FAIRY TAIL 〜Those called clowns〜   作:桜大好き野郎

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天狼島−④

 

「ま、待って‼︎」

 

 

 地面に転がる自身を嘲笑うかのように遠くなる化物の姿。伸ばした手は届かず、出した声は届かない。

 化物に手を出される、という経験はウェンディの短い人生の中でも初めてで、至近距離からの殺意に身をすくめてしまった。死に瀕したとき、自分でも驚くくらいに世界がスローモーションに見えて、今まさに命を奪わんとする化物の姿が鮮明に見えていた。

 

 ツノや羽に差異はあれど、御伽話に出てくる吸血鬼。血を啜り、夜の闇を好む人外。幼い頃、早く寝ないと吸血鬼が襲いにくるぞと何度もロウバウルに揶揄われた化物が目の前にいた。

 

 ドラゴンのように縦に割れた紅い双眸がウェンディを捉え、口の端から流す血混じりの唾液が首まで流れる。けれども、ウェンディがその命を散らす刹那、化物が動きを止めたのだ。

 

 なぜかはわからない。だが、何かに怯えるように顔をくしゃりと歪めるとその場から逃げてしまった。

 

 なぜ手を伸ばしたのか、ウェンディにもわからない。だが、妙な確信が胸の中にあった。

 

 

「待って……カイトさん‼︎」

 

 

 カイト。ウェンディの憧れた人であり、これまでお世話になってきた、優しいギルドの先輩。シャルルからは男の趣味が悪いと言われるが、そんな事はないと胸を張って答えられる。

 

 確かにお世辞にも人間性は良いとは言えないだらう。空気の読めなさや人を煽る仕草など、欠点を挙げればキリがない。

 だが、ウェンディにとってそれを補って有り余るくらいにカイトの良いところを知っている。いつだって誰かの為に行動するカイトを、こちらを気遣ってくれるカイトを、下手くそな笑みで落ち込む自身を励ましてくれるカイトを、よく知っている。

 

 そんなカイトが自身に手をあげようとしたなど信じたくはない。しかし、匂いや姿が変わろうとも憧れて目で追っていた人を間違えるはずがなかった。

 

 あんな状態のカイトを1人にしておけないと追いかけようとしたウェンディに、待ったの声がかかった。

 

 

「待ちなさい、ウェンディ‼︎それどころじゃないわ‼︎」

 

「今のでマスターの傷が開いた‼︎くそ、血が止まらねぇ‼︎」

 

 

 カイトの起こした突風に煽られてか、地面を二転三転した重傷のマカロフ。シャルルやリリーの言葉通り、巻いた包帯から血が滲み出していた。

 一瞬の迷い。口惜しくカイトの去った後を睨むと、すぐにマカロフに駆け寄り回復魔法を施す。幾分かよくなった顔色と傷口にほっとため息を溢し、疲労から流れる汗を拭う。

 

 

「ウェンディーーー‼︎」

 

「ナツさん‼︎ルーシィさんも‼︎」

 

 

 何かを追ってこの場から消えていたナツとハッピー、そして別チームで行方のわからなかったルーシィも合流。無事にまた会えた事にウェンディの表情に歓喜が溢れるが、それどころではないと頭を振る。

 

 

「ナツさん、今カイトさんがここに来て‼︎」

 

「なにィ?にゃろう、ドコ行ったんだ?」

 

 

 合流したというのにこの場を去ったと認識したナツが辺りを見渡すが、誰もいない。匂いを頼りに探し出そうとするが、そこにカイトの匂いはなく煮詰めたように濃厚な血の匂いが森の奥に続くのみ。

 そうではないと訂正するウェンディに、状態のよく飲み込めない3人が頭を傾げた。

 

 

「そうじゃないんです‼︎なんだか様子がおかしくて……」

 

「アイツがおかしいのはいつもの事じゃねェか」

 

「そうじゃなくて‼︎」

 

「どう言う事なの?」

 

「化物が出たのよ」

 

 

 慌てるウェンディでは上手く説明できないと判断したのか、比較的落ち着いているシャルルに問いかけるルーシィ。話を聞けば化物がウェンディたちを狙ったとのこと。その姿は御伽噺に出てくる吸血鬼のようであったと話を聞けば、その正体に納得がいった。

 

 化物の正体には納得いくが、ウェンディたちを襲ったという点は不可思議だ。少なくともカイトだけに当てはまらず、フェアリーテイルはそう易々と家族に手を出すような人間はいない。ならば確かに異常事態なのだろう。

 

 

「私、カイトさんを探しに行かないと‼︎」

 

「ちょっと正気⁉︎マスターを治療できるのはアンタしかいないのよ‼︎」

 

 

 シャルルから飛ぶ声には、ナツも賛成だ。重症のマカロフと行方知れずのカイトのどちらが重要かと問われれば間違いなく前者だろう。それがわからないほどウェンディは愚かではないし、ナツ自身カイトならば放っておいても大丈夫だとある意味信頼しているからこその結論。

 それでもと食い下がるウェンディを嗜めようと口を開こうとしたナツを、ルーシィが止めた。

 

 

「ウェンディ、本気なの?」

 

「ルーシィさん………はい。マスターの容体は何とも言えません………けど!私はカイトさんを放っておけません‼︎」

 

「そう………なら、行って」

 

 

 反対されるだろうと思っていた周囲が呆気に取られるが、そんなものお構いなしにルーシィはウェンディと目線を合わせて言葉を続ける。

 

 

「でも、これだけは約束。絶対に後悔しないこと。アイツが何であろうと、受け入れてあげて」

 

「お、おい」

 

「いいから‼︎応急処置くらいならあたしにだって出来る、だから行って‼︎」

 

「っ、はいっ‼︎」

 

 

 ルーシィに背中を押されて森へと駆け出すウェンディ。それを追いかけるシャルルを横目に、納得がいかないとばかりにナツが不貞腐れていた。

 

 

「いーのかよ?」

 

「言ったでしょう?応急処置くらいならあたしにだってできる。それに、いつまでも隠せる事じゃないから」

 

 

 森の中へと消えていくシャルルの後ろ姿を眺めながら、ルーシィはそう告げる。憧れていた人物の正体を知り幻滅して欲しい、などとは思っていない。けれど、それを知らなければ彼女たちの仲はいつまでも進展しないだろう。

 おせっかいだっただろうか、と内心自嘲しながらまずはマカロフをなんとかしなければと喝を入れるのであった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 森を駆ける。樹々を伝い、時に地を蹴って、日差しの弱い森の中を彷徨い歩く。偶に見つける人間に、頭の中にあるのはただ一つの疑問を投げかけては血を啜る。

 

 

「私は誰だ?」

 

「ヒッ、ヒィッ‼︎」

 

 答えない。

 

「僕は誰だ?」

 

「聞いてねぇぞ、こんな化物がいるなんて‼︎」

 

 答えない。

 

「我は誰だ?」

 

「知るかよ、クソっクソッ‼︎」

 

 答えない。

 

「俺はーーー」

 

 

 誰なのだろう。

 

 頭の中にある記憶は酷く混濁していて、どれもこれも容量を得ない。誰かから名を貰ったようではあるが、しかしその名さえ思い出せない。

 

 誰かが笑っている。

 

 誰かが泣いている。

 

 誰かが喜んでいる。

 

 誰かが怒っている。

 

 私は、我は、誰かに乞われて、願われて、そしてーーー

 

 

「ああ……」

 

 

 血だ。血の海だ。

 

 山だ。屍の山だ。

 

 混濁した記憶の中で鮮明に写ったものは屍山血河の中で佇む私と、手を差し伸べる誰か。

 混沌とした記憶の中で一等輝くのは、こちらに微笑む2人の少女。

 

 ああ、彼の者は誰だ?

 

 ああ、彼女たちは誰だ?

 

 バケツをひっくり返したような雨が降り注ぎ、この身を濡らす。陽の光が消えたことで、行動範囲も森から外へ。しかし、やる事は変わらない。問いかけ、俺の正体を知る。私の存在理由を知ることだけが、今の我には必要な事だ。

 そうしなければきっと、私の自我は崩壊し、ただ血を求めるだけの化物(下衆)に成り下がってしまうという確信があった。

 

 早く早く教えてくれ。我が身のことを。私の存在を。俺の名を。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「はぁ、はぁ‼︎」

 

「ちょ、待ちなさいよ‼︎」

 

 

 慣れない森を走るウェンディの後を追うシャルルの声さえ届かず、ウェンディは唯ひたすらに脚を動かす。大木とも言うべき樹木が乱立する森は走るには向いておらず、カイトの後を辿ろうにも森の中は濃厚な血の匂いが充満していて上手く嗅ぎ取れない。

 だからこそ我武者羅に、遮二無二に、ウェンディは走る。

 

 

「どこ………どこにっ……」

 

「このっ‼︎いい加減になさい‼︎」

 

「あう‼︎」

 

 

 森を抜けるまで全く聞く耳持たずのウェンディに我慢の限界が来たのだろう。その小さな背中にシャルルが体当たりすればようやくウェンディが脚を止めて転がる。降り出した雨でぬかるんだ地面に転がり泥まみれでも尚、カイトの捜索を諦めようとしないウェンディの頭を強く叩けば恨めしそうに睨まれた。

 

 

「シャルル、邪魔しないで‼︎」

 

「するに決まってるでしょう‼︎あの化物探し出してどうするつもり⁉︎殺されに行く様なものよ‼︎」

 

 

 ここまでの道のりで地に倒れ伏す悪魔の心臓の構成員達の姿をウェンディも見たはずだ。死んではいないが瀕死の重症で身動きの取れない姿を見たはずだ。

 そんなものに近づこうとする相棒を止めようとするシャルルは間違っていない。そも、戦闘が不得意のウェンディが今できることはマカロフの治療。ルーシィの後押しがあったとは言え、捜索に出る事事態間違っている。

 

 

「わかってる‼︎でも、放っておけるはずないでしょ⁉︎」

 

「放っておきなさいよ‼︎相手は化物よ‼︎」

 

「違う‼︎あれは化物なんかじゃない、カイトさんだった‼︎」

 

「だったら尚更よ‼︎今のアイツに近づくのは危険だって言ってるの‼︎」

 

「シャルルの分からず屋‼︎」

 

「ウェンディの死にたがり‼︎」

 

 

 互いに興奮状態だからこそ自然と悪態が口から出てきて、それでも2人は口論を辞めない。ウェンディもシャルルの気持ちはわかっているのだ。自分の役割も理解している。

 

 しかし、あんな悲しそうな瞳をしたカイトを放ってはおけないのだ。拒絶されることを恐れる様な、それでいて独りになることに怯える、そんな感情を露わにした瞳を見て放っておけるわけがなかった。

 かつて育ての親のドラゴンが突如としていなくなり、泣きながら彷徨い歩いたウェンディ。その時の自分と嫌に被るのだ。今よりも幼き頃とはいえ、あの時の悲痛はよく覚えている。

 

 だからこそ手を差し伸ばさなければならない。ジェラール(ミストガン)に助けられた時の様に。エルザにギルドに誘われた時の様に。なにより誰かの為に手を差し伸ばすカイト(憧れの人)の様に。

 

 

「ふむ、喧嘩はよくない」

 

 

 ふわりと、いつの間にか。言い争う2人の側に立つ壮年の男。異形のツノや羽、尻尾があることから間違いなく人外。降り頻る雨など気にもせず、顎に手を当ててこちらの様子を伺っていた。驚きのあまり声も出せず固まる2人を見て満足そうな笑みを作ると、男は手を差し伸ばす。

 

 

「うむ、やはり喧嘩はよくない。ほら、立ちなさい」

 

 

 差し出された手を取ることを、2人はしない。顔は笑みを作っているが2人にはわかる。胡散臭い笑みを浮かべるカイトよりも尚一層怪しく、その身から湧き立つ感情に友愛など一切込められていない。手を取れば最後、逃げることなど叶わないだろう。

 警戒されているのがわかったのか、男はため息をこぼすと差し出した手を顎に当てる。

 

 

「上手くいかないものだ……まぁ、よいだろう。所詮は余興でしかない」

 

「っ‼︎ウェンディ、逃げるわよ‼︎」

 

 

 目の前の男は危険だ。一刻も早い避難をとシャルルが横を振り向いた瞬間、目を疑った。

 

 

「ウェンディ‼︎‼︎」

 

「あ……え……?」

 

 

 顎に当てている手とは反対、自然と向けられた指先が剣となりウェンディの腹部を貫いていた。何が起きたかわからず、患部を見て事態を把握したのか遅れて吐血して、背中から倒れる。

 シャルルが慌てて駆け寄るが、無造作に引き抜かれた傷口から溢れ出す血。ウェンディの回復魔法は当然ながら術者本人に異常があれば使えない。つまりは自身に対して回復は行えないのだ。

 

 そうでなくとも刺されたショックと激痛で過呼吸になるウェンディにその余裕すら生まれず、頭の中はパニック状態。傷口を必死に抑えるシャルルの声さえ遠い。

 

 

「ウェンディ‼︎しっかりして、ウェンディ‼︎」

 

(い、たい………)

 

 

 シャルルの小さな手では圧迫は間に合わず、雨に混じって血が地面に広がる。さながら血の海に沈むウェンディを一瞥することなく、男は辺りを見渡す。下から香る血の匂いに釣られそうになるが、コレは餌であり、贄だ。手を出すわけにはいかない。

 

 ぼんやりと、激痛の最中自分は死ぬのかと曇天の空を見上げながらウェンディは思いを馳せる。

 化猫の宿での思い出、フェアリーテイルでの思い出、憧れの人の背中。走馬灯の様に駆け巡る記憶の中で、一際思い浮かべるのはカイトの事。

 

 

(もっと、お話したかったなぁ……)

 

 

 もっと声が聞きたかった。

 

 もっと姿を見ていたかった。

 

 もっとこちらを見て欲しかった。

 

 もっともっともっともっと………。

 

 そこまで考えて、ああ、とウェンディは独白する。なんだ、自分はカイトに憧れてなんかいなかったのだと。

 

 

(私、カイトさんの事、好きだったんだ………)

 

 

 今となってはもう遅い、叶わない恋心。淡く儚く消えゆく恋慕。冷たくなっていく指先のように、このまま冷え切ってしまうのだろう。

 

 

「ねぇ、うそ‼︎目を開けてウェンディ‼︎」

 

 

 身体を揺さぶられているの感じる。けれど、もう無理なのだ。瞳が重く、持ち上げる力も残っていない。ああ、せめて、最後くらいには愛しい人の姿をと、心地よい闇に身を委ねようとするウェンディ。

 けれども、直後に顔に降りかかる大量の水。それが血液だと鉄臭い香りが抑えてくれた。反射的に咳き込むウェンディの意識は次第にはっきりとしていき、覆い被さる様にこちらを見やる異形の姿を捉えた。

 

 姿が変わろうと、その身が血塗れであろうと、見間違えるはずのない、朦朧とした意識の中で恋焦がれた人。

 

 

 

「答えよ。我は誰だ?」

 

 

 





徐々に伸びるお気に入りの数ににやにやするこの頃。

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