FAIRY TAIL 〜Those called clowns〜 作:桜大好き野郎
「ルーシィ‼︎どこだー‼︎」
深い霧の中、ナツは声を上げながら攫われたルーシィを探すため奔走する。視界が機能しない中、そんなものはお構いなしにと突き進み、敵に居場所を晒すかのように声を響かせる。
元よりナツの血には微かに吸血鬼の血が混ざられているため、血に敏感な吸血鬼から隠れることは不可能。ならば隠密に徹する必要はない。学はないに等しいが、こと戦闘となると頭の回るナツの発想は正解といえよう。
しかし、いつもならば頼りになるはずの嗅覚を抑えられ、視界も最悪。耳を澄ませても聞こえるのは静寂の音。捜索の結果は芳しくない。
「クソッ‼︎」
拳を反対側の掌にぶつけ、苛立ちを多少なりとも発散させる。
ルーシィとミラジェーンが攫われ、ハッピーは行方知れず、グレイは敵の傀儡となり、カイトが目の前で殺された。仲間を大切に思うナツにとって、これ以上の屈辱はない。人知れず奥歯を噛み締め、霧の中を探し回る。
これ以上、何も奪わせやしないと意気込んだところで、がさりと茂みの奥で何かが動いた音がした。一瞬、ルーシィかと脚を止めるが、聞こえる音は複数あり、向けられているのは敵意の視線。間違いなくルーシィではない。
拳に炎を纏い、一息の合間に飛んできた影に拳を当てる。
「きゃいん!」
「なんだァ⁉︎」
殴り飛ばしたのは赤毛の狼。その大きさは大型犬と言っても過言ではないほどであり、街中に出れば間違いなく討伐対象になるだろう。しかし、ナツが驚いたのはそこではない。殴り飛ばした狼はしばらく悶えた後、その肉体が消して、その体積に見合った血溜まりに変わる。
ナツの知る由もないが、赤毛の狼は魔法で作られた生物であった。“
それが魔法の名である。群とつくだけあり、その数は1匹や2匹ではない。使用者の力量に左右されるが、草葉の陰からナツを虎視眈々と狙っているのは20匹。喉奥を震わせて、タイミングを合わせ、一斉に飛びかかる。
普通であれば大型犬相当の大きさ、それも複数に襲い掛かられるとなれば絶対絶滅の危機。身を翻して脱兎の如く走り出しても文句は言えない。
しかしーーー
「上等だァ‼︎火竜のーー‼︎」
それを相手取るのはフェアリーテイルの火竜ことナツだ。
幼少のころからギルドに所属し、数々の依頼をこなしてきたナツにとってこの程度窮地でも何もない。そして何より、フェアリーテイルの魔導士は引くことを知らない。
「鉄拳‼︎」
飛びかかる狼を炎を纏った拳で殴り飛ばし
「鉤爪‼︎」
後ろに回った狼を脚で蹴り飛ばし
「翼撃‼︎」
両腕から燃え盛る炎が翼のように広がり、広範囲の敵を薙ぎ倒す
炎が収まれば後に残るは名残として残る血液の水溜りだけ。
他愛もないとばかりに鼻を鳴らし、ルーシィの捜索を再開しようと脚を踏み出す。
「うおッ‼︎」
瞬間、襲いかかる殺気に足を止め、反射的に横へと飛ぶ。
遅れて過ぎ去るのは氷の矢。着地したナツを追うように次々に迫る氷の矢を後退しながらかわし、それが止んだ後飛んできた方向を睨みつける。
「グレイッ‼︎」
姿は霧に阻まれて見えないが、下手人がグレイだということを直感するナツ。伊達に幼い頃から喧嘩しているだけのことはある。
しかし、普段と違うのは腹が立つからなどのじゃれあいではなく、敵意丸出しの状態だということ。それに思うことはあるが、兎に角距離を空けられるとまずいと矢の飛んできた方向に駆け出そうとする。しかし、2、3歩踏み出したところでまた先程の赤い狼が茂みから飛び出してきた。
「邪魔だア‼︎」
拳に炎を纏い、殴り飛ばそうとした瞬間、再び飛んでくる氷の矢。それに反応して、矢を叩き壊せば生まれる隙。そこを容赦なく狼が突き、その腕に噛み付く。
「ぐあっ‼︎この……っ‼︎」
「ぎゃいん‼︎」
すぐさま強引に突き放すが、噛まれた跡から流れる血。動きに支障はないが、それでも痛みに顔を顰める。悪態をつきながら脚を踏み出そうとすれば、周りの木陰からガサガサ、ガサガサと複数の音がする。
前からは氷の矢、そしてその隙を突くように現れる狼。どうしようもない状況に、ナツは諦めるわけもなく、逆境を跳ね飛ばすかのように声を大にしてあげる。それが合図だったかのように攻撃が始まるのであった。
氷の矢を番ながら、虚な目をしたグレイは何を思うわけでもなく矢を放つ。視界の条件はナツと同じく最悪なのにも関わらず、その狙いは正確だ。それにはわけがある。
「ふふふ、良い調子よぉ」
グレイの隣に立つ、吸血鬼の女性。彼女がグレイの狙撃を補佐しているのだ。吸血鬼にとってこの程度の霧で視界を遮られることはなく、また展開している狼から送られる視界の情報でナツの姿は丸見えであった。
卑怯とは思わない。これは純粋な種族としての差。愚かな人間と高潔な吸血鬼の格差だと彼女は考えていた。
ちらり、と横目でグレイを見て、舌打ちをひとつ。
吸血鬼にとって相手の血を吸うことは食事という意味合いの他に、相手の存在を受け入れること。記憶も、魂も、肉体以外の全てを取り込むことである。カイトの血を吸うことにより記憶が引き継がれ、羽虫程度にしか思えなかったグレイに対し妙な愛着が湧く。犬や猫を可愛がるような庇護欲ともいえるだろうか。
半端者風情の最後の抵抗だろう、と忌々しげに頭を抑え、思考を切り替えるように頭を振るう。
半端者とはいえ、同族をここまで堕落させたフェアリーテイルの面々にはそれ相応の罰を与えねばならない。まずは手始めとして身内による殺戮、そして絶望の淵に至る所を吸血。血は全て吐き出して、残った肉は屍食鬼に食わせてやる、と心の中でそう決めて視線をナツに向ける。
矢と狼の二段構え。そう易々とは突破されないとたかを括った彼女はその光景を思わず二度見した。
「ォオオオォオォオ‼︎」
雄叫びを上げてこちらに向かって走るナツ。その体には狼が牙を突き立てているが、そんなものはお構いなしにと歩を進める。
「ッ、撃ちなさぁい‼︎」
命令通り放たれる氷の矢。しかし、それは空中で破壊され、ナツの歩みは止まることを知らない。
それならばと狼の量を増やすが、身体の主要部を守るだけで反撃する様子はなし。攻撃が効いていないわけではない。現に噛まれた部分からは血が出ている。
(なんてヤツなのっ⁉︎)
何か弱点はないか、と記憶を漁るが、出てくるのは他愛もない日常の風景。炎を食べ、ノリノリで喧嘩して、仲間のために吠える姿のみ。役立たずめ、と吸収したカイトに愚痴を溢す。
「見ィつけたァアアア‼︎」
そうこうしている内に、視認できる範囲まで近づいたナツがその鉄拳を女性に向けて振るう。その身に噛み付く狼たちに動きを阻害するように指示を出そうとするが、ナツ自身から発せられる炎により倒される。一瞬の思考停止。正に死に体。そのまま拳が突き刺さると思われるや否や、その寸前でグレイの放った矢をかわし、強制的に距離を取らされる。
「グレイッ‼︎邪魔すんじゃねェッ‼︎」
「ふ、ふふふ……人間風情がよくここまで……。けれど、貴方の仲間は既に私の手中。2対1のこの状況、大人しく降参したほうが身のためじゃないかしらぁ?」
危うい所であったが、それを表に出さず、優位はこちらにあるとばかりに高圧的にそう言い放つ彼女。
無論、降参すれば命の保証をするはずもなく、予定通り殺すだけである。けれど、ナツがそのような甘言にのるわけもなく、そして不利な状況であろうと諦めるはずもない。
「知るかっ‼︎」
全身から炎を昇らせて戦闘態勢を整える。
「仲間を見捨てることなんかできるか!操られてるかなんか知らねぇけど、ぶん殴って目ェ覚まさせるだけだ!」
「羽虫風情が生意気ねぇ……。できるものならやってみなさい‼︎」
狼では効果が薄いと分かったのか、女性は手から湧き出した血を周囲にばら撒く。その隙に詰め寄ろうとするナツであるが、それを阻害するのはグレイだ。
「アイスメイク、ランス」
「クソッ!だったらまず、テメェからだ‼︎」
グレイの支援攻撃はまずいと判断したナツが拳に炎を灯してそちらに向かう。しかし、その途中で地面から突き出した木の根が行先を阻んだ。
木の根には血管のように黒い線が張り巡らされており、一眼見てわかる異常性。だからと言って怯むナツではない。
「邪魔だァア‼︎」
拳で木の根の壁を破壊しようと振りかざす。だが、木の根は意志を持つかのようにばらけてそれをかわすと、逆にその腕に絡みついてナツを拘束する。
「クソっ‼︎なんだ、コレ⁉︎」
「
吸血鬼である彼女の魔法は血を操るもの。自身の血液を自由に操ることのできるものである。吸血鬼独自の魔法、ということではないが、人間の中でこの魔法を使う者はほんの一握り。というのもこの魔法、血は操ることはできても血を生み出すことは出来ず、人間であれば多用すれば失血死につながるからだ。
しかし、彼女は吸血鬼。血を啜り、それを糧とする化物。血の量は無限と言っても過言ではない。
リスクなしで血そのものを操り、その血を吸収した対象をも操ることのできる魔法と吸血鬼の組み合わせ。幼き頃から将来有望と言われていただけあり、魔法を操る技術も相当だ。
木の根がナツを覆い尽くし、そのまま万力の如く締め上げる。骨と内臓が潰れる音を幻想し、ニヤリとほくそ笑む女性。しかし、繭の如くナツを包む木の根が突如として内側から爆発し、周囲に火炎と閃光が走る。
思わず腕で視界を覆ってしまったが最後、その中から飛び出したナツの姿を確認した時にはすでに懐へ。対処しようにももう遅い。全身に炎纏ったナツの一撃が女性を確実に捉える。
「火竜の
「がぁああっ‼︎⁉︎」
体当たりの瞬間、炎と共に打ち上げられた女性。身を焦す炎と突然の状況に理解が及ばず、羽を広げて滑空することも忘れ地面へと叩きつけられた。
「火竜のォーーー‼︎」
(まずいわ‼︎)
地面に倒れる女性はすぐさま反撃を繰り出そうとするが、予想以上のダメージで身体が動かない。それどころか立つことさえままならない。
(人間が……、人間風情が……っ‼︎)
胸の内を這いずり回る憎悪、脳裏に写る忌々しい過去の光景、奥歯を砕いてしまうかのような悔しさ。それらを内包した瞳に、ナツの拳が突き刺さる。
「鉄拳っ‼︎」
地を割る一撃が女性の頭部に突き刺さり、その身体が跳ねたかと思うとすぐに動かなくなる。魔力の使いすぎによる疲労からか、肩で息をするナツ。これでグレイも元に戻るはずだと疲労困憊ながらもそちらを見やれば、飛んでくる氷の槍。
「アイスメイク、ランス」
「おわっ⁉︎」
寸前のところでかわすが、そんなものお構いなしにと飛んでくる攻撃の数々。避け続けること叶わず、そのうちの一本がナツに直撃した。
「クソッ!どうなってンだ⁉︎」
元凶である女性は倒した。なのに解けないグレイの洗脳。カイトにウソを吐かれたかとも考えるが、そんなことをするはずがないと頭を振る。何より意味がない。
その時ふと、無意識のうちに横目で女性の亡骸を見やれば、狼たちを倒した時のようにその身体が血溜まりへと姿を変えていた。ひとつだけ違うのは、まるで意志を持つかのように血溜まりが森の奥へと消えてゆくこと。倒したのは偽物だと直感で理解したナツは頭上から落ちてくる氷の大槌を受け止めた。
「ぐっ‼︎ダァア‼︎」
全身のバネを使ってそれを放り投げ、グレイを睨む。
顔を合わせれば喧嘩しかしない間柄ではあるが、だからこそ無表情でこちらを睨むグレイの姿が気持ち悪くて仕方がない。
「………けるな……」
フェアリーテイルに所属している者は皆家族だ。
殴ったり殴られたり、口喧嘩でヒートアップしたりはするが、それでも本心から嫌っているわけではない。その家族が体の良い傀儡に使われ、あげくの果てには目の前で殺された。
元凶はこちらを嘲笑うかのように姿を隠し、こうしている間にも他の家族に危険が迫っている。
「ふざけんじゃねェエ‼︎」
ナツの堪忍袋は最早限界だった。
両脚から炎を噴出しグレイへと接近を試みる。当然グレイも反撃するが、その攻撃はどれも直線的。本来であれば柔軟な発想と的確な状況判断で戦うグレイだが、操られている今、指示された通りの攻撃しか行わない。多数対一であれば厄介ではあるが、この状況であればナツの敵ではない。
飛んでくる氷の槍を左右のステップでかわし肉薄する。苦し紛れに造られた氷の盾を拳で粉砕し、その頬に突き立てる。
「いい加減、目ェ覚ませェ‼︎」
鈍い音がして、グレイが派手に飛ぶ。
手応えは十分にあり、起き上がる様子もない。
「戦争だ」
この場での勝利を収めはしたが、しかし敵はまだ残っている。
奥歯を噛み締め、拳を振るわし、ナツは決意を新たにする。
その時、近くの茂みがガサガサと揺れた。
また狼か、と拳を構えて迎撃体制を取るが、そこから現れた影を見て力が抜ける。影は茂みから飛び出すとナツの胸に飛び込み、あらん限りの力を持って抱きしめた。
「ナツゥウ‼︎」
「おお!ハッピー!無事だったか‼︎」
「あい!」
抱きついてきたのは行方不明になっていたハッピーであった。見た限り怪我をしている様子もなく、再会が嬉しいのか涙と鼻水を流しながら頬ずりする。ナツも喜びのあまりナツを抱き上げてその場でくるくると回りだした。
「はは!よかった!どこ行ってたンだよ!」
「村に行ってたんだ!それで、あの女の子にここまで案内してもらったんだよ!」
若干目を回しながら指を刺すハッピー。そちらを振り向けば遠慮がちに木陰からこちらを覗く少女の姿。どこかで見覚えが、と考えて村に案内してくれた少女だということを思い出す。
「オイラ、あの子に危ないとこを助けてもらったんだ」
「そうなのか!ありがとな!」
木陰に隠れる少女の手を握ると元気よく上下させるナツ。その状況に少女は困惑するばかり。自身の手とナツの顔を交互に見て、不思議そうにしている。
「ん?どうかしたのか?」
「えっと………アナタ、私が怖くないの?」
「なんでだ?」
「だって、私、そのぉ………人、じゃないから……」
「けど、ハッピーを助けてくれたんだろ?だったらそれでいいじゃねェか」
申し訳なさそうに視線を逸らす少女にそう告げ、にこりと笑うナツ。まるで太陽のように笑うナツに一瞬唖然とし、そしてふわりと釣られて笑う。
「あ!それより、ルーシィ探さねェと!ハッピー、わかるか?」
「え、ルーシィ迷子なの?」
「あっちよ」
慌てる2人を見かねて、少女が霧の彼方を指さす。普通に考えれば罠かもしれないと疑うだろう。けれど、ナツは「本当か⁉︎」と少女の言葉を信用し、グレイを担ぐと礼を言いながら走り去ってしまった。
それを急いで追うハッピーを見送り、少女は不思議な人だと思案する。人外相手だと言うのに尻込みすることもなく、対等に話し合えるナツのような存在を嬉しく思い、少女は踵を返す。
肩まで流れる銀髪が歩きに合わせて揺れ、霧の中へと消えてゆくのであった。