デビルサマナー 須賀京太郎   作:マグナなんてなかったんや

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感想、誤字報告などいつもありがとうございます。

ハーメルン自体の更新で結月ゆかりを使った読み上げ機能が搭載される時いて少し楽しみです。

P5Rはクリアしましたがそれは後書きで。

文中二十年前と記載していたのを二十五年前に修正。
真1の件と合わせるとややこしかったですね、申し訳ない、


『2日目 選ばれた者たち』

 『悪魔』

 本来であれば神々と呼ばれるべき存在も時としてこのように呼称される。

 なぜ神さえも悪魔と呼ばれるのかと言えば、唯一神とその信者たちに貶められた結果だ。

 ハエの王が本来豊穣の神だったのは有名な話。

 ならばなぜハエの王として貶められているかと言えば彼が唯一神とその兵たちによって敗北したからだ。

 歴史は勝者によって作られる。

 それは人の世界も神々も変わりはしない。

  

 なら此度の事件における『勝者』は誰になるのか。それはまだ誰にも分からない。

 

*** ***

 

 教会に向かって歩く京太郎たちの道のりは平穏そのものであった。

 多少ビルが崩れ、怪我人も出ているようだが幸い死者は出ていないと通りで会話した警官から聞いた。

 天使たちのおかげと語る彼は日本に住む人にとってはあまり関わりたくない、いわゆる信者になったように見え、京太郎にも彼らの素晴らしさを説こうとしたが傍に居たドミニオンを見て不要だと判断したようで頭を下げて去った。

 それでも京太郎の見た目は一般人には見えず、またメシア教に属する信者や騎士にもみえないため怪しまれてもおかしくはないのだが、ドミニオンが傍にいるため許容しているようである。

 秩序社会とは即ち上下社会でもある。

 明らかにルール違反を行っているならともかく、多少怪しくてもドミニオンが認めているならば問題はないという考えだ。

 

 辺りの様子をうかがいながら行く京太郎が町々の様子から受けた印象は穏やかだなというものだ。

 ビルが崩れたあたり悪魔が襲い掛かってきたのは間違いないが、穏やかなのは天使たちが迎撃した結果だろう。

 

 京太郎からすれば天使たちは少々胡散臭く感じる。

 しかしそれは過去の経験からくる疑心から来るものだ。

 一般人にとって天使とは即ち善の象徴だ。

 ノアの箱舟やらを思い出せと突っ込みたくなるが、それは例外であり天使に対して悪い印象を持つものは数少ない。現状において人々の守護者を担っているのが天使なのだから尚更だ

 

 ――若い男女の声が京太郎の耳に届く。

 

「俺たちは運が良かったよなぁ」

「えぇ、本当に。外に居る人たちには悪いけれど……」

「でも誰かの命を気にする余裕なんてないって。命が助かるってんなら俺はこれから神って奴を信じるぜ」

 

 ――妙齢の女性たちの声が京太郎の耳に届く。

 

「お聞きになりました? 天使様方が降臨された場所についてなのですけど」

「えぇえぇ。もちろん聞きましたわ。やはり奇麗な街をあの方たちも好むのでしょうね」

「なんとも申し訳ない話ではありますが、やはり選ばれた者こそ生き残るべきだということでしょう。わたくしたちに出来るのは東京に住む他の方々の無事を祈るぐらい」

「えぇえぇ、同感ですわ。少し同情してしまいますが仕方のない話ですもの」

「「おほほほほ」」

 

 ――年老いた老人たちの声が京太郎の耳に届く。

 

「神に祈るなぞ都合のいい時にしかしてこんかったが、良いのかのう?」

「神父様曰く。気持ちこそ大事だとか。今までの行いを悔い改めるのなら私たちの罪をお許しになられると」

「なんともありがたい話じゃのう」

「そういえばあちらの施設で歌の練習ができるらしい。リズムがあればこう、のって歌えるがないとまだ歌えんわ」

「昨日の今日で歌詞を覚えるのは無理じゃよ。それでも少しは覚えとるぞ。ぐろーりあ、ぐろーりあ……じゃったか?」

 

 低くしゃがれた声の歌が聞こえる。

 特段上手とは感じず、普段であればどうでもよいと感じる歌がどことなく不快に感じられた。

 

 ――空間に響くような若い男性の声が京太郎の耳に届く。

 

「今、東京は未曽有の事態に陥っています」

 

 台に立ち人々に聞こえるように男が演説をしていた。

 

「しかし案ずることはありません! 我々には天より遣わされた守護者がついているのです!」

 

 台の横に白き翼を背中に持ち赤い鎧を持つ天使が現れた。

 

「なぜ彼らがここに降り立ち、私たちは救われたのか。それは私たちが選ばれた神の民であるからなのです!!」

 

 観衆の戸惑いの声があがった。中には自分は今まで神の存在を信じていなかったのにという声もある。

 

「えぇ、これまで主を信じてこられなかった方も居るでしょう。それは確かな罪! しかし主は寛大なるお方です。我々が罪を認めお許しを願えば、罪を許し我々を護ってくださることでしょう……!!」

 

 空に悪魔が現れ天使たちがそれを迎撃する。

 まるでパフォーマンスの様であるが、悪魔は実際に襲い掛かってきており彼らはそれを利用しているに過ぎないのだろう。

 

 天使パワーの一撃が悪魔を粉砕しマグネタイトが粒子の様に空に散っていく姿はまるで悪魔を浄化するように見えるのは間違いない。

 そして、そんな光景を見せられれば神を信じようとそう思うのは無理もない話だ。

 

「さぁ、皆様方祈りましょう。我らの祈りは主へ力を与え、罪を許され、そして我らは楽園へと至るでしょう、なぜなら我らは選ばれし神の民なのですから……!」

 

 歓声があがり人々は一心不乱に祈る。

 演説とその光景を眺めていた京太郎とドミニオンは立ち去った。

 なんだかなと京太郎は思う。

 選ばれた民なのであれば悪魔から身を守ってくれるのではなくて、そもそもこの状況に至らせるなよと思うのだ。

 それに内容も気に入らない。選ばれていない民は見捨てるのか。隣人を愛せとはなんなのかと冷めた思考で考える。

 

「……どした?」

「いや、なんでもない」

 

 眉を顰めていたドミニオンに問いかけるも彼は首を振った。

 もしかしたら彼も何かしら思うところがあるのかもしれない。人間界に顕現して長いのだから何かしら影響は受けているだろう。

 

「何やら私の知る空気に一層近くなったように感じただけだ。まるで天界に居る時の様だ」

「天界……か」

「もとより教会周辺は天界に似た空気を感じはするがそれでも人間界であり天界ではない。だが一瞬見違えたように感じた」

「それ覚えておいた方がいいかも。なんか嫌な予感がするわ」

 

 人間界が天界の空気に置き換わる。それは『異界』が人間界に侵食しているようなものである。

 それが例え天界の空気であっても人間に何かしらの影響は与える。

 一体何をしようとしているのか。早く情報を得なければならないと京太郎は少しだけ歩みを早くする。

 

*** ***

 

 東京23区と言えばまずどこが浮かぶ? そう問われてたら多くの声があがる一つの区が渋谷だ。

 渋谷区と言えば巨大なスクランブル交差点や繁華街などが有名だがそれだけではなく、金持ちの集う高級住宅街も存在する多くの人々が集う区画でもある。

 土地代も高くかかるだろうそこに教会はあった。

 教会を囲うように木々が多い茂っている。ただ不規則にではなく管理された木々は生命力と言うよりも芸術品の様な美しさを感じさせる。

 それに少し見とれてから京太郎の身長の倍はあろうかと言う門を開くため力を入れたのだが。

 

「うわっと」

 

 コケかけた京太郎は慌てて態勢を整えた。

 たたらを踏んでしまったのは門が想像よりも軽かったせいである。

 よく考えれば分かるが、見栄を第一に一般人が門を開けないのであれば外来者を拒絶しているようなものだ。

 どうやって軽くしているのか京太郎は分からなかったが、誰でも開けるようになっているのは当然だ。

 

「うお」

 

 床が少々濁った光で照らされていたため、顔を上げた京太郎の目に映ったのは色とりどりの文様が刻まれたステンドグラスだ。

 天気の良い時であれば日差しが入り込み一層奇麗だろうそれを見た京太郎は圧倒された。

 

 肩を叩かれ我に返ると辺り間を見渡す。

 少し騒がしくしてしまったにもかかわらず礼拝堂で祈りを捧げる人々は振り返ることなく一心不乱に祈り続けていた。

 

「おお、主天使様がおいでくださるとはこれも我らが主の思し召しでしょうか」

 

 横から声をかけてきたのは一人の神父である。

 彼が現れた方を見ると少し古く感じる木製の扉があり表札には懺悔室と書かれていた。

 

 懺悔室で信者たちの話を聞く役割を担っていたようだが、今は誰も入っていないようだ。

 神父は帽子を取りながら京太郎たちの前に立った。

 

「主より命があったわけではない。しかし我が友須賀京太郎がこの場に居ることこそが主の思し召しというものだろう」

 

 そう答えたのは主天使と呼ばれたドミニオンである。

 

「そうなのですか! いやしかし天使様が人の子を友と呼びなさるとは」

「……ともに並び立ち、戦い、生きているのだ。そうなれば人も天使も関係ないだろう」

 

 その言葉は悪魔にも当てはまるのだが、この場において口には流石に出さなかった。

 

「しかしその出で立ちは騎士様というよりもサマナーのようですね」

「本来であれば騎士と呼べる立ち位置に居るはずだが、恩師に頼まれサマナーとして世界を見て回っているのだ。世界は広い。メシア教の中に留まっていては見れない物もある。彼はそれを伝えられる役目があるのだ」

「この国の言葉で井の中の蛙大海を知らず。ということですな、なるほどなるほど……確かにその通りです。そうでなければ我らも取り残されてしまいます」

 

 ふんふむと頷く神父は「ここで会話をすると信者の方たちにも迷惑になりますね。お茶でも飲みながらお話しませんか?」と言った。

 京太郎も警戒はしているがここで断る理由はないと判断し頷いた。

 

「それではこちらに」

 

 そう言って歩き出した神父に続いて二人も歩き出した。

 門を開ける時と同様、多少騒がしくしてしまったにもかかわらず祈り続ける信者たちは京太郎たちに視線を向けることはなかった。

 

*** ***

 

「うまいこと言い訳したね?」

「下手に騎士だとかいうよりはマシだろう。こう言ってはあれだがサマナーに演技はできなさそうだ」

「……そりゃまぁ確かに。でもだまして言い訳? その、天使的に」

「良いわけがない。しかし今はやむを得ん。私とて愚かではない、外の様子はやはり異常だ」

 

 神父に案内された一室で紅茶を入れている神父に聞こえないように二人は会話していた。

 信者か天使が引き起こしている現状を天使がおかしいというのはおかしいなど考えていると、カップが置かれた音がした。

 

「どうぞ。こちらに砂糖が入っています」

「ありがとうございます」

 

 固形状の砂糖を一つ入れて少しだけかき混ぜてから一口飲む。

 ハギヨシの淹れる紅茶には負けるが、それでも美味しいと感じることのできる紅茶だ。

 

「しかし大変なことになったものです」

「えぇ。神父様は外の様子を?」

「はい。わたくしも多少戦えますのでこの区域を出てみましたが酷いものです。しかし少しの確認しかしていませんのであなた方の方が外はお詳しいでしょう?」

「そうですね。外の様子はまぁ想像通りの状態かと。混沌としていてガイアであれば喜ぶ状況なのは確かです」

「弱肉強食の世になってしまった、ということですね。それでは理性なき動物の世。人には厳しいでしょうね」

「ですが力を得た者たちが居るのは確かです。それで他者を護る者も居れば害をなす者も居る。それが逆に更なる混沌にいざなっている感があります」

「人が悪魔と同じとなる。なんとも愚かしく、悲しい話ですな……」

 

 現状を憂うように神父が肩を落とした。

 

「ただ先ほども言った通り他者を救おうとしている者たちも居ますし、ヤタガラスであれば彼らをサポートするでしょう」

「そう願いたいものです。正直上はヤタガラスを邪険にしていますが現状においては心強い友となれると思うのです」

「……でも正直難しいですね。ヤタガラスはメシアを敵対とまでは言いませんが、疑ってみていますので」

 

 胡散臭い相手と思われている。とは言わなかった。

 

「数ヵ月前に一部の者たちが起こした事件の件もありますしタイミングがどうしても」

「……そうでしょうね。二十五年前の件もありやはり私たちに対する彼らの視線は厳しいものがあります」

「事件の内容が事件の内容ですからね……」

 

 ゴトウに対しても厳しい眼が向けられたが、メシア教に対する行動が一層厳しいのはなぜか大使館に核の発射装置が存在したからである。

 当時のアメリカ合衆国駐日大使でるトールマンという男が実際は北欧神話に登場する神トールであり、なぜか唯一神に服従を決めていた。そして彼の手によりあわや核が発射される手前までいった。

 もしとある少年がトールマンを倒さなければ核が日本に落ちていた可能性もあり、ヤタガラスだけではなくガイアもフリーのサマナーもメシア教に対し白い視線を送った。

 

 そこまでやるか? と。

 

 当時の政権も秘密裏に合衆国へ抗議したが遺憾の意に終わることになる。

 

「しかし何時頃から天使たちが現れたのですか? 街並みの様子を見ると事件後すぐな感じがしますが」

「そうですね。数十分後ぐらいでしょうか。幸いこの近辺の悪魔は私たちが対処しましたが、渋谷区全体で言えば天使様方のお力で守った形になります」

「しかしあれほどの数の天使を召喚するのは大変でしょう?」

 

 COMPに待機しておくにしても用意するのが中々に手間である。

 マッカにしろマグネタイトにしろそれ相応の量が必要だ。

 

「それは司祭様のお力なのです」

「司祭様の?」

「えぇ。選ばれた一部の者たちの力を借りて我らを護る天使様たちの降臨を手助けされていると。どのような方法なのかは私は知らないのですが……」

「そうなんですね。となるとこの地だけではなく他の教会のある区画も?」

「そのようです。とはいえ最初は今ほど天使様方も多くはなかったのですが、今ではほぼ全域を護れるほど召喚されているようですね」

「少しずつ少しずつ地上に喚ばれてきたと」

「はい」

 

 ドミニオンと顔を見合わせて、手助けというのが臭いなと当たりを付けた。

 召喚の制限が存在しているのはあくまで悪魔召喚プログラムが搭載している保険に過ぎない。

 古の時より伝わる術式を用いれば保険などなくとも悪魔召喚を行うことが出来る。

 だが当然召喚士の力量が召喚した悪魔より下であればコントロールすることはできない。悪魔としても興味のないことに付き合う気は起きないのだから。

 しかし逆に言えば悪魔と召喚士の意思の疎通さえ完了していれば、召喚士の力量が低くとも悪魔召喚を行っても召喚士に危害が及ぶことはない……かもしれない。

 結局喚ばれた存在の気分次第なのだがここは話を天使に戻そう。悪魔も天使と同じである。

 もしカオス勢力の召喚士に天使が召喚されれば当然反抗するだろうが召喚プログラムの縛りにより逆らうことはできない。

 けれど召喚者と天使の意思が同一であれば共に行くことはできる。

 気になるのは召喚・維持に必要なマグネタイトをどこから調達しているかである。

 

 また、あのドリーカドモンか? と考えた時。引っかかるのは『手助け』である。

 

 一体何を『手助け』しているのか。詳細が見えず嫌な気持ちが膨れ上がっていくのを感じた。

 

「しかしなんですな……」

 

 眉を顰めカップを机に置いた神父が言葉を探す様に言う。

 

「やはり私はヤタガラスと手を取り合うべきだと思うのです」

「司祭様やほかの方はなんと?」

「無用だ。主を信じぬ不届き者たちの力は必要ないと」

 

 「悲しい話です」と肩を落とす神父に対して。

 

「思想に違いによる溝はやはり大きいのだ」

「そうですね……」

「そもそも我らの間でもそれはあるだろう。良いことではあるが、メシア教も息の長い宗教だ。思想の違いから戒律など別れた者たちも居る」

「派閥っていうか宗派ってやつか」

 

 ドミニオンが頷いた。

 

「思想の近い我らとてそうなのだから、そうではない者たちとの和解はやはり難しい」

「それにこの国の人間だから分かるけど、一般人にとって宗教ってやっぱり『違う』と感じたことはあるよ。トリガーは二十五年前の事件なんだろうけど」

「我らと新興宗教団体は違う。と、言いたいが関係のない者たちにとってはやはり同じに感じる。か」

「学校の授業でテロとかの話になるとどうしてもその名前は出てくるからさ。メシア教が悪い訳じゃないのは勿論だけど似た組織がやらかすと色眼鏡で見るよな」

「それは私がこの国に赴いた時から感じていたことですね。色々な方々のお話を聞かせて頂く立場ですが、かつての大事件の傷跡は大きいのです」

「それを考えると今のこの状況は素晴らしい状況では? 過去の垣根を超え主を信じている。あなた方と天使の力で秩序を保っているのだから当然ですが」

 

 ここで京太郎が切り込んだ。

 外の様子を考えれば素晴らしいなどと言えるはずもないのが京太郎の視点というか価値観である。

 もしこの問いにイエスと答えればそれがメシア教徒の一般的な価値観なのだろう。もしそうなら京太郎は絶対にメシア教とは相いれない。協力なんてもってのほかである。

 

 当然彼一人のみにこの問いをするわけではないが、それでも限界はある。

 

 さて、どうなる? と様子を見ると神父は俯き思考にふけっているようであった。

 何事かと二人で首を傾げていると彼は手を組み祈る様に額に押し当てた

 

「この国で主のお言葉を伝えるようになり、五年ほどの歳月が経ちました」

 

 五年を長いと感じるかはともかく、尽力してきたのは確かだろう。

 

「宗教に対するイメージはやはり悪く、布教は難しくはありますがやりがいは感じていました。色々と質問を投げかけてくださる方もおり、そんな方ほど理解して頂けば良い信徒となられます」

「相互理解かな。理解しようとするから問いかけるわけで」

「えぇ。我らは人。主のお言葉を完全には理解していませんので矛盾と言いますか、ふとした疑問にハッとさせられることもあります。ですが、だからこそやりがいと嬉しさを感じるのです」

「……そうですね」

「少しずつ少しずつ手ごたえを感じ、信者の方も増えてきました」

「えぇ」

「あぁ――だからこそ、だからこそおかしいのが分かるのです……!」

 

 京太郎とドミニオンは顔を見合わせた。

 ふり絞る様に言葉を発しようとする神父を二人はただ待った。

 暫くし過呼吸とも思えるほどの様相を見せながらコップに入った紅茶を一気に飲み干した。

 

「主に天使様方が素晴らしいのは理解できます。しかしそれは私たち信徒だからこそなのです」

「……というと?」

「このような状況となり、私と同じ境遇の人間が天使に救われたのならば感謝をし感謝の祈りを捧げましょう」

「しかし天使に命を助けられたのなら一般人だって同じように祈るぐらいはする。というか外でしていた」

「えぇ。このような状況ですから耳を貸し理解してくださる方は大勢います。それは喜ばしいことです、ですがすべての方がそうでしょうか? このような状況だからこそ疑うのでは?」

「……そりゃぁ」

 

 感謝しつつもとある疑いを持つ可能性はある。

 つまりマッチポンプの可能性だ。何せ悪魔が出現しそれから守る様に天使が現れる。まるで物語の様で現実性がない。

 悪魔や天使の時点で現実性なんて言葉は死滅している可能性はあるが、それでも都合がよすぎるのは確かだ。

 それほどまでに現実は甘くなく、こいつらがこの状況を招いたのではないか? と、疑いの目を抱くことはあるだろう。

 しかし、外で見た人々はそうではない。

 祈り、歌い助かったのだと安堵した様相は平穏な日常を手に入れた者たちの姿だ。

 それだけではなく、日常の中に聖歌まで取り入れるほどに。

 

「私は恥ずべき人間なのでしょう。このような疑念を抱くなど私は……!」

 

 人々に教えを説くために数多の問いかけに応えてきたのが目の前の男である。

 中には答えに窮する場面もあったはずだ。それでもあきらめずに問いかけに応えてきたのである。

 それは男がこの地区の少なくない人々の理解者になったのと同時に、この地区の人々から理解されたともいえる。

 つまりは、宗教に興味のない人々に対して一定の理解を示していると言っても過言ではない。

 その男の思考と経験が語るのだ。『この状況はおかしい』と。

 

 男に対して何か言わなければならないと思いつつも京太郎に語る言葉はない。

 ならこの場において弁を持つのは天使だった。

 

「確かに私たちも外の様子を見ました。だがあなたの言うように疑う人々はいるのではないか?」

「えぇ、確かに初期には居ました。しかし今は、もう……」

「居ないとなぜ言える?」

「……ちょうどいいですね。お二方に見て頂きたい光景があるのです。こちらへ……」

 

 神父が席を立ち京太郎たちはその後ろに続いて歩いていく。

 罠にかけてくるのでは? という可能性もあるため、注意はしているがその気配はない。

 神父が少しだけ開いた扉から見えるのは京太郎たちも先ほどまで居た礼拝堂である。

 礼拝堂には数多くの人々がおり静かに祈り続けている。

 その様子を見て数分後、パイプオルガンから天にも昇る旋律が響き合わせるように人々が歌いだした。

 

『光を……祝福を……主よ……我らの罪を許したまえ……グローリア……グローリア……』

 

 歌声に耳を傾けていた京太郎は眼を見開いた。

 同様の反応を見せていたドミニオンがその原因について語る。

 

「共通言語で歌を……」

 

 言葉は理解できない。

 太古の時代に裁きとして奪われた人と人が理解しあうための道具である共通言語。

 言葉として発することはできずとも、共通言語を聞けば不思議と何が言いたいのか理解することが出来る。

 

「これが現状なのです。共通言語で歌い、一字一句間違えることなく歌い続けるのです」

 

 聖歌の内容は唯一神と救世主を称え、現世の人の罪を許せと乞い願うものである。

 京太郎からすれば称えるのは個人の思想だからともかくとして、他者に全てをゆだねるような思考を理解できない。

 しかし問題はそこではなく、本来使うことのできない共通言語を歌として発している彼らが問題である。

 歌詞を覚えるのは案外難しい。何度も反復練習を積むことでようやく覚えることが出来る。

 しかし彼らは新たな言語を覚えた上で歌っているのである。

 

 神父が近くにある窓を指さすと外には礼拝堂に入ることが出来なかった人々が居た。

 彼らも同じように一心不乱に祈り、歌っている。その光景は異質だ。

 

 扉を閉じて、肩を落とし、力なく歩いていく神父の後ろ姿から感じるのは悲壮感だけだ。

 先ほどの光景、あれから見て取れるのは健常者ではなく洗脳され歌わされている姿だけだ。

 そこにある信仰は果たして何であると言えるのか。

 

 部屋に戻った神父は力なく座り手で顔を覆った。

 

「アレが正しいとは言えません。それを司祭様に訴えました。しかし司祭様は主のご意志であると言われました。であれば私のこの考えは間違っているのでしょうか?」

「それは……」

 

 京太郎は何も言うことが出来なかった。

 京太郎自身は間違っていると断言できる。しかし下手に声をかければ彼のアイデンティティを破壊してしまうことになる。そんなこと、彼にはできなかった。

 

 そんな彼にドミニオンが言葉をかける。

 

「……その疑念を抱き、しかし貫いた者が居た」

「……はい」

「だがその結末は悲惨なものだった。本当にあの結末が主が導いた結果なのかそれすらも分かない」

「ドミニオン……」

 

 京太郎にとってフリンは敵対者でしかなかった。

 狂信者。京太郎には理解できない存在。けれどドミニオンにとってはそうではない。

 何年も共にあり、見守り続けた相手だったのだから。

 

 そして正義とは人の数ほど存在する不確定なもの。

 もし衣の命でもって世に救世主が降り立ち世界の人々を救うのだとしたら、世界の人々はフリンたちを聖者として崇め見知らぬ少女を生贄に捧げそれを美談とし、邪魔する者たちを邪教徒と蔑むことだろう。

 勝者が歴史を作り敗者を貶める。

 それを現すかの世にメシア教内でもフリンたちは聖者ではなく、主の威光を振りかざし世に厄災を振りました悪漢として貶められている。

 

「いつの世も、主の言葉を語る者たちが居る。しかしそれが真実とは限らない」

「……! まさか司祭様たちが主の言葉を意思を曲げていると?」

 

 ハッとした様子で顔を上げた。

 

「我らにそれは判断できない。しかし、汝の信じる主は何と言っている?」

「……あ、あぁ」

「私は汝に問う。彼らの、今の汝の行いは主に恥じない物であると誓えるか?」

 

 無理やりにでも落ち着けるようにカップに入れられた紅茶を神父は一気に飲み干した。

 

「……それは、それは」

「天使の中にも試す者として邪の道をあえて貫く者も居る。それは主の意思であり邪の道もまた正道と言えるだろう。そうであるならばいい……だがこの問いに悩むのなら汝は違うだろう」

「……はい。しかし私はどうすればよいのですか? 私は、私は……!」

「主に恥じない道の先。そこに祝福があるのだと私は思う」

「主に恥じない道……」

「光さす聖なる意思を感じ取るのだ。それが貴方の道しるべとなろう」

「……ああ、なんと。これが主のご意志であり私に対する試練であるならばなんと苛烈な! ですが霧は晴れました」

 

 神父は立ち上がると座っている京太郎と、ドミニオンの手を取った。

 

「貴方方と出会い、語ることが出来たこと。それこそが主の意思であると今確信することが出来ました……だからこそ断言します。アレは正しくない、おかしいと」

 

 ドミニオンは頷く。そして京太郎に問いかける。

 

「サマナーよ。我々は前例を知っているな?」

 

 少し悩んでから答えは出た。

 

「爽さんの仲間たち?」

「あぁ」

「お仲間ですか?」

「はい。彼女たちは遠方のメシア教に関連した学校に通っているのですが、それほど信心深くないにも関わらず先日突然信心深くなり、仲間の一人を置いて去ったという話を聞いたのです。俺たちは彼女から仲間たちの様子を調べてきてほしいと頼まれてるんです」

 

 爽から受け取った写真データを神父に見せるが、彼は首を横に振った。

 

「私は知りませんが、もしや彼女たちも?」

「えぇ、可能性はあるのではないかと思いました」

「そんなことを……。しかしそれならば一般人の中にではなく、修道女として我らの手伝いをしている可能性が高いですな。何せ人手不足ですので」

 

 どこもかしこも人手不足は共通する問題らしい。

 

「探す方としてはそっちであることを願いたいです」

 

 森の中から木を探すよりは、林の中から探す方がマシである。

 

「であればここではなく他を探したほうが良いかもしれません。……あなた方にこれを」

 

 神父が手渡したのは一枚の紙だ。

 そこに記載されていたのは東京に存在するメシア教の連絡網である。

 各地区の教会の連絡先と災害等が発生した場合誰が、どこに連絡するかが丁寧に記載されている。

 

「これは?」

 

 と、京太郎が問いかけると。

 

「あなた方にはきっと必要になる情報でしょう?」

「神父様?」

「あなた方が我らと意思を同じくする者たちではないというのは分かっていました。しかし気になったのです。無理に従えている訳ではなく、思想が異なっても共に歩むあなたたちを」

「最初から気づいてたのか……」

 

 受け取った紙を懐にしまいながら呟いた言葉に、神父はふふっと笑うと。

 

「――メシア」

「え?」

「ええ、最初は我らをお救いになる『救世主』として、主が遣わした者かもしれないと思ったのです。今は思想が異なっても、天使様が導いている真っ最中であると」

「安心とは違うだろうけど、俺は救世主ではないです。それはお墨付きを得てるので」

「えぇ、そうでしょうとも。しかしそれでも私にとってあなた方は確かに救い主でした。迷う私に道を示してくださったのですから」

 

 ガラリと窓があく。

 夏にも関らず周りが自然豊かなお陰か、それとも太陽の日差しが遮られているからか。心地よい風が京太郎の頬をくすぐる。

 

「思想を強制するべきではないと私は思います。しかしあの司祭様のようにそうではない者たちも同胞に居るのは確かなのです」

 

 司祭たちがそれにあたるのだろう。

 この部屋からも外で歌う人々の姿見える。表情を変えず歌い続ける彼らの前に一人の男が見え、神父の視線から彼が件の司祭であると察せられた。

 

「手助けの話を覚えていらっしゃいますか?」

「もちろん」

「手伝いとはあの司祭様が中心となって行っていることなのです」

「そりゃぁ……」

 

 この祈りを終えたのちに詰め寄るべきかと考えた。

 COMPでのアナライズ結果、覚醒はしているようだがそこまでの力はない。もしかしたら何かしらの神秘の力を持っている可能性はあるが、今の自分たちなら押し切れるはずと考えた。

 

「――この場は私に任せては頂けませんか?」

「でも」

「私のすべきことだと思うのです。それにほかの地域でも似たようなことになっている可能性があるのでしょう?」

「そう、ですね。しかし」

「私ならば問題ありません。なに、危険なことをするつもりはありませんから。そしてもし原因が主に顔向けできないことであれば、ヤタガラスに連絡しましょう。恥ずべきことですが私では対処できないでしょうから」

「もし司祭たちが貴方の信じる人でなければ対立することになります。それでも?」

「私が信じているのは神です。司祭でも、天使様方でもないのです。それに、これは試練なのでしょう、なら見たくない物にも立ち向かい、正すべきです」

「我らも人手が足りているわけではない。任せるのも一つの手だが、手助けをするのも一つの道ではある。サマナー、どうする?」

 

 京太郎はジッと神父の眼を見つめる。

 

 ――灰色の瞳が京太郎を真っすぐに見つめ返している。

 

「……人手が足りないのは本当。でも、それが理由じゃなくて信じたいと思いました。だから信じます」

「ありがとう」

「そうだ、これを」

 

 京太郎が取り出したのは幾つかの道具である。

 その中には貴重ともいえる品もあったが、ここで譲り渡すのが良いと彼は考えた。

 

「これは……ソーマにアムリタソーダですか」

「虎の子ではあるんですけど、まだ手持ちはあるしなくてもなんとかはなるので」

「……ありがたく」

 

 本来体調に異常がある場合回復してくれるアムリタという魔法と同じ効果を持つアムリタソーダだが、かといって万能という訳ではない。

 アムリタが万能的な効果を発揮するのは戦闘中における汎用的な魔法の効果を対象としているからだ。

 よって、何かしら特別な効果が付与されたりした術においては効果を発揮しないこともある。

 それでもありとあらゆる状況に対応することが出来るアムリタの効果を持ったアイテムはとても重宝する。

 

「それと貴方方の話になるのですが、次の目的地は決めてらっしゃいますか?」

「元締めの元に行くのがいいかなとは思っているけれど」

「でしたら目黒区に行くと良いでしょう。そこがこの国の教会の取りまとめ役をしています」

「目黒区――。ここに来た時も思ったけれどお金あるんだな」

「見栄は必要ですからどうしても」

「まぁ薄汚い服装で説法するよりも見た目立派な方が説得力はあるよな」

「次の目標は定まった。ならばサマナー、先を急いだほうが良いだろう」

「そうだな」

 

 礼拝堂にて一心不乱に歌い続ける人々の姿を見れば急がなければならない。そういった気持ちに駆られる。

 実際歌っているからなんだという話ではあり被害はほとんどなく、見方を変えれば強制的に歌わされることが天使の庇護下に入る条件なのならば破格の条件ではある。

 だが本当にそんな条件であるのなら、隠すことなく神父に情報伝達をしているだろう。

 

「……後は頼みます」

「お任せください……そちらもお気をつけて」

 

 帰り際に渡された神父に連絡するための情報をCOMPに登録し教会を出た。

 表は信者と化した者たちによって出ることが出来ないため、人目に付かないように裏口から京太郎たちは出ることになる。

 

 それから五分後。教会からそこそこ離れた距離に居るにも関わらず、京太郎とドミニオンの耳には人々の歌う聖歌が届くのであった。

 

 

 目黒区へと向かう道のりで京太郎はドミニオンへ問いかける。

 

「彼は、ウッドロウと名乗ったあの神父は本当に大丈夫だろうか?」

 

 その言葉は彼を信頼していないから吐かれた言葉ではなく、彼を案じたが故に出た言葉だった。

 対するドミニオンは少しの沈黙の後にこう答えた。

 

「もしあの時サマナーたちではなくフリンたちが勝利していたとしても世界は回り、安寧の時を迎えていただろう」

 

 その言葉に京太郎は何も返さない。

 

「隣人の手を取る。これはとある前提があってこその言葉だ。善き魂を持つ者に手を差し伸べろということだ」

 

 語らなければ善き魂かは分からない。

 少し語り合っても分かり合えなければ善き魂ではない。

 さらに話し合っても分かり合えない時はある。

 そうして、限界を迎えた時悪しき魂として討たれることがある。

 

 後世にて、悪名高き皇帝として名をはせた男が居る。

 実際彼にそういう面があったのは否めない。

 自分のための劇場を造り競技に自分が参加すれば自分が優勝する、今でいう八百長のようなことも行われた。

 だがしかし彼の名声を貶めた真の原因は彼自身のそれらの行いではなく、メシア教団を排除する動きに出たことにある。

 数多くの宣教師が彼の国に訪れた。それを危惧した男はメシア教団の排除を決意しメシア教団は彼を悪逆の王として認定し貶めた。

 そして勝利したメシア教団は彼の名声を地に落とし、悪逆の王としてのちの世に伝えた。

 

「それが?」

「我らが勝利し彼が生き残れば、彼が不当に貶められる事はないだろう。しかし彼が死ねば我らの勝敗に関わらず彼の魂は貶められる」

「そこだよな。善き魂である隣人は助ける。その前提を語らないから俺はあいつらが嫌いって言うか、苦手なんだ」

「だがそうしなければならないのだ。生き残った者たちの安寧のために」

 

 主のためにとはいえ人を殺して平静でいられるわけがない。

 現代においても兵たちの罪の意識を逸らすために、ゲーム感覚でサクッと殺せるように兵器は作られるという。

 だからこそ貶めるのだ。自分たちが殺した者たちは殺されてもしょうがない奴らであったと。

 

「彼の安否の行方は正直分からない。しかし、我らが勝利せねば彼に安寧は確実に訪れないのは確かだ」

「勝利か。いいのか? そんなこと言って」

「少しだけ、答えが見えた気がするのだ」

「答え?」

「私も彼と同じだ。私の中の主は人々を洗脳することを良しとしない。……そう、信じたい」

「……そっか」

 

 唯一神が何を考えているのか。

 それは唯一神と会話をしていない以上京太郎たちには分からないことである。

 だから信じるしかないのだ。自分たちの行動は唯一神の意思に背いていないのだと。

 

 だがそれは。

 

「辛いな、それ」

 

 もし万が一違っていれば唯一のアイデンティティが崩れることを意味する。

 どんな存在でも存在意義がとも呼べる柱が崩れるのはつらいことだ。

 だがかといって彼らの行動を見過ごすことはできない。

 それがドミニオンたちの支えを砕く結果になったとしてもだ。

 

 それから二人は会話をせずただ目黒区へと向かった。

 

 その道中とある者たちに出会ったが、それもまた一つの定まった運命だったのだろう。

 空を駆けるように跳ぶ京太郎の行く先を塞ぐように電撃が落ちた。

 少々驚いたが当てるつもりのない攻撃に少々の警戒心を覚えつつその原因である者たちに近づいた。

 

 廃墟の中で奇麗な机と椅子に座りお茶を楽しんでいる者たちが居た。

 それは一人の老婆と彼女に付き従う執事の姿をした男だった。




P5Rについて

12月でコープほぼコンプしたので無印より楽になった感じだったのか? と疑問に。運命コープはもちろん多用しましたが、マッサージはあまり使ってないです、
追加シナリオに関しては大体予想通りだった。思想がわかりやすいし。バトル面はやっぱ義経対策してきやがったなと。その分クソザコだった閣下がまともになったおかげで活躍しました。ただ倍率上昇効果を上げる特性はダメでしょ。
大神は使わなかったです。それならクリア後の作れるようになるあっちもっと強くして欲しかった。


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