FAIRY TAIL 〜Those called clowns〜   作:桜大好き野郎

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子守唄

 

 

 

「よかった、まだいたか‼︎」

 

鉄の森の面々を影にしまい込んだ後、さてどうしたものかと悩んでいればグレイと遭遇した。

その表情は切羽詰まっており、余裕がないことがうかがえる。

 

「おや、グレイ。エリゴールは捕まえた?」

 

「いや。あのヤロウ、オレたちをここに閉じ込めやがった。あいつの目的はクローバーの定例会だ。そこでマスター(じいさん)たちにララバイを聞かせるつもりらしい」

 

「なるほどなるほど。それで?俺はどうすればいいのかな?」

 

「鉄の森のカゲってやつが解除の魔法を使えるみてぇだが………クソッ‼︎仲間が口封じに怪我を負わせやがった‼︎」

 

このままではマスターを見殺しにしてしまう焦り半分、仲間に手をあげる怒りが半分、といった調子のグレイ。

だが、相対するカイトは違う。 へぇ、と他人事のように呑気な返事を返すだけだ。

 

カイトにとってはフェアリーテイルの仲間と、その他少し合流がある面々が全てである。それ以外がどこで野垂れ死のうと、仲間割れで殺し合おうと知ったことではない。

闇ギルドの仲間など、その程度だろう、と考えるだけだ。

 

しかし、このままでは脱出できないことは確かだ。

カゲがいなくとも脱出できる手段はあるといえばあるが、それはカイトのみだ。周りの仲間を連れて行くことはできない。

そう考えればそのカゲを救うしか方法はないだろう。

仕方ないと吐きたいため息を抑え、いつものような飄々とした笑みを浮かべるとグレイに道を案内させる。

 

到着した先は駅の出入り口。

本来であればオシバナの町を俯瞰できるはずだが、視界の先は周囲を渦巻く風で遮られている。 これこそ魔風壁。

外から中への一方通行しか受け付けない壁だ。

 

その手前では力づくで抜け出そうとするナツとそれを制止しようとするルーシィ、刺された腹部を圧迫するエルザの姿があった。

 

「エルザ、待たせた‼︎」

 

「お待たせ、エルザ。お待ちかねのカイトだよ♪」

 

「遅い‼︎」

 

ふざけた調子のカイトに鉄拳が飛ぶ。 理不尽だ、八つ当たりだとカイトは叫ぶが自業自得である。

 

「ふざけている場合じゃない‼︎ カイト、治せるか⁉︎」

 

「ん?ん〜………このくらいならなんとか。でも、すぐに意識は戻らないと思よ、これ」

 

「治せるならいい。目の前で死なれては寝覚めが悪い」

 

全く、わがままなんだから、という言葉はさすがに飲み込んで、カイトはひとつの魔法を発動させる。

白い魔法陣が手のひらに展開されると、その中から包帯が伸びる。 それは意思を持つようにうねると、そのまま獲物に飛びかかる蛇の如くカゲの傷に巻きつく。

 

白衣(ホワイト・ローブ)。けどエルザ、何度も言うけどこれは傷()()しか回復できないよ? 頼みの解除の魔法もすぐには使えないだろうし………本当にいいの?」

 

「構わない。 救えるのなら救うべきだ」

 

「ふ〜ん………」

 

そう言いながら魔法の発動をやめる。

これは魔力を送り続ける限り持続的に発動するタイプの魔法だ。 魔力の供給を止めれば消えるし、破り捨てれば消える。

 

幾分か顔色の良くなったカゲを尻目に、行く手を遮る魔法を見やる。

ナツのように突進するだけでは破ることはまず不可能だろう。 ではどうするべきかと考えるが、やはり一番はカゲの解除頼みしかないだろう。

 

あるいはーーー

 

(地面を掘って移動する?)

 

そう考えて、鼻で笑う。

確かに影の中を移動して抜けることは考えていたが、それはあまりにも荒唐無稽すぎる。

誰も穴を掘るような魔法を使えないし、穴を掘ったとしてもその作業に多大な時間を割くことになるだろう。それでは間に合わない。行った先でマスターたちの死体を見るのがオチだ。

 

その時、ルーシィの持つ魔法「星霊魔法」による転移ができないかどうか、と言い合いをしていたナツとルーシィを見て、突然ハッピーが何かを思い出したように「あーーーー‼︎」と声を上げる。

 

「ルーシィ‼︎思い出したよっ‼︎」

 

「な、何が?」

 

「来る時言ってた事だよぉ‼︎」

 

言うなりハッピーが背中のバッグから取り出したのは金色の鍵。

ルーシィの使う星霊魔法とは、別次元に存在する星霊を呼び出す魔法だ。その媒体となるのがハッピーが取り出した鍵である。

一般的に銀色の鍵が普通なのだが、これはレア中のレア。黄道十二門と呼ばれる、星霊の中でも強力な存在を呼び出す鍵だ。

 

「それは………バルゴの鍵⁉︎ ダメじゃないっ‼︎勝手に持ってきちゃーーー‼︎‼︎」

 

「違うよ。バルゴ本人がルーシィへって」

 

「ええ⁉︎」

 

「なんの話だ?」

 

「俺に聞かれてもねぇ。………けど、星霊バルゴか」

 

バルゴとはどんな星霊だったか、埋もれている知識の中から呼び起こす。

 

処女宮のバルゴ。 黄道十二門のうちのひとつであり、その姿は契約者の望む姿に変えるという。

攻撃型、というよりはサポートがメインであり、どちらかと言えば戦闘向きではない、私生活で活躍する星霊だ。

 

使える魔法はーーー土潜(ダイバー)

 

その名の通り、地面を自在に潜る魔法。

 

「いい子だね、ハッピー♪」

 

「いや、泥棒したのよ⁉︎」

 

「違うよ‼︎ エバルーが逮捕されたから契約が解除になったんだって。それで今度はルーシィと契約したいって」

 

「ルーシィ、早く契約して。 バルゴなら穴掘ってここから出られるよ♪」

 

「それを早く言え‼︎」

 

「肘打ちっ⁉︎」

 

予想だにしないエルザからの肘打ちが、カイトの鳩尾を襲う。扱いの酷さにしくしくと泣くカイトだっが、今はそれどころではない。

ルーシィが鍵を受け取るとバルゴを呼び出す。

 

「我、星霊界との道を繋ぐもの。汝、その呼びかけに応え門をくぐれ。ーーー開け‼︎処女宮の扉‼︎バルゴ‼︎」

 

「お呼びでしょうか?ご主人様」

 

展開された魔法陣が一層の輝きを放つと、そこにメイド服を着た桃色の髪の少女が現れた。

少女と呼ぶには大人びた印象、女性と呼ぶには幼く見える外見の、ちょうど良い中間を保ったような星霊。それが処女宮のバルゴだ。

 

ルーシィ曰く、前回エバルー契約時はゴリラのような外見だったらしいが、見た目を弄れるバルゴにとっては造作もない。

 

「時間がないのっ‼︎ 契約後回しにでいい⁉︎」

 

「かしこまりました、ご主人様」

 

「てかご主人様はやめてよ‼︎」

 

そう言われてルーシィの腰にある鞭を見るバルゴ。

 

「では、嬢王様と」

 

「却下‼︎」

 

「では、姫と」

 

「そんなトコかしらね」

 

「どうでもいいから急げよ‼︎」

 

「では、いきます‼︎」

 

グレイに言われ、まるで水面に飛び込むかのように地面に潜るバルゴ。掻き分けた土はどこへ行ったのかわからないが、通った場所には道ができる。

 

我先にとナツとハッピーが穴に乗り込み、続くようにルーシィ、グレイ、エルザも進む。後に残されたカイトはカゲを背負っていた。

その場に置いていく気満々だったのだが、エルザに命令されては仕方がない。 不服ながらも表に出さず、それを承諾した。

 

抜けた先は駅からそう離れていない地点。 突風で身体が飛ばされそうになるが、進むことを阻害するほどではない。

 

「やれやれ、どうしたものかと思ったけど…………案外すごいねぇ、ルーシィ」

 

「ぅう………ここは……」

 

「おや、起きたかい? 見ての通り、オシバナの町だよ」

 

気がついたのかカイトの背中であたりを見渡すカゲ。

それが嘘ではないとわかると、馬鹿めとばかりに笑う。

 

「くっ……くく………無理、だ。い、今からじゃ追いつけるはずがねえ………オ、オレたちの勝ち……だな」

 

「カッカッカ♪ もう一回寝ときな♪」

 

「がふっ‼︎」

 

後頭部による頭突きでカゲをまた気絶させる。 視線の先ではナツとハッピーがおらず、どうやら先にエリゴールの元へと向かったようだ。

ハッピーのMAXスピードならば並大抵の魔導士は振り切れないだろう。そのかわり、長時間は飛べないのでそこは祈るばかりだが。

 

「ウソッ‼︎ 魔導四輪が壊されてる‼︎」

 

「他のもだ。近くにレンタル屋があればいいが………」

 

「何をもたもたしている、行くぞ‼︎」

 

「カッカッカ♪ 躊躇いもなくレンタルする所は素直に尊敬するよ、エルザ」

 

レンタルではなく「借りてくぞ」の一言で強奪してきたのだが、そこには触れない。

ルーシィが呆れていたが、これがフェアリーテイルの日常である。 悪名紛いの評判は伊達ではないのだ。

 

かくして脚を手に入れた一行は急ぎ、エリゴールを追うのであった。

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

ガッガッガッガ、と。

ぎりぎりな幅の線路を無理やりーーー半ば線路にぶつかるようにーーーながらも、一行はエリゴールの後を追う。

現在地はクローバーとオシバナの境にある渓谷。底の見えない谷底は覗く者の不安を掻き立てる。

 

「ぅ………こ、ここは……」

 

「目ェ覚めたか」

 

荒い道のりの中、再びカゲが目を覚ます。 オシバナ駅から脱出したのはうろ覚えながらも、しかしなぜまた気絶していたのかは思い出せない。

思い出そうとすれば顔全体に痛みが走るのでやめておく。傷は完治しているようだが、血を流しすぎたのか思考が上手くまとまらない。

だが、辺りを見渡せば大渓谷。同乗者は妖精(ハエ)ども。鈍い頭でもエリゴールを追っていることは理解できた。

 

「………なぜ僕を連れて行く?」

 

「しょうがないじゃん。町に誰にも人がいないんだから。クローバーのお医者さんにつれてってあげるって言ってんのよ。感謝しなさい」

 

「違う‼︎ なんで助ける‼︎ 敵だぞ‼︎………そうか、わかったぞ。僕を人質にエリゴールさんと交渉しようと………。無駄だよ。あの人は冷血そのものさ。僕なんかの………」

 

「うわー、暗ーい」

 

「死にてえなら殺してやろうか?」

 

「ちょっとグレイ‼︎」

 

「生き死にだけが決着の全てじゃねえだろ。もう少し、前を向いて生きろよ。オマエ等全員さ……」

 

「…………」

 

グレイの言葉を思わず聞き入ってしまうカゲ。 だが、これまでの恨みが、エリゴールを支持する心からそれを思考の外に追い出す。

オレたちは間違っていない。これは正当な復讐なのだと。

 

「まあまあ、難しい話は後にして、とりあえずは腹ごしらえ腹ごしらえ♪」

 

広くない荷台のどこにいたのか、いつのまにかそこにいたカイトが影の中からバケットを取り出す。

中をひらけばサンドイッチがそこに並べられていた。 採れたてをそのまま使ったのだろう、みずみずしい色とりどりの野菜に、黄色のチーズが食欲をそそる。

 

「おっ、美味そうだな。もらうぞ」

 

「もう、そんな場合じゃないのに…………」

 

そう言いながらサンドイッチを受け取るルーシィも腹がへっていたのだろう。 頬張ってしまうと目の色を変えた。

今まで食べたサンドイッチの中でも一番と言っていいほど美味しかったのだ。

 

まるでたった今作りましたとばかりにしゃきしゃきとした葉野菜の歯ごたえ、それにトマトの酸味、チーズの甘みが丁度良くマッチングしている。

パンもふわふわで、葉野菜の水分など吸っていないようだ。

まるで魔法のようだ、と思っていればいつのまにか完食していた。

 

「カッカッカ、喜んでもらえて何より♪ さ、君も食べな」

 

「ちょ、やめっ………」

 

「さぁさぁ、遠慮せず♪」

 

「やめっ、やめろ‼︎」

 

頬に押し付けるサンドイッチを払って抵抗するカゲ。 谷底へと落ちて行くサンドイッチを見つめるカイト。 してやった、と少し自慢げなカゲだが、その後ろでやっちまった、と驚愕のあまり声さえ出ないグレイに気づけていない。

 

刹那、ノータイムでカゲの顔面に拳が入れられた。

余談だが、フェアリーテイルの中で破ってはいけない暗黙の了解がいくつかある。

 

例えば、ミラジェーンに不用意なボディタッチはしない

 

例えば、酒が大好きなカナと飲み比べをしない

 

例えば、両思いながらも互いにドギマギするアルザックとビスカの仲を取り持たない

 

などである。

だが、その中でも禁忌とされているのが、カイトの前で食べ物を粗末にしない、である。

粗末にすれば最後、滅多にキレないカイトが鬼の形相で、それはもう言葉では言い表せない仕置を受けるとされているのだ。

 

あのナツとグレイでさえ喧嘩する時カイトがそこにいれば、食べ物が周囲にないか気にするレベルである。

つまりはエルザと同じくらい怖いのだ。 暴力を使う事に抵抗がない状態なのだ。

 

マウントを取りながらも殴る事をやめないカイトを、さすがにグレイが後ろから羽交い締めにする形で止めた。

 

「お、落ち着け‼︎ オレの名言チャラにする気か⁉︎」

 

「離して、グレイ。クローバーに着く前に息の根止める」

 

「頼むから落ち着け‼︎」

 

いつもの飄々とした物腰はどこへやら。食べ物を粗末にするなど万死に当たるとばかりの勢いである。

駅の時とは違う、素の表情を見せるカイトにドン引きするルーシィだったが、突然魔導四輪が大きく揺れバランスを崩してしまう。

 

倒れた先にはカゲ。意識をなんとか保っていたのだが、揺れと共に降ってきたルーシィのケツに襲われ、今度こそダウンと相成った。

 

「ルーシィ、オマエ………」

 

「わ、わざとじゃないのよ‼︎ てか、カイトもその人を捨てようとしないで‼︎」

 

どさくさに紛れてカゲを谷底に放り投げようとしていたカイトは、ちぇ〜っと不満そうに呟き、渋々カゲを床に寝かせる。

回復させるつもりはなく、それよりもと運転するエルザの方に近づいた。

 

「エルザー、大丈夫? 変わろうか?」

 

「大丈夫だ。お前たちはもしもの時に備えていてくれ」

 

そう返事を返すエルザだが、見るからに呼吸が荒く、大丈夫なようには見えない。

魔導四輪は魔力を糧に乗る乗り物だ。 当然スピードを出せば出すほど魔力は持っていかれる。 だというのにここまでエルザはスピードを緩めることなく進んでいる。体内に残る魔力はほとんど尽きかけていた。

 

魔法を使う人間にとって、魔力とは生命の源に等しい。 魔力が溢れれば活力がみなぎるし、底を尽けば死に至る。

現にエルザの視界は既にくらみ、手先に力が入らない。 それでも、と気力でハンドルを握る背中にカイトがそっと手を添える。

次の瞬間、まるで鈍くなっていた血液が回りだすように、エルザの身体の隅々まで魔力が行き渡る。

 

これは魔法ではなく、カイトの特技だ。

相手の魔力の質を真似し、器に水を注ぐように魔力を送るだけだとは本人の言だが、普通は魔力の質を変えることはできるがそれを他人に送ることなど不可能である。

 

「カイト………」

 

「ここで倒れられても困るからね。 このくらいはいいでしょ♪」

 

ヘラヘラと笑うカイト。

つられるようにエルザも笑みを浮かべ、前を向いて向く。

 

「後で覚悟しておけ」

 

「あれ? ここは感謝されるところじゃないの⁉︎ しばかれるの⁉︎」

 

「命令違反には違わないだろう?」

 

「カッカッカ…………わー、理不尽」

 

力なく笑うカイトを尻目に、エルザは魔導四輪の速度を上げる。

一刻も早くエリゴールに追いつくべく。

 

 

そして数分後………。

 

 

「お!遅かったじゃねえか。もう終わったぞ」

 

「あい」

 

追いついた頃には既に戦闘は終わり、ナツの足元で大の字になってのびるエリゴールの姿がそこにあった。

途中で意識を取り戻したカゲが信じられないとばかりに声を上げていたが、ヨロヨロと力なく座席に座ったきり黙ってしまった。

 

「ケッ。こんなの相手に苦戦しやがって、フェアリーテイルの格が下がるぜ」

 

「苦戦?どこが⁉︎圧勝だよ。な?ハッピー」

 

「微妙なトコです」

 

「おまえ……裸にマフラーって変態みてーだぞ」

 

「おまえに言われたらおしまいだ」

 

「はいはい、ケンカしない。とりあえずナツ、お疲れ様♪ お陰でマスターたちは守られたよ♪」

 

「ついでだ。定例会の会場へ行き、事件の報告と笛の処分についてマスターに指示を仰ごう」

 

「クローバーはすぐそこだもんね」

 

和気藹々と、脅威は去ったとばかりにそれぞれ緊張感を解きほぐし、肩の力を抜く。

しかし、停車させたはずの魔導四輪からエンジン音が鳴ったかと思うと、突如として発信する。

道幅のない、狭い線路上だ。 落ちそうになりながらも魔導四輪をかわす。

 

「ハッハア‼︎ ララバイはもらった‼︎ ざまあみろーーー‼︎」

 

歓喜の声をあげるのは運転手のカゲ。 その手には魔法で回収されたララバイが握られている。

 

「カゲ‼︎」

 

「あんのやろォォォ‼︎‼︎」

 

「何なのよ‼︎‼︎ 助けてあげたのにーーー‼︎‼︎」

 

「追うぞ‼︎‼︎」

 

「カッカッカ‼︎ もちろん‼︎」

 

走って追いかける一同だが、それで追いつけるはずもなく、魔導四輪は次第にその姿を小さくしていくのであった。

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

クローバーの町の定例会会場。

定例会といってもそこまで堅苦しくなく、どちらかといえばマスターたちの飲み会に近い会議が行われているそこにカゲは辿り着いた。

 

その手に持つのはララバイ。音色を聴いただけで対象を呪い殺す魔法道具。

 

会場全体に聞こえる位置を定めると、そこで笛に口をつける。だが、その瞬間後ろから肩を叩かれた。 驚きのあまり笛から口を離すと恐る恐る振り返るーーー頬をつつかれた。

 

「ふひゃひゃひゃひゃひゃ‼︎ーーーゲホッゲホッ。いかんいかん。こんな事してる場合じゃなかった。急いであの4人の行き先を調べねば」

 

振り返った先にいたのは小柄なおじいちゃん。笑ったり咳き込んだりと忙しいこの人物こそフェアリーテイルのマスター、マカロフである。

つくづく妖精(ハエ)に縁がある一日だ、と嫌気が刺しつつも、カゲの中で最初の犠牲者は決まった。

 

包帯で巻かれたカゲを病人として見たのか、早く病院に戻れとだけ言い残して去ろうとするマカロフを呼び止める。

 

「あ、あの………。一曲、聴いていきませんか?病院は楽器が禁止されているもので………」

 

あからさまに訝しむマカロフに演技が足りなかったかと内心舌打ちしつつも、決して焦らない。

困ったような笑みを浮かべて「誰かに聞いてほしいんです」と告げると、ようやく相手が折れた。

 

「急いどるんじゃ。一曲だけじゃぞ」

 

「ええ」

 

勝った、と思わず叫びそうになる言葉を飲み込む。

これでようやく悲願が叶うと、魔法界への復讐が果たされると、全てを変えることができると期待に胸を膨らませて笛を口に近づける。

 

「よぉく聞いててくださいね」

 

あと一吹き。

それだけで笛は音楽を奏で、辺りの命を奪う音色を歌う。

 

だと言うのに。

あと少しだというのに、カゲの脳裏にはハエと嘲笑し、見下してきたはずのフェアリーテイルの顔が浮かぶ。

 

ナツのように、誰かのためにあれだけ怒りをあらわにしたことがあっただろうか。

 

グレイのように、前を向いて生きていただろうか。

 

エルザのように、あれだけ他人の心配をしたことがあっただろうか。

 

ドクン、ドクンと心音が耳元に響く。

 

「いた‼︎」

 

「じっちゃん‼︎」

 

「マスター‼︎」

 

「しっ。今イイトコなんだから見てなさい♡」

 

木々を抜けてようやく追いついた一同を止めたのは、女性服を着てあご髭を生やす男性。

右腕には正規ギルドである青い天馬(ブルーペガサス)の紋章。彼はマスターであるボブ(♂)である。

 

「おやおや、マスターボブ。久しぶりだね♪」

 

「あら、カイトちゃん。相変わらずかわいいわね♡ そっちの子たちも………ウフフ♡」

 

「ふざけてる場合ないでしょ‼︎」

 

「落ち着きな、嬢ちゃん。おもしれェトコなんだからよ」

 

ボブの隣に立つのは黒い帽子に黒い服、サングラスに棘の生えた首輪というなかなかにパンクな格好をした男。

顔のシワが目立つが服装は若い頃から変わらない四つ首の猟犬(クワトロケルベロス)のマスター、ゴールドマインである。

 

ゴールドマインの言う通り、カゲは笛を吹く様子はない。何かに怯えるように震え、固まっているだけだ。

 

「………何も変わらんよ」

 

ぞくり、と悪寒が襲った。

その一言で理解してしまったのだ。 全てマカロフに筒抜けだったのだと。 少ない会話の中で目論見を見抜かれたのだと。

 

「弱い人間はいつまでたっても弱いまま。しかし弱さの全てが悪ではないーーーもともと人間なんて弱い生き物じゃ。 一人じゃ不安だからギルドがあるーーー仲間がいる」

 

「強く生きる為に寄り添いあって歩いていく。 不器用なものは人より多くの壁にぶつかるし、遠回りをするかもしれん。しかし、明日を信じて踏み出せば自ずと力は湧いてくるーーー強く生きようと笑っていける。そんな笛に頼らなくても、な」

 

コト、とララバイが地に落ちる。そして敗北を表すように五体を地につけたカゲが「参りました」と口にした。

 

「マスター‼︎」

 

「じっちゃん‼︎」

 

「じーさん‼︎」

 

安堵の表情で飛び出す一同。 その登場に度肝を抜かれたマカロフにエルザが抱きつく。

しかし、エルザが身に纏うのは鎧だ。抱き寄せる者を痛めつける、カイト命名「悪魔の抱擁」。 その鎧の下には豊満な胸があるのだが、そんなものは望むべくもない。

 

「さすがです‼︎今の言葉、目頭が熱くなりました‼︎」

 

「痛っ‼︎」

 

「じっちゃんスゲェなァ‼︎」

 

「一件落着だな」

 

「ホラ、アンタ医者行くわよ」

 

「よくわからないけどアンタもかわいいわ〜♡」

 

「しかし、デカくなったな。オマエは」

 

「カッカッカ♪ ゴールドマインさんは老けたねぇ♪」

 

和やかなムード。

事件がひと段落したのだという弛緩した空気。

それぞれが笑い合う空気の中、それを裂くような低い声が一同の足元から聞こえた。

 

「カカカ………どいつもこいつも、根性のねェ魔導士どもだ」

 

ぎょっ、とする一同が振り返ると、ララバイの先端、3つ眼の髑髏の口から黒い霧が立ち上っている。

声の発生源は間違いなくララバイからだ。

 

「もう我慢できん。ワシ自ら喰ってやろう」

 

煙の量は見る見るうちに増え、ララバイ本来の姿を形作っていく。

 

「貴様等の魂をな………」

 

数秒後、現れたのは樹木のような肌を持つ怪物。

身体のいくつかに空洞が広がり笛だった時の名残が残っているが、誰がどう見ても怪物。 定例会会場よりも巨大な身体は見る者を圧倒させる迫力がある。

 

こればかりはカゲも知らなかったらしく、何が起こったのだと慌てていた。

 

「ちょ、何よこれ⁉︎ どうなってるの⁉︎」

 

「あの怪物がララバイそのものなのさ。つまり生きた魔法ーーーそれがゼレフの魔法だ」

 

「ゼレフ⁉︎ ゼレフってあの大昔の⁉︎」

 

「黒魔導士ゼレフ。魔法界の歴史上最も凶悪だった魔導士………。何百年も前の負の遺産がこんな時代に姿を表すなんてね………」

 

おとぎ話にも登場する魔導士、ゼレフ。

その名は恐れられ、その魔導は禁忌とされ、その姿は誰も知らない、もはや架空とされている人物である。

だが、その存在を示すように禁忌とされた魔法は数多く存在し、多重に封印されたものまである。 そしてそのうちの1つが一同の目の前に存在しているのだ。

 

いち早く構えたのはナツだ。

雄叫びをあげてララバイへと突っ込む。

 

「オオォオオオオオ‼︎」

 

「ナツ‼︎」

 

最初の登場から動きのないララバイ。

ルーシィの心配を背に足元から駆け上ろうとするナツ。

 

だが突如、ポスッ、と大きく張った布に突撃したときのような、ふわり軽く空気に抵抗されたような感触がナツを襲いーーー

 

「んあ⁉︎」

 

勢いそのままナツが突っ込むと、布を引き裂くような音が辺りに響いた。

 

「はっ⁉︎」

 

「ンのヤロォ………」

 

「えっ⁉︎えっ⁉︎」

 

ルーシィが困惑するのも無理はない。

何せナツの動きに合わせるように周囲の景色ごとララバイが引き裂かれたかと思うと、その向こうに何も変わらない景色が広がっているのだから。

 

まるでハリボテに騙されたような、そんな感覚。

ふわりと残骸がはためくと、役目は果たしたとばかりに空気に溶けて消えた。

 

呆気に取られるルーシィの背後から、微かに何か巨大なものが倒れるような音がする。 釣られてみれば遠くにララバイがいた。 なにかと戦っているらしく激しい動きを繰り返しているが、ララバイでさえ小さく見える距離だ。相手が何なのかなど見えるはずもない。

 

「えっ⁉︎ さ、さっきまでここにいたはずなのに………」

 

「ん? ルーシィは初めてだったな」

 

落ち着いた様子で応えるのはエルザだ。

 

「今のはカイトの魔法だ。 私たちや会場にいたマスターたちを移動させたのだろう」

 

ほら、と言われて周囲を見れば、たしかに。

先ほどまでいなかった人々がルーシィと同じように困惑した様子で右往左往している。

しかし、当の元凶の姿はどこにもない。 つまりあの場で戦っているということだ。

 

「まったく………いつも一言告げろと………」

 

「落ち着いてる場合なの⁉︎ それより早く助けに行かなくちゃ………‼︎」

 

「安心せい。モンスター退治はあやつの十八番じゃ」

 

そう答えたのはマカロフだ。

自分たちはゆっくりと迎えにいけばいいと告げるマカロフに、続くようにエルザも頷く。

 

しかし、そう言われて安心できるはずがない。

ならばと思いナツたちを連れて行こうと振り返るが、そこではグレイと殴り合うナツの姿があった。

 

ハッピー曰く、騙されたナツをグレイが煽り、そこからはいつもの流れだとのこと。

ああなっては動こうとしないだろう。 がくり、と肩を落とすルーシィ。

 

「そう心配するな。あいつは信用はならないが、信頼はできる」

 

慰めるようなエルザの言葉も、今のルーシィには届かず夜闇に溶けていくのであった。

 

 

 

◇◆◇◆

 

「キサマ、何をした………」

 

困惑していたのはルーシィだけではない。同じようにララバイも突然の出来事に状況を把握できていなかった。

 

数百年ぶりに外へと出て、腹一杯に(エサ)を食らおうと思っていた矢先、その姿が掻き消えたのだ。

後に残るはカイトだけ。 建物の中からも人の気配はしない。

食物を奪われたことに苛立つララバイだが、相対するカイトはどこ吹く風。

 

奇怪な窓掛(トリッキー・カーテン)。なぁに、範囲内の人を移動させるだけの、つまらない魔法さ」

 

なんでもないとばかりにカラカラと笑うカイトだが、そんなことはありえない、バカにしているのかとララバイは舌打ちする。

空間移動の魔法はたしかにあるが、それは術者しか移動できない。 術者にくっついて移動することもできるが、せいぜい5、6人。それ以上は不可能、人が行使する魔法の限界だからだ。

 

「戯言を………」

 

「嘘じゃないんだけどねぇ。まぁ、いいか。俺がやることは変わらないからね♪」

 

パチン、と指を鳴らすとその腕を展開された魔法陣が通過し、その腕に魔法を纏わせる。

 

「俺は怒ってるんだよ、ララバイ。 せっかく舞台はめでたしめでたしで終わろうとしているのに、君の登場は蛇足だ。 強制的なハッピーエンド(デウス・エクス・マキナ)にさえ劣るよ」

 

まったく〜、と怒っていると公言する割に呑気な様子なカイトが再度指を鳴らす。 その瞬間、赤黒い化け物を思わせるような腕に変化が生じた。

まるで卵がひび割れるかのように指先から亀裂が入り、徐々にその中身が姿をあらわす。

 

そこにあったのは白

 

純白であることをしめすような

 

黒を拒絶するような

 

純真無垢を体現するかのような

 

悪魔のような腕から神々しさを思わせる白へ

 

腕の形状こそ変わらないが、色が変わるだけで印象がガラリと変わる。

 

気がつけば腕は全て白色のものへと変わり、カイト自身もいつのまにか袖口に飾りのついた白いコートを羽織り、顔にはベネチアンマスク、髪の色も黒から白へと変色していた。

 

「混沌ノ鎧ーーーバージョン、混沌ノ道化師(カオス・クラウン)。さてさて、お客さんがいない劇場で、いつまでも幕を開いているわけにはいかない。 降って湧いた悪役にはご退場を願おうか」

 

仮面の奥底で悪魔が笑うような、そんな姿をララバイは幻視した。

 

 

 

 

 

 


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