FAIRY TAIL 〜Those called clowns〜 作:桜大好き野郎
墜落したレギオンを盾にして、地面との衝突を免れたヴァーミリオン。同乗していた近衛数人も同じ様にして難を逃れていたが、カイトの魔法を少なからず受けたせいか戦線復帰は難しそうだ。
「現状報告を」
「っ………。全員命に別状はありませんが戦闘は不可能。現在、救難信号を送って部隊を集めています」
「わかりました。貴方達は下がっていなさい」
淡々とした命令を下し、部下に一瞥もかけない姿は冷徹にも見える。しかし、部下もわかっていた。目の前の敵はそんな隙を見せていい相手ではないと。
ゆっくりと焦らす様に、もしくは威圧する様に降り立つカイト。胡散臭い笑みは鳴りを潜め、感情が抜け切った表情ははっきり言って気味が悪い。両手をポケットに入れ隙だらけの様ではあるが、油断ならない雰囲気は部下たちも感じていた。
「しぶといねぇ、お前も。今ので死んでいれば楽になれただろうに」
「しぶとく生き抜いてみせますとも。この国の安寧のために」
「安寧?魔力を手に入れれば幸せだとでも?」
そんな事あるわけないだろうとでも言わんばかりに肩をすくめ、足元の影が蠢く。ざわざわと湧き立つ影はまるでカイトの内心の苛立ちを表しているようで。
「魔力があろうとなかろうと、この国は変わらないだろうさ。いや、なまじ力を手に入れた分、そこかしこで争いが起こるだろうね」
「それでも、我々には魔力が必要なのです」
「知らないよ。知ったことかよ。お前達のために犠牲になってたまるかって話だよ」
優しい言葉も、慰めも、激励も投げつけず、淡々とそう告げるカイト。生きるとは、他の犠牲の上に成り立つものだ。犠牲を無視して己は己の力のみで生きている、と宣う者はそういないだろう。誰だって食い物にされたくないし、犠牲にだってなりたくない。
それがわかっているからこそ、カイトはフェアリーテイルを狙った事には怒りを覚えるが、エドラスが行う政策に文句をつけるつもりはない。
この戦いは間違いなく生存競争。食うか食われるかの戦い。憐憫も、思いやりも、敗者に対する侮辱だと捉えているからだ。
「
足元から溢れ出すのは殺伐とした雰囲気とは場違いの、黒く美しい蝶の群れ。部下たちがあまりの光景に見惚れてしまうが、次の瞬間辺り一面を爆発が包んだ。樹々や大地が爆煙に紛れて舞う中、それを切り裂いたのはヴァーミリオンの拳。
空に向かって放たれた正拳突きは衝撃波を生み、暗くなった視界を晴らす。背後にいる部下たちを守ったようで防げなかったのか所々煤けているが、動きには支障がないらしい。踏み込んだ脚が大地を割り、一足飛びでカイトの懐へと向かう。
「読めてるよ」
しかしその途中、足元から伸びた影の手がヴァーミリオンの行手を阻む。足首が掴まれる寸前のところで後退し事なきを得るが、以前距離は開いたままだ。
「お前の魔法、一つは身体強化。もう一つはその手甲から衝撃波を放つものだろう?」
「……よくお分かりになりましたね。我が魔法は王より特別に下賜されたもの。ヒントは与えていない筈ですが」
「あれだけ食らえば流石に、ね」
エルザと同等かそれ以上の身体能力を素で出せるなどいるはずもない。それに加えて展開した防御魔法を破壊するとなると、力任せではまず不可能。そこから導き出した答えだが、ですが、とヴァーミリオンは言葉を紡ぐ。
「少し訂正がございます。我が魔法はただ衝撃波を放つのではありません」
ヴァーミリオンが拳を空に向けて振るった瞬間、2人の間を遮るように伸びた無数の影の手が弾かれる。まるで大砲の弾でも撃ち込まれたかのような衝撃の後、大地を殴ったヴァーミリオンを起点に放射状に伸びる地割れ。飛んで躱せばそこには両手を組んで高々と振り上げるヴァーミリオンの姿。
呆気にとられる暇なく振り下ろされた両拳は過不足なくカイトを捉え、その身体を比喩なく地面へと沈めた。
「このように衝撃波を操る事が可能です」
続けてカイトの消えた穴の周囲に向けて複数の拳を放てば、波のように広がった衝撃波が大地を砂へと変える。砂の重みで潰されてしまえと思う反面、これで仕留められたとは思っていない。
奥底から這い上がる振動を感じて後退すれば、そこから伸びる巨大な影の腕。握った拳が開かれて現れたカイトは耳に入った砂を落としながらヴァーミリオンに視線を向ける。
そうして、わかりやすく指でヴァーミリオンを指し示せば周囲に展開された魔法陣から伸びる影の刃。四方八方から迫り来る攻撃をその場から動く事なく、身体強化の魔法をフルに活用して破壊する。拳を放つたびに周囲に円状に広がる衝撃波。それが影の操作を阻害して事なきを得ていた。
「くそっ‼︎援軍はまだか⁉︎」
「それが、突如現れたフェアリーテイルに妨害を受けているらしく‼︎」
「なにィ⁉︎」
ヴァーミリオン1人に重荷を背負わせる事に不甲斐なさを覚え、早く増援をと叫ぶが、増援部隊は現在エドラスのフェアリーテイルの妨害を受けていた。元々は墜落したグレイ、ルーシィ、ココ、ハッピー、シャルルの追撃だったのだが、アースランドの人間が頑張っている中、自分たちも負けていられないと今まで逃げの一手だったギルドが参戦。数が増えた事により王国軍は苦戦を強いられているのだ。
あまりの事態に歯噛みする部隊の副隊長。手持ちの魔法道具は落下の衝撃で使えず、そうでなくとも身体を動かすだけで精一杯なのだ。このまま参戦しようものならば足手纏いでしかない。
「ちくしょう‼︎なんでだよ‼︎お前らの世界じゃ魔力は無限にあるんだろ⁉︎オレたちにもわけてくれりゃいいじゃねェか‼︎」
「副隊長‼︎危ない‼︎」
四つん這いになりながらも悔しさから地面を殴る副隊長。それに対する返答は近くの茂みから飛び出す影の槍。咄嗟の事で動けず唖然とする副隊長目掛けて放たれたそれは、他でもないヴァーミリオンが受け止めた。
「た、隊長……」
「っ………‼︎」
しかし、全くの無傷というわけではない。伸ばした右腕を盾にしたせいで手甲ごと槍に貫かれるのは堪えたのか、流石に表情を少し歪めるヴァーミリオン。残る左腕で魔法を破壊するが、腕に刺さった槍が消えると同時に自慢の手甲も砕けてしまう。
「隊長………っ‼︎え、衛生兵‼︎止血を‼︎回復魔法を、早く‼︎」
「無理です‼︎道具が壊れていて……っ‼︎」
「おや、それは残念だねぇ」
「っ‼︎‼︎」
全くそんなこと思っていないだろうに、カイトが台座にしていた巨腕から跳び退くとヴァーミリオン目掛けて拳が振るわれる。それにいち早く気づいたヴァーミリオンが左腕で応戦するが、サイズ差は元より酷使しすぎたのだろう。拳がぶつかり合う瞬間、魔法を発動する暇なく手甲は破壊されそのまま森の奥へと弾き飛ばされてしまった。
それを追いかけようと、急ぐこともなく悠々と歩みを進めるカイトを、部下たちが止める。手に持つ武器を、壊れた今鈍器にしか使えない魔法道具をカイト目掛けて振り下ろす。
だが、それらに一瞥向けることなく、足元の影がそれらを受け止めて弾き返した。仰向けに倒れた部下たちを影の魔法で捕らえ、意識を向けることさえできない事に悔しさを隠しきれない副隊長に、背を向けたままのカイトが思い出したように告げる。
「ああ、さっきの返答だけれども。お前達がこの世界を救いたいと願うに、俺達もギルドを犠牲にしたくないってだけさ。誰だって、犠牲にはなりたくはないだろう?」
◇◆◇◆
「げほっ……ごほっ!」
森の奥へと殴り飛ばされたヴァーミリオン。一瞬飛んだ意識を繋げば腹の奥から込み上げる不快感にむせかえる。仰向けに横たわるせいで口元は血混じりの唾液に塗れ、それを反射的に拭おうと腕を動かそうとすれば激痛が走る。
さしもの鉄面皮も歪み、動かせない両腕の代わりに腹筋の力で上体を起こせば視界に映るのは見るも無惨な両腕。右腕には穴が開き、左腕は指の先端から肘にかけてひしゃげている。身動ぎひとつで走る激痛に顔を顰めながらも、両脚に力をこめて立ち上がるヴァーミリオン。
戦闘など出来る身体ではないというのに、その瞳に諦めの色はない。無限の魔力のために、ひいては国王への恩義のために、何より弟のために、ここで膝をつくわけにはいかないのだ。
(力が………スーツも、壊れましたか………)
いつもなら身体能力の向上の魔法を持つスーツのお陰で幾分かマシな筈の身体も、魔力が無ければ意味がない。実際はガラ空きになった王城に忍び込んだミストガンによるアニマの逆回転によりエドラスから魔力が消えている影響なのだが、そんな事を知る由もなく。
己の力のみで立ち上がったヴァーミリオン。荒い息のまま見つめる先にいたのは悠々と歩くカイトの姿。ヴァーミリオンの嫌いな人外、人を救うことさえしない化け物。
「まだ立てるとはねぇ。横になっていた方がラクだろうに」
何の感情も込められていない、路肩の石でも見るような視線に、忌々しいとばかりに口内の唾を吐き出して応えるヴァーミリオン。
半身の構えを取るが痛々しいその姿に警戒する価値もなしとばかりに肩をすくめて徒歩で距離を縮める。振るわれたハイキックを躱せば、そのままバランスを崩して倒れてしまった。それでも立ちあがろうとするヴァーミリオンの背中をカイトは踏みつけ、あまりの呆気なさにため息を溢す。
「ぐぅっ‼︎」
「もう諦めなよ。お前に逆転の目はないし、反撃の糸口もない」
背中を踏み躙るカイトはまるで弱いもの虐めのようだと、再度ため息を溢す。確かにギルドを奪われた事に腹を立ててはいるが、別に弱者を甚振りたいわけではない。側から見れば悪役ではないかと抗議したいところだ。
少しは抵抗して欲しいものだと内心ぼやいていれば、微かながらに足元から反発が加わる。視線を下にやれば両足と額を起点に立ちあがろうとするヴァーミリオン。しかしながら力が弱すぎて脚を跳ね除けるどころか微動だにしない。
「あき………らめて、たまるもの……ですか………!」
本能的に敵わない事を察しながらも、ヴァーミリオンの心は折れない。脳裏に浮かぶのはかつて死にかけた弟の姿。魔力がなければ、力がなければ、またアレを味わうのかと思うと震えが止まらず、そして負けてはならないのだと己の心に喝を入れる。
「あの子が……ヒューズが、安心して暮らせる………世界のために………!私はっ!負けられないっ‼︎」
声を荒げ、額から血を流しながらヴァーミリオンは叫ぶ。腕が動かなかろうが、身体が悲鳴をあげようが、そんなものは知ったことではない。己の大事な人のために、2度とあんな悲劇を起こさないために、立ち上がるしかないのだ。
しかし、彼我の力量差は歴然。微動だにしないカイトは面倒だと言わんばかりに徐に片腕を上げて、魔力を込める。
「そう。まぁ、ご苦労様」
持ち上げられた腕に魔力が迸り、唸りをあげる。重体のヴァーミリオンを屠るには十分過ぎる魔力が込められた一撃。何の感慨も見せず、振り下ろそうとした刹那、横合いから飛び出したひとつの影がぶつかり、衝撃に思わずバランスを崩したカイト。
そのまま襲撃者から馬乗りのまま殴られるカイトを他所に、疲労困憊のまま顔だけそちらに向けたヴァーミリオンが目を見開く。
「ヒューズ………!」
「このっ!ねぇちゃんを、虐めんな‼︎」
守るべき、守っているはずだった、弟の姿。ヒューズの魔法は王城内にある遊園地を陣地として、その場にあるアトラクションはもちろん、水の一滴砂粒ひとつまでを操る魔法。故に彼の部隊は主に防衛を任せられている。
だというのに、魔法を使えないので慣れない肉弾戦を行い、ナツにやられた傷も治っていないというのに、この場へと馳せ参じたのだ。あまりの衝撃に言葉を無くすヴァーミリオン。
「鬱陶しいよ」
「うごっ‼︎」
「ヒューズッ‼︎」
馬乗りで殴られながらも、そも喧嘩慣れしていない者の拳など痛痒にも感じない。わずわらしいと地面から湧いた影がヒューズを押し飛ばし、徐にカイトは立ち上がる。そうして今の一撃で既にボロボロになりながらもヴァーミリオンを遮るように腕を広げるヒューズの姿を見て怪訝そうに顔を顰めた。
「何のつもりだい?敵わないと、わかっているはずだろう?」
「ヒューズ、退がりなさい‼︎」
「嫌だ‼︎ねぇちゃんを置いて逃げられるわけないだろ‼︎」
もはや動く力もなく、ただただ最愛の弟が自らを庇う姿を見せつけられ、ヴァーミリオンは悔しさに歯を噛み締める。逃げろと叫ぶが、頑なに動こうとしないヒューズは腹の底から響く鈍痛に顔を歪ませながらも、その視線はカイトを捉えていた。
「今までずっと、ねぇちゃんに守られてきたけど!オレだって、ねーちゃんを守るんだ‼︎ねぇちゃんがいなきゃ、無限の魔力手に入れたって楽しくないんだよ‼︎」
ヴァーミリオンがヒューズを大事にしてきたように、ヒューズもヴァーミリオンが大事なのだ。無限の魔力さえ手に入れば、姉はきっと昔のように笑ってくれるはずだと信じていた。あの冷たい鉄面皮を剥がせると思っていたのだ。
けれど、姉がいなくなってしまうのなら、傷ついてしまうくらいならーーー
「ねぇちゃんが死んじまうくらいなら、オレは無限の魔力なんていらねェ‼︎」
声高々にヒューズが吠えたその刹那、周囲から展開された影魔法の数々がヒューズを取り囲む。温度などないはずなのに、ひんやりとした殺気を放つ影の刃が首筋に構えられ、眼前では黒犬が獰猛な唸り声を上げる。そして何より、術者であるカイトが放つ殺気が重く、まるで暗闇の中にいるかのように黒く塗りつぶされているようにさえ見えてしまう。
言葉さえ発せなくなるほどの重圧に足腰は震え、呼吸が上手くできずにはくはくと口が動く。それでも逃げ出そうとせず、目尻に涙を浮かべながらもヒューズはカイトを睨む。そうして時間にしては30秒足らず経過したころ、場を支配していた殺気も魔法も霧散した。
「………うん、その言葉に嘘偽りなしのようだね」
「あ………お、おい!」
「安心しな。傷つけはいないよ」
腰を抜かしたようでへたりと尻を地に付けるヒューズの横を通り過ぎて、ヴァーミリオンの近くで腰を下ろす。そうして特に酷い両腕に回復魔法をかけながら、感嘆のため息を漏らす。
「強いねぇ、彼」
「………ええ、自慢の弟です」
殺気を放った時、逃げ出すならば所詮口だけだと鼻で笑ってやるつもりであったが、予想に反してヒューズは折れずにいた。真っ直ぐに、恐怖で震えながらも、その瞳はカイトから逸らすことなかったのだ。
愛する者のために我が身さえ厭わないその姿勢は世界が変わろうとも、変わらない。人の輝きは変わらないものだとほくそ笑み、怪我が治ったことに喜び姉に抱きつくヒューズを横目にカイトの身体は光に包まれ浮遊する。
空を見上げれば雲を呑む様に口を開く大穴の姿。その正体こそアニマだ。
魔力をエドラスに流し込むアニマを逆回転し、この世界から魔力を消すというミストガンの作戦は上手くいき、こうして生物を含めた魔力がエドラスから消える。
久しぶりの団欒なのだろう。嬉しそうに抱きつく弟をどう対処したものかと無表情のままワタワタと手を動かすヴァーミリオンと、ちらりと視線が合う。戦って友情が芽生えたような間柄ではなく、互いのエゴをぶつけ合った仲だ。さよならという言葉も、会釈さえ交わさない。
だが、それでいいのだと互いに思う。所詮は生存戦争をかけた自分たちが歩み寄るわけにもいかない。鼻から微かな溜息を溢し、カイトはアニマへと吸い込まれる。それを確認したヴァーミリオンは抱きつくヒューズの背中に手を回して優しく撫でる。
「ねぇちゃん………ねぇちゃんっ‼︎」
「ええ、ヒューズ。私はここにいますよ」
いつの間にか大きな背中になったものだと感慨深い想いに浸り、肩口から聞こえる安堵からの涙を見ないふりをして、ヴァーミリオンは何年振りかになる涙を静かに溢すのであった。