デビルサマナー 須賀京太郎   作:マグナなんてなかったんや

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『観戦』

 

 京太郎とホームレスの男が会話をしCOMPを破壊した時間から遡ること30分。

 京太郎との会話を終えたトシがCOMPを仕舞い一息ついていた。

 トシの顔色は疲れから若干悪いものの絶不調というわけではない。幸い彼女が指示を出すことのできる部下というより知り合いが居るため体を動かすのは任せ、彼女自身は頭と手と口を動かしている。

 

「どうでしたか?」

 

 声をかけたのは戒能良子だ。

 本来彼女はヤタガラスに属さない異能者だが実のところオカルト使いを監視する立場にある。

 

 

「こっちに来てくれるそうだよ。彼もだが宮永さんたちも近くにいてくれたのは運がよかったね」

「これで大体のオカルト使いが保護できますね」

「……そうだね」

 

 大体と言ったのには理由がある。

 神代小蒔の拉致から始まり阿知賀、宮守の面々が狙われたことからヤタガラスは密かにオカルト使いの監視を行っていた。

 護るためでもあるが、実際は小蒔の拉致に関わる情報を取得するのが主な目的だ。

 だがオカルト使いたちに近づく影はなく、ほぼほぼ無意味に終わったのだが今日に至って状況が一変した。

 監視を行っていたことで多くのオカルト使いたちを保護することが出来たが、それでも一部のオカルト使いはここ、東京国際フォーラムに辿り着くことはできなかった。

 監視者との連絡が絶たれた場所に向かったところそこにあったのは監視を行っていたヤタガラスの人員の死体だ。

 ほかに死体はなく、オカルト使いを含めたほかのメンバーも含め拉致されたと判断したのは言うまでもない。

 

 照たちにも監視はついていたのだが、同じように連絡が取れなくなったという経緯がある。

 そういう意味では京太郎が彼女たちの近くにいたのは幸運というほかないだろう。

 ……余談だが照たちの監視者を殺害したのはゲオルグである。監視者を殺害後近くに京太郎が居たので接触したのだ。

 

「しかし彼はそこまで警戒心の強いサマナーではないと思っていたのだけど、警戒心が強くなっているのは良いことなのかね?」

「この状況なので仕方がないかと」

「まったく、どうしてこうなったのか」

 

 2人してため息をついた。

 現状を憂うだけなんて非生産的行動としか言えないがそうしなければ気が済まない状況なのも事実だ。非生産的行動もまた大切である。

 京太郎に話した通り、国際フォーラムを始めとしたあらゆる地点に安全地帯こそ存在する。

 一般人に対する被害がかなり少なくなるのは確かにありがたいのだが、そんなものを用意するぐらいならこんな状況に至らせるな! と思うのは仕方がない話だ。

 

「それでどうなんですか?」

「そこそこ絞れた。COMPで外部と連絡を取れるってのが大きいね。どうも裏切りを隠す気はないようだ」

 

 公共施設を始めとした避難施設に結界を張るという行為は難しくはない。だがここに『帝都中の』という言葉が加わると難易度は跳ね上がる。

 3桁は軽く超えるであろう施設に結界を張るのだからどうしても痕跡は残るし行える人材は限られる。

 帝都の外から来た存在がそんなことをやればかなり目立つし、ヤタガラスに情報が入ってくるはずである。にも関らず情報が入ってこないということはヤタガラスの誰かが手引きをした、もしくは実行者がヤタガラス内部の誰かということになる。

 そこでトシたちは現在連絡が取れないヤタガラスの退魔士を絞り込んでいた。

 

「キョウジとレイホゥちゃんと連絡が取れたのは運がよかったね」

「今でこそ普通ですが昔のキョウジなら必要があればどんな極悪な手段でも取りますからね」

「で、連絡が取れないのは葛葉敬弔と彼女を信奉する者たちか。ともすれば繋がりも見えてくるけど何が目的なんだか」

 

 トシの知る葛葉敬弔はできる限り戦いを回避しようとする穏健派である。

 今回の事件が起きると知れば真っ先にそれを止めようとする人柄と言えばわかりやすいか。

 だからこそトシからすればなぜ彼女がこのような事件を起こすことを許容するのか。それが理解できない。

 

「ただ結界を張って犠牲者の減少を……って行動は十分彼女『らしい』と感じるんだけどね」

「事件はパーミッションですか? でも被害はミニマム……なんとも歪んでいますね」

「……その口調なんとかならないかい? 分かりにくいんだ」

「これが私の存在……はい、わかりました」

 

 トシの突き刺さるような視線を受けて良子は小さく丸くなった。

 そんな2人に声をかける1人の老人が居た。

 

「人に仕事させておいてお前らは何してんだ……?」

 

 不機嫌そうにタバコを加えながら現れたのは大沼秋一郎だ。

 今年で73歳にもなる老人だが良い歳を重ねてきたと思わせるほど貫禄があり、また肌も70歳以上とは思えないほど若々しい。

 また『The Gunpowder』の二つ名を抱くほどのプロ雀士でもあるがこの場においては重要ではない。

 

「ったく、隠居爺を引っ張り出してこき付き使いやがって。で、敬弔さんの話をしていたか?」

「……さん?」

 

 良子が首を傾げた。

 彼女からすれば大沼秋一郎が敬称をつけて誰かを呼ぶことに強い違和感を覚えたからだ。

 

「さんも付けるってんだ。あの人今年で120を超えるぞ? 俺よりも倍近く年上なんだ多少の敬意は払うだろ」

「はは、多少ですか」

「多少だ。あの人はお人よしというか、人の生死を見すぎたんだよ。悪魔の力を振るえば第二次世界大戦でも核からこの国を護れたんだぜ? なのにさせてもらえなかった。今でもそれを悔いてるような人だ」

「それは、なんとも……」

 

 2人は口を噤んだ。

 今でも核に関連した悲劇が話に上がることは多い。そしてその悲劇を回避できうる立場にいながら出来なかった者は敬弔以外にはもう居ないか居ても数は少ない。

 

「そう考えりゃ今回の事件も何となく見えてくるわな。あの人が憂いているのはこの国の今後だ。戦争で負けヤタガラスも弱体化し諸外国が攻め込んでくる気配さえある。あの人ならあの出来事を思い出すわな」

「でもそれと今回の事件への関与は結び付かないのでは? むしろ益々止める立場になりそうな気が……」

「20年前の話だ」

「はい?」

「20年前、この国に再び核が落とされそうになった事件があった」

「……は?」

「それを止めたのは俺たちヤタガラスではなくとある学生たちだった。と言って信じるか?」

「ノーウェイノーウェイ。そんな話聞いたことないですし」

「当時の話は巧妙に隠したからな。学生たちを護るのもそうだが何よりヤタガラスのプライドの問題もあった」

 

 くだらねぇ話だと大沼は言い、続けて。

 

「話を戻すが事件を解決したあと敬弔さんは言っていた」

 

 『私たちにもっと力があれば彼らに負担は強いなかったはずだ』

 

「とな。あの事件に関わった五島は死に、トールマン大使……いや、悪魔トールも学生たちに倒された。……ヤタガラスは何もできんかったよ」

「でもヤタガラスが後処理をしたんですよね?」

「逆に言えばそれぐらいしかしてねーんだよ」

 

 当時のヤタガラスが行ったことはCOMPという力をもって暴れる者たちの抑止と、事件解決に努めた学生を日常に帰すこととその他の雑務ぐらいだった。

 

「当時の十五代目葛葉ライドウ以上の実力を持った学生だったからな。無理もないって話だがそれでもヤタガラスが何もできなかったのは事実だ」

 

 付け加えてとさらに語る。

 

「近年注目を浴びた事件が3つあったろ?」

「平崎市と天海市での事件。それに龍門渕でのメシア教が起こした事件だね?」

「1つ目はともかく残りの2つを誰が解決した? ヤタガラスも絡んではいるが関係のないサマナーだったろ? 考えてもみろ、この情報を知った外国の勢力はどう思う?」

「日本の霊的国防機関ヤタガラスの弱体化……ですか?」

「ついでに政治の腐敗だな。アルゴン社があれほど幅をきかせていたのは当然政治が絡んでいたからだ……あの事件以降『責任』は取って貰ったがな。だがこれらの要素が組み合わさって今この国は諸外国からみれば極上の狩場にしか見えんだろ?」

「……この国の未来を憂いて、多くの血を流してでも力を誇示したかった……?」

「そして敬弔さん単独でこんなことは考えない。そそのかしたやつがいる」

「……ガイア教か」

「歳を食ってるからな。メシアにもガイアにも顔見知りは居るだろう。そして真の黒幕がガイアーズとも限らん。決めつけてかかれば足元をすくわれるぞ」

 

 大沼の言葉をそこまで聞いた良子は手に持っていたペットボトルの蓋を外し一気に飲み干した。

 

「ベリーベリーハードですね……」

「事件への対処もそうだが一般人に対しても、な。んでもってな」

 

 柱の陰に隠れる黒い衣装を身にまとった男に対して大沼は声をかける。

 

「萩原ァ! この状況だ、おめぇの力も貸せってんだ」

「お断りさせていただきます」

 

 柱から出てきたハギヨシはにこやかに断った。

 

「この状況だぞ? 分かってんのか?」

「えぇ。この状況だからこそ私にとって大切なものを護るために離れたくない。それだけですね。それにヤタガラスの大を救い小を見捨てる考えは合いませんから」

「そうかい」

「それとこれは熊倉さんも分かっていることだと思いますが、須賀くんも私と同じタイプでしょう」

「……そうだね」

 

 熊倉トシから見た京太郎は一言で言えばお人よしである。

 龍門渕における戦いにおいて知り合いレベルでしかない相手を救うために行動した時点でもわかる。

 だからこそ、ヤタガラスを始めとした組織に属するのが苦手なタイプだということもトシには分かっていた。

 付け加えて不利な状況でも自分の意思を押し通すタイプは良くも悪くも強くなる。

 メシア教に属していたフリンやファントムソサエティのゲオルグは当然のこと、ライドウと呼ばれるようになった少年がそうであるように京太郎もそうなる素質を見せていた。

 問題は京太郎の行くべき道である。

 ライドウのような道を行くなら良い。だがもし異なる道を選んだ場合その強さがヤタガラスに向けられる可能性がある。

 

「とはいえ大丈夫だと思いますよ?」

「軽く言ってくれるもんだな」

「彼はサマナーとして生きていくことを決めています。それならばその道を共に歩めなくとも知っているお嬢様や衣様を裏切るような軽率な行動は慎むでしょう。お人よし、ですからね」

「お人よしってのも怖いもんだがな」

 

 *** ***

 

 場面は変わり国際フォーラム内の一角。一般人は各ホールに集められ保護されている。

 ホールから出た廊下を背の高い金髪の女性が人並みを押しのけて歩いていると、彼女に声をかける女性の姿があった。

 

「あれ? ルイさん?」

「……あぁ、コカジか。久しぶりだね」

 

 声をかけてきた女性の名は小鍛治健夜。

 日本でも、いや世界においても有数の雀士だが最近は親友ともいえる女性と行っているラジオ番組が人気である。

 

「いつもラジオ番組は楽しく聞かせてもらっているよ」

「あ、ほんとですか? なんか照れるなぁ」

 

 プロとして慣れたとはいえ自分の番組を知り合いが見てたり聞いていたりするのはむず痒いものだ。

 くねくねと気持ち悪い動きをしている健夜に「そういえば」とルイが切り出した。

 

「聞いたよ。ついに時さえも操れるようになったとか?」

「へ? なんのこと?」

「君、30手前なのに40歳になったのだろ? 人間はついに時さえも操れるようになったのだと感動したよ」

「アラフォーじゃないよ! 時なんて操ってないよ! 友だちが言い始めた私に対する風評被害だよっ!!」

「ハハハ! いや、相変わらず打てば響く。そんなんだから君の友達も打ち続けるのだろうね」

「……もうっ! からかわないでくださいよっ」

 

 憤慨している健夜の姿を見かけ声をかけたのは彼女の親友であり、アラフォーの称号を授けたアナウンサー福与恒子だ。

 

「あれあれ? すこやん、その人は?」

「あ、こーこちゃん。この人は私の知り合いでルイ・サイファーさん。世界大会で私を倒して世界1位になった人だよ」

「……えっ!? すごい人じゃん!」

 

 身構える恒子に柔和な笑みを浮かべてルイは手を差し伸べた。

 

「世界一位とはいっても元さ。今の私はただのルイ・サイファーだ。コカジの友であるなら私にとっても友人だ。よろしく頼むよ、フクヨ」

「いえいえいえいえ! そんなそんな」

 

 とは言いつつもしっかり握手をするあたりがコミュ力の高さを物語る。

 

「でもどうしてルイさんが日本に? それに最近名前を聞かないですけど」

「まず2つ目の質問に答えようか。名前を聞かないのは簡単でね、私はもうプロ雀士ではない。だから名前を聞かないのさ」

「そうなんですか!? あんなに強かったのに……」

「それはコカジにも言えるだろ? 少々飽いてね、今は将来有望な人間を探しているのだけど……中々難しいね」

「もしかして一線は退いて弟子探しですか?」

 

 恒子が問いかけると「似たようなものだが違うかな」と言った。

 

「私がするのはちょっとした助言さ。この前も良いと思える者を見つけたのだが、なかなかうまくいかないものでね」

「でも世界一に見初められる人なんてすごいと思いますけど……」

「いやいや、肩書の1人歩きだからね。私自身は大したことないさ」

「なら今は誰か良いなと思える人は居るんですか? 今年のインハイ出場者は宮永照を始めかなり良い線言ってると思うんですけど」

「……残念ながら毛色が違うかな。それに今は私の部下……知り合いが世話になっているという少年を探しているんだ」

「ルイさんのお知合いですか? 名前をお聞きしても」

「もちろん。……長野県に住んでいるという須賀京太郎。今は学友の応援のために帝都に来ているという話でね、お礼と話を聞きたいと思ったんだ」

 

 『帝都』

 聞き覚えのない呼び方だったが恒子は少し考えそれが東京を指していることに気づいた。

 東京が帝都と呼ばれていたのは第二次世界大戦までで、かつて大日本帝国と呼ばれていた頃の名だ。

 それでも恒子がすぐに東京と結びつけたのは彼女の近くに時折東京を帝都呼びする者たちが居るからである。

 

 彼女の親友とも呼べる小鍛治健夜。健夜と同じプロ雀士の良子に三尋木咏も時折帝都と呼びすぐさま東京と言い直すことがある。

 その理由について問いかけたところ健夜はお世話になった人が帝都と呼んでおりそれに影響されてしまったと言い、残り2人は昔からの慣習が残っていると言った。

 良子は滝見春の従姉妹であり、詠も実家が古くから続いている和服店だと聞いたことがあり、そんな家の生まれだから残っていてもおかしくないと納得していた。

 だが目の前の女性、ルイ・サイファーは違う。きれいな金髪と人とは思えない美貌を兼ね備えており、魔性の宝石が人を惹きつけるが如く人の視線を奪う。

 そんな人物だからこそ帝都と呼ぶことに強く違和感を覚えた。

 

 そのことを問いかけようとしたとき。

 

「京ちゃん?」

 

 と呼ぶ少女の声が聞こえた。

 声のする方を見るとそこに居たのは5人の少女たちだ。

 今にも倒れそうな真っ青な表情で居るのは宮永咲。片岡優希も咲ほどではないが顔色は悪く焦った表情を見せ、残る3人は健夜とルイを見て驚きの表情を浮かべている。

 

「君たちは清澄の……もしかしてルイさんの言う男の子が応援してる学友って君たちのことだったのか」

「は、はい! そうだと思います!」

 

 裏返った声で返事をしたのは竹井久。

 いつもの飄々とした態度からは程遠く、ものすごく緊張しているのは目の前に世界1位と2位が居るからか。

 

「ふむ……須賀京太郎は居ないようだね」

 

 ルイが彼女たちを見て言ったのはそれだけだ。残念だとため息をついている。

 

「あの」

 

 そんな彼女に声をかけたのは咲だ。

 人見知りなはずの彼女が他人に声をかけることが出来ているのは、それだけ必死だからだ。

 

「須賀京太郎の名前を言ってましたよね。どこに居るか知りませんか?」

「私も探しているところでね。どうもこの避難所には居ないようだよ」

「そう、ですか……。なら宮永照はどうですか?」

「申し訳ないね、たぶん見ていないかな。見ていたら何かしら印象には残るはずだが記憶にない」

 

 ルイの脳には今回のインハイに参加する者たちの顔が記憶されている。

 須賀京太郎を探すため建物内をうろついていたが園城寺怜や、愛宕洋榎といった面々を見かけた記憶がある。

 人間の脳であれば記憶違いもありうるが、ルイ・サイファーに限ってそれはない。

 

「もしかして須賀……くん? が居ないの?」

「そうなんです……」

「まったく、あいつはどこにいったんだじぇ」

 

 悪態こそついているが、優希の胸にあるのは心配の2文字だ。

 

「龍門渕の面々なら知っているのではないかな?」

 

 その問いかけに、一瞬咲が浮かべた表情は怒りだ。

 それに若干驚きつつ、冷静に見える緑髪の少女染谷まこを見た。

 

「実はさっき龍門渕透華と天江衣に会ったんじゃが『京太郎なら大丈夫だ、心配ない』の一点張りでのう。それに咲が怒ったんじゃよ」

「無理もないです。状況を良く分かってませんが、色々なところで爆発が起きたとかビルが倒壊したという話も聞きます。そんな状況で大丈夫だなんて言えません」

 

 怒っているのは咲だけではない。表情こそあまり変わらないが原村和も、優希も大なり小なりだが怒りの感情を抱いている。

 だが、そんな彼女たちの怒りの炎に油を注ぐように。

 

「大丈夫、か。確かに彼ならこの状況でも問題はないか」

 

 しれっと言ってのけるのはルイだ。

 この場で彼女だけが龍門渕の面々の言葉に賛同している。

 

「いや、むしろこの状況こそ彼のような人間が生きる場面だ。ヤタガラスがこの様だし奴が語ったように龍門渕での戦いのような活躍を見せるか楽しみだね」

 

 それどころか心底楽しそうに笑っている。

 『戦い』その言葉に込められた意味をまこが問いかけようとしたとき、もしくは幼馴染の命を軽んじる発言をするルイに怒りの感情でもって怒声をあげようとした咲を止めるかのように立っていることすらままならないほどの強い揺れが発生した。

 

「何なのこれ!?」

 

 揺れから身を護るようにしゃがみこんだ久が叫んだ。

 しゃがみこんだのは彼女だけではない。咲や健夜たちも周りの関係のない一般人もしゃがみこんでいる中、ただ一人なんでもないように立っているのはルイ・サイファーだ。

 

「……なるほど。確かにここは彼らにとってはとてもいい狩場だ。ライドウも霧島神鏡の巫女たちもいない。タイミングとしては完ぺきと言えるだろうな」

「狩場?」

「狩場さ。暴走したCOMPを経由し現実に姿を現している彼らは自らの体を維持するために生体マグネタイトの確保を目的とするだろうからね」

「暴走? COMP?」

「君たちオカルト使いは、いや、オカルト使いでなくても人であれば生体マグネタイトを生み出し続ける。彼らの目的はそれだね。女であればいろんな手段でマグネタイトを奪えるしちょうどいいのだろう。ほら見てみるといい」

 

 東京国際フォーラムは場所によっては外がよく見える。

 今彼女たちが居る場所もそれに辺り、ルイが指さした方を見た。

 

「え?」

 

 そこに居たのは身長5メートルは超える体を持つ雪男だ。

 雪男は咲を見ると嬉しそうに笑い、拳を振り上げガラスに向かってたたきつけた。

 

「わっ!?」

「この振動、こいつが起こしているの?」

 

 慌てる少女たちに向かって、ルイは少し笑いながら「半分当たりかな」と言った。

 

「半分?」

「振動は確かにコレが拳を振るっているから発生している。ただそれは結果論であり正しくはこの建物に形成されている結界が攻撃を受けているからだ」

 

 結界とか科学的に考えればありえない話をしていれば『そんなオカルトありえません』と言葉を発するはずの少女は正体不明の存在におびえそんな余裕もない。

 

「しかし説明をするよりも実際に見せた方がいいか」

 

 パチンと指を鳴らすと咲たちの脳裏に幾つもの光景が浮かび上がる。

 本来人が見ることが出来るのは両の眼によるものだ。そこから2つの光景をつなぎ合わせているわけだが、ルイは全く違う光景を違和感なく見せている。

 その本来ありえない力に忌避感を抱きつつも逃れることはできない。

 

「ルイさん。あなたは……」

「何者か、かい? 私はただ人が、人の見せる可能性に魅せられているものさ」

 

 *** ***

 

 悪魔たちと対峙しているのはヤタガラスに属する若き退魔士たちである。

 京太郎とほとんど年齢は変わらず、一番上でも25歳だ。

 ただ過去の退魔士たちと異なるのは筒ではなくスマホを持っている。つまりCOMPを用いた召喚を行うということだ。

 

「いいかお前ら、ここで向かってくる悪魔たちを叩き潰すぞ」

「はい!」

 

 声をあげたのは大沼秋一郎だ。

 熊倉トシも傍に控えているが彼女は万が一結界が破られた時の修復係だ。

 戒能良子がこの場に居ないのは別方面から攻めてきている悪魔たちに対抗するためだ。分霊とはいえテスカトリポカやベリアルといった悪魔を降魔し力を行使することができる良子はこの場に居る誰よりも力がある。

 

 ちなみに大沼だがCOMPを持っている彼らに対して元気だけはいいなという感想を抱いている。

 結局のところ彼らは『COMPあるのに古い召喚術なんて学ぶ必要がない』と思っていると知っているからだ。

 そして今の状況はその性根を叩き潰すのにちょうどいい機会であるとも思っている。

 

「おしっ。第一陣召喚しろ」

 

 ヤタガラスの若い退魔士たちが召喚したのはいずれもレベル30以下の悪魔だ。

 彼らの実力はレベル的に言えば龍門渕での戦いにおける京太郎と同等程度である。だが彼らは京太郎とは戦い方が根本的に異なる。

 1人の退魔士が召喚する悪魔の数は30を軽く超えている。津波のように押し寄せる悪魔たちに対し練度で劣っていても数で飲み込むスタイルだ。

 これが後衛型と呼ばれる者たちの最も特出した戦い方だ。前衛型とは違い前線に出ないため多くの悪魔たちに指示を出すことが出来る。

 ある意味で京太郎やライドウのようなサマナーの戦い方が原始的なのだ。

 指揮官である退魔士が後方から指示を出し軍という名の悪魔たちを指示し戦う。それは一昔前の軍隊の戦い方と同じだ。

 

 結界内という安全地帯に収まった退魔士たちが指示を出す。

 

 眼前の悪魔たちを滅しろと。

 

 押し寄せる悪魔たちに対し、退魔士の命に従う僕たちが相対する。

 一昔前の軍隊と形容したが違うのは戦い方だ。

 牙を、爪を。かと思えば剣を始めとした道具を振るい悪魔たちが血で血を洗う戦いを繰り広げる。

 ……ただ。

 数で圧倒をするという近代の後衛型の思考は正しい。

 だが忘れてはならない。群で戦う時気を付けなければならないのは群を超える個であることを。

 

 古代中国における三国志においてなぜ呂布が恐れられたのか。

 例え数で上回ろうともそれを超える武があるのは事実である。

 

「なんだよあれ!」

 

 若き退魔士の1人が叫び声にもにた声をあげる。

 自身が召喚した悪魔の大半がその一撃でもって消し飛ばされたからだ。

 

「なんであんなのまで居るんだ……!」

 

 赤き肉体に二本の刀を持ちて振るうは軍神。

 イザナギがヒノカグツチの首を取った後に生まれたという日本の天津神が1柱、タケミカヅチがそこに居た。

 

「あ、あ、あ……」

「嘆かわしい。強者を前にして奮起もせずただ怯える……それでもこの日の本を担う男か」

 

 両の刀で振るう一撃は怪力乱神。

 本来であれば単騎の相手に振るわれる力は力なき弱者をも巻き込み避難所に形成されている結界に叩き込まれた。

 空間さえも震える一撃で、今までにないほどの振動が襲い掛かったがそれでも結界が破られることはなかった。

 

 それを見た1人の退魔士が。

 

「へ、へへなんだ。結界が壊れさえしなければたとえレベルが高くても」

 

 不意に馬鹿にするような笑みを見せたことで状況は一変する。

 タケミカヅチはその言葉を言い放った退魔士を見定めると持った刀を持ち替え振るう技を変える。

 一撃一撃の威力は低いが、塵も積もれば山となる。千列突きが結界へと叩き込まれ一瞬、ほんの一瞬だが結界が破られた。

 

「へ?」

 

 間抜けな言葉と手に持っていたCOMPをその場に残し気づけば腹部に刀を突き立てられ結界の外に居た。

 タケミカヅチは刀を振り上げ退魔士は後方へと放り投げつけた。

 腹部から血を流しながら地面に背をたたきつけられた退魔士の男は血を吐きながらも生き残るために立ち上がろうとする。

 幸いだったのは後方には自分の仲魔がおり、『自分を癒せ』『自分を護るために戦え』この指示を出すことさえできれば窮地を脱することが出来る。

 不幸だったのは指示を出す順番を見誤ったこと。癒すのを後回しにし護るために戦わせれば退魔士は生き残ることが出来た。

 なぜなら、回復の指示を出し回復魔法を受けた瞬間その頭部をオルトロスが噛み千切ったからだ。

 残された胴体も暴走したCOMPから召喚された悪魔たちによって喰われ、残されたものは何もない。

 指示を受けなかった退魔士の仲魔たちはその光景をただ見ているだけだった。

 

「分かったかお前ら!」

 

 そんな中で激を飛ばすのは引退した退魔士である大沼秋一郎だ。

 

「後衛型結構! 安全地帯からの指示も結構! だが最低限の備えぐらいしろ! でなきゃお前らもああなるぞ!」

「う……」

「今はそれでいい、今後に活かすためにも今を生き残れ!」

 

 老兵の活が仲間の死に怯んでいた若い退魔士たちに火を灯す。

 それを興味深げに見ていたタケミカヅチは自身に迫る殺気に気が付いた。

 

「おおおおぉぉぉぉ!!!」

「……む」

 

 振るわれたのはかつてハギヨシも使用したモータルジハード。命中率の低さが難点だが威力の高さはピカイチのこの技は不意を突く際にはピッタリである。

 

「甘いわぁ!」

 

 タケミカヅチの腕を痺れさせるほどの一撃を払いのけ怪力乱神が振るわれる。

 しかしそれを阻むのは水壁だ。タケミカヅチの刀は確かに自身を襲った者の肩を貫いたが水壁の圧力がタケミカヅチの刀をへし折った。

 

「ぬ……」

「イシュタル!」

 

 襲った男が叫んだ瞬間回復魔法の暖かな緑の光が包み込み体を癒す。

 地面に着地した男は続いてマハジオダインを放つ。

 広範囲に広がる電撃はタケミカヅチを飲み込みつつ辺りに存在した悪魔たちすべてを飲み込む。

 マカカジャで最大まで強化されたその一撃は圧倒的とまで言える。

 

「甘い!」

 

 だがタケミカヅチに電撃は通用しない。

 電撃の中をただ突き進み刀を振るう軍神に対し男はただ笑う。

 

「行けぇ!」

 

 その掛け声とともに走ってくるのは多くの人たちだ。

 一番後ろに居るアスラが彼らを追い立てるように走っている。

 人々は羊であるならアスラは狼だが実のところ殿を務めているだけである。

 上空には彼らを守護するようにドミニオンがおり、万能魔法を含めた広範囲魔法で人々を護る。

 ドミニオンに指示を出すのはプロメテウス。指示を出しながらも補助魔法を男にかけながら人々の進路に群がる悪魔たちを蹴散らしている。

 

 破壊神で人々を追い立てるという鬼畜の所業に退魔士たちが若干引いている時、その思惑に気づいたのは男を知る熊倉トシだ。

 

「あんたたち逃げてくる人たちを護ることに注力するんだ!」

「え、いや……」

「良いから、タケミカヅチは彼に任せておけばいい!」

「はい!」

 

 トシはヤタガラスに属しているが有名ではない。

 周りからするとこの人は誰だとなっており、狼狽えられたがそこは年の功貫禄の勝利である。

 

 ヤタガラスの退魔士たちが必死に戦っている最中、その光景を見せられていた咲は大きく瞳を見開いた。

 

「……うそ」

 

 驚いているのは彼女だけではない。

 優希も、和も、久も驚きの表情を浮かべており、まこだけが「そういうことじゃったか」と納得していた。

 まことしても目の前の化け物と戦っている後輩の姿に驚きこそあるが、なぜ部活に来なくなったのか。その答えをこの光景から読み取っていた。

 

「京ちゃん……」

 

 咲のつぶやいた小さな声は当の本人である京太郎には届かない。

 

 軍神とも呼ばれる神を相手にするには今の京太郎では力不足である。

 不意を突き放ったはずのモータルジハードは確かにダメージこそ与えはしたが、それでもタケミカヅチの勢いは止まらない。

 タケミカヅチの一撃を受けて弾き飛ばされる京太郎。そんな彼にタケミカヅチはジオダインを放つ。

 本来タケミカヅチは魔法を得意とする神ではない。だがそれでも上級電撃魔法、普通の人が受ければ灰になるほどの力を持つ。

 

「そんなものが効くもんか!」

 

 名も無き刀で受け止めジオダインを弾き飛ばす。

 タケミカヅチが電撃に対する強い耐性を持つように、覚醒し電撃魔法を行使する京太郎にも電撃に対する加護を持ち合わせている。

 そんなことはタケミカヅチ本人も分かっており、ジオダインを放ったのは京太郎の一手を遅らせるためだ。

 

「ぬぅ!」

 

 タケミカヅチの放った渾身の怪力乱神が京太郎をとらえる。

 刀で受け止めこそしたが空中で踏ん張りの効かない京太郎は飛ばされ高層ビルへと激突した。

 それを一瞥し人に向けジオダインを行使しようとした瞬間、ピリッとした感覚を覚えその感覚のまま振り返りながら刀を振り上げた。

 

 モータルジハードがタケミカヅチを再びとらえる。

 先ほどと違うのはタケミカヅチの持つ刀を砕きながら腕を切り落とした点だ。

 腕が斬り飛ばされたことに驚くも、モータルジハードの隙をついて京太郎の胴体を蹴り飛ばした。

 

 一体何が起こったのかと考えるまでもなく、目の前の少年が悪魔召喚士であることを思い出す。

 例え力量に差があっても自身と仲魔たちの力を借り、束ねることで格上の相手に対しても互角以上に戦うことが出来る存在、それが真に強いデビルサマナーだ。

 イシュタルのタルカジャ、スクカジャが京太郎の身体能力を限界以上に引き出している。これがタケミカヅチの防御を破った理由である。

 

 蹴り飛ばされた京太郎は空中で体制を整え着地した。

 前方を見るとアスラの後ろ姿が見え、あと少しで避難所に辿り着くだろう。

 

「ハッハッハッハ!」

 

 突如の笑い声に眉を顰める京太郎。

 笑い声の主であるタケミカヅチは京太郎を見て満足そうに言う。

 

「時が経ち軟弱者しかおらんと思ったが違ったようだ。貴様のように戦う者が居るのであればこの国も未来は明るいか!」

「人を襲っておいて未来が明るいとかよく言えるな!」

 

 アクアダインの水撃がタケミカヅチを襲う。

 タケミカヅチの四肢が完全なものであればアクアダインさえ切り裂くことが可能だが、腕をなくし体のバランスが崩れた神にそれは不可能であった。

 水撃を回避した軍神の行動を先読みしていた京太郎は渾身の力を込めて刀を振るった。

 京太郎の一撃を受け止めたタケミカヅチはそのまま力づくで押し返そうとするが、京太郎の力が突如として増した。上空で援護するイシュタルのタルカジャが効果を発揮したのだ。

 逆に力づくで切り払った京太郎はその勢いのまま霞の如く切りかかる。

 連続切りのため威力は低いがそれでもタルカジャにより強化された一撃はタケミカヅチを確かに追い詰めていく。

 

「あんたは有名な神なんだろ? なんで人間に牙をむくような真似をするんだ」

「知れたことを。人々が失った信仰心を取り戻すためよ」

「信仰心を? こんなことをしても得ることが出来るのは恐怖心だけだろ」

「信仰の始まりとはつまり畏れから始まる。畏れ、崇め、祈り、鎮める。それこそが信仰の始まりよ」

「そんな勝手が!」

「人々が人の都合で我らを忘れるならば、我らの都合で思い起こさせる。それの何が悪いか」

 

 その言葉を京太郎は強く否定することが出来ない。

 京太郎自身は悪魔ではないが悪魔と共に生きる者ではある。

 例え相手が人でなくとも、会話することが出来る存在を無碍にすることはもはやできなくなっていた。

 

「それでもほかに道はあったはずだ! 神々にとって数十年の月日なんてたかが知れているだろ」

「だが人々にとってはかけがえのない時間だ。我らはうつろわざるものなれど、人々はそれだけの時間があればうつろっていく。この数十年で人々がどれだけ信仰心を失ったか推し量れぬほど愚かではあるまい」

「だからって認められるもんか!」

「それでいい。荒ぶる神の御霊を鎮めるも人の役目よ!」

 

 片腕を失ったタケミカヅチの猛攻を京太郎は強化された肉体で凌ぎ、タケミカヅチの傷口からは血ではなくマグネタイトが流れ失われてゆく。

 時間も状況も京太郎に味方をしていた。

 タケミカヅチの一撃を刀で防いだ瞬間、京太郎は腕を伸ばし頭をつかむと自身の膝にたたきつけた。

 

「カハッ」

 

 そうして出来た隙をつき、刀はタケミカヅチの強靭な首に吸い込まれるように切り飛ばした。

 

「見事」

 

 切り飛ばされた頭部の口から吐き出された言葉はそれだけだった。

 前方を改めて見ると自分が護ってきた人々が保護されている姿を見ることが出来た。

 なんとも無茶をしたとは思うがこれしか手がなかったとも言える。

 

 京太郎がタケミカヅチと戦うことになる時間よりも少し前。

 インハイ会場へとたどり着いた京太郎たちの眼に映ったのは悪魔に襲われる目的地の姿だ。

 引き返すべきかと悩んだが、安全地帯を他に知らず移動することでただでさえ増えてきた一般人がさらに増えてしまう可能性があり、京太郎の手で守る許容値を超えてしまう恐れがあった。

 

 行くも帰すも留まるも地獄とはこのことだ。

 

 思案する京太郎に「行こう」と言ったのは菫だった。

 

「前も後ろも化け物だらけだ。後ろを見ても何もないなら前を向いて目的地へ行くべきだろう」

 

 その強い眼を見て京太郎は強くうなずいた。

 これからやる方法が決して良いことではないと京太郎自身も分かっている。

 それでも悪魔が蔓延る危険地帯を居るよりは混乱さえも力でねじ伏せるという方法は短時間であれば確かに有効だ。

 

 後ろにいる50人近い人々に対して京太郎は言った。

 

「先に行きましょう。見てもらえば分かると思いますが、建物の前まで行ければ安全です」

 

 強化された視力がなくとも見える距離にいるため、会場の前で戦う人々が見えない壁に守られている姿も見える。

 それでも『行こう』と言われて『わかりました』と言えるほど人は強くない。

 

「ちょっと待ってください。子供もいるんです、貴方が強いのは分かってますけどそんな無茶な」

「……大丈夫です。護るのは俺だけじゃないから」

 

 あまり好きな手ではないが、ここまでくれば『たとえ混乱が起きても力で鎮める』と決めた京太郎がCOMPを操作し自身の仲魔を召喚した。

 

「……うお」

 

 現れたイシュタル、アスラ、プロメテウス、ドミニオンの姿を見てたいした騒ぎにならなかったのは先ほどとある男が京太郎に直訴したのを聞いていたためだ。

 加えて京太郎が召喚した悪魔がそれぞれ人型であり角こそ生えているが美女のイシュタルと老人であるプロメテウス。それと人々にとって恐怖の対象ではない天使ドミニオンであることが原因だ。

 唯一アスラだけが人々に威圧感を与えるが、京太郎の背後に立ち勝手な行動を取る気配はないため京太郎を含めた悪魔たちの安心感がそれらを上回った。

 

「皆さんに強化魔法をかけます。子供が居る方は背負ってください」

 

 そうして行使したのはタルカジャとスクカジャだ。

 ラクカジャは正直かけたところで一撃食らえば死んでしまう以上意味がない。

 

 そうして、子供が1人こけるというアクシデントこそ発生するが特段問題はなく会場前まで移動できた訳である。

 

 それから暫くして、近くに存在した暴走COMPをすべて破壊し悪魔たちの送還に成功した京太郎は仲魔たちと共に一息ついていた。

 持っていたペットボトルの蓋を開け、少し飲んだ時背後からパチパチパチと拍手が聞こえた。

 その瞬間、ペットボトルから手を離した京太郎は一気に足を踏み込み振り返りながら渾身の一撃でもって居合切りを放った。

 

「おっと」

「なっ!」

 

 素手で刀をつかんだ男は掴んだ刀身から手を離すと勢いよく腕を振るった。

 技の名前は怪力乱神。タケミカヅチと同じ技だが結果が違う。振るわれた腕は京太郎に直撃こそしなかったが放たれた拳圧が京太郎を吹き飛ばした。

 

「んな!?」

「ふっ」

 

 吹き飛ばされた京太郎にオールバックの男が追撃をかける。

 刀で、手で、時には足で猛攻を防ぐが上から振り下ろした拳を受け止めた時、京太郎は地上へ打ち付けられた。

 

「こいつ……!」

「なるほど。ゲオルグが目をつけるわけだ」

 

 悠々自適に舞い降りた男は京太郎の前に立ちはだかる悪魔たちを見て面白そうに言った。

 

「お前は……」

「安心するといい。直接君と相対しやりあってみたかっただけだ。なにせ君は須賀だしね」

「どういう意味だ!」

「その血と名にもはや意味はないし目的の人物もこの目に見ることが出来た。この場はこれで十分だ」

 

 男の視線は京太郎ではなくその背後にある建物に向けられていた。

 立ち去ろうとする男に対して京太郎は引き止めるように叫ぶ。

 

「待てよ!」

 

 京太郎の肩に激痛が走った。

 よくよく見てみると先ほどの一撃で肩がねじ切れてもおかしくないほどのダメージを受けていた。

 

「わわ、サマナー!」

 

 イシュタルのディアラハンが京太郎の傷を癒す。

 指示をせずとも行動をする悪魔の姿を見て面白そうに笑いながら男は言う。

 

「私の名前は『ミコト』だ。尊敬の尊の字でミコトと呼ぶが我が事ながら仰々しく感じるね」

「お前がこの事件を起こした黒幕なのか?」

「滅相もない! 力は貸しているがそれだけだ。君が『虐殺』した者たちの上役になるかな」

「……謝る気はないぞ」

「当然だ。彼らも自らの命を賭して今回の事件に関わっているんだ、その覚悟はあるだろう……さて」

 

 一つの足跡が聞こえる。

 尊が一歩横に退くと現れたのは赤い装束と笹帽子を被った1人の男が現れた。

 

「須賀京太郎殿でよいか」

「あんたは?」

「ガイア教に身を置く者。ゲオルグ殿に見初められたその力、ぜひとも拝見させていただきたく」

 

 錫杖に取り付けられた鉄の輪が音を鳴らす。

 京太郎のCOMPでアナライズした結果、目の前の男のレベルは60を超えている。

 

 尊の一撃でふらつく体を刀で支えながら臨戦態勢を取った。

 ここに至るまでの一般人の防衛とタケミカヅチとの戦い。そして尊の一撃は回復魔法で癒されているがそれでも京太郎の体に言い知れぬ疲労感を与えている。

 簡単に言えば血を流しすぎているのだ。電撃と水撃魔法を数多く行使しその上血さえも流せば生体マグネタイトを多く失うのも無理はない。

 回復魔法では生体マグネタイトの補充は不可能だ。人間であれば自然と回復してくがそれでも急速に生体マグネタイトを得ることが出来るわけではない。

 

 超短期決戦を行うしかないと京太郎は覚悟を決めた。

 京太郎に向かって破戒僧は拳を振りかぶりながら向かってくる。

 その一撃を受けたのはアスラだ。未だ万全の体調とは言えない京太郎を庇ってのことだ。

 

「指示もなく、自らの意思で行動を起こすとは……だが甘い」

 

 破戒僧の正拳突きがアスラの胸部をとらえる。

 いかに物理耐性があってもレベルが20近く離れている相手からの一撃はアスラに確かなダメージを与えた。

 

「グ、オ……!」

 

 胸部を打たれふらつくアスラを押しのけ破戒僧が行く。

 ドミニオンとプロメテウスの魔法が進路を阻むが破戒僧の拳がそれらをはねのける。

 ついに京太郎のもとへたどり着いた破戒僧が錫杖を京太郎に振り下ろした時京太郎の左半身が砕け散った。

 

 こんなものか。

 

 そう思った瞬間、京太郎の刀が心臓を貫いていた。

 相打ちか、そう思ったのも束の間イシュタルの蘇生魔法が京太郎の失われた左半身を復元しながらも同時に癒していく。

 

「……最初からカウンターを?」

 

 口から血を吐き出しながら破戒僧が問いかける。

 その問いかけに答えたのは10秒と少し経ってからだ。

 

「この体調だから博打を打たなきゃいけないと思った。サマナーなら最初から召喚してたはずだけど召喚する様子を見せなかったからサマナーじゃない。なら分が悪くともいけるかなって」

「召喚魔法は捨てた身故に」

「捨てた?」

「私は元ヤタガラスの退魔士だ。修行の途中で抜け出した半端者が使ってよい技術ではないし、COMPは肌に合わなかった」

「それでそれだけ強くなったのならすごいと思うけど……なんで抜け出したんだ?」

「分からなくなったのだ。なぜ自らのために力を振るってはいけないのか。何も知らずただ生きているだけの人間を護る人生に嫌気がさしたと言うべきか。そんな折ガイア教の友人から誘われてな『お前は私と同じ側の人間だ』と言われ不思議に納得してしまった。家族も大切な人も居なかったしちょうどよかったのだよ」

 

 蘇生魔法の効力で回復した京太郎は少しふらつきながらも破戒僧に近づく。

 心臓を貫かれてもまだ生きているのは覚醒者故の耐久力だ。

 

「この状況だ。須賀殿も私と同じ悩みに至るかもしれない。これは先人からのアドバイスだが、心のままに動くといい、それが自分にとって正しい道だ」

 

 その言葉を聞いたのちに京太郎のジオダインが破戒僧の体を蒸発させた。

 尊の姿は既になく、これで戦いは終わったとほっとした京太郎は倒れてしまうのだった。





ルイが麻雀を教わったのは十四代目の時代というどうでもよい設定。
描写はあまりしてませんが全部見せられてます。
もう少し劇的な状況下で発覚するとかいろいろと考えたけどこれに落ち着きました。さてさてどうなるやら。

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