デビルサマナー 須賀京太郎   作:マグナなんてなかったんや

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お久しぶりです。
お気に入り登録、感想に評価。ありがとうございます。
そして誤字。いつも申し訳ないです、、、

更新の間が空いたのはモンハンしてたせいであります。P5Rもそろそろ発売ですが真5はまだですかね。

次話は書けてるのでP5R発売前に更新予定です。


『東京封鎖1日目夜 Part3』

 カラスの絵柄の入った腕章は確かに必要だと京太郎が確信したのは霞たちと別れてから数十分後のことである。

 悪魔の気配を感じた京太郎はその場に桃子たちを残すと建物から出て辺りを確認した。

 避難所に形成されている結界は建物を中心に円形状に作成されている。そのため外に出ても一定の距離であれば結界が存在するため安全だ。

 とはいえ万全を期するなら刀を回収したうえで来るべきなのだが、京太郎の感覚がこの悪魔は格下であると判断させた。

 

「……これでいいのか?」

「おう、問題ないぜ。案外簡単だろ?」

 

 中年の男が黒い羽織を着た悪魔を伴って生気を失った老人の眼の前に立っている。

 

「マグネタイトつってな。この俺の身体を維持するのに必要なエネルギーなのよ。なかなかおもしれーだろ?」

「……おもしろくは……」

「いずれ慣れるって。老人だったから保有するマグネタイトが少なかったが、若い人間ならもっと手に入るはずだぜ」

「……でも、俺は」

「気にすんな! 生きるためには仕方ねー話よ。この世はもう弱肉強食。生きるためには俺の力が必要だろ?」

「だがここに居れば安全なのだろ?」

「そうかねぇ? もし強力な悪魔が現れれば結界だって破壊されるかもしれねぇぜ? それにだ」

 

 吸血悪魔クドラクが二階の窓越しに見える女を指さしながら言う。

 

「それに俺の力があれば今まで手に入らなかったものだって手に入るんだぜ? 金も、女も意のままってな」

 

 男の喉がごくりと音を立てた。

 

「まっ、その場合外に出なきゃなんねーがな。流石にヤタガラスを相手にするのは今の俺じゃきついってもんだ。だからよ、外に出て人間を見つけてお前はこう言うだけでいいんだ。命が助かりたければ言うことを聞けってな」

 

 ケケケとクドラクが笑うのに合わせるように、男の口角が吊り上がった瞬間だった。

 

「ケケ、は?」

 

 クドラクの首がねじ切れ宙を舞い、それを見て眼を丸くした男が見たのは眼前に迫る大きな男の手だった。

 アイアンクローを決められた男は自身の頭部がミシミシと音を立てて少しずつ少しずつヒビが入っていくを実感させられた。

 痛みから叫ぼうにも声をあげるという器官が麻痺し行えない。原因は京太郎が微弱な電撃を放ち続けているせいである。

 頭部が潰されるという恐怖と原因不明の痺れから涙を流すが恐怖からは解放されない。

 永遠に続くかと思われた地獄が終わりを告げたのはビキッ! という頭部が砕けたと思わせる音が響いたためである。

 黒目はぐるりと回り口から泡を吹きだして倒れた男を京太郎は放り投げた。

 

 地面にドサリと横たわった男を無視し老人の容態を確認するとホッと一息ついた。

 まだ顔色はよくないがそれでも命の暖かさは感じる。

 老人の身体の上にあるのは地返し玉だ。目の前で起きた惨劇を見て怒りはしたがそれでも優先順位は見失わなかった。

 

「ぐ、あ、ヤタガラス……?」

 

 クドラクの言葉に何の感情も乗せずに京太郎は言った。

 

「残念。ただのフリーのサマナー。ちなみに交渉には応じないから悪しからず」

「ク、ケケケケ……悪魔を殺してもよ」

「自分がやったことを直視しろよ」

 

 悪魔を殺して平気なの? 時として命乞いのように語る悪魔の言葉を切り捨てるようにクドラクの頭部をジオダインが焼き尽くした。

 ヤタガラスの腕章はこのためかとため息をつく。確かに結界内で悪魔召喚をする可能性もあるし、ヤタガラスかそうでないかは重要だ。そもそも避難所にどれだけの人数がいて、それを全て把握しているかというとそうではないだろう。そのため把握している人間を識別するのにはアナログだが役に立つ。

 こんな状況だから力に魅了されるのだろうなと自己完結し、その後老人を近くに居たヤタガラスの人間に預け、事情を説明すると桃子たちと合流するために京太郎は歩き出した。

 

*** ***

 

「用事は終わった?」

「おう。待たせてごめんな」

 

 と言いながら自販機から購入した飲み物を光と桃子に手渡した。

 飲み物は確かに貴重で温存するべきものだが、結界の外にある自販機に入れられた飲み物は別である。

 命と飲み物。つり合いが取れるかと言われれば状況次第だと答えるべきなのだろうが京太郎からすれば大した話ではなかった。

 

「いやーすごいな。片手で人間持ち上げられるなんてさ」

 

 背後から声をかけたのは獅子原爽である。

 少し顔色が悪いのは死の一歩手前に追い詰められた男たちの姿を少しとはいえ見たせいだ。

 それに加えて例え暴行を加えたとはいえそれ以上の力で圧倒するのはどうなのか? という常識的な感性が働いているのもある。拐かした悪魔はすでに倒したのだから少し痛い目に合わせるぐらいで済ませればいいじゃないか。ということだ。とはいえそうされても仕方がないだろうと考える自分も居ることに気づいたのも顔色が悪くなった原因の一つと言えるだろうが。

 

 それらを振り切って、ぎこちない笑みとともに彼女がこの場に現れた理由を告げる。

 

「私を探してたってこいつらから聞いてさ」

 

 爽の近くを漂うカムイが小さく頷いた。

 京太郎は「ありがとな」と礼を述べると「無事でよかったです」と言った。

 

「全然見つからなかったので外に出て行っちゃったんじゃないかと思ったよ」

「そうしたかったんだけどな。熊倉さんだっけ? あの人に強く止められてさ。それにこいつらも」

 

 カムイと呼ばれる彼らが人前で揺蕩うのは霊的能力がなければ見えないためである。

 実際光は見えているのかカムイに触れてひんやりする感触を楽しんでおり、桃子は少し怯えながらも観ることはできている。

 

「こいつらには子供のころ命を助けてもらってさ。命の恩人の言うことを無碍になんてできないだろ?」

「それは確かに」

 

 よくよく確かめてみれば霊的存在であるにもかかわらず脅威は感じず、それどころか暖かい気持ちになるのはカムイが京太郎に感謝しているためである。

 爽にとってカムイが命の恩人であり大切な存在であるなら、爽を助けたカムイたちにとっても理由は不明ながら彼女が大切だ。

 メシア教に突撃しなかったこともそうだが、京太郎が熊倉トシを紹介したことで東京封鎖開始時からの悪魔の脅威を爽は体験していない。

 京太郎がそれを見越して紹介した。訳では当然ないがそれでも爽に対する危機を未然に防ぐきっかけになったのは京太郎である。それをカムイたちも理解していた。

 

「ただ心配ではあるんだよ。みんな無事なのかって」

「メシア教には悪魔に対する備えがあるはずだから洗脳されているのは心配だけど多分大丈夫なはず」

「そうか。でも今思えばちょっと納得はできるんだよな」

「何がっすか?」

「皆から人気だった教師が居るんだけどやけに私にきつく当たってくるんだよな。信仰心が足りないとかなんとか。しかもその教師だけじゃなくて結構な数の教師たちが言ってきてさ……」

「……それ、洗脳が効かなかったから怒っていたんじゃ」

「可能性はあるよなぁ? 一応熊倉さんには伝えておいたんだけど、苦笑い気味に同じようなこと言っていたよ」

 

 それが神の意志であると判断したならば、洗脳さえも神の祝福であると本気で言ってもおかしくないのが宗教狂いである。

 自分たちの幸せが他者の幸せではないというのに、それが分からないからこその狂信者だ。

 

「とりあえず母校のことを調べてくれるとは言っていたけどどうなるかな?」

「東京以外にもヤタガラスの支部は存在するはずだから探ってくれてるとは思うけど現状が現状だから……」

「だよなー。暫く自主休学したいぐらいだ……」

「嫌でも休学扱いになるような気もするけど」

「出席日数大丈夫なのか……。留年とか勘弁だって」

「そこは融通してくれると思うけど。もしかしたらここで勉強会を開くからそれを出席日数とする。とかあるかも」

「うげげ……」

「まぁとにかく。ヤタガラスも放置はできないとは思うし、それに俺もメシア教が何をするつもりなのか気になるので色々と調べる予定です。何処に居るのか場所だけでもつかめればとは思ってます」

「大丈夫……いや。そっか、ありがとな」

 

 とはいえと。京太郎は心の中で考える。

 例え洗脳されていたとしても爽の友人が何某かの事件に関わっていたとして、その解決のためには彼女たちを殺す事が最善だと分かれば躊躇いはするだろうがそれでも手を下すだろう。

 4人と数百万人。命が公平なものだとしたらどちらが大事なのか考えるまでもないことである。

 それでも、それで諦めるぐらいなら龍門渕の件の様な命に大きな危険が伴うような依頼を京太郎は受けない。

 全てを救うことはできなくても、それでも自身が手を伸ばして掬い取ることが出来る可能性があるならと考え、動く。

 

 ただ今回に限って言えば理由はそれだけではなかった。

 

 理由は不明だが彼の心が強くざわついていた。

 爽のことがなくても、強く関わらなければいけないと使命感の様なものが京太郎の心を押していた。

 囃し立てるような自身の心の機敏がどこか自分の物ではないようで違和感を覚える。けれど同時にそれでもいい、その感覚のまま行けと感じる自分も居てさっぱり分からない。

 

「どうかしたか?」

「いやいやなんでもないっす」

 

 誤魔化す様に言う京太郎に首を傾げるも、まぁいいかと切り替えた爽が言った。

 

「ここまでの話はどうしたってみんなが無事でいること前提、だよなぁ」

 

 無事も確認できていない今の状況で「絶対無事ですって!」なんて無責任な言葉をかけることもできず。ただ「そうですね」と頷くことしかできなかった。

 

*** ***

 

「少しいいだろうか?」

 

 カムイと戯れる光を三人で眺めていた時、渋く低い声が耳に届き辺りを見回すも誰も居ない。

 三人で首を傾げていると京太郎の靴をぺしぺしと叩く何かに気づいた。

 

「へ? あ、ゴウトさん?」

「邪魔をしてしまったかな?」

「いやいや大丈夫ですけど、良いんですか? なんて言うかその」

 

 言いよどむ京太郎にゴウトは問題ないと答えた。

 

「その子のことはヤタガラスでも把握している。猫が喋ったところであまり驚いていないだろう」

 

 爽の様子を見ると平然としながらこくりと頷いた。

 

「霊が居るんだから化け猫ぐらいいると思ってたよ。っていうか猫又とかメジャーだもんな」

「……そりゃ確かに。とはいえそれでも信じない人は信じないんすよね」

「人は自身が理解できぬ存在を否定しがちだからな」

「そっすね。その実例をよーく知ってますから」

 

 ピンク髪の。かつて憧れにも似た感情を抱いていた少女を思い浮かべた。

 なぜあれほどまでにオカルトを否定するのか。その理由を京太郎はある程度察しているのだがだからといって彼に何ができるわけもなく。

 ただ触れないことがただ一つの気遣いだと割り切っている。

 

「今日の出来事については又聞きではあるが理解している。だが直接話を聞き情報の整理をしたくてね。それに君に見てほしい資料があるのだ」

「資料?」

「封鎖が起きる少し前に私とライドウはとある場所に行ったのだ。そこで手に入れたものだが君にも目を通してほしい。我らが読み取るよりも多くの情報を感じ取れるかもしれない」

「分かりました。……えっと」

「ん。ここまでだな。明日会えるか分からないからここで言うけどさ、皆を頼むよ。ただお前の命が危うければ」

「大丈夫!」

 

 爽の言葉を遮って京太郎は言う。

 

「これでも強い方なので大丈夫っすよ。絶対に助けるなんて言えませんけど、でも信じてもらえればうれしいです」

「……そう言われたら嫌でも期待しちまうなぁ。……よろしくな」

「うっす。えっと……」

「私は光ちゃんを連れて戻ってるっすから大丈夫っすよ」

「そか。寝る前に顔は出すって伝えておいて」

「了解っす」

 

 去る爽を見送ってから京太郎はゴウトに連れられ闇夜の世界を歩く。

 既に月が出ている時間帯。

 太陽を覆い隠す力も月には影響がないようで平時と比べて灯りのない帝都では月の光が一際強く輝いているように見える。

 運がいいのは満月ではないこと。

 もし満月であれば悪魔の精神に強い影響を及ぼし力も増している可能性があった。

 

 結界のギリギリ内側。

 小さな建物の屋上に彼は居た。

 黒の衣装は夜の世界では溶け込むが月の灯りがそれを阻害している。

 彼、葛葉ライドウは現れた京太郎と共に来たゴウトに気づくと屋上からスタッと降り立つ。

 

「お互い無事で何よりだ」

「最後がちょっとギリギリでしたけどね、俺」

「半身が砕かれたと聞いたときは驚いた。だが生きている。この世界ではそれだけで十分だ。……まずこれを君に」

「これは……」

 

 ライドウが手渡したのは一枚の紙だ。

 記載されているのは誰かに伝える連絡文などではなく、自身の考えを書いて纏めるような手記の様である。

 

「……これを、どこで?」

「永田町に向かう前に我らは山縣組の元へ向かった」

「でも誰もいないんじゃ……」

「調査をした者たちを疑う訳じゃないが自身の眼で確認したかった。そして隠されていた部屋を見つけそこにあった紙がそれだ」

「自分で確認って大事っすね」

 

 見落としたヤタガラスが無能であったのか。それとも隠し通した山縣組が優秀であったのか。それともそれすら見つけ出したライドウが優秀だったのか。

 どう考えてもヤタガラスに対する愚痴が発生しそうだったため思考を打ち切った。

 

「……どうだろうか? 内容に見覚えは?」

「覚えはないですけど、ただ間違いなくこれって例のドリーカドモンの制作者が書いたものですよね」

「やはりか。ならばこの件に制作者が関わっていると思うか?」

「……ないんじゃないですかね。というかメシア教にも流れていた事実を考えると製作者を探した結果これを手に入れたって考える方が自然な気がします」

「ふむ……」

「ただあえて言うなら。目的は実験というかデータ収集じゃないですかね」

「データ収集?」

「パラケルススが言ってたけど人は自身が作ったものを試さずにはいられないそうです。最近の割には昔ですけど核なんかがそうでしょう?」

 

 決着はついていた。

 それでも核が落とされたのはその威力を確かめるための実験である。

 

「今回もそれに当てはまると?」

「少なくともデータ収集はできそうですよね。メシア教も今回の事件を起こした……ガイアって一纏めにはできない気がするけど勢力もこれを使ってそうだし」

「マグネタイトの燃料タンクとしては十分な役割をもつか」

「……これを見ると製作者の目的はそれじゃなさそうですけどね」

 

 京太郎は手に持った資料に眼を落し再度中身を確認した。

 

【レポート3】

 人が悪魔に神といった存在からの支配の脱却をはじめどれほどの時が経ったか。

 今でも信仰はあるだろうがそれでも重要度が薄れているのは確かである。

 一昔前はそれこそ生贄を捧げるほどに神や悪魔の存在を人は信じた。今の人であればそれらの行為に意味はないと断じるのはそれが科学的でないからだろう。

 これに関しては正しくもあり間違ってもいる。なぜならば彼らが信じた存在は確かに存在するからである。

 無意味だと言えるのは生贄を捧げても神が喜ぶとは限らないからだ。

 神魔の言葉はただの人には届かない。

 そんな中ごく一部の寄り添う人々が「意味がない」と訴えたところで大衆が信じる現実がそれを拒絶する。

 

 今の世の中において人々が最も信じる物は一つだ。それこそ唯一神さえも超えるほどの信仰を集めているといえるだろう。

 人はいずれ宇宙を時さえも支配すると信じる彼らの姿は正しく神々を信仰する信者そのものだ。

 

 であれば私は会ってみたいものだ。彼らが信じるそれに。

 

【レポート4】

 会うのではない。造ればよいのだ。

 そのことに気づいたのはあの日から数日経ってようやくだった。

 造ると決意したあの日から探求は続けたが、それでも目標を抱けないでいた私にとってそれは天啓にも似た感覚を受けた。

 だがそれには今のアレでは足りない。

 何が必要かと考えた時、眼についたのはメシアとガイアとは呼べないがそれに類する者たちが企てる計画を知った時である。

 メシアもガイアも世には必要だが両極端すぎると私は思う。

 秩序だけでも自由だけでも人は生きることはできない。必要なのはその両方を要するバランスだ。

 もしかしたらアレに必要なのもそれなのかもしれない。

 ならば両者の要素を取り入れてみるとしよう。

 前者は象徴である存在を。

 後者はその名の示す力を。

 

 ふぅと京太郎はため息をついた。

 文面からこの手記の主はここ数ヵ月に起きた事件について把握していた可能性がある。

 龍門渕の事件と東京封鎖。この二つを示すと確信はできないがそうでなくても、彼の持つ情報があれば数多の犠牲が抑えられたのは事実なのではないかと感じてしまう。

 他人なんてどうでもいいという感性の持ち主なのであれば仕方がないのかもしれないが、それでもモヤモヤした感覚を覚えるのは事件の関係者だからか。

 

「メシアの象徴は神だが聖人……いや救世主であるのも事実だろう。その中でも参考にしたのはロンギヌスで殺された男か」

「他に救世主っているんでしたっけ?」

「宗派によって理解は異なる。メシアであれば指し示すのは一人だ」

「そういうものですか。でもこれでなんで死んだ子供を材料にしたのか分かりましたね」

 

 救世主と呼ばれた男は一度殺された後に蘇生している。それを真似たのだろう。

 子供が選ばれたのは力の元であるマグネタイトを豊富に保有する存在だからだと思われる。

 

「流石に処女受胎までは再現しなかったか、それともしたうえで意味がなかったか。理解しかねるが蘇生か」

「試す時間がなかったってのもありうるんじゃないですか? 赤ん坊から実験に適する肉体になるのに十年ほどかかるわけで」

「……まさか」

「現在進行形だったりして」

 

 最悪の想像を頭の片隅においやりもう一つについて問いかけた。

 

「ガイアは名をってどういうことなのかな」

「分かりやすい象徴のあるメシアとは違いガイアは思想から集った烏合の衆だ。理念こそ一致しているだろうが思想も象徴も異なる。そのうえで名の力と言われれば」

「ガイア……地球っすか?」

 

 地球を象徴として選択すると言われても壮大過ぎて京太郎には理解が及ばなかった。

 

「幾つか思い浮かぶ」

「……マジっすか」

「どう再現するかは分からないが星が生み出される過程を模す方法もあれば、大地の力を利用する方法もあるからな」

「龍脈とかっすか? それをどう使うのやらですね」

「我らには知る由もないことなのだろう。それこそ相手は狂人だ」

「……世の中には狂人が多すぎますね、ほんと」

 

 深いため息をついた京太郎が思い浮かべたのは数人。

 まだサマナーになって数ヵ月だというのに狂人と呼ばれる人間たちと出会っていることに憂鬱になるべきか、それともそんな経験が出来て喜ぶべきか。

 自分のことを多少棚に上げつつも憂鬱な気分に陥った。

 

「……ドリーカドモンの件については以上だ。何か分かったことがあれば連絡してほしい」

「分かりました。それで今日あったこと、ですよね」

 

 京太郎は今日あった出来事及び明日の行動についてライドウとゴウトに語った。

 最も大きな反応を見せたのは勿論メシア教について語ったときである。どうやらライドウたちもメシア教が何やら動いていることは気づいていたようだが、それでも洗脳などをしているとは思ってはいなかったようで頭に手を当てていた。

 

「大沼とも話すが恐らく君の願いは通るだろう。ドミニオンを要する君ならばそれこそメシア教の信者か騎士と偽り信者たちに接触も出来よう」

「ドミニオンに少し悪いですけどね。ただ……」

 

 普段腰に下げている自身の刀を思い浮かべながら。

 

「俺の刀は今でこそ薄れてますが元はミカエルの槍なんでちょっとは裏付ける証拠になるかなーと。色々と混じっているのはまあ適当にごまかします」

「そうでもしなければ情報は得られんな。表層の信者ならばともかく洗脳を行う狂信者が情報を素直に渡すとは思えん。それこそ情報を渡すならばと死を選ぶだろう」

「屁理屈っすよね。自殺したら神の元へはいけないけど神のための死であればそれは自殺ではないなんて。神のために生きた者たちに救いをってそれに巻き込まれる方はたまったもんじゃない」

「そう考え排他した国もあったが今では狂王と蔑まれている。悲しい話だが敗北者が抱く誇りは穢されるのが歴史だ」

「なら今度はそれを味合わせるのは俺たちの方っすよ。好きで負ける奴なんていやしないんだから。今度はトカゲの尻尾斬りでなんて終わらせない。絶対に」

 

 言い切った京太郎の心が静かに燃えていた。

 納得がいかないのである。確かにあの事件を起こした者たちは許せないけれど、その心には間違いなく信仰心があって神の為であったのは間違いない。

 それを「自分たちは素知らぬことだ。彼らが勝手にやった事であり我らはあずかり知らぬ」と言って唾を吐き捨てた人間を京太郎は許せなかった。

 まだ世間知らずの京太郎にもわかることだ。本当に罰するべき相手はまだ居るのだと。

 

 闘志を燃やす京太郎に、ライドウが問いかけた。

 

「放り出そうとは思わないのだな」

「……ここまで関わって放り出すって人間としてやばくないですか?」

「そうでもない。むしろ普通だ。我の知るサマナーはそういった類の人間ばかりだ」

「そうなんですか?」

「安全マージンと、彼らは言うが。生命に危機が及ばない範囲の依頼を受け、及ぶ場合最悪依頼を破棄することもある。だがそれで彼らを攻めることはできない」

「死んだら終わりですもんね」

「だが君は違うようだ。我も含めたヤタガラスであれば使命がある。それは命を賭してでもやり遂げなければならない硬い誓いだ。だが、君は違うだろう?」

「何も背負ってなんていないですからね」

 

 さて、どう答えたものかと京太郎は考える。

 答えは幾つか存在する。ただの想いもあれば使命では無いにしろある種の義務感もあって、そのどれかを答えても間違いではないと感じる。

 京太郎の迷いにどう感じたのか不明だが、ライドウの問いかけに補足するようにゴウトが告げる。

 

「時間がかかっても良い。答えてもらえるか?」

「そのつもりではあるんですけど……」

 

 なぜそう願われるのかそれがわからなかった。

 

「ライドウにとって近い歳の退魔士……サマナーは珍しいのだよ。それに先程ライドウが答えたように、フリーのサマナーが逃げ出さないのは珍しいのだ」

「……今後の参考に、みたいな?」

「そう捉えてもらっても良い。全てはこちらの都合なのだ。済まないな、須賀くん」

「それは大丈夫ですけど」

 

 と答えてから、ゴウトの言葉に強い違和感を覚えた。

 

「『葛葉ライドウ』なのに同年代のサマナーは珍しいですか?」

 

 葛葉ライドウは決して個人を指すものではない。

 葛葉ライドウという言葉の響きで、現代人が思い浮かべるのは最新のライドウである十六代目か最も才があったと言われる十四代目。もしくは二十年前の事件に関わった十五代目である。

 そのため個人を指すには十六代目と付け足す必要がある。

 それに、葛葉ライドウを引き継ぐのは多くの才ある退魔士から選別されるのだと京太郎は聞いている。

 葛葉ライドウとなるのは世代最強の退魔士であり、競い、鍛え上げるのだと。

 そのため目の前に居る十六代目もまた同じ経験をしているはずだ。上や下も居るだろうが同年代も当然居るはずである。

 本来の名を捨て葛葉ライドウになったのなら葛葉ライドウを輩出した家は名誉が与えられる。

 だから子は勿論、親もまた必死になって時が来るまで子を鍛え上げる。

 そんな環境に居たはずである十六代目に同年代の退魔士の知り合いが居ないとは考えにくかった。

 

「退魔士も、サマナーも減少傾向にあると聞いたことはあるな?」

「はい」

「数が少なくなれば当然才を持つ子の数も少ない。正直に言えば葛葉ライドウに成りうる才を持った子は居なかった」

「……上の年代には確かに才と実力に長けた者は居た。しかし当然ながらそう言った方々は既に名が広まっている」

「あぁ、その状態で葛葉ライドウを継いでも、ライドウではなく元の名が広まるだけと」

 

 あの○○が葛葉ライドウを継いだらしい。

 そう言って話は広まり、下手をすればライドウを継ぐ意味がなくなってしまう恐れもある。

 そのため必要なのは未だ活躍はしていないが、才のある子供だった。

 

「それに立場もある。既にほかの地方を守護する代表がライドウとなればその立場を捨てることになる」

「さすれば帝都と地方に亀裂が生まれる。それは望まれない」

「うへぇ……」

 

 思いのほか事態は深刻なのだと京太郎は知った。

 それと同時になぜ彼らがこのような行動を取ったのか。その原因となる事態を察することが出来て内心重く感じた。

 

「付け加えるのならば……」

 

 ゴウトの零した言葉に京太郎は耳を傾ける。

 先ほどまで少しふりふりと動いていた猫の尻尾は元気なく垂れ下がった。

 

「かつての夢を忘れられないのだろう」

「夢……?」

「二代目以降のライドウをずっと見てきた。共に並び立つことのないライドウも居たが、それでも見てきたのだ。その中で、十四代目は別格だった。それをヤタガラスは、葛葉は引きずっている」

 

 ゴウトがそう言うと被っていた学帽を少しだけ下げた。

 ライドウのその様子に疑問を感じつつも、ゴウトが話してくれた間にまとめた自身の考えを口に出した。

 

「先ほどの話ですけど」

「うむ」

「細かい理由はありますけど、結局のところ理由なんてないです」

「む……?」

「俺が逃げたらゲオルグが俺に親しい誰かを殺す可能性がある。でもそんな理由がなくたって俺は今と同じ行動をしてたと思います。だって、俺より強いからって行動をしないなんて、それは動かない理由にはなりえないからです。それで動かないなら今、衣さんが笑顔でいることなんてなかったと思う」

 

 それに、と続けようとした言葉は飲み込んだ。

 

「なのでそんな立派な志はなくて、自分がそうしたいからです」

「そうか……。ライドウ」

 

 ライドウは感情を見せることなくこくりと頷いた。

 京太郎の答えに満足したのかは不明だが、それを問いかけるのはなんとも恥ずかしく気が引けた。

 

「今後の話なのだが」

「はい」

「この事件解決後、須賀くんはどうするつもりだ?」

「……少なくとも、人を雇って両親及び俺を知っている人から俺の記憶を消してもらうように依頼するとは思います」

 

 京太郎に記憶を消す術は使えない。というかそんな修行をしていないのだからできなくて当たり前だ。

 

「そうか。辛い話だな」

「……自分のしてきた行動の結果ですから。封鎖内に居る人に関してはヤタガラスにお願いしようかと思ってます。似たような処置はするんでしょう?」

 

 どのような言い訳、もとい。処置をするかは不明だがあちらの陣営が勝利したなら兎も角。京太郎たちが勝利したのならば悪魔の記憶が人々に残るのは邪魔になる。

 そのため事件解決後は何かしらの処置をする必要があるのは規模は違えど京太郎ともヤタガラスも同様である。

 

「そちらについては心配しなくていい。手はずは整えているはずだ。なるほど、その後は未定ということか」

「逆にお聞きしたいんですけどフリーのサマナーとかヤタガラスの退魔士って表の仕事どうしてるんですか?」

 

 自由に動くにはフリーターやニートであるのが一番だと京太郎は思っている。普通の会社に従事してしまっては自由に動くことが出来ない以上、サラリーマンとかではないのは確かだ。

 

「ヤタガラスに所属しているのであれば一番多いのは公務員や神事に携わる者が多い。国も我々の存在を知っているため架空の部署を作りそこで働いていることになっているし後者は分かりやすいか。だが須賀くんはヤタガラスに所属したいわけではないだろう?」

「ヤタガラスから優先的に依頼を受ける。とかはしてもいいとは思っています……でもそうですね。その通りです」

「その場合自営業なども多いな。フリーライターに探偵など外に出ていても違和感のない職に就いている。サマナーであることを示せばクレジットカードなども作成は可能だ」

「……まぁ無理しなきゃお金はありますからね。その意味では信用はある。みたいな……。でもライターに探偵かぁ。俺まだ十六歳にもなってないんですけど大丈夫っすかね」

 

 須賀京太郎。誕生日は来年でありまだ自動二輪車の免許を取る資格もない歳である。

 それで探偵と名乗っても社会的信用など無いに等しいにも当然というか、職に就いていない未成年よりも下手をすれば怪しい。

 

「いやその心配はないだろう。完全に須賀京太郎を消すのならば戸籍を削除したうえで新たに作成しなければならない」

「年齢を誤魔化せと? それでも若すぎてあまり信用はなさそうだなと」

 

 人生経験というのはやはり信用の有無に直結する理由の一つだ。

 同じセリフでもある程度年をとった人間の台詞の方が信用性が高く感じるのは、若いイコール未熟だと思われるせいだろう。

 

「その点については君は問題ないだろう」

「へ?」

 

 ライドウの言葉に首を傾げる。

 

「龍門渕から既に君はそれを勝ち取っている。もし君が探偵になると決め、開業をしたのなら探偵の仕事かもしくはそれに見せかけた依頼を君に依頼をする。そうすれば次第に拍が付く」

「……では、ライドウ」

「全ては生き残ればだ。だが、須賀くん。事件解決後にこの件について君と話し合いたいと思っている」

「はぁ……?」

「悪いことではないはずだ。ただ、頭の片隅にでも入れておいてほしい」

 

 その後はちょっとした雑談をした。

 正規の訓練を受けた退魔士と覚醒したフリーのサマナーの違いなど、京太郎の知らないことは数多くあったからだ。

 仲魔との協力技やマグネタイトを吸収し継戦能力を高めるなど、京太郎の情報を得て前者はともかく後者は無理だなと残念に思ったりなどした。

 

 そうして少しの時が過ぎ去って。

 

「すまないな、須賀くん。時間を取らせてしまった」

「いえいえ。ドリーカドモンの件についても知れましたし、助かりました」

「明日、我らは早くから出るため出来ても挨拶ぐらいだろう。死ぬなよ、須賀くん」

 

 去っていく一人と一匹を見送って、京太郎は月を見上げる。

 所々灯りはあるがそれでも東京は今暗闇に包まれている。外で野宿している人も居るかもしれないそんな中で、この月の灯りは淡い希望の灯のようにも感じる。

 

「それにしても」

 

 東京全域で停電なだけだというのにとても明るい。

 そのことに少しの違和感を抱きつつ京太郎も避難所に向けて歩き出した。

 

*** ***

 

「私に声をかけるとは思っていませんでしたね。てっきり嫌われていると思っていたのですが」

 

 悪魔により崩された廃墟の中から、月の灯りに照らされ姿を現したのは翼をもった長髪の男だった。

 男に語り掛けられ、影から姿を現したのは同じく長髪だが対照的に白い髪の男である。

 白い男は黒い男の言葉を否定するように首を振った。

 

「多くの同胞が貴方を毛嫌いしても、私は嫌っていません。確かに貴方の様な存在もまた必要なのですから」

「おやおや嬉しいことをおっしゃる。ですがその言葉はありがたく受け取りましょう」

「ただ確認をしたいのです」

「なんでしょう?」

「貴方はあちら側ですか? それとも……」

 

 黒い男はその言葉に反応することなく黙り、空を見あげる。

 

「思えば二十年前のあの時、私たちは何もできませんでしたね」

「……えぇ。人の子が居なければ世界のありようは一変していたでしょう」

「その裏で動いていたのが我らが同胞だと思うと洒落になりませんねぇ。あぁ、ご安心を。今回の件に私は関わっていませんしむしろ反対の立場です」

「なら」

「彼らの愚行を止めなければなりません。最悪、彼らの蛮行は我らが主に危害を与える可能性すらありますから。そのために人の子らに手を貸していただきたいのですがこの国ではそれも難しいでしょう」

「二十年前だけではなく、数ヵ月前の事件がここで尾を引きますか」

「無理もないでしょう。私たちが関与していなくとも彼らにとっては一緒です」

 

 人だけの話ではないが何かしらの悪行を恨むとき、個人を恨むか群を恨むかわかれることがある。

 その判断基準は無意識に自分と異なる物に集約され、同族であれば個を恨みそうでなければ群を恨む性質をもつ。

 この場に居る二人が何もしていなくとも、そうして纏められ恨まれる立場にあるのが彼らだ。

 

「ですが面白い物ですね。同じ命を受け行動しているはずなのに受ける言葉の意味をこれほどまで違えるとは」

「面白いとは感じません。それによって人の子らがどれほど傷ついたことか……」

 

 十年以上前に下された彼らの主の御言葉だ。

 荒んでいく世の中を憂いたのかそれともただ鬱陶しく感じたのか本人以外知る由もないが、ともかくとして彼らに下されたのは荒む世を鎮めよというもの。

 その言葉を受けた彼らはその言葉を実行するために行動を開始した。しかし問題はその言葉の受け取り方でありそれによって暴走した結果が彼らの言う二十年前である。

 それに連なる悔恨は今もなお続き、結果一部地域。特に日本において彼らの行動に多くの制限を受けることになった。

 

 悲痛な面持ちで告げる白い男に対して同意するように頷き。

 

「とにかくこれで一人が二人になりました。できることは限りなく増えるでしょう。それでも二人に過ぎない。できれば……」

 

 諦めの気持ちはあるけれど、それでも少しの願望を込めて言葉を続ける。

 

「手を貸してくれる。この国に限って言えば奇特な人が居ればよいのですが」

 

*** ***

 

 翌日。

 霞たちやライドウの口添えもあったのか京太郎にはメシア教に関する調査依頼が出された。

 その際大沼が「報酬については後で良いか? 色は付けさせてもらう」と言うと京太郎が返した言葉に彼は頬を引きつらせた。

 

「これも今受けてる依頼の中に入ると思うんで依頼じゃなくて指示で良いと思いますよ?」

 

 この言葉の意味を京太郎自身は深くとらえていない。精々がかつて受けた依頼の延長線上ぐらいだ。

 しかしこの言葉を正しくとらえているCOMPの中の仲魔は違う。

 もし万が一京太郎がさらに強くなり東京封鎖解決の一端を背負ったとしたならば。いや、現状でもメシア教を探るという重大な仕事を行うのだから歩合制という言葉が深くのしかかる。

 

 全てが終わった後仲魔はこう問いかけるつもりだ。

 

「お前たちは帝都救済という結果に対し、一体幾らの値段をつけるのだ?」

 

 と。

 

 それに気づいたから大沼の顔色は悪くなったのだが、思考を切り替えた瞬間とても晴れやかな笑みを浮かべるに至った。

 

「天使たちが何を考えているか分かんねぇが、頑張りな!!」

「は、はぁ……」

 

 背を数度叩かれ少し体勢を崩したが、激励を受けていると分かったため多少の痛みはあるが気分はよかった。

 京太郎に背を見られている大沼が考えていたのは正当な評価を下したうえで全部上に投げるだった。

 元々引退していた自分を無理やり引っ張り出した上の人間に対する彼のささやかな復讐の様なものだ。

 京太郎が死んでしまえば復讐にはならないだろうが、それはそれ。あまりこだわるものではないし、生き残る方に賭けた方が縁起は良い。

 それに掛け金なんて0にも等しく損はない。

 

 その後エントランスに向かう京太郎のCOMPに一通のメールが届いた。

 各部隊に対する本日行う行動のまとめが記載されたものだ。

 ライドウや霞たちはこの避難所を中心とした人々の救援及び結界範囲の拡大を担うことになっている。

 霞たちからすれば早く小蒔を救うために行動したいところだがそれを阻むのが結界だ。

 自身で解除できない以上ヤタガラスからの助力は必要であり、ヤタガラスが下した決断は時期を待つというものだった。

 小蒔もその才を考えれば大事だが、帝都に住む人々も大事であり見捨てることはできない。

 加えて言うのであれば結界解除の手はずはまだ整っていないのだから、どちらにしろ小蒔救出のために動くことはできない。

 心情はともかく頭では霞たちも分かっているのだろう、甚だ不本意であるという風体ではあったが納得しヤタガラスに従っている。

 

 悠長だと思うかもしれないが、同時に相手方の動きを予測した結果でもある。

 京太郎たちによりメシア教の動きの一端を掴んだように、メシア教が動けばゴトウたちも訝しみ行動を鈍化させることだろう。

 東京がこんな状況になってはいるが、それでも彼らの目的が国防である以上それを妨げるメシア教は共通の敵になりえるし、現状維持こそが彼らの願うことだろう。

 

 他の京太郎が知らない者たちに関しても似たようなもので、一般人の救出と避難所の防備に当たる。

 メシア教の件は京太郎単独で動く形になるが、何かしら情報をつかんだり人手が必要であるのなら優先してライドウたちが駆けつける手はずになっている。

 

 とにかく、京太郎が行うことはただ一つ。

 万が一の時のためのライドウと霞たちの連絡先の再確認だけ行いエントランスに到着した。

 

「ん? 来たな……」

 

 エントランスに居たのは衣、透華、ハギヨシそれに一を始めとしたメイド三人に、パラケルススたちと見慣れない男が一人居た。

 

「紹介しよう、サマナー。彼は私の古くからの知人でね。『マツダ』という。本来科学者な彼だが良質の装備を求めていると連絡したら応えてくれたのだよ」

 

 少し腰の曲がった老人の背中がポンと叩かれた。

 ハゲてはいないが薄くなった頭髪に色はなく白。肌を見ても皴だらけだが不思議と生命力に満ち溢れている。

 

「初めましてだすな。ワスはマツダ言う者っす」

「あ、はい。須賀京太郎です。サマナーやってます」

「やー、思ったより若いっすなぁ。いやはやワスが須賀くんの年頃何をやって……今と変わらんすな!! 昔から興味あることにまっしぐらっす!」

 

 独特な話し方に変わった人だなと済ませたのは、そこそこ悪魔と交渉する機会と経験があるからだが、普通の人が悪魔と比較されたら怒り狂うだろうことに京太郎は気づいていない。

 

「でもパラケルススは昔と変わらんっすね。最初に会ってからどれだけの時が経ったっすかねぇ」

「長生きをしなければ知りたいことを全て知ることはできないからね。それに私なぞはまだまだ若い方さ」

「でもびっくりっすな。マグネタイトを専攻していると思ったら造魔に関する第一人者になってるんすから」

「なに、造魔も結局は応用でね……っと。龍門渕の御嬢さんが今か今かと待っているようだからここまでにしよう」

 

 長い話に多少不機嫌になっていた透華が取り繕ってから彼女の選んだ装備を取り出し京太郎に手渡した。

 

「マツダ博士には悪いのですが私が用意した防具は中々ですわよ!」

「私たちではなく、私ですか?」

「えぇ! 期待してくださいな!」

 

 期待できるだろうなぁ! と心の中で叫びながら受け取った服を手に取った。

 京太郎は受け取った服を見つめるとハギヨシと衣を見た。しかし彼女たちはその視線から逃げるように顔をそむけた。

 服を引っ張ると伸縮性はかなり良くそこそこ本気で引っ張っているのだが破れる気配はない。

 であれば魔法耐性はどうかとジオンガを放つも服に変化は見られない。電撃耐性があるわけではないようだが防護能力は高く性能はよさそうだ。

 無言で服を着るも分かり切った結果を口にするのみである。

 

「なんか常時仲魔を庇う効果って言うか挑発能力がありそう……」

 

 服の色は金。

 ジャケットの背中には龍が描かれ、腕と足の部分には四聖獣が描かれている。

 帝都は四聖獣の守護を元にしているらしいので縁起は良いのだが……命が足りない。

 

 よって。

 

「チェンジ!」

「えぇ!?」

「当然だと思うよ、透華……」

 

 ははと苦笑いを浮かべる一に「なら止めて」と視線を向けると「ごめんね」と頭を下げられた。

 衣はと言うと「似合ってると思うぞー?」と多少惜しんでいるのは背中の龍が気に入っているからである。

 

「とにかく! えっと他のは」

「ワスの出番すな。二着用意してるから選んでほしいす」

 

 そして手渡されたのは腕輪だ。何やら小型のチップの様なものが内蔵されているらしく、怪しく光っている。

 

「これは……」

「おっと、安心してほしいっす。それが防具という訳じゃないっすから。ちょっとそこの光ってる部分を押してほしいっす」

「はぁ……」

 

 

 リストバンドに描かれた五芒星の中心部を押すと京太郎の身体が光に包まれた。

 何事かと驚く一同にマツダが楽しそうに語る。

 

「悪魔のマグネタイト操作技術を体系化してみたんすよ。悪魔は身体は勿論武器もマグネタイトを元にしてますからそれを模倣したわけっす」

「操作技術の体系化だと……?」

 

 その言葉にひくついたのはパラケルススである。

 同じ科学者とはいえ自身より進んだ技術を見せられ内心穏やかではなく、それと同時にその有用さを理解した。

 もしそのすべてをこの技術でマグネタイト化し持ち運べるのなら、大きなカバンなどは必要なくなりアイテムも嵩張らない。

 流石にCOMPまでも閉まってしまうとすぐに戦えないなどの問題もあるが、GUMPなど変わった形で悪魔召喚プログラムを操る人にとっては喉から手が出るほど欲しい物だろう。

 

「んん???」

「これ、は……」

 

 光が収まり現れた京太郎の姿を見た者の反応は真っ二つに分かれた。

 一つは衣や透華たち。なにこれださっ! という反応である。

 ハギヨシとパラケルススに関してはその姿を見て何やら頷き、マチコは興味なく光は服のセンスなどはまだ良く分からなかった。

 

 対して現状が良く分かっていないのは京太郎だ。

 ジャケットではなく、全身を覆うスーツと兜の様なものを付けているのは分かるのだが、反応が二分化している理由が分からなかった。

 

「いや、これは……ちょっとださ」

「ふむ。いいのではないですか?」

「は?」

 

 満足そうに頷くハギヨシに思わず真顔になったのは衣だ。

 何を言っているんだこいつは。そんな表情で見ているが京太郎の装備した服を興味深げに見るハギヨシは珍しく気づかない。

 

「なるほど、機能美というやつだな。サマナーも見てみれば気にいると思うぞ?」

「え? マジっすか」

「えぇ……」

 

 それは無いと若干引き気味の衣たちを差し置いてハギヨシが手鏡を手渡した。

 

「どうぞ、須賀くん」

 

 鏡を受け取って見ている京太郎は「ふんふむ」と頷いている。

 その横で「これが良くて私が選んだのはダメなのは納得いかないですわ!」と言う透華に「あれは軍の最新スーツだと言えば納得されるがお前が選んだのはヤクザだったろ」というパラケルススの辛辣な一撃が透華の心を鋭くえぐった。

 

 そして京太郎は。

 

「……ありっすね! なんだろ、一見クソダサいんですけどこれしかないって確信が心から溢れるって言うか! いやむしろこれでなければならないって感覚が……!!」

 

 その頭部は金色のバケツだった。

 眼の部分が怪しく赤に光り、スーツは上下一体型なのだが透華の選んだ防具同様かなりの伸縮性で動きを阻害することはない。

 兜、というよりバケツ部分は肉眼ではなくカメラなのだがCOMPと接続されているのか仲魔たちの情報だけでなく操作をせずおもアナライズなどの機能が使用可能なようだ。

 

「気に入ってくれたようでなによりっす! ではこれで決定っすな!」

「はい!」

「いや待て待て待て」

「止めないでください! これ便利なんですって。防御能力も高そうだしこれ以上ないっすよ!」

 

 新しいおもちゃを手に入れたようにはしゃぐ京太郎を止めるため、少しの思案の後一が言った。

 

「須賀くんはメシア教を探るんでしょ? その姿で行ったらドミニオンが居ても怪しまれるよ!」

 

 京太郎はピタリと動きを止めた。

 

「……怪しまれます?」

「うん!」

「どーしても?」

「どーしても!」

「……くっ」

 

 京太郎も気づいていたのだろう。

 かなり残念な様子を見せながら装備を解除し、グッジョブですわ! と褒められた一は嬉しそうにほほ笑んだ。

 

 結局。黒を基調としたジャケットとズボンを履きこれを防具とすることに決めた。

 マツダ博士曰く『デモニカ』と呼ばれるスーツと比べると各種機能こそ劣るものの防具としての性能は負けてはいない。

 それこそタケミカヅチの一撃に耐えうることが出来る物理耐性とムドによる即死無効はかなり魅力的だ。

 その代わり炎に対しては多少弱いという弱点は存在するが京太郎にはアクアもあり炎に対しては対抗することが出来る。

 

「そうだ。これはお返しします」

 

 リストバンドを外そうとしたが老人がそれを押しとどめた。

 

「……いや、そのまま受け取ってくださいっす。万が一今装備している防具が破損することもあるっすからその時には使えるっすよ」

「良いんですか?」

 

 もし防具が破損したのならその時は天使たちと戦闘した時だと京太郎も確信している。

 

「問題ないっす。テスターが欲しいと思ってたからワスにとってもちょうどいいっす。事件解決後か解決したあとにデモニカを使ったらレポートを書いてくれればいいっすよ」

「……なら、その、ありがたく。ありがとうございます」

 

 リストバンドはそのままに地面に置いていた刀を腰に取り付ける。

 銃は懐ではなくジャケットに備えられたガンケースに入れCOMPからドミニオンを召喚する。

 

「あんまり気乗りはしないかもしれないけど、頼む」

 

 頭を下げる京太郎に、ドミニオンは顔をあげてくれと言った。

 

「気にしないでくれ、これは私にとっても都合が良い」

「……?」

「私は戦う役目を背負った天使だったが力は弱く立場もそれに似合うものだ。だからこそ知りたい……彼が、我が友が行ったことは真に我らが主のためになったのか。少なくとも主にとって正しきことだったのか。そしてこの地で我が同胞が何を成そうとしているのかを」

 

 「正しいわけがない」そう叫ぼうとしたのは透華だけではない。

 それを押しとどめたのはハギヨシだ。正しさなんてものは人それぞれの視点で変化することを彼自身はよく知っていて、だからこそドミニオンも主にとってを付けたのだ。

 

「今回の件が前回の件に関りがあるとは限らないぞ?」

「それでも一つの現実は見えるだろう。主が間違っていると今も思ってはいない。だがその後が間違っている可能性はある」

「……――――が伝えた言葉を歪んで受け止めた奴が居るかもってことか」

 

 京太郎の発した四文字の言葉を正確に聞き取ることが出来たのは誰も居なかった。

 今では失われた名前。最も崇められている神だというのに、最も名が伝わっていないあやふやな存在。

 

 唯一神。聖四文字。YHVY。もしくはただ『神』と呼ばれる存在の名を京太郎が知り、言葉として発することが出来るのは彼の仲魔が原因である。

 このことにドミニオンは当然いい顔をせず止めようとしたが、京太郎にとってみればYHVHが何であろうと関係なくそもそも名を呼ぶ機会は少ないため今まで矯正されずにいた。

 

「これまでの世の中で数多くあったことじゃな。言葉をゆがめ、伝え、ただ自身の欲望のためにというのは」

「……分かった。何か分かることがあればいいな」

 

 頷くドミニオンを伴って背を向けようとした京太郎の手を掴んだのは光だ。

 心配そうな眼を真っすぐに見つめて京太郎は言った。

 

「それじゃ言ってくる。今日のことを思い出として話せるように、絶対に帰ってくるから心配するなって」

「……うんっ」

 

 今度こそ行くために衣たちに、避難所の建物に背を向け歩き出そうとする。

 

 ――その背に、数多の感情が込められた視線が京太郎に投げかけられる。

 ――その中に、この場には居ない近しい誰かの視線に京太郎は気づいた。

 ――気づいて、歩みを少し止めるが振り切るように京太郎は一歩を踏み出し歩みだした。




デモニカ好きなので出したかったので満足です(真顔)
最初ダセェと思ったけど、進めていくとこれしかないフィット感があってすごいデザインですねあれ。

咲側ですごい設定が作者から飛び出してますが本作に反映されることはないでしょう。
なんていうか試験管ベイビーやら多そうというか、コーディネイターとかいそうで、オカルト能力とこれ結びつけると中々ダークな話に持っていけそうですね、

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