デビルサマナー 須賀京太郎 作:マグナなんてなかったんや
時を同じくして、避難所として使用されている東京国際フォーラムにてとある対局が行われていた。
先程までプロである女性たちが対局をしていたのだが、今対局しているのは宮永照、辻垣内智葉、愛宕洋榎、そして天江衣の四人だった。
インターハイが中止となったこともあり、自分たちの休憩時間も兼ねて高校生に打たせようという話が持ち上がった。
プロでもない少女たちを見世物にするのはどうなのか? という話も上がりはしたが、インハイがテレビ中継、ネットに配信されている現状を鑑みると今更と言えた。
さらに言えばこの話に少女たちも積極的に協力したこともあげられる。
外に出ることも許されず、鬱憤が溜まっていたのは彼女たちも同じだった。プロの対局を直に見ることは勉強になるのだが、やはり一番は自分で打つことだ。
真っ先に名乗りを上げた大阪人の愛宕洋榎から始まり、彼女から挑発気味に誘いを受けた宮永照が続き、照が打つならと辻垣内智葉が名乗りを上げ、彼女から天江衣が指名された流れになる。
大会でもお目にかかるのは難しいこともあり、それはもう大きな話題となった。
残念だったのは天江衣が全力を出せないことだろう。
それでも十分以上の能力を発揮できるのは確かであり、一般人から見ればプロにも勝るとも劣らない対局内容となり十分な娯楽として楽しまれた。
全力は出せないが、自分に畏怖することなく打ってくることに嬉しくニコニコとしていた衣だったのだが。
「……? 天江さん」
「む? どうした?」
「えっと、涙が……」
「え?」
対面である照に指摘されたことがトリガーになったのだろうか。
最初は右目から一粒だけ溢れた涙だったのだが、両目から溢れ出し次第に止まらなくなった。
「え? なんなん? え? え? ……はっ! まさか泣き落としっちゅう女優さん御用達の技術のお披露目か!」
「そんなわけがないだろう。大丈夫か?」
流石に麻雀を打ち続ける事はできず、心配するように声をかけられる衣だが。
「わ、わからない。で、でもなんだかいきなり寂しくなって……」
観客席の特等席で衣を心配し彼女の元へ駆け出そうとする透華だったが、それを止めたのはハギヨシだった。
「ハギヨシ?」
「私たちが行っても恐らく衣様の異変を解決することができません」
「なんですって?」
「……大変な事態に陥っているのでしょう。須賀くんが」
「須賀さん……? いきなりどうして彼の名前がでますの?」
訝しげに首を傾げる彼女についてきてくださいと言って透華を連れハギヨシはこの場を去った。
ハギヨシが向かったのは国際フォーラムの入口である。
そこには黒装束に身を包むヤタガラスの人間が集っており、その中心に居たのはオメテオトル……須賀京太郎の仲魔たちであった。
オメテオトルは目黒区にて発生した事件について改めて事情を聞かれていた。暫くしてヤタガラスが去った後にハギヨシが問いかけた。
「何が起きているのですか?」
「メシア教が東京の人々を贄とし四大天使の召喚を企てた。それを止めるためサマナーはとある選択をした上で戦うことを選択した。それだけじゃよ」
「四大天使と……」
顔を真っ青にして悲壮な面持ちの透華に対して、ハギヨシは眉を潜めるだけであり努めて冷静に二度目の問いかけを行おうとしたが。
「長野での事件を企てたのは恐らく四大天使じゃろう。あそこまで大きな結果を生み出す事象を行うことが許されるのはそれぐらいじゃからな」
「……ではやはりそういうことですか」
「うむ。どうじゃ、今頃主らの姫君は泣いておるじゃろ?」
少女が泣く事を楽しむさまはまさに悪魔である。
しかしただそんな事を喜ぶような存在ではないということを彼らは知っていた。
「ええっと?」
「サマナーがなぜ、アクア系魔法を行使することができるのか。そういう話じゃよ」
「もとよりそういう素質があったからではなく?」
「サマナーはあの時一時的に死亡し天江衣の両親と出会った」
化身アマエコロモとの戦いのときの話だ。
今よりも未熟だった京太郎は戦いの最中致命の一撃をうけ死亡するに至った。その後無事蘇生されたことで事なきを得たが、その時の出来事……天江夫妻との出会いがキッカケとなり未熟な彼でも事件解決の糸口を掴むことができたのである。
そして京太郎は天江夫妻から受け取ったのである。
天江衣の思い出であるカチューシャと、引き継がれていたオロチの祝福/呪いを。
「恐らくは保険だったんじゃろう。居なくなる自分たちの代わりに、天江衣を護る存在として須賀京太郎を選択した。本来オロチが呪いを移すことを許容するはずはないが、今回の場合は話が別だった」
要は天江夫妻とオロチの思惑が一致したのである。
執着の対象である衣が死ぬことをオロチは良しとしない。しかしもはや死に何もできない身であり、当時の事件は乗り越えることができても第二、第三の事件をメシア教が起こさないとは言えない。
そのために京太郎に呪いを受け継がせたのである。
そして呪いは京太郎と衣の目に見えることのない強いつながりとなった。
「もしかして衣が泣いているのは……」
「その繋がりが絶たれたのでしょう。だから寂しくなったのです。いつも隣りにあると感じる衣様にとっての光がなくなってしまったのですから。ですがそんな事態が起きるということは須賀くんが普通の状態ではないという証明になります」
龍門渕と天江衣を第一と考えるハギヨシは衣が傷つけられたという現実を見てとある仮説を思いついていた。
「これも、あなたの計画ですか?」
「計画とは呼べんわ」
言われたオメテオトルは満足するように頷いた。
「もしやすればポロッと零すかな? ぐらいじゃよ。そうなれば必ずや四大天使を倒すため力が顕現する。その時呪いはサマナーから消える」
「なぜそんな事を……」
「つまらんじゃろ?」
透華の問いかけをただの一言で一蹴した。
「そもそもが気に食わん。たしかに力こそ増えるがそれは果たしてサマナーの力と言えるのか? ワシが見たいのはサマナー自身の力であり、そんなものは邪魔でしかない」
「な……!」
「どう思おうが構わん。じゃが一つだけ。これはワシの望みでもなく、野望でもなく、サマナーの仲魔としての総意であった」
呪いという繋がりは多少なりとも京太郎に対して影響を与えた。
執着とまでは言わなくても何かあれば衣を優先するように思考が誘導されるように。それは気をつけなければわからないほどであるが、付き合いは同じぐらいの透華と衣を比べれば衣を優先するぐらいの違いは出ていた。
たとえ力になっても、自身を使役する立場であるデビルサマナーがまるで操られているようで仲魔たちは内心気に入っていなかった。
「どちらにしろこれより先はサマナー次第……。願わくば生きて帰ってくれればいいが」
*** ***
顕現したオロチは天使を相手取って暴れまくる。
現れたオロチに最も驚いたのは京太郎である。背後に現れたオロチに気が動転しているとオロチに咥えられ仲魔たちの方に放り投げられた。
それをキッカケとして崩れた形勢を立て直すため休憩と強化を行う。
「違和感はありましたがまさかオロチの力を持っていたとは」
そう言われた京太郎は手のひらを見つめる。
何かが失われたと感じると同時にどこかスッキリしたような感覚さえある。そして。
どれだけ集中しても水を生み出すことはできなかった。
「数で押されている現状それを打開するために顕現したのでしょう。まさかウリエルも利用しようとした力に攻撃されるとは思わないはずです……ですが」
少しずつ、少しずつオロチは押されていく。
身体を構成する水が失われていきみるみるうちに小さくなっていく。
多勢に無勢。さしものオロチも上位クラスの天使を圧倒し続けることはできない。
「……いかなきゃ」
焦燥感に駆られるように戦いに向かおうとする京太郎の前に現れたのは、水でできた体を持つ一人の男性と、蛇であった。
手を広げ京太郎の行く手を遮る男性を京太郎は知っていた。
「なんで!」
憤りを訴えるもそれでも退かない。
「彼らの心を汲みなさい」
飄々とした態度を感じさせない真摯な態度でマンセマットが言う。
「私たちが立て直す時間をくれているのでしょうねぇ。まぁ、鬱憤を晴らしているようにも見えますが……」
良いように暴れるオロチを見て苦笑いをしながら言った。
「くっ」
避けていこうとするもそれでも行く手を塞ぐ。
そうこうしている内にオロチの頭上から炎をまとったウリエルが急転直下しオロチの胴体を串刺し、男性と蛇が仰け反ると倒れた。
それと同時に甲高い金属同士がぶつかる音があたりに響く。
「なに!?」
ウリエルの持つ炎の剣が途中で折れ、折れた刃先がオロチの中に吸われていく。
よくよく注意して観察してみれば、オロチの胴体には京太郎が投げ捨てた剣が収められていた。先程の甲高い音はウリエルの剣とこの剣が衝突したことで発生した音であった。
最後の力でウリエルを含む天使を吹き飛ばし倒れた。
「本来であれば尾から出すべきなのだが、それでも一つの神話の再現から生まれた力だ。イミテーションであっても力になってくれるはずだ」
かすれた弱々しい声で男性がいう。
倒れて、這いつくばって、それでも前に進みオロチの胴体を指し示した。
「勝手なことをしてしまったと思う。これを託すのも私たちにとってはただのエゴでしかない」
消えていくオロチの身体と男と蛇の身体。
もはや口は存在しないにも関わらずそれでも声が聞こえた。
「天使の力は全て消えている。問題なく使用できるはずだ。あとは、よろしく頼むよデビルサマナー。そして願わくば衣のことを……」
そうして完全に消滅した。
オロチの呪いは京太郎の身体に還ることはなかった。すなわちアクア系魔法をを行使する権利を失ったのだ。
京太郎は残された力……新たに生まれ変わった刀を掴み取った。
「ウリエル様の剣が……」
「馬鹿な私の、私の剣があのようなものに」
戦いのさなかに呆然としている天使たち。その理由はウリエルの剣が折れたことにあった。ウリエルの剣は彼の象徴であり誇りでもある。その剣で神を、ひいてはエデンの園を護り続けてきたのだ。
出来た隙を確認した京太郎たちは戦い始めた。ウリエルのもとへ向かうために一直線に向かい、その進路上に居る無防備な天使たちを蹴散らす。
無防備かつ、息を整えている間に強化魔法を再度かけたことにより強化したことそれに何より息も絶え絶えになりながら戦っていた事により根本的な力量が増加していたことが理由だ。
「なに!?」
攻撃を仕掛けてきた京太郎たちに気づいた時にはもう遅かった。切迫していた京太郎が刀を振るい回避できないと悟ったウリエルが少しでもダメージを減らそうと防御をする。
しかし京太郎が振るった刀はウリエルの腕をまるで豆腐を斬るようにスムーズに斬り払った。
斬ったという感覚さえもないことに驚き、勢いよく振りすぎたせいで京太郎の体勢が大きく崩れる。
「ウ、ウリエル様を護るのだ!」
「させるかってんだ!」
京太郎をかばい天使たちの浄化の力を一身に受けたセイテンタイセイが倒れ、COMPに送還される。
攻撃を行った天使たちは追撃を行おうとするが、それよりも早く動く者たちが居た。
腕を失い満足に自分を護ることもできなくなったウリエルに対してマンセマットが氷結魔法を行使したのである。
それに対抗するためにウリエルもまたトリスアギオンを行使するが、強化された氷結魔法がそれを上回った。
アイスエイジと呼ばれるブフダインさえも超える氷結魔法がウリエルの身体を包み込み炎ごと凍らせたのだ。
残ったドミニオンと、レミエルもまた近くに移動すると拳を振るう。
鈍い気持ち悪い音ともに頭部は砕け、下半身もまた砕けた。
京太郎は残った胴体に刀を突き刺すと。
「ジオダイン!」
空より落ちた電撃が刀を伝いウリエルの身体を焼き払う……はずだった。
電撃が直撃する瞬間ウリエルの身体は消滅しマグネタイトへと還る。
マグネタイトの光を見ながら「何が……」と京太郎が零す。
「逃げましたか。流石に殺されるわけにはいかないと考えたと」
「逃げ……た?」
ウリエルが倒れたのを見て天使たちがこの場を去り始めたのである。
京太郎はその背に追撃するようにマハジオダインを放つ。
卑怯と言われるかもしれないが、更に大天使が召喚された時再び集うだろう。そうなればまた苦戦は必死だ。
そうならないように少しでも減らす必要があった。
「……なんとか退けましたか」
「これを後三回か、キッツいねぇ!」
復活したセイテンタイセイがため息を付いた。
「それでも強くなってるわけだしなんとかならないかな……」
「それは難しいでしょうねぇ……。ガブリエル、ラファエルはともかくミカエルは別格ですから」
「これあれだな。なんだっけ、メタトロンだっけ、そいつが敵じゃないのが救いだよ。流石に無理だな」
はははと力なく笑った。
長野での最後の戦いもきつかったが、今回は輪をかけて更にきつい。いつ死んでもおかしくない、そう感じさせる戦いだ。
「では諦めて逃げますか?」
マンセマットの試すような物言いに。
「冗談! 愚痴ぐらい言わせてくれよ。大丈夫、気分一新、また頑張れる。それに多くの人々を奪ってでもした選択を放り出すなんてできるわけ無いだろ」
「そうですか。申し訳有りません。なんといいますか、職業病というかそれが私のアイデンティティでして」
「人間の立場からするとそのアイデンティティ揺らいでってお願いしたい。揺らぐのは人間にとっていい方向でよろしく」
「それは出来ない相談というやつですねぇ……」
「はは、残念……さて、休憩も終わりか」
肌がピリピリとひりつく程のマグネタイトを感じる。
それと同時にこの場に戻ってくる天使たち。
「……え?」
身体に振動を感じる。
最初は地面が揺れているのかと思えば実際は違う。空間そのものが震えているのだ。
「これは一体……」
マンセマットとレミエルも困惑しているようで辺りを見回している。
「マンセマット。そしてレミエルよ」
声のする方向、空を見上げるとそこには光があった。
光から聞こえる威圧感を感じる男の声は更に言葉を発し続けた。
「お前たちの懸念していたことを私たちは理解した。不完全とは言えウリエルを、多くの上位天使を打ち倒す人の力。メシアですらないただの人間の力。お前たちはそれを危惧していたのだな」
「……! そうです! ゆえにこそ我々は新たな時代に適合しなければならない、争ってではなく、別の方法で!」
この会話について京太郎は口を挟まなかった。
もしこれにより和解することができればこれ以上の被害は広がらないからである。
「そう、我々もそれを検討し追求しよう。しかし……」
光が京太郎を見たように感じた。
「すでに敵となった人間の存在を認めるわけにはいかない――!」
空間が更に強く震えた。
もはや立っていられないほどであり、刀を支えにしてやっと立ち続けることができるほどである。
「一体何をするつもりですか!」
「本来であれば我々の身体を構築するためのマグネタイトを使い穴をあける。一体どこにつながるかはわからないが心配することはない。この一帯は我が配下が結界を張り何があってもココより外には出さないことを誓おう」
「……穴? 外には出さない?」
困惑する京太郎にわかるように、マンセマットは言った。
「まさか世界の壁を破壊すると……! そんなどこにつながるかもわからない穴を開けてしまえばどうなるかわからない!」
「だからこそ封印するのだ。人間の底力は見た。そして人の意志とは受け継がれるものだろう? ゆえにこそ抗うことも叶わぬ力にてその一切を滅ぼそう。さぁマンセマット、レミエルよ。死にたくはないだろう? ならば戻ってくるが良い」
そう言って光が消えると同時に天使たちも消え去った。
空には光り輝く膜が出来上がっており、それが天使たちの形成する結界であることが分かった。
少しだけ京太郎たちが呆けている間に、さらなる異常が発生していた。
京太郎たちの眼前に目視することができるほどのエネルギーが出現しそれが球体となると明滅し始めたのだ。
「これは爆弾です。大天使三体さえも召喚しうるほどのマグネタイトで出来た……」
「それが爆発するって? どうなるんだよ」
「人間界、天界、魔界。それぞれの世界には簡単には行き来できないようにする壁があるのです。それを破壊するということはすなわち異界へのゲートとなるということ」
「ゲート……。異界みたいな?」
「そんな中途半端なものでは有りません。天界か魔界かどこと繋がるかも分からない」
「そんな……止めれないのか」
問い詰められたマンセマットは首を振り、レミエルを見ても同じ様に首を振って否定した。
「そんな……」
「付け加えれば私たちだけでは結界を形成しても爆発の衝撃に耐えきれないだろうということです。全力の我々であればいざしらず消耗した我々では不可能。そしてあと数分で爆発するでしょう」
「ははは……万事休すか」
天使たちの形成した結界を破ってしまえば被害は外にも広がってしまう。だから結界を破壊することも出来ない。
目の前の球体を破壊しようとするのは論外である。触れればその一瞬で爆発してしまうだろう。
もはや打つ手はないと悟ると戦いの疲れもあり、寝転がってしまった。
「……でも、俺にはお似合いの最後なのかもなぁ」
多くの人々を殺した結果の末だとするならば、それでもマシな最後だと言えるだろうか。
そんな事を思いながら力なく笑い、それでもと想いながら言葉を発した。
「あんたら二人は行くといい。俺に付き合う必要はない。それにセイテンタイセイ、ドミニオンお前たちとも契約を解除する。そうすれば……」
「それは出来ません」
レミエルは即断すると京太郎をまっすぐに見据えた。
「今回の件は天使に責があります。だというのにあなた一人を残して逃げるなんてことができるでしょうか」
「エメラル……いや、レミエル……」
「そういえば正体を隠していたことを謝罪するのを忘れていましたね」
「ああ、そういえば」
二人して笑い合っているとセイテンタイセイが左手に取り付けられたCOMPを操作するとこの場から姿を消した。しかし契約が切れたわけではなくただ送還されただけのようだ。
「私も去るつもりはない」
同じ様にCOMPを操作しながらドミニオンが言う。
「私のために涙を流してくれたサマナーをどうして見捨てられようか。だからこそ」
送還され消えゆく身体だが、それでも最後まで言葉を言い切る。
「最後まで抗ってほしい。生きて生きて生き抜いてほしい。それが叶わなかった我が友の分も……」
そしてドミニオンは消えた。
馬鹿だなと苦笑いしながら、COMPを操作しようとして……腕をおろした。
「私も残りましょう」
「いや、あなたには生き残ってこの事をヤタガラスに、そして天界に伝えてほしい。先程の内容が正しければ天使の結界を私たちが通ることはできるでしょうし、もう一つの結界を通ってあなたはこちらに来たはずだ。この件を正しく伝えることが出来なければややこしいことになるでしょう」
マンセマットが伝えなければ四大天使が良いように結末を語るだろう。それだけは避けるべきなのだ。
「……ですが」
気遣うように京太郎を見る。
しかし彼は力なく笑いながら「これ以上被害者がでないように。頼みます」というだけだった。
「申し訳有りません。レミエル後はおまかせを」
「はい、任せてください」
空に飛び上がりマンセマットの姿が見えなくなったことを確認すると深くため息を吐き目をつむる。
京太郎もレミエルも会話をすることなく暫し経った後に、目を開けた京太郎は先程よりも強く明滅するエネルギー体と左腕に取り付けられたCOMPを数回見比べた。
「う、ぐっ……」
振動し震える空間。
それでも刀を支えにして立ち上がり始めた。
「デビルサマナー?」
「諦めるのも良いと思ったけど、やっぱ生きたいや」
例えどれだけ可能性が低くても。
生きるために抗う事を決めたのである。
「それで良いのです」
「え?」
「何が罪か。それは生きることを諦める事を言うのです。何、足掻いた末の死であるならば私がご案内しましょう」
「はは、大丈夫。だって、何度も死んでるんだぜ? むしろ俺が案内するね。天使と人間が同じ場所に逝くのかはわからないが」
「それは……」
「あ、答えは言わないでくれ。死後の楽しみにするさ」
「……そうですね。そうしましょう」
明滅の頻度が早まっている。
少しでも爆発の影響を減らすために、電撃の壁を作るため全力で魔力を高める。
「俺は絶対に生きて――」
その言葉を最後まで言い切ることは出来なかった。
爆発の閃光に巻き込まれた京太郎たちの姿は目黒区のどこにもなく。目黒区に残ったのは空間に出来た大きな穴を残すのみだった。
*** ***
深い深い闇の中。
深淵の中でもその更に深奥に緑を基調とした服を着た少年の姿があった。
腰近くまで伸びた髪を一つに束ね歩けばしっぽのように揺れている。
「おや?」
首を傾げ、何かを確かめるために椅子から立ち上がると歩いていく。
少年の姿を多くの悪魔たちが見ていた。にもかかわらず悪魔たちは少年に襲いかかることはなく、少年自身も勝手知ったる自分の家とでも言うように歩いている。
「……なるほど。これは珍しいお客様だ」
一人は天使。
四肢がなくなりその翼だけが存在証明だというように風に靡いている。
もう一人はこの世界の影響を多少受けたようで少々変質したようだが人間のようだ。
少年はうなずくと誰かに連絡をとっているのか一人でボソボソとつぶやくと、彼らを見て楽しそうに微笑むのだった。
本当は四大天使全部と戦わせるつもりだったが……これはこれでいいかなと。
一言だけ。
目黒区の住人すまんな・・・