デビルサマナー 須賀京太郎   作:マグナなんてなかったんや

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『6日目 黄泉平坂』

 イザナミという【邪神】の降臨により騒然となる一同だが、最も早く自分を取り戻し、次の行動を指示したのはゴウトであった。

 京太郎たちは強くともまだ十代。京太郎だけ挙げれば戦闘経験はこの数ヶ月というなかで最も戦闘経験及び人生経験が豊富なのは彼であったのだ。

 しかし一瞬でも行動を止めてしまった時点で、スサノオの転生者が動く時間を作ってしまう。

 コンクリートが砕かれる破砕音と共に京太郎の眼前で剣を振りかぶっているのはスサノオの転生者である。

 

「ぐっ」

「遅い!」

 

 なんとか直撃だけは避けようと刀で防ぐが、もとより腕力に差があることと腰に力が入っていないことが災いとなりまるで風に吹かれる風船のように吹き飛んでしまう。

 

「体勢を!」

 

 未だ京太郎の肩に乗っているゴウトが必死にしがみつきながら警告し、言われるまでもないとなんとか空中で体勢を整えようとする京太郎を阻害するのは、身体から火花が放っている悪魔たちであった。

 

「【ボム】か!」

 

 さてここで状態異常について語ろう。

 デビルサマナーとなり状態異常について語られた京太郎が最も首をかしげたのがボムという状態異常であった。

 毒や石化に混乱と言った状態異常は彼がやってきたゲームにも登場しており違和感なく受け入れることができたのだがなんだそれと首を傾げた状態異常の一つがそれだった。

 ある一定の条件に達しなければ害が及ばない状態異常なのだが、一瞬の破壊力においては他の状態異常の追随を許さないほどである。

 その条件とはボムの状態異常を受けたものが何かしらの衝撃を受けた場合、爆発し周りにいる者たちに被害を与えるというものだ。

 

 話を戻そう。

 ボムの状態異常を受けた悪魔は文字通りのマグネタイト爆弾である。

 ここまで近づかれると下手に攻撃しても悪魔たちが爆発するだけで、かといって何もしなくても爆発する気の自爆特攻。つまり詰みであった。

 それに気づいた京太郎は肩に乗っているゴウトを懐に抱え込むと爆発に備え、瞬間目が潰れるほどの閃光が走った。

 

「がぁぁぁぁぁ!!」

 

 爆発によるダメージは京太郎に確かなダメージを与え、それでも京太郎は死ぬことなく立っていた。

 上半身の装備は吹き飛び、皮膚は焼け爛れ、半死半生な状態の京太郎に突風が襲いかかる。

 殺風激と呼ばれるザンダインをも超える衝撃魔法が京太郎の左腕を胴体から捻じり飛ばし肉体の本体はビルへと叩きつけられる。それでも身体が残っているのは京太郎本人の資質によるものだが限界はあり意識が飛んでしまった。

 

「これで俺たちを妨げる最大の障害は消えた」

 

 万感の思いを込めて、スサノオが宣言したのは勝利である。

 

「人ならざるモノたるスガキョウタロウこそが俺たちの、俺の最大の障害だった。さぁ母さん。貴女の思う通りに動くといい。俺は親父と違って最後まで貴女の傍にいるよ」

「ア……アアアァァァァァ!!」

 

 本来であれば憎きイザナギの息子であるスサノオだが、同時にイザナミにとって愛する息子だ。その息子が背中を押してくれている。その事実がイザナミの憎悪を少しだけ癒やし、そして同時に増幅させた。

 こんなことはしてはいけないという思考もあったのが今、スサノオによって取り外されたのである。

 

「――ッ」

 

 一瞬、倒れている京太郎を見やり。

 

「集え!」

 

 ライドウの言葉に巫女たちが集い、ライドウの呪文の後に続き言の葉を紡ぐ。

 崩れそうになる足を気合で支え最後まで唱えきった彼らの周りには光の壁が生み出され、その壁に向かって黒い手が伸ばされる。

 

 ビタン。と張り付いた手は彼らの張った光の壁――結果によって浄化されるがイザナミの力が強すぎ、全てを浄化することはできない。

 そして手はライドウたちだけに向けられたのではなく、イザナミを中心としてスサノオだけを避けて伸ばされていき、意識を失った京太郎さえも飲み込んだ。

 

「これで王手、だ」

 

 黒はその名の通り終わり。日本に住む人々はイザナミの呪いによって死へとただ向かうのであった。

 

*** ***

 

「状況は!」

 

 叫んだのは大沼だった。

 イザナミの呪いに気づいた彼らは避難所の結界を更に強化したのだが如何せん分が悪かった。

 呪いは結界を侵食し、触れてもいないのに人々に影響を与えていったのである。

 まず最初に身体の弱い老人が、体力の少ない子どもたちが、女性が、男性が次々と倒れていく。

 それが何であるか彼らには理解できないはずだった。しかし失われた本能が嫌でも伝えたのだ。いま自分たちに与えられようとしているもの――それは死であると。

 

「嫌だ! 死にたくない!」

「助けてよぉ!」

「おかあさん!」

 

 刻まれた死の恐怖からなんとかして逃げようと走り出す者や、ただ震える身体を抱きしめて包まる者。そして、せめて大切な人だけはと護るように覆いかぶさったり抱きしめたりするもの数多く居るのだが、その様相は地獄であった。

 特に見た目は問題なく見える一般人ではない異能者たちへ縋り付く者たちもおり、助けてと懇願する彼らに対して異能者たちは泣きそうな顔で。はたまた真顔で振り払うことしかできなかった。

 

「どうすれば、どうする?」

「……ことここに至ってはもうどうすることもできやしないだろ」

 

 そう言って軽くため息を付きながら言ったのは熊倉トシだった。

 彼女は口ではそう言っても、教え子たちには大丈夫だと言うように抱きしめていた。

 

「それよりもあっちはどうだい?」

「そっちは問題ねぇ。麗鈴舫が信頼に値する者たちに依頼したって話だ。あの娘なら信頼していいだろう」

「レイホゥが? だとするならキョウジを動かすつもりかい。一人ではキツイと思うけれど」

「いや、キョウジは大前提としてもう一人だそうだ。天海市のマニトゥ事件でサマナーとなった」

「……ああ、あの子か。それなら確かになんとかなるだろうけれど、日本に帰ってきてたのかい? しかし情けないね。ヤタガラスの誰かよりも外部の誰かの方が信頼できる、か」

 

 天海市で起きた事件を解決したのはヤタガラスに属さない元一般人のサマナーの少年であった。現代人としては稀な強いソウルを持っていた彼はとある存在に仕組まれたものであったとは言えサマナーとなり、幼馴染の少女に乗り移ったとある女悪魔とともに戦い抜いた。

 その中でヤタガラスは手助け自体はしたが、それでもメインとなって解決に導いたのはやはり彼らであり、極論彼らが居なければ事件そのものを解決することすら叶わなかった。

 原因はいくつもあるが、ヤタガラスが科学という最先端技術に精通していなかったのも大きな要因だ。新たに確認された電霊と呼ばれる悪魔たちは古き技術をメインとするヤタガラスでは対応はどうしても遅れることになる。

 だから予兆は今日に至るそれまでの間にいくつも存在したのだ。ヤタガラスは変わらなければならない――しかしそれを蔑ろにし弱体化してきた結果がこれである。

 現場に出て一流以上の実力を持つ彼女がそれに気づかないわけがなく、頼りにするのは彼女の相棒と、そして巻き込まれただけなのに必死で抗い、戦い抜いた少年だった。つまり彼女はヤタガラスをほんとうの意味で信頼していないのだ。

 

「物思いに耽っている場合じゃないね。それでどうする」

「諦めるしかねぇだろ。あとは祈るそれだけだ」

「祈るって誰にだい?」

「そんなもん決まってんだろ」

 

 大沼は歩き、窓に手を当てて強大な殺意が押し寄せるその中心にいるであろう者たちへが居るであろうその場所を見る。

 

「今も戦っているアイツラに対して、勝利を祈る。そんだけだ」

 

*** ***

 

 

「これはまた地獄だな」

 

 面白そうに言うのはパラケルススだ。

 多くの者達が死に絶えようとしている中で笑う男の姿は不謹慎極まりなかった。

 一体何が起きているのかを彼に伝えるものは居なかったが、慌てふためくヤタガラスの者たちの言葉の断片によって察することはできていた。

 大切な先輩にすがりつこうとする桃子を引き止め、咲たちから離れた彼は、何が起きているのか分からなくておろおろするぐらいの人間性を得た光の耳に顔を近づけて言った。

 

「――集中するんだ。キミの中にある力をただ感じ取るだけでいい。そうすればあとはどうとでもしよう」

 

 光は元はと言えば多くのマグネタイトを秘めるドリーカドモンであった。今の彼女は京太郎の魂を触媒として誕生した、一部の邪教の館の主の夢のカタチ……生きる造魔そのものである。故に彼女の中には今もなお大量のマグネタイトが秘められている。

 だがそれだけでは強大なエネルギーでしかない。必要なのはエネルギーに対して指向性を与えることである。

 パラケルススは目を閉じて起きることも、呼吸こそしているが目を覚ますことなく眠り続けている先輩を呼びかける桃子を無理やり立たせ引きずり彼女たちの元へと連れてきた。

 

「何するんすか! 先輩が」

「モモコ。そのピアスを取れ」

「……え?」

「異能を封じしているそれを外せば少しは持つはずだ。本来オカルト能力者では耐えきれないが、日常生活にまで影響を及ぼすほどの力が漏れ出ている君ならば話が変わる」

 

 真面目な顔で告げられ、不満はあるが必要なことなのだと躊躇いながら京太郎から受け取ったイヤリングを取り外した。

 

「オカルト能力を持つということは、何かしらの影響を強く受けているということだ。つまり霊的攻撃に対する防御能力もある程度は持ち合わせているということだ。つまりオカルト使いは現状においてある程度耐えることができるんだろう」

 

 困惑する桃子を納得させるための説明を始めた。

 彼の言う通り、この場において倒れているのは原村和、染谷まこ、福地美穂子そして加治木ゆみである。

 まこ、美穂子、ゆみの三人は呼吸していると彼女らの近くに居た竹井久と桃子の二人により明らかになっているが、咲と優希の近くに居た原村和は息もしていない。

 

「……言葉には力がある」

「死ねとか言ったら傷つくとかっすか?」

「それもあるが、言霊という考え方がある。親から子へ思いを込めた名前は守護の力となる。というのは有名な話だ。大切なのは文字もそうだが、想いなのだ」

「昔ならロマンチストって笑っちゃうっすけど……」

 

 笑うことができない。なぜならばこの世は神も、天使も、悪魔も存在する現実なのだから。そんな訳はないと一笑に付すことはできない。

 

「原村和は常々言っていただろう? そんなオカルトありえませんと。つまり彼女は否定し続けたのだ。神や悪魔を、そして自身に与えられた加護を」

 

 それが恐怖からくるものであるのかなんなのか。真実は彼女の心の内でしかない。しかして彼女はずっと否定してきたのだ。目に見える現実と科学以外の現象をすっぱりと。

 神とかいないよと笑いながら言う人はいるだろう。それでも人は祈る。神というあやふやな個体名称すらない何かに対して。だが原村和はそれさえもしない。だからこそ彼女に与えられていたはずの加護さえも消え失せ、霊的防御能力を彼女は一切持ち合わせない。

 

「だがそれも幸せなことかもしれない。恐怖を感じることもなく死ぬことができたのだからな」

 

 苦しむことなく死ぬことは果たして不幸なことなのだろうか。

 そんな事を考えてしまうのは、死ぬことさえできず大事な者たちが倒れ死んでいく光景を見せられた残された者たちの姿を見たからこそだ。

 

「でも、でも! そんな言葉で納得なんてできないっすよ!」

 

 それがたとえ自業自得なのであっても死していいはずがないのだと桃子は訴える。それを認めてしまえば、今ここで命を落とそうとしている者たち全てに大なり小なり当てはまってしまう。そんな事は認められなかった。

 

「目で見えないものを信じないってのはおかしいことっすか?」

「さて、な。少なくとも加護を与える者たちにとってはおかしいことなのだろう。だからこそ人に必要なものそれは……」

「それは?」

「祈ることだな。そうすればそれを汲んで叶えてくれるものも居るかも知れない」

「主様。それを俗に言う神というのでは?」

「さてな」

 

 横から口を挟んだ自身の侍女たる造魔に少し考え込んでから。

 

「祈りを受け、叶えるもの。それは神と呼ばれるかそれとも救世主か聖女か。それとも別物か。どちらにしろ私たちに出来るのは戦う者たちの勝利と無事ぐらいだろう?」

「……ぁ」

 

 前半はともかくとして、後半の内容にはストンと胸に落ちた気分になった。

 今も戦っているであろう一人の少年。人さえもやめてどこか暗い影を落とす様になった少年のことを思い出したのだ。

 少年のことがどうでも良くなったのではなく、目の前の同じぐらいに大切な人が倒れてしまい視野が狭くなった結果で。

 そのことに少しの罪悪感を抱きながらも祈らずには居られなかった。かつてのように、自分と大切な人たちを助けてくれる。そんな奇跡を。

 

*** ***

 

 落ちる。落ちる。落ちる。

 ふわふわとした感覚はともすれば風邪を引いた時と同じ感覚で、気持ち悪くもはたまたまるでゆりかごに乗って漂っているようにも感じる。

 しかしてこの感覚を京太郎は知っていた。

 これは死んだときに送られる黄泉の国にいるときの感覚だ。

 

 数多のというほどではないが、片手では数え切れないほどに死にそして生き返って戦ってきた少年は慌てふためくことなく冷静に目を見開いた。

 冷静であった思考が戸惑いへと変わったのは、今まで見たことのない世界であったからだ。死んだ場合送られるのは最初に見た河原のような場所だったはずなのに、いま京太郎が見ている世界はぼろぼろになった電車のローカル線が走っている螺旋の世界であった。

 そこに光――星のひとひらが落ちてきて、地面に落ちた時に影のような人の形となり路線に従うように歩いていく。その先にあるのはなぜかボロボロの駅のホームで、人々は礼儀正しく、しかして駅の切符を入れる素振りはなく進んでいく。

 その時見覚えのある髪型と輪郭の少女が落ちてきて、同じ様に歩いていく。

 

「――原村?」

 

 一体何をやっているのかと手を伸ばし、腕を掴むがその姿のように掴んだ感覚もなくてからすり抜けてしまう。

 何が起きているのか分からず、困惑している京太郎に声をかけてきたのはどこかで聞いた落ち着いた男の声だった。

 

「ここは黄泉平坂――。その入口となる場所だよ」

 

 振り向き、そこに居た男の見た目に感じたのはデジャヴュだった。知っているはずなのに覚えがない感覚に気持ち悪さを感じつつ、次に見たのは男の乗った車椅子を必死に押している小さな黒髪の少女だった。

 

「久しぶりと言うべきかな、須賀京太郎くん。あのときは出来なかったが改めて名乗ろう。わたしの名はスティーブン。キミも使っている悪魔召喚プログラムの作成者さ」




補足
作中においてスサノオがイザナミを母と呼んでますが古事記においてスサノオを始めとした三兄弟はイザナギ単体から産まれているので母は居ないです。
その上でスサノオが母親に会いに行く云々の話をイザナギにして勘当されるエピソードがあるので微妙に矛盾してますが、DQN真っ盛りのスサノオを考えればイザナギ煽るためとかそんなのだったんでしょう(実際その後にイザナミに会いに行った話はないはず)
上記の矛盾を補完したのが恐らくは日本書紀(古事記の後に書かれたとされている)だと思われます。日本書紀ではきちんと母親はイザナミとされているのでイザナギにイザナミに会いに行くと話すのはおかしなことではないです。

古事記と日本書紀。どちらが正しいのか語ると論争になるのでおいておくとして、メガテン世界の「観測の力」を考えるとイザナギとイザナミの息子がスサノオであると書かれた日本書紀を信じる人が居るならば、それもまた一つの正解で本作においてはイザナミの息子である説を取っている。そう考えていただければありがたいです。

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