FAIRY TAIL 〜Those called clowns〜   作:桜大好き野郎

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蟲王

 

 息を呑む、とはまさにこのことだろうと、呆然とする頭の片隅でウェンディは思う。

 

 白い道化装束を身に纏った憧れの人。その正体にも驚いたが、それよりも驚愕したのは目の前で行われている戦闘だ。無数の、それこそ波のように迫る蟲の大群をカイトはその場から動かず、影魔法を使って撃退していた。

 

 

偽・魔王ノ御手(デーモン・ハンド)‼︎」

 

 

 影から作り出した巨腕が大きく手のひらを広げ、カイトの動きに併せて振り下ろされる。地響きと共に広範囲の蟲が潰されるが、同時に古代人の建築物も潰されて煙を上げる。後続の蟲たちがそれに怯えることもなく襲い掛かるが、腕の一振りで彼方へと吹き飛ばされる。

 

 

「ちょっと!少しは加減しなさいよ!」

 

 

 地響きの度にウェンディが身を縮めるのを見てシャルルから苦情が入るが、カイトはカラカラと笑って応える。

 

 

「カッカッカ♪そうしたいのはやまやまなんだけどねぇ………そうもいかないみたいだ」

 

「やめろォ‼︎」

 

 

 砂塵を貫き、雨霰の様に降り注ぐいくつもの細かな針。迎撃は不可能だと判断したカイトは瞬時に防御魔法を展開。難なく防ぎきり、砂煙が晴れた先にいたのは空中を飛ぶベルの姿。単独での飛行でなく、背中には人と同サイズの蛾が貼りついている。

 

 

「貴様っ!この都市の価値をわかっているのか⁉︎無闇に破壊するんじゃあない‼︎」

 

「カッカッカ♪生憎、歴史には疎くてねぇ」

 

「チッ!低脳がっ………‼︎三夜毒蛾(さんやどくが)‼︎」

 

 

 ベルの指示のもと、周囲に展開された魔法陣から生み出された蛾。数はそれこそ十数羽ほどだが、羽ばたきひとつで大量の毛が射出される。針だと思っていたのはどうやら毛のようだ。

 さすがに何度も防ぐようなことはせず、ウェンディとシャルルを抱えて大きく飛び退く。軽い足取りで建築物の屋根の上に飛べば、背後から待っていたとばかりに現れた巨大なサソリがその尾を振り下ろす。

 

 

影犬(ブラックドック)‼︎」

 

 

 足元から現れた影犬が間一髪のところでサソリの尾を噛みちぎり、その身諸共屋根から落ちる。しかし、状況は好転していない。落ちた影犬との繋がりが切れたことから、周囲は囲まれているようだ。

 

 

「カイトさん、脚が!」

 

 

 米俵のように抱えられたウェンディが悲鳴に近い声をあげて釣られて見れば、いつのまにかカスっていたのだろう。先程の蛾の毛が脚に何本か刺さっており、その脚が倍近く腫れ上がっていた。試しに動かしてみようとするが、脳天を突くような過剰な痛み。反射的に声を圧し殺すことはできたが、これでは移動もままならないだろう。

 

 

「待ってください、今治療を!」

 

「待ちなさい、ウェンディ!アンタ、また気絶したいの⁉︎」

 

「でも………!」

 

「ふん。最早これまでだ。さぁ、その実験体を渡してもらおうか?」

 

 

 空中で勝ち誇るベルに、カイトの治療の有無で騒ぐウェンディとシャルル。少し前ならばそれらの喧騒がノイズにしか聞こえなかったかもしれないが、今は違う。冷静に状況を分析し、淡々とウェンディとシャルルを守護する手段だけを模索する。

 なぜこんなにも2人を助けようとしているのか、カイト自身もよくわかっていない。けれど、心が叫んでいるのだ。守護せよと、救えと。ミラジェーンに召喚(よばれた)時に似た使命感のみが胸中を支配し、カイトは冷徹に判断を下す。

 

 

「シャルル、ちょっとウェンディちゃんの目を塞いでな!」

 

 

 何を、とシャルルが問い返す前に、カイトの影から2振の剣が伸び出す。それが交差する場所に腫れ上がった患部を見た瞬間、何をするのかわかったシャルルが急いでウェンディの顔に張り付く。

 

 

「きゃっ‼︎シャルル⁉︎」

 

「いいから!アンタは目閉じてなさい!」

 

 

 ウェンディの視界が封じられたことを確認すると、容赦なく剣が交差して、患部を切り落とす。一瞬の喪失感、けれどまばたきの内に新たな脚が生える。

 ワース樹海で血を啜ったお陰でこのくらいの数であれば瞬時に回復できるようになっていたカイト。不敵に笑うカイトを興味深そうにベルは睨む。

 

 

「ほう、再生者(リジェネーター)か」

 

「ま、そう思ってくれていいよ。シャルル、もう大丈夫だよ?」

 

「その足どうにかしていいなさいよ‼︎」

 

「ああ、そうだった……ねっ‼︎」

 

 

 足元から伸びた影が残骸を掴むと、勢いよくベルに向かって投げつける。舌打ちひとつ、反射的にそれを手で弾けば、屋根の上にいたはずのカイトたちがいないことに気がつく。

 どこに?と疑問を感じて視線を少し巡らせれば、ウェンディとシャルルの悲鳴を片手に、屋根を飛び回りながら逃げるカイトの姿があった。

 

 

「きゃあぁああぁあ⁉︎」

 

「ちょっとぉおおおお⁉︎」

 

「カッカッカ♪」

 

「くそっ!追えっ‼︎」

 

 

 蟲たちに指示を出してすぐさまそちらに向かわせる。こういう時にこの魔法は頼りにならないと内心毒づくベル。蠱毒の魔法は確かに強力である。毒を精製するとなれば話は別だが、蟲単体であれば魔力はそう消費しない。けれど、生み出した蟲は単純な命令をひとつしか聞けず、行動と攻撃はその都度指示を飛ばさなければならないのだ。

 

 屋根に着地して、すぐさま高い跳躍を繰り返すカイト。こうも激しく上下されては蛾の狙いも定まらず、着地地点を狙おうにも蟲たちはまだ追いついていない。そして最後尾の蟲が移動した瞬間、ベルはカイトが心の底から笑ったように見えた。

 

 

「あーあ。追いかけて来ちゃったねぇ♪」

 

 

 醜悪な、加虐的な、悪魔のような笑み。それを見た瞬間、ぞくりとベルの背筋が震える。

 

 

「混沌魔法」

 

「っ!やれェ‼︎」

 

虚口ノ大穴(きょこうのおおあな)‼︎」

 

 

 破れ被れの特攻。それはベルもわかっていた。この攻撃は通らないと。自らの背を支える蟲だけを残しての暴力の波。けれど、誰が予想できるだろうか。巨大な魔法陣が展開されたかと思うと、刹那盛り上がった影でできた巨大な口が、歯茎を剥き出しにその直線上にいた蟲たちを余すことなく飲み込んでしまうなど。

 

 しかし、焦りは一瞬。確かに、たったひとつの魔法で消されたのは驚いた。だが、呑まれた蟲たちのほとんどはローコストで生成できる毒を持たせていない蟲ばかり。流石に同数をすぐさまに創り出すことはできないが、それなりの数は用意できる。

 すぐさま反撃を、と魔法陣を展開しようとした瞬間、視界を覆うほどの影の口が消え、更地へと成り果てた跡を飛び越えてこちらへと飛び込んでくるカイトの姿。拙いと驚愕する間もなく、カイトの魔法が駆り出される。

 

 

混沌ノ爪(カオス・クロー)‼︎」

 

「ぐぅっ‼︎⁉︎」

 

 

 防御間に合わず、カイトの魔法はベルを袈裟斬りにし、背後にいた蛾の翅を切り裂いた。空中に留まることの出来なくなったベルは錐揉み回転しながら、ニルヴァーナへと落ちるのであった。

 

 続いてカイトも影の魔法を使って落下の衝撃を和らげる。それまで肩に担いでいたウェンディを降ろすと、顔色の悪くなったウェンディがすぐさま膝をつく。

 

 

「き、気持ち悪いです………」

 

 

 激しく上下運動に加え、急激な方向転換。三半規管が狂って、目を回すのも仕方がない。吐き気を抑えるウェンディを宥めながらシャルルはカイトに噛み付く。

 

 

「もうちょっと優しくできないの⁉︎」

 

「カッカッカ♪いやぁ、あの魔法、展開に時間はかかるわ、術者諸共巻き込むわで使い勝手最悪なんだよね♪よしよし、ウェンディちゃん、吐きたいなら吐いた方がいいよ?」

 

「うぅ……」

 

 

 ウェンディの背中をさするカイトに、触るなと激怒するシャルル。シャルルからすればカイトは怪しさ全開の不審人物。やることなすこと不快に思うし、何より洞窟の一件がそれに拍車をかけていた。今この場では頼りにしているが、油断はしないとキツく睨みつける。

 

 それがわかっているのか、これはどうしようもないと仮面の下で笑みを浮かべて両手を上げるカイト。その仕草がより一層不信感を抱かれているというのに。

 

 

「さてさて、このままここにいてもしょうがないし、どうにかしてコレを止めないとねぇ♪」

 

「ぅぅ………そ、そうだ!早くしないと化猫の宿のみんなが!」

 

「おや、そうなのかい?だとしたら、尚更止めないとーーーッ‼︎」

 

 

 刹那、カイトが腕を振るうと同時に甲高い音が辺りに響く。視線の先、カイトの腕で受け止めているのは、胴回りだけで人ひとりの大きさはある巨大ムカデ。強襲事態、問題ではない。問題はコレを生み出した術者がまだいることだ。

 

 

影犬(ブラックドック)‼︎」

 

「ひゃあっ⁉︎」

 

 

 カイトの足下から生み出された黒い大型犬。言葉なくともカイトの指示を察し、ウェンディを背中に乗せシャルルを口に咥えると、すぐさまその場から離脱する。犬とは思えない跳躍を繰り返し、屋根伝いで目指す先は1番近いナツたちの元。

 別れも何も告げず、困惑するウェンディを他所に、カイトはムカデを切り裂くと、その先にいるベルを睨む。

 

 手応えはあったはず。死にはしなくとも、暫く動けない怪我を負わせたはずのベルの身体には、確かに大きな血の痕がついている。けれどそれが広がる様子もなく、荒い呼吸をしているが傷を負っているようには見えない。レンズの壊れたメガネを投げ捨て、忌々しいとばかりにこちらを睨んでいる。

 そしてなにより、その身に纏う雰囲気が変わっている。油断できない、何をするかわからない、見逃せない雰囲気。先程のようにウェンディたちを庇いながらでは難しいとカイトは判断したのだ。

 

 

「それで?なーんで化猫の宿を狙ってるのか、教えてくれたら嬉しいんだけどねぇ」

 

 

 ゆるりと構えながら視線は外さず、そして周囲に影を散らす。一挙手一投足見逃すまいと睨みを効かせるカイトを、ベルは鼻で笑う。

 

 

「ハッ!サルが。かつてニルヴァーナを封印したニルピット族、その末裔である化猫の宿を標的にするのは当然だろう?」

 

「ニルピット族?」

 

「古代人の名だ。善悪を反転させる超魔法、ニルヴァーナを棲家とし、そして滅びたはずの歴史の影。ふん、ニルヴァーナを創り出したことは認めるが、所詮は滅びた民族。僕ならもっと上手く扱える」

 

 

 ベルの言葉に、ああなるほど、と納得のいくカイト。ワース樹海に入ってから起こしていた頭痛の原因が判明したのだ。

 反転魔法で周囲の悪を善に塗り替えたとしよう。確かに周囲に悪意を持つ人間はいなくなるかもしれない。けれど、塗り替えられた悪意というのは消えないのだ。悪意はニルヴァーナに充満し、そしてやがてそこにいる人々に影響を与える。その先にあるものを語るべくもない。

 

 そうして死んでいた者の怨念、怨嗟、恐怖。それらがカイトに影響を与えていたのだ。人よりも魂というものに理解のある吸血鬼は格好の依代だったのだろう。我が無念を晴らさんと、我が仇を討たんと、我が怨念を報いらんと。

 1人2人ならまだしも、何百何千という悪意に押し潰された結果がアレだ。内心くだらない、と一蹴するカイト。それは死んでも尚恨みを晴らさんとする魂と、そんな魂に踊らされた自身に対しての言葉だった。

 

 さて、ここまで素直にベルが話したのは、なにも彼が心優しい人物だからと言うわけではない。知られても問題ない、知っていても対処できないという驕りからだ。

 

 

(周囲に蟲の気配はない。魔法を発動させた瞬間、拘束をーーーッ‼︎‼︎)

 

 

 そう考えたところで、視界からベルが消えた。そして次の瞬間、カイトの背後から現れたベルが頭を掴み、力の限り地面へと叩きつける。轟音と共に蜘蛛の巣に割れる地面。そして突然のことで一瞬、カイトの脳内が白に染まる。

 

 

「本来であれば、こんなもの使いたくはなかったが………貴様は図に乗りすぎた」

 

「ッ!クソッ‼︎」

 

 

 反撃として周囲に展開した影から拳を飛ばすが、先程と同じように瞬きの内にその場から消え、気づけば攻撃する前と同じ場所に立っている。瞬間移動、などではない。地面に濃い足跡が残っていることから高速での移動。それも視界に捉えることが難しい速度。

 

 単純な強化魔法ではないだろう、と思案するカイト。これほどの出力ならば蟲を出さず初手で使えば済む話。けれど、そうしなかったということは何かしらのデメリットがあるのだろう。

 それを察したのか、ベルは鼻で笑うと自らの手札を公開する。

 

 

「ふん。貴様の考えている通り、蟲王(バアル・ゼブル)には欠点がある。だが、それよりも早く貴様を倒せば済むことだ」

 

 

 自らの魔法を明かし、欠点があることさえ認める。内容から察して時間が経てば経つほどデメリットが大きくなるのだろう。即ち、カイトは遅延戦闘に徹すればいい。しかし、問題点はベルの言う通り、時間を稼げるかどうかだ。

 

 

身体機能(スペック)は圧倒的に向こうのほうが上。小手先だけの搦手じゃ打ち破られるね、これは)

 

 

 封印を解放してしまえば差は縮まるかもしれないが、しかし自我を保てるかどうかの不安要素が大きい。どうしたものかと思案するカイトのすぐ横で、「ああ、勘違いしているようだが」とベルの声がした。

 

 

「単純な強化魔法と一緒にしないでくれたまえ。この魔法は僕が独力で作り上げた、蟲の力を身に宿すものだ。即ち、毒の脅威は去っていないのだよ」

 

 

 反射的に爪を振るうが、ベルは片腕のみでそれを防ぐ。代わりにとばかりにガラ空きになった胴体にベルの抜手が突き刺さる。瞬間、攻撃されたら箇所から燃えるような痛みが広がる。神経を直接焼かれるような激痛に叫びそうになるが、開けた口から悲鳴の代わりに魔法を放つ。

 

 

混沌ノ息吹(カオス・ワッタス)‼︎」

 

 

 白と黒の業火がベルを包んだかと思いきや、そこにその姿はない。どこに行った?と探すよりも早く、上空から針の嵐が降り注ぐ。

 腕を交差してそれを防ぎ、上空を睨めば背中から先程の蛾と同じような羽を生やしたベルがいた。いくつか腕に刺さった針から注入された毒がカイトの腕を侵し、何倍にも膨れ上がる。身を捩るだけで走る激痛に顔を顰めながら、影から出てきた鋏が患部を斬り落とす。そうして再生した腕で今度は胴体の患部を抉り取り、再生させる。

 

 

「ふん。悪あがきを………大人しく死んでいればいいものを」

 

「カッカッカ♪フェアリーテイルの諦めの悪さ、舐めてもらっちゃあ困るよ」

 

 

 精一杯の強がりひとつ。森の中で吸血したお陰で魔力は溢れんばかりに残っている。だが、それを活用できないというのは何とも歯痒いものだ。果肉の策として足元の影を広げ、魔法を発動する。

 

 

偽・魔王ノ拳(デーモン・ハンド)‼︎」

 

 

 視界を覆う程の巨大な拳。しかし、ベルは一瞥しただけでその魔法を受け止める。ベルの身体には現在、甲虫の躰のように鎧に覆われており、ちょっとやそっとの攻撃では傷つけられないようになっている。それに加え、蟲の力と素早さ、さらには毒性まで備えているのだから厄介極まりない。

 けれど、弱点はある。この魔法を発動中、魔力はもちろん理性や知性を犠牲にしているのだ。これは一種の代償魔法。削られた理性や知性は魔法を解除しても戻らない。

 

 ベルの厄介な点は殲滅力だけではなく、その知性だ。それは単純に頭がいいというわけではなく、魔法陣を理解し、組み替え、再構築する理論の組み立てが上手いのだ。かつて最年少で魔法開発局に所属していた経歴もあり、その点だけであればブレインよりも上だ。

 無論、この魔法はベルからすれば失敗作。けれど、それに頼らなければならないほど追い詰められている証左でもある。

 

 

「ふん。この程度ーーーッ⁉︎」

 

 

 余裕綽々とばかりに受け止めた魔法。だが、次の瞬間同じ魔法が上空からベルを押しつぶす。舞う砂塵の中、怪我はないが虚仮にされたベルの頭に血が昇る。苛立ち混じりに砂塵を振り払えば、屋根を伝いながら遠くに逃げるカイトの姿。

 

 

「逃すかっ‼︎」

 

 

 背中の羽を羽ばたかせて、すぐさまカイトに追いつくベル。驚愕に染まる顔に優越感を見出し、腕の一振りでその顔を吹き飛ばす。しかし、吐き出すのは血ではなく無数の黒い蝶。呆気にとられるベルを蝶は包み込み、次の瞬間爆炎が包み込んだ。

 

 それを建物の影からこっそり覗き確認したカイトは、急いで真逆の方へと走り出す。今のでどうにかなるとは思っていない。しかし、目眩しの時間が稼げれば充分。道すがら影で作り出した分身を四方八方に放り、本体である自身を紛れ込ませる。

 

 

(見たところ、身体強化に近い魔法。索敵なんかには向いていないはず。多分、蟲を出さないってことは、大部分のリソースをそちらに割かないと発動できないんだろうね)

 

 

 はず、だろう。情報が少なく、そんな憶測でしか作戦を立てられない現状。これがもし間違っていたら確実に負けるのでカイトとしては当たってほしいところだ。

 そして、カイトの憶測は完全に裏切られた。

 

 

「そこかっ‼︎」

 

 

 爆炎から現れたベル。羽は燃えて最早飛行は不可能となったが、その身体に傷はない。頭部から生えた2本の触覚がカイトを捉え、そして分身など意に介さず本体へと直線距離で向かう。

 そして響く轟音と衝撃。カイトに追いついたベルはその頭を地面に押さえつけると、怒りに身を震わせる。

 

 

「小癪な真似を………‼︎貴様達低脳なサル共は、大人しく僕の意志に従っていろ‼︎」

 

 

 口元から涎を垂らし、左目が複眼となりつつあるベルの知能は明らかに低下している。けれど、強い怒りが、身を燃やすほどの憤怒がなけなしの理性を保たせ、なんとか現状把握できている状態だ。

 

 

「ッ‼︎千影万化(せんえいばんか)‼︎」

 

 

 周囲に散らした影を刃物に変換させて攻撃を試みる。けれど、赤黒く染まった皮膚を貫通することは叶わず、内心で苦心する。確かにベルの魔法は時間経過によるデメリットが存在する。だが、同時に時間経過によるパワーアップの効果もあったのだ。それは完全に計算外。力だけで言えばエルザよりも既に強い。逃げ出す術を模索するよりも早く、カイトを地面に押し付けたままベルは走り出す。

 

 巻き込まないようにしていたはずの遺跡を破壊しながら、真っ直ぐに。血の軌跡を残しながら、ただただ真っ直ぐに進むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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