FAIRY TAIL 〜Those called clowns〜   作:桜大好き野郎

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肉食兎

 

 魔法の中には召喚魔法というものがある。

 数ある魔法の中で最もポピュラーで最も複雑な魔法と言われているのがそれだ。

 

 召喚魔法には大まかに道具の召喚、人外召喚、代償召喚の3つがあり、それぞれが違う特徴を持っている。

 

 

 まず、道具の召喚は読んで字の如く、魔法剣や銃器に収まらず、日常品から何から何まで、自身で別空間にストックしたモノを呼び寄せる魔法。凡庸性が広く、ストックの容量に個人差はあるが、召喚魔法の中で1番実用的であり、最も取得者の多い魔法といえよう。エルザの魔法、騎士(ザ・ナイト)がこれに当てはまり、その有用性は言うまでもない。

 欠点を上げるとすれば状況に応じたモノを随時換装させるとなるとストックの容量が足りなくなり、人によっては剣一本で限界が来るなどの明確な個人差が出ること。そして生き物はストックすることはできず、同じように食料もストックできない。

 

 

 次に人外召喚。

 こちらは別の場所、もしくは別の世界にいる生き物と術者が契約を交わし、召喚するモノだ。主にルーシィの星霊魔法のように星霊が一般的ではあるが、中にはモンスターと契約する者も。一度契約を交わせばそれを破らない限り、術者の呼びかけに応じて召喚獣は術者に従う。

 欠点は召喚するモノによるが召喚による魔力が他の召喚魔法に比べて膨大であること。そして、契約の内容はそれぞれであり、下手に契約を交わせば術者への負担が増えること。召喚中は維持費として魔力が消費されること。それらを差し引いても有能な魔法であるが、確かな召喚術の才能が必要であり、誰もが契約を交わして召喚できるというわけではない。

 

 

 最後に代償召喚。

 こちらは人外召喚とは違い、魔力を持たない一般人でさえも扱うことができる。

 しかし、その代わりに召喚獣が提示する供物が必要であり、その供物というのは殆どが血生臭いものである。ある召喚獣は術者の両腕を、ある召喚獣は子供を、ある召喚獣は人間の魂を。召喚されるのはほとんど悪魔やそれに準ずるものであるため黒魔術に分類されている。また、こちらも術者と契約を交わさねばならず、もし破れば召喚獣が術者に牙を剥きやすい。

 それ故に取得者が格段に少ない魔法であるが、召喚されるモノは他よりも一線を画しており、使い所と扱い方さえ間違えないでいれば強力な切り札となる。

 

 

 さて、今回ミラジェーンが使用したのは言わずもがな3つ目の代償召喚。悪魔(カイト)との間に交わされたのはミラジェーンの三分の一の血液と、半分の魔力。他の代償召喚に比べてハードルは低いが、これはカイトが同じ世界にいるためであり、供物としては充分。召喚中の魔力の消費もない。

 マカロフにでさえ秘密にしていた秘中の秘。こんな状況でなければ使うことのない奥の手。ミラジェーンの妹が亡くなって以降交わした、とびっきりの切り札(ジョーカー)

 

混沌ノ爪(カオス・クロウ)‼︎」

 

 代価を支払われ、その効力を遺憾なく発揮された召喚魔法。魔法陣より飛び出したカイトが爪を振るい、その軌跡を縫うように魔法が飛ぶ。突然のことで直撃を食らった化け物は空中に弾き出され、そのまま翼を広げて滞空。忌々しいとばかりにカイトを睨む。

 

 対するカイトはいつものように飄々とした笑みを浮かべ、背後で倒れるミラジェーンに背を向けたまま回復魔法をかけて安否を確認する。

 

「やぁ、ミラちゃん。呼び出してくれてありがと♪」

 

「初めからそのつもりだったくせに」

 

「まさか。まぁ、ミラちゃんなら気づいてくれるとは思ってたけどね♪」

 

 召喚者と召喚獣。

 契約で縛られる者にはない確かな絆が二人の間にはあった。

 

 笑顔で会話を交わす2人目掛けて、紅い魔法がひとつ飛ぶ。それを難なく迎撃すると、気持ちを切り替え、相手を見据える。かつて自身が仕えたお嬢様。そこにかつての人間を愛する面影はなく、苛立ちと怨恨に満ちた目でこちらを睨む。

 

「さて、あちらさんは殺る気満々みたいだねぇ。ミラちゃん、ちょおっとばっかし待ってて貰えるかな?」

 

「ええ。でも、できるだけ早くね。話したいことが沢山あるの」

 

「カッカッカ♪ああ、わかったよ、マイマスター」

 

 ミラジェーンを拘束する瓦礫を影で砕き、防御魔法で保護するとカイトも翼を広げて宙へ浮かぶ。

 

「随分と人間風情と仲良しなのねぇ」

 

「カッカッカ♪羨ましいかい?」

 

「まさかぁ。それでぇ?どう言うことなのぉ?アナタは確実に吸血()したはずよぉ」

 

「なに、肉体と魂さえあれば召喚魔法は成功するのさ。肉体は影に隠して、魂は壊れないよう注意して」

 

 なんでもないとばかりの調子のカイトだが、その行動は綱渡りに等しい。抜け殻となった肉体を隠すのはまだしも、吸血鬼に吸われた魂を保持することは並大抵のことではない。吸収される恐れもある上に、他の魂と混ざり合いその自我を失うのだ。復活など望むべくもない。

 だというのに、根性論で乗り切ったと言うふざけた話に化け物は片眉を上げて怒りを露わにする。

 

「バカにしてるのぉ?」

 

「してないさ。()が強くなくちゃフェアリーテイル(うち)ではやってけないからね、部のいい賭けだよ♪」

 

「人間社会に染まり過ぎよぉ。この裏切り者」

 

「そう言われても仕方がないね。でも、人間社会も楽しいものさ」

 

「私たちを滅ぼした人間がぁ?………もう、手遅れねぇ」

 

 最早言葉は不要。方や人間を怨む化け物に、方や人間に組みする化け物。相入れない仲となってしまった事を理解した化け物は魔法陣を展開させながら腕を肩までの高さにあげる。

 

「我が名はレプス・コルヌトゥス=アルミラージ。ヴァル・コルヌトゥス=アルミラージが娘。最後の吸血鬼にして、人の世を憎む者」

 

 その名乗りは吸血鬼同士の決闘の合図。それは互いの命を掛け合う絶対の掟。途中退場も命乞いも許されない吸血鬼の誇りを掛けた命懸けの戦い。

 絶対零度の視線をカイトに向けて、応じるのを待つ。それはカイトに向けられた吸血鬼としての最後の慈悲。

 

 少し寂しげな表情を一瞬浮かべたカイトだが、覚悟は既に決めていたのだろう。同じように魔法陣を展開させながら名乗りを上げる。

 

「我が名はカイト・オールベルグ。フェアリーテイルの一員にして、世に笑顔を齎す道化」

 

 言の葉に乗せた明確な敵対。魔ではなく人であることの宣言。

 後悔がないと言えば嘘になる。当主に生かされていた恩義もある。けれど、カイトの中での優先順位は既にフェアリーテイルが1番なのだ。

 

 それに対して化け物ーーーレプスに揺らぎはない。わかっていたのだ。吸血した時に覗いた記憶の中に、もう吸血鬼(自分たち)の入り込める余地はないのだと。

 声高らかに続きを促し、感情の昂りを表すかのように右手に纏う血液がのたうち回る。

 

「ああ!さぁ、いざ‼︎」

 

「いざ‼︎」

 

 

 

 

 

 

 

 

「「その命、貰い受ける‼︎」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「は、はっ………はっ!」

 

 霧の深い森の中、ルーシィは無闇矢鱈に駆け回る。

 行先も当てもなく、隣には誰もいない。それでも仲間との合流を果たすために彼女は走る。時々木の根に足を取られたり、枝がその柔肌を引っ掻くがお構いなし。転んでも、傷が痛くても、彼女は駆ける。全ては仲間のために。

 

 そうしてどのくらい経ったのだろう。

 ルーシィの息はこれまでにないくらいに上がり、鼓動は耳元で鳴らされているかのように煩く聞こえる頃、霧しか見えなかった彼女の視界にようやく明るみが取り戻される。

 

「ここは………」

 

 飛び出したのは少女に案内された集落。離れに出ればよかったのかもしれないが、不運なことに家が転々と立ち並ぶ区画。中央から辺りを照らす篝火が焚かれているのがルーシィから見え、周囲に住人の影がないことが確認できた。

 信用できない村人がいないことに安堵を覚えて、ルーシィは膝から崩れ落ちる。流石にもう限界だ。脚は生まれたての子鹿のように震えるし、視界にはちらちらと星が見える。

 

「ふぅ、ふぅ………でも、こんなとこで立ち止まれない」

 

 なんとしてもナツやエルザと合流し、敵に囚われたグレイとミラジェーンを助けねばならない。使命感に燃えるルーシィが近場の木を支えにゆっくりと立ち上がり、辺りを見渡す。

 あれだけ騒いでいたせいで篝火の周囲は食べ残しや足跡が目立つ。そして篝火の横に置いてある水瓶を見つけた。確かあれは村長が自分たちに進めようとしたものだと思い出す。

 

 水、と意識して唐突に喉の渇きを覚え、危険だとわかりながらも隠れながらゆっくりと水瓶の方に近づくルーシィ。そして手の届く範囲まで近づいて少しだけなら、と己に言い聞かせて釈を持ち上げる。

 そして香るツンとした匂い。水に意識がいっていたルーシィだったが、その匂いが何なのか気づき、その手を止める。初めて見た時はわからなかったが、今ならその匂いの素が何であるのか理解できる。理解、してしまった。

 

「これ、もしかして………きゃっ!」

 

 不意に訪れた頭部への鈍痛。あまりの痛みと疲れも合わさり、意識を手放すルーシィ。暗闇に沈む中、悪意に満ちたいくつもの紅い眼がこちらを覗くのが見えていた。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

「ぐっ‼︎」

 

「ふふふ‼︎」

 

 鋼と爪がぶつかり合い、硬質な音を響かせる。一瞬の迫り合いの後、弾き飛ばされたのはエルザ。しかし、すぐさま体勢を立て直すと追撃を許さない。レプスの分身体は霧の中に身を隠し、エルザの視界から逃れる。

 エルザがミラジェーンから離されてから現在、戦いは膠着していた。

 

 エルザにとってこの霧のフィールドは視界も悪く、そしてどこから攻めくるかわからない敵に神経を削られ、現れても一撃離脱を繰り返されてばかりで攻め込めないでいる。

 

 対するレプスに視界の悪条件などない。吸血鬼の目は闇をも見通す力を持ち、霧程度では防ぐことは不可能。だが、エルザの持つ剣から発せられる銀の気配。触れる分には誤魔化しが効くが、切りつけられたら成す術もない。吸血鬼特有の腕力で攻めようにもエルザの技量の前には肩無し。こちらも攻めあぐねていた。

 

 互いに決定打のない膠着状態。

 一進一退の攻防戦。

 

 銀に触れ、焼けるように煙を上げる爪を切り落とし、再生させる。肉の身体ではなく血液の塊である分身体に再生に使う魔力は必要ない。ただ自らの形を変えればいいだけだ。ただし、再生も無限ではない。分け与えられた血液の絶対量がある限り、必ず限界は来る。

 相手に銀が弱点であることを悟らせないようにしているのだが、銀の武器を下げることはないだろう。弱点がバレているのは非常に面倒だと内心口を溢す。それでもダメージを与えられていないと勘違いさせることはできる。アドバンテージとしては有効だろう。

 

(ああ、もう。面倒ねぇ)

 

 吸血鬼本来の戦い方として、このようにコソコソと相手を狙うような真似は本来であればしなくても良い筈だ。吸血鬼特有の怪力に、多彩な能力、そして変幻自在の自らの魔法。正面突破のゴリ押し(脳筋戦法)で勝利はもぎ取れるのだ。だが、実際に何度か打ち合いソレが不可能だと言う事を理解してしまった。

 剛力も魔法も当たらなければなんのことはなし。今は能力によって誤魔化しているだけで、それがなければ敗北は必須だろう。

 人間相手に屈辱的な戦法を取らなければならないことに腹が立つが、だらかといって態々殺されに行くわけにもいかない。何か良い手は無いかと模索しながら、木々の隙間から相手の出方を窺う。

 

 レプスが腹の中で罵詈雑言を飛ばす中、エルザもエルザで冷静を装いながらも内心焦りを見せていた。

 

(このままではミラが………)

 

 ただでさえ無理をしていたミラジェーンが更に傷を負い、そして吸血鬼が側にいる。生存確率は限りなく0であるが、もしかすればがある。今すぐにでもミラジェーンの元へと馳せ参じたいが、来た道は既にわからず、そうでなくともレプスの分身体がそれを邪魔する。

 これがただのモンスターであればエルザも対処がしやすかっただろう。しかし、知恵が回るというのはそれだけで厄介だ。

 

(このまま防戦一方では埒があかない。何か手はーーー)

 

 その時、近場の茂みから何かが飛び出す。張り詰めた精神は咄嗟の状況にも対応し、襲いかかる影を斬りつける。

 

「ぎゃうん‼︎」

 

 飛び出して来たのは血のように赤い狼。魔法により作り出された魔法生物。分身体であるが故に易々とは使えず、持続も頭数も劣る劣化版の魔法。しかし、膠着状態のこの場では友好的な一手。

 振り抜いた体勢では反撃も防御もできない死に体。

 

「しまっーーー‼︎」

 

「ざんねぇん‼︎」

 

 後悔よりも先に反対方向からレプスの強襲。吸血鬼の剛腕は甲冑に身を包んだエルザを軽々と吹き飛ばし、木々をいくつも倒壊させていく。まるで砲丸のような勢いで飛ばされたエルザはそのうち霧を突き抜け、そして家屋の中でようやく落ち着く。

 一撃。たった一撃を受けて鎧は凹んでエルザ自身も満身創痍。内臓と脳が暴れ回り、天と地がぐるぐると回る。血反吐を吐きながら剣を支えになんとか起き上がり、飛ばされている内に切ったであろう額から流れる血を抑えながら辺りを見渡す。

 

「ここは………あの集落か」

 

 エルザが破った穴から覗く家屋を見て、ここが最初に案内された集落なのだと辺りをつける。しかし、家屋からは住民の気配がまるでない。避難した、とは考え難く、そこから先を考えようにも全身の痛みが思考の邪魔をする。

 こんな時にカイトがいれば、と強く思い、頭を振る。

 

(今はそのような時ではない。とにかく、外に出ないと)

 

 この状態で再び強襲されたらひとたまりもない。せめて見晴らしのいい屋外に出ようと荒い息のまま外に出る。

 壁に手をかけて、息も絶え絶えで外に出れば、どこに隠れていたのかゾロゾロと集まりだす住人たち。ここは危険だと警告を出そうとして、その集団に紛れている人物を見て驚愕する。

 

「ルーシィ‼︎」

 

「むぅーっ‼︎」

 

 猿轡を噛まされ、必死に抵抗を示すルーシィがそこにいた。その両隣には成人男性が控えており、ルーシィの抵抗をものともせずに抑え込んでいる。

 

「動くでない」

 

 咄嗟にルーシィの救出を計ろうとするが、その言葉とともにルーシィの首筋に刃物が添えられやむを得ず止まる。

 声をかけたのはこの村の村長だ。数時間前に見かけたばかりだというのに、その顔からは最初に出会った時のような生気を感じない、死人のような青白いものへと変わっていた。いや、よく見ればそこに集まる住人皆そのように変貌している。皆一様にこちらを恨む様な視線をよこし、今にでも飛びかからんという意気込みが伝わってくる。

 

「ふむ、良し。このまま拘束し、女王の元へと献上するとしようかの。おい、だれか縄を持ってこい」

 

「待て‼︎ お前たちは何者だ⁉︎なぜあいつの味方をする⁉︎」

 

「はて、これは意な事を。我らは屍食鬼。あの方の手足にして下僕。我らが主人の助力をするのは当然じゃろうて」

 

「屍食鬼………ならば、元は人だったのだろう?なぜこんな事を?」

 

「人、じゃと?」

 

 その言葉に、一団の中で平静を装っていた村長に怒りが燃える。

 

「貴様ら人間と、ワシらを同列に扱う気か⁉︎ふざけるでない‼︎ワシらは皆、貴様らに迫害されてここにおるのじゃ‼︎」

 

 口の端から泡を飛ばし、興奮止まない村長は一歩エルザへと脚を踏み出す。それが合図だったかのように村長の右腕が根本からぽとりと落ちる。その瞬間に漂う、顔を顰めてしまうほどの腐臭。ナツの鼻が効かなくなるわけである。ここにいる全員、死体なのだ。死体でありながら動くリビングデッドなのだ。

 落ちた腕を忌々しげに一蹴すると、村人から怒りの声が続く。

 

「俺は友人だったやつから借金を背負わされた‼︎」

 

「私は顔の火傷のせいで誰からも相手にされなくなった‼︎」

 

「僕は両親に捨てられた‼︎」

 

 続くも続く、不幸な身の上話。声高々に語られる悲劇の数々。絶望と怨嗟の声が延々と木霊して、エルザに浴びせられる。

 そうして村長が残った片腕を上げて声を沈めると、侮蔑に満ちた視線をよこす。

 

「そしてワシは、息子夫婦に口減らしのために置き去りにされた。当てもなく、希望もなく、未来(さき)のないワシらに、女王は手を差し伸べたのじゃ。ワシらに救いをくださったのじゃ。ワシらもこの霧の向こうに出ることはできん。じゃが、時がくればワシらを貶め、辱め、迫害した者どもに復讐を下すことのできる救いをのう」

 

「そうか」

 

 身の上を聞き、エルザは持っていた剣を収納する。抵抗の意思が消えたと感じ、村人の1人が縄を片手にゆっくりとエルザに近づく。そしてその身を縛ろうとした瞬間、エルザの鉄拳が顔に突き刺さる。

 

「なっ⁉︎」

 

「お前たちの言い分はわかった。人の身を辞めた理由を知った。あれを信奉する意味を理解した。だがーーーそれがどうした?」

 

 まさかの行動に驚愕に染まる一団をさておき、エルザは天輪の鎧へと換装する。

 

「確かに絶望的な出来事で、悲劇的でもあった。だが、それは歩みを止める理由にはならない」

 

 かつて奴隷のように虐げられ、明日に希望を見出せない日々を送っていたエルザにとって、彼らの話は同情に値するものだった。

 誰も誰もが幸福な世の中など夢物語でしかなく、現実といえば悲劇と不幸の積み重なりだ。けれど、その中には確かに希望があるのだ。

 独房にいたロブじいちゃんは魔法の存在を教えてくれた。辛いことも仲間といれば緩和された。

 

「同情はしよう。憐れだと思おう。だが、だからと言って私はお前たちの為にこの身を捧げることはしない。私は私の仲間のために、この剣をお前たちに向けよう」

 

 エルザの背後に浮かぶ無数の剣が村人全員に向けられ、敵意を露わにする。人質を盾にしようにも、それよりも早く両サイドに控えていた男たちの足元に剣が突き刺さり、強制的に距離を取らされる。その隙にルーシィは走り出しエルザに保護された。

 人質も失われ、身動きひとつ取れない状態。数はこちらが上とはいえ、戦闘能力は間違いなくエルザの方が上だ。そも、屍食鬼たちの戦闘能力など素人に毛が生えた程度だ。拳が触れ合うほどの距離であればその膂力も持ってして制圧できるかもしれないが、現状望むべくも無い。

 

「ルーシィ、無事か?」

 

「ぷはっ!ありがと、エルザ」

 

 そうこうしている内に人質の拘束も解かれてしまった。勝ち目のない状況に冷や汗を流す村長。その時、突如として聞こえた声に歓喜し、同時に畏怖する。

 

「あらぁ?なんの騒ぎかしらぁ?」

 

 危機的状況でありながらも、エルザを追って背後から現れたレプスの姿を見た瞬間、村人全員が平伏の姿勢を取る。

 エルザはレプスの姿を確認した瞬間、ルーシィに後ろに下がる様に言いつけると臨戦態勢を整える。先ほどと違い開けた視界の中であるため向こうの優位性は消えた。だが、だからと言って楽観視できるわけではない。少なくともルーシィを庇いながらの戦闘は難しいとしての判断だ。ルーシィもそれがわかっているため引き下がり、万が一に備えて相手の様子を影から伺う。

 

「じょ、女王におかれましては、本日もまた美麗でーーー」

 

「世辞はいらないわぁ。それでぇ?何であなたたちがいるのかしらぁ?」

 

 有無を言わせないレプスの圧力。代表して喋る村長は身体中から汗を吐き、カラカラに乾く口内を必死に湿らせながら言葉を紡ぐ。

 

「は、はっ!私どもは女王のお力になるべく、あの者を捉えて、交渉しようとしていた所存でございます」

 

「交渉?」

 

「はっ!その身を女王に捧げよと、そのように!」

 

「ふぅん」

 

 まるで値踏みをするかのように村長を眺め、そして村人全員に視線をよこす。痛くなるような静寂の中、レプスは村長の前に立つ。

 

「あなた、屍食鬼になってからどのくらいだったかしらぁ?」

 

「わ、私は13年ほどになります!」

 

「そう」

 

 刹那、ノータイムで振り下ろされた脚が村長の頭を砕く。村人たちは恐怖の悲鳴を口の端から零し、そして突然の行動にエルザは驚愕する。

 

「はぁ………これだから嫌なのよぉ、元人間はぁ。自分たちを選ばれた存在だと勘違いして勝手なことをしでかすんだからぁ」

 

 続いてその側にいた女の身体を爪で薙いで切り裂く。村人たちは小声で許しを乞いながらも平伏の姿勢から動こうとしない。わかっているのだ。動いた瞬間に自分たちがああなることを。

 

「やめろォ‼︎」

 

 あまりの行動にエルザが剣を振り下ろして止めに入る。しかし、怒り故に手に握られているのは銀ではなく普通の鉄の剣だという事を忘れていた。レプスにそんなものが効く筈もなく、片手で止められる。

 

「なぁに?これはこちら側の問題よぉ?横槍はやめてもらえるかしらぁ?」

 

「だとしても、目の前で命が奪われていくのを黙って見ていられるか!」

 

「はぁ………本当、人間ってわからないわぁ」

 

 腕を振り払い、魔法を飛ばすが効果なし。振り払う瞬間に自ら後退して迎撃の姿勢を整えていたのだ。そして背後に控えていた銀製の剣をいくつか飛ばすが、その軌道は単調にしか操れない。しかし、レプスはそれをかわす事なく、近くにいた男を片手で持ち上げて肉の壁にする。

 

「貴様っ‼︎ 仲間ではないのか⁉︎」

 

「仲間ぁ?人間ってその言葉好きよねぇ。反吐が出そうよぉ」

 

 鬱憤を晴すかのように壁にした男をエルザに投げつける。既に物言わぬ死体ではあるが、だからと言って無体にすることはできない。しかし、とてもでは無いが受け止められるような速度ではない。やむを得ずそれをしゃがんでかわせば、後方から聞こえる人体が潰れる音と共に、男の影に隠れていたレプスの爪と鍔迫り合う。

 

「ぐっ‼︎」

 

 エルザは両手で歯を食いしばっているというのに、レプスは片手。種族としての差が如実に現れていた。

 

「こいつらは私の手足。私の眷属。私の奴隷。同族扱いなんてのは侮辱よぉ」

 

「それでも!貴様に仕えていたのではないのか⁉︎」

 

「あなた、自分の手足に感謝を捧げたりするのかしらぁ?」

 

 自身に仕えるのは当然だと、レプスは言う。それが幼き頃、楽園の塔建設時に自分たちを奴隷のように扱っていた神官たちと重なって、エルザはさらに両腕に力を込める。少しずつであるが押され出したことにレプスは少し驚きつつも、反対側の腕でエルザを振り払う。直撃を受けたエルザは再度家屋に突き刺さるが、しかしダメージを感じさせない動きで再度レプスに肉薄する。

 

「なぜこの様な事を⁉︎」

 

「当然よぉ。吸血鬼にとって戦いとは己の矜持をかけたものよぉ。それを人質なんてもので汚そうとしたのだものぉ。殺されても文句はいえないわぁ」

 

 それが吸血鬼にとっての戦いなのだ。姑息な手段で手に入れた勝利など願い下げ。それを受け入れて仕舞えば自身の格が落ちる。それは吸血鬼にとって死よりも恐ろしく、唾棄されるもの。

 だからこそ、エルザの背後に隠れるルーシィを狙うことはしない。それをしてしまえば吸血鬼として終わってしまうからだ。

 

「ああ、その点だけはあなたたちを評価してあげるぅ。吸血鬼に真っ向勝負を挑む、お馬鹿さんとしてねぇ‼︎」

 

 空中に展開された魔法陣。その中から拳大の血の塊がいくつも発射されエルザを襲う。点ではなく面による制圧射撃。その中でもエルザは自身に向かってくるものだけを瞬時に選択し、切り捨てる。

 レプスもそれで仕留められるとは思っていない。だからこそ、動きが制限される今だからこそ使える魔法を発動する。手に握られるのは真紅の槍。禍々しい装飾で施されたそれを掲げ、刃先をエルザに向ける。

 

「さぁ、フィナーレよぉ‼︎」

 

 振りかぶり、投擲しようとした瞬間、横合いから迫る炎。瞬時にそれを飛んでかわせば発生源が森からだということがわかった。そして隠れる気のない下手人は森から飛び出すと、敵意に満ちた視線をレプスに向ける。

 

「よォやく見つけたぞ‼︎」

 

「ナツ‼︎」

 

 現れたのはナツだった。肩には気絶したグレイを担ぎ、足元も視界も悪い道中だったというのに、疲労の様子は見られない。まさかの登場にルーシィが歓喜の声をあげ、エルザの表情も明るくなる。そして意識を削いだことにより魔法が止み、エルザは飛翔の鎧に換装すると家屋の屋根に登って飛び上がる。

 

「悪手よぉ‼︎」

 

 魔法が止んだとはいえ、エルザの存在を忘れたわけではない。飛行能力のないエルザが空中に飛んだとしても格好の的。まずは厄介なこいつからと魔法を放とうとするが、ナツの炎がそれを邪魔する。

 

「火竜の咆哮‼︎」

 

「チッ‼︎」

 

 苦手な炎に触れたく無いと更に上昇してそれを交わせば、炎から飛び出す銀の短剣。迷うことなくそれはレプスの肩に突き刺さり、エルザたちが初めて有効打を与えた瞬間だった。

 

「ルーシィ!無事だったんだね!」

 

「ハッピー!」

 

「ルーシィ、グレイと一緒に下がってろ」

 

 遅れた登場したハッピーがルーシィとの再会を喜んでいるが、前にいる2人は油断せずに前を向く。あまりの険呑とした雰囲気にルーシィはナツに言われるがままグレイを受け取り、引きずりながら後ろに下がる。

 2人の視線の先にいるレプスは肩に突き刺さった短剣を引き抜くと、傷口を抑える。再生が出来ずに煙を上げる肩を一瞥して、エルザとナツを見据える。そこにあるのは敵意かと思いきや、全くの無。感情というものを一切感じさせない無表情。

 

 それは2人を獲物ではなく敵として認めた証。最早殲滅するべきものだと認識した証左。奇しくも一撃入れたことでレプスも本気を出したのだ。それを肌で感じた2人は一層警戒を強め、臨戦態勢を整える。

 

「もう、いいわ」

 

 指を鳴らした瞬間、平伏の姿勢のまま苦しみ出す村人たち。突然のことで驚愕していれば村人たちの全身から溢れ出す血液。そして村の中央に置かれた水瓶から立ち上る赤い液体。それらは意思を持つかの様にレプスの上空に展開された魔法陣に吸い込まれ、そして空を覆う様な巨大な門が形成される。

 

「代償魔法契約ノ門(チギリノモン)発動。代償、血液。誘われるは破壊の化身」

 

 真紅で形成された、何の装飾もない無骨な門。それが開かれた瞬間に発せられるプレッシャーに、その場にいた意識ある者の全身の毛が逆立つ。

 あまりの圧にルーシィは呆然とへたり込み、ハッピーは藁にも縋る思いでルーシィの服の裾を掴む。エルザの剣を持つ手が震え、ナツは震えそうな歯茎をしっかりと噛み締める。それを嘲笑うかのように、門の向こうからソレは姿を表す。

 

 

 

 

「さぁ、全てを破壊なさい。大血ノ巨人(アトラス)

 

 

 

 

 

 

 

 

オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ

 

 

 

 

 

 まるで大気自体が震える様な、身体の芯まで震わす音が、絶望を体現するかの様な声が、霧の谷(ミストバレー)中に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 




 ぼっちな私が仲間云々を語ってもなんか虚しくなってしまう。
 そこは、まぁ、ご愛嬌。


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