FAIRY TAIL 〜Those called clowns〜   作:桜大好き野郎

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死人花

 ーーー時は少し遡り

 

 村の様子を探るというエルザからの指令を受けたハッピー。その途中、村人たる少女に捕らえられたハッピーは困惑していた。

 

「さぁ、これで完成よ!」

 

 目の前に立っていた少女がその場を離れ、その後ろに設置してあったヒビの入った鏡に今のハッピーの姿が辛うじて映し出される。

 大きめの黒を強調したゴスロリ調の服に、頭部には少し汚れの目立つ赤いリボン。正直に言えば中々の悪趣味だが、少女は満足のいく出来らしく、「可愛いわ。とーっても可愛いわ!」と大はしゃぎ。

 

 きゃいきゃいと騒ぐ少女を他所に、ハッピーは改めて周囲を見回す。

 大人物の服や子供用の服が一区画を占め、海の写真や都市部の写真が貼られた壁、置物も様々で可愛らしい人形からどこかの兵士が使っていたであろう甲冑、どこで使うかわからない謎のお面など、部屋に置いてある物に統一性は見当たらない。良く言えば物置、悪く言えばゴミ屋敷のような印象を受ける家にハッピーは連れ込まれていた。

 最初は命の危機を感じて身を硬らせていたが、少女が予想以上に喜びはしゃぐ姿を見て毒気が抜かれてしまい、思わず肩の力も抜ける。

 

「ね、ねぇ」

 

「なにかしら、可愛いネコさん?」

 

「オイラをどうするつもりなの?」

 

 そう聞かれて困った表情を浮かべる少女。しばらくうんうんと唸って悩んだ後、手を叩いて朗らかに笑う。

 

「そうね、ネコさんには色んなお洋服を着てもらいたいわ!それからお茶をして、お外のお話をたくさんしてもらうの!とっても素敵じゃない?」

 

「外の話?」

 

「そう!私はね、ネコさん。この森の向こうの景色を知らないの。海ってどんなとこ?街はどんなもの?お祭りのお話も聞きたいわ!」

 

 それくらいならば、とハッピーが了承を示そうとした瞬間、扉が遠慮がちに叩かれた。それが聞こえた少女はため息をこぼし、その顔から一切の表情が抜ける。その豹変ぶりに思わずヒッと悲鳴をあげそうになるハッピーの口を少女が塞ぎ、人差し指を口の前に持ってきて静かにとジェスチャーで示す。ハッピーが頷くのを確認すると、再度叩かれた扉を開けた。

 

 そこにいたのは村長を名乗る老人。笑顔でハッピーたちを歓迎していた彼だが、今は申し訳なさそうに、何かに怯えるように身を縮こませながら少女の前に立つ。

 

「何かしら?」

 

「み、巫女よ。申し訳ありません!あの贄達が逃走をはかりました!」

 

 言い終えるや否や老人は少女の前で平伏し、お許しをと延々と小声で囀る。側から見ればなんとも異様な光景。しかし、少女はそれが当然とばかりに表情を崩さず、ただ淡々と言葉を紡ぐ。

 

「安心なさい。これは女王の戯れ、ただの児戯。あの者は女王の掌の上です。あなた方はいつも通り女王の沙汰をお待ちなさい」

 

「ははぁっ‼︎」

 

「要件は以上ですか?ならば去りなさい」

 

 少女の言葉に従い走るように立ち去る老人。その姿が闇夜に消えるのを確認すると、少女は大きく溜息をこぼす。そうしてハッピーの方に振り返れば先ほどと同じような期待に満ちた笑みが浮かんでいた。

 

「お待たせしたわね、ネコさん。それじゃあお話を聞かせてもらえるかしら?」

 

「待ってよ!」

 

 なんのこともないとばかりに話を戻そうとする少女だが、先程の会話の中でどうしても聞き逃さないものがハッピーにはあった。

 

「贄達って、もしかしてオイラたちのことなの⁉︎」

 

「………………ええ、そうよ」

 

 誤魔化しは効かないと判断したのだろう、少女は笑みを浮かべたままそうハッピーに告げる。それを聞いたハッピーは急いで服を脱ぐと出口へと向かおうとする。しかし、その方向には既に少女が待ち構えており、当然の如くハッピーの行先を塞ぐ。

 

「何処へ行くのかしら?」

 

 笑顔を崩さない少女に少し気圧されて尻込みするハッピーだが、それでも歯を食いしばり、一歩も引くことなく少女に立ち向かう。

 

「オイラ、みんなを探さないと!だから退いて!」

 

「ダメよ。ダメだわ。もう他の人達は既に霧の中。闇雲に探しても見つかるはずもないのよ。それよりもここで安全に暮らした方が賢い選択ではなくって?」

 

「それでも、見捨てられるわけないよ!」

 

「自身の危険も顧みず?何がネコさんを突き動かすの?」

 

「みんなオイラの仲間だからだよ」

 

「仲間………ネコさんはあの人達と種族が違うのに?」

 

「そんなの関係ない!オイラたちはフェアリーテイルなんだから!」

 

 ハッピーの心からの言葉に、少女はふむ、と熟考するように顎の下に手を置き、仲間という言葉を口の中で転がす。そうしてハッピーがいてもたってもいられなくなり、強行突破しようと決意した瞬間、少女は手をひとつ叩いて嬉しそうに笑う。

 

「素敵ね、素敵。素敵だわ!ネコさんは仲間のために命をかけられるのね!なんて素敵なのかしら!ねぇ、ネコさん。私にもそのお手伝いをさせてもらえないかしら?」

 

「え?」

 

 少女からの申し出に、ハッピーは思わず疑問の声を上げる。

 先程の様子から敵意はないが、だからと言って完全に味方と言える根拠もない。どうするべきか、と考え、少女はハッピーを抱き抱える。

 

「大丈夫よ、ネコさん。これはお礼なのだから」

 

「お礼?」

 

「ええ、そう。人の素晴らしさを見せてくれた、貴方へのお礼」

 

 そう言われてハッピーは暫く考えた後、わかったと告げる。瞬間、潰れるくらい抱きしめられたハッピーは「ぷぎゃ‼︎」と苦しげな声を上げるが、有頂天の少女はそれに気づいた様子はなく、くるくるとその場を回る。

 

「きゃー‼︎ありがとう、ネコさん‼︎そうと決まれば早速出発ね!」

 

 その言葉通り、少女はハッピーを抱えたまま小屋を飛び出すと、何の迷いもなく霧が立ち込める夜の森へとずんずん進んで行く。その歩みに迷いはなく、まるで何かに導かれる様に進む少女にハッピーは後悔を覚えるが、だが背に腹は変えられないと決断を下し、仲間のもとへと急ぐのであった。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 森の中を駆ける。

 

 息を切らし、邪魔な木々を蹴散らしながら前へ前へと進む。

 後ろからは自身を追いかける様に複数の息遣い。そしてそのうちのひとつが跳躍と共に飛びかかる。背後から迫る牙と爪を手に持った剣で薙ぎ払い、断末魔ひとつあげると下手人は血の塊へと変わる。

 

 息を吐く暇もなく次々と襲いかかるそれらを叩き伏せ、その波が終わるとまた走り出す。

 ナツと別れてから現在、エルザは霧の向こうに映る影を目掛けて歩を進めていた。しかし、暫くして襲いかかってきたのは血の様に赤い狼の群れ。エルザの技量であれば樹木に剣をひっかけるようなことはしないが、見通しの悪いこの状況の中、死を恐れない狼たちから追われるのは精神的な負担が大きい。額から玉のような汗を流し、珍しく肩で息をするエルザは一刻も早く目的地に到着せんと先を急ぐ。

 

「ここか……」

 

 そうしてようやくたどり着いた先にあったのは村の時と同じように台風の目と言わんばかりの霧ない空間。村よりは広い空間ではないが、それでも人が住むとすれば十分な面積。夜ということもあり見通しは悪いが、星あかりに照らされているのは一面の赤い彼岸花。草葉の陰から除く白骨に根を張り巡らせ、いっそ毒々しいまでに赤い彼岸花に囲まれた中心には焼け崩れた廃墟がひとつ。焼けてしまって元の大きさはわからないが、残った部分から察するに元はかなりの豪邸だったのだろう。

 

 警戒しながらその廃墟に近づくが、変わった様子はない。しかし、最後の力を振り絞ったカイトが訳もなくここへ飛ばしたとは考え辛い。

 慎重に当たりを探り、ふと足元から硬質な音が返ってきた。そちらを見れば鋼鉄の扉がひとつ。明らかに怪しげなソレを慎重に開ければ下へと続く階段が現れた。夜の闇よりもさらに暗い地下へと続く階段、意を決してそこを降りる。

 

 足音を立てないように慎重に降ると、弱々しくも薄らと通路を照らす蝋燭が見え、そして壁にはいくつもの牢屋が設置してあった。中心に位置する場所には上に続くダクトと、深い受け皿、そして台車が置いてあり、ここが話に聞いていた家畜として扱われていた人間たちの牢なのだと当たりをつける。だとすれば攫われたミラジェーンもここにいるのだろう。

 声を大にして探したいが、敵がいつ現れるかもわからない状況。下手な真似はできない。壁に立てかけてある蝋燭をひとつ手に取り、牢屋の中をひとつひとつ覗いていく。そうしていくつかの牢屋を探すと、ようやく目的の牢屋を見つけた。

 

「ミラ、か?」

 

「ん………もしかして、エルザ?」

 

 闇の中でうずくまるひとつの影にそう問い掛ければ、返ってくる聞き慣れた声。鍵など持ち合わせていないため、剣で牢屋を破壊すると、ゆっくりと起き上がろうとするミラジェーンに近づいて蝋燭を近づける。

 間違いなくミラジェーンではあるが、その淡麗な顔には血が滲み、よく見れば指先も爪が割れて、血豆が潰れて痛々しい惨状であった。

 

「来てくれたのね」

 

「ああ。しかし、どうした?何をされた?」

 

「ああ、これ?大丈夫よ。脱走しようとして失敗しちゃった」

 

 なんでもないと言う風に笑うミラジェーンだが、付き合いの長いエルザはそれが無理から来るものだと察していた。

 

「ウソやん。ホンマに来なはった」

 

「地獄に仏たァこの事だな」

 

「誰だ⁉︎」

 

「エルザ、大丈夫。味方よ」

 

 暗闇からの声に咄嗟に剣を抜くエルザ。それを手で制し、暗闇の中の斑鳩とタカを紹介する。当の本人達は仲間になったつもりはないと溢しながら自己紹介。

 

「ヴィダルダス・タカ。髑髏会のひとりだ」

 

「同じく斑鳩。妖精女王の噂はかねがね」

 

「髑髏会だと?暗殺ギルドの一味がなぜこんなことろに?」

 

「そんなんどうだってええでっしゃろ。それよりほら、はよお逃げやす」

 

 片手で邪魔だとばかりに2人を追い払う仕草を見せる斑鳩。タカも同じように逃げようとする素振りは見られない。

 

「お前たちは逃げないのか?」

 

「冗談だろ。誰がわざわざバケモンに殺されに出るんだよ」

 

「うちらは残り少ない余生をここで過ごすん決めたんよ。そこのお姫さん連れてはよ出ていきなはれ」

 

「………そうか。では行かせてもらう」

 

 普段であれば助けようとするエルザも、今この時ばかりはその余裕はない。味方はちりぢり、敵は不死に近い化け物、頼みの綱のカイトも殺された。今は一刻も早くここからの脱出と仲間との合流が先だと意気込みミラジェーンの手を引こうとするエルザ。

 しかし、ミラジェーンはその手を振り解き、困惑するエルザを他所に2人に向き直る。

 

「………ねぇ、貴方達も一緒に逃げない?」

 

「聴いてはりました?うちらはここで死ぬんや。血ぃ流しすぎて頭ボケたとちゃいます?」

 

「聴いてたわ。けど、見捨ててなんておけないわ」

 

「救いの手なんざいらねェつってんだよ。それとも同情でもしてんのか?」

 

「そんなつもりはないわ。これはただの私のエゴよ」

 

 座り込む2人に向けて差し出した手。それを一瞥し、鼻で笑うとまた塞ぎ込む。

 

「エゴて………うちら共々生き残れる手でもあるんどす?」

 

「あるわ。ね、エルザ。ここに来てるのはエルザだけじゃないんでしょ?」

 

「あ、ああ。だが、他のみんなは散り散りになっていてだな………。それにカイトも………」

 

 口籠るエルザを見て何かを察したミラジェーンは一瞬驚いた様子は見せるが、それでも「そう………」とだけ呟いて笑顔を見せる。

 

「ほら、私の仲間達も来てるもの。みんなで戦えば怖いものなんてないわ」

 

「その仲間が無事集まる保証も、バケモンに勝てる見込みも無ェだろ」

 

「いい加減諦めておくれやす。何があんさんをそんなに駆り立てるんどす?それもエゴやなんて無粋なモンで片付けるつもりなんどす?」

 

 斑鳩の言葉にミラジェーンは少し考える素振りを見せ、自身の中で納得のいく答えを見つけたのだろう。軽く頷き、その思いを言葉に乗せる。

 

「私はーーー」

 

「ミラ‼︎」

 

 その瞬間、まるで全身を冷水の中に漬け込んだかのような悪寒がエルザを襲い、警告を出す。しかし刹那、視界が白く染まった。次いで来るのは全身がバラバラになりそうな衝撃と浮遊感。

 

「ぐぅっ‼︎」

 

 反射的に金剛の鎧を纏い傷は軽傷で済んだものの、それはエルザのみ。地面に着地して周囲を見渡すが他の3人は見当たらない。寸前のところで防御が届いたと信じて周囲を注意深く見渡し、ようやくその影を見つけるが、立っているのは斑鳩とタカの2人。驚愕の色に染まる2人の足元には怪我を負ったミラジェーンが倒れ、足下は瓦礫に埋まっている。

 すぐにでも駆けつけたいが、それは目の前の爆発を起こしたであろう下手人が許さない。

 

「あらぁ?まさか生き延びてるなんてぇ」

 

 ふわりと空中から降り立ち、側頭部からツノを生やした人外の女性。縦に割れた瞳孔はエルザを興味深く見つめ、そして頬が半月状に裂けるのでは無いかと思うくらいに口角をあげる。

 

「まぁ、いいわぁ。貴方達を殺すことに変わりはないものぉ」

 

「くそっ………‼︎」

 

 今は怪我を負うミラジェーンから距離を離すべきだとエルザはミラジェーン達とは反対方向に逃げる。

 

「どこへ逃げるのかしらぁ?ここは悪魔()の庭よぉ。………ん?」

 

 逃げるエルザを追いかけようとそちらを向くが、不意に香る血の匂い。気づかれたと悟り、方向を急転換。女性に斬りかかるエルザだが、その剣は女性の爪が食い止める。

 

「あぁ、なるほどぉ。怪我人がいるのねぇ」

 

「それがどうした?私に背を向けた瞬間、貴様の負けだ」

 

「ふふふ。私を殺す術も持たない人間が何を言ってるんだかぁ。でもぉ、そうねぇ」

 

 実際はエルザの持つ破邪の槍は吸血鬼である女性には効果的ではあるが、それを悟らせないために女性は嘯く。そして更に思考を乱してやろうと笑みを深め、その背中に魔法陣を展開。鮮血が溢れそれが徐々に形を作り、そして最後には女性と瓜二つのモノが出来上がる。

 そして何をするのか察したエルザは素早く本体である女性に再度斬りかかるが、それを横合いから殴りつけた分身体が止める。

 

戦血乙女(ブラッディ・メイデン)。足止めお願いねぇ」

 

「ふふふ」

 

 鮮血で作り上げられた分身体。与えられた魔力に応じてその力は本体に近しくなるそれには女性の魔力の半分が与えられており、本体である女性となんら変わりない。

 吸血鬼の剛腕を持ってして弾き飛ばされたエルザは木々を突き破り、霧の彼方へと消えてゆく。分身体にそちらを任せ、本体である女性はミラジェーンたちへと恐怖を煽るようにゆっくりと近づく。

 

「おい、やべぇぞ!あのバケモンが来る‼︎」

 

 タカの焦りに満ちた声が斑鳩を呼ぶ。しかし、斑鳩は足元に転がるミラジェーンを見つめるばかり。痺れを切らしたタカが再度声をかければ、ようやく斑鳩は動きを見せた。

 

「おい、斑鳩!」

 

「………最後に、聞かせてもらってよろしゅうおす?」

 

「なに、かしら?」

 

 息も絶え絶えで、満身創痍だというのにミラジェーンは笑顔を崩さない。爆発の寸前、ミラジェーンが斑鳩たちを庇ったのは守られた本人がよく理解している。彼女のおかげで自身は軽症で済んだのだと。だからこそ、その行動の意味がわからない。今まで人を殺して生きてきた斑鳩には、理解できない。

 今を逃せば2度とその機会は訪れないのだろうと。金輪際、知ることはないのだろうと。この胸のモヤつきを拭うチャンスは訪れないだろうと。だからこそ、斑鳩は問いかける。

 

「なんでそこまでして、うちらを守りはったんどす?」

 

 そう言われてミラジェーンは困ったように笑い、そうして応えた。

 

「私を救ってくれた人の影響よ」

 

 思い返すは幼少期。村に住み着いた悪魔を倒したミラジェーン。しかし、代償としてその右腕に悪魔の因子を色濃く受け継いだことにより異形化。村人から迫害され、幼い2人の弟と妹を連れてフェアリーテイルへと訪れたのだ。

 弟と妹は上手く馴染めていたが、異形化した腕を持つミラジェーンは引け目を感じてこっそりとフェアリーテイルを去ろうと決意していた。それを呼び止めたのがカイトだ。

 今よりもきごちない笑みで、それでも必死にこちらを元気づけようとしてくれた、優しい吸血鬼。その姿は滑稽を通り越して呆れるものばかりであった。けれど、あまりにも間抜けな格好を見て腹を抱えて笑い、元気を貰ったのは今でも鮮明に覚えている。

 

 だからだろう。

 諦めを享受した2人が、過去の自身とダブってしまったのは。

 それを助けたいと思ってしまったのは。

 

「アホらし。聴いたうちが間違いやったわ」

 

「理由なんて、それで十分よ。少しは笑えた?」

 

「ちっとも。笑いの感性狂っとるとちゃいます?」

 

「そう、残念ね」

 

「おい、斑鳩‼︎」

 

「わかっとる。………ほな、お互い生きとったらまた会いまひょ」

 

 これ以上は限界だとタカが叫び、斑鳩もそれを察して返事を返す。

 名残りおしいとは思わない。他人よりも自身の安全だ。

 

「ええ、またどこかで」

 

 後悔も命乞いも懇願もせず、ミラジェーンは2人を見送る。

 そして2人の姿が霧の向こうに消えたのを確認すると、身を捩って瓦礫から足を抜け出そうとする。しかし、相当深くハマってしまったのだろう。脚が抜けるような気配はない。

 

「仲間に見捨てられて、この場にひとり。逃げようにも逃げられない状況に落とされた気分はどうかしらぁ?」

 

 ふと、ミラジェーンの目の前に化け物が立つ。

 嬲る様な視線で、嗜虐的な笑みを浮かべ、口元から垂れた涎を舌が舐めとる。捕食者と被食者の関係だというのに、ミラジェーンの表情に陰りは無い。

 

「見捨てられてないわ。逃げてもらったのよ」

 

「強がりねぇ。人間の自己犠牲の精神ってものかしらぁ?」

 

「そんな立派なモノじゃないわ。ただ、あの人ならこうすると思って」

 

「あの人ぉ?」

 

「ええ。人が嫌いなくせに、笑顔の仮面を被る困った吸血鬼なら」

 

「………生意気ねぇ」

 

 躊躇いなく、倒れているミラジェーンの右腕を踏みつける化け物。骨が折れる鈍い音が響き、さすがのミラジェーンも微かな悲鳴を口から零す。

 

「人間風情が、半端者とはいえ吸血鬼(わたしたち)を理解してるつもりぃ?笑えない冗談ねぇ。不快よぉ。不愉快よぉ」

 

 折れた腕を踏み躙られ、声を殺しながら痛みに悶えるミラジェーン。それが面白く無いのか、忌まわしげに顔を顰めると踏んでいた足を浮かせ、今度はミラジェーンの頭に乗せる。

 

「ねえ、少しは命乞いをしたらどうかしらぁ?醜く泣いて、みっともなく喚いて、それでも生きたいと願うのが人間でしょう?もしかしたら、私の気が変わるかもしれないわよぉ?」

 

「ふふ……うそ、ばっかりね……」

 

「ええ、嘘よぉ。アナタたちは確実に殺す。血肉を踏み躙って、骨が粉になるまで砕いて、土と一緒にかき混ぜてあげるわぁ」

 

 徐々にミラジェーンに乗せる足に力を入れてゆく化け物。耳の奥でミシミシと骨が軋む音が聞こえ、逃げ場のない圧力がミラジェーンをゆっくりと襲う。

 けれども、その圧力は一定を保ったまま、さらに上がる様子はない。痛みは充分だが、殺される様子もない。何かがおかしいと化け物の顔を覗けば、化け物としても意図していなかったのか困惑の色を浮かべて力の入らない脚に無理やり力を入れようとしている。

 

 しかし、奮闘虚しく、どころかミラジェーンにかかる圧力はゆっくりと離れていき、終いには反発するかのごとく脚が勢いよく天めがけてあげられたではないか。

 予想だにしない出来事に化け物はバランスを崩して、勢いよく転がる。何が起こったかわからず目を白黒させる化け物は倒れたまま自身の意に従う脚を確認する。

 

「もう、何なのぉ」

 

 悪態を吐きながら立ち上がれば、クスクスと笑うミラジェーン。

 

「なぁに?そんなに面白いのぉ?」

 

「ふふ…………そこにいたのね」

 

「?何を言ってーーー」

 

 刹那、ミラジェーンが魔力を込めたかと思うと展開される魔法陣。ミラジェーンの魔力に加え、まるで意志を持つかのように魔法陣に吸い込まれる血液。魔法陣の向こうから漂う危険を感じ、猶予はないと一気にミラジェーンを仕留めようと爪を振るう化け物。しかし、ミラジェーンの方が早い。

 ミラジェーンの魔力と血液を吸収した魔法陣は光だし、その効力を発揮する。

 

 

 

 

 

 

 

「来て、()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、いつでも、いつだって、君たちのそばに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔法陣より飛び出した()()()()()()()()はミラジェーンに迫る爪を防ぎ、動揺する化け物に向けて一撃を喰らわすのであった。

 

 

 

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