デビルサマナー 須賀京太郎   作:マグナなんてなかったんや

9 / 58

気づけばお気に入り登録が1000件を超えてました。ありがとうございます。
拙い作品ですが少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

何時もより長く一万文字近いけど原因は誰のせいなのか。


『龍門渕』

 異界鶴賀学園での戦いから一夜明けた次の日。

 眼を開いた京太郎の視界に入ったのは見知らぬ天井だった。

 普段寝ている自室よりも倍以上高い天井を見て「夢かな」と考え、覚醒に歯止めをかけた。

 季節の区分としては一応夏となっている6月。それにも関わらず早朝は肌寒くふかふかとした布団の魔力に負けかけている。

 掛布団を動かそうと思ったが、布団がやけに重く違和感を覚えた京太郎はその原因が何かを探るべく体を動かした。

 

 目の前には椅子に座りベッドに伏せる桃子の姿があった。

 

 気持ちよさそうに寝ている桃子を見てなぜ彼女が居るのか。夢ではないのか、と思考を巡らせていくにつれ京太郎の脳がようやく動き出し始めた。

 

「ふわぁ……。あ、京太郎くんも起きたんすね」

 

 眼をこすりながら京太郎を見る桃子。

 寝起き顔なのに恥ずかしさを感じないのは、彼女もまだ覚醒しきってないからだ。

 「うん、おはよう」と京太郎が挨拶をし、桃子に現在の状況について問いかけようとしたがまだぼーっとしている桃子を見てやめた。

 それから数分後、顔を真っ赤にして席を立った桃子は「あわわわ」と慌てふためきながら部屋を出て行った。

 

「えっとその、さっきのことは忘れてほしいと言いますか……」

 

 羞恥からか口癖である何時もの語尾「~っす」が出ていない。

 そのことに気づいた京太郎は「忘れられるように頑張るよ」と正直に答えた。

 

「京太郎くんは正直っすね。えっとここに居る理由っすよね」

 

 京太郎は頷こうとしたが少し考え込み問いかけた。

 

「俺のこと怖くないのか?」

 

 教室で桃子にかけられた言葉は良くも悪くも忘れることはない。

 心にちくっときた言葉も、その後かけられた暖かな希望に満ちた言葉も京太郎にとっては大切な宝物だからだ。

 

 桃子は「……忘れてたっす」と言った。

 

「京太郎くんの倒れ方が心配だったっすもん。力のこととかさっぱり忘れちゃったっすよ」

「そんなもんなのか?」

「多分っすけど、その。一つ訂正したいんすよ。私多分京太郎くんのことは怖くないっす。京太郎くんの看病してたっすけど怖いとか思わなかったっす」

「……うん」

「多分怖いのは京太郎くんの力と近くに居た……悪魔ですっけ? あれだと思うんすよ」

「でも俺の力も俺だぞ? ならやっぱり怖いだろ?……」

「うーん……。なんて言ったらいいっすかね。上手く伝えづらいっすけど、今の京太郎くんは怖くないっす。でも悪魔たちと一緒に居たら怖いっす」

 

 京太郎にはよく分からない感覚だった。

 しばらく考え込んでいた桃子は「あっ」と何か思いついたようだ。

 

「多分あれっす。拳銃とかナイフとか持ってる危険人物な感じがしたんすよ」

「あぁ。なるほど」

「それと一日経って少し落ち着いたのもあるっす。でも悪魔を呼ばれたらやっぱり怖いっす」

「……そっか」

「えへへ、ちょっと安心したっすよ。京太郎くんをずっと怖がってたら友達とは言えないっすもんね」

「不良の知り合いみたいな?」

「それっす! ちょうど金髪っすもんね!」

「うるせー! 地毛だっての!」

 

 そうして二人で笑いあった。

 思ったよりも早い解決だったが、京太郎からすれば仲魔たちは受け入れられないと言われるのも当然なのだが京太郎自身は無理もないと思っている。

 かつての様に存在の否定はされていないのだから。

 

 京太郎と桃子が起きたことを察した館のメイドが朝食を持ってきた。

 それに遠慮した京太郎だったが「二人は主によって招待された客なので気にすることはない」とメイドに伝えられ「断られた方が困る」とまで言われようやく頷いた。

 朝食をとりながらなぜ自分と桃子はこの屋敷に居るのか問いかけた。

 

「まずっすけど、ここは龍門渕さんの家っす。京太郎くんはどこまで覚えてるっすか?」

「桃子と会話してから倒れそうになって誰かに受け止められたとこ?」

「受け止めたのは執事さんっすよ。それで京太郎くんが倒れた後……」

 

 桃子はハギヨシに記憶を残すか、封印するかの選択を迫られたと言った。

 そのことを知った京太郎は眼を細めたが、桃子は慌てたようにそうなるのは仕方がないことであり、真摯に二つの選択に関するメリットとデメリットを教えてくれたと語った。

 

「それで桃子は記憶を残してる。加治木さんと蒲原さんは?」

「先輩は記憶を封印して元部長は記憶を残すことを選んだっすよ」

「へぇ……二人共封印するかと思ったよ」

「先輩は覚えていたら受験や今後の人生に支障をきたしそうだからって言ってたっす。元部長は同じことが起きたとき家族を守るためらしいっす。ちょっと意外な理由で驚いたっすよ」

「受験のために家族のため。どちらもきっと正しいんだろうな」

「そうっすね。ちなみに私は」

「自分とその、俺のためだろ?」

「えへへ、当たりっすよ。えっとっすね、だから先輩に会うことがあってもあの時のことは触れないで上げてほしいっす。元部長は気絶してて京太郎くんの戦い見てないから気にしないらしいっす」

「蒲原さん大物だなぁ」

 

 それからすれ違ったときに出来た溝を埋めるために京太郎は今日までのことを桃子に話した。

 やはり異界や悪魔についての会話になると桃子は怖がったが、ピクシーがケーキを食べるのが好きなことには共感を示し、フケイがお茶と茶菓子を求めて来たと知ったら驚いていた。

 

 時計の針が十二時を指す時間になり、桃子は帰宅の時間となった。

 

「本当は一日休みたかったっすけどね。休んだら忘れた先輩や皆を心配させちゃうっす」

「そうか。なら俺は……」

「そうっす。伝言を預かってるっすよ。お話がしたいから私が帰っても待っててほしいって言ってたっす。午後から姿を見せるらしいっすよ」

「分かった」

 

 京太郎は館にいるメイドに桃子が帰る旨を伝えた。

 「畏まりました」というメイドに従って後ろを二人は歩く。

 

 しばらくすると一般家庭ではありえないほど大きな扉が現れた。

 扉をこんなに大きくする意味を一瞬考えながらも京太郎は桃子に声をかけた。

 

「今日はたくさん話せてよかったよ」

「私もっす!」

「うん。本当に……ありがとな、桃子」

 

 「ありがとう」の一言に色々な思いを込めた。

 それを察知したのかしてないのか、眩しいほどの笑みで桃子は言う。

 

「お互い様っすよ、サマナーさん」

 

 京太郎は桃子の後ろ姿が消えるまで玄関前で桃子を見ていた。

 思えば京太郎にしても初めての経験だった。

 最初の異界での戦いは自分のためだった。命をかけて戦い、ピクシーとカブソという仲魔を得た。

 

 それはそれでとても充実した体験だったけれど、異界と化した鶴賀学園での戦いは意味合いが違う。

 初めて自分の意志で自分の命だけではなく、自分以外の誰かの命を救った。

 今更ながらに守れたのだという実感が湧いてきた京太郎は安堵とともに感極まって心が震えていた。

 

 桃子の後ろ姿が見えなくなり、館に戻るために踵を返した京太郎に声を掛ける少女の声が聞こえた。

 

「おい」

「ん?」

「下だ!」

「うおっ!?」

 

 最初周りを見渡した京太郎は人影を見つけることが出来ず困惑した。

 その様子に苛立った少女が大きな声をあげたことで京太郎は驚きとともにようやく見つける事ができた。

 

 ウサギのようなカチューシャをつけた、この小さな少女の正体を京太郎は知っている。

 

 天江衣。

 

 県大会の決勝で超常現象を発生させた張本人である。

 当時こそなにアレと頭を悩ませたが、オカルト能力があると理解している今ならば超常現象の原因も分かる。

 

「初めて見る顔だな。とーかが新しく雇った使用人か?」

「そういう訳じゃないかな。たぶん客?」

「客……客……。あぁ! お前が須賀京太郎か! とーかから聞いたぞ? 龍門渕が受けた依頼をとーかたちが取り掛かる前に終わらせたって」

「鶴賀学園のことですか? 受けてたんだ……あぁ、だから現場に」

「んふふ。愉快適悦! 人の不幸を笑うのは良くないことだけどやはり蜜の味だな、とーかが悔しがる姿はおもしろかったぞ」

「そんな悔しがらせるつもりは全くないからなぁ」

「友のためだろう? 桃子と言ったか。話は聞いたぞ。友のために命をかけるなんて言葉で言うのは簡単だができるとことじゃない。誇っても良い『おねーさん』が褒めてやろう」

 

 と言って衣は『お姉さん』ぶって京太郎の頭を撫でようとするがまったく届かない。

 180cmと127cmの差である。髪の色も相まって兄妹にも京太郎がもう少し歳を取れば親子にも見える。

 むっとした衣は京太郎の袖をぐいぐい引っ張る。

 京太郎は苦笑いを浮かべながらしゃがみこんでようやく頭を撫でることができた。

 

 「うむ!」と満足した衣は「また会うこともあるかもしれんな。またな京太郎」と言って去った。

 京太郎の眼の前にある建物が本館だと思うのだが衣が向かったのは近くの少し小さい屋敷だ。

 何か事情があるのかと訝しむが「須賀さん何してますの?」という少女の声で我に返った。

 

「えっと、桃子を見送ってまして」

「そうでしたの。少しは会話できました?」

「はい。あ、そうだ。ありがとうございました。おかげでゆっくりできました」

「ふふふ。それはよかったですわ。それでは須賀さん」

 

 優雅に微笑む龍門渕透華の瞳が笑っていないことに京太郎は気づいた。

 二つの異界を破壊した京太郎をも怯ませるその瞳には一体何が含まれているのか、京太郎には全く分からない。

 京太郎に出来たことはただ一つ「はい」と返事をすることだけだった。

 

*** ***

 

「そうですわ。ハギヨシ」

「はい、お嬢様」

「須賀さんスマホとガントレット……面倒ですわねCOMP一式をお返しなさい」

「はい。須賀くん。これを」

 

 大広間に通された京太郎がハギヨシから手渡されたのは悪魔召喚プログラムがインストールされたスマホとガントレット。それに京太郎が元から所持していた所持品の数々だ。

 「ありがとうございます」とお礼を言いつつ左腕にガントレットとスマホを装着した。

 仲魔のステータスは完全回復しており、カブソからの「おらも元気だぞ―」と書かれた彼からの言葉を文字で見て京太郎はホッとした。

 

「あの、COMPってなんですか?」

「あの変態から説明を受けてませんのね。元々悪魔召喚プログラムがインストールされるのはコンピュータだけでしたの。英語の綴りを縮めてCOMP。今ではプログラムがインストールされた電子機器を総じてCOMPと呼ぶのですわ。中には銃型のCOMPをGUMPと呼称しますがこれは余談ですわね」

「へぇ……」

 

 銃型のCOMPなんて耐久力が低そうだと思いながらハギヨシに淹れられた紅茶を一口飲んだ

 今まで飲んだことがないほどの香りが京太郎の口内から鼻腔まで一気に突き抜けた。

 紅茶なんてどれでも同じだと思っていた京太郎は今まで飲んでいた紅茶と今飲んでいる紅茶のレベルに衝撃を受けながらコップをおいた。

 

「さて、余談はここまでに致しましょう。須賀さん。私たちと言うより、私龍門渕透華はあなたと交渉をしたいと思っていますの」

「交渉ですか」

「回りくどく言うのも分かりにくいでしょうから単刀直入に言いますわね。まず第一前提として私はあなたと友好な関係になりたいと思っていますわ」

「……はい」

「その上で私が提示するのは三点。答えによっては二点になりますわ」

「分かりました。まずは質問はせず聞かせてもらいますけど、仲魔を召喚してもいいですか?」

「えぇ、もちろん! 貴方と仲魔が友好な関係にあるのは存じていますもの」

 

 案にお前のことはお前が思う以上に既に知っているぞ。

 そう言ったことに京太郎は気づかずフケイを召喚した。

 

「ふむ。こういうのは本来サマナーの役目じゃが……わしを喚んだのは正解じゃよ。せっかく温かな『緑茶』と『茶菓子』を用意してくれたようじゃし」

「えぇ。喜んでいただけたようで何よりですわ」

「さて、では話を聞かせてもらおうかの。良いな、サマナー」

「あぁ」

 

 聞く態勢に入った二人を見て透華はコホンと一度咳払いをすると指を一本立てた。

 

「まず第一に、私に雇われてほしいのです。龍門渕グループではなく私に、というのがポイントですわ」

「第二に今回貴方はご友人を助けるために異界の破壊を行いました。この功績を私たちに譲っていただきたいのです」

「最後ですわね。龍門渕グループからではなく、これから私たちから依頼を出すことがありますわ。もしよければ私たちが依頼を出したら優先して受けてほしいのです。以上ですわ。ご質問等はありますかしら」

 

「少し時間をいただいてもいいですか?」

「はい。もちろん」

「フケイ」

「うむ。嬢ちゃん少し席を外させてもらうぞ」

 

 京太郎たちは透華たちから少し離れた。この大広間はかなりの広さがあり少し離れれば声だって聞こえなくなる。

 

「が、聞こえとるじゃろうな」

「離れた意味がないな」

「あるわい。眼の前でいろいろ話されたら嫌じゃろ。」

 

 聞こえるのに眼の前でコソコソ話されたら鬱陶しい上に、話してる方も気まずい思いをする。それを回避するためだった。

 

「まぁ……。それで龍門渕さんの話だけどさ」

「まず今はどう考えとる」

「まだフリーで居たい。二点目は報酬と理由次第。三点目はもちろん構わない」

「よし。それを踏まえた上で説明しようかの。その前にサマナー」

「ん?」

 

 すーっと大きく息を吸ったフケイは京太郎の耳元で怒鳴りつけた。

 

「もう少し言葉の意味を考えんかい! 嬢ちゃんの言ったわしらの仲を知っとるって言葉はお前らのことは知っているぞって意味じゃぞ! もう少し警戒せんかい!」

「うぇぇ!? ご、ごめん」

 

 突如怒鳴られた京太郎は驚きの声を上げたが直ぐ様謝罪した。

 

「全く。どんな状況でもわしがおるわけじゃない。学びなさい」

「……分かった」

 

 素直に頷く若者に満足したフケイはここで話を終え本題に入る。

 

「よし。なら今回の話についてじゃが簡潔に説明するぞ。まず一点目についてじゃが、あの嬢ちゃんはどうやら信頼できる部下を探しとるようじゃな」

「だからグループは関係ない?」

「そう。おそらくぬしと同様修行中の身なんじゃろ。ただそれだけじゃなく将来を見据え自分にとって絶対信頼できる人間を探しとる。サマナーはその候補じゃな」

「でもなんで俺?」

「言葉だけでなく行動で『友』を救い仲魔とも仲良くやっとる将来有望なサマナーは貴重じゃぞ? 特に今の世の中はのう。じゃがあくまで候補じゃ。合えば唯一無二の友人となるがそうでなければただの部下じゃな。それでも組織には入れる上そこそこの立ち位置にはなれるじゃろ」

「なるほど……」

 

 京太郎は考える。確かにここで透華の配下に加わればフケイの言う通り安定した将来を過ごせる環境にはなるかもしれない。両親にだって、龍門渕に就職したと伝えれば喜んでくれるはずだ。

 だが、なぜかその選択をしてはいけない気がした。

 京太郎の理性は応じたほうが良いと訴えるのだ。だが心がそれに反発する。

 どちらが正しいのか京太郎には分からない。けれど京太郎が選んだのは理性ではなく心だった。

 

「いい話だけど俺はまだフリーでいるよ」

「ふむ……二点目についてじゃが、裏付けは取るが功績づくりじゃな。今の嬢ちゃんは恐らく龍門渕透華ではなく、龍門渕グループのご令嬢として見られておる。つまり舐められておるんじゃよ」

「それを払拭するために功績がほしいって? でもそんなのってさ」

「実力はあとからでもつくと思っとるんじゃよ。実際わしらの会った異界は悪魔全体で見れば下位の中といったところじゃし」

「苦戦したんだけどなぁ」

「そんなもんじゃよ。続けるがサマナーは先程報酬と理由次第と言ったがこれはわしも賛成じゃ。あの程度の異界を破壊したところで名声は轟かんよ。じゃが嬢ちゃんの場合龍門渕グループには効果があるじゃろうからの」

「ただの金持ちお嬢様じゃないぞ! って証明できるってことか」

「うむ。そんな感じじゃぞ。三点目じゃが基本受けて良い。依頼を出してくれるならありがたいしの。依頼を受けていけば今一点目を断っても信頼を築けばサマナーの方から配下になると申し出てもいいし、嬢ちゃんからアプローチもくるじゃろ」

「一点目に消極的賛成? いや違うか。一点目とは違って組織で守ってくれない……」

「そういうことじゃな。……決まったかの?」

「うん、大丈夫。ただ二点目の報酬については少し考えがあるんだ。今は受け取らないってこともできるかな」

「ふむ……。まぁできると思うぞ? 貸しにするってことじゃろ? きちんと契約を結んだらええ」

 

 フケイは色々言ったが自身のサマナーの最も傑出している部分はこの決断力にあると思っている。

 それが顕著に現れたのはイクティニケ戦での突貫だろう。フケイの援護があったとはいえ、行くべきだと思ったときには既に行動し結果、京太郎の攻撃が勝敗を決した。

 そして今も、少し悩みはするが直ぐ様答えを出している。

 

 少年の行動を考えなしという人も居るだろう。蛮勇だと言う人もいるだろう。

 だが結局悪魔にとって一緒に居て一番面白い人間はこういうタイプなのだ。

 破滅か栄光か。どちらに運命は微笑むのか楽しみに思いながらフケイは京太郎の背中を見ていた。

 

 なお本人も気づいていないが彼が一番京太郎を気に入っている部分は真の主と同僚と違いきちんと自分の話を聞いてくれるところである。

 

「一つ目の要望は断らせてください。二、三は受け入れます。ただ二つ目の報酬は貸しと言う形にしていただけませんか?」

「良いのですか? 桃子さんの体質は私どもで改善できると思いますわよ」

 

 今の透華の言葉で「あぁ、本当に自分たちのことを知っているのか」と分かり京太郎はヒヤッとした。

 それと同時にフケイが言ったことの意味も理解した。自分を守る事ができるのは自分だけである。

 

「そこは変態を頼ります」

「あら? ですが何か交渉材料がおありで?」

「へへ。そこは秘密ですよ。ただ二点目について、破壊したという事実をいただきたいと言った理由をお聞きしても?」

「そうですわね。……どこからお話しましょうか」

 

 空になった透華のコップにハギヨシが紅茶を注ぐ。

 何も言わずとも反応するあたりハギヨシの優秀さが際立つ。

 

「まず私についてですわ。実は裏の仕事に関わりだしたのはつい最近のことですの」

「そうなんですか?」

「えぇ。ですが知識としては前から勉強していましたので知っていますわ。龍門渕グループのトップに立つ身として裏のことも知ってませんとお話になりませんの。それで、これは一点目に掛かってくるのですが、私はグループの優秀な人間ではなく、私にとって信頼をおける仲間がほしいんですの」

「なるほど。それで俺もお眼鏡にかなったと?」

「第一段階、第二段階は問題なくクリアですわ。サマナーとして経験はまだまだですが異界を二つ破壊した事実と、東横さんと会話した印象、悪魔たちとの信頼関係……人格・戦力ともに将来性抜群と見てます。ですが、それと私と信頼関係を築けるかは別でしょう?」

「そうですね。俺もそう思います」

「特に戦力に関しては、覚醒こそしてますが一たちの実力はまだまだですの。正直戦闘経験で言えば須賀さんのほうが上でしょう。それで戦闘経験を積むために異界へ行こうとしたら……」

「俺が全部破壊して計画御破算……」

「はい!」

 

 事情さえ知らなければ京太郎も見惚れたこと間違い無しのとてもいい笑顔だった。

 けれど玄関で味わった瞳の意味を知った京太郎はその笑みに見惚れるよりも申し訳無さと恐怖を感じていた。

 

「さて。では本題に入りましょう。二点目の理由についてですが、そこの悪魔の仰る通り、私を舐めるどころか下剋上を企む輩がおりまして。そいつらを黙らせる……いえ、暫しの時間を稼ぐために驚かせたいんですの。理由としてはこれでいいかしら?」

「はい。大丈夫です。三点目ですけどタイミングが悪いと受けれないことがありますけど……」

「その時は仕方ありませんわ。強要しては友好関係は築けませんでしょう?」

「ですね。ありがとうございます」

 

 許容した姿を見せたがその実どう思っているのか。

 その事を考えながら京太郎は頷いた。

 

「それでは契約を。須賀さんの仰る通り二点目は急がなければなりませんから……ハギヨシ」

「はい。お嬢様」

 

 ハギヨシが取り出したのは一枚の紙だ。

 その紙には京太郎が見たこともない文字が書かれていた。

 

「この書類に名前の記載と血を垂らしていただきます。それで契約完了ですね。本来は須賀くん側にも契約破棄した場合の罰を説明しなければなりませんが、今回関係ありませんね。罰を受けるのは私だけです」

 

 透華は自分の名前を書いた後にナイフで指を傷つけた。そして彼女の指から落ちる赤い血が用紙に染み込んだ。

 絆創膏を貼った後に透華は契約用紙を京太郎に手渡した。

 

「書類を読む時間を頂いても?」

「もちろん。良い心がけですね」

 

 京太郎はフケイにも契約用紙が見えるように寄せた。

 フケイを呼んだのは一緒に中身を確認してほしいのもあるが、文字が読めないためだ。

 

「え?」

 

 京太郎が驚いたのは読めないはずの文字が自然と読めることについてだ。

 驚いている京太郎にフケイは「共通文字じゃな」と補足をした。

 

「共通文字?」

「バベルが崩れる前の話じゃよ。人々は同じ言語で話しておった。唯一神によりバベルが破壊され言語はわかたれたが……こうして一部では使われとるんじゃよ。言葉にはできんが魂が覚えとるんじゃな」

「へぇ……。あぁ、だから龍門渕さんの名前もこの文字じゃなくて日本語で書いてるのか」

「不思議なもんで文字は読めるが書けんのじゃよ。めんどい話じゃよ」

 

 透華の綺麗な文字と赤黒く滲んだ血というミスマッチが痛ましさを引き出していた。

 京太郎は隅々まで契約用紙を読んだが特段おかしなことは書かれていないと思った。

 だがフケイは違ったようでハギヨシに声をかけた。

 

「ふむ。執事さん」

「なんでしょう」

「期限についても取り来めさせてもらってよいかの? 当然無期限じゃろうけど」

「……なるほど。承りました」

 

 ハギヨシは契約期限に関する条約を記載した後に京太郎に手渡した。

 フケイは契約用紙を読むと満足そうに頷いた。

 

「ふむふむ……。よしサマナーよいぞ」

 

 京太郎は自分の名前を書き、ハギヨシから受け取ったナイフで指を切り書類に血を垂らした。

 血が契約書類に触れた瞬間書類を中心に魔法陣が浮かび上がり、鍵が閉まる音と共におさまった。

 

「これで契約完了……?」

「そうなりますわ。須賀さん。交友を深めるためにまず電話番号とメールアドレスを交換いたしませんか? 困ったことがあったらご連絡くださいな」

「ありがとうございます! 透華さんも何か依頼がありましたらご連絡を。まぁまだ弱いのでできることは限られますけど」

「ふふふ、ご謙遜を」

「事実ですって。それじゃ俺は変態のところに行きますので……」

「えぇ。有意義な時間でした。それではまた、次回には私の仲間をご紹介いたしますわ」

 

 京太郎を見送るためにハギヨシが先導しその後ろを京太郎と透華が続く。

 そういえばと京太郎は思う。覚醒していながらなぜ透華たちは清澄に負けたのか。

 玄関にももう近いため、その質問は後でさせてもらおうと決めた。京太郎にとっては優先度の低い問題で好奇心による問いかけでしかない。

 ハギヨシが扉を開けて、京太郎が館から半歩外に出た時だ。

 

「最後に一つだけ聞いていいですか?」

「えぇ、もちろんですわ」

「天江衣さん」

「……え?」

「なんで別宅なんです? これだけ大きければここでも良いと思うんですけど」

「……天江家と我が家は懇意にしておりまして。天江家が遊びに来るときはあの別宅で過ごしておりましたの」

「そうなんですね」

「それで衣のご両親が亡くなったあと我が家が衣を引き取ったのですが、あそこの方が居心地が良いと」

「なるほど! そうだったんですね! 確かに家族と過ごした屋敷があるならそっちのがいいですね。十分広いですし。天江さんが一人であそこに帰ってくのを見たので何事かと思っちゃいました」

「いえいえ。事情を知らなければ気になって当然ですわ。衣を心配してくれてありがとうございますわ」

「では改めて。今日はありがとうございました!」

 

 京太郎が本宅から外へ出てしばらくした後ハギヨシが扉を閉じ、扉のしまる音と共に透華は胸をなでおろした。

 

「交渉は成功かしら?」

「えぇ。最後の衣様はヒヤリとしましたが」

「流石に祖父が怖がっているとは言えませんもの。全く尊敬できる方ですがこの点は直して頂きたいですわね」

 

 見た目幼女を怖がる爺なんて想像されては龍門渕の恥だ。

 天江家が龍門渕家に来た際には別宅で泊まっていたのは本当の話で、嘘なのは衣自身の意思で別宅に居るわけではないことだが、バレはしない。

 元マジシャンの少女曰く、嘘は真実の紛れ込ませるのがベストだよ、とのこと。

 

 透華は玄関前から踵を返しハギヨシを伴って自室へと移動する。

 将来の次期リーダーは高校生であってもやることが多いのだ。

 




ということでまだフリーのサマナー。
悪魔合体はもうちょい先ですね。

あとあれだよ。
作者以上に頭が良いキャラなんて書けないの実感したよ

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。