FAIRY TAIL 〜Those called clowns〜   作:桜大好き野郎

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推奨BGM:アリス/水曜日のカンパネラ



終幕

 

 

 いつからだろう、人を目で追う様になったのは

 

 

 食糧や家畜としか見られない人間に、興味が湧いたのは

 

 

 古い記憶を遡れば、物心ついた頃には人を愛していた

 

 

 吸血鬼からすれば異常者の扱いを受けてもおかしくはないだろうが、そんな私を父と母は変わらず愛を注いでくれた

 

 

 無論、私も吸血鬼である以上、人の血を吸わなければ生きていけない。だが、その際は心からの感謝を込めて、それこそ愛をもってして血を頂いていた。

 

 

 血を飲み、魂を喰らい、そしてその者の記憶を読み調べる。

 

 

 人の魂に刻まれた記憶はいつも私をドキドキさせ、ワクワクさせ、何度も何度もお気に入りの本を読み返すように記憶を追体験する。

 

 

 そのうち館の地下で飼育されている人間からも思い出を聞くようになって、より一層人への愛を深める。

 

 

 同じ歳の従者は、はしたないと咎めていたが、それでも私の人への愛は変わらない。

 

 

 そうして初めて檻の外にいる人間を見た瞬間、私の愛は爆発した。暴発したと言っても過言ではない。

 

 

 その人の求めるものをできる限り用意し、傷を癒そうと努力し、同じ吸血鬼から目を逸らしてあげた。

 

 

 けれど、私の愛は一方通行。この愛は決して届かず、また叶うこともない。なぜならば私は吸血鬼。人の世では生きていけない、闇の住人。

 

 

 看病した人間から逃げられ、悲しみに暮れた日々。食事も喉を通らない喪失感を抱えていた頃、突如として館に火の手が上がる。

 

 

 外に逃げようにも周囲は銀製の武器をこちらに向ける人々。館の中では火に包まれて絶命する使用人たち。助けを求め父親を探すが、見つけた父親は頭上から落ちてきたであろう瓦礫に身を貫かれていた。

 

 

 その身は全身が炎に包まれて、それでも死なないのか呪詛を溢しながら虚空を見つめる父親に、私は恐怖を感じた。胸部を貫かれ、助かる見込みのない父は、それでも私を見つけると傷口を広げて脱出。止め処なく溢れる血を気にすることもなく、後退りする私にゆっくりと近寄る。

 

 

 壁の端まで追い詰められ、覆いかぶさる様に父は逃げ道を塞ぐ。そうして私に言うのだ。「人を呪え」と。

 

 

 人を呪い、人を恨み、人を滅ぼせと、まるで何かに突き動かされるように同じことを繰り返す父は、私に大量の血液を浴びせて絶命した。

 

 

 恐怖で腰を抜かしながらも、腹這いになりながら地下へと逃げる。予想通り、石造りの地下に熱は篭っているが、それでも火の手は回っていない。愛おしい人々の熱に燻された死体に涙しながらも、私は館の外へと続く通路へと進む。

 

 

 やっとの思いで扉にたどり着き、なんとか外に出た瞬間、待ち受けていたのは先ほどまで外で武器をこちらに向けていた人間。

 なにかに怯えていた様子の人間は、こちらを見るや否や震える手で武器をこちらに向ける。そうして狂った様に獲物を振り回し、私の静止の言葉も聞き入れず、焼ける様な痛みを私に刻んで刻んで刻んで。

 

 

 そうして目の前が赤く染まったと思った瞬間、その人間は消えていた。否、そこにはいるが、在るのは骨と皮だけになったものだけ。自身の両手を見れば真っ赤に染まり、口元からは血が垂れる。

 

 

 怖くなった私は地下に戻り、両膝を抱えてうずくまる。どうしてこうなってしまったのかと、ひたすら自問し、どれくらいの時間が経ったのだろう。

 館の火はもう燃やすものはないとばかりに鎮火して、飢えを認識しだした頃、私は答えを導き出す。

 

 

 全ては人間のせいなのだと。

 

 

 全ての悪はあちら側なのだと。

 

 

 呪い、憎み、恨み、呪詛を吐いて、立ち上がる。幽鬼のような足取りで館を出て、睨みつけた先に新たに外から来た人間がそこにいた。

 あっと言う間にその人間の血を啜り、そうして飢えを満たす。脆弱な人間め、と呟いた所で、癖になってしまったのかその人間の記憶を読み取る。読み取ってしまった。

 

 

 その人間にも同じように家族があり、家庭があり、やむを得ない事情でここに来たのだと理解してしまった瞬間、私は膝から崩れ落ちる。

 

 

 憎かった人間にも、自身と同じような別れがあったのだと理解し、私はその遺体に泣きながら謝罪を告げる。

 

 

 けれど、私の内から聞こえた声はそれを許さない。人は滅ぼすべきなのだと声高々に叫ぶ。そんなことはしたくないと私が叫べば、ならばそれは私が果たそうと私の内から出て行く。

 

 

 私の力の大部分を持っていき、最早吸血鬼の縛りカスとも言える私に、血を纏う呪いは告げる。

 

 

「あなたは私のオリジナル。あなたを殺せば私は消えてしまうから生かしておいてあげる。けれど、よぉく見ていなさいな。あなたの愛した人間は取るに足らない存在なのだと。滅んでも仕方のない業の深いものなのだと」

 

 

 そうして私は力も名も失い、呪いが時折作り出す屍食鬼たちの世話係へとなった。それでも私は人への愛は消えていない。消してはいけない。それが私に残された、唯一の存在理由なのだから。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「ンだとコラァ!!」

 

 

「やんのか、ああ⁉︎」

 

 

 薄暗い森の中、ナツとグレイの声が辺りに響く。互いに満身創痍だと言うのに遠慮なしで殴り合い、傷を増やして行く。

 

 戦いが終わり、無事に全員が集合を果たしたのはいいものも、目を覚ましたグレイがことの顛末を聞いたのが始まり。そこからナツが煽り、あれよあれよといつも通りの殴り合いに発展したのだ。

 いつもはそれを止めるエルザも疲労で止める様子はなく、ルーシィはよくやるものだと呆れるばかり。

 

 

「元気ねぇ、あんたたち」

 

 

「あい。ナツとグレイですから」

 

 

「あの2人はあれでいいのよ」

 

 

 そう言っていつも通りニコニコと笑みを浮かべるミラジェーン。身体の至る所に包帯が巻かれ、痛々しい姿であるがその表情に陰りはない。流石は過去、自身とタメを張っただけはあると内心感心しながら、エルザは周囲を見渡す。

 

 焼け崩れた館を取り囲む様に群生する彼岸花の群れ。確かに不気味な光景ではあるが、よくよく見ればそれぞれ手入れが施されており、まるで館に向けて献花されているようにも見える。なるほど、と独り納得していれば、不意にルーシィに話しかけられる。

 

 

「そう言えばエルザ。あのおっきな奴にどうやって勝ったの?」

 

 

「いや、勝利はしていないさ。私はあいつの邪魔にならないよう、足止めをしていただけだ。まぁ、片足がなかった上、貰った刀が良く切れてな。思いの外善戦できていたがな」

 

 

 カイトと視線を交わした時、アトラスが邪魔をしない様にすることが自身の役割なのだと理解したエルザは積極的に攻撃することは避け、注意をこちらに向ける事だけに専念していたのだ。

 レプスが倒れたタイミングで契約の切れたアトラスはその姿を消した時は安堵したとは本人の言ではあるが、恐らくエルザならば倒していただろうと当たりをつけるルーシィ。

 

 例え片足がなく、手持ちの武器が良くてもあのサイズ差で善戦するエルザはやはり化物だと戦慄しながら、決してエルザに逆らわないと心に誓う。

 

 

「それにしてもミラ。私はお前とカイトが契約を交わしていたと言うことに驚いたぞ」

 

 

「契約?星霊みたいなものなの?」

 

 

「オイラ知ってるよ!悪魔との契約はすっごく不条理なんだって」

 

 

 ルーシィの問いにハッピーがそう答えれば、エルザが肯定する。

 

 

「そうだ。契約内容によっては身体の一部や大量の生贄を要求される」

 

 

「生贄……。さ、流石にそんなことないですよね?」

 

 

「そうねぇ。内緒にしておこうかしら」

 

 

 人差し指を口に添えてウインクするミラジェーン。どうやら話すつもりはないらしい。後で張本人を絞めて聞き出そうと決意するエルザ。それを察したのかミラジェーンはころころと笑う。そして霧に閉ざされた森の方を見つめ、その先にいるであろうカイトを思い浮かべる。

 

 

 きっと彼はこれからも仮面をつけて笑うのだろう。ケジメをつけたからと言っても、そこは変わることはできないだろう。変化することなく、胡散臭いと罵られながらも道化を演じるのだろう。けれど、それでいいとミラジェーンは思う。

 彼は半吸血鬼(ダンピール)。人にも吸血鬼にもなれない半端者。仮面をつけて人の世に居られるのなら、それでいいのだ。それでも彼は人が好きなのだから。

 それにーーー

 

 

(それに、仮面の奥の素顔は、(契約者)の特権だもの)

 

 

 その思いを告げるつもりは、まだない。

 この想いを告げるときは、きっと彼がその素顔を晒した時なのだから。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 ぶるり、と突如として襲った悪寒に身を震わせ、カイトは脚を止める。この後自分は粛清と言う名の理不尽な暴力に遭うのだろうと直感し、少しばかりゲンナリとする。

 その様子を見て隣を歩く少女、レプスはくすりと笑った。

 

 

「愉快な人たちね」

 

 

「カッカッカ、まぁ、うん。そうだね。飽きはしないよ」

 

 

 力なく答え、憂鬱な気持ちを払拭する様に笑うレプスを見やる。

 自身の手で殺した筈の、吸血鬼。かつて仕えたお嬢様。それが昔の姿のまま目の前にいるのだから、世の中わからないものだとため息を溢す。しかし、姿形は当時のままとはいえ、その身は吸血鬼としての力は皆無に等しい。その力は既にカイトが吸収しているが、だからと言って返すつもりもなく、そして本人もそれを望んでいない。

 

 

 言葉少なく2人揃って暫く歩き、そして脚を止めた先には断崖絶壁。霧の谷と人の世を分け隔てる山の岩肌。この崖の先に霧はなく、そして吸血鬼は出ることができない。

 

 

「………本当にいいのかい?望むのなら、うちのギルドにーーー」

 

 

 カイトの言葉を遮る様に右手を向けるレプス。そしてゆっくりと首を振ると言葉を紡ぐ。

 

 

「お気持ちは嬉しいけれど、それはダメよ。これは吸血鬼としての、私の矜持。搾りかすにも満たない私だけれど、それくらいのプライドはあるのよ」

 

 

「そっか……」

 

 

 きっとどれほど言葉を積み重ねても、彼女が首を縦に振ることはないだろう。それを理解したカイトはそれ以上何も言わず、下を向く。

 

 

「そんな顔をしないで。さぁ、行きましょう」

 

 

「………うん。行こうか」

 

 

 少し困った様に笑うレプス。その差し出された手を掴み一気に抱き上げると羽を広げて空を飛ぶ。

 

 遮る枝葉を押し退けて、高く高く、前へ前へと進み、そろそろ霧を抜けると言う頃、腕の中のレプスがぎゅっとカイトの腕を握り締める。吸血鬼としての掟が外に出ることを禁じているための拒否反応だ。

 痛いくらいに握り絞められた腕。けれど、それを振り切り、徐々に暴れ出すレプスを抑えて、更に高く。

 

 

 そうして霧を抜け視界が開けた先、地平線から登る朝焼けに染まる空が顔を出す。 朝日に照らされた山や、その麓の町、温かな光に照らされる世界が、2人の目の前に広がる。

 霧の谷ではありえない、息を呑む様な初めての光景にレプスは感嘆の声を漏らす。

 

 

「ああ、これが外。これが世界。これが人の世なのね」

 

 

「レプスお嬢様………」

 

 

「連れてきてくれてありがとう、カイト。カイトカイト………ふふ、いい名前ね。とても素敵だわ」

 

 

 見惚れる様に外の景色を眺め、愛おしげに手を伸ばし、そして徐々に顔を出す朝日がそれを拒絶するように2人を照らす。

 半端者であるカイトの身体が燃え上がるが、人の血が消滅を防ぎ、全身に激痛を走らせるだけに止まる。だが、搾りかすと言えども純粋な吸血鬼のレプスはそうはいかない。伸ばした手から灰となり、宙に巻かれる。だと言うのに苦痛に顔を歪めることはせず、最後に見る景色を目一杯魂に焼き付ける。

 

 

「ああ、世界はこんなにも美しいものなのね」

 

 

 最後にありがとうと呟き、レプスの身体が完全に消滅する。

 力の大部分が倒されたことによりレプスの身体は限界を迎えており、先がなかったのだ。ならば倒された末の消滅よりも、自らの自死によって幕を下ろす決意を決めたのだ。

 末期の願いとしてカイトはそれを聞き入れ、どうせならば憧れていた世界を見せることとなっていた。

 覚悟していたとは言え、同族の消滅に涙し、空を見上げるカイト。

 

 

「ありがとう、は俺のセリフだよ」

 

 

 彼女のお陰で人間の世界でも暮らすことができた、と言っても過言ではない。彼女のお陰で、人を愛する事ができたのだ。

 誰もいない虚空にそう礼を告げ、墜落する様に霧の中へと戻る。そうして涙を拭いた後、笑顔を作ってフェアリーテイルの面々と合流を果たす。吸血鬼だと判明しても何も変わらない対応に心癒され、帰路へとつく。

 

 

「あっ、霧が………」

 

 

 それに気づいたのはルーシィだった。

 森を抜けた瞬間、最早封じる者はいないとばかりに霧が晴れて行く。それが本当に吸血鬼はもういないのだと語りかけてくるようで、心配するようにルーシィがカイトの顔を覗く。けれど、カイトは少し寂しそうな顔をするだけで、どこか達観したように霧の晴れた森を見つめる。

 

 

「大丈夫だよ、ルーシィ。確かに吸血鬼はもういないのかもしれない。けれど、俺には君たちがいるからね」

 

 

 そう言っていつものように胡散臭い笑みを浮かべて、カイトは歩き出す。それに追随するように、他の面々は脚を進めた。

 

 

「しかし、今回は流石に疲れたな。帰ったら甘いものが食べたいものだ」

 

 

「オイラはお魚ぁ‼︎」

 

 

「オレは火の玉セット‼︎」

 

 

「またあの趣味悪ィ飯かよ。腹壊しちまえ」

 

 

「ああん⁉︎」

 

 

「やんのか⁉︎」

 

 

「ホント元気ね、アンタたち。あ、あたしも甘いもの食べたい」

 

 

「ふふ。ギルドに帰っても休む暇がないわね」

 

 

「カッカッカ。少しは労って欲しいものだよ」

 

 

 肩を落とし、けれど心地よい気持ちに包まれながら、彼らはギルドへと帰る。今までも、これからも変わらない、少し変わった吸血鬼を連れて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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