FAIRY TAIL 〜Those called clowns〜   作:桜大好き野郎

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過去

 

 

 

 

「ん………んぅ………」

 

 寝心地の悪さに違和感を覚え、ミラジェーンは目を覚ます。壁に飾られた蝋燭が薄ぼんやりと辺りを照らす世界の中、周囲を確認する。古く冷たい石畳の床と壁、そして行先を阻むように建てられた鉄の檻。寝起きの頭でも自身が捕らえられている事を理解する。しかしなぜ、こんなところに?と考えたところで痛む頭部。血は滲んではいないが、殴られたようにジンジンと鈍痛。しかし、それがきっかけとなりここに至る経緯を思い出す。

 

(そう、だったわ………)

 

 突然の奇行に抵抗しようともがいたはいいが、ビクともしないグレイ。そうしてわずわらしくなったのか、頭部を叩かれて気絶したのだ。

 グレイに何があったのかわからないが、おそらく敵の本拠地に連れてこられた、ということだろう。檻を掴んで少し揺するがビクともせず、石畳を叩いてみても返ってくるのは硬質な音。脱出は不可能だ。

 

「無駄どす」

 

「っ‼︎誰⁉︎」

 

 暗がりから聞こえる声に反応し、そちらを振り向く。何も見えない闇の中だが、うっすらと灯る炎が徐々に視界を慣れさせてくれた。

 暗闇の中にいたのは1人の女性。桃色の髪は乱れ、珍しい着物は薄汚れて所々が破かれている。着物から覗く肌も汚れ傷つき、これ以上の損傷は与えまいと身を守るようにして座っている女性。

 正気も希望も写さない幽鬼のような瞳に一瞬怯えるが、その顔をミラジェーンは知っていた。

 

「アナタ、三羽鴉の斑鳩………?」

 

 評議会から回ってきた要注意人物のリスト。暗殺ギルド髑髏会に所属する実力者。見つけ次第報告が義務づけられていた犯罪者は、しかし人相書きで見た物と同一だとは思えなかった。

 斑鳩はくつくつと喉の奥で笑い、顔を下に向けたまま呆れたように言葉を紡ぐ。

 

「三羽鴉………三羽鴉なぁ。懐かしいわあ。うちにもそう呼ばれとった事あったわ」

 

「なんでここに………。ここはどこなの?」

 

「ふふっ……ここはバケモンの巣。家畜を閉じ込める檻や。あんさん、脱出なんて諦めた方がよろしゅどす。うちらはあんバケモンに食われるまで、この暗闇で余生を過ごさなあかんのや」

 

 そこにかつて闇ギルド間で名を馳せた斑鳩はいない。希望も気力も全て諦めた廃人だ。そこまで追い込む化け物の存在にミラジェーンは人知れず生唾を飲み、そして連れてこられる直前に見えたあの女性のことだと確信する。

 

(吸血鬼………)

 

 御伽噺に語られる伝説上の生き物。流水を渡れず、十字架を嫌い、陽の光に嫌われた種族。それが実在しているなど普通であれば一蹴するだろう。しかし、ミラジェーンは知っている。吸血鬼が実在することを。料理好きで、方向音痴で、笑顔の仮面を被って必死に隠れようとする吸血鬼の存在を。

 

 その時、かつんかつん、と音を立てて石畳の上を歩く靴の音が聞こえる。音源は上から徐々に降りてきており、階段があることが予想される。降りてきたのは筋骨隆々の、しかし頭部が梟となっている男。肩には長髪の男性が物を扱うかのように担がれていた。

 こちらも要注意人物の一人である梟。しかし、同じ三羽鴉であるはずの梟に暴行を受けた様子はなく、虚な瞳はこちらを見ていなかった。

 

「ホーウ」

 

 一鳴して鉄格子を開けると肩にかけていた男性をぞんざいに投げ入れると、そのまま立ち去る。投げ入れられたのはヴィダルサス・タカ。こちらは暴行を受けており、手足も痩せこけている。

 

「………死にはりました?」

 

「ガハッ………ばっ、か、言ってンじゃねェ」

 

 か細い呼吸にか細い声。誰がどう見ても風前の灯の状態。近づいたミラジェーンが駆け寄って肩を貸そうとするが、その手は弱々しく払いのけられた。

 

「ほっとけ……地獄見た後、なんだ、よ………」

 

 そのまま動かなくなり、すわ一大事かと勘繰るが、呼吸はしている。どうやら寝入ったようだ。

 

「………ここも広なりはったなぁ」

 

「まだ他に人がいたの?」

 

「30人やわ。残りはぜーんぶバケモンの腹ン中どす。さっきかてもう2人おりはったんよ」

 

 つまり、残り2人は食われたということだろう。しかし、吸血鬼といえばその名の通り血を吸う化け物。肉を食うことはないと他でもない吸血鬼本人から聞いている。別の化け物がいるのか?と考えるミラジェーンだが、タカの首筋に空いた2つの穴がそれを否定する。吸血鬼が血を吸った跡だ。

 

 ぴちょん、とどこかで水が跳ねた。

 

 その瞬間、斑鳩が顔を塞ぎ込み震え出す。

 

「きた………きてもうた………」

 

 誰が?と聞く前に、水音が断続的に、間隔を狭めながら近づいてくる。

 滴る水音に続いて香るツンと鼻を刺激する匂い。思わず顔を顰めるほどの濃厚な血の匂い。

 その音がピタリとミラジェーンの背後で止まる。振り向こうにも後ろから感じるプレッシャーに微動だにできずに皮膚が粟立つ、まばたきひとつ許されない恐怖。檻が開かれた様子もないのにその肩に死人のような冷たい手が置かれ、その耳元で女が囁く。

 

「臭いわぁ」

 

 耳元で紡がれる声は意識を失う前、カイトの偽物を演じていた者と一緒のもの。蕩けるような、同性であっても魅力を感じる声ではあるがしかし、同時にこちらに対する侮蔑も孕んでいた。

 

「酷い臭い。人と魔の混ざり者、けれど根っこからというわけじゃない」

 

「………貴女、吸血鬼ね」

 

 震える声を押さえつけ、ようやく捻り出した一言。女は関心するように、そしてミラジェーンを観察するように見やると、ため息混じりに答える。

 

「えぇ、そうよぉ。

吸血鬼(ヴァンパイア)悪魔(ドラクル)夜に生きる者(ナイトウォーカー)不死者(ノスフェラトゥ)血を啜る者(ブラッド・スカー)化物(フリークス)………好きに呼びなさいなぁ」

 

「カイトをどうしたの?」

 

「まぁた質問なのぉ?」

 

「お願い、教えて」

 

 ミラジェーンの懇願に暫し熟考。数秒ほど押し黙ると、肩に置いた手をミラジェーンの頭に置き換え、そのまま力任せに床に叩きつける。鈍い音を立てて床が割れ、額を切ったミラジェーンの頭部から血が流れる。ひっ、と悲鳴をあげた斑鳩が巻き込まれないようにとさらに身体を縮こませた。

 

「勘違いしないでもらえるぅ?アナタはアレを誘き寄せるためのただのエサ。必要なくなれば破棄する消耗品。質問も口答えも生きることさえ、私の許可なくしては許されない家畜よぉ。人間風情が、調子に乗らないでもらえるかしらぁ」

 

「ぐぁっ………くぅ………っ‼︎」

 

「ふふふ。そんなにアレに会いたいの?アナタはアレのなあに?久しぶりの再会は、私の胃の中なんていかがかしらぁ?」

 

 ギチギチと、頭を握る手に力が入りミラジェーンの頭部から嫌な音が聞こえる。ともすれば後数秒足らずで赤い華が咲くという所でその手が離される。再び襲う鈍痛に顔を歪めながらも、ミラジェーンは片目だけでもそちらを見やる。

 

 いつの間にやら檻の外にいた女はミラジェーンの額から掬った血を指先で舐めて、それをすぐに吐き捨てる。女は妖美な笑みを浮かべ、侮蔑を込めた言葉をミラジェーンに送る。

 

「あぁ、ダメねぇ。思った通り凄く不味い。これに口を出すアレの味覚は、やっぱり狂ってるわぁ」

 

 興味が失せたとばかりに踵を返し、姿を消そうとする女。その姿が消える前に、思い出したようにミラジェーンに告げる。

 

「あぁ、そうそう。アレはまだ生きてるわぁ」

 

「ゲホゲホ………なんで教えてくれるのかしら?」

 

「ふふふ、簡単よぉ。人間はできるだけ絶望してから殺すことにしてるからよぉ」

 

 それだけ告げると女は通路の暗闇へと完全に姿を消す。同時に張り詰めていた糸が切れたように、ミラジェーンもまた意識を飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

不思議の国(ワンダー・ランド)?」

 

 カイトの言葉を復唱するようにルーシィがそう言えば、カイトはいつもの調子でそうそうと告げる。

 突如現れたかと思えば訳の分からないことを宣うカイトに、ルーシィの頭はパニック状態。しかし、そんなことは知ったことかとばかりにナツが噛み付く。

 

「名前なんてどうでもいいだろ!それよりミラと、ついでにグレイ助けねェと!」

 

「いやいや、名前は重要だよ、ナツ。名前はその存在を明確にして、姿形を与えるものさ」

 

「だからなンだよ‼︎つーか、ハッピーはどこいったンだ⁉︎」

 

「ハッピーなら村の捜索を任せている。もうそろそろ帰ってくる頃合いだと思うが………」

 

「カッカッカ………うん、悪手だね。いまごろ、下処理にでもされてるかな?」

 

 なんとなしに呟くカイト。その言葉を聞いた瞬間、ナツがその胸ぐらを掴み上げる。さして抵抗もせず、ヘラヘラと笑うカイトの横顔にナツの鉄拳が見舞われた。

 

「ナツっ‼︎」

 

「なんで………なんで笑ってられるンだヨ‼︎」

 

 殴り飛ばされたカイトは患部をさすりながら、変わらず笑みを浮かべる。飄々と、いつものように。へらへらと、変化なく。底の知れない笑顔を張り付けて、胡座をかく。

 そのいつもと変わらない仕草にルーシィはいいも知れない悪寒に晒される。異常空間である中での正常は狂気であるとは、誰の言葉だったか。

 

「笑顔ってのは場を和ませることができるんだろう?俺なりの気遣いだよ♪ほら、スマーイル♪」

 

「てめっ‼︎」

 

「待て、ナツ」

 

 再び殴りかかろうとするナツをエルザが制止させる。それでも怒りが収まらないのか口答えするナツを目で圧すると、胡座をかいたまま微動だにしようともしないカイトを睨みつける。

 

「………カイト、貴様は何者だ?」

 

「おや?俺が偽物だというのかい?疑うのなら君たちとの思い出を一から十まで、それこそ朝まで語ろうか?」

 

「違う。わかっているだろう」

 

 ここにきてカイトの表情が一瞬驚いたものに変わる。それから暫くエルザを見つめると観念したようにため息をこぼす。

 

「はぁ………なーんでわかったのかな?」

 

「貴様がわかりやすいだけだ。人を逆撫でする時は大抵何かを隠している時だからな」

 

「………隠し事にはなれてるはずなんだけどねぇ」

 

「どういうことなの?」

 

「わっかんねぇ」

 

 憤りの収まらないナツは不服気に鼻を鳴らしながらそう答え、ふと違和感を覚える。スンスンと何度か鼻を鳴らし、終いにはルーシィの髪に顔を近づけて匂いを嗅ぐ。

 

「何すんのよ⁉︎」

 

 羞恥のあまり勢いに任せたビンタがナツの頬を叩いて引き離す。それでも収まりがつかないのか、頻繁に辺りの匂いを嗅ぐナツ。

 ナツの不審行動はさておき、ルーシィはカイトへと視線を向ける。その視線を感じてか、観念したように後頭部を搔くとため息混じりに言葉を溢す。

 

「はぁ………先に言っておくけど、他言無用で頼むよ」

 

 それだけ言うと、カイトは右手を掲げ魔法陣を展開。ソレが徐々に下へと下がりカイトの身体を通過していく。右手から腕へ、顔を通り胴体を通過し、腰や脚を通り抜けるとその姿が一変する。

 

 側頭部から生えた雄牛のツノに腰から伸びる蝙蝠の羽。本物であることを示すように空を切る牛の尾。開いた瞳は爬虫類のように縦に瞳孔が伸び、口元から鋭い牙が覗く。

 

 その姿はまるで先程対峙した女性(バケモノ)と同じもの。思わず息を呑むルーシィの反応に悲しげに眉を下げて見せ、それでも飄々とした笑みは崩さずに言葉を紡ぐ。

 

「コレが隠し事だよ。コレが俺さ。これこそ吸血鬼(ヴァンパイア)たる俺の正体さ」

 

「吸、血鬼………?」

 

「そう。読書好きなルーシィなら知ってるだろう?陽に嫌われて、十字架を嫌って、銀製品を嫌悪して、にんにくと聖水が弱点の化物(フリークス)

 

 どうってことない、とばかりに語ってみせるが、ルーシィは到底受け入れられるものではない。物語の中でしか語られないモンスターが目の前にいるのだ。

 確かにカイトの人となりは知っている。しかし、物語の中でも吸血鬼は言葉巧みに人を騙して血を啜っているのだ。もしかしたら、を考えてルーシィは無意識の内にその場から一歩退く。

 はっと自分の行動を振り返ったところで遅かった。見たことがないほど、それこそ泣きそうなまでに顔を歪ませるカイトに違う、と声をかけようとするがカイトが手で制し、泣きそうになった顔を戻しながら言葉を続ける。

 

「うん。それが普通の反応だよ。それが妥当だよ。ルーシィ、君は悪くない。………逆にエルザ、君はあまり驚いていないんだね?」

 

「驚いている。驚いてはいるが、それがどうした?貴様はカイト、妖精の尻尾のカイトだろう?」

 

 だから恐る必要はないと心底、さも当然だとばかりにそう応えるエルザ。その言葉が意外だったのか口の中で噛み締めると、いつものようにヘラヘラと笑う。

 

「………うん、そうだね。ありがとう」

 

「礼を言われることはしてない。それよりも続きを話せ」

 

「一世一代の大暴露をそこまで軽く流されるのもなんだかなぁ。………そうだね、次は何を話そうか?」

 

「ね、ねぇ。もしかしてグレイの様子がおかしかったのも吸血鬼のせいなの?」

 

「俺はその様子を見てないけど、多分そうだね。恐らく魅了の魔眼でも使われたのかな」

 

「魅了?でも、魅了(チャーム)の魔法にそこまでの強制力はないはずよ?」

 

 魔法の中には人の好意を自身に向けさせる魅了の魔法がある。確かに術者の言いなりにはなるが、度を超える命令には応えず、そればかりか魔法自体が解けてしまうのだ。

 グレイが嬉々として仲間を襲うなどルーシィからすれば考えられない。妖精の尻尾の一番良いところは間違いなく仲間を信頼していることなのだから。

 

「人間の使う魅了の魔法とは一線を記すよ。魅了というよりは支配(ドミネイト)。術者の言う事には絶対に従う奴隷作りの魔法だよ。吸血鬼がいくつか持ってる特性のうちのひとつだね。異性にしか効果はないけど、数秒でも瞳を見つめれば終わりだよ」

 

 それならば納得がいく。恐らく食べ物を吐きに行ったあの時を狙われたのだろう。

 

「待て、ならお前も使えるのか?」

 

「まさか。俺は半端者だからね。純血の吸血鬼に比べるとできないことの方が多い」

 

「半端者?」

 

 疑問を覚えたエルザの言葉にそう返せば新たな疑問。ああ、そういえば、と思い返したカイトは仕方がないとばかりに口を開く。

 

「そうだね、少し昔話をしよう。山場もオチもない、平坦で平凡で何の変哲もない、退屈な物語を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 ゴトリ、と音を立てて人間()()()ものが床に転がる。故郷に思い人がいたかもしれない、待ち人がいたかもしれない、思い残したことが多々あったであろう男の身体は身体中の血液が抜かれて干からびており、文字通りの骨と皮だけの状態。

 豪華なカーペットにその身を預け、ぴくりとも動かない様を見ずともその命が潰えたことは火を見るよりも明らかだろう。

 

「片付けておけ」

 

 口元をハンカチで拭う男性がそう命じ、少年は言われた通り、無感情にソレを運ぶ。薄くなったとはいえ、それでもそこそこの重さのあるソレを少年はなんの抵抗もなく持ち上げて所定のダストシュートへと運ぶ。壁に備え付けられた扉を開けて、下へと続く空間に遺体を投げ入れる。道中にあるいくつもの剣が遺体を細切れにし、その肉片を家畜(人間)に食わせる。そこまでが少年の仕事であった。

 

 少年に名前はない。

 

 自身の出自を考えれば当たり前だ。

 少年は吸血鬼でありながら人でもある。

 愚かな父親が愚蒙にも人に恋し、愚劣にも生まれてしまったのが自分だ。父親と母親は禁を犯したと処断された。自分がここにいるのは掟のお陰だろう。

 

 吸血鬼にとって掟や契約は絶対だ。それを破ればあるのは処断のみ。

 厳しい戒律の中に“子を殺してはならない”という一文のみが己を生かしている。

 

 特別、と言えば聞こえはいいが、己が存在はただの異端、異質、異物である。人にも吸血鬼にもなれない半端者。名があるとしたらまさしくそれだろう。

 当然、血族として迎え入れるには吸血鬼としての誇りが許さず、使用人という形で少年は吸血鬼の住まう館に籍を置いていた。

 

 己の在り方について少年は不幸だとは思っていない。むしろ幸福だと感じていた。

 少なくとも少年は自身に流れる半分の血を誇りに思い、もう半分の血を軽蔑している。その軽蔑される血を持ちながらも生かしておいてくださる愚鈍な父親の弟であり、肉片の処理を命じた偉大なる現当主には頭があがない。

 

 この館には当主家族しか住んでおらず、自身を除けば吸血鬼は4人。当主に奥方、その娘に息子。これが吸血鬼の生き残りの総数。他の吸血鬼は処断されたか、遥か昔に討伐されたと聞いている。

 数を増やすにはその子供達に頑張ってもらわねば、と独り言ちる。

 

 いつものように肉片を籠に入れて地下にある牢屋(農場)にいる家畜はと分配しようと足を運べば、そこに先客がいた。

 糞と尿で汚れた床を無視して牢の向こうにいる家畜と言葉を交わす少女の姿。

 

「お嬢様」

 

 言葉に棘を含ませてそう投げ掛ければ少女はびくりと肩を震わせ、恐る恐る錆びついた扉のようにこちらを覗く。

 吸血鬼の証とも言える赤く縦に割れた瞳孔を右往左往させ、身体の前で指先を何度も交差させる少女を見て少年はため息を溢す。

 

「当主様になんと言われるか………」

 

「お願ぁい、内緒にしておいてぇ」

 

 少女こそ当主の娘にして、その寵愛を受ける吸血鬼。下の弟は未だ揺り籠に揺られる年頃で、少女には時期当主という期待の元勉学に励んでいるはずであるというのに、隙を見てはこのように地下の人間と対話をしに来ているのだ。

 

 家畜と話して何になるのやら、と口の中で不満を溢す。前に一度それを少女に疑問としてぶつけたことはあるが、返ってきたのは少年には理解できないもの。

 

「知ってるぅ?人間はねぇ、小鳥の囀りに耳を傾けるのよぉ。川のせせらぎに身を寄せてぇ、木々のざわめきに心を寄せてぇ。この世界様々なものに価値を見出すのよぉ。それはとても素敵なことなのだわぁ」

 

「私たちのように死にながら生きているわけでもなく、それこそ死ぬために生きている彼らの生き方は私たちには真似できない、尊敬するべきなのよぉ。だから私は彼らの心が知りたくて、お話をしてるのぉ」

 

 少女は間違いなく純血の吸血鬼だ。自身とは違い吸血鬼の証である羽もツノも立派であり、髪の毛も夜の光に煌めく銀髪。この歳にして魔法を自在に扱える才能も持っており、当主からの期待も寄せられていた。故にこうして常識外れの行動をしていると、どうしても嫉妬の感情が湧き上がる。言葉に出してぶつけたい衝動に駆られるが、それをしては当主に面目が立たない。

 ぐっと言葉を飲み込んで、渋々と承諾する。少なくとも当主にこのような現状を報告することはできない。

 

「もうそろそろ夜が明けます。ご就寝を」

 

「あらぁ?もうそんな時間なのぉ?それじゃあ人間さん、また明日ねぇ」

 

 ひらひらと檻の中の家畜に手を振って別れを告げる少女。その姿が見えなくなると少年は家畜を睨む。

 悲鳴を押し殺し奥の方まで下がった家畜を忌々しげに睨むと、備え付けの餌場に肉片を転がす。途端に群れを為して我先にと食らいたく家畜を見て軽蔑し、自身の中にもその半分の血が流れているのかと思うと憂鬱になる。

 

 ここの家畜のほとんどは森の中を彷徨って迷い込んだ者。中には勝手に配合して増えた例もあるが、それも極小数。そろそろ補充したいところだが、森の外に出ることは時が来るまで禁止と掟で決まっている。文句をいいたいところだが、その掟に生かされている身が何を喚く権利があるのやら。

 

 ため息ひとつこぼして思考を切り替える。少年はそのまま片付けを済ませると館を出る。過去に戯れで作られ、館での世話を命じられている吸血鬼のなり損ない屍食鬼(グール)の村を過ぎてその先にある掘建小屋に身を寄せる。

 純血の吸血鬼でないものを館に住まわせることはできず、またグールたちも扱いに困るためこうなったのだ。中には布団と呼ぶには薄すぎる布が一枚だけであり、外にある水瓶を使って血の汚れを洗う。

 

 それが少年の1日であり、一年を通しての生活だ。

 

 先も言った通り少年はこの境遇を不幸だとは思わず、そしてまた死ぬまでこの生活が続くのだと信じていた。

 何の変化も変哲もない日々が過ぎてゆくのだと思っていた。

 

 しかし、運命というのは時にその御手で誰かを包み、そして時に牙を剥く。そこに生物としての違いはなく、ある意味での真なる平等。そして不変というものに少年が擁護されていたのならば、これは変化という牙が少年に突き立てられる。

 

 あくる日。いつものように作業を行い、さて残りは掃除だけだと息抜きのつもりで窓の外を眺める。薄く張られた霧の向こう、そこでは人間が生を謳歌していると聞くが果たして本当だろうか?と考えたところでちらりと視界の隅、窓の外で動く影を見た。反射的にそちらを向けば人目を気にして辺りを見回す少女の姿が。

 

(お嬢様?)

 

 また逃げ出したようではあるが、それにしては様子がおかしい。普段であるなら屋敷の地下に行くであろうに、その手にはバケットを持ち足を向ける先には森。嫌な予感とでもいうべきか、少女が何をするつもりなのか理解した少年はそれを止めようと3階の窓から飛ぼうとするが、それよりも早く意を決した少女は森の方へと走り出す。

 森に入るだけならばまだ良い。しかし、その先に出るつもりならば掟に反してしまう。それだけはダメだ。それをしてしまえば当主が嘆き悲しむことは間違いない。

 

 森に入り当たりを見渡す。

 当然だが見える範囲に少女の姿は見えない。しかし、足元には明らかに獣道ができており、奥の方へと続いている。予想が外れるようにと半ば祈るように先へと進み、そして暫く歩いたところに少女はいた。

 森を抜けていないのとに安堵のため息を溢すが、少女の側に人影が見えてすぐさま姿を隠す。

 

「すごいわぁ。他にはどんなものがあるのかしらぁ?」

 

「そうだな……王国には何万人という人がいて、毎日がお祭りのような雰囲気なんだよ」

 

「まぁ、何万もの人が⁉︎それはすごい、すごいわ‼︎なんて素敵なのかしら‼︎」

 

 ちらりと覗き込み、会話を盗み聞きしている中で、相手が外から来た人間だということがわかる。食べ頃(青年)に見える人間の四肢や頭には包帯が下手くそに巻かれており、少女の持ってきたバケットを側に置いている。

 人間は発見次第捕まえ、地下に送る決まりではあるが、また少女の悪い癖が出たのだろう。掟とは違い強制力はないため破っても問題はないが、それでも決めたのは現当主だ。少年としてはいい心地はしない。

 

「それにしてもお嬢ちゃん。ここには他にも君みたいな吸血鬼がいるのかい?」

 

「ええ、もちろんよぉ。お父様にお母様、弟に従者。もう5人しかいないけれど、寂しくはないわぁ。でも………」

 

「でも?」

 

「毎日毎日お勉強ばっかり。それはとてもつまらないわぁ。こうして人間さんとお話ししている方が楽しいものぉ」

 

「はっはっは‼︎それは嬉しい限りだ」

 

 楽しげに会話する少女と人間。家畜如きと何を話しているのやら。あまりの苛立ちに口の中で恨言を転がし、益もないことだと悟ると踵を返す。少女の方は戻り次第、こっそりと注意でもしておこうと心の中で決めておく。その後、館で少女に注意を施すが暖簾に腕押し、聞き入られる様子はなく、誰にも相談できない案件を抱えた少年はもはや黙認するしかなかったのだ。

 所詮は人間。当主に秘密にして飼う飽きたら捨てる愛玩用として黙っておくことにしたのだ。

 

 少年にとっては取るに足らない家畜。

 

 少女にとっては大事な話し相手。

 

 だからこそ気づかない。

 

 だからこそ気づけない。

 

 だからこそ見て見ぬふりをする。

 

 青年の首から下がる十字架の存在に。

 

 忌避して唾棄する神聖な存在に。

 

 吸血鬼の数ある弱点の存在に。

 

 

 その日、少年は異常な声を聞いて目を覚ます。

 人間が必死になって抵抗する時に出す、断末魔に似た叫びを。

 

 しかし、少年の小屋から屋敷までは距離があり、人の声など聞こえるはずもない。何事かと警戒しながら外に出て絶句した。

 

 暗い筈の夜空は赤く照らされ、屍食鬼の住まう村では火の手が上がる。幾多の人影が追われ、幾多の人影がそれを追う。手に持った剣で胴を刺し、脚を斬りつけ、首を跳ねる。

 

 悲鳴が響く。

 

 感嘆が漏れる。

 

 困惑が広がる。

 

 怒声が飛ぶ。

 

 少年は理解ができない。思考が追いつかない。しかし、これが何というのかはストンと胸に落ちるものがある。

 

 これは地獄だ。

 

 首から十字架をぶら下げて鎧に身を包んだ人間が嬉々として屍食鬼を追いかけまわし、そして高笑いしながら首を掲げる。ざまあ見ろと、化け物どもめと、口々に叫ぶ。

 

「死ね、化け物め‼︎」

 

「この害虫どもが‼︎」

 

「我らが神の名の下に!」

 

「「「神の名の元に‼︎神の名の下に‼︎」」」

 

 剣が振るわれるたびに、少年の世界が崩されていく。平和と平穏と安寧が汚されていく。怨嗟の声が人間の合唱に掻き消され、その声は誰の耳にも届かない。

 ハッと我に返った少年が初めに気がついたのは当主や少女の安否だ。魔法を使えばすぐに向かうことも、人間を殲滅することもできたのかもしれない。しかし、少年の魔法は酷く不安定で使えたものではなく、移動は徒歩だ。燃える建物の影に隠れながら少年は進み、霧の向こうにある館へと走る。

 

 きっと当主ならばなんとかしてくれるはずだ、と一途の希望を持って。

 

 そうしてたどり着いた先、いつも聳え立つ館を見て絶望した。

 

 館も同様に燃え上がっているのだ。周囲には村にいた者と同じ格好の人影が館を囲むように並び、手には剣ではなく松明を。

 吸血鬼相手に鉄の剣は役に立たない。しかし、銀製の武具は吸血鬼の傷の再生を阻害し、炎は吸血鬼の身を焦がす。数ある弱点の中でもそのふたつは特に危険とされており、食器類に銀製品がないのはもちろん、館には火に纏わるものは置いていない。

 幸いなことに当主家族の死体は見当たらないが、しかし、それも時間の問題だろう。万が一に備えて森の中にある地下から続く脱出口には見張りはおらず、また使われた形跡もなく扉は錆びついたままだ。

 吸血鬼の力でも開けづらい扉を開けて炎に包まれる館に乗り込むのに躊躇いはなかった。

 

 炎に炙られ皮膚が焼けようが、少年は必死に当主家族を探す。食料庫の家畜は阿鼻叫喚、出してくれと叫ぶがそれに耳を傾けず、少年の脚は当主のいる寝室へ。

 

 寝室へと続く廊下の途中、窓から脱出しようとしたであろう屍食鬼は脳天に矢が突き刺さって絶命していたり、炎に包まれて焼けている死体をいくつか発見。その度にその姿を当主家族と重ねてしまうが、頭を振って必死にそれを思考の隅に追いやる。

 靴は既に意味をなくし、脚を踏み出すたびに肉の焼ける匂いが少年の鼻腔を擽る。それでも必死に脚を動かし、目的地へと脇目も振らずに走り抜ける。

 

 ようやくの思いで目的地へと辿り着き、焼けて変形したドアに身体を何度かぶつけて開く。ドアの崩壊と共に転がるようにして室内に入った少年は、もはや何度目になるかわからない、理解できない光景に言葉を失う。

 

 部屋にいた当主は身体の半分が天井に押しつぶされた奥方を傍らに、まだ乳児である長男の血を啜っていた。奥方の傷は確かに致命的ではあるが、直接的な死因は吸血によるもの。その証拠に遺体はカラカラに干からびており、水分を無くした皮を我先にと炎がその肢体を舐める。

 

 吸血鬼が吸血鬼の血を啜ることは禁忌とされており、掟にもそのように記述されている。厳格な当主がそれを破ったことにも驚愕したが、何より家族に手をかけるその姿が少年には信じられなかった。

 

「貴様………」

 

 少年の存在に気が付いたのか、口に咥えていた乳児を離し、視線を少年に向ける。いつものような冷え切った視線ではなく、周りを取り囲む炎よりも熱い、憎悪に満ちた瞳に少年はヒッと悲鳴を漏らす。

 そうして遠慮もなく、ただただ殺意にだけ満ちた当主の歩みは一足で少年の目の前へと移動し、加減のない脚の一振りを食らわせた。

 

 少年の身体は軽々と飛んで燃えた壁を突き破り廊下を転がる。炎に炙られた箇所が激しく痛みを伝え、それ以上に蹴られた箇所が熱を持つ。

 しかし、痛みに悶える暇もなく当主はその胸ぐらを掴み上げ少年を睨みつける。

 

「貴様のような忌子を生かしておいたのが間違いだった……。貴様がこの災厄を呼んだのだ‼︎貴様の存在がこの厄災を起こしたのだ‼︎貴様が私に家族を殺させたのだ‼︎兄上の残した種だと思い見逃していたがっ………貴様には穢れた人の血しか流れておらん‼︎」

 

 血涙を流し、心底悔しそうに、恨めしそうに少年を睨み、掴み上げた胸ぐらを思い切り振り投げた。少年は崩壊する館の壁を破って館の外に放り出され、宙を舞う。

 

「貴様の血など吸ってやらん。貴様は惨めに殺されろ」

 

 放り出された少年の視界はまるでスローモーションのようにゆっくりと世界が流れ、決別され、激しいそしりを受け、絶縁された少年(吸血鬼)の世界を名残惜しむかのようにその目に焼き付けられた。

 一瞬の浮遊感、そして落下。存在すら拒絶され絶望の淵にいた少年に飛行するという手段は思いつかず、そして運の悪いことに館の前に集まっていた人混みの中へと落ちた。

 

 突然のことで割れる人混み。そして相手が人外だとわかるや否や剣と槍を其方に向ける。吸血鬼の再生は魔力を用いるが、少年の魔力量はいかんせん少なく、再生に手間取っており落下で折れた四肢を使っての逃走は不可能。それよりも少年の頭の中はなぜ?という疑問に覆い尽くされていた。

 

 なぜこうなった?

 

 なぜ我らが滅びる?

 

 なぜ吸血鬼からも拒絶される?

 

 なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?

 

 そうして視界にちらりと写った人間を見て思い当たる。

 その人間はいつか少女が手当てをして、熱心に話を聞いていた青年。少女から傷が完治して逃げられたと話を聞いた時は柄にもなく心が躍ったことを覚えている。

 その人間が今輪の中に加わり、こちらに憎しみを、自身に愉悦を持った表情で少年を睨む。

 

「ああ……、貴様のせいか………」

 

 青年が霧の向こうの世界を話し、そしてその存在を許さない人間が大挙して来たのだろう。いや、もしかすれば初めからそのつもりだったのかもしれない。そう思いこんでしまえば後は一瞬。少年の奥底にあった怒りが血潮を辿って全身を駆け巡り、眠っていた魔力が四肢を動かす。

 

 せめて一矢報いるために、少年は最後の力を振り絞って青年の首に喰らいつく。死に体の必死の抵抗に驚いたのか、青年は抵抗する暇なくその首元に牙を突き立てられ、そして悲鳴も困惑の声も漏らす間もなく干からびたミイラのような姿に。

 

 これにて少年の仇討ちは終わった。しかし、まだ足りない。胸の奥に湧く憎悪を、はちきれんばかりに四肢を突き動かす熱を、吸血による血の昂りを抑えるには、まだ足りない。

 少年の復讐譚はまだ幕を開けたばかりなのだから。

 

 一瞬の怯えも、しかし仲間がやられたことで怒りに塗りつぶされ周囲の人間が武器を振るわれる。致死性が込められた確かな一撃は、少年に直撃する直前に下から突き出た影の槍により防がれた。

 感情の昂りにより体の奥底に眠っていた魔力までもが呼び起こされ、少年にとって初めて使う魔法。しかし、なにをどうするべきかは不思議と頭の中で理解できた。

 

穿杭(リグレート)

 

 影の槍が足元に消えたかと思えば、刹那、殺意を持って展開された魔法陣から再び迫り上がる。まるで剣山のように噴き出す影は周囲を囲っていた人間の腹を、胸を、手足を、首を、頭を、それこそ見境なく突き上げ辺りを鮮血で染める。

 血の雨があたりに降り注ぎ、中央にいた少年はもちろん、範囲外にいた人間たちの鎧も真っ赤に染め上げ、呆然とその光景を見つめる。そうして、自身達が狩られる側だと理解すると一目散に森へと逃げ出した。

 

 蜘蛛の子を散らすような幾人かを背後から強襲するがそれも数える程度。それだけではこの血は静まらない。鎮めてはならない。

 

「人間………人間、人間人間人間人間人間人間人間‼︎神の都合で我らを滅ぼす人間め‼︎ 逃げられるとは思うな‼︎草の根をかき分けてでも探し出し、貴様らの血を一滴残らず搾り取ってやる‼︎夜に怯えて暗闇に恐怖して目を閉じるたびに思い出せェ‼︎」

 

 吐き捨てるようにそう警告した少年は疲労のためか肩で息をする。魔法を開花させたばかりの者にはよくあることで、上限がわからず魔法を酷使したためである。急激な疲労感に加え、抗い難い睡魔。せめて当主を救おうと館に向けて魔法を放とうとするが、魔力が底をついて発動できず、そして館自体が大きく音を立てて崩れ出す。

 

 燃える燃える。瓦礫となった生まれ故郷が燃えてゆく。

 

 消える消える。己が生きた軌跡が消えてゆく。

 

「カッカッカッ………」

 

 少年は生まれて初めて声を出して笑う。それが自嘲を込めたものだと知ったのは後になってからだ。アレではいくら吸血鬼でも生きてはいない。身を焦さし、炎で焼かれ、瓦礫に押し潰されてしまっただろう。

 吸血鬼としても生きていけず、人としても生きていけない自身はこれからどうするべきか。いや、それよりも当主家族の埋葬が先か。考えたいことは山のようにあるが、どうにも頭が働かず、少年はそこで意識を手放すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

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