デビルサマナー 須賀京太郎 作:マグナなんてなかったんや
P5Rの発売やswitchでの新作とかは嬉しいけど真5はまーだかかりそうですかねぇ。
京太郎が生身で空を飛ぶのは何も初めてのことではない。
異界の行動手段の一つとして仲魔の背中に乗るなどするのは何も珍しいことではないからだ。
付喪神や都市伝説が形となって飛行機などが悪魔化する可能性もあるとのことだが、まだ確認されていない。
「嬉しいことだとは思うんだけどなぁ」
生身で空を飛ぶのは人類の夢の一つだろう。
それが叶っている状況だが京太郎が微妙な表情をしている理由は唯一つ。
「これが最も楽だろう?」
「そうだけどさ、クソダサい」
ドミニオンに抱えられて空を飛んでいる事にほかならない。
いい歳した青年が後ろから抱きかかえられている絵面は正直言ってあまりよろしくない。
しかし地上を歩いては多くの悪魔と遭遇する可能性があり、真っ直ぐに進むことができる空を道として選ぶのは間違っていない。
時折現れる悪魔も現状では京太郎の電撃とドミニオンの聖なる浄化の力があれば敵ではないことも理由の一つだ。
空の空気は地上よりも冷えており、これが冬であれば空の移動を躊躇っただろうと思わせる。
「ドミニオン!」
「分かっている」
眼の前に現れた羽根を持つ悪魔に対してドミニオンの、浄化の力を高めたマハンマが発動する。
悪魔の周囲に光をまとった札が現れ、包み込み次の瞬間には消滅していた。
「サマナーよ」
「了解!」
それでも確率による即死効果が必ずしも成功するわけではない。
京太郎が出現させた水がその勢いで持って悪魔を切り裂いた。
「思ったよりも悪魔の数が少ないのはアレが理由か」
京太郎の視界に入ったのは悪魔を打倒している天使である。
アークエンジェル、パワー、ヴァーチャーの姿が見え、『ドミニオン』は見当たらない。
悪魔と戦っている姿だけを見れば人に危害を加えるようには見えないが、実際のところは不明である。
また彼らが京太郎に対して危害を加えようとしないのは、ドミニオンを従えているのと悪魔を倒している姿を見ていたからだろう。逆に手を上げて挨拶さえしてくる程だ。
「……なんだあれ」
たどり着いた目黒区の現状を見て京太郎が呟いた言葉がこれである。
「俺目黒区なんて来たことなかったけど元々こんなえっと、ファンシー? 趣味が悪い? 土地なのか?」
「私も実際に知っていた訳ではないが、言わせてもらう。そんなわけがないだろう」
彼らの目に映っているのは先進国の首都に属する区域として名を連ねている地域には見えなかった。
コンクリートで出来ていたビル群は黄金色に変化し、舗装されていた道々には木々が生い茂っているが、人の歩みを邪魔しない様に管理されているように見える。
極めつけは地上から空中へ伸びる光の道がそれほど高くない高度に位置する雲の上に伸びている。
雲の上には地上と同じく黄金色の建物が存在しており、そこで暮らす人々の姿が垣間見える。
「これじゃまるで異界じゃないか……」
「異界で間違っていないかもしれん。人々に信じさせるため神の奇跡の一端と称してて変化させた可能性はある」
「それ事件解決後に解除しても大丈夫なのか?」
「……雲の上に居る者たちは落ちて死ぬだろうな」
「……やっぱり」
また対処する事案が増えたことに苦笑いを浮かべたが、対処するのはヤタガラスだからいっかと投げ捨てた。
京太郎たちはその後人気の少ない河川敷に降り立った。
流れる河の水は首都のものとは思えない程に澄んでおり実際手ですくって匂いを嗅いでも普通の水の様に思える。
木々が風に揺れ、鳥は優雅に飛び人々は白い衣羽織って外の世界は知らぬという様に穏やかに過ごしている。
京太郎は歩いていた女性に話しかけここが目黒区のどのあたりなのかと問いかけた。
しかし女性はここは既に目黒区ではないと答えた。
そして遠くない未来目黒区だけではなく東京全域がそうなるだろうとも。
ここは先駆けの地。
何れは世界が至る千年王国の前触れなのだと胸を張って言うのだった。
*** ***
「千年王国かぁ」
女性の後ろ姿を見送りながら京太郎は呟いた。
自身を選ばれた民であると語る女性に若干引きながらも同時に覚えたのは恐怖である。
元より選ばれし人間なんて思ってはいなかったはずで、それが昨日の今日で考えが変化したのだとしたら恐ろしいことこの上ない。
ちなみに千年王国とは神と、神に選ばれた救世主が統治する理想世界の事である。
争いや病で死ぬことのない世界と言われているが、問題はその先ある終末の日なのだがここでは省略しよう。
「ミレニアムワンか」
「フォーまであると言っていたが、恐らくは目黒区、渋谷区、足立区、品川区がそれぞれ番号が振られているのだろう。どれがどれかは分からないが」
「でも渋谷区はこうなってなかったし、聞いてもいないけど」
ウッドロウが黙っている意味はなく、語らなかったという事は知らなかった可能性が高い。
例え京太郎を騙すためだったとしても、いやそうであればこそミレニアムと呼称していただろう。
「恐らくは目黒区が最も計画に先んじているのだ。故に名を変えても反発は少なく、各区域も計画上は番号が振られているがまだその段階ではないのではないか?」
「確かにこれからこの区域はミレニアムなんやらです! とか言われれば普通は? ってなるわ。でもそれさえ出ない状況ってこと? ここ」
「……うむ」
「いやいやだいぶやばいぞこれ」
メシア教が何を企んでいるかは現状不明である。
しかしゴトウたちの目的が強い国を作ることであるならば、国を脅かす……いや、侵食する天使たちの行いは許さないはずだ。
「何とかしなければ帝都で戦争が起きる可能性がある」
「今も似たような状況だけどな! 戦争じゃなくて一般人の虐殺だけど。でもそれにメシア教が加わるのは勘弁だ」
「しかしだ。この様に大それた計画をたてた者は天使の中でも上位に位置するか。まさか四大天使たちが……」
「四大天使?」
聞き覚えのない単語に京太郎は首を傾げた。
「秩序に属する者たちの中でも最も過激な思想を持つ者たちだ。主を信じぬ不届き者たちには裁きを下すべきだと主張している」
「うっわ、なにそれ。しかも主張していたじゃなくてしているってことは現在進行形かよ」
「恐らくヤタガラスが最も警戒しているのも彼らと、彼らに影響された者たちだ。だがそれを考慮しても仕方がない」
「……そうだな。取りあえずヤタガラスに目黒区の現状を伝えてから情報収集を行おう」
ミレニアムワンと呼ばれている現状の目黒区を写真に収めて、軽い状況説明を記したメールを大沼たちに送付してから情報を集め始めた。
最初は手分けして情報収集を行う予定だったのだが、結論から言えばうまくいかなかった。
京太郎が怪しまれたとかそんな理由ではない。
目黒区の人々による全員から来る勧誘活動がそれを阻んだためである。
自分たちを助けてくれる天使たちと、天使たちが崇める神がどれだけ素晴らしいかを説き、選ばれし民となろうと言うのである。
そうして一時間後、何とか話を聞こうとするも善意故の行動が京太郎の言葉に耳を貸すはずもなく目論見は潰えた。
しかしだからと言ってドミニオンが居れば万事うまくいったわけではない。
話を聞く前に毎回感謝の言葉と祈りを捧げる彼らの行動を待つ必要があった。
それでも京太郎一人で情報を集めるよりは効率が良いのだから、その手段を選ぶしかない。
「あー、善意の行動が嫌いになりそう。疲れる……」
「善意をないがしろにする人間は……」
「分かるさ! でも時と場合で、今は有難迷惑だ」
げんなりしつつ、何とか話を聞くことが出来たが目的となる情報は得ることが出来なかった。
陽が沈みつつある時間帯であり、夜は悪魔たちの時間である。戦闘態勢で居れば死ぬことはないが悪魔たちの時間を過ごすメリットは少ない。
そろそろ国際フォーラムに帰還するかとドミニオンに声をかけようとした時、二人に声をかける男が居た。
「こんばんは」
「……? こんばんは」
その男は『白かった』。
服や肌が真っ白なわけではない。それでも受ける印象が清潔であり、汚れとは無縁なそんな存在だと感じさせられる。
「申し訳ありません。御節介かと思ったのですが、お二人は今日泊まる場所が無いのかなと思いまして」
「えぇ、まぁ、そうですね」
「もしよければ私もお世話になっている孤児院に身を寄せませんか? あぁ、こう言われても怪しいですね」
訝しむ京太郎の視線に気づいた男は続けて言った。
「これは私たちにもメリットのある話なのです。今孤児院には必要最低限の人も居ないのです。子供たちも現状を不安がっていて、天使様が傍に居れば彼らも安心できると思うのです」
「人が居ない?」
「この状況ですから小より大を取ったのでしょう。それにしても褒められることではありませんが」
「そういう理由であれば……いや、でも」
子供たちの為ならばと思う気持ちと、気を付けろ相手はメシア教に属する人間だと警告する思考に板挟みとなり即決できないでいる。
そんな京太郎を後押ししたのはドミニオンだった。
「……サマナー。彼ならば問題はない」
「知ってる人?」
「……知っている。だが……」
ちらりと白い男を見たドミニオンは口を噤んだ。
笑顔は威嚇の様なものと言うが、笑顔がまだ語るなと雄弁に語っていた。
「……そうだな」
京太郎はドミニオンと契約をしている。
その気になれば契約の名の元に口を割らせることは簡単である。
しかし……。
「分かった。俺はお前を信じる」
「……すまない、サマナー」
口を割らせるよりも、信じることを選んだ。
申し訳なく頭を下げるドミニオンに「何時も迷惑かけてるしこれぐらい気にするな」と返して、ふと白い男の顔を見ると笑顔なのは変わらないのに何処か柔らかいものに変わっていることに気づいた。
「話も決まりましたし、ご案内します。ですがその前に」
白い男は京太郎に右手を差し出した。
「私は現在エメラルと名乗っています。そう呼んでください」
「須賀京太郎です。紹介せずとも知っているみたいですがこっちはドミニオン」
「はい。よろしくお願いします、須賀くん」
「……彼はメシア教の人間ではない。しかし信じるに足る人間ではあります」
「それは先ほどの様子から見て取れました。同じ道を行く方ではないことを残念に思いますが、手を取り合える関係ならばとても素晴らしいですと思いますよ」
メシア教の人間ではないことを明かしたドミニオンを訝しみつつも、バレていたようならまぁいいかと結論付けた。
その分目の前の男の正体が気にかかるが、今は信じろと語るドミニオンを信じ孤児院へと向かった。
*** ***
孤児院は少し歩いた人気の少ない立地に建てられていた。
子供たちが走って遊べるだけの立地は確保しているようで、自然に囲まれた建物を見れば中世の時代に迷い込んだと錯覚させる。
敷地内に足を踏み入れると妙齢の女性の周りに居た子供たちの視線が京太郎たちに向けられた。
「おかえりなさいー!」
「お腹減ったー! エメラルさん帰ってきたしご飯食べよ!」
「あれ? その人だれって、うわ、天使さまっ!?」
一瞬で集まった子供たちはエメラルとドミニオンの元に駆け付けた。
ドミニオンの横に居る京太郎は押しのけられる形になるが、別に嫌な気持ちになることはなく元気だなと微笑ましく見ていた。
「待たせしてしまってごめんね。紹介しよう、天使ドミニオンと、彼と共に戦っているデビルサマナーで、須賀京太郎と言うんだ」
デビルサマナーと紹介することに眼を見開き、その間にもエメラルは話を進める。
「シスター。私は彼と話があるんだ。夕飯は別室に用意してくれるかい?」
「分かりました」
「それとドミニオン。貴方にはお願いがあるのだけど……」
「……サマナー」
「いいよいいよ。むしろ頑張れ」
「う、うむ……」
子供たちに引きずられるように去るドミニオンを見送った。
「ありがとう。さて、私たちも行こうか」
エメラルの案内で通されたのはごく普通の部屋である。
大きくはない机に二つの椅子がセットされており、普段はここで子供たちの保護者役が話し合いをしているのだろう。
京太郎とエメラルは椅子に座り、少し落ち着いたのちに最初に言葉を発したのはエメラルだった。
「この状況でも元気な子供たちの姿は良い物だね。一時的に身を寄せている立場だけれど元気づけられるよ」
「この孤児院の人間ではないんですね」
「立場上こうして一か所に留まることが少ないんだ。何せ世界は広いからね」
数度ノック音が聞こえ入ってきたのはシスターだ。
シスターが持っているお盆には食欲をそそるシチューとパンの香りがした。
机の上に置かれた料理を見て、京太郎はありがとうございますとお礼を言った。
「いえ。こちらこそありがとうございます。塞ぎこみがちだった子供たちの笑顔がかえって来ましたから」
「それは良かった。まぁこき使ってやってください。それぐらいの体力はまだあるだろうし」
「まぁ」
京太郎の言葉を冗談だと思ったのか手を口にやってくすくす笑うシスター。しかし京太郎はガチだった。
部屋からシスターが居なくなって、エメラルがデビルサマナーと紹介した理由を語りだした。
「この孤児院に居る子供たちは様々な理由でここにいるわけですが、共通して言えるのは本来受けるべき愛情を知らないということです」
「……愛情を知らない?」
「捨て子、虐待、理由は様々です。あの子たちの中には自分に生きる価値なんてないとそう言い切る子も居ました。あの子たちに非はないというのに」
壁際の机の上に置かれていた本を京太郎の目の前に置いた。
何の本だろうかと少し目を通し、少々覚えのある文章が並んでおりそれが聖書であることが分かった。
「あの子たちに自分は愛されているのだと教える必要がありました。そして私たちは主に使える者です」
「聖書の言葉を引用したと?」
「そう聞いています。しかしやはりと言うべきか神の存在を疑う子たちも居たのです」
「天使を見せて信じさせた、と?」
「褒めることのできる手法でないのは確かです。しかしあの子たちの護るために遠からず裏について知るのは必要だったのは確かです」
「……ここがメシア教が管理している孤児院だから、ですか? 悪魔が襲ってくる危険性があると」
「預かった子供を利用して悪事を行えば、この孤児院を営む者たちも少なくない傷を負うでしょう?」
子供たちを惑わし、誘惑し、実際に子供たちが悪事を働けばそれだけでいい。
事の成否なんて関係なく、それだけで悪魔の目的は達成される。
保護者も子供たちも護るためには話しておいた方が良いのは確かである。
「必要が無くなれば記憶の封印は行いますし、メシア教徒として生きるならば子供のころより得た知識は力となりましょう」
「出来れば後者を望む部分はありそうですけど」
「そう考えて居る者は確かに居ますが、根源は子供たちのためだと私は信じています」
良い宗教の使い方ではあると、京太郎は思った。
何かしらの支えがなければ生きていけない人間は居る。
それが親か、兄妹か、友か、恋人か、はたまたお金だったりするのだろう。
生きる支えになるのであれば宗教も悪くはなく、悪いのは思想の過激化と教えの悪用化である。
「ところで、須賀くんがここ、目黒区へ来た理由をまだ聞いていませんでしたね」
「えっと実は探している子たちが居るんです」
COMPに表示した画像をエメラルに見せた。
「ふむ、彼女たちは?」
「真ん中に映っている子の友人たちです」
「……何やら見覚えがありますが」
「たぶんテレビとかじゃないですか? 高校の麻雀全国大会の参加者です」
「あぁ! なるほど、時間がある時に少々見ていましたからそれでですね」
「それでつい先日なんですが、突然麻雀なんてどうでもいいと言って今まで見せたことのない信心深さを見せたと」
「それは、また」
「偶々俺も見ていました。俺の印象だけで言えば彼女たちはメシア教の人間と言ってもおかしくはなかったです。でもこの子曰く普段は神や天使とか聖書とかカッコいいよね! とかそんなノリぐらいでしかなかったようで」
「ノリですか」
「ノリです」
自信をもって断言された言葉に、エメラルは苦笑した。
果たして信じる物をノリであると言われた彼の心中はいかに。
「思うところはありますが置いておきましょう。では彼女たちを探してここに?」
「それも。と言うべきです。元々の目的……えっとメシア教が何を考えているのか探るのと彼女たちを探す場所が一致したと言えます」
「外の人間であればココで管理されているのではないか。そして、企みを探るならば中央へと言うことですね……分かりました。私の方でも少々探ってみましょう」
「その、良いんですか?」
「思考の誘導など言語道断です。それにこの状況が異常なのは分かっていますし、本来なら立場関係なく手を取りあい、一致団結して事件を解決すべきなのですが難しいですね」
「……そうですね」
京太郎としてもメシア教の人間と居ることに抵抗がない訳じゃない。
メシア教が衣たちに行ったことを考えれば許せないのは当然で、あの事件の結末も結局はトカゲの尻尾切りであり将来に多様な事件が起きる恐れはある。
なにせ事件を画策した本来の黒幕たちは今もまだメシア教の中でのうのうと暮らしている。
だが、かといってメシア教のすべてを否定する必要はないとも思っている。
京太郎がそう思えるのもドミニオンがこれまで共にいたからこそだろう。
けれど。
「現状においてメシア教と外の方が手を取り合えると、そう思いますか?」
その問いかけには軽々しく頷くことはできない。
「難しいです。その、つい数ヵ月前にもメシア教がやらかしているのをリアルタイムで体験しましたし、他のサマナーもそういった話は聞いているでしょうから」
手を組む難易度という意味では実際のところガイアに比べればメシアの方が容易いのは事実である。
しかしガイアは分かりやすく、メシアは何をするかわからんという問題がある。
京太郎としてもドミニオンが居るお陰で、少しは印象を和らげているがそれでも龍門渕での戦いを忘れることはない。
「それを言われるとまた……。しかし現実はそうなりますか」
頭を抱え本気で悩むその姿に、この人はこういう立場というか立ち位置なのだろうと確信した。
周りの突飛な行動に悩まされ続けているのだろうと何処かの爺さんを思い出した。
「ただ、組織と組織は難しいかもしれないけど個人であれば別だとは思っています」
「……そう、言ってくれますか?」
「ははは、何せ現在進行形でそうしてますし」
立場も立ち位置も何もかも違っていても。
最終的な目的地が違っていても、途中までならば行くことはできるはずである。
「あぁ、確かにそうですね」
「俺と仲魔たちだって同じです。もしかしたら道を違えるかもしれないけど、それでも今は同じ道を行けます」
「……ふふ。ならば今は同じ道を行きましょう。その為にも同じ小目的をこなすことにしませんか? そこそこ大変な仕事です」
時計で時間を確認した。
時刻は20時を少し超えたぐらい。大人にとってはこれからが本番の時間だが……
「子供たちをお風呂に入れる時間でして。皆さん元気なのでシスターだけでは大変なのです」
ぽかんと口を開けて軽く驚く京太郎だが、その提案に少しだけ笑いながらこう返した。
確かにメシアは分かりにくい。しかし子供をお風呂にいれるのに何かをするとは思えない。
「これぐらいの手伝いなら喜んで! っていうか、こっちは探し人についてお願いしてる立場なんで断れないけど」
「そちらも任せてください。本当にあいつらは……」
小さく呟かれた言葉は京太郎の耳に届くことはなかったし、聞くことが出来ていてもそれを問うことはできなかっただろう。
既に力なくソファで項垂れていたドミニオンを見て状況を察し、子供たち全員を風呂に入れて寝かせてからは京太郎も同じ状態になったせいである。
それでも何とか寝る前に今日一日に得た情報をまとめてメールに記載したあと、大沼宛に送ることは忘れなかった。
状況が動き出したのは次の日だ。
朝早くに子供達の声で起きた京太郎は洗面所で顔を洗っていた。
勢いよく開かれた扉に面食らいつつも、入ってきた男の子にどうしたのか声をかけた。
「どうしたんだ?」
「兄ちゃん、来てくれよ! 空、空に!」
「……空?」
タオルで顔を拭いて孤児院の外に出た京太郎の眼に飛び込んできたのは、空に映し出された映像である。
果たしてどうやって映しているのかは不明だが、問題はその内容だ。
数十人の人々がギロチン台に首を固定され、口には猿轡が取り付けられている。
当然必死に逃れようと固定されている人々は抗おうとしている様子が見受けられるが、普通の人がこの状況から脱することが出来るわけがない。
嫌な予感が込み上げてくる中、映像に一人の男が現れた。
厳つい出で立ちをした男の名はゴトウ。
中央に配置されたギロチン近くまで歩いた彼は口を開いた。
『私の名はゴトウである!』
有名な政治家なのだから日本に住むほとんどの人が彼を知っているだろう。
それでも自身の名を名乗った。それはこれから続く言葉を宣言するためである。
『悪魔がこの東京を闊歩し、数多の人の命が消えた。なんとも悲しい話である……しかし! 同時に強い輝きを放つ者たちが現れたのは大変喜ばしいことである!』
身振り手振りで、言葉だけではなく全身を使い感情を表現している。
『その輝きはこの国を護る力の一つとなるのは間違いないののだ! しかし諸君、君たちは気になっているであろう、此度の事件を引き起こした犯人は誰なのかと』
それを告げようとした時邪魔をするように呻いたのはギロチンにセットされた男だ。
別に言葉を遮るつもりはなかったのだろうが、思いのほか男のうめき声は響いた。
ゴトウは邪魔をするなとでもいう様に胴体を全力で踏みつけた。
『がふッ』
四つん這いの体制で手ではなく、固定された首で身体を支えている状態だ。それで胴体を踏みつけられれば首に全ての衝撃がいく。
痛みもそうだが、首が絞められているようで空気を求めるようにあがいている。
数分踏み続けていたゴトウは男から足をどけた。
『此度の事件を起こしたのはこの私である! しかし勘違いしないでほしい! 私は決してこの国に弓を引くような真似をするために事を起こしたのではないと! その証拠が彼らである!』
再び男が踏みつけられた。
痛みから当然声を上げるがそれでも助ける者はいない。
『彼らは国敵である! 民を煽り、扇動し、情報を盗み! 諸外国のスパイたちである!』
ゴトウはギロチンの刃を固定しているロープを掴んだ。
『私はこの国に仇名す者を決して許すことはない!』
力強く握りしめられたロープは摩耗し少しずつ千切れていくのが音で分かる。
『ンー! ンー、ンー!!!』
そもそもゴトウがこの様子を晒したのは死刑宣告を行うためである。
そして先ほど踏み続けていたのは、ヤタガラスが察することを期待してのことだ。
実際この光景を見て、彼らが『何』であるかを理解した大沼はすぐさま指示を出しあからさまに動揺した者たちをピックアップしろと命じた。
そして先ほどの死刑宣告により尻尾を出した者たちは既に記録されている。
『このような状況に陥れた分際の私が何を言うと責めるだろう。しかし! それはこの国にとって必要な血だった! 流れた血に、悲しみに、不要なものなどありはしなかった!』
その言葉と同時にロープから手が離された。
ギロチンの刃は自由落下し男の首へと向かっていく。
その結果を京太郎たちが見ることはなかった。空に映されていた映像が消えたためである。
しかしそれでも、ギロチンが最後まで落ち切ったのは理解したのは響くような音が聞こえたためだ。
『再度宣言しよう。私の行いは全てこの国の未来のための行動であると! この国に仇名す存在を私は決して許すことはない!』
ゴトウは最後にこう締めくくった。
『東京に残る国賊よ! 心せよ。次は貴様らの番だと!』
その言葉を最後に音声も切れた。
それでも暫くの間空を見上げて立ったままだったのは先ほどの映像がそれほど衝撃的だったからだ。
京太郎としては目立った行動をしてくることに対する驚き故にだったが、震える子供たちは違う。
隣にいる男の子を安心させるように頭をやさしく撫でながら、それでも暫く空を見上げ続けた。
*** ***
同時刻。ウッドロウが司祭たちの動きを掴んでいた。
渋谷区の教会では早朝に定例のミサが行われる。祈りと聖歌を歌ったあと司祭は『手助け』を行ってくれる者たちを募った。
手助けに参加することを賛同した者は多くいたが、司祭が選んだのは年齢など一見すると共通した関係性を持たない数人の男女であった。
選んだ人々を一か所に集め、人々が解散した後に司祭が一人彼らの案内を行い、ウッドロウはその後を付けた。
「ここは……」
司祭たちが足を踏み入れたのは教会近くにある立ち入りが禁止された森である。
森というか林事態は教会の近くに存在はしていたのだが、事件後にまるで急速に成長するように他の家々さえも巻き込み成長を遂げ今では林ではなく森となっていた。
教会近辺に関しては景観の意味もあり少々伐採と整理を行ったが、禁止された森の深奥は勿論その近辺は手付かずである。
異常成長とも呼べる現象を目の当たりにしウッドロウを始めとした者たちは、禁止にしたのは何があるのか分からず危険だからだ。と判断したのだが司祭の様子を見ればそれが誤りだと悟れた。
ウッドロウにとって幸いだったのは森が管理されていないから、太陽の日差しさえも遮るほど暗くいつの間にやら住み着いた動物が存在するおかげで追跡技術が素人であっても不審に思われなかったことである。
また森に悪魔の気配がないのも幸いした。
もし悪魔がいれば戦闘になり否応なく戦いになっていた可能性があるが、そうはなっていない。
そうして十分ほど歩いただろうか。
唐突に森が開け光が差し込む場所に辿り着いた。
まるでそこに木々が生い茂ることを許さないとでも言うように、不自然に広がる領域の中央に天へと延びる土の台が存在した。
司祭たちは設置された木々で出来た階段を一歩ずつ踏みしめるように登っていく間に、ウッドロウは彼らから見えない位置に陣取りなんとか会話を聞き取ろうと集中する。
その甲斐があり司祭の声がウッドロウの耳に届く。
「……ああ、我らが父よ、光そのものたる大いなる存在よ。今貴方様のお膝元に還る者たちがここに居ます」
虚ろな表情でローブを脱ぎ去った男女は衣服を纏っていない所謂全裸であった。
「今ここに人の罪を許し、そして我らに永遠の安息を与えたまえ……」
天を仰ぎ司祭が言葉を紡いだ時『手助け』のため集められた人々は天より降り注ぐ光を浴びた。
太陽が陰っている中で目も眩む光が降り注ぐのは自然現象的にありえない。
眼が潰れるほどの光が発生する中それでもなんとか見続けようとするウッドロウの瞳に男女に共通するある点に気づく。
「何かの痕が……?」
ウッドロウがそれに気づくことが出来たのは眩い光の中で、最も光り輝いている場所がそこだったからだ。
流石に眼に限界が訪れ空から地上へと視線を移動さえた時彼らを中心に陣が描かれていたことに気づく。
そうして光は収まり、再び空を見上げたウッドロウの瞳に映ったのは赤い鎧を纏った天使たちの姿だった。代わりに男女はどこにもいなくなっていた。
「おお、主よ貴方様の使いを地上へと送って頂き感謝いたします……」
天使たちに跪き祈る司祭の姿と声を聴き無意識に一歩下がってしまった。
それを聞いた司祭と天使たちの視線はウッドロウへと注がれ。
数分後天使たちは空へと飛翔し司祭は元来た道を歩いて帰っていく。
ウッドロウが居た場所には赤い液体と人であった何かが置き去りにされた。
何かはもぞもぞと動いて、懐から何かが落ちて転がっていく。
必死に手の様なものを伸ばすものの、そのような力は既になくそれは力なく地面へと崩れるように倒れた。
少しの風が吹けば消え去るような声が辺りに響く。それは問いかける言葉だった。
「まちがっ、ぃ、でしょ、ぅか……? 神よ、見捨て……」
あとは同じ言葉を繰り返すだけだった。
決して間違ってはいないはずの自分の終わりがなぜこれなのだと問いかけ続ける。
その言葉は天に届くことはなく、ただ転がったなにかが陰る光に照らされ輝くだけだった。
タイトルの日付正しくは2日目~3日目が正しいけど日付跨ぐよって内容少し分かるのが良いのか悪いのか悩む。