FAIRY TAIL 〜Those called clowns〜   作:桜大好き野郎

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不思議の国

 

 

 

 

 

 

 目を閉じる。

 

 

 それだけで視界は暗闇に覆われて、保っていた意識が沈みゆく。

 

 

 ずるずると、まるで泥に嵌るかのように。

 

 

 どっぷりと、足の先から頭の先まで。

 

 

 沈んで、沈んで、沈んで。

 

 

 波に揺られるかのような心地よさに身を委ね。

 

 

 ゆらり、ゆらり、ゆらゆらり。

 

 

 そうしている内に自身と暗闇の境が曖昧になって、溶けていく。

 

 

 溶けて、蕩けて、暗闇そのものへ。

 

 

 ああ、なんと心地よいことか。

 

 

 眠り、とは擬似的な死だ。

 

 

 眠れ(死ね)ば何も感じず

 

 

 眠れ(死ね)ば何も見えず

 

 

 眠れ(死ね)ば何も聞こえない

 

 

 終わりのない身には救いであり、生命体であることを思い出させてくれる貴重な機会。

 

 

 このまま堕ちるとこまで堕ちてしまいたい気持ちに駆られるが、しかし終わりに達するにはまだ早い。

 

 

 ゆっくりと瞼をこじ開けて、口を半月状に歪ませる。

 

 

 さぁ、宴の時間だ。

 

 

 血と臓物が舞う狂宴を開こう。

 

 

 思うがままに貪り、思うがままに呑み干してしまおう。

 

 

 ツン、と香る血の匂いを纏いながら、ソレは重たい腰を上げた。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 村人たちに村の中央に案内されたフェアリーテイルの面々はただただ困惑する。

 

 村長を名乗る人物の宣言通り、宴は開催された。

 村の中央に火を焚いて、その周囲に座って飲み食いする宴は一見すると楽しそうではあるが、いかんせん理解が追いつかない。

 人がいないと思っていた場所には集落があり、たどり着くや否や宴に参加。今は魔導師が珍しいのか、各々村人たちに囲まれて質問攻めにあっている。

 おかしい、とルーシィは頭をひねる。自分たちはカイトを探しに来ただけなのに、なぜこんな目にあっているのか。それ以前に、この村に来た時から胸の中に渦巻くもやもやはなんなのか。

 

「さぁさ、お嬢さん。これでも食べなさいな」

 

「なぁなぁ!ねーちゃんはどんなマホー使うんだ?」

 

「おねーさん、この子以外にも素敵な星霊さんはいるのかしら?」

 

「ぷ〜ん」

 

「ちょ、ちょっと待って!」

 

 流石に処理しきれなくなったのか、ルーシィが助けを求めて辺りを見渡すが、エルザは頬を赤くした村の女性たちに囲まれ、ミラジェーンはだらしのない顔をした男性たちと談笑、グレイは道中で腹が減ったのか食事にがっつき、ハッピーは辛そうにうずくまるナツの介抱をしていた。

 

「って、ナツ⁉︎大丈夫なの⁉︎」

 

「うごごごごご……」

 

 何かの異常かと近づいて見れば、何やら鼻を押さえている。

 

「あい。なんかスゴい臭いんだって」

 

「く、臭い?」

 

 何か臭うのか、と試しに鼻を鳴らすが、香るのは火の焼ける匂いだけだ。しかし、滅竜魔導師であるナツの嗅覚は獣寄りだ。もしかすれば燃やしてある木材の匂いなのかもしれない。

 

「ナツ、大丈夫?」

 

()ふへ(すげ)ェにほひ(おい)だ……」

 

「あー、もう。あっちで休んでなさいよ」

 

 愛用のマフラーで顔の下を覆い、その上から鼻をつまんでも尚臭いようだ。仕方なくナツを端っこの方に連れて行き、横に寝かせる。全く世話の焼ける、と愚痴をこぼしながら席に戻れば村人たちの生暖かい視線。

 

「できてるねぇ」

 

「できてるよ」

 

「できてるわぁ」

 

「できてません!!」

 

 妙な勘繰りをする村人たちを全力否定し、なぜあたしがあいつと、とその姿を横目で追う。確かに、フェアリーテイルに加入するきっかけをつくったのはナツだ。それに対しては恩もあるし、感謝もしてる。しかし、それを差し引いても目に余る無遠慮さや、失礼さときたら。

 例に出せば人の家に無断侵入してくるわ、周囲を巻き込んで喧嘩するわ、人の色気にダメ出しするわ。

 バルカンに襲われそうなところを助けてくれるわ、ファントムの本拠地まで単身乗り込もうとするわ、なんだかんだ言いながらギルドの仲間を大切に思ってくれるわ、と考えたあたりでこれは違うと頭を張って霧散させる。しかし、周囲からの生暖かい視線は一層強くなり、心なしかプルーでさえもそのような視線を向けているように感じる。

 頬が赤くなっていることが自身でも理解でき、弁明しようとするが言葉が上手く出てこない。

 

「ち、ちがっ!こ、これはーーー」

 

「なにやってンだ?」

 

「別に!!なんにも!!それよりどうしたの‼︎⁉︎」

 

 粗方食べ終えたのか、不意に絡んできたグレイにこれ幸いとばかりに乗っかり強引に話題を変える。なんのことだかわからないグレイは若干ルーシィに引いていたが、ぐっと堪えて話を続ける。

 

「あの村長からここに集まれって言われてよ」

 

「あら、そろそろなのね」

 

「え?」

 

 プルーを抱き抱えた少女の言葉にルーシィが反応する。それがどういう意味なのか尋ねる前に、続くようにして現れたエルザとミラジェーンに遮られた。

 

「ん?お前たちもここにいたのか」

 

「あら、エルザも呼ばれたの?」

 

「つーことはミラちゃんもか。けど、今からなにが始まるんだ?」

 

 頭を悩ませる4人を他所に、宴会の中央に現れた瓶を持った村長の登場に、村人たちから歓声があがる。

 

「さぁ、みなもの!今宵は新たな仲間がワシらに加わることとなった!これより歓迎の儀を行う!」

 

 そう言って瓶の中身をいくつかの杯に注ぎ、うずくまるナツを含めそれぞれに配られる。杯の中にはツンと鼻につく赤い液体。ワインのようではあるが、それにしては臭いがきつい。

 

「さぁさ、お飲みくだされ。これを飲めばここの住人として認めましょうぞ」

 

「すまない。気持ちはありがたいが、これは受け取れない」

 

 飲むことを躊躇していれば、エルザがそう切り出して杯を返す。返された村長は困惑するばかりだ。

 

「はて?あなた方は現世から逃げてきたのでは?」

 

「いや。私たちは人を探しに来ただけだ」

 

「ああ、なるほど。迷い人(アリス)だったのですな」

 

「アリス?」

 

「いえ、たまにいるのですよ。あなた方のように、彷徨い歩いた結果ここに辿り着いた人が。ワシらはそれをアリスと呼んでいるだけです。では、この村には何用で?」

 

「人探しだ」

 

「人探しの依頼ですかな?しかし、この村の者は望んでここに住んでおるのです。栓なきことはおやめなされ」

 

「いや、どうもこの場にはいないようだ。他に村人はいるか?」

 

「ふむ………。ここにいるのは村人全員ですが………」

 

「そうか。では、ここにはいないのだろう。折角の宴に水を刺して悪かった。私たちは退散させてもらおう」

 

「え⁉︎」

 

 エルザの言に意外だとルーシィは驚く。

 夜の森を抜けようとするなど、普段のエルザからは考えられない強硬策だ。ただでさえ霧が深い上、夜に動き出す獣もいる。夜というのは別世界なのだ。

 当然のことながら村長はそれを止めようとするが、エルザはそれを拒む。折衷案として離れの小屋を貸してもらえたが、これにはグレイも困惑しているようでエルザと村長を交互に見ている。

 

「では、私たちは休ませてもらいます。明朝出発しますので」

 

「え、ええ……。お力になれず申し訳ない」

 

 一礼したエルザがその場を去ろうとして、ルーシィたちも追いかける。そして村人たちからある程度距離が開くとエルザを問いただした。

 

「ちょっと、エルザ。さすがに失礼なんじゃ……」

 

「らしくねぇぜ、エルザ。どうしたんだよ?」

 

「………ミラ、周りに村人はいるか?」

 

「いない、と思うわ」

 

「そうか」

 

 先頭を行くエルザが足を止め、ルーシィたちに振り返る。

 

「私はここの村はおかしい、と考えている」

 

「おかしいって……そりゃ、こんなとこに村があるのは驚いたけど」

 

「そうではない。村人がおかしいのだ」

 

「村人が?どこにも違和感はなかったと思うが?」

 

「グレイは村の人とあんまり交流しなかったからわからないかもしれないけど、確かにおかしいわ」

 

「ミラさんまで?」

 

 ルーシィも村人との交流はあるが、しかしおかしなところなど見当たらない。普通に食事をして、普通に笑い暮らしているようにしか見えないのだ。やがて、重い息を吐いてエルザが胸の内を話す。

 

「………ここの村人は、出会ったから1度もまばたきをしなかった」

 

 小さいが、確かな違和感の正体。

 人である以上、まばたきは誰しもがする。いや、しなければ生きていけない。

 絶句する2人に更に追い討ちをかけるようにミラジェーンがグレイに問う。

 

「グレイ、食事にお肉が出てたけど違和感はなかった?」

 

「は?い、いや。ちょっと筋張ってたぐらいだった、はず………」

 

「ここに来るまでに一度でも動物を見た?」

 

 見ていない。

 森の中でも、そして村の中で家畜すらも見ていなかった。

 

「だとしたら、オレが食った肉は………?」

 

「わからん。しかし、吐き出しておけ」

 

「お、おう」

 

 背負っていたナツをエルザに預けて、グレイが木陰に隠れる。遅れて水をぶちまける音が聞こえてきた。

 

「ね、ねぇ。じゃあこの村は何なの?」

 

「それもわからん。だが、少なくともこの村に人はいない」

 

 そう切り捨て、しばらくして吐き終えたグレイと合流を果たすと目的の小屋に到着。

 ナツは未だに気分が悪い為グレイ、ルーシィ、エルザ、ミラジェーンの4人、ローテーションを組んで寝ずの番を、そして機動力のあるハッピーに村の様子を窺ってもらう。何かあればすぐさま飛んで連絡が来るはずだ。

 

「………ねぇ、グレイ。大丈夫なの?」

 

「ああ………」

 

 今はルーシィとグレイの番になっており、入り口の外で2人して立っているが、どうにもグレイの様子がおかしい。

 心ここにあらずというか、虚な目をしている。変な物を食べさせられたショックだろうか?気持ちはわからないでもないが、少なくとも今は真面目にやってもらいたいものだとルーシィは頬を膨らませる。

 

「ねぇ、ちょっと、グレイ!」

 

「ああ………」

 

「もうっ‼︎」

 

 反応の変わらないグレイにもう知るかとばかりにそっぽを向く。

 双方黙れば辺りに広がる静寂。虫の声も、鳥の声さえ聞こえない薄気味の悪い世界。この場は村の中心から離れた場所にあり、霧の壁もより近くに見える。明朝またあそこを潜らねばならない不安に煽られ、顔を青くしたルーシィは空を見上げる。

 

「あれ?」

 

 空を見上げたルーシィが、ふと違和感を覚える。

 いつもならば燦然と輝く星々、それが見えないのだ。月ははっきりと見えることから空が曇っているわけではない。ではなぜ?と考えたところで小屋の扉が開いた。

 

「交代の時間だ。グレイ、お前は休め」

 

「ああ………」

 

 中から出てきたエルザに従い、グレイは小屋の中に入る。それを確認し、扉の向こうにいないことを確認するとルーシィはエルザに違和感を伝えた。

 

「ねぇ、エルザ。なんだかグレイの様子がおかしいんだけど」

 

「わかっている。放心状態、とはまた違う。食事の影響………だとしてもルーシィは影響を受けた様子はないな」

 

「あたしはお肉を食べてないからかな?」

 

「いや、食事に何かを仕込むにしても、それならば食事全般に何か仕込む筈だ」

 

「うーん………あ、あと、今夜曇り空でもないのに星が見えないの」

 

「なに?………確かに。月ははっきりと見えているな」

 

 いつもならば気にはしない小さな違和感。ここは違和感だらけだ、とエルザは考えにふける。

 

 あれほど広大な森の中、生き物の気配ひとつしないこと

 

 村に住むモノたちの様子

 

 そして星空

 

 初めはガルナ島にいる悪魔たちと同じかと考えたが、アレは月の雫(ムーンドロップ)の弊害による違和感。今回は紫色の月は見えないし、なにより祭壇も見当たらない。

 しかし、確かに感じる違和感が掴めず、さらに頭を悩ませる。

 

「ふむ………。ルーシィ、霧の谷について知ってることはあるか?」

 

 考えても答えの出ない事を放置して、今は霧の谷についての情報を集めるエルザ。たくさんの書物を読むルーシィならば、と思い聞いてみる。

 

「うーん。せいぜい自殺の名所ってくらい。あとはよく童話なんかで出てくるってくらい」

 

「童話?」

 

「あれ?知らないの?よく悪い魔法使いのお城があったり、悪い子を食べる怪物がいたり。あとはーーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

吸血鬼(ヴァンパイア)の住処だったり」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「吸血鬼?」

 

 ルーシィの並べた情報の中にあまり聴き慣れない単語があり、思わず鸚鵡返しに聞き返す。

 「そ。あくまでも物語の中だけどね」と半笑いしながらさらに続ける。

 

「闇に紛れて人を襲う、空想上の生き物よ。十字架とニンニク、それと聖水や教会が苦手だったりするけど、1番はやっぱり陽の光に弱いことが弱点なの。陽の光に晒されてると灰になっちゃうんだって」

 

 童話をよく知らないエルザが少し興味を持ち、その先を聞こうと話を促そうとする。しかし、少し先の藪からガサリ、と何かが動く音を聞いて即座に剣を換装。その鋒を藪に向ける。

 

「誰だ⁉︎」

 

 エルザの凛とした声が闇夜に溶けて、10秒、20秒……………そして1分が経過したころ、ようやく諦めたのか藪の中から人影が姿を現す。

 一瞬警戒したエルザの剣を持つ手に力が入るが、その姿を見た瞬間力が抜ける。

 

「おまえは………」

 

「やあやあ、皆さんお揃いで………とは言えないねぇ。元気にしてた?」

 

 エルザとルーシィが驚愕の視線を向ける先、そこに腹部を赤く染めたカイトの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 一方その頃、ハッピーはといえばエルザに命じられた通り村への侵入を果たしていた。

 小さい身体を駆使して物陰に隠れ、耳を澄ます先は先ほど宴会が行われた会場。中心であるキャンプファイヤーの炎を中心に、村人たちが輪になって座っている。その中心に立つのは村長だ。

 

「さて、皆の衆。宴もたけなわであるが、今宵はこれにて終い。よく食べよく飲み、そしてアリスたちとよく語り合ったであろう。………嫌われてしまったようではあるがな」

 

 村長の言葉に違いない、と笑う村人たち。少しばかり良心の痛むハッピーだが、任務を放棄すれば後が怖い。ぐっと痛む心を抑えて話を続ける村長に耳を傾ける。

 

「まぁ、仕方があるまい。所詮は迷い子(アリス)、我らが同胞の資格足り得ん。…………若い女子は惜しいがのう」

 

 それを笑う男性陣に、憤慨する女性陣。どこにでもあるような光景だ。しかし、村長の続く言葉に村の雰囲気が一転した。

 

「さて、では女王からのお言葉を伝えよう」

 

 一瞬。

 

 一瞬にして団欒とした空気が消え去り、その場にいた全員が息を潜める。まるで少しでも遮れば何かが起こることを理解しているように。

 それを確認した村長はコホン、と一つ咳払いをするとその場にいる全員を見据えて語る。

 

「『アリスは私が出迎える。然るのち、貴様らにも恩情を与えよう』とおっしゃった」

 

 瞬間、爆発するかのようにその場にいた全員が歓喜の声で笑い出す。しかし、先ほどまでの笑い声とは違う、嘲笑に満ちた笑い。

 男女関係なく笑い、その声が闇夜に木霊する。口が半月上に裂け、歯を見せての大笑い。

 

(なんだ、コレ………)

 

 あまりの変貌にハッピーはエルザが警戒する意味を理解する。確かにこれは普通ではない、異常だ。異変だ。異質だ。

 我知らずと注意は村の中心へと向かい、ハッピーはその光景を余さず伝えられるようにしっかりと観察する。

 

 だからこそ気づかなかった。

 ハッピーの背後に、無表情で見下ろす少女がいたことに。まるでプルーを抱いていた時の歓喜がウソだったかのような、感情の抜け切った表情の少女の存在に。

 

「え?………にぎゃあああああああああああああぁぁぁぁぁぁ‼︎‼︎」

 

 ハッピーの叫び声は村人の嘲笑に掻き消され、夜の暗闇に飲み込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 腹部を赤く濡らして2人の前に現れたカイト。濡れて分かりづらいが、巻かれた包帯から零れる血潮が脚を伝って線を引き、その傷の深さを物語る。いつものように微笑を浮かべるが、それもどこか力ない。

 

「う、ウソ⁉︎大丈夫なの⁉︎」

 

 慌てて近寄ろうとするルーシィ。だが、その襟首をエルザが掴み進行を阻む。ぐえっ、とカエルを潰したかのような悲鳴を上げたルーシィを尻目に、エルザはカイトを睨みつけ質問する。

 

「落ち着け、ルーシィ。………おい、いままでどこにいた?」

 

「森の奥に隠れてたんだよ。そして、そこでバケモノに襲われた」

 

「バケモノ?」

 

「そ。詳しい話は中でするよ。中に入れてくれないかな?」

 

「……………………わかった」

 

 少し悩んだ素振りを見せ、小屋の中へと案内する。

 小屋自体は簡素な作りであり、扉を潜った先に居間があるだけだ。その居間も土の上に後座を引いただけのもの。ルーシィたち5人が横になれない広さであり、現在は気分の悪いナツが横になり、グレイとミラジェーンが壁を背にして座りながら寝ていた。気配を感じたのかミラジェーンが眠りから目が覚め、目蓋を擦りながら現状を確認する。

 

「ん。…………あら、もう交代の時間?」

 

「いえ、その………カイトが戻って来たんですよ」

 

「やぁ。おやすみ中にごめんね」

 

 ルーシィの後ろから顔を出すカイトに一瞬ミラジェーンが驚いた表情を見せるが、すぐさま笑顔で取り繕う。

 

「マスターの言う通り、ここにいたのね」

 

「うん。まぁ、こんな状態だけど。実はこの森の中にはーーー」

 

「待て。それより先にナツを診てもらえるか?体調が優れないらしい」

 

 エルザの言にえ?と疑問の声を上げる。ナツの体調は確かに悪いが、怪我を負ってるカイトに任せていいものではない。さすがに理不尽にも程があるだろう、と抗議しようとするが、いつもより鋭いエルザの睨みに何も言えずすごすごと引き下がる。

 カイトはやれやれ、とため息を吐くと横になるナツに近づき触診を始めた。

 

「で?どうしたの、彼?」

 

「何でも臭いで酔ったらしい。なんとかなるか?」

 

「うーん、まぁ、このくらいなら」

 

 カイトが手をかざして数秒。鼻を押さえて苦しそうにしていたナツが急にぱっと目を見開いたかと思うと、その場から飛び上がる。

 

「お?おお⁉︎全然臭わねェ‼︎」

 

「コラ、さすがにお礼いいなさいよ」

 

 ようやく臭いから解放されたことに有頂天のナツにそう叱れば、悪ィ悪ィと言ってカイトと向き合う。しかし、それも少しだけのこと。笑顔だったナツの表情が曇り、眉を引き寄せてガンを飛ばす。

 

「誰だ、テメェ」

 

「え?」

 

「やはりか」

 

 話についていけないルーシィを他所に、エルザは剣を素早く換装させるとその剣筋をカイトの首に当てた。

 だというのにカイトは不適な笑みを崩さず、黙って両腕を上げる。

 

「なぁんで、バレたのかしらぁ?」

 

 口から紡がれたのはカイトとは似ても似つかない女性の声。

 

「オメーがカイトなわけねぇだろ」

 

「ナツ、それじゃあたしがついてけないから」

 

「あ?見りゃわかんだろうが」

 

「ナツの言う通り、見ればわかる」

 

 腕に込める力が強いのか、剣筋がカイトの首を薄く切りつけ、そこから薄く血が流れる。

 

「あいつは確かに、人の気も知らないでおちょくったり、空気を読みながらぶち壊しに来たりとロクでもないやつだ」

 

「エルザ、普段からそう思ってたんだ………」

 

 まぁ、確かにと同意するしかないが。と内心で同情するルーシィ。しかし、とエルザは続ける。

 

「あいつは私たちに迷惑はかけまいと、自身の傷を笑顔(ウソ)で隠すやつだ。確かにあいつの笑顔(ウソ)は下手だが、貴様よりは遥かにうまいぞ?」

 

 信頼しているからこそのエルザの言葉。仮に本物が怪我をしたとしても、それを治すまではエルザたちの前には姿を現さない。弱みを見せずに全て笑顔で誤魔化す、カイトの悪癖。そういうところがエルザは嫌いではあるが、だからこそ今回は分かりやすかったともいえる。目の前の存在をカイトと呼ばなかったのはそのためだ。

 

「あなた、本物のカイトはどこにやったの?」

 

「隠してンなら早くいえよ?」

 

「殺した、などと言ってみろ?貴様を生かしておくつもりはない」

 

 ミラジェーン、ナツ、エルザからの圧力。並みの人間ならば泣いて洗いざらいを吐き出すかもしれない。しかし、目の前の存在はそんなモノ我関せずとばかりにくつくつと笑う。

 

「やぁねぇ、必死になっちゃってぇ。ほぉんと人間って無粋」

 

「答えろ。生憎、私は気が長くはない」

 

 首筋に剣を押しつけられながらも口の中で笑いを溢し、目の前でナツが拳に炎を灯していようと意に返さない。そんな不気味な姿を見てルーシィが思わず一歩後ろに下がる。

 ガサリも後座が音を立てたその瞬間、目の前の存在が笑いをやめて声を出す。

 

「やっちゃってぇ」

 

「アイスメイクーーー」

 

「「「⁉︎」」」

 

 瞬間、寝ていた筈のグレイが起きたかと思うと魔法を発動しようと構える。問題はその先にいるのはエルザ、ナツ、ルーシィ。視線は明らかに3人を捉えていた。

 

氷欠泉(アイスゲイザー)

 

 抑揚のない声を合図に足元に魔法陣が展開されたかと思うと、水が噴き出すかのように氷の山がその場に顕現した。小屋の半分を破壊しても止まらない氷の山をエルザは剣で、ナツは炎で対抗するが、それが不可能だとわかると各々が射線から飛び退く。ちなみにルーシィはずっとナツの後ろにおり、飛び退く際に脇に抱えられて事なきを得ていた。

 

「ちょっと!グレイ!やめっ、きゃあ‼︎」

 

「ミラ‼︎」

 

 氷の山の反対側へと、暴れるミラジェーンを肩に背負い逃走するグレイ。慌ててエルザが追いかけようとするが、脚を踏み出した瞬間地面に直線が刻まれる。

 反射的に飛び退いたエルザは剣を構えると下手人を視認する。

 月の光を浴びて怪しげに煌めく銀髪。長いそれをうなじ辺りで編み込み、腰まで伸ばしている。背丈はエルザと変わらない程度だが、その身から放つ圧力がその身体を大きく見せている。何より眼を引くのは爬虫類のような縦に割れた赤眼の瞳孔と、側頭部から生える天を突く様なツノ、オペラグローブ越しにもはっきりとわかる長い爪。そして黒のスレンダーラインを避けるように腰から生える蝙蝠のような羽がそのモノを人外である事を示していた。淡麗な顔を歪ませ、嗜虐に満ちた笑みでこちらを見据える人外の女。

 

「貴様、グレイに何をした⁉︎」

 

「ふふふ、教えるわけないじゃなあい?」

 

「そうか。ならば、倒して聞き出すまで‼︎ナツ‼︎」

 

「おう‼︎ 火竜の咆哮‼︎」

 

 反対側に避けていたナツが氷の山を登り、相手の頭上から十八番の魔法を叩き込む。火竜の炎は全てを破壊する炎。その言葉に偽りなしのようで、当たった地面に大きなクレーターを作った。不意打ちに破壊力の高い一撃。これならば、と思った瞬間、上空にいたナツが氷の山に突き刺さる。

 

「ガッ‼︎」

 

「なにっ⁉︎」

 

「ふふふ」

 

 怪しげに笑う女。その白磁の肌に傷を負った様子はない。

 ならばとエルザが換装したのは飛翔の鎧。氷の山を駆使して目にも止まらぬ速さで上空の女に接近する。

 

「飛翔・音速の爪(ソニック・ブレード)‼︎」

 

 すれ違いざまに確実に捉えた一撃。しかし、エルザの腕に伝わるのはまるで水を叩いたかのような感触。骨や肉を裂いた感触ではない。

 現に裂いた筈の女の肌は何事もなかったかのように元に戻っており、悠々とその手に魔法陣を展開している。

 場は空中。滑空できるような羽もなく、武器を振り抜いた体制で敵に背中を晒す、正に死に体。悪魔()は容赦なくその鋭い爪をエルザに突き立てる。

 

戦血爪(ブラッディ・クロウ)‼︎」

 

「ぐうっ‼︎」

 

 振るった腕の軌跡をなぞる様に赤い斬撃がエルザを襲う。寸前のところで体を捻り右腕を掠った程度で治まったが、着地したエルザは歯噛みする。

 相手は空を自由に飛翔するモンスター。それも的は小さく、動きも早い。飛行能力を持つハッピーがここにいないのは痛手である。

 

「にゃろ‼︎ 火竜の鉄拳‼︎」

 

「ふふふ」

 

 跳躍したナツの拳をかわし、不敵に笑う女。余裕ありげに紙一重でかわすが、しかし女はナツのバトルセンスを舐めていた。そのセンスはエルザも認め、突飛な発想を実現できるだけの力も持っている。

 

「火竜の鉤爪‼︎」

 

 振り抜いた拳を慣性そのまま利用して回転し、脚に纏った炎が女の頭部を直撃。破壊力のある一撃は女を地に堕とし、砂煙が舞う。

 そしてその隙を見逃すエルザではない。すぐさま投擲能力を上げる“巨人の鎧”に換装。通常武器では効果が薄いと思考し、換装する武具は闇を払う“破邪の槍”。轟音と共に投げられた槍は大地をえぐり、直前状のクレーターを刻み込む。

 並のモンスターならばここで仕留めている。しかし、まだだ、とエルザは直感していた。破邪の槍を魔法で回収して再び換装。掴む右腕の傷に顔を顰めるが、そうは言ってられない。もう一度振り被り、そして狙いは自身の意思とは関係なく着地したナツへ。

 

「なっ⁉︎」

 

「うおっ⁉︎なにすんだ、エルザ‼︎」

 

「違う‼︎身体が勝手にーーー」

 

「少し、おいたが過ぎるんじゃなあい?」

 

「ぐっ‼︎」

 

「エルザ⁉︎」

 

 砂塵の中から女の声がしたかと思うと、エルザの右腕が自身の首を締める。残る左腕で抵抗を試みるが、まるで万力のような力で締める右腕を動かすことは叶わない。

 原因はアイツだ、とナツが砂塵に向かおうとするがその進行を砂塵の中から飛んだ魔法が塞ぐ。

 

「近寄らないでもらえるかしらぁ?じゃないとぉ、お友達の首が折れちゃうわよぉ?」

 

「なんだと⁉︎」

 

 一陣の風が吹き、砂塵が晴れた先には先ほどと変わらず傷つくことなど知らないとばかりの女の姿。ナツと目が合い、にやりとほくそ笑むがナツはどこ吹く風。確かに蠱惑的で魅了されるかもしれないが、残念な事にナツはそういったことに疎かった。

 納得がいかないと女は不満をあらわにして、嫌悪を込めた言葉を紡ぐ。

 

「あなた、なあに?気味が悪いわぁ」

 

「ンなこと知るか‼︎それよりエルザと、ついでにグレイも戻しやがれ‼︎」

 

「いいわよぉ。私が飽きて捨てたら、だけどねえ」

 

「てんめぇ‼︎」

 

「開け、人馬宮の扉‼︎サジタリウス‼︎」

 

「もしもーし‼︎」

 

 突如、女の足元にいくつかの矢が穿たれる。地面に突き刺さるそれを一瞥し、放った犯人を見据える。視線の先には氷の山を登ったルーシィの横、馬の着ぐるみをかぶった様な星霊、人馬宮のサジタリウス。間抜けな見た目だが、その弓の腕は百発百中。居抜き方ひとつで様々な効果を生み出す弓の星霊。

 

「動かないで‼︎サジタリウスの弓は百発百中よ‼︎」

 

「ルーシィ‼︎」

 

「ナツ、ここは任せて‼︎早くエルザを‼︎」

 

「お、おう‼︎」

 

 珍しく勝気のルーシィに少し圧されて戸惑うが、すぐさまエルザの元へ。滅龍魔導士の力のお陰か喉から手を離すことはできたが、少しでも力を抜けばすぐ様また食らいつかんとばかりに力の入るエルザの右腕。

 何かしらの状態異常だろうか。何がきっかけかわからないが、異形の女の攻撃を受けたらまずいと理解する。

 

「星霊………?ふふ、星霊魔導士までいるなんてぇ」

 

 興味が移ったのか、ゆっくり一歩一歩、にじり寄る女。

 

「っ⁉︎来ないで‼︎撃つわよ⁉︎」

 

「ふふふふ。肉を裂いて骨を折って(はらわた)を貪って血を啜ってぇ………ああ、我慢できないわぁ」

 

 ルーシィの警告など梅雨知らず、女の歩む速度は徐々に早くなっていく。これ以上は無理だ、と判断し牽制の意味を込めて脚を狙撃するようサジタリウスに命じる。しかしーーー

 

「えっ⁉︎」

 

 百発百中を誇るサジタリウスの弓。だが放たれた弓は風を切り、女から数メートル離れた場所へと落ちる。

 

「る、ルーシィ様。限界、であるからして、もしもし……」

 

「サジタリウス⁉︎」

 

 当のサジタリウスは一矢放つと顔を青くして、強制的に星霊界へと帰ってしまう。攻撃を受けた様子もなく、何が何だかわからず鍵に向かって呼びかけるが応答に反応はない。

 

 一歩。

 

 女が出した脚が土を蹴り、軽く砂塵が舞う。

 

 一歩。

 

 その音に気がついたルーシィが肩を震わせる。

 

 一歩。

 

 両足に力を込めて、氷山の上にいるルーシィに狙いが定まる。

 

 狙いは確実。魔法の準備万端。唇を潤すように舌舐めずりして跳躍。

 

「ルーシィ!逃げろ‼︎」

 

 ナツの警告に釣られて振り返ってももう遅い。女はすでにルーシィの眼前。腕に纏う魔法を振り下ろせば後はもう肉の塊しか残らない。

 

 直感する死。蛇に睨まれたように動かない身体。脳裏に巡る走馬灯。

 

 辛うじて出た「あ」という言葉が、女の食欲をそそる。

 

戦血(ブラッティ)ーーー」

 

 刹那、巨大な拳が女の身体を横合から殴りつけた。

 咄嗟のことで宙をまう女だが、腰の羽を広げて滞空する。下手人を一瞥しようと殴られた方向を見据えるが、続いてその身の上に落とされる巨大な拳。砂煙を上げて堕ちた女が苛立つように魔法を放って煙を散開させるが、既に誰もいない。

 

「あぁ………まったく、半端者風情がっ」

 

 怒りに顔を歪めて女はまた空を飛ぶ。食事を邪魔されたことに腹は立つが、目当ての獲物が巣穴から飛び出してきたことは確認できた。

 ならば、後はおびき寄せるのみ。これからのことを考えて、女は甲高く笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

「っあ、くっ………」

 

 一方、女から逃げ出したエルザたち一向は森の中にいた。目の前では苦痛に顔を歪めるエルザ。そしてそれに覆い被さるように腕に喰らいつくカイト。

 一瞬で移動した矢先の出来事にさしものナツも反応できず、ただただ困惑していた。

 そうして少し、時間にしてみれば数秒足らずでエルザの怒りが臨界点を突破する。

 

「や……めんか‼︎馬鹿者‼︎」

 

「げふっ‼︎」

 

 噛まれた右腕など気にせずに、上半身の筋力のみで大の男を殴り飛ばすエルザ。間抜けな声を出して転がるカイトに追撃を与えようとして、右腕が自由に動くことに気がつく。

 

「あいたたた………。無事そうでなにより。さてさて、3人とも元気そうなによりだよっとお⁉︎」

 

 いつも通り飄々とした笑みを浮かべ挨拶を交わそうとするカイトの顔をエルザの拳が貫く。間一髪のところでかわせたが、後ろにあった木にはくっきりと跡が残っていた。

 

「………エルザ?久々の再会に暴力かい?」

 

「………偽物かと思ったが、どうやら本物のようだな」

 

「確認の仕方が乱暴すぎるよ」

 

 やれやれ、とため息を吐くカイト。3人を見据え、どこか達観したような視線を向けると再びため息。それにイラッときたのか、無言で拳を振り上げるエルザに待ったをかけて、慌てて説明する。

 

「わかったわかった。わかってるよ、エルザ。聞きたいことは山のようにあるだろうけど、一先ず、此処がどこなのか説明するよ」

 

「霧の谷、じゃないの?」

 

「少し惜しいね、ルーシィ。霧の谷ではあるけれど、すでに此処は隠世。言うなれば異世界。魑魅魍魎が跋扈する、果ての地。人でなしの巣窟、星々に見放された廃墟(ディストピア)

 

 そこで一息吐くと、カイトはうやうやしくお辞儀をし、さながら舞台役者のように声をあげる。

 

 

不思議の国(ワンダーランド)へようこそ、迷い人(アリス)達。ウサギが案内するのは出口か破滅か」

 

 

 楽しげな声色とは別に、顔を上げたカイトには哀愁と憐憫の感情が刻まれているのだった。

 

 

 

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