デビルサマナー 須賀京太郎   作:マグナなんてなかったんや

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『6日目 深淵に覗かれた者たち』

 退魔刀赤口葛葉が空に煌めく月の反射を受けながら振り上げられる。

 学生帽に隠れているライドウの瞳に光はなく、ただその瞳には悲しみだけが宿っていた。

 

「……そんな眼をする必要はないわ。貴方はただ帝都に仇なす悪を討った。それだけよ」

「だが」

「さぁ止めを刺してゴトウの元に急ぎなさい。須賀くんなら大丈夫。あの子が負けることはないわ」

 

 未だ異形の姿なれど、意識は慶弔なのだろう。彼女の声とツクヨミの声、そしてノイズ音が混じり合った不思議な声で言った。

 

「なぜそんな事が言える?」

 

 ゴウトの声色に若干の不満感が含まれていたのはヤタガラスの、ひいては自分たちの力量不足で人をやめた少年に対して責任もなにも感じていないような言動に対して不快感を覚えたせいだった。

 それに気づかない慶弔ではないのだが、もはや自分がどう思われようとも彼女にとっては重要な事柄ではなかった。

 

「彼がこの事件が始まったときから成長していないならばともかく。戦い続けてきたでしょう?」

「それはそうだが、我が見積もったところ彼は身体能力であればともかく総合力ではライドウに劣り、ゲオルグとは同等だろう。確かに仲魔は強力だがそれは彼奴も同じ。にもかかわらずなぜ楽観視できる?」

「そこは情報の差ね。ゲオルグは、彼は決してあの子に勝てない。だって歪み、僻み、自身の心さえも欺きながら生きている男がずーっと前だけを向いて走り続け強くなった少年と対等なはずがないでしょう?」

 

 当然の話だが事件開始時の京太郎であればゲオルグには勝てなかった。

 心がどうであろうとも絶対的な力の差が存在する場合、ただ蹂躙されるだけの哀れな存在に過ぎないからだ。

 しかし、成長し強くなった今であれば話は別だ。

 

「だから安心して貴方はゴトウの元に行きなさい」

「……貴方は」

「私は彼の身体とともに消えるわ。今回の事件に同意し、加担した私が生きていることは許されないのだから……」

 

 永望の元へ這いずりながら移動しようとしたその時だった。

 空から飛来する勾玉が彼女の身体を捉え、それを見たライドウが救おうと咄嗟に足に力を込めた。

 

「刀を構えろ、ライドウ!」

 

 ゴウトの叫びに応えるように収めていた退魔刀を引き抜くと頭上より現れた剣から身を守る。

 金属同士がぶつかり合う派手で、鈍い音が辺りに響く。

 

「これは」

 

 それは古びた剣であった。刀のように断つ様に出来ている様には見えず、頑丈で益荒男が振るうごつい見た目をしていた。

 使い手の姿は見えず、恐らくはものすごい勢いで投げられたのだと気づいたときには一人の男が慶弔を確保していた。

 

「貴様は」

「……悪いな。そしてありがとう。俺の願いどおりにツクヨミを降ろしてくれて。これで俺の準備は整った」

「待て!」

「俺にかまっている場合かな?」

 

 スーツ姿の男は彼方を指差すとライドウたちに突風が襲いかかった。

 爪を立てて飛ばされないようにふんばろうとするゴウトだが、抑えが効かず飛ばされかけたところをライドウに救われた。

 

「すまない、ライドウ。しかしこれは」

「元凶様がお待ちかねだ。俺の出番、いや、やりたいことはその後にするって約束なんでな……。ではな、今代のライドウ。お前がゴトウを打倒したその先で待っているぜ」

 

 そうして風と共に男は消えた。

 剣も、勾玉も、慶弔も何もかもが残っておらず、ただ物言わぬ屍とかした永望の死体だけがそこに残っていた。

 

「スルト」

 

 呼ばれた炎の魔神が力を振るうと永夢の肉体は灰になり、空いていた筒を取り出すとその中に入れた。

 

「甘いな、だが死者に鞭打つ必要はなし。さっさと終わらすとしようぜ」

「分かっているさ」

 

 スルトを筒へと収めライドウは行く。

 眼で確認するまでもなく戦いの音が帝都中に響いている。決着までにはしばしの時が必要になるだろう。それがわかっていてライドウは背を向け歩く。

 

「良いのか?」

「元よりそういう策だった。それにここで手伝いに行くほうが、彼を信頼していない証左になるだろう」

「それもそうだな」

 

 須賀京太郎より一足先に葛葉ライドウがゆく。すべての決着をつけるために。

 

*** ***

 

「召喚プログラムとは面白いものだな! 本来私と戦うべき存在とこうして共に闘うことさえできるのだからな!」

 

 面白そうにあざ笑うのはご存知ニャルラトホテプ。その言葉は仲魔であるはずの火の玉……クトゥグアに向けられていた。

 よくよく見れば何かに抗おうとするかのように火の玉は震えており、しかし召喚者であるゲオルグの意思に逆らえないのがわかる。

 人に神魔は契約を必ず履行しろと迫るが、神や悪魔にもそれは当てはまる。どれだけ自身の意志と逸脱していたとしても契約に縛られている以上クトゥグアはゲオルグの意思に逆らう事はできない。

 

「サマナー」

「分かってる。ソナーでの警戒は欠かさない」

 

 ゼブルの警告に黒髪となった少年はそう応え、ゲオルグへとただただ向かっていく。

 そんな京太郎を迎えるのは無数の弾丸と火の鳥だ。クトゥグアの眷属でもあるそれもやはり契約に縛られている。

 ゼブルの言葉は、悪魔召喚プログラムを利用した奇襲の警戒を促すものである。

 本来召喚プログラムを行使するデビルサマナーは、自身は隠れ使役する悪魔たちを用い数で攻めることが最も強力な戦術であるとされる。そういう意味では京太郎とゲオルグは本来のサマナーとは異なる運用法をしているのは否めない。

 だがそれでも、古いサマナーと比べて召喚可能な悪魔の数はもちろん多いのである。

 自分たちに意識を向け後ろから用意した悪魔で刺すことぐらいはしてもおかしくはないのである。

 

 両陣営から数多の炎、氷、電撃、風。もしくは何にも属さない万能属性が飛び交い、遠くからその戦いを見守る人々にとっても異常と言えるその光景の中で優勢をとっていたのは京太郎たちであった。

 火の玉の姿という弱点は何だと問われれば簡単に導けてしまうのもそうだが、行動速度の速さが決定打となっていた。

 

 ゲオルグは逐一指示を出す。

 攻撃・補助・回復。ありとあらゆる魔法が飛び交う中で、有効な命令を仲魔たちに繰り出す。

 しかしそれでは遅く、そんな戦いになっていたからこそ新しく仲魔になっていたデュラハンを繰り出せずにいる。

 

 須賀京太郎はただ戦いに集中する。

 ニャルラトホテプのメギドラオンが、クトゥグアの炎が、いつの間にやら現れたムーンビーストと呼ばれる化け物の槍をその身に受けたとしてもただ前に。

 攻撃を受ければ当然怯む。だがそれで止まることはない。

 肉体がマグネタイトで構成されている部分であれば欠損したとしても意識は飛ばない。人間の肉体部分を最低限守り悪魔の肉体で受けて前へ行く。

 京太郎の指示は最小限だ。してほしいことをただ伝えているだけ。

 一から百まで指示をする必要なんてもうありはしない。そんな生ぬるい戦いを生き抜いてきたわけではないのだから。

 

 だからこそ、かつて格下であった時ならばともかく。同格となり仲魔の質で上回っている須賀京太郎が敗北する余地などない。

 

 それに何より。

 

 何かが京太郎の背を押すのだ。ここで倒さねばならぬと、倒してくれと願うナニカがいる。

 

 それが何なのか。それは直ぐに判明した。

 

 懐から取り出した弾倉に目をやる。

 明らかに京太郎に放たれてきたこれまでの弾丸とは異なる力を持ったもので、それに気づいたときにはすでにGUMPに込められ耳を覆いたくなるほどの大きな銃声でもって京太郎に撃たれた。

 まばゆい光とともに放たれたそれは至高の魔弾……と呼ばれるスキルのコピースキルである。威力は多少劣るものの万能属性の素質を持っていなくても万人が扱える代物である。

 

「ぐあっ」

 

 刀で受け止めるものの、万能の力の宿った一撃は京太郎を吹き飛ばしビルの壁面へと叩きつける。

 舞う埃を左手を振るう事で払いつつゲオルグを見れば。

 

「ーー召喚」

 

 発せられる言葉とともに出現する新たな悪魔、その姿は。

 

「ア、アァァァァ……」

「これは……」

 

 京太郎にも見覚えがあるそれは【母子合体悪魔】のそれだ。

 だが違うのは合体され現れたそれらは、母と子。それだけではないことに尽きる。

 

「コ、ロ、シ……アァァァァァァ!!!!」

 

 上下の長さが異なる4つの足で京太郎に迫り、これまた長さが異なる腕で振るわれるデスバウンド。

 甘んじてそれを受けたのは衝撃を受けたからとかそういう理由では全く無かった。

 

「どれだけ、どれだけの人を!」

 

 京太郎の怒りの瞳は彼らには向けられていない。その先に居る男に向けられたものである。それをあざ笑うかのように召喚の光、マグネタイトの光が京太郎の周囲に発生する。新たなる人間合体悪魔が召喚されたのだ。

 

 合体された彼らに共通点は余りないがあえて言うならば、年齢は若めということが言えるだろうか。それでも老人が合体されていたりもするし、あえて言うならばという違いでしかない。

 

 だがそんな合体悪魔であっても、今の京太郎を阻むには足りない。

 マハジオダインが彼らを尽く焼き尽くし、懐から取り出した拳銃による炎弾がゲオルグへと向けて撃たれた。

 

 身体を構成するマグネタイトが分解される中で。

 

「アリ、ガ……」

「あ、い、つ、をぉぉぉぉ!!!」

 

 マハタルカジャが合体悪魔から京太郎たちへとかけられる。当然契約違反の行動でありそれを咎めるように彼らに激痛を与えるがそんな物は彼らにとってはどうでもいいことだった。

 契約から開放され死ぬこと……それが彼らの唯一の願いだから。

 

 彼らの願いに押されるように京太郎は再びゲオルグの元へと駆け出す。

 

「簡単に殺してくれたもんだ」

「させたのはお前だ」

「そうだな。だが容易くそれを行えるお前はもう十分立派な悪魔だ」

「悪魔で良い」

「……なに?」

「お前を殺せるならば、今は悪魔でいい!」

 

 京太郎の激情に答える様に刀も力を発揮していく。

 これまでの戦い方はどちらかと言えば手数を重視するものだった。サマナーである京太郎本人が主に前線を務める以上防御力を重視するべきではあるのだが、それ以上に速さを選んだ訳である。そのため一撃よりも連撃を重視する戦いに重点が置かれ仲魔、主にテスカトリポカが一撃の威力を重視する悪魔となった。

 

 だがそれもこれまでの話。これまで以上の威力を持った武器が今の京太郎に足りない部分をこれ以上にないほどに補う。

 だが大技を放つということはつまり、隙を晒すことにも繋がり上段から大きく振ろうとする動作を見せれば攻撃のチャンスとなってしまう。

 

 一人であるならば。

 

「何!?」

 

 GUMPが氷結する。それに伴いトリガーにかけられた手さえも凍結し動かすことができない。

 

「冥・界・波ぁ!」

「ぐっ」

 

 打ち出された一撃はGUMPで防いだはずだと言うのにそれさえも突き抜けて吹き飛ばし、京太郎たちを中心として衝撃が東京中を走った。

 

 バキッ。という音がした。

 氷結したGUMPに亀裂が走っている。

 目を見開いたゲオルグに対して、まるで獣のように獰猛な顔つきで遠慮苦なく刀を振り切った。

 

 同時に辺りに言葉にできない、何かが壊れたのだと告げる音が響く。それに真っ先に反応したのはそれが何であるか最もよく分かっている二体の悪魔である。

 

「うおっ」

 

 体を反らした? 様に見える火の玉がクルリと後ろを振り向くとアギダインと言って良いか不明だが、2つの業火球が京太郎たちの方へと襲いかかる。

 

「避けろサマナー!」

 

 仲魔の誰かの声がした。

 言われるまでのなく折れたGUMPに驚愕しているゲオルグの体を蹴りその場から離脱する京太郎の横を、炎弾が通り過ぎていく。

 

 ――俺を狙ったわけじゃない?

 

 京太郎がそんな風に思ったのは、中位・上位悪魔であれば放った魔法を操り攻撃を当てるなんて造作もないことだからだ。少なくとも火の玉そのものであるクトゥグアがそんな事できないとは思えない。

 ではどこに行ったのだと首を動かせば炎に燃えるゲオルグと逃れようとするニャルラトホテプの姿があった。

 

「GUMPが壊れ契約が切れたか」

 

 落ちていく京太郎の首根っこを捕まえながらゼブブは言った。

 

「契約が切れてこうなるのか?」

「ろくな扱いをしなければこうもなるじゃろ。人間とて同じ、役に立たん上官を殺すのはよくあるじゃろ」

 

 京太郎も聞いていた話ではあった。

 一般のデビルサマナーが一体どのような扱いを悪魔にして戦っているのか。COMP破損の危険性についてもそうである。

 COMPが破損し召喚を維持できず即座に送還されるのはまだ運がいい。なにせ生き残る可能性はまだギリギリあるのだから。しかし破損し契約が切れ召喚の維持が続いた場合が問題である。

 ねぎらうこともなく、気遣うこともなく、何をするでもなくただひどい目に合わされた悪魔が召喚者に対して報復をするのは当然の話しである。

 たとえ契約時に許していたとしても、心がある以上反骨心というのは必ず存在するのだから。

 

「う、おぉぉぉぉぉ!!!」

 

 低く、抗うような鈍い声が辺りに響く。クトゥグアの炎がゲオルグとニャルラトホテプを燃やしているのだ。

 ムーンビーストが抗うようにクトゥグアを攻撃しようとしているが火の鳥が邪魔をする。

 そして。

 

 ドシャリという音とともに地面に叩きつけられたのは人の形をした炭であった。

 ギリギリ生きているのか口に当たる部分が動いているようだが、もう死の一歩手前で生きているのは覚醒者故の生命力故だ。

 

 火の玉の姿をしたクトゥグアがグルリと、維持できなくなりボロボロに崩れる身体で振り向くと、念波で告げた。

 

【キ ヲ ツ ケ ロ】

 

 形容しようがない声で告げられ、多少の頭痛を感じながらも京太郎はうなずいた。

 それに満足……することはないだろうが、踵を返し火の鳥と共に空へと舞い上がり消えた。

 

 炎の残滓が空中に残り、十秒と立たずに消えたのを見届けるとゲオルグの元へと歩いていく。

 

 服は燃え尽きたわけでは無いようで、彼が着ていた服と思わしき布部分を見受けることができる。だがよくよく見れば肌と癒着しているのかまるで身体の一部のよう。

 

 無様なものだ。

 

 そう思わされるそんな姿。

 会って、話して、そして戦って。その最後がこれだ。

 楽しみにしていると無関係な親子を殺し、発破をかけ、しかして成長前に死んでもいいと言うような行動をしたこの男の心情は果たしてどのようなものだったのかそれはわからない。

 けれど、京太郎でも京太郎の仲魔でもなく自身の仲魔に倒されたその姿は無様としか言いようのないなにかであったのである。

 

 だが身体が残って、まだ息をしている以上放置しておけば回復しまた悪さをするかもしれない。

 京太郎は手を伸ばし、最後のトドメはと電撃を放とうとしたその時だった。

 

「サマナー!」

 

 サマエルが京太郎に体当たりをし、京太郎がいたはずの場所には黒い触手が生えていた。

 

「ニャルラトホテプか!」

 

 叫びとともにあたりを見渡すとゲオルグの傍に、金色の王冠を付けた影がいた。

 

「悪いがこれが私の楽しみなのでな」

 

 ゲオルグの耳が会った場所に。顔と思われる部位を近づけると京太郎たちには聞こえないほどの小さな声で、何かを告げた。

 

 眼が勢いよく見開いた。

 

 何かを必死に訴えるように手を伸ばし身体を起こそうとするが、肘関節部分から先がボロっと崩れ起き上がるために体を支えたもう片方の腕はすべてが崩れた。

 

「フフフ……ハハハハハ!! そういうことだ。お前と過ごした日々は楽しかったぞゲオルグ! ……2つの意味でな!」

 

 笑い声を上げるニャルラトホテプの顔は京太郎たちの知らない若々しい少年のものになっていた。

 ゲオルグの胸辺りが震え、口が限界まで開かれ崩れ落ちた。叫んでいたのだろうがその叫びは誰にも伝わらない。

 

「ではさらばだ、須賀京太郎。デビルサマナーよ。いずれくるだろう終わりが【最良】のものになったのは貴様のおかげだ。フフフ、ハハハハハ!!」

「まて!」

「と、言われて待つものは決していないだろう? しかして安心すると良い、君の長い人生であれば……っと人生とはいえないか、生命であればまた相まみえることもあるだろう!」

 

 その言葉に眉を顰め、しかして見当たらない以上は追いかけることさえ出来ないし、追いかける時間もないのだが。

 

「……結局は悪魔の手のひらの上だったってことなのか?」

「ニャルラトホテプとはそういう役割を担う神よ。人にとっては迷惑極まりないだろうが」

「本当にな! と言ってもこの状況を生み出しているのが人なら神でも悪魔でも天使でも人であっても、変わらないのかもしれない」

 

 では自分は? その問いかけに答えを出すことは出来ず、首を振り思考を停止すると言葉に出していった。

 

「行こう」

 

 そう言って京太郎は仲魔たちを送還し走り出した。目指すは先に行っているだろうライドウと同じ目的地国会議事堂だ。

 

 ――誰もいなくなったその場所に風が吹き、砕かれた炭は煤け、そして気づけばなくなった。

 誰に看取られることもなく、一つの命がこうして失われた。しかしそれはデビルサマナーであれば誰に訪れてもおかしくないものである。

 唯一違うとするならば、その生命を惜しむものの有無だろうか。

 ゲオルグがどちらに当てはまるのかは言うまでもなく、京太郎に関して言うのであれば今はともかく未来で言えば未知数だ。




今回のサブタイトル。
覗かれていたのは主にゲオルグなのは勿論ですが、合体された人たちと京太郎も含んでます。

ゲオルグについての詳細はエピローグあたりで書くかなと思います。
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