FAIRY TAIL 〜Those called clowns〜 作:桜大好き野郎
ベル、という人間を一言で表すのなら“天才”だろう。
齢3つにして言葉を流暢に操り、10になるころには大人顔負けの頭脳を有していた。特別な生まれ、というわけではなく、ごくごく一般的な家庭の一般的な両親から生まれた天才。両親はこれに喜び、多大な愛を持って育てた。
そうして出来上がったのは他を見下し、己の頭脳に絶対の自信を持った子供。実際に優秀な頭脳や成績を修め、15歳という年齢で史上最年少の魔法開発局局員となったのだから手に負えない。
いくつもの論文をまとめ、いくつもの魔法を開発し、羨望と妬みの的になっていたベル。けれど、上には上がいるように、天才の上にもまた天才がいたのだ。
「紹介しよう。彼はジークレイン、今後この開発局の一員となる人物だ」
青い髪に頬に目立つ刺青をいれた、新人。初めはその程度の認識だった。どうせ自身の足元にも及ばないだろうと、たかを括っていたのだ。自身よりも若く、僅か14歳でエリートの集まる開発局に身を置くのは確かに腹立たしい。けれど、所詮はそれだけだと意識の外に外したのだ。
けれど、現実は違った。
若くして所属するだけあり、その業績は日を追うごとに積み上げていくではないか。そうして、1年も経てばその存在は誰もが認めるようになっていた。
「ジークレイン、聞いたぞ。この間の論文、評議会の中でもかなり評価が高いらしいじゃないか」
「ああ、ジークレイン。この間はありがとう。お陰でなんとか魔法を組み立てることができたよ」
「ジークレインさん!よかったから、この後お昼でもご一緒にどうですか?」
周囲の皆が皆、声を上げてジークレインを褒め称える。それがなんとも面白くない。奥歯を噛み締め、誰もいなくなった部屋の中、机の上でペンを握る。新たな論文を、新たな魔法を、とどれだけ励んでもジークレインには遠く及ばず、どころか焦りで視野が狭くなっていたのか些細なミスが増える始末。
「ベル先輩、ここの魔法陣間違えてますよ」
そうジークレインに指摘された瞬間、ベルの頭の中は憤怒に染まる。辱められた、とそう感じたのだ。
「くそっ!どいつもこいつも………っ‼︎なぜアイツばかり見る‼︎なぜ僕の成果を見ない‼︎」
握りつぶしたペンからインクが溢れ、途中であった論文を黒く染める。しかし、それが気にならないほどにベルの頭には不満が募っていた。何より嫌なのは、こちらを見ないことだ。視線をこちらに向けていてもベルにはわかっていた。あいつはこの僕をただの踏み台や通過点としか見ていない、という事を。
実際、ベルは優秀である。けれど産み出す魔法の多くは人権被害を無視した物が多く、評議会から却下される事が多いのだ。だが、ベルはそれを認めない。評議会もグルなのだと勝手な妄想に陥ってしまう。
だからこそ、強硬手段に出たのだ。
誰もその存在を見ようとしない、無かったことにしようとするものを表に出そうとしたのだ。
フィオーレ王国に管理された禁書庫。そこに侵入し、保管されていたニルヴァーナの書を見つけた瞬間、これだと感じたのだ。これを白日の元に晒せば、誰も自身を侮ることなどないと、歓喜に震えた。
けれど、当然禁書庫に侵入するなど犯罪であり、そうでなくとも侵入する過程で幾人もの番兵を蟲の餌としていることからベルはその場で捕獲。捕まえたのは他でもないジークレインだった。この事をきっかけに評議員入りが確実と噂されるようになったが、それはさておき。
薄暗い地下で、死を言い渡されるのを待つばかりのベルはやはり反省などしておらず、格子の間から天井を、その先にあるであろうジークレインに怨嗟に満ちた視線を向ける。
出される食事に手をつけず、恨み骨髄とばかりに過ごしていれば、突然面会に来たのは局長であるブレイン。
「………何のようだ?」
ぶっきらぼうに、いっそ拒絶するようにベルがそう言えば、ブレインは不敵に笑みを浮かべる。腐っていたならば見捨てようと思っていたが、その瞳に陰りはない。これならば利用できると、歓喜に満ちていた。
「うぬをそこから出してやろう」
「ふん、戯言はやめておけ。いくら局長の立場だとしても、死刑囚を牢から出せるほどの権限はないはずだ」
「局長、ならばな」
含みのある言い方に片眉を上げ、怪訝そうに顔を顰める。そうしてブレインは自らの正体を明かした。
「ワシは闇ギルド、六魔将軍の1人。この程度、造作もない」
「………見返りはなんだ?」
「うぬが禁書庫で見たモノの情報をもらおう」
本来であればブレイン本人が禁書庫に忍び込み、目当てのニルヴァーナに関する情報を盗み出すつもりであった。けれど、ベルが侵入したことにより強化された警備を抜けるのは中々の骨だ。
だからこそ、ブレインはベルに手を差し出す。これで何も覚えていないようであれば手のひらを返してしまうのだが、ブレインはそれはないと断定する。性格に難はあるが、ベルの頭脳は確かに本物だ。そうでなければベルは今頃クビになっているはずだ。目にした範囲ではあるが記憶していると確信していた。
少しばかり考えたベルは、「いいだろう。だが、条件がある」と不遜な態度を崩さない。それが面白く、そして計画が進む事に歓喜してブレインは笑う。
その日、死刑囚のベルの姿が牢屋から消えていたのは言うまでもない。牢屋に破壊の後はなく、ただただ忽然とその姿を消していた。同じ頃、ブレインも局長の座をジークレインに譲り、その姿を消す。一度は関連づけられた2人の関係だが、その軌跡を追うことはできずに事件は闇の中へと消えてしまったのだ。
死刑囚という立場から逃れられ、仮初の自由を手に入れたベル。風の噂でジークレインの正体を知り、評議員から外されたと聞いた瞬間はざまあみろ、と鼻で笑ったが恨みが消えたわけではない。
今度こそ、あいつを越えようと。今度こそ、あいつよりも認められようと。今度こそ、あいつの視界にはいるのだと。
◇◆◇◆
「ジェラール‼︎」
「エルザも一緒よ」
「ウェンディ、無事だったか」
カイトの手によって逃されたウェンディとシャルル。行き着いた先にいたのは乗り物酔いでまともに動けないナツと、それを連れ去ろうとするブレイン。そしてそれを止めようとするジュラ、ルーシィ、グレイ、ハッピー。ジュラの活躍によりブレインは倒され、乗り物酔いのナツを治療したウェンディはニルヴァーナを止めようとする5人とは別行動。他に止める術がないのかを探していた。
そしてその道中、六魔最後の一角のミッドナイトを打倒したばかりのエルザとジェラールに合流したのだ。
「君は……?」
恩人であるジェラールが自身の事を忘れている。それがショックで表情に影が落ちるが、エルザが記憶を無くしていることを説明すると、納得する。
けれど、やはり近づいてみてからこそ、疑問に思う。あの時助けてくれたジェラールとは、どこか違う匂いを感じるのだ。そんな疑問を他所に、ニルヴァーナは目的地である化猫の宿へと進路を進む。
「アンタ、ニルヴァーナの止め方までわすれてるんじゃないでしょうね⁉︎」
「最早、自律破壊魔法陣も効かない。これ以上打つ手がないんだ、すまない」
「そんな……」
ジェラールならば、と考えていただけに、その落胆は大きい。どうにかしたものか、と頭を悩ませていれば、遠くから断続的に聞こえる破壊音。それがこちらに近づいているとわかったエルザは即座にそちらを振り向き、剣を構える。
「どうしたんですか?」
「離れていろ。何か、来るぞ‼︎」
一瞬の困惑。遅れて正面にあった遺跡が音を立てて崩れ、破壊音の正体が現れる。そこにいたのはベル。だが、その右眼は完全に複眼となり、口の端から正面に向かって牙が覗いている。左腕は前腕が肥大化して黒と黄色のストライプ柄となっており、臀部からはその腕よりも太い節くれ立つ尻尾。その先端には毒針が顔を出していた。
乱雑にまとめていた髪を振り乱し、右手には削られた肉片を持つベルの姿にウェンディは思わず短い悲鳴を上げて、それを庇うようにエルザが前に出る。自然と剣を握る手に力が入り、相手からひと時も目を離さない。
荒い呼吸をしていたベルはジェラールを視界に捉えると、肉片を投げ捨てて、憤怒に満ちた声で叫ぶ。
「ジェラァアァアァアル‼︎」
「‼︎⁉︎」
油断も、予断もしていなかった。だと言うのに、エルザの視界に捉えていたはずのベルは気づけばエルザの背後に周り、尻尾の毒針をジェラールに突き刺さんと振り上げていた。その針がジェラールを貫く直前に割って入り、剣で防ぐことは出来たが、勢いそのまま2人とも押し出され壁に激突してしまう。
「邪魔を、するなァ‼︎この、
振り上げた毒針を何度も砂塵の向こうのエルザたちに振り下ろし、その度にエルザが剣で薙いで防ぐ。視界が悪い中、卓越したエルザの技術で怪我は負っていないが、それでも防戦に回る他ない。
「や、やめてェ‼︎」
「ウェンディ⁉︎」
なんとかしなければ。そんな使命感に襲われてか、ウェンディの体当たりがベルに当たる。けれど、体格差のある相手にそんなものは意味をなさず、けれど興味を引いたのかそちらに視線が注がれる。
色も温度もない視線がウェンディを貫き、短い悲鳴をあげた瞬間、その背中をシャルルが掴んで飛翔し、砂塵から飛び出したエルザが剣を振るう。
「もう!アンタは無茶ばかりして‼︎」
「シャルル、でもっ‼︎」
「2人とも、ジェラールを連れて離れてくれ」
魔力も残り少なく、短い間でしか飛行が叶わず、シャルルはエルザの背後に降り立つ。抗議しようとするウェンディだったが、エルザの言葉にはっと前を向けば、紅羽の鎧に換装したエルザの一撃を左腕で受け止め、鍔迫り合いをするベルの姿。振るわれた右腕と尻尾を横に避けて躱し距離を開かないようにしているが、それも長くは続かないだろう。
助けに入ろうにも、下手な介入は返って邪魔になると判断した2人。壁に押し付けられ、痛めたのか肩を押さえながらも心配そうに行く末を見守るジェラールに駆け寄るウェンディとシャルル。
「ジェラール、早く!」
「だが、エルザが………っ!」
「ここにいても邪魔になるだけよ!さっさと動きなさい‼︎」
壁にもたれかかる形で倒れていたジェラール。ウェンディたちが何とか逃がそうとするも、エルザが心配で動こうとしない。シャルルに檄を飛ばされるが、そんな事はジェラール自身が1番わかっている。
魔法とはとことん突き詰めると、イメージの力だ。自身に何ができて、何かを望んで、それを現実に反映する力である。無論、それに準ずる技術も必要であるが、大切なのは想像することなのである。
記憶を失い、己がかつて使っていた魔法すらも忘却してしまったジェラールに魔法は使えない。何ができて、何ができないのかイメージが湧かないからだ。
奥歯をぐっと噛み締め、剣舞を披露するエルザを見やる。先端速度が捉えられないほどの速さで剣を振るい、次々と迫る攻撃を防ぐ姿に自身の入る余地はない。苦悶の末、「………わかった」と呟き、ウェンディの手をとって腰を上げようとした瞬間からである。
「逃スかァアァアァア‼︎」
ベルの右肩が盛り上がったかと思うと、そこから甲殻類の持つような巨大な鋏が生まれる。大きく開いた鋏はジェラールとウェンディを壁に縫い付け、その場から動けなくする。
一瞬の虚をつかれ、拘束を許してしまったエルザだが、すぐさまその根本を叩き切ろうと剣を振るう。しかし、ただでさえ両手と尾の手数に悩まされている中、そこまでの余裕は生まれない。その隙を突かれあえての一撃を貰うことを考えるが、尾や爪の先端から溢れる毒液が地面に垂れると、そこが煙を立てて溶けていることから危険だと判断していた。
「くそっ‼︎」
思わず悪態が溢れてしまう。拘束を逃れたシャルルが何とかウェンディだけでもと鋏を引き離そうとするが、やはりと言うべきかびくともしない。そうしている内に鋏の感覚が徐々に狭まっていることに気がつく。
「うそっ‼︎エルザ、早くそいつを倒しなさい‼︎この鋏、閉じていってるわ!」
「なにっ⁉︎」
「ぐぅうっ‼︎」
「ジェラール……っ‼︎」
自身のせいで巻き込んだと自責の念に囚われたジェラール。何とかウェンディだけでもと鋏に対抗しようと身を捩るが、無骨な見た目に反して、その切り口は鋭利で接触箇所から血が溢れる。けれど、ジェラールは止まるつもりはない。例えこの身が裂かれようと、彼女だけでも助けなければ他でもないエルザに顔向けができなくなる。
ウェンディの泣きそうな表情を意にも返さず、ジェラールは渾身の力をもってして抵抗する。
(誰か……っ‼︎)
祈る。無事を、安全を、救出を。最悪自身はどうなってもいい、けれどジェラールだけは、と乞い願う。けれど、エルザは手を貸せる状況ではなく、シャルルも力が足りない。それでも祈りを叫ぶ。
かつて助けてくれた人の名を。
憧れの人の名を。
羨望する人の名を。
「カイトさんっ‼︎‼︎」
「ああ、呼んだね、俺の名を‼︎」
ベルの投げ捨てた肉片からカイトが現れ、鋏が根元から叩き切られる。激痛で攻撃の手が緩んだ瞬間、エルザの横薙ぎの一撃がベルを弾き飛ばした。
崩れる壁から視線を逃さず、エルザは安堵と苛立ちの混じったような声で咎める。
「もう少し早く出てこれなかったのか?」
「カッカッカ♪無茶言わないでよ、流石に身体の大部分を削られたらきついよ」
けらけらと、いっそ普段通りのカイトに安堵、そして同時に苛立ちからその頬を一発殴る。酷いと抗議するカイトだが、視線は自然と背後のジェラールとウェンディへ。満身創痍で肩で息をするジェラールと安堵からか腰が抜けたウェンディ、それを確認すると前へ向き直る。
「さぁてさて、何でジェラールがいるのか、色々問いただしたい所だけどそれは後回しにしよう」
「どうした?珍しくやる気だな」
「まぁ、同じ相手に何度もやられたからね。それに、助けを願われたんだ。無様な姿は見せられないよ♪」
白い道化衣装を身に纏い、弾き飛ばされたベルを見据える。そして現れたベルは変化が進み、右腕も同じように肥大化し、顔の右半分が蜂のような顔つきへとなっていた。発する言葉も聞き取りづらく、その殆どがガラスを引っ掻いたような甲高い音にしか聞こえない。
一足飛びでカイトたちの前に現れたかと思うと、その両腕を振り下ろす。爪の先端から溢れているのは腐食性の高い猛毒。喰らえば骨の髄まで溶けてしまう。だが、ベルが腕を振り下ろすと同時に引き裂かれる空間。まるで一枚の絵のようにたなびくカイトたちがふわりと空中に消える。
「さぁ、幕を開こう。これなるは今は亡き都、歴史の彼方へと消えた
声高々にそう告げるカイトの声。振り返れば廃屋のひとつ、その屋根の上で優雅に謳う。もはやベルに人の意識はほとんどない。あるのは擦り切れた記憶と怒りのみ。ベルの尻尾がカイトに向けて伸ばされるが、刺さる直前にどろりとカイトが溶けて空を突く。
そうして、いつの間にか隣に立っていたカイトが魔法を発動する。
「
反射的に振るわれたベルの腕。だが、その刹那地面から迫り上がった影がその行く末を阻み、腕が影の中に沈む。まるで水面に腕を入れたかのような抵抗感のなさに嫌悪と警戒し、大きく飛び退く。
影はそれだけに収まらず、そこを起点に溢れ出した影は廃都を飲み込み、その風景を作り替える。そうして出来上がったのは少し大きめな街の風景。ベルの立つ大通りの正面には噴水が作られ、それを囲むようにベンチが置かれている。街路樹やアパート、一軒家に遠くに見える時計塔。そのどれもが影で形作られ、閑散とした街並みを作り出していた。
けれど、人の意識が希薄となったベルに焦りや戸惑いはない。獲物を探すように辺りを見回すが、左右の建物の壁から伸びた巨大な双腕が指を組み、ベル目掛けて振り下ろされた。
反射的にそれを躱すベルだが、その先で地面から突き出した幾つもの槍がその脚を止めた。身体に傷はついていない、だが、動きを止めるには十分。左右から飛び出した手のひらが勢いよくベルと激突し、衝撃から血反吐を吐く。
「カッカッカ♪さぁ、舞台は整った。共に踊ろうじゃあないか。手足がもがれても踊り、血反吐を吐いても尚踊り、魂が擦り切れるまで踊り続ける
「ジ、ィィィッ‼︎」
甲高い音で鳴いて、腕の拘束を振り払ったベルが通りの向こうにいたカイトへと飛ぶ。けれど、その攻撃が届くよりも早く足元の影に沈むと、代わりに影の拳がベルを空中へと突き上げた。
影を操るカイトにとって、影でできたこの空間は既に掌の上。上下左右どこからでも攻撃が可能であり、範囲内であればどこにでも逃げられることが可能であるのだ。その代わり、かなりの時間をかけて魔力を練り込まなければならず、高速戦闘などでは使えないのだが。
宙に浮いたベルを別の腕が地面に叩き落とし、近くから現れた黒犬たちがその身に牙を剥ける。けれど、その身体に牙は通らず黒犬たちは尾の一振りで倒されてしまった。
しかし、ベルも全くの無傷というわけではない。外骨格が硬いとはいえ、その中身は柔いまま。衝撃を喰らえばもちろん、中身に傷はつく。口からとめどなく血反吐を流しながらも、ベルは辺りに攻撃を加えるが、そのどれもが意味をなさない。
「ド、コ………ダァ‼︎」
金切り声混じりに聞こえる憤怒の声。腐食性の毒を辺りに散らしても変化は起こらず、お返しとばかりに足元から現れた大蛇がベルにまきつき締め上げる。
鉄さえ押し潰す蛇の締め上げを、ベルは後も容易く引き裂けば、散り散りになった破片から生まれる黒い蝶。それらの姿を捉えたかと思うと次の瞬間には爆発。炎と煙がベルの身を包んだ。
「ジ………ラル………ラァル……!ジェラァアルゥ‼︎」
最早、ベルの渦中にあるのはジェラールへの怒りのみ。爆煙を切り裂き、金切り声混じりの音で叫び、ジェラールを探す。
「おいおい。ダンスパートナーそっちのけで他の男を呼ぶのかい?それは無粋が過ぎるよ♪」
「ジィイイ‼︎」
近くの通りから現れたカイトが視界に入った瞬間、その身が尾で貫かれる。けれども、どろりと泥のように溶けて意味を為さず。そして動きが止まった一瞬の隙を、足元から昇る拳が捉えた。
高く高く、空中へと放り出されるベル。そして、その後を続くようにカイトが宙を舞った。
身に纏う白い衣が月光に反射して煌めき、道化のようでありながら美しくもあるその姿に見惚れるような感性を、既にベルは持ち合わせていない。
「ジェラァルッ‼︎」
自身より高みに昇るカイトに向かって突き出された尾。それは深々とカイトの脇腹に突き刺さり、鮮血が宙を舞う。刺された箇所から毒が回り、ぐずぐずと組織を溶かしていくが、はっきりとした意志でカイトは尾を掴む。
「捕まえた♪」
死に体のどこにそんな力があるのか、万力の如き力で掴まれた尾を抜くことができず、そして反対側に集められた魔力を見て、ベルの反応が警鐘を鳴らす。尾を振ろうとするが、しかし、地面から伸びた影が関節を硬めてしまう。
腕にのたうつ魔力の奔流。それは腕に収まらず、肩を伝い、まるで巨大な刃のように空へと昇る。
「ジ、ジィイイイイ‼︎」
負けたくないという気持ちか、はたまたただの本能的な行動か。変化が進み人間性を完全に捨てた蟲のような身体となるベル。肩と脇から新たな鋏と、鎌のような腕が生えそれらをカイトに向けて伸ばす。けれど、もう遅いのだ。
「
繰り出されたのは遥かに巨大な混沌ノ爪。黒と白で彩られたそれはベルの攻撃を弾き、ベルの身を飲み込むとそれでも飽き足らず眼下のニルヴァーナの脚のひとつを切断し森の中へと消えていく。
上々の出来だと内心ほくそ笑み、毒の回ったカイトの身体は月光に照らされる中、ボロボロと崩れ溶けていくのであった。