デビルサマナー 須賀京太郎 作:マグナなんてなかったんや
目黒区に結界を形成していた薄墨初美が突如として叫び声を上げた。
「ギャー! 一体何事ですか―!?」
結界維持のための力だけは途切れさせぬように、近くのビルの屋上に移動した彼女の眼に目黒区の中心部にクレーターが発生していたのが見えた。
「んんんん……??」
クレーターの中心部に居たのは見慣れた、とまでは言わないが、左手にガントレットを付けた少年であり、少年は天使と悪魔とともに不自然に無事な地域に向かって走り出した。
残った三体の悪魔は倒れている人間を連れ初美が居る方へと移動を始めると同時に道中の光の柱に攻撃を仕掛けだした。
光の柱の意味を初美は知っていた。だからその意味を理解し顔が真っ青になった。
一瞬ダークサマナーになったのか。とも脳裏によぎったが、それだとすると天使と行動をともにしているのが理解できないし、天使と協力したのなら天使の邪魔をするのはおかしい。
だから考えられるのは一つしかない。もはやそうするしかないのである。
そしてそれを単独で決意した京太郎に対して同情した。その選択を取る重さはよく分かるから。
そうこうしているうちに、人を連れた悪魔……オメテオトルが初美の前に姿を表した。
「念の為確認するがワシ等を襲うつもりではあるまいな?」
「こっちこそ念の為ですよ―。……そうするしかなかったんですよね?」
「そういうことじゃ。この子らはそうじゃな、言わば最低限の意地とでも言うべきか。約束は必ず果たすという執念の産物じゃよ」
と言っているうちに、スパルナが連れてきた四人の心臓を潰した。
「は?」
「伊達や酔狂ではないわ。しばし後に蘇生させる」
「……あぁ、そういうことですねー。なんといいますか……そうですね、状況を聞かせてもらってもいいですかー? ちなみにヤタガラスには連絡したのですかー?」
「あぁ! ヤタガラスなんてものもあったのう!」
ケラケラと笑う悪魔を前にしてぽかんと間抜けに口を開けて、その意味にすぐさま気がついた。
「れ、連絡してないんですか!?」
「しとらんよ?」
「じゃ、じゃあ一人で人々を殺すことを決断したと……」
「そうじゃよ。しかし変わらんじゃろ? ヤタガラスに連絡したとて結果は同じ殺せ、じゃし」
「いや、でも! それは免罪符になるですよ―!!」
もしヤタガラスに連絡をしていたとしたら大沼秋一郎は京太郎にこう言って聞かせたことだろう。
「もはや殺すしか手はない。お前は俺たちヤタガラスと契約をしただろう? 事件を解決すると。その契約に乗っ取り、俺たちヤタガラスが命ずる。殺せ」
と。そして。
「こうなるまで事態をつかめなかったヤタガラスに責はある。恨むのなら俺たちを恨め、お前に殺せと命ずる俺たちを」
それは少しの救いだ。
何も考えずに仕事だからと、殺さなければいけないと脳死させることにより罪悪感を薄れさせる。
多くの軍隊がそうであるように、京太郎にそう言って手を伸ばし背中を支えたはずだ。
「ならもしかしてお前の甘言に誘惑されて。もしくは天使に……」
様々な可能性を考えるが、それをオメテオトルの笑い声がかき消した。
「そんな救いなぞサマナーに選択させるものか! 大体つまらんではないか、命令だから仕方がない……などという理由で選択をするとは! であればまだワシの考える通りに、もしくは天使の甘言に乗るほうが面白いわ!」
「じゃ、じゃあ……」
「すべてを背負うと言っておったよ。成り行きからの出会いであったとはいえ、ここまで人が面白いとは思わんかったわ! 罪なき同族を殺すことを選択し、本来であれば天使というカテゴリで嫌ってもおかしくない者たちと死ぬかもしれん戦いに身を投じる。なんと素晴らしい光景であったか。本来であれば光を忌み嫌うワシが見惚れるほどじゃったわ」
「な、な、な……!」
「故にサマナーの願いは叶えんとなぁ。面白いものを見せてもらったのだから、些細な願いぐらいは叶えさせたいと思わんか?」
「分かった、ですよー……。ヤタガラスもきっと須賀さんの願いを無下にはしないはずですから」
なんて悪魔を仲魔にしていたのかと初美はげんなりすると同時に、京太郎に対して罪悪感を抱いていた。
京太郎のとった過去の行動が今回の事件を引き起こした一つの理由となったことに、霞が多少の敵愾心を抱くきっかけになったことを知っていた。しかし今回はどうだろうか。小蒔の捜索から端を発した依頼から京太郎は取りたくもない行動を取る羽目になった。
先程の京太郎に関する情報と同じ様に、初美たちに関しても言い換えることができるだろう。
初美たちがしっかりと小蒔を護ることさえ出来ていれば、今回の事件は起こらず京太郎は今回の行動を取ることはなかったはずであると。
「……謝るべきは、過去を省みる必要があるのは私たちかもしれませんよ……霞ちゃん」
*** ***
戦いが始まり、異変に気付いたのは京太郎だった。
ウリエルに振り下ろしたはずの刀がまるで意思を持つかのように、天使の身体を避けたのである。
垂直に振り下ろされたはずの刀身がいきなりそれるのだから京太郎の身体は大きくバランスを崩した。
当然大きな隙を晒すことになるのだが、その奇怪な現象にあっけにとられたのは大天使も同じであった。大きな隙をつこうと動くのに一歩遅れた時には、猿の悪魔のもつ如意棒が襲い掛かった。
「サマナー!」
「ごめん! くそ、なんでだ!?」
困惑したまま後ろへと下がった京太郎を見て大天使は大きな笑い声をあげた。
「ふ、ふふ。そうか! 混ざっていたが故に気づかなかったがミカエルの力が宿った刀か!」
ハッとしたのは京太郎だ。彼の持つ刀は元よりフリンのもつミカエルの槍を元にして作成された物である。
打ちなおす際に大天使の力は薄れたが、それでもミカエルの力は多少なりとも残っている。それが大天使に反応したが故の反応だった。
「……大丈夫ですか?」
「関係ない。元々素手で戦ってたんだ」
足手まといとも言える刀を放り投げ捨てると、その手に拳銃を持った。
素手で戦って約一か月。刀を持ち始めて約一か月。習熟度で言えば使い慣れた拳のほうが上であるのは当然の話である。
ステゴロで駆けだそうとした京太郎だが出鼻を挫いたのはウリエルの炎の剣である。
セイテンタイセイの腕を斬り飛ばし、炎が壁が京太郎たちへと襲い掛かる。
京太郎は吹き飛ばされたセイテンタイセイを回収しつつその場から回避し、回収した猿を後方にいるドミニオンの元に投げ捨てた。
京太郎がこのような行動を取っている間に、ウリエルに切迫したのはマンセマットであった。
万能属性の暴力がウリエルに襲い掛かる。
それはメル・ファイズと呼ばれる彼しか行使できない魔法であり、並の悪魔であればその一撃で灰すらも残らず消え去るだろう。
しかし相手は並の相手ではない。
殲滅天使の異名を持つウリエルは手に持った剣をふるう。それだけで魔法は一刀両断され消え去った。
近接距離へとなり、本来であれば有利を取れるのはウリエルであったがここで不測の事態が顔を出した。
自身のイメージ通りに動かない身体が、本来であれば防ぐことのできるマンセマットの拳による一撃を防ぎきることが出来ずに顔面を捉えた。
生半可な悪魔であれば一撃で昇天する一撃も、大天使相手では効果が薄い。本来マンセマットは魔法を主体として戦う存在でありそれも当然の、はずだった。
「ぐ、う……?」
しかしウリエルは予想以上のダメージを受けていた。
反応できない身体、予想以上のダメージと不測の事態が続くウリエルに対して放たれたのはレミエルのジオダインである。
それに気づき回避行動を行おうとするも、いつの間に回り込んだのか背後に居た京太郎が後ろから動くことが出来ない様に身体を押さえつけた。
「愚かな! 死ぬつもりか」
「愚かかどうかは見ての通りだ」
当然二人は電撃に巻き込まれる。
しかし電撃の奔流の中で電撃とは異なる痛みがウリエルを襲った。須賀京太郎が思いっきり背中を頭でどついたからである。
京太郎にも電撃の痛みは当然ある。だが京太郎は電撃魔法を得意とするサマナーだ、電撃の加護が本来の威力よりも抑えていた。
だがそれでも無傷とはいかない。歯を食いしばり痛みに耐えながらも京太郎は素手で攻撃を加えている。しかし、長くは続かないだろうとウリエルは考えていたが甘かった。
少し離れた場所から少年の仲魔であるドミニオンが少年に向かって回復魔法を行使していた。
結果ウリエルのみがただダメージを与えられる状況となった。
「人間風情が……っ!」
ウリエルが自分の身に火炎魔法を行使し燃え上がる。
炎は電撃を阻み同時に背後に居る京太郎に対してダメージを与えた。しかしウリエルに影響が見えないのは彼が炎の力をもつ大天使であり炎による攻撃を無効にすることが可能だからだ。
二番煎じともいえる行動であるが、いかに回復魔法を受けていても周りの空気が燃えてなくなってしまえば呼吸が出来なくなり死んでしまう。
しかしそれでも京太郎は離れない。
それどころか体を抑えることをやめた京太郎は彼の背に存在する翼に手をかけたのである。
「がぁ……!!」
翼と身体が引き裂かれようとする痛みに堪らず苦痛の声が漏れる。
引き剥がそうと体を捻り、背中越しに京太郎の瞳を見た。
一切揺らごうとしない瞳の輝きがそこにはあった。
ゾッとしたウリエルは。
「邪魔だぁ!!」
剣をふるい京太郎の腕を切り飛ばした。
腕がなくなり掴んでいられなくなった京太郎だが、地面に着地すると同時に地面を蹴り再び攻撃を仕掛けた。
――なんだこれは。
腕がなければ足を。
足がなければ頭を。
頭を切り飛ばせば終わり……ではない。
京太郎の身体が光りに包まれると同時に蘇生及び身体が復元する。
レミエルが唱えたサマリカームの力である。
意識が回復した京太郎は再びウリエルに向かって駆け出した。それと同時にセイテンタイセイが如意棒を振るい、マンセマットのアイスエッジがウリエルが生み出した炎を突き破る。
結果、再び京太郎とウリエルは拳と剣を交えることになる。
「なぜ……」
「俺にはそれしかできないからだ」
問いかけを遮って言葉を紡ぐ。
「俺が殺した人たちにできるのは、お前たちの野望を阻止して戦うことしかないからだよ!!!」
その勢いのままに拳を顔面に受けたウリエルが吹き飛ばされた。
しかし大したダメージは受けていないようで、攻勢に移ろうとした時水がウリエルを包んだ。
「アクアダイン!」
封鎖での戦いか、それとも先程の決意が原因か。京太郎はまた一歩強くなったといえる。
受け継いだオロチの祝福とも呪いとも言える力を更に引き出すことに成功したのだ。
水の圧力は確かにウリエルにダメージを与える。しかしウリエルの放ったトリスアギオンがアクアダインを蒸発させた。
「……このっ!」
「風よ!」
汚れのない、清浄なる風がウリエルを包む。
しかし風は決して優しいものではない、残っていたトリスアギオンの炎さえかき消しウリエルを攻め立てる。
「馬鹿な、この私が、こんな……なぜ……!」
「わからないか。お前たちが行った行動によりお前が汚れた人と蔑んだ彼は怒り、強い意志で戦いに挑んでいる。たとえお前が殲滅天使と呼ばれいかに力があろうとも、同じく大天使であるマンセマットに彼の仲魔たち、そして私も決して弱いわけではない。完全な状態のお前ならばいざしらず、今のお前であれば話は別だ」
「くっ……! ええい、鬱陶しい!」
風を吹き飛ばすと空へと高く、高く飛び上がった。
「我が元へと集え、同胞たちよ!」
ウリエルが発した光に導かれるように東京中に存在した天使たちが集まる。
天使の中でもかなり上級であるソロネやケルプだけでなく、普段京太郎が目にするエンジェルとは様子の違うエンジェルさえ居る。
それだけでなく、ヴィクター、イスラフィール、アズラエルといった大天使に属する者たちまで姿を表したのである。
「ならばその有利を覆させてもらうのみよ!」
ウリエルの宣言とともに天使の大群が京太郎たちに襲いかかった。
「……ここまでの数が居たのか!」
それでも仲魔たちと……仲魔ではないが仲間と呼べる天使たちと協力しながら京太郎たちは撃退にあたった。
だがそれでも、当然の話ではあるが少しずつ、少しずつ追い込まれていく。
「くっそ……! 虎の子ぉ!」
懐から玉を取り出すとそれを砕いた。
玉の名前は宝玉と呼ばれ、神の酒と呼ばれるソーマの効力を味方全体に行き渡らせる効果がある。
光が京太郎が味方であると認めた者たちに行き渡ると、劣勢だった状況を覆さんと勢い立つ。
そんな様子を見ていたウリエルが鼻で笑った。
「……無様だな、マンセマット、レミエル。最初から我らの意思に従っておればこのような結果にはならずにすんだろうに」
「何をいうかと思えば、あなた方の意志? 化けの皮が剥がれましたか、我らが従うは同胞の意志ではなく、我らが主にたいしてでしょう?」
「我らの意志が主の想いであり願いだとわからんのか?」
「お前たちは急ぎすぎているというのがわからないのか!」
「……分かっていないのは、お前たちだろう?」
体を震わせ、ウリエルは語る。
「科学が世に世界に生まれ、主を、我々を軽んじる者たちが増えた。故に、今こそ動かねばならぬのだ! 取り返しがつかなくなる前に、早急に! それを貴様らは!」
「この前、メシア教が起こした事件……不祥事もそれが理由だと?」
「そうだ! 全く困ったものだ。任に当たった騎士が出来損ないだった結果、邪魔が入った。アレが成功していればこうしていることもなかっただろうに」
ウリエルたちの会話を聞いた京太郎は体の動きを止め、ドミニオンもまた信じられないというように空を見上げた。
「……は?」
「長野と言ったか、あの地での計画を成せず、そして死んだ……面倒なことだけ残してくれよって……!」
「お、お待ち下さい……! では、では、その時死んだ騎士は主の元へ逝くことができたのでしょうか!」
「……? そんなわけがないだろう。己の役目を果たせぬ者がいけようか!」
ドミニオンが膝を付き地面に手をついた。
「それでは、それでは彼は、彼は……!」
京太郎は、同胞たちに攻撃されようと全く抵抗することなく絶望に堕ちるドミニオンを見て、次にウリエルを見た。
心臓がドクン、と跳ねた。
「ふざけるなよ……。ふざけんじゃねぇよ!!!」
ウリエルが語った事件は紛れもなく衣や透華たちが巻き込まれた事件にほかならない。
これまでの多くの理不尽と、過去の悲しい事件が結びついたことによりもはや限界を通り越した京太郎の感情が爆発した。
「敵だけじゃなくて、信じた神のために行動を起こした者まで貶めるのかよ貴様らはっ!」
京太郎の瞳から溢れていたのは涙だった。
怒りによってもはや自身の感情が制御できず、衣たちに襲いかかった悲劇や、膝をつくドミニオンの姿や、そして自らが奪った数多の命を想い暴走していた。
それはすなわち、感情を元にして生み出されるマグネタイトが過剰に生成されているという意味でもあった。
京太郎の周りに電撃が、水が多量に発生する。
電撃は無造作に鞭打つように暴れまわり天使たちに襲いかかったが、それでも仲魔には決して危害を与えなかった。
京太郎の胸に光が灯り、光が水へと移動し、それをトリガーとして水が指向性を持って形作られていく。
八つの頭を持った大きな蛇の化け物が水により形作られ、それぞれの瞳が見開かれた。
瞳は水であるにも関わらず紅く、紅く、怪しい輝きを放っていた。
「なんだ、一体何が……」
「まさかサマナーがあの事件を解決した少年だったのか……」
狼狽えるウリエルとは違い、冷静に状況を理解したレミエルが呟いた。
「―――――――――ッッッッ!!!!!!」
決して声にならない雄叫びが八つの口から発せられ、他の天使なぞ眼に入らないとでもいうかのようにウリエルに襲いかかる。
「なんだ!!」
頭部を炎の剣で焼き払おうとも所詮は水である。即座に復活し再びウリエルに襲いかかる。
「許さない……」
体を震わせ、溢れた言葉を聞き届けたのはドミニオンだけだった。
その言葉が出た理由は彼だけではなく、本来は敵であったはずの、ドミニオンにとって大切な存在である青年のためにも出た言葉だった。
「絶対に、許さない!!」
京太郎の叫び声に呼応するようにヤマタノオロチが再び雄叫びを上げ、それが反撃の狼煙となるのだった。
3日目、というか天使の話のテーマは一部の真の完結編です、はい。