デビルサマナー 須賀京太郎   作:マグナなんてなかったんや

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前書きが消えていた・・・

前回一週間ぐらいでといって一ヶ月以上かかって申し訳ないです……。


『東京封鎖1日目夜 Part2』

 阿知賀、千里山の面々と別れ再び3人となった京太郎たちは会話をしながら歩みを進めていた。

 元々の目的である人物たちを見つけるために辺りを注意深く見ながら歩き、それでいて話は聞き逃さないようにしていた京太郎。そんな彼の名を呼ぶ少女の声が聞こえた。

 

「京太郎じゃん! よかったー元気になったんだ」

 

 てててと駆け寄ってきたのは大星淡だ。

 京太郎と同じ金髪を持っているが、大きく違うのは髪質である。さらさらとした髪質の京太郎と比べくねくねとしたくせっ毛を持つのが彼女の髪質の特徴だ。

 今見せている彼女の姿は彼女が懐いている照たちによく見せる姿であり、彼女をよく知り京太郎との関係を知らない者たちであればそんな姿を見せている彼女に驚きの表情を見せるのではないだろうか。

 京太郎が異能者に覚醒せず彼女と出会った場合、少なくとも最初は良好な関係とは言えないそんな仲になっていたはずだ。

 だが現実はそうはならず先輩と自分を救った京太郎に淡は感謝しているし、京太郎としてもころころと表情が変わり明るい淡は好印象である。

 

「まぁなんとか。マグネタイトが足りなかっただけって、分かんないか……」

 

 マグネタイトという単語自体が専門用語のようなもので、響きだけで言えば鉱物のように感じるだろうか。

 

「分かってるよ」

「へ?」

「生命力とか精神力じゃない? 漫画とかゲームだとそんな感じだし」

「……まぁ間違ってないけどな。ちなみに正解はどっちも」

「わかれてないって不便利なんだ」

「不便利と言われても……」

 

 マグネタイトを用いて人は、神は、悪魔は、天使は肉体を用いた技を神秘の力を使用する。

 とはいえ問題はある。人は自身が生み出す生体マグネタイトを用いて力を発揮しそれ以外は自らの身体を構成するマグネタイトをもとに力を発揮する。 

 それはそれは素晴らしい力を発揮するのは知っての通りだが、デメリットは自らの生きる力を使用することだ。淡の言う通り生命力と精神力が分かれていれば便利だがそうは行かないのが現実だ。

 

「まぁとにかく、マグネタイトは補充できたから問題ないし、身体だって全部消滅するとかじゃなければ蘇ることだってできるから問題なしなし」

「……冗談じゃないんだよね? 淡ちゃん怖いなーって思うよ?」

「へへ、困らせてきたお返しってね」

「むー!」

 

 膨らんだ淡の頬を京太郎は指で押す。

 ぷすーと空気が押し出された音がしてますますしかめっ面になる淡を見て京太郎は笑う。

 

「……なにしてるっすか」

 

 コントのように繰り返す彼らに突っ込んだのは桃子だ。

 「誰?」と問いかける淡に京太郎と桃子は同時に「友達」と答えた。

 

「へー、それならその子は?」

「……えーと」

 

 いざ関係を問われると一言では言えず数分悩んでから答えたのは「妹?」だった。

 

「そんな悩まれて答えられると信じられないっていうかさ」

「って言われてもなぁ」

「京太郎」

「ん?」

 

 くいくいと引っ張られる感触を感じ見ると光が服を引っ張っていた。

 

「私、妹?」

「……多分」

「そっか、そうなんだ」

 

 京太郎には聞こえないが何かの言葉を反芻する光を見て首をかしげるも、結局よくわからなかった。その間に桃子と淡は自己紹介を済ませたようで、桃子からの「何をしていたのか」という問いかけに淡が答えようとしているところだった。

 

「そうだったそうだった。京太郎に助けてもらおうと思って」

「俺に?」

「そそ。ね、アレ見て」

 

 淡が指を指した方には2人の少女と女性が立っていた。

 彼女たちは雀卓の前に立っており何やら思案しているようだった。

 

「あれは?」

「えっとね、あれを運ぼうとしてるんだ」

「インハイで使われてたやつだよな? なんとなく覚えてる」

「うん。あの雀卓、簡単には動かないようにキャスターがついてないんだって」

「なんだってついてないんだ?」

「なんでってそりゃ動かないようにするよ。だって競技中に動いたら大変だもん」

 

 集中をして麻雀を打っていた少年少女たちが集中のあまり前のめりになり、雀卓が動き山が崩れ阿鼻叫喚。そんな光景を幻視し苦笑いした。

 

「……放送事故だな。でもなんで動かそうと?」

 

 インハイで使われる雀卓はテレビ放映しても映えるぐらいに立派な雀卓である。

 だが立派ということは当然相応にデカイ。少なくとも一般女性が持ち運ぶことは到底不可能である。だが覚醒した京太郎といった人間にとって見れば簡単なことだ。なにせやろうと思えば高層ビルさえも蹴飛ばす事ができる存在だからだ。

 それはそれとして、なぜ雀卓を動かそうとしているのか分からず問いかけた。

 

「えっとこんなときだからこそ娯楽が必要じゃないかって話してたよ。難しいことは分かんないけどさ、こんな状況だもん。楽しめるものがあるのは良いよね。っていうか私が見たい」

「私欲かよ。分かりやすくていいけどさ」

「最初は3人で頑張ろうとしたんだけど流石に無理で、助けてくれる人を探しに行こうと思ったら京太郎を見つけたってわけ」

「3人でも女性3人じゃなぁ」

「でも確かに必要かもしれないっすよ? 映画とかで不満が積もりに積もって大爆発! ってよく見るけど娯楽があれば少しは気が紛れると思う」

「不満。不満かぁ」

「もしかしたらその辺りも考えてるのかな? 私は良く分かんないけどみんなで楽しめればいいかなって思ったけど」

「……たぶんメインはそっちだと思うっすよ? だってあの二人プロだし」

「……プロ?」

 

 首をかしげたのは京太郎だ。

 しょうがないなぁとため息をついた桃子は言った。

 

「小さじゃなくて、和服を着ている人が三尋木咏プロで、ふりふりした服を着ているのが瑞原はやりプロだったかな。2人とも日本のトッププロの筈っす」

「桃子が知ってるってことはプロ雀士? なら知らなくても仕方ないか」

 

 うんうんと1人頷く京太郎に「私は知ってるよ?」と突っ込んだのは光だ。

 言葉を詰まらせた京太郎がフリーズしたところで、淡が言った。

 

「きょーたろーのべんきょー不足はどうでもいいけどさ、本題。手伝ってくれる?」

「まぁいいけど」

 

 暇ではないが忙しいわけではない。

 バツが悪そうに頭を掻きながら2人のプロ雀士の元へと歩を進めた。

 

*** ***

 

「はやや、すごいねぇ。お姉さんびっくりしたかな」

 

 雀卓を1人背負い歩く京太郎を見て声をあげたのは瑞原はやりだ。

 最初は1人で大丈夫? と心配の声をあげた彼女だが涼しい顔でひょいひょい歩く京太郎を見てその心配は何処かへ行った。

 だが逆に湧いてきたのは細腕では決してないがそれでも常人以上の力を発揮する京太郎の肉体への興味だ。

 もしプロ雀士になっていなければ科学者になっていたであろう彼女の知識欲が刺激された結果だった。

 

「つっても気を付けてくれよ? 能力的に余裕があっても油断して人に当たったら一大事だからねぇ」

「人も雀卓も傷つくっすもんね。……京太郎君は無傷だと思うけど」

 

 後半の言葉を聞き取れたのは京太郎だけであり、聞くことが出来た本人は苦笑いを浮かべた。

 実際雀卓は京太郎にとっては軽く、重さだけで言えば簡単に運べるのだが問題はその形状で一言で言えば運びにくかった。

 丸太を担ぐようにすれば良いがこの持ち方だと油断すると周りの人間の頭部を吹っ飛ばす恐れがあり却下され、色々と試した結果緩和剤として背中にクッションを置いて背負う方法に決定した。

 抱きかかえると前が見えなくなるし、背負う方法であれば京太郎の腰に少々負担がかかるぐらいで周りの人間は安全である。

 

 なお先頭に立って歩いているのは三尋木咏だ。

 彼女が聞けば怒るだろうが、前のめりになって歩く京太郎の視線と咏の手の位置が丁度良く見やすかった。

 そのため彼女の手に持つ扇子に先導される形で京太郎は歩いている。

 

 今から数分前互いに自己紹介をするも、京太郎は彼女たちのことを思い出せなかった。

 

 これに対して「まっ気にすることじゃないさ」と軽く咏は言い。

 

「私だってプロ野球選手の名前は有名どころしか言えないしさ。わっかんねーもんはわっかんねーし知ってるもんは知ってるもんさ」

「はやりも有名なサッカー選手は知ってるけど名前だけで顔は一致しないなぁ」

「それは歳じゃね?」

「は?★」

 

 そろそろ気になる年頃のはやりに年齢ネタはだいぶ危険だった。

 若干空気が悪くなりつつも自然に解消されていったのは先ほどのやり取りも友人兼ライバルだからこそできる芸当だろう。

 

 目的地まであと半分ぐらいというところで京太郎は雀卓を運ぶ目的について問いかけた。

 

「……なんつーかさ。友人兼後輩が頑張ってるのを見たんだ。少しぐらいは手助けしてやりたいだろ?」

「私は咏ちゃんに言われなかったら気が付かなかったな」

「仕方ないって。知らなきゃ気づかないっての」

「えっと?」

「まぁあれだ。今どき和服来てるなんて変わったやつだって思うだろ?」

「俺が居えた台詞じゃないっすけどね」

 

 現在左腕にガントレットを付けている少年の言葉に「ははは!」と良い笑い声をあげた。

 

「違いないねぇ。とにかく私の家は結構古くてさずっと昔から着物とか和服を売ってんだよ。で、本当なら地元のチームに入る予定だったんだけど今のチームからかなり熱烈に誘われてさ」

「プロの中でも咏ちゃんほどの火力を持った子は居ないもん。高打点はテレビにも映えるし実力も高いから当然だよね」

「はっはっは、なんかむず痒い。まぁ私の実力は置いとくぜ? プロになればうちの店の宣伝になるだろ? 他チームに行くとそれが出来ないから断ろうとしたんだが、それならうちの店の和服を着てもいいって話になったんだ」

「着物屋だから許されたんですかね? ほかのスポンサーとは食い合わなそう」

「大型スーパー内蔵したとこだと別だろうけどな。話が脱線しちまったが重要なのは私の家は結構古いってことだよ」

 

 咏はくるりと振り向くと眼を細め京太郎のリストバンドを扇子でポンと叩いた。

 

「婆さんが言ってたよ。今は帝都を、東京を中心に守っているが本来は京都を守護していたカラスが居たって。だからすぐ気づいたよ、そのリストバンドを付けてるやつはその絵通りのカラスだってな。そんでさ後輩がそれ付けて疲れた様子を見せてるんだちょっとぐらい手伝おうって思うのが人情だろ?」

「……俺はカラスじゃないっすけどね。カラスに依頼されたっていうか」

 

 誤魔化すのは無理だと観念してため息をつきながら京太郎は言った。

 簡単に認めた京太郎に眼をぱちくりさせ「いいのか?」と咏が問いかけるも「今の状況で隠してもって思いません?」と逆に問いかけ「違いない」と笑いながら返した。

 

「でもヤタガラスも何してんだか。一般人が記憶してるじゃんか」

「婆さん曰く私の家系は霊的能力を持っているらしくてね。昔はその力を込めて服を織ってたそうだ」

「あぁ、だから知っているのか」

 

 ヤタガラスが顧客だった時があったのかもしれない。

 霊的防御能力を持った服は今でも必要であり質の言い防護服を織ることができたのなら重宝されたことだろう。

 

「……あれ? 今は?」

「婆さんと母さんが霊的能力を受け継がなかったんだよ。原因はわっかんねーけどサ。皮肉なもんだね、技術を受け告げる人間が居ないせいで技術は失われ、隔世遺伝って奴なのか私にはオカルト能力があるんだから」

 

 口を開けて納得した声をあげたはやりを京太郎は見た。

 

「霊とかありえないって思ってたけど身近に居るっていうかあるんだね」

「えっと瑞原さんは」

「咏ちゃんに聞いて初めて知ったよ。最初は話すか悩んでたみたいだけど……」

「こんな事いきなり話しても狂人にしか見えねーだろ? 話しても大丈夫だとは思ったが話したくなかったんだ」

「……悪魔はその身体をマグネタイトって奴で構成してます。人間の身体を構成する要素がマグネタイトに置き換わったと思ってください」

「……? うん」

「で、マグネタイトって結構柔軟っていうか汎用性が高くてですね。俺が魔法を使ったり技を放ったりする際にマグネタイトって消費されるんですけど」

「うんうん」

「悪魔は容易にマグネタイトを操作できるそうで、翼を生やしたり消したり好きにできるわけです」

「うん……?」

「当然悪魔の身体もマグネタイトで構成されるんで操作は可能なんすよ。……あんな風に」

 

 京太郎は雀卓を片手で抱えるように持ち替えてから、ガントレットに取り付けられたCOMPをカラスのリストバンドを付けた金髪の女性に向けて操作した結果を見せた。

 COMPを受け取ったはやりの眼に映ったのはCOMPが要する機能の一つデビルアナライズの結果だ。

 

「へ?」

 

 アナライズの結果には能力は勿論だが種族も記載される。

 京太郎であれば当然人間あり、プロメテウスは魔神と言った感じに。

 ならばCOMPに記載された結果はどうなっていたかと言うと種族は妖精、悪魔名はシルキーと記載されていた。

 

「あれ? もしかして」

「なんていうか、深淵を覗くものは深淵に見られているって言われますけど、深淵が俺たちを見ていても俺たちは気づかない……そんなもんすよ」

 

 全体的にヤタガラスに管理されているため問題はないが人の世界の中に悪魔は間違いなく紛れている。

 もしかしたら有名な工匠は人間ではなくドワーフであるかもしれない。

 もしかしたら頼んだベビーシッターは赤ん坊好きな悪魔かもしれない。

 もしかしたら人間だと思っていた隣人が悪魔かもしれない。

 

 人の世に潜む理由はそれぞれだろうが、科学によって人が神魔から離れていっても、それでも人と悪魔は隣人なのである。それが良いか悪いかそれは分からないが。

 

「は、はははははは……」

「悪魔は美形が多いらしくて、俳優や女優やアイドルの何パーセントかは悪魔で占められてるらしいっすよ」

「……一応。いや、やめとくわ」

 

 好きな芸能人が人間か確かめようとした咏は口を噤んだ。

 加えて言えば時々テレビにも映る彼女たちは芸能人たちとも関係を持っている。もしそんな彼らが悪魔であったらと思うとちょっとした恐怖だった。

 

「知らないことが幸せなことってありますもんね!」

 

 かくいう京太郎も好きなアイドルが悪魔だと知りダメージを受けた口である。

 別にドルオタという訳ではないが、アイドルにしては演技や歌も上手く良いなと思う。その程度ではあったが衝撃的だった。

 

 どうでもいい話だが麻雀界にも悪魔は存在している。

 プロ雀士ではなくスタッフに多いのだがその理由は長野で行われた県大会の決勝で天江衣が暴れた時を思い出せば納得できるだろう。

 オカルトではなく物理的なダメージがいかないようにいざとなれば防御結界を張るために悪魔は必要なのである。

 なおオカルト能力は阻害しないように訓練を受けているが、その理由はオカルトが人間に対して影響を与えることが少ないからだ。

 こことは異なる世界でとある少女が霊の力を用いてロリっ子に対してえらいことをするが、もしそれがこの世界で行われていたらロリっ子は霊から護られていただろう。

 

「……先輩たち何をしているんですか?」

 

 衝撃の事実を知り若干顔色の悪い咏たちに対して言ったのは戒能良子である。

 

「ティーンの少年をまるで虐待しているかの様な光景はあまりよろしくはないのでは?」

 

 【速報】女性プロ雀士10代の少年を奴隷のように扱う。

 そんな情報が世間に出回る様子を想像し違う意味で顔色が悪くなった。

 

「いやいやこれぐらい軽いもんですし」

「真実はどうあれTPOってものがあってね。反対側を私が持とう」

 

 言われた京太郎は雀卓を前に持つと反対側を良子が持つ形となった。

 当然の話だが彼女も異能者であり50キロ程度の雀卓を持つのは余裕である。

 

「それでなぜ雀卓を運んでいるんですか?」

「こんな状況だかんね。ちょっとした娯楽は必要じゃないかい?」

「なるほど。流石は先輩たちですね。大沼さんたちもどうやって高まる不満を解消させるか悩んでいたけど、催し物は確かに良い手だ」

「大沼って、あの爺さんもかよ……。まさか南浦の爺さんとかもそうじゃないだろうな?」

「……もしかして知って」

「知ってるさ。何で知ってるかについては軽い事情だから安心しなよ」

「そうですか」

 

 どこかホッとした様子で胸をなでおろす良子。

 異能者でもなく悪魔を知る人間の事情は往々にしてよろしくはない。

 その中で軽い事情だと言ってのけ嘘をついていないと理解した良子は胸をなでおろした訳である。

 

「っと、そこの個室に運んでくれるかい?」

「了解っす。扉を開けてもらってもいいですか?」

「うん。任せてね」

 

 扉を開いて閉じないように支えてもらってから雀卓は個室に運び込まれた。

 個室は京太郎が休んでいた部屋と比べ少々狭く大型カメラなどが場所を取っていることもあり、圧迫感を感じさせる。

 床に散らばったケーブル類に引っかからないように気を付けながら、個室の中央に雀卓を置いた。人が脱落することになる。そうなればこの重さを二人で支えることになるため結果論だが京太郎が手伝ったのは正解だったわけである。

 

「ほんとはホールで大々的に打ちたいんだけどねぃ」

「それは仕方ないよ。みんなが休んでるところの中心に雀卓を置くわけにはいかないもん」

「つーかこの状況でどうやって電気を供給してんのかねぇ? とか思ってたけど色々と納得しちまったしさ」

 

 悪魔発電だろうとは誰も言わなかった。

 ライジュウあたりがぴったりそうだなと思いながら、咏から受け取った牌を雀卓に流し込み問題なく動くことを確認した。

 

「うん、問題なしだな」

「あとは告知してモニターに映像を映す準備をすればいいかな。その辺りはスタッフさんにお願いしなきゃだけど」

「その辺りは私の方で伝えておきますよ」

 

 一仕事を終えて一息つきながらはやりが淹れた紅茶を飲んで休憩していた時だ。

 折角だから一勝負するかい? という言葉に淡と桃子が勢い良く頷き試合を挑んでいる。

 正しくは指導なのかもしれないが、高校生とトッププロでは実力に差があるのは仕方がない。

 光は桃子の後ろから興味深そうに見ており、京太郎と良子は2人で椅子に座り会話をしていた。

 

「なるほど君が須賀くんか」

「俺のこと知ってるんですか?」

「トシさんから聞いてね。長野の件と言い色々と巻き込まれていると」

「自分から首を突っ込んでる側面もあるのでなんとも言い難いですけどね」

 

 トシの名前を聞きなんとも顔が広いと内心驚きながらティーカップを机の上に置いた。

 

「戒能さんもヤタガラスなんですか?」

「正しくは元だね。本業は雀士だよ。とは言っても関係は断ち切れないから副業は退魔士かな」

「なーんかややこしそうっすね」

「他人事みたいに言っているけれど君もそうなるだろ? 本業と副業が違うだけでね」

「……ま、そっすね」

「サマナーをメインにするなら職業は自由に動ける探偵とかフリーライターとかがおすすめだよ。なにせ調査と言えば大体納得されるからね。とはいえ今の時代なら探偵の方がいいかも。記者はちょっとイメージが悪いかな」

「探偵かぁ」

「十四代目もとある探偵事務所で働いていたからね。由緒正しい身の偽り方だよ」

「なんとも実感が湧かないっていうか……」

 

 高校生はまだ遊び盛りの年代だ。にも関わらず将来の身の振り方を考えなければならず、それが例え自業自得であっても実感が湧きにくいものは湧きにくい。

 

「ほんの数ヵ月前までは将来はただのサラリーマンになると思ってて、それがサマナーになってどんどん違う方面に行くって言うか。いや、自分で選んだことですけどね?」

「可能性は思ったよりもあるんだよきっと。とはいえサマナーになる確率はかなり低いな」

「COMP拾って異界で生き延びるってのも入るので更に確率は低くなりますかね?」

「だろうね。良くも悪くもライドウが君たちに接触するはずだ。君のような人間はとんでもなく強くなるかすぐに死ぬかのどっちかだから。内面を知りたいと思うだろうな」

「力をもった危険人物だったら嫌ですもんね。とは言っても感性がもう普通じゃない気がするけど」

 

 京太郎は既に人と悪魔を区別していない。

 京太郎が悪魔を殺すのは自身に危害を加えんとする悪魔や既に誰かに対して大きな被害を与え討伐対象となった悪魔である。

 逆に悪魔の中にも会話をして絆を紡ぐことができる存在があるとも理解している。

 『悪魔を殺して平気なの?』かつて問われたこの言葉はもう既に京太郎を迷わす言葉にはならない。

 そして、この理屈を人に対しても適用している。

 土台は既にできていて、切っ掛けをゲオルグが作り暴力団を虐殺することで芽吹いたと言える。

 だから悪魔のような行動を人が取れば、今の京太郎は躊躇いなく人を殺すだろう。

 

 だがその考えと行動は人に許されるものではない。

 

 桃子たちに聞こえないように自分の考えを述べた京太郎は一息ついた。

 例え感性が変わってもそれが人として誤っているのは理解しておりそれを桃子たちに聞かせたくなかった。

 

 少しだけ考えこんだ良子は言った。

 

「退魔士として言うなら少し悪魔に入れ込み過ぎかな」

「やっぱっすか?」

「君と君の仲魔がとても仲がいいってことは理解できたよ。だからこそ君はそう考えてしまうんだろうな」

「……人として間違ってると言えばそうなんでしょうけど、それでも間違いじゃないって納得しちゃってるんですよね」

 

 この少しの会話で良子は京太郎の危険性を認識したと言える。

 京太郎は善人だがその力がヤタガラスを含めた人間にも向けられる可能性があると分かったからだ。

 人間を殺してはいけない。それは人が人という集団の中で生きる上での前提条件である。

 どの国の人間も人の命は特別だと教わりそれを価値観とするがそれが無い人間は容易く前提条件をぶち抜いていく。

 どんなに力を持っていても価値観が人という集団を大事に思い組織の価値観に従うならば安心できる。

 しかし今の京太郎のように集団の価値観に囚われず、自分の中の価値観を重んじて行動する人間はコントロールが難しい。

 

 だが。

 『考え過ぎかな』とすべてを吐き出すように息をはいた良子は結論付けた。

 少しの迷いがあって、善人であるならばその力をむやみやたらに振るうことはないはずだからだ。

 もし悩むことなく、それこそガイア教の人間のように力あるものは好きに振舞い弱者は強者の好きにされるべきという考えであれば話は違ったが。

 

 それから、負けたー! と両手を万歳して悔しがる淡を宥めたりしてから京太郎たちは咏たちに別れを告げ個室から出ていった。

 

*** ***

 

 淡や咏たちと別れたあと京太郎は獅子原爽もしくは永水女子の面々を中心に探していたが見つけることができずに居た。

 桃子と光と会話しつつ周りを見渡すも彼女たちの姿を見かけない。

 巫女4人組は巫女服を着ており一般人の私服姿に紛れ込めば嫌でも目立つはずだ。気を抜いていたとしても見かけたのなら気づくはずである。

 対して爽は服装こそは女子高生だが髪型がそこそこ特徴的でありやはり見落とすのは難しい。

 

 京太郎の心情的には巫女4人に関してはあまり心配はしていないが爽に少しの焦燥感を抱くほどには心配している。

 もしかしたら彼女は仲間たちの情報を手に入れここを出ていってしまったのではないかと考えてしまったからだ。

 

 はやる心を落ち着けるためため息をついたとき、聞き覚えのある「あら?」という声が京太郎の耳に届いた。

 

「あやや、須賀さんじゃないですか。元気そうで何よりですよー」

「元気になったのはついさっきですけどね。格上相手に無茶をしたせいで数時間倒れてましたから」

「……格上相手に生き残っただけでも上出来だと思う」

 

 真っ先に声をかけてきたのは小さく、一見すれば痴女ともとれるほど服装が乱れたロリ巫女である。

 小学生の時に息絶え、新たな命を宿し今を生きている光とほぼ身長が変わらないのだから彼女がどれだけ小さいか分かるというものだ。

 最後にため息をつきながら言ったのは滝見春だ。手に持った黒糖をポリポリかじりながら、無表情で京太郎の言葉に相槌を打った。

 

「須賀さん」

「はい」

「情報の交換をしたいと思うのだけど今お時間いいかしら?」

「大丈夫っすよ。えっと……」

「近くに私たちに用意されたお部屋があるから付いてきてもらえるかしら? その子たちも来てもらっても大丈夫よ」

「分かりました」

 

 霞たちの後を歩く京太郎は隣に居る桃子が「おっぱいさんよりおっぱいっすー」などと頭の悪いことを言っているのが聞こえた。

 聞こえないように抑えたつもりだろうが、京太郎は勿論霞も聞こえてしまったのだろう、羞恥から白い首筋がほんの少し紅く染まっているのが見えた。

 

 なお約一名はイラつくように舌打ちをしていた。

 

 そんなこともあったが当然のように無事に個室までたどり着いた京太郎は部屋を見渡した。

 京太郎が目覚めた部屋に比べると少々大きい。最低でも4人で寝泊まりするのだから当然の処置ではある。

 

 もしかしたら京太郎の部屋が大きいのは誰かが泊まることを想定していたからかもしれない。

 

 京太郎は椅子に腰を下ろすと今日あった出来事をまず大雑把に説明をした。

 京太郎の話に彼女たちが最も反応を見せたのはメシア教が動いている事実と、永田町が怪しいのではないかという京太郎の指摘だ。

 メシア教に関しての情報は持っていないようだが、彼らが関わってくる可能性を提示され彼女たちは苦虫を噛み潰したような酷い表情になっていた。

 永田町に関しては道中で宮永照たちと遭遇し彼女たちを護るために結局行けなかったのだが、今も永田町が怪しいという考えは揺らいでいない。

 

「やっぱり皆そこに辿り着くのね」

「まぁ当然と言えば当然ですよー。探してないのあそこだけですから」

「ならやっぱり」

 

 「えぇ」と霞が答え。

 

「本拠地は間違いなく永田町です。ただ姫様のお姿は見ることが出来ていないのでもしかしたら姫様は別の場所に居る。そんな可能性はありますね」

「……でもそれなら私たちが見つけてる、はず」

「ならなんで本拠地だと分かったんですか?」

 

 京太郎が首を傾げ問いかけると、明るい表情とは裏腹に棘というかなんであろうか、重たい何かを感じる。

 

「地震が発生したとき私たちは須賀さんと同じように永田町に向かって、貴方と違って辿りついていたのですよー。ちなみにですがそこに何があったと思います?」

「何って……。本拠地だと分かる何か? ゲオルグが居た……のはあり得ないか。あいつ俺の前に居たし」

 

 そう言って京太郎は戦うべき相手の姿をいまいち認識しきれていないことに気づいた。

 ゲオルグに眼を向けてばかりだが、暴力団に永田町ということは政治家と組み合わせが混沌染みている。

 

「結論から言います。恐らく敵のリーダーは国会議員のゴトウという男です。リーダーでなくても幹部なのは間違いないわ」

「ゴトウ……。って良くニュースでバッシングされてるタカ派って話の?」

「ですよー」

「国会議員かぁ……」

 

 神や悪魔だけではなく、宗教狂いに暴力団に頭おかしいやつにあまつさえ登場した国会議員に京太郎は頭がくらくらしてしまった。

 どれもが普通に暮らしていれば接触頻度はとても低いはずの存在ばかりである。

 

「とにかく神代さんを攫ったのは奴らですし出来うる限り早く助けに行かなきゃですね」

「……えぇ。そうね、ありがとう須賀くん」

 

 浮かべていた笑顔が若干曇ったのを見過ごさなかったが、あえて問い詰めることはしなかった。

 

「帝都が完全に闇に覆われていないのは神代さんのお陰っぽいですし、制限時間は帝都が闇に包まれるまでかな」

「……姫様の?」

「ゲオルグが言ってたんです。太陽が完全に闇に包まれないのを見て頑張っているって」

「……姫様らしい」

「日本で太陽って言うと思いつくのはアマテラスなんですけど神代さんに降ろされたのはアマテラスで良いんですよね」

「そこまでは流石にわからないわ。この国には八百万程の神々がいらっしゃるわ。もしかしたら私たちが知らない神もいらっしゃるかも。でも可能性は高いと思う」

「アマテラスか。もしかしたら戦うことになるかな……?」

 

 アマテラスのレベルは既に聞いている。

 今の京太郎では太刀打ちすることが難しいほど強さに差があり、強くなったと自負していた自信が勢いよく崩れていくのを感じていた。

 倒した相手とはいえタケミカヅチもガイアマンも京太郎が真正面からぶつかれば負けていたかもしれない相手である。

 そして倒さなければならない相手はまだまだ居て、その誰もが今の京太郎よりも強いのだから嫌になる。

 

 

「須賀さんは嫌になりませんか?」

「へ?」

「だってゲオルグみたいな変な奴に狙われて。普通に考えたら絶望しかないですよー?」

 

 そう言われて、少しだけ考えて、出た答えに苦笑しつつ答えた。

 

「だからって何もしない訳にはいかないじゃないっすか。相手がいつも自分よりも弱いわけないし」

「それは理屈ではそうですけど……」

「まぁなんとかなるっていうかしますって! ……ゲオルグだけは絶対に殺さなきゃいけないし」

 

 それは行動せず傍観者となってしまった自分に対しての、母子に対してのけじめだった。

 例え神代小蒔が囚われることがなかったとしても京太郎には戦う理由が既にある。

 

「……そう」

 

 また、どこか惹きつけられる陰のある笑みを浮かべながら霞が相槌を打った。

 

「ゴトウも覚醒していましたし実力もかなりものでしたから須賀さんも気を付けてくださいね」

 

 巴の忠告に京太郎は頷いた。

 

「でも永田町の奥には行かなかったんですか? いくらあいつらが強くても探るぐらいはできそうだけど」

「強固な結界で阻まれて入れなかったんですよー。だから私たちがあいつらに会ったのは永田町の結界の外ですねー」

「皆さんでも壊せない強度?」

「私たちだけでなく十六代目も含めてですね。恐らくはビシャモンテンたちの力を利用し更に強化していると思います」

「それならビシャモンテンたちを取り返すところから始めないといけないのか……」

「どちらにせよあいつらを叩く前に結界の権限を取り返さないといけないわ。破れかぶれで四神の結界もろとも壊されても困るもの」

 

 そうなった瞬間、帝都に居る悪魔が日本中に飛び立つことになるだろう。

 帝都のみならず悪魔が日本中に溢れかえり大惨事になるのは目に見えている。

 

 その会話の中、京太郎のCOMPにとある文が流れた。

 

 ――そうなれば日本という国に神の炎である核が降り注ぐことになるだろう。二十年前の悪夢が現実になる。

 

「帝都だけじゃなく、日本中の命を背負ってるってこと? ……冗談じゃないな」

 

 その事実を理解した京太郎は苦笑した。

 それは霞たちにも言えるのだが、桃子と光はあまり実感がないのか彼らほど険しい表情は浮かべていない。

 

 その後明日に関する話をした後、京太郎は彼女たちからとある伝言を伝えられることになる。

 

 『日が落ちたあと時間をいただきたい』

 

 十六代目葛葉ライドウの伝言を聞いた京太郎は分かりましたと答えると礼を言ってから霞たちと別れた。

 

 桃子と光を伴って去っていく京太郎の後ろ姿を見ながら霞と初美はどこか思いつめるような、それでいて諦めのような表情で京太郎を見送っていた。

 

「皮肉なのですよー」

 

 その言葉は誰に向かって言われた言葉でもないことは霞たちには分かった。

 

「他者を助けるのはとても良いことですよね。それなのにその行動の結果が今回の事件に繋がったんですから」

「……そうね」

 

 これが霞の浮かべた表情の原因である。

 

「だからと言って悪いのはゴトウで須賀さんじゃないですよ?」

「……責めるのは筋違い」

 

 後輩たちの言葉に頷きながらもそれでもやはり浮かび上がる感情を抑えることはできない。

 それがどんなに理不尽なことであっても人間なのだから仕方がない。

 

「それに須賀さんが異能者として覚醒していなくても数年後には同じことが起きてましたし、前向きに考えた方が良いですよー。須賀さんが居て良かったって」

「そうなのだけどね……。」

 

 どうせ明日話す事なのだからと京太郎に語っていないことが霞たちにはある。

 今ここですべてを話し京太郎の行動を制限することになれば霞たちにとって望まない結末になる可能性もあり、大沼たちと相談してから話そうと決めたためだ。

 

 霞たちが思い出すのは今から数時間前。

 京太郎がゲオルグと対峙していた時間帯だ。

 

*** ***

 

 地震が発生した直後霞たちの周りに居る人間のスマホから悪魔が出現した。

 不意打ち気味の出来事であり咄嗟に行動することが出来なくても仕方がない話だろう。

 もし悪魔が憑りついていたのなら、霞たちにも分かったがただのスマホから突如として悪魔が出現し、悪魔の気配を四方から突如として感じた。

 そのため目の前の人間が下級悪魔に喰われても、感じる気配の多さが霞たちの行動を鈍らせたのである。

 

 それを好機と見たのだろう。異能者である彼女たちの豊富なマグネタイトを求め悪魔たちが四方から襲い掛かった。

 しかし真っ先に我を取り戻した霞の放ったマハンマオンが襲い掛かる悪魔を祓った。

 

 本来であれば確率で即死させるハマ系の魔法は悪手極まりないのだが、周りに人が居ることもあり最も人に影響が出ることのない魔法を選択した結果であった。

 実際アギ・ブフ・ジオ・ザンと言った魔法は物質に影響を与え物に干渉するがハマはそうではなく、悪魔の命にのみ干渉する。

 そして耐性の問題もハマに対する耐性を持つ下級悪魔は少なく、精々エンジェルと言った天使たちだ。

 しかしそれでも所詮は確率。生き残った悪魔はそのまま襲い掛かろうとしたが、神速の速さで繰り出された初美の足技が悪魔の身体を構成するマグネタイトを塵へと返した。

 

「あ、危なかったですよー。下級悪魔とはいえ防御せずに頭パクっとされたら死んじゃいますって」

 

 冷や汗を垂らしながら初美が言った瞬間、周りに居た人々は蜘蛛の子を散らす様に霞たちを避け、叫びながら逃げ去った。

 霞たちを綺麗によけたのは良く分からない存在を一瞬で消し去ったからであり、彼らにとってみれば霞たちも恐怖の対象だったからである。

 

「見てください、これ」

 

 巴が死んだ人間が持っていたスマホの画面を見せるとそこには『悪魔召喚プログラム』の文字があった。

 

「これって……」

 

 禍々しく紅く輝く画面を見て唾を飲み込んだ瞬間新たな悪魔が出現した。

 とはいえ所詮は下級悪魔であり一瞬で蹴散らすと手に持ったスマホを破壊するように命じ、巴は地面にたたきつけ勢いよく踏みつけた。

 

「……大丈夫、みたいね?」

「大丈夫とは言えないですよー。これ多分すごい酷いことに……」

 

 周りに悪魔が居ないも関わらず気配が消えない。

 

「嫌な感じはするけど、それでも行かなきゃいけないわよね」

 

 引き返せ。第六感がそう叫ぶ中自分たちにとって大切な姫であり友を救うために霞たちは前へ前へと歩いてゆく。

 

 襲い掛かる悪魔と辺りに落ちている暴走COMPの数が被害者の多さを嫌でも自覚させる。

 首だけ転がっていたり、悪魔が食い散らかした内臓が道に散らばっていたりと地獄の様相を垣間見せる。

 

「……酷い」

 

 その光景に言葉を零したのは春だ。

 彼女たちも悪魔と呼ばれた神魔の存在と戦ってきた者たちだが、だとしてもこれだけの人が死んでいる光景は見たことがない。

 精々異界に迷い込んでしまった人間の成れの果てぐらいは見たことはあるし、慣れたと言っていいのだがこれはそれ以上である。

 

 今繰り広げられている光景もそうだが血の、肉の生臭さが彼女たちの精神を蝕む一つの原因だ。

 

 ずるりと音がした。

 

 ペチャクチャと人によっては癇に障る咀嚼音が辺りに響く。

 それと同時に聞こえたのは人のうめき声だ。

 

 嫌な予感は当然するがそれでも確認する訳にもいかず音がする路地裏を除いたとき。

 

「た、す、け……」

 

 生きながらオルトロスに腸を喰われている女の姿があった。

 その光景に頭が真っ白になって、一手遅れた瞬間。オルトロスの口から放たれたファイヤ―ブレスが霞たちに襲い掛かる。

 臨戦態勢を取っていれば簡単に防ぎ、避けることのできる炎が一手の遅れから不可避の攻撃と化す。

 

 死ぬことはない。けれど皮膚や肉が火に焼ける覚悟を彼女たちがしたとき、上空から一振りの刀が刃を下にして落ちてきた。

 

「ガフッ!」

 

 刃はオルトロスの口を縫い留めファイヤ―ブレスは霞たちに襲い掛かることはなく、口から火が漏れ出すだけだ。

 

「ブフダイン」

 

 巴の上級氷結魔法がオルトロスに襲い掛かる。

 巨大な氷柱となった悪魔に弾丸が放たれ二重のダメージを受けたオルトロスはマグネタイトを保持することはできず世界に溶けるように消え去った。

 

 不意の危機が去りホッとした彼女たちの近くに一つの影が降り立った。

 その陰こそが霞たちを救った存在であり陰の名を十六代目葛葉ライドウと言った。

 

「無事か?」

 

 問いかけたのはライドウではなく彼と共にいる黒猫ゴウトだ。

 

「ええ、大丈夫です。危ないところありがとうございました」

「うむ。お前たちの力は知っているが不意の一撃を受ければ大怪我も負う。とはいえこの光景を見てしまってはな」

 

 腸を辺りに散らかして死んだ女の遺体を見て言う。

 「ライドウ」と言ったゴウトの言葉を理解した十六代目は死体に近づき、何かを確認するように胸に手を置くが首を振った。

 

「もう、遅い」

「そうか……。ふむ。カロンたちめ仕事が早いようだな。異能者に覚醒していない一般人なのだから仕方がない」

 

 一般人と異能者の違いの一つに死んだ際の魂の剥離速度がある。

 当然一般人の方が魂は剥離し蘇生をタイミングを失ってしまう。

 肉体と魂。当然の話だがその二つが揃わなければ蘇生は叶わない。

 

 管からジャックランタンを召喚したライドウは巴の放ったブフダインの解凍を始めた。

 ライドウと共に長年戦ってきたジャックランタンは元の実力よりかなり高く、それでいてマグネタイトの消費もリーズナブルであり彼にとって重宝する仲魔である。

 

「ヒーホー。溶かしたホー」

「……すまない」

 

 ブフが解け水浸しになった己の刃である赤口葛葉を手に取ると一瞬で水が蒸発しその後鞘に納めた。

 

 その間にゴウトは霞たちと会話し情報を共有していた。

 

「ふむ。永田町か」

「はい。探していない場所はもうそこしかありませんから」

「それは私とライドウも同じ認識だ。ここには居ないが恐らくは須賀くんも感づいているはずだ」

「頭の回る悪魔が居るって話ですからね。近くには探索を中断して他の人を助けてるって可能性もあるですよー」

「……お人よしっぽい」

 

 春の言葉に少しの影を落としたのは霞である。

 お人よしは基本的に美点だが時として違う側面が垣間見えるものだ。今回の場合小蒔をないがしろにして他者を救っているように感じられたのが原因だ。とはいえ全てにおいて小蒔を優先しろなんて契約はしていないのだから仕方がないが。

 

 そもそも京太郎に手助けを求めたのは裏がなくお人よしだと知っているからというのが大きい。

 帝都を知り尽くしているライドウ。小蒔を最もよく知る霞たち。帝都も小蒔のこともよく知らず、レベルはともかくサマナーとしての経験は少ない京太郎。

 よく知らない人間はよく知る人間が見落としやすい観点に気づくことがある。霞たちが京太郎に求めたのは人手と自分たちにはない観点だった。

 そんなわけで前もってお人よしだと知っていたからこそ頼った京太郎の性格に、何かしら思うのは筋違いではあるのだが思考と感情は別物である。

 

「居ない人のことはともかくですよ」

 

 霞と最も長く居る初美が手をパンと叩いて言った。

 

「姫様が本当に永田町に居るかは分からないですけど、あの結界は怪しすぎです」

 

 悪魔が出現した瞬間形成された結界は帝都に形成された結界と同じ気配を感じた。

 永田町の結界に四天王の力が利用されているのは確かである。

 

「一週間前の異常も含めて此度の件を引き起こした者たちが原因だろう」

 

 ゴウトの言葉に皆が頷いた。

 一応彼らの計画を知っていたものが便乗したという可能性も考えられはするが可能性は低い。

 それならばまだ志を同じくする同志が居て手助けをしたという方が現実味があるというものである。

 

「前線はライドウが勤めよう。皆、警戒は怠るな」

 

 ライドウと共に前に出たゴウトの言葉通り霞たちはライドウのバックアップに回った。

 そもそも霞たちは悪魔と戦うことに特化した能力を持っていない。例外は神卸しで数多の神の力を振るう小蒔だが彼女本人としては神卸しの力に特化した巫女であり、彼女本人の戦闘力は他の面々とは変わりない。

 そして彼女たちの役割は悪魔と戦うことではなく、神や悪魔といった存在から人々を護ったり、悪魔たちを祓うことだ。

 もしの話。京太郎が彼女たちと戦った場合、苦戦はするだろうが勝つのは京太郎である。

 

 その後永田町に向かう道中に襲い掛かってくる悪魔をライドウを中心として倒してゆく。

 元より下手な悪魔でなければ圧倒することが出来るライドウである。巫女たちのサポートを受け戦う彼の能力は通常時よりも発揮された。

 

「行くホー!」

「ッ!」

 

 迫りくるユキオンナのマハブフーラを前転で回避。ジャックランタンから受けた炎を刀に纏わせ全方位に薙ぎ払う。

 炎が弱点のユキオンナは当然のこと、耐性を持っていないほかの悪魔たちも炎に燃やされ人間界からその存在を焼失した。

 例外は炎に耐性を持った悪魔である。

 インフェルノがその燃える身体からブレスアタックを仕掛けようとするも、ライドウが所持していた拳銃がそれを許さない。

 銃口からは硝煙ではなく、眼に見えるほどの冷たい冷気が漂っていた。

 

「まっ、こんなもんじゃないかね。ライドウ」

 

 ジャックランタンを送還し魔王ロキを召喚したのである。

 そして炎を刀に纏ったように、氷の力を弾丸とし射出した。

 

「すまない」

「良いってことよ。精々オレを楽しませてくれよな。なぁライドウ、これがターニングポイントって奴かもしれないぜ?」

 

 ヒャハハハと笑うロキをライドウは送還した。

 COMPと違い自らのマグネタイトで召喚を行う葛葉の召喚術は悪魔召喚と比べ召喚速度を上回っているが、保持するマグネタイトの総量の問題で維持の観点で負ける。

 ロキは曲がりなりにも上位の魔王である。長時間の召喚はライドウとはいえ消耗する。

 マグネタイトの補充を行う方法はあるにはあるが、節約は大事である。

 

 幸いだったのは多くの悪魔が襲い掛かって来るものの所詮は雑兵だということである。

 数で襲い掛かってきても援護を得たライドウであれば一人でせん滅することが出来た。

 

 永田町へと近づく彼らは結界へ近づけば近づくほど悪魔が少なくなっていくことに気づいた。

 そのことに若干の違和感を抱きながらも結界前に辿り着いた。

 ライドウは結界に触れると結界を形成する四天王の力、マグネタイトを強く感じ取った。

 

「やはり四天王の……」

 

 黒焦げになった手に巴がディアラハンで回復を行う。

 煙が出るほどだったライドウの手が癒えると同時に数歩下がると帯刀していたもう一振りの刀を抜き去ろうとした時。

 

「それは少し困りますね」

 

 柳のような穏やかな声と共に発生した強風がライドウを中心に発生し襲う。

 

「ぐ……!」

 

 何とか踏ん張り風ごと敵を斬るため刀を抜き去ろうとするライドウを止めたのはゴウトだった。

 

「いやまてライドウ! そやつはっ」

 

 ゴウトの静止に動きを止めたライドウは、男の神速ともいえる速さに対応できず風と共にこの場から消えた。

 男の姿もないことからライドウと共にここではない別の場所へと移動したとみるべきだろう。

 

「今のは永望さん……?」

 

 親しいわけではないが、それでも老婆に付き従う執事のような姿に霞は見覚えがあった。

 ヤタガラスの女性退魔士からもかなり人気のある男でその実力が評価され幹部にまで昇りつめた。

 今では数少なくなった優秀な血を残そうと女をあてがおうとしたが永望は拒絶し老婆と共に居ることを選択した変わり者である。

 そんな彼がライドウを邪魔するはずがない。見間違えだと考えた彼女の耳に力強い足音が届いた。

 

 髪は刈り上げ、太い眉と強い視線そして堂々たる態度で一人の男が結界から姿を現した。

 

「うぇー!? 国会議員の五島国盛ですかー!?」

 

 驚きから仰け反る初美を責める者は誰もいない。

 永田町を怪しんだ以上議員が黒幕でもおかしくはないのだが、それでも現れた男はあまりにも有名過ぎた。

 

「さすがはこの日の本を護る役目を背負った若人たちよ。未来への光を見るようだな……惜しむべきは」

 

 低く力強い声でゴトウが言う。

 風向きが変わった。

 強く圧迫するような、それでいて全てを冷気で包む死の風が霞たちに叩きつけられた。

 

「その光をこの手で摘まねばならぬということか。だが悲しむことはない、その犠牲こそがこの国を護る力の糧となるのだから」

 

 議員の正装であるスーツをゴトウは脱ぎ捨てた。

 現れたのはふんどし姿に別の意味で驚愕する霞たちは行動をワンテンポ狂わされた。

 しかしその遅れは余りにも致命的であり、コンクリートを踏み抜きながらたった一歩で距離を詰めたゴトウへの対処が遅れることになる。

 

「フンッ!」

 

 スキルも何も使っていないただの拳が初美に向けられ振るわれた。

 初美を救ったのは彼女の背後に居た巴である。即座に形成した簡易結界が初美の命を救った。

 しかし時間を掛けて力を練っていない結界ではゴトウの一撃に耐えきれなかった。

 ガラスが割れるような音を立てながら結界は破壊され、拳が初美に叩きつけられ吹き飛ばされた。

 後ろに居た巴が初美を受け止めようとするも、支えきることができず二人してビルの壁に叩きつけられた。

 もし結界がなければ拳の勢いがそのまま初美にぶつけられ拳圧が初美を、もしかしたら巴をも貫いていた可能性もある。

 

「はっちゃん!」

 

 霞が『獣の眼光』と共に万能魔法メギドをゴトウに、メディアラハンを初美たちに向けて放った。

 本来人間が扱えない技だが、彼女が行使出来るのは彼女が神代小蒔の『天倪』だからである。

 小蒔に襲いかかる凶事を受け止めるために、その身にそぐわない力も身につける必要があった。

 

 例え、それを小蒔自身が望まなくても。

 それをしなければならないのが石戸霞に与えられた使命である。

 

 口から血がでて、ふらつく頭を無理やり動かしながらゴトウを見た。

 

 男の身体はブフダインにより氷結状態にあるにも関わらずその眼には恐怖がない。

 

「ふんっ」

 

 氷の中で筋肉が振動する。

 スーツを脱ぎ捨て褌一丁となったゴトウの肉体は見たくなくても見てしまう。

 拒絶感と言えばよいか。なんとも言いしれぬ感覚に襲われる霞だが、そんなのお構いなしと一気に距離を詰めて掌底を放とうとするのは春だ。

 

 氷結させた相手を砕く。これは彼女たちの攻撃パターンの一つだったが。

 

 相手が悪かった。

 

 筋肉の振動が掌底がクリーンヒットするよりも早く効果を見せた。

 

「なっ」

 

 肉体を凍らせていた氷が振動により砕けゴトウが自由の身になった。

 

「むんっ!」

 

 掌底を受け止めたゴトウは先程防がれた一撃を今度こそクリーンヒットさせてみせた。

 

 マッスルパンチと呼称すればよいか。

 巨大な拳が春の胸を貫き鮮血が宙に舞う。

 

「春ちゃ」

「そら、返そう」

 

 右腕を振るいぶちゅりという音ともに胸を貫いていた腕が抜け春の肉体が霞に叩きつけられた。

 

 避けることは勿論可能だったけれど。そんな選択肢は当然存在しなかった。

 春を受け止めた霞はその瞬間蘇生魔法サマリカームを行使したのである。

 

 腕をふるい血を拭うゴトウに。

 

「でー……っすよ!」

 

 距離を詰めた初美の蹴りが繰り出された。

 

「むっ、ぐぅ!」

 

 細い足と小さな肉体からは考えられない怪力がゴトウへ振るわれた。

 

「なるほど。補助魔法か!」

 

 タルカジャにより強化された初美の一撃はゴトウの一撃と比べても遜色ないほどである。

 それに気づいたゴトウは嬉しそうに、獰猛な笑みを見せると。

 

「はははははは! 足りぬ力は合わせて補強するか! しかし甘いわっ!」

 

 一歩後ろに下がったゴトウは腕を前に出すと光を放った。

 

「……まさか。ですよー」

 

 放たれた光の正体はデカジャ。

 強化魔法を解除する魔法である。

 

「ふはははははははは! この程度の対処は誰でも考えつくだろう? 一定レベルの悪魔は覚えているではないか!」

 

 その瞬間。

 巴の持っているCOMPがゴトウの解析を終えた。

 

「……うそ」

 

 画面に表示されたデータに巴は絶句した。

 超人ゴトウ。レベルは93。

 今の四人の中で最もレベルが高いのは70の霞でありそれよりも一回りレベルが高いということになるが、パーティ単位でみれば二回りに近い。

 霞が最もレベルが高いのはその役割上当然の話だが、次いで高いのは初美、次に巴最後に春となりこのようになっているのは単にこの世に生まれた年月の差だ。

 

 この情報は直ぐ様霞たちにも共有された。

 巴の反応から相手が格上なのは分かっていたがそれでも想像以上だった。

 

 一歩一歩近づいてくるゴトウに対して霞たちは同じ距離を後ろに下がる。

 それを見たゴトウは若干の失望と共に戦いを終わらせるための一撃を放とうとした。

 

「はっそう……!」

 

 先程のマッスルパンチ以上の力がゴトウの右腕に宿った瞬間。その腕を切り落としつつこの場に現れたのはゲオルグだ。

 

「ここで殺る必要はないだろ」

「む……」

 

 切り下ろされたゴトウの腕を持ってケラケラ笑いながらゲオルグが言う。

 

「だが切り落とす必要はなかったのではないか?」

「止めるのがめんどかった。切ったほうが楽だったからな……俺としちゃアイツラ殺して須賀京太郎の怒りを買いたいが……まっ、現状でも大丈夫だろ」

「会ったのか」

「宮永照たちを確保しようとしたらその場に居てな。いやいや悪人と判断した人間に関しちゃサクっと殺れるぐらいの価値観になってたのは嬉しかったね。雑兵も使い方次第ってか!」

 

 高笑いをあげるゲオルグを見て、霞たちは動くことができなかった。

 というよりはどう動けば良いのか分からないというべきか。自分たちが苦戦したゴトウの腕を軽く切り飛ばした以上今の霞たちが挑んでも勝てる相手ではない。

 

「ここで確保してエネルギー源にするのも良いけどさ。下手に姫さんに近づけて化学反応でも起きたら面倒だからここは帰すほうがいいだろ」

「……そうだな」

 

 死の風が収まるのを霞たちは感じた。

 

「あんたたちも相手が悪かったな。あんたらは人間相手は専門外だろうに。ゴトウさんよ、一応言っとくが追い詰めて力を振り絞らせるのは少々きついぜ、なにせあの子らはそんな鍛え方はされていないからな」

「……ふむ?」

「結局は純粋培養。最初の一歩は確かに覚醒にたるものだったろうがそれからはどうかね。流石に力量が上の異界には連れて行かないだろうねぇ。だから格上相手の戦い方がよくわかんないのさ」

「そういうものか」

「それが悪いわけじゃないけどな。受け継ぐ力は確かにあるだろう、だがあんたが望むものじゃない。レベルってのも重要だが本当に大切なのは過程だ。強くなる過程においてどんな道を辿り乗り越えてきたかだ」

「それが君であり、君が眼をかけている少年か?」

「もしくは十六代目だな。ヤタガラスの爺が夢見る十四代目の亡霊って意味では言葉通り純粋培養だが、だからこそこれまで無茶ぶりもされてきたようだ。とにかく、嬢ちゃんたちは既に力がある。ならそれでいいだろ」

「……そうだな」

 

 ゴトウは宝玉によりくっつけた腕の具合を確かめながら言った。

 

「すまなかったな」

「気にすんな。帰るとするぜ」

 

 背を向け立ち去ろうとする二人に、霞が苦し気に声をあげた。

 

「貴方たちはなんでこんな自体を引き起こしたんですか!」

「……私の主義主張は議員になる前から変わらぬ。強き国へと。ただそれだけよ」

「強き国?」

「簡単な話だ。こんな状況になれば多かれ少なかれ、善人か悪人かは置いておいて人は覚醒に至る。ゲオルグ曰く覚醒した少女が居たそうだな。これを東京全域に行えばさてどうなるか」

「ま、まさかそのために悪魔をこの帝都に放ったですかー!」

 

 初美の驚愕の声にゴトウは無表情で頷き、ゲオルグは楽しそうに頷いた。

 

「大切な物を護るために覚醒する者も居るだろう。ただ死に抗うために覚醒する者も居るだろう。もしかしたら悪魔に気に入られ援護を受けて覚醒する者も居るかもしれない」

「……この状況で覚醒した人が悪人だったら?」

「それに巻き込まれた者は悲惨な結末を辿るだろうな。だが異能者の起こした惨事を原因とした復讐心から覚醒するかもしれない」

「く、狂ってるですよー……」

「言われてるぜ? だが今更だよなぁ?」

 

 面白そうに笑うゲオルグに対して、力強く頷いたゴトウが言い放った。

 

「どのような理由でもいい。覚醒に至ったのであれば国防の剣となろう」

「悪人がそのために力を貸すとは思えません」

「そのための私の力だ。覚醒者たちを御し得る力があるのであれば問題はなく鞭だけでなく飴を与えればよいだろう」

 

 悪人に対する飴。それが何を意味するか考えるまでもない。

 金か女か。もしくは覚醒者が女であれば男を求めるかもしれない。どちらにしろろくでもないことなのは確かだ。

 しかしそれでも極少数の犠牲でもって数多くの人々を護ることはできる。

 

「日の本に住む一億を超える民を護るために、帝都に住む一千万から守護者の選別を行いこの国に仇なす外敵の排除を行う。それが私の計画だ」

 

 一千万のすべてが死ぬわけではない。それでも7桁の人が死ぬ可能性の高いこの計画をゴトウは胸を張り断言した。

 一千万と一億。人の命を単純計算として見ていいわけではないが、それでもそうすると決めたのである。

 

 「狂っている」

 

 そんな言葉を思わず零したのは誰であったか。それでもゴトウの意思は変わらない。 

 

「人の生死感として誤りであるのは理解している。それでもこの道を行くと決めたのだ」

「狂っていようがどうでもいい話だがな。目的が少しでも合致してりゃ共に歩めるってもんだ」

「そんなの無理ですよー! 子供のころからそうして育てられたならともかく、普通の人が覚醒して戦い続けるなんて絶対無理です!」

「果たしてそうだろうか」

 

 初美の否定に対しゴトウは静かに、諭すように言う。

 

「私は知っているぞ。20年前兄の目論見を潰し、かの合衆国に一泡吹かせたのはお前たちのような特別ではなく、ただの少年で学生だった」

「でもそれは20年前ですよー!」

「時は否定の材料にはならない。それに有名所はまだまだいるだろう? 葛葉キョウジとなった者。レッドマンに導かれマニトゥ事件を解決した者。そして一月前サマナーとなり宗教狂い共の事件を解決に起因した者……これは君たちにも少しは馴染みがあるだろう」

「……あ」

「須賀京太郎。生まれも育ちの普通の少年であったにも関わらず、悪魔に魅入られ宗教狂い共が起こした事件の解決者だ」

 

 ゴトウが思い出すのは一月前、龍門渕で起きた事件の詳細を聞いた時のことだ。

 メシア教が本拠地とする合衆国は勿論、多くの教会を要する国々に対する武器を得ることが出来た。

 本来であればそこから更に追い詰めることもできたが出来なかったのはひとえに武力がないからだ。他国に武力を頼る以上何かしら問題が起きたとしても強く出ることはできない。

 結局トカゲのしっぽ切りで済まされてしまったがそんな折に龍門渕が隠ぺいした情報を得た。

 かつての自身の兄を葬ったサマナーの少年のように、COMPを手に入れ事件解決の立役者となった少年が居た。

 

「彼らが教えてくれた。生まれも、育ちも関係はない。ただそうあろうとする者が花開くのだと。そう、強き『ソウル』を抱く者こそが未来を切り開く者たちであると……!」

 

 誰かが起こした行動が誰かの希望になる。

 希望をもとにまた行動を起こし、けれどその行動がまた誰かの希望になるとは限らない。

 

「それこそごく一部の人たちだけですよー! もうそんなソウルを持つ人達は……」

「どう言っても平行線をたどるのみだ。私は人の強さを信じている。私たちの行いが正義となるか悪となるかは後の世の人々が決めるとして、私の思想が正解だったかそれともそうでなかったはそう遠くない未来にわかるはずだ」

 

 もはやゴトウたちと戦う気力のない彼女たちに向けて言った。

 

「私たちはここから動くことはない。いつでも来るといい、君たちの大切な誰かを護るために」

 

 ゲオルグを伴いゴトウは姿を消した。

 二人を止めようと行動することも、声をあげることも、霞たちにはできなかった。

 




実際戦いを強いられたとして人が戦い続けられるかと言えば戦える気はする。
そりゃ年中無休戦いを強いられたらきついだろうけど休みとかあればなんとかというか、少なくともメガテン世界では戦えてますからね、モブも。


・天児
 幼児に訪れる災難を受け止める人形。
 咲においては小蒔が降ろす神が悪神であった場合それを引き受けるのが霞さんの役目だそうな。本作ではそれを拡大解釈して小蒔に降りかかる全ての凶事を受け止めるのが霞さんです。ただ姫様拉致されちゃったんで役目果たせてないっすね。

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