デビルサマナー 須賀京太郎   作:マグナなんてなかったんや

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お気に入り登録、感想、評価ありがとうございます。

少々遅れました、申し訳ない。
遅れた原因は後書きにて興味ある方だけお読みくださいということで。

ここ数話と比べれば今回の話は短いです
一部の頃は今回投稿した文字数の大体半分ぐらいなので、最近が長すぎたともいいます。
個人的には一話5000文字前後が読みやすい気がするけどどうなんでしょうね。ガッツリ読みたいって人も居るだろうしその辺りは好みかな。


追記
タイトル書き忘れてた、申し訳ない!



『2日目 清浄な領域へ』

 本来であれば日が肌を焼いて今日も暑いなと愚痴るはずが、太陽が闇に覆われていることでむしろ肌寒ささえも感じる。

 昨日よりも少しだけ薄暗くなった太陽の日差しの下で戦っているのは京太郎とドミニオンだ。

 ドミニオンのマハンマオンの浄化の光が悪霊たちを消滅させると同時に、広範囲に発生した電撃がその余波でショーケースのガラスを砕きながら悪魔を討つ。

 使用したのはマハジオダインではなく、マハジオンガ。

 中級魔法といえども恐るべき威力を持つ電撃は並の存在であれば焼き尽くすことさえ可能だが、ジオダインを使用しなかったのは舐めプなどではなく、消耗を抑えるためだ。

 どれだけ戦うことになるか。それさえも不透明な現状において消耗はできるだけ避けたかった。

 戦いを終え、歩いている京太郎の眼に食い散らかされた肉片が見え、その近くに鞄などが落ちていた。

 

 もっと早く来ていれば救えたのだろうか。

 

 可能性を考えるのは弱さではないと思いたい。

 人であればふとした時に『もし』を考えてしまうものである。

 しかしそれを考えると救えなかった現実と救えたかもしれない理想に挟まれ、無力感が京太郎の体を支配しようとする。

 

「サマナー」

 

 そのたびに声をかけてくれるのが仲魔である。

 悪魔と天使。本来であれば水と油である彼らだが、だからといって全てがすべて水と油のように相容れない訳ではない。

 

「ん、わかってる」

 

 そう答えて、ため息をついて、無力感を振り払うように前に歩き出した。

 

 このように力のない無力な人間が居る一方で、生にしがみつく意地汚い人間が居るのも確かであった。

 悪魔に追いかけられた人の集団が駆けているのを見た。

 集団は老若男女様々な人々で構成されており、その中で能力が最も低いのは子供や老人だ。

 

「どけ!!」

「どいて!」

 

 このような状況だ。元気のいい、助かりたいと必死な人間が弱き存在を押しのけて助かろうとするのは醜くはあっても責めることはできない。

 自分の身さえも守ることができない。それなのに誰かを守ることをできるはずがないのだから。

 そして、彼らのような姿こそがある意味で本来あるべき自然の姿なのかもしれない。

 

 だがそうであるからといって、それに従う必要なんて決してありはしない。

 

「大丈夫ですか?」

「あぁ、ありがとうねぇ」

 

 京太郎が押し倒された老人や子供たちを助けている時。

 

「ぐべっ!?」

 

 先へ進んだ女性が餓鬼に頭を吹き飛ばされた。

 化け物が集団の先頭に現れたことで先行していた者たちが止まり、女性の頭部が彼らの前に転がってきた。

 

「ぁ」

 

 女性の頭部、顔は、驚愕と恐怖に染められていた。

 

「―――ッッッ!!!!」

 

 声に出すことさえできない叫び声とともに、血の雨が彼らの頭上に降り注ぐ。

 それは、頭部を失った女性の首から吹き出た血にほかならない。

 

「隙あ」

「隙ありだ」

 

 身が竦み動くことのできない極上の餌となった人々に襲いかかろうとした餓鬼が、消滅した。

 京太郎の電撃が餓鬼を打倒し、背後から迫っていた悪魔たちはドミニオンが打倒した。

 

 戦いが終わり転がっている女性の頭部を持って、未だ血が吹き出ている胴体まで行くが、その体にもはや魂は残っていなかった。

 時間が経ってしまえば肉体から魂が離れてしまうのは当然のこと。覚醒者であれば魂が肉体にしがみついている時間が一般人よりも長いため、助かる可能性が高いがこの場で死んだ女性はそうではない。

 そもそもとして、自分だけ助かろうと身勝手な行動をした結果なのだから、因果応報なのかもしれないが、そんな言葉でおさめて良いものではないだろう。

 

 女性の頭部と肉体をジオンガで消滅させたのは、死体を陵辱させないためである。

 残しておけば良くて腐り、大体は悪魔によって貪り食われるだろう。

 

「う、あ、ん……な」

 

 京太郎を見る人達の眼に浮かんでいるのは、恐怖と、希望と、拒絶である。

 生命が助かるのではないかという希望とともに、京太郎という異質な存在に彼らは恐怖し拒絶をしている。

 当然だなと思いつつも。

 

「このまま真っ直ぐいけば避難所があります。そこまで辿り着けば生命は助かるでしょう」

 

 果たしてその言葉を信じるかは不明だが、京太郎は彼らの前から立ち去った。

 本来であればヤタガラスの退魔師に連絡を取り彼らに合流させるべきだが、そうしなかったのは彼らが京太郎を拒絶したためだ。

 京太郎が呼んだ人を彼らが信じるとは思えなかった。

 そんな本音と、少しの苛立ちや悲しみが折り混じった結果ゆえの行動だった。

 

 力を持つものに対して、人は羨望と恐怖を覚える。

 力なき人間であれば当然のことだ。

 とはいえ京太郎が出会うのは脅威から逃げ惑う人のみではない。

 召喚した悪魔と戦い、覚醒し力を得た者たちもいる。もしくは避難所での出来事のように悪魔に魅入られ、実際には電池の役割でしかないがそれでも悪魔の恩恵を受ける者も居る。

 玉石混交といった様相を見せる力を持った者たちも確かに存在するのである。

 

 力を得て人がまず得る物は優越感だろう。

 他者の命を握ったとき人が望むものは様々だが今のこの状況では力ある者でも得られるものには限りがある。

 金は現状使い物にはならない。そうであるなら人が望むのは自身を肯定する『誰か』だ

 自身を肯定し欲望をぶつけることができる『誰か』。自分以外の誰かが居なければ自慢して気持ちよくなれない。

 それに男も、女も違いはなかった。

 眼の前に倒れているのは力を得て、自慢をしていた男だ。ただそれだけであれば良かったが、力を持って他者を支配しようとしたのを京太郎に見つかった結果、彼に痛めつけられた。

 腕が斬り飛ばされ、回復魔法で回復され、また痛めつけられ回復する。その繰り返し。

 この手法を勧めた悪魔は「時間があれば他の手段を取っていたが、今はそんな時間がないだろう?」と告げた。

 実際粗暴な態度をとっていた男が「ゆるして、ゆるして。ごめんなさい、ごめんなさい」としか言わなくなったのだから効果はあるのだろう。

 

 しかし。

 

 京太郎を見る半裸の女性たちの瞳から逃げるように考える。

 封鎖は始まって24時間経っていない。

 けれど人のモラルを奪うには十分すぎるほどのインパクトがあったのか。それとも最初から素養があったのか。明らかにおかしな人間が多い。

 

 足元で呻く男を見てため息をつきながらヤタガラスに連絡を取る。

 殺すのは流石に気が引けたし、かといって放置すればまた増長する恐れがあり後はヤタガラスに任せるようと放り投げた。

 

「では、あとはお任せください」

 

 京太郎と似た年齢の少年が頭を下げて言った。

 捕らえれていた人々を、もう一人同行してきた少女が回収し連れていく。

 足元で蠢く人間はシバブーで縛られうめき声さえ上げることは許されていなかった。

 

「専用の異界に幽閉することになるでしょう。処罰と言いますか処断は事件解決後にですね」

 

 と、少年のヤタガラスは言った。

 

「それにこれだけ痛めつけていれば、記憶の消去後も暴力をふるうことはなくなるでしょうね。当然観察対象とはなりますが」

「記憶を消去しても?」

「消去とは言いますが、実際に記憶を破壊しているわけではありません。記憶をよく棚などに置き換えることがありますが、記憶消去とはつまり棚に鍵をしたり、そもそも棚そのものを隠すのです。消去もできるのですが、副作用が多いのですよ」

「別の記憶が消えたりとか?」

「最悪赤ちゃん化します。いい歳したおっさんが歩き方すら忘れた事例を見たことがありますが、なんとも滑稽でした」

「うわぁ……」

 

 想像したくない光景だった。

 おっさんおばさんの幼児プレイなんて見せられてもきついだけだ。

 

「それはともかくとして。記憶消去しても経験は多少なりとも残るのです。例えば痛みなんて顕著ですね。トラウマと言っても良いかもしれません」

「あぁ、それで」

 

 京太郎が思い浮かべたのは加治木ゆみだ。

 桃子曰く過剰と言えるほど震え上がる様子を見せる時もあるとの連絡を受けていた。

 敦賀異変時に彼女は悪魔によって痛めつけられている。それが魂と言うべきか、恐怖として焼き付いているのだろう。

 

「サマナー」

「ん……ごめん、ぼーっとしてた」

 

 思い出すのはこれぐらいにし後始末をヤタガラスへと任せると京太郎は動き出した。

 さて。状況が状況だからか京太郎が会った人々は基本的に己の欲望に殉じていたが、そうではない人たちもまた存在していた。

 

 ビルの屋上で飛び跳ねるように移動していた京太郎の耳に入ってきたのは戦闘音だった。

 本来であればCOMPには悪魔を検知する機能があるのだが、四方八方悪魔だらけで現在役に立っていない。そのため重要なのが視覚もそうだが聴力もだった。

 とはいえ聴力にも問題はある。戦闘音を聞いても一見すると戦いが行われていないように見えるときもある。

 地下で戦っているのか、ビル内で戦っているのか。理由は様々だが少なくとも今回は、耳で、眼で戦いを確認することが出来た。

 

 ビルの屋上で立ち止まり辺りを見回した京太郎の眼に映りこんだのは悪魔オーガから逃げる少年と悪魔の姿だった。

 少年はアギを放ちけん制しながら逃げており、炎で怯んだところに悪魔ポルターガイストが手に持った椅子でぶんなぐって追撃をかけた。

 ポルターガイストはそのまま空中に逃げ、オーガの攻撃射程から逃げ出した。

 オーガは筋肉馬鹿タイプで遠距離攻撃に乏しい。ヒットアンドアウェイの考えであれば確かに正しいのだが。

 

「魔法を使わないのか?」

 

 ポルターガイストは力の弱い悪霊だが、魔法の使い手であり駆け出しのサマナーには重宝される悪魔一体だ。

 弱点のためハマで即死する可能性は高いが、しかしハマの使い手は低レベルだと少ない。

 

「魔力がないのではないか?」

「ないって、どんだけ戦ってんだよ。……って、うわマジだ」

 

 ジオを使う魔力もなく、苦肉の策として椅子でぶん殴った様である。

 体勢を崩したオーガに浮いているとはいえ小さな子供の様な見た目のポルターガイストが椅子で殴っている様子はシュールである。

 少年も少年で能力値を見ると魔力よりも力に特化しており、どちらかと言えば魔法を扱うのに向いているとは言えない。

 それでもポルターガイストを前線に立たせているのは、サマナーである少年が倒れれば終わってしまうからだ。

 特に相手は力自慢のオーガ。もしその一撃が急所にでも当たれば回復手段のない彼の人生は終わりを告げる。

 ただ魔力が低いからと言って魔法を使うことが悪手という訳ではない。苦手な攻撃を受ければ体勢を崩し相手に攻撃のチャンスを作ってしまう。

 今のように。

 

「って、見てる場合じゃないや」

 

 つい観戦してしまったのは数ヵ月前の自分を思い出したからだ。

 ピクシーと二人だけの期間は短かったが、下級魔法を駆使して立ち回っていたあの時は既に京太郎の中では良い思い出として括られている。

 

「あっ」

 

 大きく鈍い音を立てながらマンションの壁にめり込んだ少年を見て、京太郎は焦りながら少年とオーガの間に水の壁を作り出した。

 

「ぐ、おっ!?」

 

 突如できた水の壁を警戒しオーガは止まった。

 全力で走っていた身体を無理やり止めたため地面にオーガの足跡が削れるように残った。

 

 その隙を付いてポルターガイストが少年の元に向かった。

 

「サマナー大丈夫かよぅ」

「いっつ……っ。うん。でもいきなりなんだよこれ。水の魔法? って言ってる場合じゃない、止めを刺すか逃げるかしないと」

「逃げよう! あれの使い手がおいらたちを敵視していたら死んじゃうよ!」

「分かってる。分かってるんだけど身体が……」

 

 壁にめり込んだ身体をポルターガイストに引っ張り出された少年は倒れながら言った。

 本来であれば気絶していたにも関わらず皮肉にも全身に走る激痛がそれを阻む。しかし激痛が少年の身体が動くことを許さない。

 少年が激痛と戦いながらなんとか立ち上がろうとしている時。オーガが地面を削った際に飛ばされた石が水壁へと飲み込まれ、音もなく崩れ消滅した。

 

「ぐおっ……」

 

 オーガが無意識に一歩下がった。

 触れたら不味いと告げる自身の直感が正しかったと確信し、水壁を避けて人間の元に向かおうとした時世界ぐるりと反転した。

 反転した世界は回転し続けいったい何が起こっているのかと確認しようとするも身体が動かない。

 オーガが最後に見た物は映えるような金の髪と、虫でも潰そうとする何の感情も含まれていない人間の眼だった。

 

 斬り落とし転がったオーガの頭部を京太郎が踏みつける。

 この時思った以上に力を入れてしまったようでコンクリートを踏み抜き足がめり込んでしまった。

 めり込んだ足を引き抜き霧散したマグネタイトを振り払いながら剥き出しになった刀を収めた。

 ポルターガイストはどうすべきかとあわあわした様子を見せ、そんな悪魔を護るようにボロボロな体を無理やり動かしながら少年が動いた。

 ディアを使用できない以上回復するためには道具が必要だが、昨日の今日でそこまで道具が集まることはない。

 それでも痛みに耐えて立ち上がる少年の元に向かった京太郎は、彼とポルターガイストに魔石を押し当てた。

 

「え?」

 

 困惑する少年に対して持っていた椅子を落とし、椅子の上に座り込んだポルターガイストはホッとしたように言った。

 

「て、敵じゃない?」

「おう」

「よ、よかったー……」

 

 ホッとするにもほどがあると思っていると。

 

「天使を連れてるなんてメシア教っぽいもん! どう考えてもおいら消される流れかなって思った!」

「見境なく浄化することはないから安心していいよ」

 

 苦笑いしながら少年に大丈夫かと問いかけた。

 

「あの、ありがとうございます」

「気にしなくていいって。よく頑張った」

「あ、でも、その……。すみません、お願いがあるんです!」

 

 今起きている出来事を軽く説明しようとした京太郎に対して少年は他に友人が居ると告げた。

 悪魔と続けて戦闘し満身創痍となっていた彼らに対して襲い掛かったのがオーガたちである。万全な状態ならともかくとして、疲弊した状態で戦うには厳しく彼らは散り散りになりながらも逃げた。

 そうして逃げている最中に出会ったのが京太郎だったわけである。

 

「なるほど。そうだ、COMP……スマホで連絡は取ってみた?」

「え? でも何時からか電波がって……繋がってる? ずっと召喚プログラム画面立ち上げてたから気づかなかった」

「アプリが入ってる者同士なら繋がるはずだから連絡してみると言い。電話はお勧めできないからメールかな」

 

 もし悪魔から逃げている最中でマナーモードにせず電話をかければ着信音が鳴り響き続けてしまう。

 メールも着信音はあるが、電話の着信音に比べれば短く済むためまだマシである。

 

「わ、分かりました」

 

 少年がメールの文面を記載している間に京太郎もCOMPでヤタガラスに連絡を取る。

 短いやり取りを行い人員のみ確保してもらうと、ホッとした表情を少年が浮かべていた。

 

「怪我してるみたいですけど無事みたいです」

「そっか、よかった。友人の場所は聞けた? それなら送っていくよ。ほんとは安全な場所まで送りたいけどちょっと時間がなくて」

 

 まだ朝の早い時間とはいえ出来るだけ急いだほうがいいのは確かだ。

 東京封鎖のタイムリミットが神代小蒔の限界なら、メシア教に関してはまだタイムリミットが不透明な状態である。

 本来であれば彼ら全てを見捨ててでもメシア教に近づいた方がいいが、合理的な考えの元動ける様な人間なら京太郎に水の異能が備わることはなかっただろう。 

 その後、道中で襲い掛かってくる悪魔を撃退しながら少年の友人たちと合流し、ヤタガラスの退魔士が彼らを避難所へ送り届ける姿を見届けてから京太郎は歩き出した。

 

 それからも道中で会う人を助けながら先に進むが人々の様子は十人十色だった。

 悪魔に襲われる人が居れば悪魔と戦う人も居る。悪魔を毛嫌いする人も居れば悪魔と同調し行動を共にする人も居る。

 同調する人は大体悪事を企んでいたが、そうではなかった例として魔王オーカスと意気投合した人間が居たのが印象的であった。

 食欲旺盛なオーカスと、京太郎もテレビで見たことのある大食い男が共に食事をとっていた。

 オーカスは鉄筋コンクリートさえ食べるが人間はそうはいかない。ではこの状況で何を食べているのかと言えば悪魔だった。

 彼らが居たのは崩れた鉄筋コンクリートの上だったが、そこに妖精ドワーフと堕天使ニスロクであった。

 ドワーフも彼らと同様に料理を食べているが何やら達成感の様なものを感じ、よく見ると竈が作られておりそこで料理をしているのがニスロクだった。

 しかし悪魔の作る料理を食べて大丈夫なのか? と首を傾げる京太郎に気づいたニスロクが言う。

 

「あぁん!? その人が食べてウメェと思う料理を作ってこその料理人だろうが!!」

 

 その言葉にぐうの音も出ない京太郎はヤタガラスに彼らの存在だけ伝えその場を離れようとしたのだが。

 

「ブォーノ! ソコノサマナー! ココノコトヲニンゲンニオシエロ!」

 

 それを待ち望んでいたかのようにオークスが言う。

 

「その心は?」

「ヒトガツドエバアクマモクル! アツマッタアクマヲオレガクウ! クエバクウダケオレハツヨクナル! ミンナハッピーダ!」

 

 食料にされる悪魔以外はな! という突っ込みはしなかった。

 良くも悪くも悪魔は本能に従って生きる存在だ。自分にとって気に食わない物は自分が強者である限り全て排除し気に入れば逆に守ろうとする。

 オークスは食べることを生きがいとしている人間と心を通わせた。オークスがそうすると決めたのであればそれを反故とすることはきっとないはずだ。

 

 しかし念のためと京太郎は問いかけた。

 

「……人は食べないの?」

「オレハタベテモイイガ、ココロノトモガイヤガル。ナラタベナイ!」

 

 心の友。

 大食い同士シンパシーでも合ったのか、悪魔にこうまで言われる人間はサマナーであっても少ないはずである。

 スープを飲み干した男が音を立てて器を置くと。

 

「流石にカニバリズムになる気はないからな! 人間の肉は臭いらしいし、それならトカゲやら虫食った方が美味いわ」

「甘いなニンゲン。それをうまく食べれるようにするのが俺たちの仕事サ」

「んー。興味あるけどいいや。そこの兄ちゃんに殺されちまいそうだし」

「お、おう」

 

 俺が居なきゃ食っていたのか。京太郎はそう思った。

 

「しゃーねーなー。じゃ、近いもので代用しよう……」

 

 ニスロクが取り出したのは悪魔ウブである。

 

「頭部はニンゲンの脳の味。胴体は蜘蛛の味がすんだぜ」

「……蜘蛛か。いいねぇ、蜘蛛はチョコレートみたいな味がするらしいからデザートにしよう」

「あ、それ嘘だぜ」

「マジか。ならおすすめで頼むぜ料理長」

「マカセナ!」

 

 流石に難易度高いっすと思いながらちらりとドワーフを見る。

 彼は崩れた建物を素材としてテーブルや食器などを作っている。特段食器類を作ることに拘っている訳ではないだろうが、それでも作るのが楽しいという様子だ。

 

 ニスロクは言わずもがな。料理を食べる存在が増えれば彼も喜ぶのだろうが……。

 

「安心しろ! 人間が食べれる物を俺は作る!」

 

 食べれない物を作るのは料理人失格だと誇りをもってニスロクは言う。

 

「ヤタガラスに連絡して数人置いても大丈夫?」

「ウタガリブカイニンゲンダ! ダガイイゾ、ユルス」

「サンキュ」

「ダガ」

 

 そうしてCOMPで連絡を取ろうとした時、京太郎に手渡されたのは調理済みの熱々とした料理だ。

 本来は違う種族であったにも関わらず食べれることが判明したため分類された悲しい『フード』の種族の悪魔『マメダヌキ』や『カタキラウワ』の肉を使ったスープや焼き物。

 近くのスーパーなどから取ってきたのであろう野菜のサラダなどが盛り付けられていた。

 

「クエ」

「……はは、うん。そうだな」

 

 郷に入っては郷に従え。そんな言葉を思い浮かべながら手渡された料理を京太郎は平らげ、その食べっぷりにオークスたちも満足したようだ。

 京太郎としても美味な料理に舌鼓を打ちながら、ふと我に返って思う。

 

 悪魔の料理よりも悪魔を食べることにまず勇気がいるなと。

 

 その後ヤタガラスの退魔士が到着し、やはり少しだけ引いた様子を見せたがすぐさま冷静になったのは流石と言うべきか。

 ここはお任せくださいと語る彼は続けて。

 

「現在ライドウと巫女様たちが中心となって行っている結界範囲拡大の任ですが、ここに向かうことを決めたようです。野営扱いとなりますがそれでも重要な安全地帯となるでしょう」

「一定のハードルをくぐれればですけどね」

「ですが大丈夫だと思います。何も知らずに食べてその後知らせればショックは受けますが、受け入れるでしょう日本人なら」

「毒持ったフグの食べ方を探求するぐらいだもんな……うん」

 

 それに何よりあたたかな料理を前にして、人は安堵を覚える。たとえそれを悪魔が作っていても、オークスに気に入られた彼が遠慮なく食べる姿に食欲が刺激されハードルも超えることが出来るだろう。

 一人増えればまた一人。赤信号みんなで渡れば怖くない、ではないがアイツが食っているのだから俺もとなる人はきっと居る。

 

「……あとはお願いします」

「えぇ、お任せください」

 

 京太郎は彼らに背を向け歩き出すと。

 

「なんか人間って結構たくましいな。いろんな意味で」

「時代が逆行している今。良くも悪くも現状に適応し、運も良い人間が目立っているのだろう」

「適応できない。もしくは運が悪い人は?」

「個人か組織かはともかく。何者かの庇護下に入るしかなく、運が悪い者は死ぬだろうな」

 

 実際そうなのかもしれないなと京太郎は思う。

 声の大きい人が目立つのは当然で、適応できず死んだ人は声をあげることさえできない。

 喰われ、燃やされ、凍らされた後に砕かれ……そうした人は形も残らず何も残らない。

 

「……そっか。下を向いている場合じゃなしとにかく行こう」

 

 そんな人たちを一人でも少なくするために、京太郎は行く。

 

*** ***

 

 東京都渋谷区。

 地方住みであれば一度は足を運び見てみたいなと思う場所の一つには入るだろうこの場所に、京太郎は鼻を抑えながら立っていた。

 

「これが有名な忠犬ハチ公かー」

「そんなに有名なのか?」

「駅前で目立って置かれてる。合流地点にもなるしさ。でもよくこんな場所に人が集まるよなぁ」

 

 渋谷の『臭い』に関して、その原因は諸説ありここでは詳細は省くが、できればここには居たくないと感じるほどには苦痛である。

 流石にマスクまでは持ってきていないし、環境清浄化魔法なんてものも存在しない。

 まるで常時毒状態だと辟易しながら歩いてゆく。

 

 だがこんな環境だからこそ気づくこともあったと今の京太郎ならば言うことが出来る。

 気分が悪いと感じるほどだった空気が途端に清く清浄なものになったと気付いたとき、ここがメシア教の勢力範囲内であると気付くことが出来た。

 

 人の世の中は綺麗なものと汚いもので構成されている。

 それは勿論一概には言えない多種多様なことを指すが、今回で言えば空気がそれに当たる。

 この場に長くとどまってはいけない。京太郎の本能がそう叫ぶ。

 もしこの場に長期的に留まった場合、人は外の世界で生きていけなくなるだろう。

 全ての邪な物を省く神聖な空気は、人の病気に対する抵抗力さえも激減させてしまうことだろう。

 

「ドミニオン」

「心せよサマナー。ここは既に我らの空間だ」

 

 目的地はメシア教の教会。

 悪魔の気配を感じない稀有な空間のなか、大きく深呼吸をして歩み始めた。

 








遅れた原因は簡単で一度書いた中身が結構やりすぎてたからです。
そこそこマイルドにしたりちょっと描写追加していたら遅くなりました、申し訳ない。


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