デビルサマナー 須賀京太郎   作:マグナなんてなかったんや

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感想、誤字報告いつもありがとうございます。

まとめ話はさっさと終わらせたいんですけどね……。
次は一気に更新するかもしれない。


『5日目 夢のカタチ』

 避難所の外に出ると月が明るく輝いていた。

 白く輝く月は日中に出ている太陽と違い陰ることはなく地上を照らしている。それだけではなく月の周りには数多くの星々を見ることができるのは、東京という都市の建物が光を発していないのも原因のひとつなのだろう。

 ただ、京太郎が気づくことはなかったが、月の満ち欠けを考えれば月が丸く視えるなどありえないことである。

 ともあれCOMPの光に頼ることはなく舗装された道を歩くことが出来るのはその月のお陰でありだからこそ黒装束に身を包んだ青年を見落とすこと無く見つけることが出来たのだ。

 

 葛葉ライドウ。

 男の眼から見ても美しいと形容する容姿を持った青年は、手元に何かを持って屈んで腕を動かしていた。

 なんだろうとよく見れば、なかなかに低い威厳のある声でしゃべるゴウトドウジがごろにゃーんと猫のように動いている。

 ライドウ。彼の手元にあるのは猫じゃらしだった。

 

「来たか」

 

 そう言いつつ猫じゃらしを動かすことを辞めようとしないライドウ相手に、必死な声でやめろぉ! と訴える声が聞こえる。

 仕方がないというようにため息を付きながら猫じゃらしをしまいつつ立ち上がった。

 

「えっと一体何を?」

「趣味だ」

「趣味? え?」

「葛葉ライドウとして生きる私の唯一の楽しみとでもいうべきか」

「動物好きなんですか?」

「どうだろうか。猫も犬も悪魔が擬態している時があり、油断してはいけない」

 

 猫じゃらし振ってる間ににゃー! と爪で引っかかれ殺されてはたまらないのである。

 

「でも俺は動物好きっすよ」

「そうなのか?」

「はい。子供の頃、親にカピバラって動物を買ってもらってそれがもう可愛くて——!」

 

 親ばか談義ならぬ飼い主談義に入ろうとする京太郎を一つの咳が押し留めた。

 猫じゃらしに翻弄されゴロゴロしていた先ほどとは違い、威厳のある表情で二人を見る黒猫が居た。

 

「明日のこともある。話は手早く進めよう」

「あ、そっすね。話があるって呼んでもらっておいてなんですが、俺からまず話をしてもいいですか?」

「話とは?」

「実は……」

 

 京太郎がライドウに話したのは園城寺怜についてである。

 彼女の予知能力に関してはライドウと業斗童子も知っていたらしく、最も近い未来を視るだけであれば問題はないはずだと返した。

 

「俺も仲魔たちもその認識だったんですけど、その能力が進化してました」

「進化?」

「最も訪れる可能性が高い未来だけじゃなくて、枝葉を辿るように違う可能性も視ることが出来るようになったみたいです」

「ゴウト」

「うむ。よく話をしてくれた。その様な力を持っている少女を放置することはできないな」

「はい。仲魔曰く俺の仲間じゃなかったら攫ってたわと。ただヤタガラスも慈善集団ではないでしょう?」

「……それは」

 

 ヤタガラスとはつまり国を守る組織である。

 葛葉ライドウはその中でも帝都、つまりは東京を中心として守護する存在でありライドウも上からの命令に逆らうことが出来ない存在だ。

 だからこそこれは交渉である。

 

「しかし俺はそれを望まない。ヤタガラスが園城寺さんを確保すれば、その力を利用し後継に継がせようとするでしょう?」

 

 命の保護と引き換えにヤタガラスはその身を要求するだろう。外には自由に出ることができなくなり、国を護るためにその力を後継、つまり園城寺怜に子供を産ませようとするだろう。

 要は好きでもない相手の子供を生む可能性が高いわけである。

 命があっても自由がなければ生きていると言えるだろうか?

 

「それに俺はヤタガラスの全てを信じれるわけでもない。組織は腐るものだから」

 

 もしヤタガラスが弱体化することがなければ今回の事件を前もって察知することだって出来た可能性がある。

 大沼はかつて京太郎に向かって言った。

 お前のように前線に立ち力をつけた者が居る事を知った他の退魔師にやる気がでてきたと。

 何が原因なのかはわからないが、ヤタガラスの退魔師たちはやる気を失い組織的に弱くなっていたのは確かなのである。

 そう考えているのを知ってか知らずか、ゴウトが問いかける。

 

「君は知っているのか?」

「……何がですか?」

「……。いや、なんでもない。だが君が危惧することも分かるが……。果たして須賀君がそこまでする理由があるのか?」

「え?」

「園城寺怜と君は赤の他人のはずだ。少なくとも我々が須賀京太郎を調べたとき園城寺怜は近くに存在しなかった。なのになぜ」

「それは」

 

 すぐには答えず、空を見上げればそこにあるのは彼らを照らす月と星々だけだ。

 月も、星もなにか教えてくれる訳ではないが、その輝きは不思議と京太郎の心を癒やしてくれるようだった。

 

 昔であればどう答えただろうか。

 天江衣を助けると決めて行動したとき果たして自分は何を考えて、何を感じていたのか。たかが二ヶ月前の自分のことが何もわからなかった。

 けれど。

 

「助けれる人をもう見捨てたくない。ただそれだけです」

「それは辛い道だ」

「でももう助けるって言って、それを聞いて安心する顔を見ちゃったので。なら仕方がないじゃないですか」

「む。いや、しかし」

 

 妥協の仕方がおかしかった。

 ゴウトの眼から見ても今の京太郎の笑みは弱々しく明日戦わせにいかせてもいいのか悩むほどだった。

 言いよどむゴウトの背を屈んで撫でると。

 

「どう考えている?」

「絶対の安全は無理だとは思ってます」

「そうだな。もし彼女が力を使い、その瞬間を運悪く見られればそれで終わりだ」

「なので先の話と矛盾はするけど、少なくとも護るために一定の不自由は必要だとは思ってます」

「警護をつける必要があればそうなるだろう」

 

 警護の究極系が監禁であるのは間違いない。しかしそれをすればヤタガラスに預けるのと同じだ。

 

「一定の自由を与えた警護は中々の労力だが……」

「それでも組織に任せるよりは随分マシな気はします。園城寺さんがどう考えるか次第ってのはあるけど」

 

 もしかしたらヤタガラスが保護することを受け入れる可能性もある。そうなればこうして京太郎が悩む必要はないが、考える、助けると伝えた手前色々と、出来得る限り選択肢は作らねばならない。

余計な責任を背負ったとも言えるが、かと言って見捨てるのは言語道断である。

 

「だが須賀くん。それを我々に話してよかったのか?」

「はい?」

「我々もヤタガラスに属する身。報告する義務はある」

「話してもいいっすけど、そうしたら結界はどうなるかなって話をしなきゃいけないですよね?」

「む……」

「それを言えば立場的に悪くなるのは分かってます。でもそれがなんなのか」

 

 半人半魔になった時点でヤタガラスから完全に信頼される立場ではない。しかし京太郎には絶対的とはいえないが強力な鍵が存在する。

 四天王と契約を結び結界の要である刀と、そして京太郎自身がそれだ。

 

「話さないという前提で俺は相談してます。もしそれを破ったなら俺は帝都の結界を盾にします。たとえもう一つ結界があっても破る方法は知っている。そして俺は自分の意志を貫くために力が全ての場所に行ったって良い」

 

 何もダークサマナーになる必要も、ガイア勢力に協力する必要もないのである。ただ力があることが正義である勢力は今の京太郎には心地よいだろう。

 そして京太郎がそっちへ行くということは、四天王の力もそっちへ行くということである。

 

「脅迫、か」

「交渉っすよ。女の子一人で帝都の安全が買えるならば買いません?」

「その女の子が普通の女の子であるならばな……」

「……こちらからも条件がある」

「はい」

「今回の事件で私は思い知った。いくら力があれど一人ではどうしようもできないと」

 

 一人ですべてを行うことが出来る存在なんてどこにも居はしない。たとえ全知全能の神と言われていてもそれが不可能なことは神が生み出したという人が否定するのだ。

 

「薄々感づいてはいた。ゲオルグに足止めされ、本来私が行うべき事を君に任せしまったことで痛感した」

「それは……俺もです。衣さんのときも今回も、俺一人じゃダメだった」

「元よりその話をしようとしていた。私、十六代目葛葉ライドウが君に求めるのは帝都の守護を務める友だ」

 

 今まで葛葉ライドウ一人である程度賄えたのは事件を起こす存在が、それほど組織で連携するわけではなかったからだ。

 正しく言うのであれば、連携はしているがそれでも限界はあったのだが、科学の発展により遠く離れた相手とも容易に連絡を取れるようになった現在においては話が違う。

 たとえ力がなくても、即座に連絡を取り連携することが出来るようになった以上、ライドウ一人ではどうしても遅れを取るようになる。

 ライドウ以外の力のある退魔師は数人居るのは確かだが、彼らが帝都にかならずいるとは限らない。

 

「帝都を拠点とし私と連携して行動を行うことのできる、信用出来る相手を私は求める」

「でも俺は半人半魔で」

「それに何の意味がある? 君の仲魔はたしかに警戒しなければいけないが、君自身はそうじゃない。裏のない人間が魔に近づいただけだ」

 

 果たして本当にそうだろうか。

 ライドウの言葉に素直にうなずく事ができないのは、今の身体になって数日しか経っていないからだ。

 今は変わっていなくても、明日、明後日、一年後……そうして時が経てば変わってしまうのではないかと考えてしまう。

 

「……それに、普通の人間ではないという意味では私も変わりはしない」

「え?」

「ライドウ!」

 

 咎めるゴウトを抑えながらライドウは続ける。

 

「夢。最近言われたこの言葉こそ私をこれ以上無いほど表している」

「夢……?」

「君と違うのは、望まぬ形で君はそうなり、私は望まれてこうして存在していることだろう。そういう意味では私はまだ幸せであるといえるかもしれない」

「でもそんなことが……」

「愚かな話だが、それでも夢を叶えたいと願い、方法があれば行ってしまうものなのだろうな。……十四代目とはいえ流石に考えてはいなかったはずだ。まさか自分のクローンが産まれるとは」

「クローン!? でも羊とか牛とかなら兎も角人の?」

「できないと思うか?」

「……それは」

 

 出来ないとは言えなかった。

 牛などの動物で出来るなら、可能性は確かにあるだろう。

 

「彼らは先代のライドウと十四代目の力量差について悩んでいた。十四代目ほどの力でなければ帝都は護れないと」

「そう考えて、十四代目に迫ろうとするのではなく、十四代目を再び生み出そうとしたと?」

「愚かな話だが、そうでなければ今私はここに居ない。そこについては感謝しているよ。だがここでとある問題が発生した」

 

 さて。【葛葉ライドウ】とは襲名制と言える。

 ライドウ候補といえば良いか。そう呼ばれた者たちは競争し試験を乗り越えた蠱毒の王がライドウとなるのだ。

 

 ヤタガラスの弱体化に付いての話が、今回の話につながってくる。

 見た目は蠱毒だが、最初から期待され生み出された存在がライバルとして存在してしまったことで、【頑張っても自分たちがライドウになることはない】と候補たちのやる気が減退し、老人たちの目論見通り才は十四代目に迫る存在が産まれたが、組織としては弱体化する一因を生み出してしまったのだ。

 

 その話を聞いて。

 

「ははは……」

 

 乾いた笑い声を出したのは京太郎だった。

 例え自分と同じく普通でなくても望まれている時点で立場が違うのだ。しかし……。

 

「なにはともあれ園城寺さんに話をしないと。納得してもらえるかはわからないし……」

「それはそうだな」

「でもまぁ。良いっすよ」

「ん?」

「園城寺さんが俺の話を受けてもうけなくても、帝都の守護は手伝います。……ライドウの近くにいるっていうのは俺的にも美味しいし」

 

 半人半魔となった京太郎がライドウの近くにいるということは、ライドウの監視をうけているのと同じというわけである。

 つまりヤタガラスからの余計な監視とかを受ける確率は少なくなるだろう。

 

「……そうか。詳しい話は明日以降行いたいが、龍門渕にも関わってほしいと思っている」

「龍門渕ですか?」

「ヤタガラスとは異なる大企業ならではの情報網があるはずだ。その情報が大事になる可能性もある」

「……俺に目をつけた理由に龍門渕と近いから、ってのもあったり?」

「否定はしないな」

「それも龍門渕がうけてくれるかは別な気がするので、話し合い次第ですね、結局」

 

 龍門渕とて企業である。何かを求めるなら何かを差し出す必要はあるのだ。たとえ京太郎が恩人だとしてもそこは譲れないだろう。

 

「なので少しでも好印象を与えるべく、人質救出は頑張りましょうってことで」

「神代小蒔と龍門渕透華か。無事であればいいが」

「……ですね」

 

 今もって二人を誘拐した理由が見えていないのが怖い。

 神代小蒔に関しては太陽の輝きを奪うためと言えるかもしれないが、なぜそんな事をするのかがわからない。

 

「そうだ。これを渡しておこう」

 

 ライドウは懐からメモ帳を取り出すと京太郎へ手渡した。

 メモ帳は新品のようであり、何かしらの魔術が刻まれている訳でもないただのメモ帳だった。

 

「ゲオルグの使用する悪魔に関して私達が知ったことを書き記した。恐らく彼は君の前に姿を現すはずだ」

「ありがとうございます。上等です、アイツは絶対に俺が倒します」

「一つだけ気になる事がある。どうにもアイツは君を倒すことに固執している訳ではないようだ」

「……え、でも」

「正しく言うのであれば、君に固執しているが倒すことには固執していない。あの時アイツは」

 

 万能弾を使役する悪魔の力を纏った刀にて薙ぎ払い、ゲオルグが召喚した炎の精をそのまま打倒したその時大きな爆発が起きた。言うまでもなくそれは大天使の最後の一撃である。

 それを見れば爆心地に居る京太郎はほぼ確実に死亡したと考えるだろう。

 京太郎に固執していたゲオルグはさぞ肩を落としたと考えたライドウであったが、ゲオルグが浮かべていたのは凶悪な笑みだった。

 

「笑み……? 俺が死んで喜んだ? てっきり強くなった俺と戦いたいんだと思っていたけど」

「奴が何を考えいるのかはわからない。しかし気をつけてくれ」

「はい。そうだ」

 

 京太郎は懐からとある筒を取り出した。

 古臭く、所々傷ついているそれを見たライドウは受け取ると。

 

「これは……」

「一度だけ手を貸すと。今はそれ以上は望むな、だそうです。もっと言うと維持はするがそれ以上の事を望むなら自らの力で従えにこい、だそうです」

「そうか……そうだな。それが私たち退魔師と悪魔の付き合い方だ」

 

 結局の所弱肉強食の世界なのが人と悪魔の付き合い方だ。力ない人間に悪魔が従うことはなく、逆に言えば力があれば従ってくれる可能性がでてくる。

 

「これから軽くですけど園城寺さんと話してきます。すぐに答えはもらえないとは思いますけど」

 

 自分の人生を決める選択を簡単に決めることなんて出来ないだろう。

 そんなバカなと言われる可能性が最も高く、悩んでくれるだけで十分だ。大切な人を守るために頑張って、その結果がこれなのだからそんなバカな。なのは間違いではないのだから。

 

「すまないが頼んだ。その後寄ってほしい所がある」

「寄ってほしいところ?」

「一人捕らえただろう。その女性の話を聞いておいたほうが良い」

「わかりました。場所を後でCOMPに送ってもらえますか?」

「分かった」

 

 ライドウに背を向け京太郎は避難所へと戻る。

 園城寺怜に先程の話をするためだが、京太郎は別のことを考えていた。

 ゲオルグの話を聞いたからというわけではないが、今の力で明日を迎えて良いのかそう思ったのだ。

 当然仲魔の強化は前提だが、これまでの戦いで感じてきた感覚がある。

 順当に強化するだけでいいのか? と。

 

「——切り札。何が起きても覆せるかもしれないそんな一手」

 

 そう考えた京太郎のCOMPにとある文字列が刻まれた。それは悪魔からの甘い誘いだった。

 


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