デビルサマナー 須賀京太郎   作:マグナなんてなかったんや

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感想、評価、誤字報告いつもありがとうございます。

今回と次回ぐらいは説明会であります。



あとあとがきにこの作品とどっち書くか迷ったやつを置いておきます。
本話とは関係はあんまないんで時間がある人のみどうぞ。



『5日目 遺産』

 声が聞こえる。

 ありとあらゆる怨嗟の声が責めるように訴えかけてくるのだ。

 耳を塞いでも、声を荒げても、怨嗟の声を遮ることは出来ず、それから逃げるように走り出した。

 

 『なぜ殺した』

 『なぜ助けてくれなかった』

 『なぜあの子達だけを救ったのだ』

 『なぜ、お前は生きているのだ』

 

 責める言葉は大天使が起こした事象の件であり、京太郎が殺した人々の想いだろう。

 負の感情は京太郎の精神を責め続け、喉が枯れるほどに声を上げるがやはり意味がない。

 疲れ果て、倒れ伏す京太郎の身体に変化が起きた。

 なにかが蝕むように、四肢と頭部から包み込み初め冷たい感覚が走る。

 抗おうとするが責められ続けた京太郎の身体は疲弊し動かすことは出来ない。

 死を彷彿とさせる感覚が全身を包みこもうとした時、光が走り振り払った。

 

 残った力で顔を上げて、その先に居たのは……見たことのある少女だった。

 

*** ***

 

「う、あ……」

「気づきましたか」

「あれ、俺、なんで……いや、視界がおかしい?」

 

 視界が赤く染まっており、なんだろうと眼を擦ろうとするが出来なかった。

 何かに当たっているようで困惑するが、電子音声が『正常化します』と伝えると視界が赤から変化した。

 

「これってデモニカ? でもなんで」

「あなたの命の危機に反応し展開したのではないでしょうか? そのような防具があるとは聞いていなかったので推論しかできませんが」

「そっか。レミエルは居なかったから……」

 

 そう言ってデモニカの頭部ユニットを取り外そうとするも、慌てたようなそれを止めた。

 

「待ってください! ……ですが体を休めるためにも外す必要はありますか」

 

 レミエルが何やら呪文を唱えると、デモニカ越しでもわかるほどの清浄な空気が辺りに漂うのがわかる。

 よくよく周りを見れば、何やら身体に悪そうな霧が敷き詰められており、冷静に考えればデモニカを外すのは危険だとわかりそうなものだ。

 

「これでよいでしょう。ここの住人に好まれる結界ではありませんが、仕方がありません」

「ここの住人? それに皆は?」

「セイテンタイセイたちは辺りを見回っています。それと紹介しなければいけない者が一人居るのです」

「紹介? それにこの場所を知ってるのか?」

「それは彼に聞いてください。又聞きの私に聞くよりも良いはずです」

「そっか」

 

 頭部ユニットを取り外し横に置くとレミエルが驚きの声を上げた。

 

「どうした?」

「髪の色が」

「髪?」

 

 前髪を引っ張るとそこにあるのはいつもの明るい金色ではなく、鈍い鉛のような銀色だった。純粋な銀色ではなく銀灰色……シルバーグレーと言えばいいか。少し汚くも感じる。

 

「なんだ、これ。なんで変わって……」

「……魔界の影響をうけ身体が変質したと考えるべきでしょう。魔界の瘴気が人体に与える影響は計り知れませんから」

「変質って俺は」

「もしその装備がなければ完全に人ではなくなり、悪魔人間となっていた可能性があります。しかし今のあなたは人であるとも感じます。半人半魔とでも言うべきでしょうか」

「ははは。ついに人を止めましたってか。あぁでも」

 

 あれだけ大勢の人々を殺して、それだけの代償であったならまだ軽いほうか。と心のなかで呟く。

 顔を伏せたレミエルは全てを理解は出来なかったが、察している様子ではあった。

 

「いつまでも俯いているわけにはいかないか……」

 

 立ち上がり、デモニカの頭部ユニットを被ると軽く体を動かす。

 眠っていたためか身体が固まっており、体を伸ばすとバキバキ音がなる。

 仲魔たちが帰ってきていないため今すぐ動く気はなく、今しているのはあくまで準備運動だ。ハンドボールをしていた時のように身体を解していると仲魔たちがとある悪魔を連れて戻ってきた。

 

「おかえり。その悪魔は?」

「ふん。本当に人間がこの地にやってくるとはな。しかも変容はしているが人の因子は残っている。なんともいい塩梅に変化したな、狙って変化させたと感じるぐらいだ」

 

 赤い馬に乗り現れた騎士が若干含んだような言葉を言いながら現れた。

 

「我が名はベリト。短い間だろうが覚えておくがいい」

 

 なんとも偉そうに現れたが目の前の悪魔から感じる力量は京太郎と同等か、それよりも少し高いぐらいである。

 腰にぶら下げた刀が京太郎にある分殺し合いとなれば京太郎が上を行く可能性が高い。

 それをベリトも理解しているのだろう、忌々しいと顔をしかめている。

 

「我が長兄が貴様を呼んでいる……ついてくるが良い」

 

 心配はないとうなずくドミニオンとセイテンタイセイを信用し、最初は送還処理を行おうとしたがそれを止められた。

 

「この場において送還する必要はありません。マグネタイトが豊富にあるのですから消費することもないですし」

 

 言われてCOMPを見て初めて気がつく。マグネタイトが減っていないのだ。

 マグネタイトは本来留まりにくいエネルギーのため、召喚をし続けるにはマグネタイトが多く必要になる。

 しかしそれが減っていないということは、マグネタイトがそれだけこの場に満ちているという証拠に他ならない。

 

「……これをCOMPに限界まで注ぎ込んで人間界に戻った後に売ってやれば大金持ちコースでは?」

「流石にそいつは許さないぞ。ほしければ代価を払え。だが安心しろこれから嫌でも増えるから下心を出す必要はない」

「……?」

 

 ベリトについて京太郎たちは歩く。

 魔界とは言っても身体の動かし方は人間界とは変わらないようだ。所々一方通行の道やまるで獣道のように舗装されていなかったり、ショートカットだと言って跳び上がったりするがそれも普通の身体の使い方ではある。

 だがそれよりも気になるのは突き刺さるように感じる京太郎への視線だ。

 悪意か、好奇心か。

 それが分からないのはどれも正解であるからだろう。

 

「ついた。入れ」

 

 ワープ機能などのせいで方向感覚がおかしくなっているが、基本的に階段は上がっていた。つまりこの場所は地下であり、地上へと近づいていたのだろう。

 実際デモニカから送られてくるデータを読み解くと、風を感じることができるようだ。

 とはいえ直に味わってしまえば悪魔化が更に進行してしまうため、望むことは出来ないが。

 

 ベリトに通された先には新たなワープホールが存在した。

 慣れない感覚に身を委ね、気づいたときには魔界には似つかわしくない綺羅びやかな建物の中に居た。

 レッドカーペットの上を歩きながら周りを見渡せば窓から外の様子を見ることが出来た。

 暗い、太陽のない世界で、外には多くの悪魔が跳梁跋扈しているが混沌とした世界ではなくある種の秩序が感じられる生活を送っているように思えた。

 魔界なのだから悪魔たちが常に闘争を求めて居るのだろうと思っていたが、そうではないのが意外だった。

 

「俺たちをただの暴力しか能がないやつだと思うな」

 

 ベリトはそう言ったかと思うと「と、言いたいが」と続けた。

 

「知性無くただ暴れまわるだけが能の奴も居る。もし奴らが自由であれば外は貴様が想像した通りになっていたろうな」

「ならなんでそうなっていない?」

「そういう奴らを隔離する場所がある。ただそれだけだ」

「……もしかしてそれが」

「そこから先はこれから話すやつに聞けばいい」

 

 話は終わりだ。とベリトは言った。

 謎は未だ多いがわかることが一つだけある。今から会う相手は魔界で暴れまわる様な奴らを制御する力を持っているということだ。

 弱肉強食の世界において強者は絶対だ。

 レミエルならばそれを否定するだろうが京太郎は何も言えないなと結論づけていた。

 その理由はレミエルも悪魔の言う強者の理論もどちらも正しいとそう思えたからだ。

 ケースバイケースと言うべきか平時であれば強者の理論は横暴かもしれないが、今の東京の有様を考えれば強者の理論を振りかざすほうが秩序が保たれる。

 それがいきすぎれば当然問題だろうが、混沌の中にも確かな秩序はあるのだ。今こうして目の当たりにしている魔界のように。

 

「魔界、か。はたから見れば秩序のもと、平和に暮らしているのだな」

「ドミニオン……」

「見ているとわからなくなる。取り繕われた秩序と裏に潜む混沌。それは我らメシア教と何が違うのだ?」

 

 自分が信じた者が最後の望みも果たすことさえ出来なかったと聞き、自身の有り様に迷いを感じている。

 その証拠に純白の翼が時折揺らぐように変化しているのを見ることができる。

 一歩間違えれば堕天してもおかしくない。そう、感じられた。

 

 京太郎が背中を軽く叩くと、

 

「むっ」

 

 と、一言いい「狼狽えている場合ではないか。しっかりせねばな」と呟いた。

 羽根の色はいつもの純白に戻り一見すると安定したように見える。しかし先程の言葉通り保たれた秩序の中にある混沌は彼の中から消えていはいないだろう。

 

「ついたぜ。入りな」

 

 大きな扉を馬乗した状態で器用に開きながらベリトは言った。

 ベリトは扉の前で動かなくなり、ただ先へ進めと促すだけだ。

 京太郎はそれに従い、部屋へと歩を進める。

 

「う、お……!」

 

 その部屋はまるで星の瞬きの様に感じられた。

 漆黒の部屋に星を思わせる光が輝いている。

 四方を埋め尽くすその光景にただ圧倒され、どれぐらいの時間が経ったのか夜明けの訪れのように部屋が明るくなっていく。

 その中でひときわ輝く星が怪しく煌めき、そして消えた。

 

 こつ、こつと足音が正面から聞こえる。

 眼の前にいるのは褐色肌の緑を基調とした服を着ている少年だった。

 場違いとも言える少年の存在感に京太郎は圧倒されていた。

 

「ようこそ、デビルサマナー。ここに人が来るのは初めてのことだ、誇っていいよ」

「ここは、お前は誰なんだ?」

 

 不意に場所についての問いかけが口から出た。

 ベリトは言った。それを語る相手は他にいると。それを語る存在が目の前の少年であると自然に理解することが出来たのだ。

 少年は面白そうにほほえみながら言う。

 

「この姿ではタカジョー・ゼットと名乗らせてもらっている。そしてこの場所は魔界で最も深き場所。大魔王ルシファーにも従わぬ悪魔たちの牢獄」

「大魔王にも従わない……」

 

 もし目の前の少年もそうであるなら、自分はまた戦わなくてはならないだろう。

 そして、もし戦いとなれば自分が生き残る確率は低いと直感していたのだ。

 京太郎の考えを知ってか知らずか。少年――タカジョー・ゼットは続ける。

 

「そう。そして、その名をディープホールという。……ここはその管理区さ」

 

 安心していいと指を鳴らすと突如として机が出現した。

 長く、細い机に備えられた椅子に座ったタカジョーは京太郎たちに座ることを勧めた。

 京太郎たちが少年の言葉に椅子に着席した時「失礼いたします」という女の声が聞こえた。

 

 悪魔。キキーモラとシルキーが現れカップにお茶を入れていく。

 京太郎は自然に頭部ユニットを取り外そうとして思いとどまり、刀に精神を集中すると自身の周りにのみ結界を構成した。

 

「ああ、そうか。君はそのままだとお茶を飲めないね……僕としては悪魔化してもオモシロイと思ったけど」

「すみませんけど、まだ出来うるだけ人でありたいので」

 

 人でありたい。そんな願いを聞いたタカジョーは少し笑い。

 

「悪魔か人か。どちらにせよ中途半端は嫌われると思うな」

「それを認めさせるのが力で、あなた達の秩序でしょう?」

「そうだね。そのとおりだ。これは一本取られたな! なら、僕が気に入らないと言えば従うかい?」

「抗いますとも。それが許されるぐらいの力はあるつもりです」

 

 力あるものが正義な世界であっても、力に抗う権利はあるのだ。その先に待っているのが死であっても。

 

「はは。そのとおりだ。一時的にキレただけとも思ったが、その結果が君であるならばあいつの運は良かったんだろうな」

 

 あいつというのがオメテオトルだろう。

 上位悪魔の分霊であるとは気づいていたが、それでも大魔王にさえ逆らう悪魔たちを管理している悪魔が気さくにあいつと言う間柄であることに今更ながら汗が流れた。

 

「さて。本来なら君に関わるつもりもなかったのだけど。外的理由と私的理由の二つあってね。僕は君にとある提案をしたいんだ」

「提案だと? お前がか?」

 

 レミエルの多少の棘を感じさせる言葉に全く気にすることもなく言った。

 

「そうだ。その結果僕たちが提供するのは地上への帰還に関する可能性だ。それに対する対価は、そう。肉体労働さ」

 

*** ***

 

「地上への帰還? 肉体労働?」

 

 そこまで話したところで大沼が首を傾げた。

 地上への帰還方法があったとするなら、悪魔はもっと地上に蔓延ってもおかしくないはずだ。それを使わない理由はないのだから。

 

「しかし魔界から帰還できるということは、悪魔が魔界から好きにやってこれるってことだろう? だが現実にはそうなっていない。どういうことだ?」

「それについてですが。まず空いた穴はまだ完全には塞がってません。あちらで俺が気絶している最中に一時的に塞いだんです。念の為俺も上から結界張っときましたが。そのうえでその穴とは別の一度だけ使用可能な行き帰りができる穴があったんです。そしてそれは」

 

 京太郎はライドウを。正しく言うのであれば彼の前にある机の上で話を聞いているゴウトを見た。

 

「十四代目葛葉ライドウの遺産。詳しくはゴウトさんの方が知っていると思います」

「ライドウの遺産……?」

 

 大沼もライドウを見ていない。当時のことをこの場で最も知るのは十四代目と行動をともにしていた業斗童子以外に考えられないからだ。

 

「コウリュウは十四代目との契約を忘れていなかったか」

「地上の様子は感じ取っていた様ですけどそれでもまだ大丈夫だろうと判断したみたいです。でも大天使が壁に穴を開けて、俺が魔界に飛ばされたのを契機に戻ったほうが良いと判断したみたいです」

「……そうか。十四代目が死に契約の力も薄れたろうに繋がりは消えていなかったのだな。そしてそれは正しかっただろう。ヤツを求めて大天使が動けば無理にでもあの日現れていたかもしれん」

「はい。それを聞いて大分ゾッとしましたけど。それでコウリュウに関してはレミエルが尽力をすると」

「今はそれを信じるしかないか」

 

 これ以上戦いを起こしたくないというレミエルとマンセマット。四大天使の策が失敗し権威が落ち始めている今だからこそ止めることが出来るはずだと言っていた。

 天界に繋がりなどあるはずもなく、せめてゴトウたちとの決戦までは黙っていてほしいと京太郎は願い、レミエルはまっすぐに受け止めていた。

 

「待て待て待て。お前たちだけで話を終わらすんじゃない。十四代目の遺産? 超力超神じゃあなくてか」

 

 こめかみを押さえながら大沼は言い、京太郎は首を傾げた。

 

「そっちを俺は知らないんですけど」

「どちらも似たようなものだ。十四代目が関わりそして、今日まで残したもの。そして須賀くんが関わった遺産こそかつての世界大戦に日の本が巻き込まれた一因だ。あの、コウリュウは」

 




--------ここから前書きで書いた内容です。------------------

 不思議な空間だった。
 建築様式としては洋風だろうか。白い柱が立っているのがわかる。しかし周りを見ても壁はなく、とても小さな空間であることだけは分かった。
 何処にあるのかも分からない時計の秒針だけが時を刻む証明となりただ、立ち尽くす。
 その時一頭の蝶が現れた。
 空を舞う蝶は眼を見張るような赤い、血のような色をしており眼の前に降り立つとジットこちらの方を見ていた。
 暫くすると蝶は赤い妖しい色の光を放つと人の形を創った。

「この場に至る者が現れるとはどれほどの時が経ったろうか」

 眼の前にいるのは高校生ぐらいの少年だろうか。
 癖なのか手に持っているジッポライターを開閉するたびに、カチン。カチン。と特徴的な音が鳴り続ける。

「もはや力はなく、さりとて放棄すること叶わんこの身なれど役割は果たすとしよう」

 カチン! と、最後に強く音が鳴りライターを懐にしまう。
 
「名を、名乗ることができるかな? 名とは君が君であるという照明。それをしてもらおう」

 ――名前。
 浮かぶ単語はある。5つの言の葉。
 それを言うことは簡単だったが自分とはなんであったか答えることができなかった。

「名を名乗れない。いや、名乗らないのか。いやはや面白い。この場においてそこまでの思考が成し、それでいて揺れ続けるとはな」

 目の前の少年が何故楽しそうにしているのか理解できずにいた。
 狼狽える自分の顔を見て……いや、顔とは手とはこの場に本当にあるのだろうか?
 悩み、されどどうすればと顔を上げれば少年の身体が薄れていくのが見えた。

「……やはりこれ以上は無理だな。ともすればこれが最後になるやもしれん。良いだろう、さぁ名を名乗るが良い」

 少年が手を伸ばした。

「たとえ自身が何者か分からずとも。今はそれでいい、悩み続けるが良い。この手取ること叶うならば答えを手に入れることができるだろう。だが何かを手に入れるということは何かを失うということだ。誰かの幸せがまた誰かの不幸せに繋がっている様に」

 どうするかと問われ、あるかどうかもわからない手を見ようとすれば、先程までは不安定だった手が確かにそこにあると確信することが出来た。
 手は見えない。足も見えない。身体も見えない。けれど確かにそこにあるのだと断言できる。

 例えこれから先の人生を代償にするとしても、今を変える事ができるのであれば惜しくはない。
 そんな覚悟のもとに手を伸ばすと。

 暖かさが手を包み込まれ、名を名乗った。

*** ***

 すべての始まりが何処だったか。
 そう問われれば暑く、それでいて熱い夏の日だったと答えよう。
 ドームの中心で少女たちが打ち合っている。
 夏のインターハイ。高校生の頂点を決める戦いがそこで行われていて、自分はただそれを見ているだけだった。
 活躍をしている少女たちの姿は喜ばしいものだったが、それを見ている自分は同じ場所にいるはずなのにとても遠くにいるように感じた。
 結果は優勝こそ逃したものの準優勝。
 それでも初出場でこの結果は快挙であり、インタビューを受けながら嬉しくて泣いている少女たちの姿を見て……良かったと思うが、それだけだった。

 チーム戦が終わり、個人戦が開始されそれも終了すると、派手好き及びそれを実行することができる財力のある少女の鶴の一声で、お疲れ様会件優勝のお祝いを兼ねたパーティが催された。

 最初は行く気はなかったが、片岡優希が無理に引っ張り参加し、9割9分少女という中で色物扱いを受けつつ多少の騒ぎはありつつも皆々楽しんでいる。

 そんな中で。

「夏といえばやっぱり怪談とか怖い話だと思うんだじぇ」

 そんな事を言いだしたのは片岡優希だった。
 タコスのソースが口端についており、布巾でそれを拭いながら言った。

「怪談……花子さんとか?」
「チッチッチ。甘いじぇ! というか花子さんなんて子供向け過ぎ」
「じゃあ何なんだよ。口裂け女。皿数えるやつ? 山女? テケテケ?」
「ふふん。もっと洋風な話だ! というかやけに詳しくない?」
「中学の頃に百物語つって色々とネタは仕入れただけだぜ? 丁度本の虫も居たしなぁ」
「咲ちゃんが? 怪談とか平気だっけ?」
「苦手だけど話は知ってるって感じ。雑食で色々読んでるからなぁ。オススメなのないかー? って聞いたら色々と教えてくれてさ。」
「ほーん。のどちゃんは怪談とか苦手だからちょっと羨ましいような」
「……ああ、だから速攻で逃げたのか」
「だじぇ。で、本題だけどさ……ペルソナ様って知ってるじぇ?」
「ペルソナ様…… ユング心理学だっけ? でも様?」
「咲ちゃん本当にいろいろな本読んでるっていうか、その話をきかせてるんだな……まあいいじぇ。そういうおまじないだ。昔少し流行ったって聞いたんだ。で、よければやってみないかって誘いだ」
「へぇ。で、そのペルソナ様ってなんだよ」
「なんか超常現象とかおきるらしいじぇ? あとは願いが叶うとか」
「すっげーあやふやだな! 良いけどさ、暇だし」

 暇だったのは確かである。しかし願いが叶うという言葉に惹かれたというのが正しい。
 超常現象についてはオカルト能力がある以上、そんなものを見ても面白くないという考えもある。けれどもしかしたら手に入れる事ができるかもしれない。そう思ってしまったのだ。

「おもしろそうやんウチも混ぜてもらってもええ?」

 二人に声をかけてきたのは千里山高校の園城寺怜であった。
 倒れたという話も聞くが、今は顔色もよくどこかワクワクしたような表情を浮かべている。

「それ私も良い!?」
「うお!」

 ずいっと身を乗り出してきたのは大星淡である。

「いいけど、なんでだじぇ?」
「大会も終わって、暫く休みになっちゃうし。それに夏のイベントっぽくていいじゃん! 麻雀は面白いけど青春したいもん!」
「それなら友達と祭りとか行けばいいと思うんだけど」
「……いいじゃん。てかあんただれ」
「俺は……」

 そして。
 どれだけ派手にすれば気が済むのか、建物一つまるごと借りていたおかげで、使われていない部屋へと彼らは向かった。
 
 ペルソナ様。

 それは四隅にそれぞれ一人ずつ立ち「ペルソナ様、ペルソナ様、おいでください」と唱えながら前にいる相手の肩を叩く儀式だ。
 肩をたたいた人はその場で止まり、叩かれた人は同じ様に前に向かって歩きながら唱える。

 この場にいるのは優希たち四人の他に怜についてきた清水谷竜華に淡についてきた弘世菫の二人であった。
 両者とも心配でついてきたわけだが、心配の理由は各々違う。前者は純粋に心配で――後者は何かやらかさないかと心配だったのだ。
 時間も夜遅く。灯りを最低限に灯した教室の中歩みを進めた。

「それじゃいくじぇ!」

 片岡優希が先程の言葉を唱えながら前にいる大星淡に向かって歩いていく。

「簡単すぎなんだけど、本当にこれでいいの?」
「いいんだじぇ。ほらさっさといくじぇ」
「おっけー。えーっと、ペルソナ様、ペルソナ様。おいでくださーいっと」

 続いて前にいるのは唯一の男子生徒。
 身長がかなり高く、彼の肩を叩くのは誰にするかという問題が出た時真っ先に除外されたのは優希だった。
 残るは二人だが、少しでも身長が高い淡が選ばれ、今肩を叩いた。

「よいしょと。次よろしく!」
「分かった。ペルソナ様、ペルソナ様、来てください……と」

 足跡と少年の声だけが辺りに響く。
 そして眼の前に居る園城寺怜の肩を軽く叩いた。

「次お願いしますね」
「りょーかいや。さてさてどないなるやろ……ペルソナ様ペルソナ様はよきてやー」

 最後に怜が最初に優希が居た場所へと歩みを進めた。

「何が起きるじぇ?」
「……何もおきんやん」

 暫く経っても何も起きない。
 まぁこんなものかとため息を付きながら皆々が一箇所へと集まる。

「やっぱただのオカルトかー。雰囲気は良くてドキドキしたけど!」
「……ま、ちょっと残念やけどな」
「怜……」
「安易な奇跡なんてないってことやなぁ」

 残念そうにしている少女たちを横目に少年だけが気づいていた。
 薄暗い教室の中で白い仮面をつけた少年が姿を表していた。

【なんでもない日常。楽しい青春。友情。絆。繋がり】

【されど目に見えぬもの。気づかぬものはあるのだ。眼に見えるものだけが真実ではなく。日常に潜むは変化。この世にうつろわざるものはなく、ただうつろう】

【持たざるものよ。故に変化するものよ】

【人を見、経験し、その選択の果てを求めるが良い】

 その瞬間世界が光り輝きペルソナ様を行っていた四人が倒れ伏した。
 光とともに倒れた彼らを心配し、無事だった二人が救急車や連絡作業をしている中四人は似たような夢を見ていた。

『……片岡優希』
『……大星淡』
『……園城寺怜』

『……京太郎』

*** ***

 まばゆい光が京太郎の瞳を刺激する。
 それが契機となり落ちていた意識が引き上げられ瞼が開かれた。

「京ちゃん!」

 ――咲?

「うん。はぁ……よかったー。このまま起きなかったらどうしようかと思った」

 眼をこすりながら上半身を起こす。
 目が少し霞んでいるが咲が少しだけ泣いているのが分かり申し訳ないと謝罪しつつ、ココが何処なのか。俺は一体どうしたのか問いかける。

「あ、うん。ペルソナ様だっけ? 京ちゃんたちがした後に光が走ったのは覚えてる? って、私も聞いただけなんだけど」

 なんとなく覚えている。
 ペルソナ様の儀式を行った後結局何も起きずにこんなものかと言っていたら眼の前が真っ白になったのだ。
 それからは何も覚えていない。

「京ちゃんだけじゃなくてペルソナ様をした人たちみんなが倒れちゃったんだ。お医者さんは一時的な脳震盪のようなものだって言ってたんだけど念の為入院させて様子を見ようって話になって……」

 そうなのかと答え、他のみんなはどうしているのかと問うた。

「まだ起きたって話は聞いてないんだけど……。京ちゃんが起きたならそろそろ起きるのかな?」

 あの時ペルソナ様をしていたのは自分を含めて四人だった。
 心配になりベッドから立ち上がろうとするが慌てた様子で咲が押し止めようとする。

「無理しちゃダメだよ!」

 無理なんてしていない。よく眠れたお陰なのか体調的にはかなりいいのだ。
 右腕に取り付けられた献血の針を抜きつつそう言ってベッドから立ち上がる。

「もう!」

 悪いって。
 膨れる幼馴染の頬を軽く突きながら部屋を出るのだった。

*** ***

 結果から言えば同時期にみんな目覚め元気な様子を見せていた。
 唯一元々体力のない怜だけが竜華にかなり心配されて、まだ入院していたほうが良いとまで言われていたが、本人が大丈夫であると押し切っていた。
 それでももう一日様子を見たほうがいいと医者からの申し出も有り、彼らは渋々といった様子ながらも一日だけ入院期間を延ばすことにした。
 もう一日と医者が言ったのは彼らが倒れた理由が謎だからである。
 今大丈夫でもまだ目覚めたばかり。せめて一日だけ様子を見たほうが良いと考えたのだ。加えるならば龍門渕にきちんとやってますよーというアピールがあったのも否めない。

「というわけやな。過保護過ぎるのが玉に瑕やけど、それでも竜華がおったからウチはここにおれるんや」

 トランプのスペードの13を眼の前に出しながら怜は言った。

「友だちは大切だじぇ。私だってのどちゃんが居たから毎日楽しいし」

 優希がジョーカーを繰り出す。
 しかし京太郎がスペードの3を出した。

「は? 何しているじぇ」

 ジョーカー単体にはスペードの3でいけるはずだと訴える。

「いやいやそれ知らないんだけど」
「あ、私もそれでやってたなー。イレブンバックは? 8だけじゃなくて5飛ばしもあるんだっけ?」
「えぇ……」

 ルールの確認やらずにしたのは失敗だったかと言いながら一旦全員のカードを回収した。
 トランプゲームの一つ大富豪は数多くのローカルルールが存在する。そのせいで齟齬が発生したのだ。

「知らへんルールもあるしメモらないときついで」
「二人以上知らなかったからそのルールは無しで良いんじゃないかじぇ? というわけでそのスペ3は知らなかった」
「ウチは知ってる」
「私も―」

 3体1だなとニヤニヤしながら答える。
 ムッとして膝をバンバン叩いてくるが知ったことではない。

 こうして集まっているのは全員が全員暇を持て余しているからだ。
 もう一日と言われても何もすることがなく退屈だった。
 病院の備品に使われていないトランプがあることが分かり、優希が先導し皆々を集めこうして暇な時間をつぶすことになったのだ。
 全員人見知りしない正確だったのが良かったのだろう。男子である須賀京太郎が混ざっているのに多少の警戒もあったがしばらくすればそれもなくなった。

 ババ抜きから始まり七並べ、神経衰弱と色々とやったが七並べをした時は空気が凍りついた。
 だれも! 出せるのに! 次のカードを出そうとしないのである!
 出せよという圧力にニヤニヤするやつが犯人で仲良くなりそうだったのに亀裂が走り止めた。
 勝つためとはいえ眼に見える悪意を垣間見せられればどうしても仲が軋む。それも話すようになって少ししか経っていない間柄なのだ。無理もない。

「これで都落ちや! 高校百年生が情けないわ―」
「むー!! 次勝つのは淡ちゃんだし! ……蹴り落とす」
「タ、タコスが切れて力が……」

 これでもじゃれているレベルである。それとタコスが切れるってタコスは薬なのだろうか。
 外を見ればまだ明るいが時計を見ればもう18時近く。そろそろ部屋に食事が用意される頃合いである。
 そろそろ解散するかという話になり、優希の部屋に集まっていた面々は部屋を出て優希も飲み物を買いに行くためについてきた。

「……なんやろ。なんか騒がしない?」
「むっ。確かに……なんか言い争っている声がするじぇ」
「あれじゃない? いい歳した大人がみっともないよねー。身体悪くしてる人たちだって居るのにさ」

 自分たちも体調を悪くしている人たちの一人である。
 どちらにせよ関わり合いにならないほうが良いだろう。

「うるせぇ!! お前が勝手に転んで怪我したくせに俺が悪いって責めやがって!!」
「女殴ったあんたが悪いのは当たり前でしょう!? 男のくせに情けない!」
「あぁ!? 人の金盗んでブランド物を買い漁ってるアバズレの盗人が! 俺が情けねぇならお前は人でなしだろうが!!」
「なにさ!!」

 よく見れば確かに女の方は左腕に包帯が巻かれ固定されている。
 勝手に転んでの件を考えると金について責められ逆ギレして逃げようとしたが階段から落ちて骨折した。とかだろうか?
 本当はこの場から去りたいと思うのだが入院している部屋に行く最短経路は彼らの近くを通るしかない。
 諦めて回り道するかと考えた時だ。右手に持った鞄で男の頭部を打つと鈍い音が辺りに響いた。
 ふらっとよろめいた男は足がよろめき倒れる。

「……て、め」
「なにさ! ざまぁないね!」
「許さねぇ……絶対許さねぇ!! 警察に、うったえ、て……!」

 そして倒れた。
 事態を聞きつけてやってきた看護師と警備員が女を取り押さえる。
 遠目から見ているだけだったが、警備員が鞄を弄る中には数多くの宝石が入っておりそれが打撃の威力を底上げしたのだろう。

 早く先生を!

 そんな女性の声が響き近くに居た外科医が男を診察室へと連れて行くのを見送る。
 取り押さえられた女は私は悪くないなどと訴えているがこれだけ多くの人が居る以上それは通じない。
 
「はー。すっごいの見ちゃった」
「大阪人も手が早いけどあれには勝てんわ」
「そこにこだわっちゃダメだじぇ」

 同感と返しつつ改めて自室へと戻ろうとするが。

「悪くない。私は悪くないのよ!!」

 女の叫び声がすると同時に老若男女の悲鳴が木霊する。

「は?」

 その声は自分を含めた四人の誰が出したものだったか、男二人に取り押さえられていたはずの女が自由の身になり、取り押さえていた警備員の顔を殴ると身体が吹き飛んだ。

「悪くない。そうよ、私は悪くないんだ……!! 好きに生きれないこの世界が悪い……!」

 様子がおかしい。
 女の後ろに何かが見える。まるで蜃気楼のように霞がかっているが仮面をつけた金色の瞳が女を見据えていた。
 仮面の人間は女の首に手をあてると顔へと這わせていく。
 気づけば女の顔には同じ仮面が取り付けられていた。

「なんやあの仮面」

 怜がそういった瞬間突風が巻きおこった。
 異常事態は起きていてもここは病院内だ。そこに風が吹いていたとするなら窓が空いている以外にはない。しかし今は夏。窓は閉じられ冷房が効いている状態だ。
 荒れ狂う風は物のみならず人をも巻き込み吹き飛ばしていく。
 窓に叩きつけられたベンチが窓ガラスを砕きそれを皮切りに人々が飛んでいく。
 それに巻き込まれず、ただ遠くから見ていた人々は近くの部屋へと入り込むと勢いよく扉を締めた。
 残ったのは自分たち四人だけだった。

 女の眼がこちらを捉えた。
 風が吹き身体が飛ばされてもおかしくないはずなのに縫い留められたかのようにこの場から動くことが出来ない。
 一歩、また一歩。死が近づいてくる。
 心臓の鼓動が強く激しく高鳴り呼吸さえも覚束ない。過呼吸で倒れてしまうのではないかという時だった。

『迷い、膝をついている場合か?』

 声がした。自分に似た、けれど老年の男の声だった。
 それと同時に身体の周りに光が囲むように現れ目の前にはカードが映し出されていた。
 その柄はタロットカードの大アルカナ『愚者』の様に見える。

『道なる先に夢を求めることもせずここで倒れてよいのか? そうでなければ立ち上がり我が名を喚ぶが良い』

 先程まで動くことのなかった身体が不思議と動き始めた。
 風による傷は未だ癒えていないが、痛みが生きている事を実感させてくれるのか逆に力が滾ると感じるほどだ。

「きょ、京太郎?」

 優希の声がした。
 後ろに誰かが居るという事実が背中を押す。

『我は汝、汝は我。我は汝が繋がりし心の海より出でし者……。幻夢に広がりし深淵を統べる』

――『ノーデンス』なり!



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ちなみに上記を書くの止めた理由は彼奴を再現できる気がしなかったからです。結末だけは決まってるんですけど大事なのは過程ですよねって。

旧ペルの世界観なんで京太郎が愚者なのにはあまり意味はなく、現状の京太郎が最も近い大アルカナが愚者なだけです。ワイルドは居ないっす。














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