FAIRY TAIL 〜Those called clowns〜 作:桜大好き野郎
「か……いと、さ……かい、と、さん……」
助けた少女に自身の事を問えば、そう返された。雨とは違う水分を目から溢しながら、まだ傷口が癒えていないというのにしきりにカイトという言葉を繰り返す。側にいるネコが喋るなと諌めているが、どうやら意味はないようだ。
「か、いと………かいと……カイト……?」
少女の言葉を反芻し、脳に送り込む。しっくりとはこないが、嫌に懐かしいと思える音の響き。これが求めていた答えなのだろうか。
「いえ、いえ‼︎違いますぞ、我が王よ‼︎」
頭を捻っていれば、近くにいた同族が否を告げる。身振り手振りは大袈裟で、さながら道化役者のようにも見える同族は胸に手を当て懇願するように言葉を紡ぐ。
「貴方様こそは我らが主人‼︎魔を導く先導者‼︎悪鬼の首魁にして君臨するお方‼︎即ちーーー」
「魔王‼︎」
「ま、おう………?」
「何言ってるのよ、そんなの御伽噺の中の存在でしょ」
「何を言う。御伽噺であるものか。人間により討たれたとはいえ、我が王は不滅。王の因子と依代を持ってして今ここに蘇ったのだ‼︎」
ありえないと叫ぶネコの言葉を、同族は否定する。魔王というのはわからない。だが、嫌にしっくりとくるのも確かだ。彼ならば、我が存在を知っているのだろうか。
無意識のうちに踏み出す一歩。だが、袖に微かな抵抗を感じて止まる。振り返れば、弱々しくも袖口を握る少女の姿。行かないでと懇願するような、親を求める子のような縋るような瞳に、自然と二歩目を踏み出す事を諦めた。
「カイトさん………」
またその名だ。その名を呼ばれるたびに身体は鉛のように重くなる。まるでそちら側には行かせないと抵抗するかのような我が身。だが、例えその様な状態であろうと、少女を振り払うことは簡単だ。軽く手を振り払えばいい。
引き離そうと袖を引っ張ろうとした刹那、少女は言葉を紡ぐ。
「私は、貴方の事を知っています」
「ギルドの誰よりも優しくて」
「約束事に厳しくて」
「笑顔がちょっと下手で」
「方向音痴でよく道に迷ったり」
「お料理が好きで、いつも美味しい物を作ってくれたり」
「誰よりもギルドを愛している」
「私の、大好きな人です」
◇◆◇◆
ウェンディの独白を聞き、壮年の吸血鬼ーーーエリゴスは失敗したと悟る。即興とはいえ上手くいっていただけに後悔は深い。
たかが人間だと侮りすぎたかと反省する間もなく飛ぶ様にして後退した刹那、足元から繰り出された影の槍が空間を貫く。
「あー……そうだ、そうだよ、そうだったね」
「ぐっ‼︎」
続け様に放たれた弾丸のように迫る黒い杭を手ではたき落とせば、背後から伸びた影の手がエリゴスを拘束。脱出を試みるよりも早く両側から伸びた槍がエリゴスを中心に交差した。
「
鬱憤を晴らすかの如く、エリゴスの体内で影が縦横無尽に暴れ狂い、最後には大量の槍となってその口から天を突くように伸びる。飛び立った鮮血を頭に浴び、それを拭う様に重くなった前髪を後ろへと掻き上げた。
「俺はカイト。カイト・オールベルグ。魔王なんて知らないよ」
止めとばかりに内側から膨張した影がエリゴスの身体を突き破り、惨たらしいまでの槍の花を咲かせる。再生はするだろうが、これで少しは時間が稼げるだろうと安堵をひとつ。そして袖口を握るウェンディの手にそっと手を重ねた。
「ありがとう、ウェンディちゃん。感謝なんてしても足りないくらいに、君には助けられたよ」
「…………」
「あれ?ウェンディちゃん?」
返事がないことに不審に思えば、ウェンディは顔を真っ赤にして俯いていた。好意を自覚し、怪我と朦朧とした意識の中勢いで告白まがいの事をしたのだ。返事はもちろん、顔を見ることさえ恥ずかしい。
話が進まないと見かねたシャルルが咳払いをひとつ。
「んん!色々聞きたいことがあるけど…………アンタ、アレの知り合い?」
「さぁ?同族って事はわかるけど、見た事はない顔だねぇ」
降り頻る雨に紛れて漂う赤い霧。それらが集い形を成すと現れるエリゴス。あまりにも復活が早いとカイトは内心舌打ちを溢す。
かつて戦ったレプスとは違い、エリゴスは成人の吸血鬼。歴が違えば内包する魔力もこれまで啜った血の量も段違いだ。一筋縄ではいくはずもなく、そしてウェンディたちを逃す余裕さえないだろう。
「さてさて、お前がどこの誰だか知らないけど、フェアリーテイルに手ェ出したんだ。滅ぶ覚悟はあるんだろうねぇ?」
「ふむ、これ以上の投与は逆に危険………また一からやり直した方が早いか。そうなると、母体はどうしたものか」
「カッカッカ、会話さえしてくれないか!」
言葉を切ると同時に展開された影の拳の数々。いつもより調子がいいのか、その数は視界を埋め尽くすほど。逃げ場さえ失う物量を、エリゴスはそれら全てを爪で破壊する。
やはり小手先だけでは無駄かと判断したカイトは迎撃に意識を取られている隙に大技を繰り出した。
「
作り出したのは影の巨腕の群れ。指先ひとつで指示を出せば津波の様に群がる攻撃。純粋な質量による圧倒的な一撃は、しかし思いもよらぬ形で破られた。
「
一閃。
一瞬の煌めきと共に、地形を変えるほどの怒涛の攻撃が一瞬にして破壊された。唖然とするカイトの腹に一筋の線が刻まれ、そのままずるりと上半身が崩れ落ちる。落下する中、視線を外さなかったカイトは確かに見た。エリゴスの腕そのものが大剣になっている様を。
接収魔法は対処の魂を読み取り、それをその身に宿す魔法。故に模倣する相手は生物でなくてはならない。だというのに、目の前の吸血鬼はそれを覆したのだ。
それを察したのか、訝しげに眉をあげたエリゴスは刃を撫でながら説明を。
「なんだ、あやつから何も教わっていないのか?魂とは生物に限らず、全てのモノに宿っている。我々吸血鬼ならば、それを感知することも可能。この身に宿すことなど容易い」
「カッカッカ、誰のことを言ってるかわからないけど、慢心しすぎだよ‼︎」
遅れて倒れた下半身をくっつけながら、カイトは魔法を発動。エリゴスの背後からいくつもの頭を持つ蛇が襲いかかる。だが、エリゴスはそれを一瞥することなく肘を背後に向けた。肘の先端から覗くのは銃口。2、3度の発砲、発射されたのは弾丸ではなくエリゴス自身の骨。着弾と同時に骨に込められた魔法が発動し、内側から外へといくつもの刃が魔法を粉砕した。
「ふむ、知らぬはずはなかろう。我が弟にして、私の後をついだヴァル・コルヌトゥス=アルミラージの事を」
その言葉にぎくりと、ない筈の心臓が跳ねた錯覚を覚える。その名はよく知っている。かつて当主として君臨し、仕えていた吸血鬼。人間に攻めいられ命を落とした、滅びた存在。
カイトの反応を見て死んだことを察したのだろう。エリゴスは顎に手を当てると再度思考する。
「ふむ、となると私が最後の吸血鬼となるか………まぁ、構わぬ。王さえ復活すればどうとでもなる」
「
同時並行で行っていた仕込みも終了。カイトの足元の影が広がり、そこから街が作り上げられる。小手先だけの技は通用せず、物量や不意打ちも効果が薄い。ならばと、全方位からの強襲。作り上げた街全体が殺意をもってエリゴスに襲いかかる。
影が槍となり、刃となり、獣となり、腕となり。上空から降る雨にも負けない弾幕の数々。さしものエリゴスも両腕を剣にしても全てを捌くことはできないのか、いくつか致命傷を負うがそこは吸血鬼。すぐさま再生してしまう。
カイトもそこは織り込み済みだ。しかし、吸血鬼といえど無限に再生することはできない。それこそ魔力が尽きれば殺すことすら可能だ。弱点である銀武器や陽の光が使えない以上、有効な手はこれしかない。
「ふむ………」
攻撃を捌きながらちらりと足元を見るエリゴス。傍目では見分けのつかないが、妙な違和感を感じている。そしてそれが確信に変わった時にはすでに遅い。
「捕らえたよ‼︎」
カイトが掌を握れば、それに合わせて街全体がエリゴスを中心に球体となる。内部では攻撃が反響し、逃げ場もない状態。後は煮るなり焼くなりなんなりと、できる状態であった。
だが、一瞬の悪寒。本能が告げる警鐘。
「きゃっ‼︎」
反射的に背後にいたウェンディとシャルルを引っ掴み大きく横に飛び退く。そしてそれが命運を分けた。
「ウソでしょ………」
大地を揺るがす轟音と共に魔法が縦に裂かれ、地面は蜘蛛の巣状に大きくひび割れる。特に酷いのは直線状に走った衝撃波だろう。飛び退いていなければ今頃、ウェンディとシャルル諸共無事では済まなかったほどの攻撃。
「ふむ、やはり剣は手で持つに限る」
悠々と脱出してみせたエリゴスの両手には人の背丈程はある2振りの大剣。魔法に囚われたエリゴスは切断した両腕を大剣へと変え、吸血鬼の膂力を待ってして破壊してみせたのだ。
さて、どうしたものかとカイトは思案する。今の所得意である遠距離での戦闘を続けているが、このままでは間違いなくジリ貧。隙を突いてもその身で受け止めて反撃されるのみ。頭の中でいくつもの選択肢が浮かび、そしてそのどれもが効果なし、もしくは不可能だと否定する。
唯一勝機があるとすれば、接近戦での吸血。しかし、他と比べてと言うだけであり、可能性自体は低い。カイト自身接近戦の苦手があるが、何よりも自力が違いすぎる。それこそ、大人と子供ほどの差があるのだ。
諦めが脳裏を掠めた瞬間、カイトの身体から力が湧き上がる。
「
その名の通り腕力と機動力を上げる魔法は側のウェンディが放ったもの。魔法を使うのも辛いだろうに、息も絶え絶えでも尚、ウェンディは諦めていなかったのだ。
「ウェンディちゃん………」
「はぁ、はぁ………私には、これくらいしかできないけど………信じてます。カイトさんなら、勝てるってこと」
「ウェンディ、アンタ………」
無理をするな、と檄を飛ばしたいシャルルだったが、無理をしなければ勝負にすらならないこともわかっている。こんな時に力になれない非力な自身に歯噛みしつつ、少しでもウェンディの助けになればと体を支える。
「………勝ちなさいよ」
「カッカッカ………ああ、もちろん」
ここまで思いを託されては苦手だのなんだの言ってられない。自身より幼い子が頑張っているのに、諦めるわけにはいかないのだ。
首を鳴らしながらウェンディたちから離れると、片方の剣を大地に突き刺し空いた手を顎に当てるエリゴスと向き直る。彼我の距離はおおよそ30メートル。吸血鬼ならば一足飛びで間合いを詰める事のできる距離だ。
「待ってくれるとはねぇ。案外律儀なとこもあるんだね」
「いや、なに。再考の余地があるやもと観察していただけだ。また一から作り直すのも手間なものでな」
「カッカッカ、だと思ったよ。それで、再考の結果は如何かな?」
「ふむ………念の為、生け取りにはしておこう」
カイトが右に飛び退けば、次いで急接近したエリゴスの大剣が大地を割る。反撃をと身構えるが、大地ごと振り回した大剣。その軌跡に沿って石の礫がカイトを襲う。
左右どちらに逃げようとも追撃を浴びせられると察したカイトは影の中に退避。そのままエリゴスの背後に回ると拳に魔力を纏わせる。
「
「ふんっ‼︎」
鉄さえ陥没させる魔法の一撃。だが、エリゴスは大剣を背後に回し防御に回す。完全に受け止めることは不可能だったようで大剣がへし折れるが、ダメージは微々たるもの。残る大剣を振り回してカイトの身体を裂いた。
しかし、一瞬の揺らぎの後カイトの身体は黒く染まり、泥のように溶けてしまった。そして、振り切った体勢では一瞬の硬直が生まれてしまう。エリゴスの足元から現れたカイトは口内に溜めた魔力を存分に放つ。
「
白と黒の魔力の奔流はエリゴスの身体を包み、過不足なくその威力をぶつける。だが、案の定とも言うべきか。煙を割いて反撃するエリゴスに痛手はない。振り下ろした大剣は大地を裂くが、一瞬早く空中へと脱出したカイトには届かない。
「ふむ、面倒ではあるな」
大剣を握る手とは反対側の腕を銃へと変え、弾丸に似せた骨を空中のカイトに向けて放つ。食らえば最後、骨に込められた魔力が発動し、カイトの五体は粉々になるだろう。防御魔法での回避も悪手だと判断し、地面から昇った影の手にそれぞれ受けさせる。
受け止めた影の内側から複数の剣が飛び出して魔法を破壊するが、カイト本体にはノーダメージ。宙で消える魔法を尻目に、腕に込めた魔法を放った。
「
「
手持ちの大剣では受け止めることは不可能と判断したエリゴス。それを捨て右腕を引きちぎると、その腕が姿を変える。それは俗に言うツーハンドソード。巨大さ故に振り回すのにも一苦労する反面、その威力は甲冑ごと断ち切る程の威力を持つ大剣。
エリゴスはそれを背中まで大きく振りかぶると、迫り来る魔法に向けて振り下ろした。瞬間、魔法はもちろんのことその衝撃で地に落ちた雨が再び舞い上がり、遠くの樹々が枝を揺らす。
突然の暴風に煽られカイトは墜落、そしてその隙を見逃さずエリゴスの接近を許してしまった。
「
振り下ろされたエリゴスの一撃を、寸前のところで展開した二振りの影の刀で受け止める。だが、ただでさえ尻餅をついて力の入りずらい状況。弾き変えそうにも上手くいかず、拮抗させるのに精一杯。
「ふむ、魔法の腕は良いが………吸血鬼の力は存分に奮えておらず。やはり、有り合わせの母体ではこの程度か」
「ふぐっ‼︎」
精一杯のカイトとは反対に、余裕の表情のエリゴス。これまでの打ち合いで落第の判断を下し、手抜きは不必要となった。片足を棍に変えると、未だ防ぐのに手一杯のカイト目掛けて蹴り放つ。
面白いように転がるカイトを尻目に、エリゴスの視線はウェンディへと。依代としての価値が消えた今、せめて贄の確保でもしないことには割に合わない。
エリゴスにとって悪魔の心臓の目的である大魔法世界ーーー非魔導士を殲滅した、魔導士のみの世界など興味はない。ゼレフの捜索には手を貸してもいいとは思うが、第一目標は魔王の復活だ。
そのためならばハデスに仕えることも厭わず、依代の準備に何十年かかろうと耐えてみせる。全ては魔王のために。
「ッ‼︎ウェンディ、逃げるわよ‼︎」
「はぁ、はぁ………だい、じょうぶ………」
「何がよ⁉︎あんなやつと戦えるわけないでしょ‼︎」
「だいじょう、ぶ……だから………」
煮え切らない事を繰り返すウェンディに業を煮やしたシャルルは羽を広げる。自身のMAXスピードならば、逃げ切れるはずだと確信して。だが、すぐそばに着弾した骨から生まれた剣の山が逃げ道を阻害する。逃すつもりは毛頭ないらしい。
「くっ………‼︎」
怪我と疲労で満足に動けないウェンディに、戦闘はからっきしのシャルル。逃げ道は塞がれ、恐怖を煽るようにエリゴスの足取りはゆっくりだ。何もできない自分に悔しくて震えるシャルルの肩を、そっとウェンディが抱きしめた。
「大丈夫、だよ、シャルル………絶対、勝つって、約束してくれたから」
「そんなこと言ってる場合じゃ……っ‼︎」
すわ、恐怖のあまり気が動転でもしたのかとシャルルは焦る。しかし、ウェンディの瞳に怯えの色はなく、信頼を込めた声色で言葉を紡ぐ。
「お願いします、カイトさん………」
刹那、エリゴスの足元に闇が広がる。黒く、昏く、どこまでも黑い闇黒。それは見渡す限りの大地を闇へと還す、広範囲殲滅魔法。天狼島の実に4分の1を覆い尽くしてしまった。
「まだ、動けたのか」
歩みを止めてゆっくりと振り返れば、そこには荒い息で地面に手を付くカイトの姿。ウェンディの支援魔法も効力を失い、残された手はこれしかないのだと自身に言い聞かせる。
範囲が広い上に、敵味方関係なく襲うこの魔法を制御しきれるのか。そんな不安がよぎるが歯を食いしばり、全神経を魔法へと注ぐ。
「呼び起こされるは666の獣、666の災厄。全てを呑み込む禍ーーー」
「