FAIRY TAIL 〜Those called clowns〜   作:桜大好き野郎

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推奨挿入曲:Lycoris/朝香智子

※詰め込み注意



別れ

 

「っぶね‼︎みんな、無事か⁉︎」

 

「ぷはー」

 

「あぎゅ‼︎」

 

「ぶはぁっ‼︎」

 

「エルザさ〜ん!よかったぁ‼︎」

 

「な、何だその体は⁉︎」

 

 

 ニルヴァーナの崩壊と共に、命からがら脱出に成功した面々。一足先に崩壊から免れたグレイが点呼の確認をし、続くように大きく息を吐くルーシィとハッピーとナツが。少し遅れてエルザが到着し、その後をついてくるように一夜が現れる。最後尾となったのはジェラールの代わりに魔水晶を破壊したウェンディとシャルル。瀕死から動ける程度に回復したジュラの助けもあり、その場にいる全員が大きな怪我はしていないことを確認する。しかし、その場にカイトの姿はない。

 

 

「カイトさんは⁉︎ジェラールもいない‼︎」

 

「見当たらんな」

 

「あのヤロウ……まさか、迷ったんじゃねぇよな」

 

「ンなの、許さねェゾ‼︎」

 

「やめろ、ナツ‼︎」

 

「カイトさん‼︎」

 

 

 グレイの言葉に不安が煽られ、崩壊したニルヴァーナの方に目を向けるウェンディ。ナツが疲れを感じさせない勢いでニルヴァーナに突っ込もうとするが、危険だと判断したエルザが止める。

 そして緊迫した空気の中、突然ルーシィの足元が膨らみ出した。

 

 

「ん?」

 

「ひっ⁉︎」

 

 

 慌てて飛び退き、全員の視線がそちらに向く。風船のように膨らんだ土が弾けると、中から現れたのは宗教者めいた服装の六魔将軍のホットアイ。その腕に抱かれているのはジェラール。外傷は少ないが、カイトに血を飲ませた影響なのだろう、ぐったりとした様子である。

 

 

「はぁ、はぁ………何とか、助けられてました………デスネ」

 

 

 敵であった筈のホットアイだが、ニルヴァーナの影響で奥底に眠っていた良心が反転。金銭欲の強かった心は愛が目覚め、ジュラと共に行動していたのだ。そんな中、ジェラールの存在に気がついたナツが歯を剥き出しに、敵意をぶつける。

 

 

「ジェラール‼︎」

 

「「ジェラール⁉︎」」

 

「落ち着いてくれ。説明する」

 

 

 拳に炎を纏うナツを羽交締めにし、面識のないグレイとルーシィが驚愕している中、ジェラールの状況を説明するエルザ。離せとナツが騒ぎ立てるが暖簾に腕押し、どころか話が進まないと感じたエルザは両腕で首を絞める。容赦がないとグレイとルーシィが戦慄しているそんな中、ウェンディは不安を隠さずに当たりを見渡す。やはり、カイトの姿はどこにもない。

 

 

「あ、あの!カイトさんは⁉︎」

 

「私が救出できたのは、彼だけデスネ………」

 

 

 心痛極まりないと、表情に影を落とし、自身の力及ばなさに奥歯を噛み締めるホットアイ。そも、ホットアイが現場にたどり着いた時には既にカイトは瓦礫の下だったのだ。遠目でもわかるほどの、夥しい血が隙間から流れているのを確認している。

 見捨てたわけではない。そのつもりであればジェラールを助ける意味がないのだ。それがわかっているこそ誰も責める事はできない。重苦しい空気が場を支配していた。そんな時だった。近くの茂みから音が聞こえたのは。

 

 全員がそちらを振り向き、六魔将軍の残党か、と緊張感を走らせる。だが、茂みを揺らし出てきたのは黒い仔犬。小さな身体にいくつもの傷を負った仔犬は今にでも倒れそうな足取りで、ゆっくりと前へと進む。

 

 

「なんだ、仔犬じゃないか。ホラ、怖くないよ〜」

 

「おい、一夜」

 

「大丈夫ですよ、エルザさん。ホラ、おいで〜」

 

 

 ただの仔犬だと判断した一夜が腰を下ろして腕を出す。エルザに咎められるが、安全だと一夜は確信していた。確かに血の匂いはするが、それはその仔犬が怪我をしているからであり、他者の血だとは考え辛い。それに、片腕に収まる程度の大きさの仔犬に何ができるというのか。

 

 そう考えていた一夜が差し出した手。それを訝しげに見つめ、ちょこちょこと動く指に気を惹かれたのか、ゆっくりと近づく仔犬。彼我の距離が縮まり、仔犬は一夜の指の匂いを確かめる。そしてーーー

 

 

「メェーーーーン⁉︎⁉︎」

 

 

 思いっきり指に噛み付いた。

 

 

「一夜殿⁉︎」

 

「いたたたたた‼︎は、離してくれぇ‼︎」

 

 

 傷だらけの仔犬のどこにそんな力があるのか。魔水晶を破壊する際に使った力の香り(パルファム)の影響で筋骨隆々となっている一夜が腕を激しく振るうのだが、離れる様子はない。

 慌てて助けに入ったジュラが仔犬を掴み、なんとか引き離そうと尾を綱引きのように引っ張り、少しの拮抗の後ようやく口を離した。しかし、突然力が抜けたものだからジュラも一夜も尻餅をついて、仔犬は宙を舞って森の中へと消えてしまう。

 

 

「いたたた………大事ないか、一夜殿?」

 

「まったく……迂闊に野生生物に手を出すからだ」

 

「メェーン………」

 

 

 エルザの軽い叱責もあり、仰向けに倒れて涙する一夜。動物には好かれる自信があったから尚更ショックだ。だから、()()()()()()()()()()()()()()()()、と決めつけてしまった。

 

 

「それよりも、今のジェラールに脅威はない。わかったか、ナツ?」

 

「ゲホゲホッ‼︎」

 

「ナツ、大丈夫?」

 

「容赦なさすぎだろ………ん?」

 

「どうしたの、グレイ?」

 

「いや、なんか揺れたよーな………」

 

 

 流石のグレイもナツに同情していたが、ふと感じた違和感を口に出してルーシィも地面に意識を集中させる。初めは何も感じなかったが、少しすれば確かに。地震とは違う、断続的な揺れがあった。次第に揺れと共に何か硬いものを叩くような音も遠くから聞こえ始めるしまつ。

 そうなってくれば全員が音と揺れの発信源を探すように辺りを見渡すが、いかんせん深い森の中。見えるのは鬱蒼とした樹々と、崩壊したニルヴァーナくらいだ。

 

 

「あれ、この音………」

 

「ニルヴァーナからだ」

 

 

 耳のいいウェンディとナツが反射的にそちらを振り向く。遠く聞こえていた筈の音は近づき、全員がそちらを振り向く頃。固唾を飲んで見守る中、崩壊したニルヴァーナの内部から、爆発するように黒い巨腕が生えたではないか。

 役目を終えたとばかりに腕は溶けるように消えて、開けた大穴からひょっこりと顔を出すカイト。

 

 

「あー………ようやく外に出れた……」

 

 

 ふぅ、と安堵のため息をこぼして、自身の状態を確認する。土に汚れて、血に塗れてと、酷い格好の人の身体。封印を施したはいいが、潰れた身体と魔法を使えるまでに回復した魔力が何処から出たのかと頭をひねる。

 血の香りとは別に良い香りがしたのは覚えているのだが、と思い出していれば、くすくすと耳の奥で誰かが笑ったような気がした。聞いたことのある、聞き間違える筈のない声に作り物の心臓が跳ねる。

 

 

「………まだくたばるな、って事かねぇ」

 

 

 よく耳を澄ましても聞こえなくなった、かつて仕えたお嬢様の声。喰らった筈の魂が勝手に動くことなど本来あり得ない筈なのだが、不思議とすとんとその真実が胸に落ちる。

 ただの願望だと一蹴するのは容易いが、人間らしく夢を見るのも悪くないと独言を溢して、眼下に見える面々に手を振って応える。

 

 作った笑顔で駆け寄った先で待っていたのは労いの言葉ではなく、心配をかけるなと怒り心頭のエルザから繰り出された渾身のアッパーカット。比喩表現ではなく、実際にカイトの身体は空を舞った。

 

 

 

 

 

 

「さて、これで全員の無事が確認できたな」

 

「何人か無事じゃないですけど………」

 

 

 ちらりと横目を向けるルーシィの視線の先、そこには大の字になって倒れる一夜とカイトの姿。一夜は仔犬に吸血されて、カイトは顎を砕く勢いで繰り出されたアッパーのダメージを負っている様子で、大の男が2人して空を仰ぐのは見ていて痛々しい。

 

 

「メェーン……」

 

「お空、きれい………」

 

「あ、あの、えっと、治療を………」

 

「放っておきなさい。ただでさえアンタもボロボロなんだから」

 

 

 治療をしようとするウェンディをシャルルが止める。身体がボロボロなのもあるが、ジェラールの代わりに魔水晶を破壊する際に初めて滅竜魔導士十八番の咆哮を放ったのだ。本人が思っているよりも魔力は消耗しており、ここで治療をすれば十中八九倒れるとシャルルは睨んでいた。

 それは本人も自覚しているのか視線を彷徨わせて、せめてものとばかりに患部を撫でて痛みが和らぐようにと願う。

 

 

「エルザ殿、やはりやりすぎでは……?」

 

「いや、このくらいしなければコイツはまた同じことを繰り返す。それに、このくらい慣れているからな」

 

 

 一部始終を見ていたジュラが及び腰ながらも抗議をするが、エルザがそう返せば静かに戦慄する。無論、暴力を厭わないエルザにである。

 敵でなくてよかったと1人胸を撫で下ろし、視線は少し離れた木陰で佇むジェラールの元へ。

 

 エルザから記憶がないことを聞き、どころかニルヴァーナを止めようとしていた事も知っている。だが、だからと言って仲良くできるかと言われれば否である。

 記憶がなかろうと、評議会を破壊した一端を担った指名手配犯。ナツのように納得がいかないとむすくれる程子供ではないが、受け入れ難いのは間違いない。それがわかっているのか、ジェラール本人もこちらに近づこうとはせず、一定の距離を保っていた。

 

 

「あ、おい、エルザ」

 

「大丈夫だ、グレイ。とりあえず、力を貸してくれた事には感謝せねばな」

 

 

 そんな空気を読んでか、グレイの静止を聞かずに近づき、労いの言葉をかけるエルザ。記憶を無くしても覚えていた、エルザという言葉。罪悪感からなのか、それとも別の感情なのかは本人をもってしてもわからない。

 けれど、自身のやったことが後ろめたくて顔を合わせることが出来ずにいた。

 

 

「いや……感謝されるような事はなにも………」

 

「これからどうするつもりだ?」

 

「………わからない」

 

 

 暫しの熟考。そして自身が何をしたいのか、どうやって償うのか、考えてもわからない。記憶を取り戻したと言っても、それはほんの一部。せいぜいが自身が何者で、どんな罪を起こしたのか、というくらいだ。

 

 

「………怖いんだ。記憶が、戻るのが………」

 

 

 今は犯した罪を償うつもりはある。けれど、記憶を取り戻した時、自身がどのような行動をとるのか、わからない。罪悪感が残っていればいい、だが、もし更に罪を重ねようとしたら?

 それがわからなくて、怖い。記憶を取り戻すきっかけさえ、恐ろしい。そんな恐怖に飲まれるジェラールに、ふわりとエルザは微笑む。

 

 

「私がついている」

 

 

 それはジェラールの記憶にない、他者を安心させるような優しい微笑み。

 

 

「例え再び憎しみあうことになろうが、今のお前は放っておけない………私はーーー」

 

「あぎゅっ⁉︎」

 

 

 何かを言いかけたエルザだが、それを遮るように鈍い音と痛みに悶えるハッピーの声。

 

 

「どうしたんだ、ハッピー?」

 

「トイレに行こうとしたら何かにぶつかったんだよぅ………」

 

 

 不貞腐れていたナツが頭に大きなタンコブを作ったハッピーに話を聞けば、そんな言葉が返ってくる。壁と言われても、目の前には鬱蒼と広がる樹々ばかり。けれど、確かに腕を伸ばせば硬質な感触が返ってきた。

 

 

「何か地面に文字が………」

 

「これは………術式⁉︎」

 

 

 初めに気づいたウェンディの言葉に釣られて地面を見れば、一同を囲むように展開された術式がはっきりと認識できる。

 閉じ込められた、と誰かが叫ぶまでもなく周囲を取り囲むように武装した兵士がさらにこちらを取り囲んだ。

 

 

「な、なんだァ⁉︎」

 

「オイ、いい加減起きろ‼︎」

 

「いててて………うわ、何この状況」

 

「わ、私たちは怪しい者ではないぞ‼︎」

 

 

 グレイが未だ倒れたままの2人を起こし、状況を読めないカイトと、すぐさま両手を上げる一夜。ちなみにではあるが、半裸の筋骨隆々の男の時点で十分に怪しい。それはそれで何らかの誤解を招きそうだが、兵士の着る制服に心当たりがあるのか、ジュラが呟く。

 

 

「評議院の部隊………」

 

「評議院?でも、今は機能してないはずじゃ………」

 

「手荒な真似は致しません。しばらくの間、動かないでいただにたいのです」

 

 

 楽園の塔の一件で、ジェラールとウルティアの手により壊滅的ダメージをおった評議院。無論、魔法界の法を取り締まる機関が機能しないのだから闇ギルドを始めとした犯罪者は増加した。

 小さな悪事は各地の魔導士ギルド、または王国からの守備兵が鎮圧、または牽制することで大きな被害は出ていないが、今回のようなバラム同盟の一角を担う強大なギルドはこれを好機と見て動いたのだ。

 

 未だ機能を果たしていない筈の評議院。だが、目の前の光景はそれを否定する。偽証という線は考え辛く、自警団のような民兵にしては練度が高い。そして、さらに畳み掛けるように代表者なのだろう。兵士の間から出てきたのは長髪を後頭部で纏めた、厳格そうな雰囲気を漂わせる男。放つ言葉は丁寧ではあるが、どこか高圧的にも感じ、場合によっては反感を買いそうではある。

 

 

「私は新生評議院、第4強行検束部隊隊長ラハールと申します」

 

「オイラたち何も悪いことしてないよっ‼︎」

 

「お……おう‼︎」

 

 

 身に覚えのあるナツが言葉に詰まるがそれはさておき、心当たりのあるカイトが思わず視線を逸らす。今作戦は評議院が発案したものではなく、地方ギルド連盟の独断での行動なのだ。

 評議院が発足していない中、動きを見せた六魔への対処。行動としては仕方がないものがあるが、だからと言って許されるものではない。結果として六魔は壊滅したのだから良し、ではないのだ。

 

 良くて厳重注意、最悪は各ギルドの解体か。最悪の未来を想像して頭を抱えるカイトを他所に、ラハールは要件を告げる。

 

 

「存じております。我々の目的は六魔将軍の捕縛。そこにいるコードネーム、ホットアイをこちらに渡してください」

 

「ま、待ってくれ‼︎」

 

 

 確かに、ホットアイは六魔将軍の一員ではあった。けれど、今作戦ではジュラたちを逃すためにミッドナイトの殿を務め、果てはジェラールを救いだすなどの献身ぶりを見せたのだ。

 渡してくれ、と言われてはいそうですか、とは言えない。間違いなくホットアイも貢献者なのだから。

 

 だが、そんなジュラに待ったをかけるのは、ホットアイ本人であった。

 

 

「いいのデスネ、ジュラ」

 

「リチャード殿」

 

「善意に目覚めても過去の悪行は消えませんデス。私は、一からやり直したい」

 

 

 肩に手をかけたホットアイーーーリチャードが必要はないと首を左右に振ってそう告げる。当の本人にそんな事を言われてはは、ジュラも強くはいえず、けれど諦めきれずに、せめて彼の願いだけはと提案を出す。

 

 

「ならば、ワシが代わりに弟を探そう」

 

 

 リチャードが六魔将軍に入り、そしてなによりも金を求めた理由。それは生き別れた弟を探し出すためだった。金さえあれば、力さえあれば、と探し求めた家族。弟さえ無事でいてくれたのなら、他には何もいらないとまで言い切れる願いを聞いていたジュラの提案に、リチャードは喜びに満ちた声で応える。

 

 

「本当デスか⁉︎」

 

「無論だとも。弟の名を教えてくれ」

 

「名前はウォーリー………ウォーリー・ブキャナン」

 

「ウォーリー‼︎⁉︎」

 

「知っているのデスか⁉︎」

 

 

 ウォーリーと聞いて、真っ先に思い出したのはエルザ。楽園の塔で同じ独房に入れられ、苦楽を共にした友人の姿。兄がいる、という話は聞いたことがないが、何処となく似た容姿とファミリーネームまで一致しているとなると、まず間違いはないだろう。

 

 

「ああ、私の友だ。今は元気に大陸中を旅している」

 

 

 信じられないと、困惑と期待が入り混じるリチャード。けれど、エルザが本当だと頷き、弟が生きているとわかったリチャードの両目から滝の様に涙が溢れる。

 

 

「これが、光を信じる者だけに与えられた奇跡というもの、デスか………ありがとう………ありがとう………っ!ありがとう‼︎

 

 

 両手で顔を覆い、歓喜に震えて蹲るリチャード。口から紡がれるありがとうの言葉には今まで込めたことのない、万物にまで捧げる感謝が込められていた。そうして大人しく、いっそ清々しいまでの表情のリチャードは囚人護送車に乗せられる。

 憐れみの表情だけ見せて、ちらりと周りを取り巻く環境を覗き見るカイト。目的を果たしたはずの評議院、けれど術式が解かれる様子はない。むしろ警戒をより一層顕にして、その視線が術式内の1人に注がれる。

 

 どうしたものか、とカイトは頭を悩ませる。個人的には捕らえられても構わないが、そうすれば悲しむ人間が出てくる。しかし、だからと言って見逃してもらえるかと言えば否だろう。今回の件の功績を盾にしても、極刑を免れるか否か。それほど彼が犯した罪は重い。

 

 

「評議院さんよォ、そろそろオレ達を解放しちゃくれねェのか?」

 

「も、漏れるぅ!」

 

「ちょっと‼︎」

 

「いえ、私たちの本来の目的は六魔将軍ごときではありません」

 

 

「「「へ?」」」

 

 

 ハッピーの膀胱を心配してかグレイがラハールに物申すが、けれどまだ仕事が残っていると返されてハッピーから距離を置くシャルルを含めた一同の目が点になる。しかし、幾人かは予想していたのだろう、驚き少なく自然とそちらに目を向けた。

 

 

「評議院への潜入、破壊。エーテリオンの投下。もっととんでもない大悪党がそこにいるでしょう」

 

 

 すっとラハールが罪人を指差し、全員の視線が集中する中、観念したように、達観したかのように抵抗の意志さえ灯らない瞳で下を向く。

 

 

「貴様だ、ジェラール‼︎来い‼︎抵抗する場合は抹殺の許可もおりている‼︎‼︎」

 

 

「そんな………‼︎」

 

 

 予想以上の扱いに思わず驚愕の声が漏れる。隣に立つエルザは悲痛に満ちた表情で、その言葉を聞き入れるのであった。

 

 

 

「ジェラール・フェルナンデス。連邦反逆罪で貴様を逮捕する」

 

 

 驚くぐらいにあっさりと、拍子抜けする様にジェラールは言われるがまま、されるがままで手錠をかけられる。魔力の流れを妨害する特殊な手錠は拘束者の魔法を使えなくするもの。

 記憶がないから、は理由にならず、また法も記憶の有無に罪は左右されないと記載されているため、正攻法で助け出すことは不可能。また犯した罪の重さから2度と陽の目を見ることは叶わないだろう。

 

 待ったをかけるウェンディを止め、最後まで思い出すことができなくてすまないと謝り、エルザに感謝を告げると大人しく護送されるジェラール。

 納得はしていない、だがこの場で事を起こせば危うくなるギルドの立場。そんな理性と、2度と暗闇の中に行かせてはならない思いがせめぎ合い、エルザを動けなくしていた。

 そうして、決意を固めた瞬間、エルザの背後からナツが飛び出した。

 

 

「行かせるかぁぁっ‼︎」

 

「ナツ‼︎」

 

「相手は評議院よ‼︎」

 

 

 魔法を使う余力もないのか、その身一つで立ち塞がる評議院に立ち向かうナツ。驚きを隠せず、無謀だと叫ぶグレイとエルザ。けれどナツは止まらない。元より、そこまで聞き分けのいい性格ではなく、己の心に従ってナツは進む。

 

 

「そいつは仲間だァ‼︎連れて帰るんだーーー‼︎」

 

 

 ナツは理解していた。このまま去ればジェラールだけではない、エルザのためにもならないのだと。楽園の塔の件は根に持っているし、助け出せたら一発は殴るとは決めている。けれど、だからと言えば敵かと言われたらそれは違う。少なくとも今回、ジェラールの助けなければ敗北していたかもしれないのだ。

 過去のことは水に流すことはできない。だが、その贖罪はエルザの隣であるべきなのだ。

 

 

「と、取り押さえなさい‼︎」

 

 

 取り押さえてようとする人員が足りないと判断したラハールが追加の戦略を投入する。ナツに殺到する兵士たちだが、横合いから現れたグレイがそれを止める。

 

 

「行け、ナツ‼︎」

 

「グレイ‼︎」

 

「気に入らねえんだよ‼︎ニルヴァーナ防いだ奴に、一言も労いの言葉もねえのかよォ‼︎」

 

 

 グレイの言葉を皮切りに、一理あるとジュラが、エルザが悲しむと一夜が、仕方がないとばかりにルーシィにハッピーが、連れて行かないでとウェンディにシャルルまでもが参戦し、場は騒然。高笑いを押し殺し、それでも喉奥から笑みを零しながらカイトも参戦する。

 敵であったジェラールを仲間だと言い張るナツに。それに賛同する面々に美しく、そして愛おしいと笑い、近くにいた兵士に体当たりをかます。ここまで来れば最早ギルドの体裁など無いに等しい。ならば、人間らしく我を通すのも悪くない。

 

 

「来い、ジェラール‼︎お前はエルザから離れちゃいけねえっ‼︎ずっと側にいるんだ‼︎エルザの為に‼︎オレたちがついてる‼︎だから、来いっ‼︎」

 

「全員捕らえろォォォォ‼︎公務執行妨害及び逃亡幇助だーー‼︎」

 

 

 ラハールの言葉に兵士たちも本気でこちらを捕らえようと魔法を使い始める。さしもの面々も魔法を使う体力が残っていない中、反撃らしい反撃を行えない。けれど諦めることなく、必死で手を伸ばす。

 

 

「ジェラーーーール‼︎」

 

 

「もういい‼︎そこまでだ‼︎」

 

 

 蜂の巣を突いた様な騒ぎの中、凛と響くのは他でもないエルザの声。まさかの静止の言葉に味方共々固まり、視線がそちらを向く。

 

 

「騒がしてすまない。責任は全て私がとる。ジェラールを、つれて…………いけ………」

 

 

 エルザ自身、離れたくないと言う気持ちは間違いなくある。けれど、差し伸ばされた手をつかもうとしないジェラールを見て理解したのだ。記憶がなくとも、本気で自身の罪と向き合うつもりなのだと。それを自らの勝手で邪魔することなど、エルザにはできなかった。

 エルザにそう言われてしまっては、抵抗する意味もなくなる。握っていた拳から力を抜いて、それぞれが言葉少なに距離を開けるとジェラールは護送車に送られた。

 

 

「そうだ………」

 

 

 その道すがら、ふとジェラールが思い出したように首だけで振り返る。

 

 

()()()の髪の色だった」

 

 

 それはその場ではジェラールとエルザにしか分からない思い出。記憶をなくしたはずのジェラールからは、まず出ない言葉。

 

 

「さよなら、エルザ」

 

「ああ……」

 

 

 それを最後に護送車の重い扉が閉まり、その姿は見えなくなる。目的を果たした評議院は抵抗した面々を拘束できないことを不承不承ながらも納得し、撤退する。

 その姿が森の中に消える前にエルザは「1人にしてくれ」とだけ残して反対方向へと姿を消した。残された面々はエルザの気持ちを察してか、又はエルザがなぜあのような判断を下したのか理解できないと後を追うことはしない。

 

 森の奥から聞こえる微かな泣き声を聞きながら、朝焼けに染まる空を見上げる。今までに見たことがないくらいに綺麗な緋色と少しの暗闇が残る青みがかった空。2人もこの空の様にあれば、と誰かが零す。

 そんな心情を知らずに陽は昇り、空から闇夜は消えていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、陽がすっかり昇りきった頃。報告のために立ち寄ったのはワース樹海から1番近い化猫の宿のギルド。先に到着していたクリスティーナに乗っていた面々も傷はあるものの、重傷者はおらず、再会を喜び合う一同。特に一夜を慕うヒビキ、レン、イヴの3人は一夜と熱い抱擁を交わしていた。

 

 汚れた服を着替えた女性陣も揃い、化猫の宿のギルドマスターであるローバウルが地方ギルド連盟を代表して礼を告げる。

 

 

「よくぞ六魔将軍を倒し、ニルヴァーナを止めてくれた。ありがとう、なぶらありがとう」

 

 

 ニルヴァーナを作ったニルピット族。その末裔で結成されたギルド、ということもありメンバー自体はそう多くはない。けれど、ローバウルの礼に続き全員が頭を下げる光景は照れ臭いもので。嬉しいやらむず痒いやら、それぞれがそんな反応を見せていた。

 

 

「どういたしまして‼︎マスターローバウル‼︎六魔将軍との激闘に次ぐ激闘‼︎楽な戦いではありませんでしたがっ‼︎仲間との絆が我々を勝利に導いたのです‼︎‼︎」

 

「「「さすが先生‼︎」」」

 

「ちゃっかりおいしいトコもっていきやがって」

 

「あいつ、誰かと戦ってたっけ?」

 

「カッカッカ♪頑張ったことには間違いないよ♪」

 

 

 代表してなのか、一夜が返礼し、納得のいかないルーシィが少し毒づく。魔水晶の破壊の際、頑張ってくれたことは間違いないのだが、確かに戦闘らしい戦闘を一夜はしていない。そこを濁して精一杯のフォローをするカイトはちらり、と横目でエルザを見る。

 やはり、ジェラールとの別れを引き摺っているのだろう、一夜の陽気さに釣られてか薄く笑ってはいるが、やはりどこか影が差している。

 

 そんな顔をするくらいならば、止めに入らなければいいものを、と内心思う。いつも強気なエルザがこんなに塩らしくなると、少し落ち着かず、やはり人の心、特に恋愛というものはよくわからないとため息を零し、宴だ宴だと騒ぐ面々に視線を向ける。

 

 

「一夜が?」

 

「「「一夜が?」」」

 

「活躍‼︎」

 

「「「活躍‼︎」」」

 

『あ、それ‼︎わっしょいわっしょいわっしょい‼︎』

 

 

 青い天馬の面々から始まり、ナツ、グレイ、ルーシィ、ハッピーまでもが両手を挙げて踊りだす。けれども、ウェンディとシャルルを除く化猫の宿の面々は沈痛な面持ちで静まり返っていた。

 流石にそんな雰囲気では踊れず、痛い沈黙の中ローバウルが口を開く。

 

 

「皆さん、ニルピット族の事を隠していて、本当に申し訳ない」

 

「そんな事で空気壊すの?」

 

「全然気にしてねーのに。な?」

 

「マスター、私も気にしてませんよ」

 

 

 ナツの言葉に全員が頷き、ウェンディとシャルルも気にしていないことを告げる。けれど、ローバウルの表情は晴れず、何かを決心したようで深呼吸をひとつすると、ゆっくりと話し出す。

 

 

「皆さん、ワシがこれからする話をよく聞いてくだされ」

 

 

 そこから始まったのは、ニルヴァーナとニルピット族の歴史。400年前、ニルヴァーナを作り出した張本人から紡がれる、彼方の記録。

 世界中で広まる戦争を止めようとニルヴァーナを作り出したニルピット族。移動する都市で暮らし、進む先の闇を光に塗り替えることで世界をより良く変えようとしていたが、人々から失われた闇は蓄積され、そこにいたニルピット族を依代としたのだ。

 

 そこから先は同族で殺し合う地獄の始まり。血で血を洗い、屍山血河が築かれて、後に残ったのはローバウルのみ。そのローバウルでさえ、既に肉体無き魂のみの存在。力無き自身に変わってニルヴァーナを破壊できる者が現れるまで、ずっと己を呪いながら見守る事しかできないでいた。

 

 

「今、ようやく役目が終わった……」

 

 

 話された真実に驚きを隠せず、誰も言葉を発することができない。ただ1人、カイトだけは何とはなしに察してはいた。だからこそ同情せず、ただただ作った表情で驚いたフリをするだけだ。

 そも、人の身でどどかない理想を高望みして滅んだ、自業自得の末路としか思っていない。流石に口に出せばどうなるか、それがわかっている為に内心で毒づくだけではあるが。

 

 そして、気づけば1人、2人と加速的に化猫の宿の面々が文字通り消えているのに気がつく。狼狽えるウェンディとシャルルにローバウルは告げる。「ギルドのメンバーはワシが作り出した幻じゃ」と。

 

 元々、この場は廃村で、ニルヴァーナを見守る為にローバウルが1人で住んでいたのだ。けれど7年前、1人の少年がウェンディを預かるように頼み込んできたのだ。

 1人でいようと決めていたローバウル。けれど、縋るように泣くウェンディを放ってはおけなかった。そうして作り上げたのが化猫の宿。ウェンディの寂しさを紛らわす為に作られた、優しい嘘で塗り固められたギルド。

 

 

「そんな話聞きたくない‼︎みんな……みんな消えないで‼︎」

 

「ウェンディ、シャルル………もう、お前たちに偽りの仲間はいらない。本当の仲間がいるではないか」

 

 

 泣きじゃくるウェンディを安心させるかのように笑う、ローバウル。その姿が薄くなり、堪らずウェンディは走り出す。

 

 

「マスター‼︎」

 

「皆さん、本当にありがとう。ウェンディとシャルルを頼みます」

 

 

 差し伸ばしたウェンディの手は空を切り、右肩に刻まれた紋章が儚く消える。仲間が消えて喪失感に満ちたウェンディの肩を、エルザが優しく叩いた。

 

 

「愛する者との別れの辛さは、仲間が埋めてくれる…………来い、フェアリーテイルへ」

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 ウミネコが空を行き、潮風が頬を撫でる。波で揺られる船上で、乗り物に弱いはずのナツは気持ちよさそうに水平線を眺めていた。

 

 

「ああ……船って潮風が気持ちいいんだな」

 

 

 いつもならいざ知らず、現在ナツは乗り物酔いに効く魔法、トロイアがかけられていた。ニルヴァーナに乗り込む際、乗り物判定となり戦いどころではなかったナツにかけたのがことの始まり。魔法の効果は現在まで続いていた。

 戦いも終わり、それぞれのギルドが帰路へ。行きは陸路であったが、帰りはナツの希望で海路を進む。その目的が船旅を楽しむだけだとはと、ニヤけるナツを見てグレイは呆れる。

 

 

「なんだありゃ、気味悪ぃ」

 

「よっぽど嬉しいんでしょうね。それに比べて……」

 

 

 船上を駆け回るナツから視線を逸らし、ルーシィは木箱の上で横になるカイトを見る。吸血鬼性が上がった影響で、少し体調を崩す程度だったはずのカイトは現在、前後不覚になるほどの船酔いを見せていた。

 

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

「放っておきなさい、そんな奴」

 

「う〜………ウェンディちゃんの優しさが身に染みるぅ………」

 

 

 側に控えるウェンディがタオルで風を送ったり、頭を撫でたりと慌てているが、効果はなし。当然、種族的な問題なのでトロイアの魔法も効果はない。フェアリーテイルでも数少ない献身っぷりに嬉しい反面、気恥ずかしさを覚えるカイト。シャルルの毒舌の方がまだ心地よいと思ってしまうほどに参っていた。

 

 7年間、寝食を共にした仲間を失ったウェンディとシャルル。エルザの助言もあり、フェアリーテイルへの加入を決意したのだ。憧れていたフェアリーテイルということもあり、楽しみだと答えていたウェンディだが、シャルルは知っている。ギルドの加入は勿論嬉しい。そして同時に推しといっても過言ではない道化(カイト)が近くにいることも喜びのひとつであるのだと。

 

 シャルルの中では絶対に信用できない人物トップ3に入るカイト。ウェンディにちょっかいをかけようものなら容赦はしないとカイトを睨む。いつもなら笑って誤魔化すカイトも余裕がないようで、貰ったタオルを顔にかけて視線から逃れていた。

 

 

「あー‼︎そうだ‼︎カイト‼︎よくも邪魔してくれたな‼︎」

 

 

 ふと、はしゃいでいたナツが思い出したのは魔水晶破壊での一件。自分が相手をするはずだったゼロを横取りされた事を根に持って、怒りのままに胸ぐらを掴んで前後に振る。

 

 

「オレが相手する筈だったンだぞ‼︎」

 

「ナツ、まっ……酔ぅぷっ……‼︎」

 

「ナ、ナツさん‼︎あの、やめっ」

 

 

 カイトの必死のタップも、ウェンディの静止も聞かないナツ。けれど、誰が原因かと言われたら間違いなくカイトであるので、周りも止めない。ギルド内であればよく見る光景だからだ。

 それでも必死にナツを止めようと、腰に抱きついて引き離そうとするウェンディ。そして不意にナツの動きが止まった。何のことはない、トロイアの効果が切れたのだ。散々はしゃいだ分のつけが回って来たのか、カイト共々顔を青くして、2人して口を押さえて船縁へと向かっていった。

 

 

「何やってんだ、あいつら……」

 

「いつもこんな感じなの?」

 

「あははは……まぁ、そうね」

 

「ナツ大丈夫?」

 

「カイトさーん‼︎」

 

 

 呆れるグレイに、シャルルの疑問に目を逸らすルーシィ。船縁に貼り付くナツとカイトの背を撫でるハッピーとウェンディ。いつもより賑やかな景色の中、エルザは薄く笑うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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