FAIRY TAIL 〜Those called clowns〜   作:桜大好き野郎

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「オェッ」

 

 胃の気持ち悪さに耐えきれなくなり、口から飲み込んだモノを吐き出す。一頻り吐き出した後、疲れからかぐったりと仰向けに寝そべり、夜空を見上げる。

 

 館の崩壊後、少年は森から出ていた。掟を破ることに強い抵抗を覚えたが、それよりも自身にはやらなければならないことがあると言い聞かせてなんとか這い出したのだ。

 森を抜け出すにも苦労し、初めて浴びた太陽の光に焼かれかけたが、それでも少年は前に進まなければならなかった。

 

 全ては復讐のために

 

 怨の一文字が少年を突き動かす

 

 あの日あの場にいたニンゲンの追跡は不可能であった。それぞれが散り散りに逃げた上、痕跡を見つけ出すなど素人の少年には不可能。しかし、少年の復讐心はもはや全人類に向けられていた。

 故に手当たり次第に夜道を歩くニンゲンを襲い、血を啜る。朝日が登る前に洞窟や森の影に隠れて夜を待つ生活を過ごしてきた。もはや何度夜を過ごしたかも覚えておらず、そして吸血のたびに迫る気持ち悪さに口の中で悪態を転がす。

 

 少年には知るよしもないが、本来であれば吸血鬼は血を吸えば吸うほど強くなる。だが、少年に流れるニンゲンの血はそれを拒否し、普通の吸血鬼にはない吸血の限界があった。それこそ飢えていたり、感情由来の爆発でもない限り人1人の血を吸い出すことさえ難しい。現に外に出て以来昏睡したニンゲンはおれども、死亡したニンゲンは1人たりともいなかった。

 

 そして、少年の体調の悪さにはもう一つ原因があった。

 

「スゥ………ゴフッ‼︎ゲホッエホッ‼︎」

 

 深く息を吸い込んで気持ちをリセットしようとするが、途端に咳き込み出す少年。口の端から血が流れ、咳き込むたびに少量ではあるが血が宙を舞う。

 忌々しげに脇腹を触り、その痛みに顔を顰める。少年の脇腹には傷があり、血は止まっているが傷が塞がる様子はない。

 

 死亡者はいないとはいえ、ニンゲンを襲っていれば討伐隊、もしくは討伐依頼は出されて当然。腹の数はその時にできたモノだ。ご丁寧に銀製の剣で刺され、今もなお燃えるような痛みに晒されている。純血であれば血を啜れば治る傷も、少年の場合はその治りも遅い。これがただの傷であれば魔力を用いることで治せるのだが、と自身に流れるニンゲンの血を恨む。

 

「ニンゲンめ………」

 

 口から溢す悪態が燻る復讐心に更に火をつける。

 

 なぜ我らが滅ぼされねばならない。確かに、我らは人の血を啜る。しかし、それは食事のためだ。徒に血を啜ることはないし、血を啜る相手も自ら命を投げ捨てに来たものだけだ。その命をどう扱おうと我が自由ではないか、と自己弁護を計る。

 

 怒りに心を燃やしていると、通りの向こうでちろちろと光る火種が見える。目を凝らしてそちらを注視すれば、武装した幾人かが見えた。間違いなく討伐隊だろう。

 相手をしようにもコンディションは最悪。いや、最高だとしても武装した幾人もの相手を少年ができるはずもない。地力が違いすぎる。

 

 奥歯を噛み締め、逃走する。翼を羽ばたかせ夜の空へと姿を消そうとするが、腹部の痛みが長時間の飛行を許さない。そうでなくとも少年の力ではせいぜいが30分が限度。今は飛べて10分が精々だ。

 ふらふらと蛇行飛行を繰り返し、なんとか近隣の森の中へ。高い木の上に身を隠し、息を潜めて夜を越す。

 

(そろそろこの場所も危ないな………)

 

 ここから逃げるとして、次はどこへ行くべきかを考えて、まずこの場所がどこだかわからないことに気がつく。どうも森を出てから方向感覚に狂いが生じる。このままでは復讐を成した後、故郷に帰ることもできるかどうか。

 

(………ニンゲンの1人でも案内させるか)

 

 その後血を啜り殺せばいい。家畜の活用法としてはいい方法ではなかろうか。そう考えたところで朝日が昇る。ああ、また忌々しい朝日が顔を出した。それに連れて近くの街道にも人の通りも少しずつではあるが増えてきた。

 

 ニンゲンめ。

 

 最後にそう口の中で転がして、少年は意識を閉ざした。

 

 次に目を覚ましたのは聞き慣れない音が聞こえたからだ。

 耳に届くのは笛や太鼓の音。次いでガヤガヤと騒ぐ人の声。何事かと思い木の影から顔を出し、街道の様子を見る。

 そこには松明を掲げて自信を探すニンゲン達とは違う、もっと華やかで騒がしい集団が街道から少し離れた場所に集まっていた。どうやら休憩中のようだ。時刻はわからないが、太陽が真上に昇っている頃。吸血鬼が1番嫌う時間帯だ。

 

 集団は休憩中でありながらもいくつものボールを空中で回したり、剣を飲み込んだり、数人が身体を組み合わせたりと様々な事をしている。成功するものもいれば、失敗するものいる。それでも笑い、時に激昂し、失敗を反省してまた挑む。

 うるさい、と思いつつも見たこともない光景に惹かれ、こっそりと近場の木に飛び移って距離を縮める。

 

 獣と一緒に芸をしたり、互いにピンを投げ合ったり、脚でボールを持ち上げその上で逆さになったりと、どれも少年の視線を惹き寄せるものばかりだ。特に目を惹かれるのは顔を白く塗ったニンゲン。奇抜な衣装に身を包み、そして玉に乗って転び、いくつものボールを投げて頭に全て落とし、音を立てて転ぶ。

 一見バカらしく見えるソレに、少年は惹かれた。

 

 具体的に何が?と聞かれても少年は答えられないだろう。強いていうのなら何度失敗して笑われようとも、挑戦をやめないその姿に惹かれたと言うべきか。

 

 もっと見たいと身を乗り出そうとして、別の馬車から出てきた小柄の老人を見た瞬間、素早くその姿を隠す。

 一眼見ただけでわかる自信との格の違い。挑もうとする意欲さえ湧かないレベルのニンゲン。吸血鬼としては許されないことだが、臆したのだ。

 逃げようにも行動に移した刹那に捕らえられる未来しか見えない相手に、少年は息を殺して気配を隠す。そして自身がニンゲン如きの芸に惹かれてノコノコと近くにやってきた事を後悔する。

 

「おやおやぁ?マァスターさぁん、ご休憩はよーろしいのでぇ?」

 

「なぁに、腹ごなしの散歩じゃよ。それよりも、移動式サーカスというのも面白いのう」

 

「ホッホーウ、魔導師の方にそーう言われるとうっれしぃですねぃ」

 

 ニンゲンたちの会話を盗み聞き、この集団がサーカスというものだと言う事を知る。また見てみたいと思った心を押しつぶし、二度と近づくものかと理性で蓋をする。

 

「本心なんじゃかのぅ。それより、そこらをふらっと散歩してくるわい。出発には戻るようにするからの」

 

「お願いしますねぃ。なんせアタシたちゃしがない芸人。巷で噂の怪物に出くわしゃ全員お陀仏なんですから」

 

「わかっておる。ワシも街まで運んでもらう身じゃ。護衛はちゃんと務めさせてもらおう」

 

 そう言って老人は集団から離れる。逃げるチャンスかと思いきや、老人が向かう先は少年のいる方角。けれど自身は木の上、それに近いとはいえそれは吸血鬼での感覚だ。このまま気配を殺せば気付かれるはずがないと心の中で安堵を溢す。

 

「お主、こんな所で何をしておるんじゃ?」

 

 そして、同じ高さから聞こえた老人の声に、反射的に飛び退いた。飛び移った樹木に爪を立て、四つん這いの状態になりながらそちらを睨む。

 警戒していた老人が視線の先にいた。こちらに敵意は向けられていないが、少年の警戒レベルは最高潮。かつてないくらいに冷や汗を流す。

 

「近寄るな、ニンゲン」

 

 精一杯の虚勢を張るが、老人は優しそうにこちらを見つめるだけ。人外者であることは一目でわかるはずだ。しかし、老人からは不思議とこちらを害そうという気配は感じられない。

 信用させてから害する。なるほど、いかにもニンゲンらしい汚い手だ。と更に爪を立てて逃走準備を計る。

 

「落ち着かんか。ワシはお主に何もせんよ」

 

「ウソをつくな‼︎ニンゲンはそうやって我らを騙し殺した‼︎」

 

「ふむ………。ならば、どうすれば信用してくれる?」

 

「カッ‼︎そこから飛び降りろ」

 

「あい、わかった」

 

 するはずもないと鼻で笑い、無茶な命令を下す。どんなに綺麗事を並べようと腹の中身は汚いニンゲンなのだと嘲笑うかのように下した命令を、老人は躊躇う事なく実行した。

 まさか実行するとは思わず、少年は驚愕する。明らかに人の身では耐えられない高さ。それを老人は迷わず実行したのだ。

 

 落下している今なら逃げられる。四肢に力を入れて反対方向に逃げようとする。だが、視線は落下する老人から固定され、目が離せない。数瞬の葛藤。そして跳躍。少年は落下する老人を抱え、転がりながら地面に堕ちた。

 

 自身でもなぜこのようなことをしたかわからない。ニンゲンなど見捨てればよかった。しかし、それをしてしまえば何かが終わる気がしたのだ。捨ててはいけない何かが消えてしまうのだ。

 肩で息をして、老人から素早く離れる。両者共に擦り傷はあるが、被害はその程度。傷も少年の方はすぐさま修復される。

 

「はぁ、はぁ………何のつもりだ、ニンゲン‼︎」

 

「これで、信用は得てもらったかの?」

 

 老人の言葉に、言葉を失う。信用を得るためだけに老人は命を投げ捨てたのだ。信じられない程のバカだ、と少年は心の中で悪態を飛ばす。自身が助けなければどうするつもりだったのだ。

 そう一蹴するのは容易いが、どうにもバツが悪い。言葉を喉で押し止め、ぐっと声にならない声が口から溢れる。老人はその場で胡座をかくとこちらを見据えて言葉を続ける。

 

「見たところ人ではないようじゃが………お主は何者じゃ?」

 

「………誇り高き吸血鬼。貴様らニンゲンが化物と呼ぶ者」

 

「ふむ。御伽噺に聞く吸血鬼とはな。お主1人だけか?」

 

「みんな、殺された。他でもない貴様らに」

 

「それは………悪い事をしたのう」

 

 深々と頭を下げられ、少年の頭に血が昇る。今度は喉から迫り上がるものを抑えることはできず、それこそ年相応に相手にぶつけた。

 

「悪かった、だと?ふざけるな‼︎そんな言葉で許されると思ったのか⁉︎言葉なんていらない‼︎対話なんていらない‼︎我らを滅ぼした罪を背負って、ただただ無価値に死ね‼︎」

 

「最近、人を襲う怪物がいると噂されてはいたが、お主がその正体か」

 

「だったらなんだ⁉︎貴様らニンゲンにされた事をやり返しているだけだ‼︎」

 

 爪を振るい、老人の真横の空間を薙ぐ。地面に軌跡が残るが、老人は動ずることなく、少年から目を離さない。自身の正体が人を襲う化け物だと知っても変わらない視線に、少年は思わずたじろぐ。

 

「………人が憎いか?」

 

「当たり前だ」

 

「その割に、先程は熱心にサーカスの芸を見ておったのぅ」

 

「っ!………あ、あんなのただの気まぐれだ。うるさくて目が覚めただけだ」

 

「ホッホッ。化物と言われようとも、中身は人のようじゃのう」

 

「くっ‼︎バカにするな‼︎」

 

 人のようだと馬鹿にされ、今度こそは当てようと腕を振りかぶる。だが、腕が頭の頂上に来た瞬間、老人は少年の目の前に立つ。あまりの驚きに少年の動きは止まった。

 

「お主、ワシのギルドへ来んか?」

 

「はぁっ⁉︎」

 

 老人からの突然の提案に、少年は距離をとってわけがわからないとばかりに声を出す。ギルドというものの存在は知っている。同じ紋章をつけたニンゲンを何度か見たこともあるし、屍食鬼たちの世間話でも小耳に挟んだこともある。

 用はニンゲンたちが集団となり、何かをなし得るための総称だ。そんなものになぜ化物たる自身がいかなければならないのか。

 

「狂ったか、老害‼︎化物に人と組みしろとでもいうのか⁉︎」

 

「そうじゃ。確かにお主は人に仇をなした。死人はおらぬとはいえ、ワシら人からすればお主は討伐対象じゃろうて」

 

「そんなモノを、匿うのか⁉︎」

 

「無論じゃ。子供に人も化物も関係ない。人として、年長者として、お主が破滅の道を歩むのを、ワシは見たくはない」

 

「ふざけるな‼︎ニンゲンなんて、どいつもこいつも同じだ‼︎嘘つきで、汚くて、家畜にも劣る奴らばっかりに決まってる‼︎」

 

「全ての人間がそうとは限らん。お主たちを滅ぼした人間もおるが、反面、お主が興味を持つサーカスに属する人間もおる。ワシのギルドでそれを見極めても良いのではないか?」

 

「ふざけるな、ふざけるなふざけるなふざけるな‼︎騙されないぞ‼︎そうやって俺を殺すつもりだろう⁉︎」

 

「…………1人の夜は辛かろう」

 

 少年の泣き言のような声に、老人は終始優しく声をかける。そして老人が放った言葉に、少年は言葉を詰まらせた。

 寝ても覚めても家族はおらず、仕えていた者さえいない毎日。傷ついた時でさえ、誰にも助けを求めることも出来ない日々。ちくり、と胸の奥に何かが刺さる。

 

「1人でおることはキツかろう」

 

「そん、なわけ………」

 

「1人でいることは楽かもしれん。じゃが、1人でいることに慣れても、1人を楽しむことができる者などいない」

 

 そっと差し出された老人の手。それが嫌に少年の視線を釘付けにしていた。

 

「だからギルドがある。ギルドという家族がおる。ギルドマスターとして、大人として、1人で泣くお主を見捨ててはおけんのじゃ。お主は確かに人を傷つけた。だからと言って、子供を修羅の道に歩ませて良い道理はない。ワシと共に来んか?」

 

 差し出された手が異様に大きく見える。

 あれだけ恨みつらみを述べた筈のニンゲンの手に縋りたい衝動に駆られる。

 

(ニンゲンにも良いやつと悪いやつがいるだと?そんなはずない‼︎そんな、はず………)

 

 襲ったニンゲンの中に、こちらに声をかけてきたニンゲンもいた。まだ森を抜け出して間もないころ、暗闇で疼くまる自身に心配そうに声をかけてきたニンゲンが。

 アレは確か老いたニンゲンの番だったはずだ。大丈夫?どうかしたのかい?両親はどこにいるんだい?そう声をかけられた。その時は憎しみのあまり血を啜った。その光景を唐突に思い出し、少年は老人から一歩身を引く。

 

「…………俺はニンゲンを襲った」

 

「知っておる。じゃが、これから贖罪をしていけばよい」

 

「…………俺はニンゲンの血を啜らねば生きていけない」

 

「ならば、ワシの血をやろう」

 

「…………俺は………俺は‼︎」

 

 思い起こすのは当主家族、そしてその娘である少女の姿。いつだったか少女の言葉がふと蘇る。

 

「知ってるかしらぁ?人間って1人じゃ生きていけないくらい弱いのよぉ。けどぉ、だからこそ番を見つけて、家庭を持って、家族を持って強くなるのぉ。不思議よねぇ、だからこそ素晴らしいわぁ」

 

 聞いた当初はどこが素晴らしいのかさっぱりわからなかった。それは今も変わらないし、もしかすればこれからも変わらないだろう。しかし、自身に流れるニンゲンの血は温もりを求めていた。隣にいる誰かを求めていた。

 

「もう、1人は嫌だ‼︎」

 

 もう1人で夜を越すのは、1人でいるには、少年の心は耐えきれないでいた。復讐を果たそうとも同族が戻ってくることもなく、何の益もない空虚な生を考えないようにしていた。

 同族が見れば考えられない、誇りを忘れたかと罵詈雑言を浴びせられても仕方がない行為だとはわかっている。しかし、それでもなお少年は老人の手を握る。

 今ならばなぜサーカスの集団に目を奪われたのか理解できる。羨ましかったのだ。家族のように笑い合う、あの集団が眩しくて羨ましくて羨望していたのだ。

 

 涙を流しながら手を握る少年の背中を老人は優しく宥め、そうして泣き止んだ後、老人は少年に問いかける。

 

「そういえばお主、名はなんじゃ?」

 

「………名前はない。俺は純血の吸血鬼じゃないから」

 

「ふむ。それは不便じゃのう………よし、ではワシが名をつけよう」

 

 老人は暫く悩んだあと、良い名が思いついたとばかりに声を出す。

 

「お主の名はーーーー」

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

「カイト?」

 

 ふと、思い出と感傷に浸っていたせいか、不思議そうに名を呼ばれる。

 

 カイト。

 

 それが老人(マカロフ)から貰った名前。

 他の誰でもない、自身を指し示す称号。

 それを呼ばれるのが嬉しくて、少年(カイト)はなんでもないと笑みを浮かべて返す。

 

「とまぁ、何とも面白みの無いお話はこれで終わりだよ。拍手は………この状況じゃなければ欲しかったところだけどねぇ」

 

 流石に居場所を知らせるような真似はやめるべきだ、と諦めて、その場にいる全員を見据える。

 アレから十数年。当時の自身では考えられないほど環境が変わったものだ。人間のギルドに所属していると話したら、当時の自身は何と答えるだろうと益もないことを考えて口角を上げる。

 

「つまり、あの女はお前と同族なのか?」

 

「本人からすれば甚だ遺憾だろうけどね、その通りだよ。まさか生きてるとは俺も驚きさ」

 

 その存在を知ったのはギルドに加入して暫くのことだ。王国から派遣された先遣隊からの報告により確認された、霧の森に住む化物の討伐依頼。発行年数は新しく、明らかに自身を指したものでは無い依頼書を受注したのは未だに覚えている。

 同族がまだ生きていることに歓喜する反面、それを裏切るような形で生きている今の自身を晒すのが怖くて今まで見て見ぬふりをしてきた。それでもきっかけを与えてくれたのは目の前にいるニンゲン(仲間)たちだ。

 

「…………」

 

「そんなに睨まなくても大丈夫だよ、エルザ。ここまで巻き込んでおいて、これは俺の問題だから帰れなんて言えないさ。どこかの誰かさんみたいに」

 

「一言余計だが……当然、私たちも手を貸そう」

 

「カッカッカ♪……うん、ありがと」

 

 きっと御伽噺のように手を繋いで仲良く大団円とはいかないだろう。けれど、それでも、前に進まないとならない。例え同族を犠牲にしようとも、同族に殺されようとも、家族(フェアリーテイル)さえ無事であればそれでいい。

 

「それで、ナツ?君は何をしてるのかな?」

 

 決意を新たにしたところでカイトは話も聞かずに周囲の匂いを嗅ぐナツに視線を向ける。現在のナツはカイトの頭の匂いを嗅いでいる形で、流石のカイトもこれには苦笑いを浮かべていた。

 一頻り匂いを嗅いだナツはカイトから離れると首を傾げる。

 

「もー、話も聞かないで何してるのよ、アンタは」

 

「うーん、やっぱダメだ。全然匂わねェ」

 

「おや?ナツ、鼻が効かないのかい?風邪でもひいた?」

 

 仕方がないなぁ、と笑みを浮かべている時にそれは聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドチュリ

 

 

 

 

 

 

 

 

 まるで肉を詰めた風船を割ったような、酷く聞き難い音がその場にいる全員の耳に届く。次いでツンと香る濃厚な血の匂い。全員がそちらを振り向き、そして驚愕する。

 今まで楽しげに話していたカイトの胴の中央に、腕が生えていた。真っ赤に濡れる腕はそのまま勢いよく引き抜かれ、貫通された景色が嫌によく見えた。一眼でわかる致命傷。吸血鬼であるカイトの身でも許容限界なのか、傷が塞がる様子もなく、口からゴポリと大きな血の塊を吐き出した。

 

「案内、ご苦労様ぁ」

 

「カイトォオォ‼︎」

 

「テンメェエエエ‼︎」

 

 カイトの背後にいた同族の女性が妖美な笑みを浮かべて、そこにいた。

 あまりの光景に言葉をなくすルーシィを他所に、ナツとエルザの動きは早かった。素早く魔法を展開し、女性に接近。しかし、女性は腰の羽を羽ばたかせ、カイトの身体ごと後退する。剣と拳が空を切り、空中で待機する女性はここまで接近した種を明かす。

 

「ふふふ。たかがニンゲン風情に、私が心優しく治療すると思ってたのかしらぁ?吸血鬼はね、血の匂いに敏感なの。桜髪の子の血に私の血を少量混ぜて匂いを感じなくさせてあげたのだけどぉ………ここまで上手くいくなんて思いもしなかったわぁ」

 

 女性の言葉にエルザは奥歯を噛み締める。

 相手の信用を得るために治療は間違いなく行うだろうと立てた見通しは甘かった。しかし、これについてエルザを責められる筈もない。ただ、相手が吸血鬼という常識外れの生き物だったことが最大の誤算である。

 

「さぁて、アナタたちはもう用済み。本来なら家畜小屋に行ってもらうのだけれどぉ………ここまで案内してくれたお礼よぉ。楽に殺してあげる」

 

「くそっ‼︎火竜のーーー」

 

「待て、ナツ‼︎」

 

 やられる前に、とナツが咆哮を放とうと口内に魔力を貯めるが、エルザがそれを阻止する。女の方を見れば、カイトをいつでも盾にできるように身構えていた。それに気づいたナツも魔法を途中で止め、未だショックから立ち直れていないルーシィの元に駆け寄る。

 

「ルーシィ‼︎」

 

「な、なつ………」

 

「仲良く潰れなさいなぁ。戦血槌(ブラッディ・ハンマー)‼︎」

 

 そうしてナツがルーシィを押し倒し、エルザが来たる衝撃に身を構えた瞬間、遠くから何か巨大な物が大地を穿ったような爆音が聞こえた。

 一瞬、そちらに意識を向け、いけないとまた意識を空を飛ぶ敵に向けるが、女性は腕を振り上げたまま動いていない。それどころか周囲の景色さえ微動だにしていない。もしやと思いエルザが数歩移動して目の前の空間を剣で薙ぎ払う。予想通り、目の前の景色は切り裂かれ、その後ろにある景色が露わになる。

 

 霧が濃いことに変わりはないが、それでもうっすらと奥の方に何かの影が見える。恐らくはアレを目指せというカイトからのメッセージだろう。

 

(あの馬鹿者が………っ‼︎)

 

 あれだけ深い傷を負って尚、こちらを移動させることを優先するなど正気の沙汰ではない。その力を使って逃げるなりすればいいだろうに。

 カイトへの罵詈雑言を飛ばしたいのは山々だが、その本人がいないのであれば言えるはずもない。

 

「2人とも、無事か⁉︎」

 

「ああ、なんとかな。ンなことより、ルーシィが‼︎」

 

「ぜひゅっ………ぜひゅっ…………‼︎」

 

「不味いな過呼吸だ。ルーシィ、聞こえるか?ゆっくりと息を吐き出して、呼吸を楽にしろ。ナツ、お前は側についていてやれ」

 

「おう。けど、エルザはどうすンだ?」

 

「この先に何かの影が見えた。私はそれを調べてくる」

 

 カイトがこの場所に転移させたということは、何かしら理由があるのだろう。それを見越して罠が貼られているかもしれない。しかし、それでも尚エルザは先へと進まないとならない。散ってしまったカイトのためにも。

 

「そして、ルーシィが落ち着き次第すぐにこの森を脱出しろ」

 

「ンなことできるわけねェだろ‼︎」

 

「言うことを聞け‼︎そしてこれまでのことを必ずマスターに報告するんだ‼︎わかったな⁉︎」

 

「だったらオレが残ってもいいだろ‼︎」

 

「ならん‼︎あいつはお前に仕込んだ血を辿って来た‼︎隠密が必要な今、お前に何ができる⁉︎」

 

「仲間がやられてンだ‼︎このまま引き下がれるかヨ‼︎」

 

 埒があかないと頭を悩ませるエルザ。とにかくこのままここで騒いでも相手の思う壺、それにルーシィの過呼吸も悪化するだけだと踏ん切りをつけて、ちらりとルーシィの方に視線を向ける。

 

「………ナツ、ルーシィはどこにいった?」

 

「は?」

 

 言われてナツもそちらを見やれば、確かにその姿がどこにもない。音も痕跡も残さず、ルーシィは消えていたのだ。

 もう我慢ならないと怒りで奥歯を噛み締め、ナツは拳に炎を纏い辺りを見渡す。嗅覚が使えない今、頼れるのは己の視覚、聴覚のみ。大声を出そうものなら敵に見つかってしまう。

 

「エルザ‼︎向こうは頼んだぞ‼︎」

 

「あ、おい!ナツ‼︎……くそっ‼︎」

 

 それだけ言い残してナツは走り出す。明らかに逃げ出すためではなく、消えたルーシィを探すために。引き止めたいところだが、現状では1人で2つの問題を解決することは不可能。ナツに頼るしかないのだ。

 

 自身の不甲斐なさに怒りを覚えながら、エルザは影が見える方へと走り出すのであった。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「驚いたぁ。まだ魔法が使えたのねぇ」

 

 ナツたちが消えた後、その場に巨大な蜘蛛の巣状のヒビを刻みながら、女性は死に体のカイトに声をかける。

 当然返事はなく、屍のように女性に襟首を掴まれてぶら下がっているだけだ。死んではいない。ただ返事を返す体力さえないのだ。

 

「けどぉ、もう流石に魔法は使えないようねぇ」

 

 吸血鬼の再生には体力の他に魔力が用いられ、魔力のある限り実質不死に近い身体を持っている。逆に魔力がなければ傷を塞げず、死に至るだけなのだが、それでも吸血鬼というのはしぶとい。人間ならば即死であろう傷も、半端者のカイトでも後5分は生き残ることはできよう。カイトの身体を視線まで持ち上げて、少し悲しげな表情になる。

 

「半端者が………無様ねぇ」

 

 悔しい、名残惜しい、口惜しい。そんな感情を込めた言葉は誰にも届かず、次の瞬間女性はカイトの首に容赦なく牙を立ててかぶりつく。目が窪み、手足が木々のように細々くなり、肌から文字通り血の気が引く。カラカラに渇いた残り滓を地面に投げ捨てると、視線は自然と落下する死体に向けられた。

 

「半端者が私の血肉になれたのだものぉ。感謝しなさぁい」

 

 そこに先ほど憂いを見せていた姿はどこにもない。口の端についた血液を舐めとり、さて、と彼方にいる残りの人間の方へと視線を向ける。確かに逃げられはしたが、この森にいる限り逃げ続けることはできない。追跡用の刺客も既に放たれている。

 

「ふふふ。精々逃げ惑いなさいな、アリスたち。ここは悪魔の住まう悪夢の国。悪夢(ワタシ)からは逃れられないのだからぁ」

 

 女性は羽を広げて空を踊るように舞う。

 逃したナツたちを追うこともなく、霧の中を迷わず進み、帰路へとつく。後に残されたカイトの死体はどろりと溶けて、グズグスと地面に飲み込まれるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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