩きつつ、紺色で長髪の少女が引きはがした。

 

「公共の場だぞ、静かにしろ」

「ぶーぶー、いいじゃーんスミレ―」

「部長か先輩と呼べ」

「はーい、部長」

 

 「つまんなーい」と言いながら静かになることはない。金髪の少女は「面白そうなアプリをインストールしたんですよー」と言って彼女たちにじゃれついている。

 彼女たち3人を見ていた京太郎はどこかで見たことがあると思っていたが、パンフレットに記載されていた優勝候補と目される白糸台高校のメンバーだ。

 京太郎は以前パンフレットを見た時、表情のあまり変わらない少女……宮永照を見た時どこかで見たようなと思ったが、彼女を実際に見て理解した。

 跳ねてる髪が咲そっくりで彼女を想起させたのだ。

 

 なお京太郎は宮永照を知らない。

 実際はどこかですれ違ったりはしている可能性はあるが、その程度では赤の他人でしかない。

 

 そんなアハ体験を人知れずしている京太郎はカバンからパンフレットを取り出すと残りの二人も確認した。

 金髪の少女が大星淡、長髪の少女が弘世菫。やはりインターハイ出場者だ。

 

 大星淡の名前は京太郎も覚えていた。

 竹井久の言っていた天照大神の一人と言われている少女だ。

 見た目では判断できないが、そう呼ばれているということは彼女も何かしらのオカルト使いなのだろう。

 

 京太郎は照に声をかけるべきか。と少しだけ悩んだが考えた末に止めておいた。

 咲が姉である照と再会するためにインターハイに臨んでいるのは知っているが、逆に言えばそれ以上は知らない。

 そんな自分が安易に声をかけて狂ってしまった姉妹の関係が更に拗れるのを避けたかった。

 命の危機ならともかく姉妹の、家族の問題に立ち入る資格はないだろうと考えたのも理由の一つだが、結局日和っているだけかなと彼は自嘲した。

 

 それでも一言、咲に姉を見かけたぞとメールで送ろうとしたとき、京太郎に声をかける男がいた。

 

「いよう、奇遇だな。こうして会えるとは矢張り神様ってのは人間を見ているのかね? 神と言っても闘争神か修羅か何かだろうが」

 

 京太郎はその声に反応し勢いよく振り返りながらも距離を取り戦闘態勢を取った。

 低く唸るような声と人を小馬鹿にするような言葉、そして右手に長方形の長いカバンを持った黒人の男。

 忘れるはずはない。ダークサマナーゲオルクがそこに居た。

 

「お前……!」

「くっくっく。そうイキるな」

 

 猛犬とそれを抑えるブリーダーのように見えるが実際は違う。

 ゲオルクの本能は今からでも京太郎と殺し合いをしたいと訴えているが彼はそれを抑えている。

 

 2人の猛犬。

 

 それが京太郎とゲオルクを見た時の真実である。

 

「つまらない命令かと思えばお前と会えたのなら我慢して従っている甲斐もあるってなもんだな」

 

 内に秘めた闘争心を抑えつつゲオルクは言う。

 

「目的ってもしかして」

「勘付くよな。そうだ。あそこに居る3人というよりは2人が目的だったが、安心しろ今は何もせんよ。お前が俺と話している間はな」

 

 宮守と阿知賀の面々を攫おうとした前歴がある以上、白糸台のそれも天照大神とまで言われる2人が居るこの場でのゲオルクの目的は察しやすい。

 

 目的がばれても余裕な態度を崩さないゲオルクは自身が座っているベンチを叩いた。

 

「こっちにこいよ。お前が俺と話している間はあの3人も安全だぞ」

 

 少しだけ考えてから京太郎はゲオルクの横に腰を下ろした。

 近ければ対処もしやすいがこんなくだらない嘘をつくようなやつでもないと思ったからだ。

 

 京太郎がゲオルクの隣に座ると、ゲオルクは京太郎の膝上にとあるお菓子を幾つか置いた。

 

「帝都……いや、東京でバナナだとよ。面白いもんだ、日本とバナナって関係ないだろ」

 

 それは東京でも有名な土産物だった。

 

「帝都に名産品がないから、馴染みのある食べ物をモチーフにした結果らしいぞ」

「へぇ、詳しいじゃないか」

「中学時代になんで東京でバナナ? って気になって調べたことがあるからな」

「柔軟な発想は見習いたいもんだな。そら食えよ、味も悪くはない」

 

 京太郎は膝上に置かれたバナナをモチーフにしたおかしを一口食べた。

 もっと警戒しろと思うかもしれないが、この男に弱気なところを見せるのが癪に障ったのである。

 

 躊躇なく頬張った京太郎を見てゲオルクは面白そうに笑いながらも、自身も口にいれた。

 いくつか口に入れた後に京太郎は言った。

 

「仕方ないけど喉が渇くな。サービスがなってない」

「缶コーヒーならあるが」

「コーヒーで喉を潤すってのは分からないんだよな。水分補給は出来るけど後味がどうしてもな」

「まだまだお子様ってことだ」

「16にもなってないんだからお子様で当たり前だろ」

 

 しばらくの間京太郎はゲオルクと世間話をして過ごした。

 さっさと逃げろよと照たちを見るが彼女たちが京太郎の前から移動する気配はない。

 

「なんかしてんの?」

「思考誘導を少しな。この公園に人が全くいないだろ? 似たようなもんだ」

「エストマを人間対象にして、マリンカリンの発展型みたいな?」

「いつの世も便利なものを人は望むってこったよ」

「人払いはまだいいけど、思考誘導なんて絶対ろくでもない理由だろそれ」

「権力者に使ったかはたまた女に使ったか……」

「そんな理由ならどの時代でも人は変わらないって思うな」

「違いない」

 

 そんな会話をして2人して笑いあった。

 魔法なんて神秘な力だというのに俗世にまみれた使い道がどこかおかしかった。

 だが心から笑っている訳ではない。

 

 ひとしきり笑いあった後、京太郎は本題に少しずつ入っていく。

 

「神代さんは元気にしてる?」

「元気でなきゃ困るが、俺たちを説得しようと色々と言葉を投げてきて鬱陶しく感じる時もあるな」

「居所は?」

「もう少しすれば嫌でもライドウが掴むだろ」

「明日インターハイの二回戦目があってさ、それまでに返してほしいんだけど」

「そんな心配はする必要がないな」

 

 断言したその言葉に京太郎の胸中に不安ともなんとも言い知れない感情が広がっていく。

 

「お前たちが企ててる計画の構成メンバーは?」

「色々だ。暴力団は全員ガイア教の信者で、ファントムからは俺、他にもいるが流石に言えんな。だがあまり愉快なものではない」

「結界の要に出来た異界の犯人もお前たち?」

「計画の過程に行った一つだな。神代小蒔を攫うのに隙が必要だったが異界の破壊直後なんていいタイミングだろ? 方法までは言えんが」

 

 ゲオルクの中で話していいことと駄目なことは明確にわかれているのだろう。

 上からの命令に従わずこうして京太郎と会話をしているゲオルクだが、一応の線引き自体はしているようだ。

 

「メシア教は関係してる? さっきどうにも様子がおかしい子たちと会ってさ」

「メシアのゴキブリどもが? 帝都にも教会はあるが……そちらは関与していない。しかし様子がおかしいとなると洗脳でもしているのか。相変わらず建前と実際の行動が剥離している奴らだ。気に入らん」

「その計画でどれぐらいの人が犠牲になる?」

「最低でも東京に居る人間の数は」

 

 そこまで語るとゲオルクは立ち上がった。

 公園にある時計は午後2時を示している。

 

「お前たちに俺たちの計画は止められなかった。だが仕方のない話だ、あまり気にしてくれるなよ?」

 

 カバンに手を掲げたゲオルクの手に現れたのは彼が愛用しているGUMPである。

 

「獅子身中の虫なんて奴が居れば手が遅れるのも仕方のない話だからな。さて、始まるぜ」

 

 ゲオルクが言い終わると同時に少女の叫び声が東京中に響き渡り、地面に影が少しずつ出きていく。

 何事かと空を見上げると、太陽が闇に喰われていくのが見えた。

 

「な、なにあれ!?」

 

 その異常事態に気づいたのは京太郎だけではない。

 仲良く会話をしていた白糸台の3人もその現象を見ていた。

 

 闇が太陽をすべて喰らい、世界に闇が訪れたと思われた。

 だがそれでも少しの日差しが帝都に降り注ぎ薄暗くはあるがそれでも完全な闇の世界にはなっていない。

 その状況を見てゲオルクは面白そうに言った。

 

「へぇ、お姫さんは意外に根性があるわけか」

「何が始まるんだ!」

 

 カバンからゲオルクと同じように刀とガントレットを取り出し装備をした京太郎が叫ぶ。

 臨戦態勢を整えた京太郎を見て満足そうに、まるで野獣のように笑うゲオルクは宣言した。

 

「決まってんだろ。これから始まるのは闘争だ! 弱きものは死に、強きものが生き残る……! そう」

 

 宮永照に銃口を合わせトリガーに指が置かれた。

 

「俺たちの戦いの舞台! 『東京封鎖』の開幕だ」

 

 そして、銃声が帝都中に鳴り響きこれが戦いの始まりを告げる鐘の音の代わりとなった。

 

 *** ***

 

「神の炎がこの日の本に落とされてからどれだけの年月が経っただろうか」

 

 永田町にある国会議事堂の内部で、議長席に立ち演説をする一人の男が居た。

 

 男の名は五島国盛。

 陸上自衛隊に所属していた兄の影響を受けて、兄が前面に立ち日本を護るのならば自分は後ろから彼を支えようと決意し立ち上がった男である。

 

 国盛の発言は過激なものも多く、9条の撤廃を始め自衛隊の軍備の充実化を進めることや核兵器の保有をすべきだと訴えた。

 マスコミは当然その発言に反応しバッシングを行った。

 その影響により選挙で苦戦は強いられたものの比例当選を果たして以来、ありとあらゆる政策に取り組み党を超えて行動をした。

 当然最初からうまくいった訳ではない。いかに行動し再選しても知られなければ彼はただの無名な政治家として終わっただろう。

 しかし時は経ちインターネットが普及したことで転機が訪れた。

 以前より国盛の行動を知っていた者たちがネット上で国盛の活動を普及し始めた。

 最初はその影響も小さかったかもしれない。しかし次第にその影響は大きく広がっていき、次第にマスコミも彼を攻撃することをしなくなった。

 

「敗北したのはまだいい。この日の本が弱かっただけのことである。しかし!」

 

 その要因の一つがヤタガラスである。

 政治家になる前から兄にヤタガラスの情報を聞いており、彼は表では政治家として活動しながらヤタガラスに所属する者たちと親交を図った。

 そして少しずつ少しずつではあるが、彼のシンパを作っていき遂にはヤタガラスの幹部にまで上り詰めたのである。

 

「弱者のままで良いのか! いや、そんなはずはない!」

 

 そしてこの場には神代小蒔たちを案内したヤタガラスの使者の男を始めとして、ヤタガラスに所属する者たちも数多くいた。

 彼らは国盛の想いに共感し彼の信者となった者たちである。

 

「敗北し牙を奪われ腑抜けになった我が国を狙う者たちが居る。覚えているだろうか、1か月前に起きたメシア教の起こした事件を!」

 

 だが集まっているのはヤタガラスや政治家だけではない。

 紅い衣を身に纏い面白そうに見ている者、ガラの悪い男女……ガイア教とゲオルクと共に居た女とその仲間である暴力団員たちも集結していた。

 

「神の名において我が国を滅ぼさんとした奴ら! それは我が国に力が無く、舐められたからこそ起きた事件に他ならない!」

 

 国盛の言葉に大勢の者たちが賛同の声をあげる。

 鬱屈した感情を吐き出すかのようにその場にいる者たちは叫ぶ。

 

「力が無ければただ奪われるのみ! それは今日まで築き上げてきた歴史が物語っている! だからこそ我らは強くあらねばならない。たとえそのために多くの犠牲を払ったとしても!」

 

 国盛の立つ議長席の隣には縄で縛られた神代小蒔の姿がある。

 この異常な光景を悲痛な面持ちで見ている彼女は、本来であればこの程度で封じられるような少女ではない。

 確かに神降ろしが彼女の最大の武器だがそうでなくても普通の縄ぐらいであれば引きちぎる力がある。

 だがそれを妨げているのは、彼女に掛けられた緊縛と魔封の状態異常だ。

 

「なぜ、なぜあなた方もこのようなことに賛同しているのですか」

 

 弱弱しい声で小蒔が問いかけたのは、目の前に居る男女に対してだ。

 一人は老婆で腰が曲がっているが100年以上生きてきたヤタガラスの生き字引と呼ばれている。

 対してもう一人は若々しい男だ。溢れんばかりの生命力がその顔からはち切れんばかりに現されている。

 

 老婆の名を葛葉敬弔。男の名を葛葉永望と言い、葛葉本家ではなく分家の人間だがその高い才でもって幹部まで上り詰めた者たちである。

 

「ごめんね、小蒔ちゃん。でもねこれが必要なんだよ」

「謝るつもりはない。しかしこれこそが我らの信念なのだ」

 

 謝罪の言葉を口にしながらも彼らから溢れ出す生体マグネタイトに陰りは見えない。

 その間にも国盛の演説は続く。

 

「今日、この日を持って我らは知らしめるだろう! 力を! 誇りを! まずはその一歩を刻もうではないか!」

 

 男が手にしているのは古びた鏡だ。

 それは3種の神器の一つ『八咫鏡』と呼ばれる呪物であり、とある神話に登場するキーアイテムの一つである。

 だが『八咫鏡』が意味するのはそれだけではない。

 

 国盛は鏡を天高く掲げ叫んだ。

 

「天にある陽の光こそ希望の象徴! まずはそれを掴みとろうではないか! 我らを祝福し万物を焼き尽くす太陽こそが我らの輝かしき未来の象徴とならんことを!」

 

 その言葉が合図になり、二人の葛葉が口々に呪文を唱え、国盛のもつ『八咫鏡』が力強い光を放ち始める。

 『八咫鏡』は今でもその神のご神体として祭られる呪物である。

 

 『八咫鏡』を鏡を触媒とし葛葉の2人が神降ろしを行おうとしていた。

 本来であれば如何に葛葉の名を持つ2人と言えども準備にはかなりの時間がかかる。

 だがそれを省略する方法は存在する。

 一つは生贄。生きた人を生贄とし神に捧げるのだ。実際この計画が立てられた当初もこの方法がとられる予定だった。

 しかし代替案として選ばれたのは、2人の近くに置かれている多量のマグネタイトが保持されたドリーカドモンである。

 

 本来高天原主神とも太陽神とも呼ばれるその女神は清らかなる力を持った神である。

 しかしドリーカドモンに込められた負のマグネタイトとこの場に居る召喚に携わった多くの者たちの感情を受けてその性質は反転しようとしている。

 

 そしてその影響を最も大きく受けたのは他でもない、神代小蒔である。

 

「あ、あ、あ……あぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 自身の存在と魂さえも食い尽くさんとする大きな力が小蒔に降りてくる。

 それだけではない。ドリーカドモンから解放された負の感情が込められたマグネタイトが小蒔を強く責め立てる。

 

 『なぜ俺がこんな目にあうんだ』『お前たちのせいで私の体は……』『なぜ、なぜ、なぜ』『お前が、お前が、お前が……!』

 

 体と魂だけではなく、精神さえも殺さんとするこの状況に溜まらず少女は叫び声をあげ、その声は帝都中に響き渡った。

 

 負のマグネタイトが小蒔を包み込んでいく。

 国会全体に強い光が放たれ、次に彼らが見たところには少女の姿ではなく禍々しい女神の姿に『変身』を果たしていた。

 本来であれば髪は黒く、清らかな白い衣装に金色の眼を持つ女神の様子が一変していた。

 髪は灰色に、衣装は黒く、眼も黒く染まっていた。

 

 それは降されるべき女神ではない。

 人により穢され堕ちた女神――『邪神 マガツアマテラス』が姿を現した!

 

 すべてを呪い殺さんとする邪神の力を肌で感じ国盛は計画は順調に進んでいることを確信し高笑いをあげた。

 

「さぁ、我らが偉大なる女神よ! この世界を照らす太陽を覆い隠すのだっ」

 

 性質は反転しても太陽神。

 その力は太陽を覆い隠すほどの力を見せる。

 

 しかし漆黒の闇の中に灯る小さな光に彼らは気づくことはなかった。




風呂敷は大体広げきった! あとは回収するだけ。

爽だけ無事なのはカムイの力です。
スイッチ事態は爽にもあるけどONにするときにカムイが妨害しました。

『ゴトウ』についてですが一部で後藤の時もあるけどデビルサマナーシリーズに合わせて五島です。
しかしIMAGINEにも『ゴトウ』は出てくるので多くの作品に出てますね。

葛葉の二人は分家です。つまりキョウジと同じような立場です。
四家にするかとも思いましたが、ライドウとゲイリンの名前に法則性が見いだせずクソみたいな名前しか思いつかなかったので分家にしました。本家にするならもっときちんとした名前にしたい。

東京封鎖の意味については次話で。

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