FAIRY TAIL 〜Those called clowns〜 作:桜大好き野郎
別世界
ウェンディとシャルルの加入から少しして。
フェアリーテイルの大多数が口を揃えて最強を推すギルダーツが3年ぶりの帰還を果たすなどのイベントがあったが、ギルドの雰囲気に慣れて来た2人。加入当初は不安でいっぱいだったウェンディも、快く受け入れてくれた面々の影響か明るい表情でいることが多い。
ふとした拍子に前のギルドの事を思い浮かべて影を落とす事もあるが、時間が解決することであり、周りもそれを了解しているのかあまり触れないようにしている。ただ1人、カイトだけはその度に笑いを取りに行こうとしてシャルルやエルザから制裁をくらっているのはご愛嬌。そも、初手で気分転換がてら散歩に誘い、翌朝まで迷い歩いていたのだから無理もない。
そんなことはさておき。
マグノリアの街に厚い雲がかかり、そろそろ一雨くるかもという天気。当然そんな中依頼に赴くような物好きは多くなく、メンバーの大半は暇つぶしも兼ねてギルド内で思い思いに過ごしていた。
ウェンディもそのうちの1人に入り、特に何をするでもなく、厨房で勤しむカイトの姿を少し離れたテーブルから眺めている。その視線は観察するような訝しげなものではなく、どちらかと言えば宝物を見つめるような子供のような憧れの視線。
「………何してんのよ」
「ひゃっ⁉︎しゃ、シャルル‼︎も、もう、驚かさないでよ‼︎」
「ずっとここにいたわよ」
同じテーブルの上で座っていたシャルルの事を忘れるくらいに集中していたようで、声をかけられたウェンディがあからさまに驚いていた。側から見れば怪しさ全開であった事を理解して欲しいものだと、呆れたように紅茶を啜る。
カイトが淹れた紅茶ということもあり、毒でも入ってないからと初めは警戒していたが、思いの外の美味しさに少しばかり悔しさを噛み締める。人間性はともかく、料理の腕は確かなようで厨房に次々と注文が舞い込むのも頷ける。
お茶請けにと出されたクッキーを食べながら、またカイトを眺め出すウェンディにため息を溢し、何を言っても無駄だと諦めてまた紅茶を啜る。アッサムの甘さと香りだけが、今のシャルルの癒しだ。
「なになに?恋バナ?」
どこで聞きつけたのやら。いつの間にか座っていたルーシィが告げる。どうやらそう言った話は好物なようで、その表情は楽しげだ。そも、ギルド内でも恋愛話ができるのは精々親友のレビィくらいのもの。それも、小説のネタでの話だけだ。実際の恋の話となれば興味が湧くのも当然だろう。
ちなみに、傷心中のエルザにその手の話題を振ることはできず、ジュビアはグレイが取られると思ってか威嚇され、アイザックに片思い中のビスカは顔を真っ赤にして逃げ出してしまうのだ。
「こ、恋だなんて、そんなっ‼︎」
真っ赤になって照れるウェンディを見て、揶揄うように笑うルーシィ。けれど、その視線の先にカイトがいたとなると、少し言葉に詰まってしまう。種族違いの恋、といえばよく聞こえるが、それは小説の中だけの美談であり、現実的に考えれば土台無理な話だ。それも、相手は血を吸う吸血鬼ともなると弊害が多すぎる。
率直にやめておけ、とは言えず、どう伝えたものかと悩んでいれば、空になったティーカップに新たな紅茶を注ぎながらシャルルが横目で助け舟を出す。
「アンタからも言ってやって。男の趣味が悪いって」
「だから、そんなのじゃっ‼︎………その、憧れの道化さんに会えて、嬉しいなぁって思ってただけだから」
「あー、ウェンディもファンなんだっけ?」
「はいっ!もしかして、ルーシィさんもですか?」
「あたしはファン
過去を振り返るように、もしくは現実から目を逸らすようにギルドの天井を見上げるルーシィ。抱いていた幻想を打ち砕かれ、現実を知った大人の目をしていた。
はて?と首を傾げるウェンディに何でもないと告げ、ため息を溢す。無垢に憧れていた頃を思い出して、そして彼女も同じ道を辿るのだと思うと胸が痛む。
「シャルル〜‼︎」
いっそ、現実を教えてあげるのも優しさではなかろうか、とルーシィが悩んでいれば壁にもたれかかりながら寝ていたナツの隣にいたハッピーがニコニコとこちらに駆け寄ってくる。
両手で掲げるのは近くの湖で獲れる魚。リボンで一生懸命に装飾したそれを、ハッピーは一も二もなくシャルルに差し出す。
「これ、オイラが獲った魚なんだ。シャルルにあげようと思って」
「いらないわよ。私、魚嫌いなの」
プレゼントはおろか、ハッピーにすら視線を寄越さずそっぽを向くシャルル。100年の恋も冷める態度であるが、
「そっか………じゃあ何が好き?オイラ今度ーーー」
「うるさい‼︎」
言葉を重ねるハッピーを食い気味に、シャルルは怒鳴る。流石のハッピーも怒られるとは思っておらず、しゅんと目尻と一緒に髭と尻尾が垂れ下がった。
「私に付き纏わないで」
「ちょっと、シャルル‼︎」
「何もあんな言い方しなくても……ねえ、ハッピー」
はっきりと拒絶を示して、シャルルはテーブルを降りる。あまりの言い方にウェンディも憤慨するが、気にした様子はない。慰めるようにハッピーの頭を撫でるルーシィだが、シャルルがそのままギルドから出ていくのが見えて慌てて追いかける。
「あ!待って、シャルル〜‼︎」
健気に追いかけるハッピーの背中は、どこか哀愁が漂うのであった。
そんな現場を横目で見ながら、やはり恋愛はよくわからないと遠い目をする。あそこまで拒絶されいて尚も恋心を燃やすハッピーの気持ちが汲めないのだ。親子の愛や愛着と言ったものは理解できる。しかし、異性に対する愛というのは吸血鬼は持たず、種を増やすのも兄弟姉妹間という手段しか持たない。
自身の存在が人間との交配が可能という事実を突き付けているにしろ、やはり人の言う愛は理解が及ばない。化物に人の愛は手に余るということなのかもしれないが。
そう勝手に自己解釈と納得していると、目の前のカウンターに座っていた2人が同時にジャッキをテーブルに叩きつけ、声高々に叫ぶ。
「「おかわり‼︎」」
昼間から顔を赤くして酒を飲んでいるのはギルドでも古参の部類に入るマカオとワカバ。若い頃はぶいぶいと言わせていた2人だが、歳と家庭を持ったためなのかかなり丸くなっている。今はセクハラ親父としてギルドを賑やかす毎日だ。
実力もあり同期でライバルである2人だが、こうして昼間から浴びるように酒を呑むのは珍しい。食器を拭く手を止めてため息混じりに疑問を飛ばす。
「またかい?あまり呑みすぎると身体に毒なんだろう?」
「うるへェ‼︎オレたちの辛さがてめぇにわかるか‼︎」
「慰めなんざいらねェから酒持ってこーい‼︎」
どうやら2人して何かあったらしく、ヤケ酒を決め込んでいるようだ。酒が飲めない体質のカイトはこれのどこがいいのやら、と愚痴を溢しながら追加の酒を注ぐ。
「それで、何があったの?家庭内での不満かな?」
「「うっ」」
カイトの言葉が刺さったらしく、同じタイミングで胸を手で抑える2人。暫く居心地の悪そうに互いの顔を見つめ、そして注がれた酒を飲み干すとぽつぽつと話し出した。
「……最近よぉ、ロメオのやつが冷たくてよぉ〜」
「ああ、ロメオくん。あれ?でもこの間一緒に魚釣りしたんだって自慢してなかったっけ?」
「そうなんだよ!あん時まではよかったんだよ!けどよぉ、この間からなぁんかよそよそしくてな………今日なんてキャッチボールしようって誘っても断られてよォォォォ‼︎」
「あー……」
マカオの息子のロメオ。偶にギルドに顔を出すということもあり、少しばかり交流があるのだ。そのロメオだがつい先日、マカオのいない時間を見計らってギルドに顔を出していた。
なんでも魔法を覚えたいらしく、ナツを含めた炎系魔導師に教えを請うていたのだ。なぜマカオに相談しないか尋ねた所「内緒で特訓して、父ちゃんを驚かせたいんだ」とのこと。
「わかるぜ、マカオ………。オレもよぉ、最近母ちゃんと娘から避けられてよ…………。この間なんて、オレに内緒でどっか出かけてたんだぜ⁉︎聞いても答えちゃくれねェし、会話も少なくなったしよぉ〜」
「ありゃー………」
マカオよりも少し早く家庭を持ったワカバ。ギルド内で愚痴を溢したりしているが、その実家族を大事にしていることは周知の事実。そんなワカバの奥さんと実は知り合いの仲であるカイト。
買い物情報の交換仲間であり、安売りの戦場では大活躍の彼女であるが、なんでも今度のワカバの誕生日でサプライズをしたいと相談されたのだ。娘さんも大きくなり、出会ってから10年、これからもよろしくという意味を込めて盛大に驚かせたいのだと。
「ロメオぉ〜‼︎父ちゃん寂しいゾォオオ‼︎」
「離婚はやだァアァア‼︎」
いい歳をした大人か2人して、机に伏せておいおいと泣く様はあまりにも哀れだ。どちらも言わないでと約束を交わしており、悪魔として約束を破ることはしたくないカイト。
せめてもの慰めとして後ろで影の手が調理していた唐揚げを受け取り、2人の前に差し出す。下味から入念に仕込んだ一皿は何気に自慢の品であったりする。
「ほら、サービスするからこれでも食べな」
「「カイトぉおおぉお‼︎」」
傷心中の2人にその優しさは嬉しかったのだろう。悲しみとは別の涙を流し、鼻水を垂らす2人。早く誤解が解ければいいねぇ、と内心ぼやき片づけを進めようとすれば、唐揚げを頬張る2人の隣に別の男が座る。
「おっ、美味そうだな。カイト、オレにも同じもの」
茶髪をオールバックに纏めた、髭面が特徴的な中年男性。ギルド内だというのに煤けた黒いマントで身体を覆って現れたのはギルダーツだ。
突然の登場だがマカオとワカバは気を悪くした様子はなく、寧ろ3年ぶりの帰還であるギルダーツを快く迎える。そのまま流されるように座ろうとしたギルダーツだが、自身の魔法“
「いったぁ‼︎⁉︎」
「がははっ‼︎何やってンだよ‼︎」
「あいっ変わらずだなぁ‼︎」
尻を摩りながら立ち上がるギルダーツに、これ見よがしにため息を溢すカイト。本人の実力もさることがら、扱う魔法も相応に強力。だというのに本人のドジが高頻度で炸裂し、こうして物を壊すこともしばしばなのだ。
これで何度目だとため息を吐きたくなるのも無理はない。出歩くたびに迷うカイトが言えることではないのだが。
「すみません、カイトさん」
「ん?なんだい、ウェンディちゃん」
「シャルルがまだ帰ってなくて………私、心配なので探してきます」
「わかったよ♪依頼の方はキャンセルしておくよ♪」
「すみません、今度は必ず!」
「うん、楽しみにしておくよ♪一雨来そうだから気をつけてね」
「はい!」
悪い悪いと快活に謝るギルダーツをさておき、ウェンディがシャルルを探すために抜ける事を告げる。元々この後に依頼をこなす予定だったが仕方がない。まだ承認のサインを受けていないため、また掲示板に貼り直すだけだ。
ひらひらと手を振って見送るカイトに釣られて、3人がウェンディの後ろ姿を目で追い、その姿が見えなくなるとニヤニヤと嘲笑うようにカイトに視線を戻す。
「なんだよぉ、いい雰囲気じゃねェか〜」
「ああ言った子がタイプなのか〜?」
「手ェ出すならもうちょい時間おけよ〜」
「カッカッカ♪邪推が激しいよ」
年長者3人の微笑ましいモノを見る視線を無視して、カイトは食器磨きを再開する。そして、アレはどうなんだい?とテーブルの上に出現した影の手が3人の背後を指差す。そこにいたのはジュビアとグレイ。
「カラメードフランクはこう食うんだ、こう!でけえ口を開けてだな」
「こうれふか」
「元々上品に食うモンじゃねえんだ」
「でも服は脱がない方がいいと思う」
どうやらカラメードフランクを上手く食べられないジュビアに指導していたらしいグレイ。いつもジュビアに対してぞんざいな扱いのグレイだが、面倒見は良く、見かねて助けたようだ。
いつものように、いつの間にか上半身が裸になっているが、ジュビアは恥ずかしそうにしながらも目を逸らさないでいた。
そして、その近くで2人を羨ましそうに眺めるビスカとアイザック。いつの間にか互いに距離が近づき、手が触れた瞬間に離れたりを繰り返している。
カイトからすればいつも通りの光景なのだが、絶賛心の傷を携えるワカバとロメオには傷口に塩を塗られるに等しい。
「どいつもこいつもイチャつきやがって、チクショォオオオ‼︎」
「こんなトコ居てられっかァアァアァア‼︎」
涙を見せない様に腕で目元を覆い、律儀にお金を置いてギルドを立ち去る2人。どうせそのまま他のお店に行ってヤケ酒を続けるのだろう、と特に心配することもなくお金を金庫に入れるカイト。
一連の流れを愉快に笑いながら眺め、ギルダーツは横目でギルドを見渡す。
雨が降ってきたということもあり、それなりに人で溢れ出したギルドの中。しかし、よく見ればそこらかしこに影の手が生えており、それぞれが雑務に励んでいた。例えばテーブルの上を片付けたり、掃除をしたり、喧嘩に巻き込まれそうな割れ物を避難させたりと忙しない。
それが目の前のカイト1人が統制しているというのだから、内心舌を巻く。魔法の操作能力という点では間違いなくフェアリーテイルでも上位だろう。
3年前よりも成長した姿に感慨深いモノを感じていれば、黒いコートに身を包んだミラジェーンが厨房から出てきた。
「カイト、注文のパイがあと少して焼けるわ。残りお願いね」
「ん、わかったよ、ミラちゃん。お出かけかい?」
「ええ、ちょっと教会に。エルフマン、行きましょう」
「ああ、こっちは大丈夫だぜ。ねえちゃん」
ミラジェーンとエルフマンの背中をひらひらと手を振って見送り、もうそんな時期なのかとため息を溢す。
「………リサーナ、死んだんだってな」
「まぁ、ね………2年前にね」
2人の妹であるリサーナ。ナツやグレイと歳が近く、明るい性格もあってムードメーカーだった少女。2年前、モンスターの討伐に失敗した際にその命を落としたのだ。不思議な事に遺体は残らず、教会に置いてある墓の中には何も入っていない。
ギルド内は勿論、カイトでさてその死を悼み、暫くギルドとして活動不可能に陥った事さえも懐かしく思える。
2年越しに黙祷を捧げたギルダーツは、そういえばと口にした。
「ミラとはどこまでいったンだよ?」
にやにやと、それこそ先ほどよりも笑みを深めるギルダーツ。右手で輪を作り、左の人差し指を抜き差しするジェスチャーをする姿は紛う事なくセクハラ親父だ。
「何の事かわからないよ♪」
「………オマエ、マジか?」
本人は決して認めないが、ミラジェーンが淡い気持ちをカイトに寄せているのは周知の事実である。ジュビアほどオープンではないが、明らかに距離が近い。それがわからない程、カイトは鈍感ではないと知っているギルダーツに、カイトは肩をすくめて見せる。
話すつもりはないのか、と大きなため息を溢す。魔法の腕は上がったのかもしれないが、人間性の成長は著しくないようだ。
「ん?そういや、オレの酒は?」
「あー、そうだねぇ……」
最初に注文した筈の酒がまだ出ていないと不満を垂れるギルダーツに、愛想笑い全開のカイトがカウンターにしゃがむ。その様なところに酒樽はない筈だがと頭をひねれば、再び立ち上がったカイトはギルダーツの目の前に分厚い紙束を置いた。
「お酒を飲みたいならまず、3年前のツケを払ってからだねぇ♪」
「つ、ツケ……」
厚さ10cmはありそうな紙束をぺらぺらと捲れば、そこに記されているのは金額と共にギルダーツのサインが書かれてある。3年前、確かに100年クエストの前夜祭だと騒いだ記憶はあるが………と考えた所で最後のページにあった合計金額を見て目を見開く。
「さ、3000万
「カッカッカ♪………まさか」
愛想笑いだったカイトだが、いかんせん目がまったく笑っていない。かなりキレていると悟ったギルダーツは何とか穴がないかと何度も読み返す。確かに飲み食いの金額は普通よりも高いが、まだ払えただろう。だが、後に続くのは修繕費にはとんと覚えがない。
「カイト、この修繕費ってのは………?」
一縷の望みにかけて問い出せば、変わらない愛想笑いでカイトは告げる。「酔った勢いで壊した建物の数、知りたい?」と。
そう言われてしまえば頭を抱えるしかない。記憶にはないが、心当たりと前例が多すぎる。
「さぁて、ギルダーツ。これは君と俺の間で交わされた、一種の契約だ。俺が約束や契約といったものを大事にしているのは、知っているだろう?」
ギルダーツはカイトの正体を知る1人だ。だからこそ、カイトが約束事に対して融通が効かない事も知っている。グレーゾーンを攻めたり、契約の穴をついたりしても咎めはしないが、契約の反故となれば話は別。
今回の場合、それこそギルダーツを質に入れてでも金額の回収をするだろう。
「これ、カイト。そう責めるではない」
カウンターの隅で酒を呑んでいたマカロフ。一連の話は既に耳にしており、仕方のないやつだと溜息を吐く。
「3000万Jはギルドにつけておけ。今後のギルダーツの成功報酬から返してもらえばよい」
「さすがだぜ、マスターァ‼︎」
救いの手を差し伸べられたギルダーツ。顔を綻ばせ、感激のあまりマカロフに抱きついた。暑苦しいわい、と押し合う2人を尻目に、マスターの命令ならばとため息を溢すカイト。
過程はどうあれ、約束は守られたのだから文句はない。今出てるジャッキは洗っているので、新しいのを出さなければと厨房に入ろうとした時だった。
「みんな‼︎大変なの‼︎空がーーー‼︎」
遠くから雨音に混じって聞こえる、ウェンディの声。焦燥に満ちた声に驚いて振り向いた瞬間、
螺旋を描く様に、サラダなどに使うフジッリの様に、前を向きながら後ろを向くという矛盾に中指を突き立てる現象が目の前で行われ、カイトの視界はブラックアウトした。
◇◆◇◆
「なんだァ、こりゃ」
目の前の光景に、ガジルは思わずそう呟く。
ギルドを離れ、探し物をに精を出していたガジルは、今日も目当てのモノを探しマグノリアの街を駆けずり回っていた。これも違う、アレも違うと睡眠時間すら削り、朧げな視界の中で見たのは突如街全体を襲った暴風。
一切合財何もかも、全てを巻き上げる如き旋風に思わず目を瞑り、風が収まって開けた瞳に映ったのは真っ白になった大地。大理石もかくやという白さの大地の上には何も残っておらず、誰も見当たらない。
転移させられた、という線を除けば、一瞬にしてマグノリアの街が人諸共消えたのだ。
「オイ、誰かいねェのか⁉︎」
明らかな異常事態。けれどさすがは歴戦と言うべきか、慌てずに生存者を探す。しかし、やはり返事はなく、探し回る足取りも次第に速くなる。
右を見ても左を見ても白しか写らず、状況が読めないことに苛立ちを露わにしていれば、不意に何かに躓いた。
「ぶっ⁉︎ッてェ………」
受け身を取れずに顔から強打して、苛立ちながら足元を確かめる。ーーーそして、激しく後悔した。
「ウォオオオッ⁉︎⁉︎」
ガジルの足元からなんと、手が生えているではないか。それもがっちりとガジルの足首を掴み、離すつもりはないらしい。思わず反対側の足で手を何度も蹴り、力が緩んだ瞬間即座に距離を取る。
手は辺りに何もないのを確認するように何度か握ったり地面を触ったりと動き、何もないことが判明するともう片方の手が地面から突き出る。
何が何だかわからず、眺めるしかないガジルの目の前で状況は進み、手から腕へ、そして大地に手を置いてその持ち主が這い出した。
「ぺっぺっ!………うぇ、口の中砂まみれ」
出てきたのは他でもない、カイト。口の中から砂粒を吐き出して、周囲に気がついたのか動きを止める。辺りを見渡して、目の前で尻餅をついているガジルを見つけると首を傾けた。
「ガジル、まさか君……」
「ンなワケねエだろ⁉︎」
懐疑の視線に思わずツッコむガジル。まぁ、それもそうだろうとカイトは再び周囲を見渡す。大気中の魔力の乱れはあるものの目立つような破壊痕もなく、大地を含めた街全体が転移したかの印象。人の手や破壊兵器によって、という線は捨てて良いと考える。
では、どうやって?と言われても頭をひねるしかない。街全体を転移させた意味もわからず、なぜ自身とガジルが残されたのかすらもわからない。
「………君は何か知ってるかい?ねぇ、ミストガン」
「なにっ⁉︎」
「…………」
ちらりとカイトが横目を向いて問い掛ければ、観念したのか空間から湧き出るようにして現れたミストガン。いつもの覆面はしておらず、その下の素顔、ジェラールと瓜二つの顔が申し訳なさそうに歪んでいた。
まさか他に人がいるとは思わず、そして面識はなくとも犯罪者として大々的に取り上げられていたジェラールの顔を知っていたガジルがその腕を鉄へと変えるが、カイトがそれを手で制する。
「久しぶりだねぇ♪…………と、言いたいところだけど、ミストガン。君は何か知っているね?」
疑問から確信めいた言葉へ。たまたま居合わせただけならば隠れる必要などなく、気付いた時点で合流すればいいだけだ。何より後ろめたさを雄弁に語るその表情が何よりの証拠だ。
「………すまない。君たちを……この街を巻き込みたくはなかったんだ」
「オイ、どォゆーことなンだ?」
「この街を消したのは、私の故郷が原因だ」
苦しげに、そう言葉を絞り出したミストガン。瞬間、周囲に展開された魔法陣から影の刃が生まれ、ミストガンの逃げ場をなくす。身じろぎひとつでもすれば傷を負う状態。身動きひとつ、背中の杖にも手を伸ばさないミストガンの様子を暫し眺めると、ため息をこぼして拘束を解除した。
「はぁ……敵じゃないみたいだね。ごめんよ、ミストガン」
「いや、君の怒りはごもっともだ。気にしないでくれ」
「………イイのかよ?」
「大丈夫だよ♪彼が本気なら、あんな拘束すぐに抜けてるさ♪」
それに、仲間内で疑心暗鬼になるのも嫌だしね♪と笑うカイト。嘘つきめ、と溢したガジルはもっともである。
「それで、教えてもらえるかな?この状況と解決策を」
「ああ」
そうしてミストガンの口から紡がれたのは、俄には信じがたい話。
ミストガンの故郷、エドラスはこの世界とは別の世界にあり、そこでは魔力の使用は限られている。需要と供給の見合わないエドラス世界の生活は当然のごとく魔力を枯渇させる事態へと。
その魔力を補うために作り出されたのが別世界の魔力を吸収する魔法、超亜空間魔法アニマ。6年前から始まったこの計画は思う様な成果を得られず、予定の十分の一以下の魔力しか集まらない。
それは間違いなくミストガンがアニマを閉めて回っていたお陰なのだが、今回は桁違いの大きさゆえに防ぐことなど出来ず、結果としてギルドをはじめとしたマグノリアの街が飲み込まれてしまったのだ。
特殊な魔力を持つ滅竜魔導士の面々は対象を外れ、元よりエドラスの住人であるシャルルとハッピーも難を逃れていた。
ナツとウェンディ、シャルルとハッピーはギルドを取り戻すために既にエドラスへ。そして星霊のおかげで取り残されていたルーシィも、既にミストガンの手によって送り出されていた。
「身勝手な話だとは、わかっている。だが、頼む‼︎君たちの手を貸してくれ‼︎」
「カッカッカ♪言われるまでもないよ♪」
元よりカイトにとってギルドは第二の故郷だ。それが奪われたとなれば取り戻すことに躊躇いはない。例え、
「君もおんなじ気持ちだろう、ガジル?」
「あ?オレはパス、ンなめんどくせぇことやってられっか」
同意を求める様にそちらを振り向けば、返ってきたのはまさかの拒否。言葉通り手を貸すつもりはないようで、背を向けてどこかへと去ろうとしてしまう。
しかし、本当は気になっているのだろう。その足取りは少しゆっくりだ。タダ働きはごめんだ、と察したカイトは仕方がないとため息を溢す。
「ねぇ、ミストガン。シャルルとハッピーはそのエドラスの住人なんだよね?」
「あ、ああ。エクシードと言って、向こうでは神と崇められる、唯一体内に魔力を持つ者だ」
「なるほど。なら、あの2人以外にもたくさんいるってことだよね?」
「無論だ。浮遊島のひとつがエクシードたちの国となっている」
カイトたちの会話に、ぴたりとガジルの足が止まる。最近ガジルが探しているモノの正体、それはハッピーやシャルルと同じように歩いて喋るネコだ。
ギルドの滅竜魔導士3人中、1人だけ
最近、不審な動きの人がいると何度もクレームが来ており、探ってみたらオレのネコとぼやくガジルだと判明。弱みを握られている状態で交渉など愚の骨頂だと薄く笑うカイトは、続く言葉を強調するように紡ぐ。
「へぇ〜。じゃあ、もしかしたら、誰か1人、気が合って、相棒、な〜んてことも、あるかもしれないねぇ♪」
「ッ〜‼︎わーったよ‼︎いきゃあいいンだろ、いきゃあ‼︎」
日頃の行いがばれていると悟ったのだろう、顔を真っ赤にしたガジルがズカズカと足音を鳴らして戻ってくる。うまくいったと笑うカイトに、懐疑の視線を送るミストガン。実力はともかく、本当に頼んでよかったのだろうかと。
「さて、そろそろ向かおうか♪あんまり悠長にしていると、弊害も出そうだしね♪」
「んんっ!その前に、コレを」
「ああ?アメか?」
「エクスボールという。あちらでは魔法を自在に使えない。その対策だ」
空返事ひとつ、渡されたエクスボールを飲み込んで余剰分を影の中にしまい込む。準備は整い、ミストガンが地面に杖を突き刺して魔法陣を広げる。
「散ったアニマの残骸を集めて、入口を作る。私から離れないでくれ。どこに飛ばされるかもわからん」
「チッ!帰ったら腹一杯鉄食わせろよ」
「カッカッカ♪ああ、お安いご用意さ♪」
「行くぞ‼︎」
魔法陣が一際大きく輝き、目が眩むほどの閃光が辺りを襲った。光が収まった後には何も残らず、ただ閑散とした荒野が広がるのであった。