FAIRY TAIL 〜Those called clowns〜 作:桜大好き野郎
真っ暗な世界。
上も下もなく、右も左もない、闇。
一筋の光さえ届かない暗澹。
そんな中でぽつん、と意識だけが残っている。
ここが何処なのか、カイトは知らない。けれど、毒による死によってここに来たということはわかっている。
早く復活せねばと急ぐが身体は動かず、助けを呼ぼうにも声は出ない。煩わしいジレンマだけが心の中を支配して、より一層焦燥する。
それでも思い浮かべるのは仲間のこと。六魔だけを相手にすれば良いと考えていただけに、あの白衣の男の存在は厄介だ。故に早く動いてその情報を報さねばならない。
この程度の毒であれば純血種ならば動けていただろう。けれど、この身は半端者。一度は受け入れた人の血を恨まずにはいられない。
早く早くと焦燥していれば、ふと匂いを感じた。
透き通るような、心を落ち着かせる淡い匂い。それは時をおうごとに段々と増していき、全身がその匂いで満たされていくのを感じる。
これは何が?と疑問を抱けば、視線の先に光が見えた。一筋の光は爆発的に広まり、そして真っ黒な空間を焼いていく。その光に包まれたカイトは思わず目を瞑り、そしてーーー
◇◆◇◆
「っぷはぁ!」
「おお!起きたか、我が友よ!」
呼吸は必要ないと言えど、気持ち的に海面から浮かんだ様な心情で空気を求めるカイト。ぜぇぜぇと荒く呼吸をしながら周りを見渡せば安堵の表情を浮かべる一夜と、反対に驚愕に顔を歪めるジュラがそこにいた。
回らない頭を必死に回し、状況を把握する。一夜の手に握られた試験管から漂う香り、それが香りを操る一夜の魔法だということはわかった。毒が抜けきっていないのか、まだ身体が痺れる感覚はあるが、痛みはない。十分に活動できる範囲だ。奪われた腕も回復していることから、思いの外死にかけていたらしい。
とりあえず床で身動きの取れないジュラに回復魔法である白衣を巻いて、状況を整理しようとする。
「バカな……脈も呼吸も止まっていたというのに………」
「ふっ。我が友がそれくらいで死ぬ筈ないだろう」
「一夜、信頼はありがたいけど、俺を不死身だと思ってるの?」
実際不死には近しい存在であるのだが、それはさておき。身体を起こして、頭痛のする頭を振る。痛みと一緒に負けた悔しさも飛べばと期待したが、どうやらそんなことはないらしい。
しかし、あの白衣の男は一体誰なのだろうか、と考えたところでジュラが声を上げる。
「よし。早く皆と合流せねば」
「確かに。我々の作戦は筒抜け。それにエンジェルだけでもあの危険な
「それに、あの白衣の男のことも知らせないとね。傘下なのか外部協力者なのかはわからないけど、下手すればあの男以外にも伏兵がいるかもしれないしね」
男の正体や敗北の後悔はあるも、それよりも情報の共有が先である。何より痛いのはこちらの作戦が相手にバレていること。練り直す時間もなく、こうなってしまっては行き当たりばったりになるしかない。
兎にも角にも今は時間との勝負。軽い痺れの残る脚に鞭打って、カイトは走り出す。
「「そっちは逆だっ‼︎」」
「……あっれぇ?」
◇◆◇◆
一方その頃、先行していたナツたち一向は全滅の危機に瀕していた。
倒れ伏すその先にいるのは六魔将軍の面々。作戦内容を知った六魔将軍は先手として要である魔導爆撃艇クリスティーナを破壊。そして動揺する先遣隊を降したのだ。
その中でも上位の実力を誇るエルザも、六魔将軍に囲まれてしまっては手も足も出ず、コブラの側に控える毒蛇に腕を噛まれてしまった。
「ゴミどもめ。まとめて消え去るがよい」
ブレインの持つ髑髏の付いた杖を中心に、怨念のような魔力が集う。それはまるで大気が怯えるように震え、恐怖心を駆り立てるような醜悪な魔力。
「
そして、収束した魔力が解き放たれようとした瞬間、ブレインは見つけた。開戦直後、恐怖から近場の岩陰に隠れていたウェンディを。
「どうした、ブレイン‼︎なぜ魔法を止める⁉︎」
「………ウェンディ」
「え?え?」
仲間から咎められようが、それも気にならず。じっくりと確かめるようにウェンディに視線を寄越す。しかし、当の本人はなぜ闇ギルドが自身のことを知っているのかもわからず、また顔を合わせたこともないため困惑に陥っていた。
「どうした、ブレイン。知り合いか?」
「間違いない。天空の巫女」
「天空の………」
「巫女?」
「なにそれ〜⁉︎」
ブレインの言葉を反芻する面々。しかし、やはりウェンディからすればそんなもの知りはしない。岩陰に身を縮めるが、ブレインはそれを許さなかった。
「これはいいものを拾った。来い」
「きゃあ‼︎」
「ウェンディ‼︎」
杖の先端から伸びた闇色の雲がウェンディを掴み、そちらへと引き寄せる。
「何しがる、この………‼︎」
「金に上下の隔てなし‼︎」
痛む体に鞭打って、ナツが取り返そうとするが、それよりも早くホッドアイの地面を軟化させる魔法が周囲を襲う。
助けを求めて必死に手を伸ばすウェンディ、そして助けようと走るシャルル。だが、慌てていたのだろう。ウェンディが掴んだのは他の誰でもない、ハッピーの手だった。
「きゃあああああ‼︎」
「ナツーーーー‼︎うわーーーー‼︎」
「ウェンディーーー‼︎」
「ハッピー‼︎‼︎」
「うぬらにもう用はない。消えよ」
宙空に消えるウェンディとハッピー。そして用は済んだとばかりに放たれるブレインの魔法。上空から降り注ぐ怨念の塊に回避行動は既に間に合わない。
せめてものと耐ショック態勢を取るが、そこに割って入る影があった。
「
ホッドアイの魔法の影響で周囲の盛り上がった大地から岩の柱が現れる。それは続々と現れて、ついにはブレインの魔法を防ぎきることに成功した。
現れたのは先程六魔将軍に倒されたと聞いていた岩鉄のジュラ。窮地を救われた喜びと生還の喜びに一時湧くが、すぐさま正面に視線を移す。しかし、砂塵が晴れた先には誰もおらず、六魔将軍は既に逃げていた。
「完全にやられた……」
「あいつら強すぎるよ」
「ジュラさん。無事でよかったよ」
「いや、危うい所だった。今は一夜殿の痛み止めの
「六魔将軍め。我々が到着した途端に逃げ出すとは………さては恐れをなしたな」
「カッカッカ………あー、いや。笑えないねぇ、コレ」
続いて到着した一夜とカイト。一夜はどこでそんな傷を負ったのやら、ボロボロの姿ではあるが、それでも臨戦態勢を整えており、カイトは到着するや否や倒れていたエルザに目をつける。
「一夜、痛み止めの
「んが⁉︎」
怒髪天をつくとばかりに樹海に踏み込もうとするナツを影で出来た手でマフラーを引っ張って止めて、一夜に痛み止めをするよう指示する。しかし、痛み止めの香りはその名の通り傷を癒すわけではなく、誤魔化すだけ。ジュラの様に骨が折れて歩行不可能ならばカイトが回復魔法をかけるが、そうでない限り手を出さない様にしている。
理由はひとつ。回復魔法というのは自身はまだしも他人をとなると傷の大小構わず大量の魔力を消費するからだ。普段ならまだしも、六魔将軍の討伐最中に魔力不足に陥るなどあってはならない。故に、傷だらけではあるが動けないほどではない面々に魔法はかけない。
しかし、倒れているエルザは自身の魔法も、一夜の魔法も効果がないことを悟る。
「毒………相手は白衣を着た男だったかい?」
「え?ううん。六魔将軍のコブラってやつだった」
偏食したエルザの左腕。毒によるものだと推測し、思わずあの白衣の男が頭に浮かぶが、それは違った。同じ毒であれば抗体ができている自身が吸えばいいと思っていたが、別の種類となるとそうもいかない。
患部をじっと見つめるカイトを心配そうに覗き込むルーシィがどうにかならないのかと懇願されるが、それを一蹴する。
「ねぇ、なんとなならないの?」
「無理だね。白衣に解毒作用はないからね。それに解毒剤なんて持ち合わせてないし、作ることなんてもっと不可能だよ」
「外傷は、治療できる………そうだな?」
痛みに悶えながら、エルザはそう問いかける。それを聞いたカイトは何をするのか察したらしい。深々とため息を吐くと、右手に混沌ノ鎧を纏う。それを振り上げた瞬間、グレイが待ったをかけた。
「オイ、何するつもりだ‼︎」
「エルザの腕を患部ごと切り落とす。死ぬよりはマシだよ」
「バカな事言ってんじゃねぇよ‼︎」
「よせ、グレイ。私もここで死ぬわけにはいかん」
いつの間にかハンカチを咥えて準備を整えているエルザ。本人の意志とはいえ、そんなものを許容できるわけがない。カイトを羽交締めにして止めるが、周囲は賛否両論。
「離せ、グレイ。その女に死んでもらう訳にはいかん」
「てめぇは黙ってろ、リオン‼︎」
「よさないか‼︎」
「そんな事しなくても‼︎」
「エルザ殿の意志だ」
こうなる事がわかっていたのだろう、カイトは再度ため息を溢す。そも、カイト自身もこの様な事したいわけではない。しかし、だからと言って他に妙案は浮かばない。こうしている間にも必死にどうにかできないかと頭を捻るが、エルザを救うには腕を落とすしかないと言う事がなまじ判明しているため、その方法しか思い浮かべることしかできない。
(あぁ、もう。あったま痛い……)
毒がまだ残っているのか、ズキズキと痛む。周りの騒ぐ声が段々と意味をなさないノイズに聞こえ、頭に血が昇る。痛みが思考を鈍化させ、ノイズが集中力を乱して、血が視野を狭くさせる。
いっそのこと全てを、と思考が危険な方向に飛びかけようとした時、その場によく通る声がひとつ。
「ウェンディなら助けられるわ」
瞬間、その場にいた全員がそちらを振り向く。仕方がないとばかりに、凛とした声で、注目を浴びるシャルルは続ける。
「今さら仲間同士で争ってる場合じゃないでしょ。力を合わせてウェンディを救うの」
ついでにオスネコも、と付け加えるシャルルの言葉に好奇を見出す一同。話を聞けば解毒だけではなく、解熱や痛み止めを含めた治癒魔法を行えるとのこと。それがウェンディーーー天空の滅竜魔導士の力である。
シャルルの言葉に安堵のため息を溢すと同時に、カイトは頭に昇った血を降ろさんと頭を振る。普段であれば危険な手段など早々に取らないはずなのだが、妙におかしい。やはり毒が残っているのだろうか、と不安を抱えつつも気持ちを切り替える。
「今、私たちに必要なのはウェンディよ。そして目的はわからないけど、あいつらもウェンディを必要としてる」
「………となれば、やる事はひとつ」
「ウェンディちゃんを助けるんだ」
「エルザの為にも」
「ハッピーもね」
「おっし‼︎行くぞォ‼︎‼︎」
「「「オオッ‼︎‼︎」」」
かくして方針は定まった。
決意を新たにした一同は気合を入れ直し、作戦に臨むのであった。
◇◆◇◆
広大なワース樹海。その一角にぽつんとひとつ、廃れた村があった。かつてそこにいた古代人が都を築いたとされているが、残されているのは朽ちた村の残骸のみ。そして村の端、祭事に使われていた洞窟の中に六魔将軍はいた。
「きゃ‼︎」
「ぎゃわ‼︎」
連れてきたウェンディとハッピーを乱暴に奥の壁に押しやり、それを取り囲む六魔たち。あまりの扱いにハッピーが噛み付くが、ブレインに気絶させられてしまった。対する面々はブレインの突然の拉致には少々驚いたが、しかしあそこで正規ギルドを潰さなかったとしても今作戦に支障はないと理解しているが故に焦りもない。
「ブレイン、この女は何なんだ?」
「ニルヴァーナに関係してんのか?」
「そんな風には見えないゾ」
「そうか‼︎売ってお金に‼︎」
「こやつは天空魔法………治癒魔法の使い手だ」
各々から上がる疑問にそう答えたブレイン。治癒魔法といえば
「まさか‼︎⁉︎」
「その通り。奴を復活させる」
まるで自身が手を貸す事を前提に話を進める六魔将軍。精一杯の抵抗としてそれを否定しようとするが、しかし洞窟に新たに入ってきた人物がそれを止める。
「それは、僕との契約を破棄するということか?」
苛立ちを隠さない声色で入ってきたのは先ほどカイトを戦闘不能に追い込んだ白衣の男。そばに控える巨大なムカデが鎌首を持ち上げて、攻撃態勢に入っていた。それを見た六魔たちはそれぞれが嫌悪感を隠さない表情で出迎え、すぐにでも動けるように態勢を整える。ただ一人、ブレインだけは余裕のある含み笑いを添えて、男に話しかけた。
「そんなはずないだろう。貴様がいなければ我らはここまで辿り着けなかったやもしれん」
「当然だ。だが、質問に答えてないぞ、ブレイン。僕の助けがありながら、なぜ奴の力を欲する?」
「なに、万が一のための保険だ。貴様との契約は未だ健在、十分に役に立ってもらおう」
「ふん。言い方が気に食わないが、いいだろう」
ブレインに対し傲慢な態度を崩さない男。それが気に食わないのか舌打ちと愚痴を溢すコブラ。
「チッ、ニルヴァーナを見つけるのがテメェの仕事だろうが。オレたちに噛み付く前に、テメェの仕事を片付けろよ」
「黙っていろ、蛇男」
コブラの嫌味に対し毒舌を返す。頭に来たコブラが攻撃しようとするが、慌ててレーサーが止める。コブラが負けるとは思っていないが、この2人がこの場で戦闘を行えば残るメンツが危なくなるからだ。
「ここまで探しておいて見つからないとなると、恐らく封印自体に隠蔽の魔法がかけられているのだろう。封印の場所を知らなければその道に辿り着けないような、厄介な魔法が」
「なるほど。それは解けそうか?」
「当然、と言いたいが、流石の僕でも時間がかかる。少なくとも2年はかかるだろう」
「長すぎだゾ」
「何百年も人の目を欺いてきた魔法を2年で解くんだ。寧ろ早いだろう」
言外にお前たちには無理だと言われ、今度はエンジェルが手を出そうとしてホットアイに止められる。こんなとこで戦闘が始まっても一銭にもならないからだ。
「ならば、より一層奴の手は必要だろう。レーサー奴をここに連れて来い。コブラ、ホットアイ、エンジェル。貴様らは正規ギルド共を排除して来い」
「遠いなァ。だが、問題ねぇ」
「しゃあねぇ、行ってくるか」
「ねえ?競争しない?一番正規ギルドを倒せた人が」
「100万
「高いゾ」
ブレインの指示に従い、各々が動き出す。
「わ、私……‼︎絶対手を貸しません‼︎」
巨大なムカデに対する恐怖と、人を人とも思っていない面々の言動への恐怖。それらに打ち勝ち精一杯の抵抗を見せるウェンディ。けれど、ブレインは小馬鹿にしたように笑う。
「いや、貸すさ。うぬは必ず、奴を復活させる」
精一杯睨みつけるウェンディ。けれど、じっと見つめられる視線を感じて、ふとそちらに意識がいった。視線を辿れば白衣の男の姿。これが色のあるものであれば、ウェンディもそこまで怯えないだろう。けれど、感じるのはまるで実験動物でも観察するかのような、感情の籠らない闇のような視線。思わずヒッという悲鳴が口から溢れる。
「ああ、ベルよ。隠蔽を解く他に、機会があれば貴様も正規ギルド共を排除してもらいたい」
「僕の仕事を増やすか。まぁ、いいだろう。造作もないことだ」
ベルと呼ばれた白衣の男はため息を溢すと、踵を返す。ほっと安堵するウェンディは気絶したハッピーを抱えて、思わず弱音を溢す。
「助けて、シャルル……ジェラール………」
思い起こすのは親友とも言えるシャルルと、かつて自身を救ってくれたジェラールの姿。次いで脳裏に思い浮かべるのは月光に輝く道化の姿。
それは突然の出会いだった。
まだ幼いウェンディが受ける依頼といえば、おつかいの延長線のようなものばかり。それでもやはり危険というのはどこにでも潜んでいるもので、薬草の採取の際、闇ギルドと遭遇してしまったのだ。逃げようにも足がすくんで逃げることも叶わず、シャルルに運んでもらおうにも既に一撃食らって気絶してしまった。
伸ばされた手に怯えて目を閉じた瞬間、目の前から人の消える気配。そして遠くに飛んでいく悲鳴。恐る恐る目を開けばそこに白い衣に身を包む道化がいた。
当時はその存在を知らず、また早々に立ち去ってしまったため名前もお礼も言えていない。だが、その颯爽と現れ人を救う姿に憧れに似たものを感じたのは間違いない。
後日、見かけた雑誌でその存在を知ってからはより一層憧れは強くなったのを覚えている。戦闘は苦手だが、いつか私もこんな風に人を助けられたらな、と何度思ったことか。
今作戦では道化が所属していると言われるフェアリーテイルが参加すると聞いて胸が躍った。しかし、残念なことに今回は不参加。この場にいるはずもない。だからこそ、ウェンディは強く願う。
「助けて、道化さん………」
気絶したハッピーを抱きしめて感じる温もりが、今のウェンディの唯一の救いであった。